第九話 悪魔の兵器 Ⅸ
停戦勧告が行なわれ、両軍が戦闘を停止し、戦場からの撤収作業に取り掛かった。
陣地の解体、負傷者の治療、死者の埋葬など、事後処理に全兵士が忙しく取り組んでいる。撤収作業の指揮はエミリオが執り、作業は順調に進行していた。
そんな中、帝国軍参謀長リックは、ある人物に会いに行かなければならない。その人物と共に戦った者たちを連れて、彼らが向かったのは、オーデル王国軍残党が集まる、陣地の一角であった。
「・・・・おお・・・、フローレンス参謀長殿か・・・・・・」
「無理に喋らないで下さい。傷口に障ります」
多くの王国軍兵士に、彼らは囲まれている。その集まりの中心にいるのは、リックとその部下たち、騎士団長であるメシアと、戦場で重傷を負ってしまった、ライオネスである。
「ははっ・・・・・どうせ私は助からない・・・・・・」
「ライオネス殿・・・・・・」
「貴殿が気に病む事はない・・・・・、私は今・・・・とても満足している・・・・・・。我々は・・・あの軍隊に勝利したのだからな・・・・・・」
戦場から担架によって運ばれ、その上に寝かされているライオネス。王国軍の兵士から聞いている。彼の命は、もう長くないと。
砲撃が始まる前の後退時、負傷した仲間を救おうとした彼は、飛来した矢が何本も突き刺さり、炎属性魔法の直撃を受けてしまったのである。
すぐに兵たちが彼を救出したが、矢の傷と重度の火傷によって、彼の命の灯火は、消え失せようとしていた。
「はあ、はあ、・・・・・貴殿に頼みがある・・・・・」
「王国の兵たちですね」
「そうだ・・・・、彼らの事を頼みたい・・・・・」
ライオネスが率いて来た兵士たち。
王国奪還を望み、一時は敵同士であった帝国と共に、この戦場を駆けた兵士たちは、ライオネスに敬意を払う。同時にリックに対しても、彼らは敬意を払い、ライオネスの言葉に異を唱えはしない。
激戦であったこの戦いで、当初は千人いた王国軍は、七百人になるまで数を減らしていた。それでも尚、彼らの闘志は消えず、戦いの場を求めている。
だが、彼らには帰るべき所も、守るべきものも今はない。あるのは、いつの日か王国を取り戻すという、固い決意だけだ。
だからこそライオネスは、彼らの命をリックに託そうとしている。彼ならばいつの日か、王国を支配するジエーデル追い払い、兵士たちの帰るべき国を取り戻してくれると、そう信じて・・・・・。
「俺は・・・・・・、あなたの期待に、応えられないかも知れない」
「いや・・・・、参謀長殿でなくては、任せられない。彼らも・・・・・それを望んでいる・・・・・・」
王国軍の兵士たちは、今回の戦争で、ジエーデルに勝利できたと考えている。
間違ってはいないが、正確には勝利したわけではない。それでも、彼らにとってみれば、あのジエーデル軍に一矢報いる事が叶ったのだから、勝利したのと変わらなかった。
そして、この戦いを勝利に導いた帝国の戦士たち。レイナとクリスに、騎士団長のメシア、最前線で戦った帝国軍参謀長のリックは、彼らにとって、恩人と呼べる存在であった。故に彼らは、自分たちが帝国軍に加わる事を、良しとする。王国奪還を夢見ているからだけではなく、帝国に大恩を返すためにである。
「・・・・・・わかりました。彼らの命は、俺が預かります」
「頼むぞ・・・・・帝国の・・・我らの・・・・救世主よ・・・・・・・・」
これがライオネスの、最後の言葉となった。
オーデル王国軍王都防衛隊長ライオネスは、帝国の戦士たちと、生き残った王国の兵士たちに見送られながら、その生涯に幕を閉じる。
(俺は救世主じゃありません・・・・・・。でも、預かった彼らの命は、決して無駄死にさせはしない)
戦士ライオネスの死に、連合軍の多くの者が、哀悼の意を表している。
そしてリックは、また、一人の死を背負い、新たな決意を胸に秘めるのであった。
その後、ジエーデル侵攻軍は陣地を引き払い、全速力で旧王国領まで帰還した。現在は防衛戦力を再編成し、対エステラン戦に乗り出している。
連合軍もまた、陣地を引き払い、集まった友好国の戦士たちは、それぞれの帰るべき国へと戻っていった。ヴァスティナ帝国軍と騎士団も、それは同様である。
ライオネスに託された王国軍兵士たちと共に、守り抜く事ができた国へと帰還した。国民は総出で彼らを出迎え、その雄姿を大いに称えた。その様子はまさに、勝利の凱旋であった。
帝国は侵略の脅威を退け、再び平和を手に入れたのである。
そして、連合軍の最高指揮官であった、女王ユリーシア・ヴァスティナは、南ローミリア中で英雄として称えられた。さらに、帝国参謀長リクトビア・フローレンスは、三度に渡って帝国を救った、帝国一の女王の剣として、救世主と呼ばれ称えられる。
南ローミリア決戦と呼ばれる、今回の大きな戦いの結果は、大陸中に知れ渡る。
この結果と同時に、ヴァスティナ帝国参謀長の名も、大陸中に伝えられた。リックの活躍は大陸中で噂となり、いつしか彼は、こう呼ばれるようになった。
「帝国の狂犬」と・・・・・・。
久しぶりの執務室の扉。
毎日ここで書類と格闘し、頼れる軍師と共に、軍の管理に嫌々ながら勤しんでいる。寝室には向かわず、城に戻って真っ先にここへ来たのには、理由があった。
「やっぱり、執務室を見ると帰って来たって実感できるな」
つい、そんな独り言を口にしながら、執務室の扉を開く。
戦いでの負傷はまだ痛むが、どうしてもここへ、最初に戻らなければならなかった。必ずここへ戻ってくると、あの少女に約束したのだから・・・・・・。
「メイファ」
扉を開いた先には、彼のたった一人の専属メイドである、少女が立っていた。
奴隷となっていたところを救い、何だかんだで、自分のメイドに任命してしまった少女。黒髪毒舌で、主人とメイドの立場が逆転しており、朝は彼女に、殴られて起こされる。それでも、この少女もまた、彼にとっての特別だ。
「今戻った。留守中に何か------」
言い終わらに内に、少女は彼を抱きしめた。
決して離さないという意思の表れか、抱きしめる腕には、少女の精一杯の力が込められている。正直、傷に障って痛い。
「ごめん、そこ怪我してるから離れてくれないか?めっちゃ痛い」
「自業自得です」
そう言ってはいるものの、少し力を緩めてくれる優しさがある。
少女の大胆で前代未聞の行動に、内心驚き戸惑いながらも、無事再会できた事に、嬉しさが込み上がった。
「無事の帰還という約束でした。負傷したという事は、約束を破ったのですね」
「いやいや待って下さいメイファ様。この通り五体満足無事なんだから許してくれよ」
「絶対に許しません。・・・・・心配しましたから」
最後は小さな声で呟いた。
その声を聞き漏らさず、少女を心配させた事実に、罪の意識を感じてしまう。それでも、久しぶりの彼女との会話と、心配してくれた嬉しさで、自分に抱きつく少女が、いつも以上に可愛らしく見える。
だからついつい、少女の頭を撫でてしまった。
「・・・・・・頭を撫でられただけで墜ちたりしませんから。私はレイナさんやイヴさんとは違います」
「手厳しいな・・・・・・、じゃあやめるよ」
「誰がやめていいと言いましたか?そのまま続けて下さい・・・・・・」
「どっちなんだよ」と、内心ツッコミを入れながら、優しく頭を撫でてやる。右手で頭を撫でて、左手でその華奢な身体を抱きしめ返す。
メイド服に身を包む、主人に厳しい専属メイドの、普段は表に出さない優しさ。事前の報告で、主人が負傷した事を知った彼女は、彼の姿を見るまで、心配で胸が張り裂けそうな思いだったのである。
いつもは主人に厳しく接するが、根は純粋で優しい少女なのだ。
その優しさは、今だけ、戦場での苦痛の記憶を忘れさせてくれる。
「・・・・・・お帰りなさいませ、ご主人様」
約束通り、彼女の主人であるリックは、帰るべき場所へと戻った。
出迎えてくれたメイファの優しさに抱かれ、今だけは、参謀長の責務の重みを忘れる。戦場から帰還できた、一人の男として、彼女との再会を幸福に感じた。
「ただいま、メイファ」
「南ローミリア決戦」は終結した。
しかし、帝国にはこれから先も、避ける事のできない、幾度とない戦いが待っているだろう。
それでも今だけは、ほんの少しだけ、勝ち取った平和に酔いしれていたい。
次の戦いが訪れる、その日まで・・・・・・。




