第九話 悪魔の兵器 Ⅶ
連合軍の後退まで、その全てを高台で見ていたエミリオは、戦況を報告しに来た、伝令兵の言葉を聞いている。
話を聞いているのは彼だけではない。参謀長であるリックと、敵軍の将軍であるドレビン、ついでにリリカも、伝令の報告に耳を傾けていた。
「・・・・・・以上が報告となります!」
「ご苦労です。しばらく休息をとって下さい」
「はっ!」
伝令の報告を聞き終え、労いの言葉をかけたエミリオ。伝令は休息をとるために下がり、高台には警備の兵と、戦況を眺める四人が残る。
戦局は一時、連合軍優勢の形を見せたが、ジエーデル軍の全力攻撃により、味方は後退を始めている。後退した先では、緒戦の時と同様に殿を務める部隊がいた。
勿論その部隊とは、ゴリオンを筆頭にした部隊である。魔法攻撃によって連合軍を後退させ、追撃をかけた敵軍団に、ゴリオンたちが立ち塞がった。そしてやはり、緒戦の時と同様に、その鉄壁に阻まれ、追撃に失敗してしまう。
やむを得ず追撃を断念し、態勢を立て直そうとするジエーデル軍。特に、カラミティルナ隊を簡単に討ち取られた事による、急激な士気の低下は、何とかしなくてはならない。
「やれやれ、カラミティルナは使い物にならなかったか」
「どうです将軍、うちの戦士は強いでしょう?」
「羨ましい限りだ参謀長。あんな者たちよりも、本国からもう二千人ほど兵力を連れて来た方が、よっぽど戦力になっただろう」
カラミティルナ隊の全滅は、両陣営にすでに伝わっている。
メシアたちが倒したのは、カラミティルナ隊の一部であるが、この戦場に従軍した者たちは、緒戦のエギルも含めて全滅した。兵力以外でジエーデル軍の残りの脅威は、これで魔法兵部隊の存在のみとなる。
「しかしだ、カラミティルナを倒したとしても、我々の優位は動かない。そうだろう、軍師殿?」
「ええ。兵力差が連合不利である以上、このままでは前線が押し切られてしまう」
「加えて、我が軍には増援の用意がある。旧オーデル王国から、もう五千人ほど戦力を投入できるからな」
ドレビンの言った事は、はったりではない。
ジエーデル軍がオーデル王国へ侵攻した時、その兵力規模は三万人であった。現在旧オーデル王国領には、侵攻した軍団の半分が残り、その内の三分の一が増援として、遠征軍を支援しようとしている。
しかも、ただ合流するだけではない。遠征軍がこの地で連合軍を釘付けにしている間に、増援である約五千の戦力は、ハーロン国を目指す。ハーロン国を電撃的に蹂躙した後、その他の国も侵略していく。
帝国とその友好国の戦力は、今この戦場に集まっている。そのため、各国の防衛体制は手薄になっている。今の状況で、五千の戦力が侵攻してくれば、連合の守るべき祖国は、あっという間に陥落してしまう。
これはドレビンの策であり、真の狙いでもあった。連合軍との戦いが苦戦した場合を想定し、侵攻開始以前から準備させていたのだ。本隊を囮にする大胆な策であり、如何に強力な戦力を有する連合軍でも、どうする事もできない策である。
「帝国の精鋭は奮戦しているようだが、我々の勝利は確定している。想定以上の損害を出してしまったがな」
ジエーデル軍の損害は大きい。
先程も、ゴリオン率いる殿部隊によって、多くのジエーデル兵が命を落とした。剛腕鉄壁のゴリオンに加え、士気旺盛な戦士たちが奮戦したのだ。この戦士たちの中には、あのアングハルト分隊の兵士たちや、彼女たちが緒戦で救出した騎士団たちの姿もある。
彼らは昨日の戦いで、アングハルトの勇姿に心を打たれた。仲間のために自ら身体を張り、その命を懸けて戦う姿。最後まで仲間のために戦い、傷つきながらも分隊の仲間や、勝手に追撃戦をかけた騎士たちも助けた。
アングハルトに助けられた彼らは全員、胸に芽生えた気持ちは同じである。国のため、守るべき者のため、そして自分たちの命を救った女兵士のためにも、ここで命を懸けよう。その強い思いが戦意となり、仲間のために殿部隊となって、命を張るのだ。
そんな彼らを加えた殿部隊の活躍により、ジエーデル兵士は追撃に失敗し、殿部隊に損害を与える事もできず、ただ徒に、損害を出したのみとなってしまった。
この損害も含めて、今現在のジエーデル軍の全体的な損害は、想定の倍以上となっている。それでも、このまま数の有利を活かし続ければ、いずれ連合軍は打ち破れるだろう。
「さて、連合軍にはどんな策があるのかな?我が軍との兵力差を覆す策がない限り、勝算はないぞ」
「まったくですよ将軍。もっと少ない兵力で侵攻してきてくれればよかったのに」
「ははは、連合軍はお手上げのようだな」
「いえいえ、今回の指揮は全部私の軍師に一任してます。軍師がお手上げにならない限り、我々に敗北はありません。そうだろ、エミリオ?」
リックに名前を呼ばれた軍師は、自分の思い通りに動いた戦場を見つめ、口元に笑みを浮かべていた。彼は近くの兵士を呼び、何やら耳打ちをして送り出す。軍師エミリオが動きを見せた。
長年の経験からドレビンは、連合軍に隠し玉があると考えている。そして、陣地で指揮を執っている自分の部下たちならば、どんな策がこようとも、対処できると考えていた。
そう、予想できる範囲内の策であれば、ドレビンの部下たちでも問題はない。
では、ドレビンですら予想できない策であれば、どうだろか?。
「見ていて下さい将軍。まもなくジエーデル軍は、裁きを受けるのです」
「裁きだと?」
「そうです。帝国を侵略しようとしたその罪に、これから鉄槌が下るのですよ」
エミリオの言葉の意味を、ドレビンはすぐに理解する事になる。
まもなくして、エミリオの言葉は現実のものとなった。
「何だ・・・・・?」
一人のジエーデル兵が呟く。
音が聞こえた。連合軍陣地の方向から、遠くで雷が落ちたような、重く大きな音が鳴り響く。
雷鳴の様な音が聞こえたと思えば、今度は何かが、空気を切り裂きながら、飛来する音が聞こえた。音は段々と大きくなり、はっきりと聞こえ始める。
呟いた兵だけでなく、他の兵士たちも音を聞いた。この場の誰にも、この音の正体がわからない。初めて聞く音だ。
次の瞬間、飛来した何かは地面に落ち、激突した瞬間爆発した。爆発と同時に轟音が鳴り、砂塵が巻き上がる。爆発が起こった現場にいた者たちは、全員が巻き込まれて、爆発地点に近かった者たちも、爆風で吹き飛ばされる。
爆発の直撃を受けた兵士は、その身体を粉々に吹き飛ばされて、肉片が散乱するあり様だ。生きている者はいない。残っているのは、飛び散った身体の一部のみ。爆発が起こった地面は抉れ、大きな穴を作り出し、周囲に焼け焦げたような臭いを充満させる。
目の前で起こった爆発と、突然の仲間の死に、状況が読めないジエーデル兵。しかし、そんな彼らにお構いなしで、次の攻撃が飛来した。
そう、攻撃なのだ。これは連合軍の手による、一方的な攻撃だった。
連続して轟音が鳴り、いくつも飛来する物体。物体の速度は速く、目で捉える事は難しい。ただ、空気を切り裂くその音が、物体の飛来を教えてくれる。とは言え、音が聞こえた時には、もう手遅れだ。
「逃げろおおおおおっ!!!」
兵の一人が叫んだが、時はすでに遅かった。
いくつもの物体は、重力に逆らわず落下し、同じように、地面に激突した瞬間爆発する。周囲を巻き込み、ジエーデル兵を大地ごと吹き飛ばす。飛び散る肉片と、悲鳴を上げる兵士たち。
爆発の衝撃で、腕や脚を吹き飛ばされた兵士もいれば、爆発した物体の破片で、眼を負傷した者もいる。その多くが断末魔の叫び声を上げ、仲間たちに助けを請う。だが、生き残っている者たちもまた、負傷者に構っていられる余裕などない。
戦場は、さながら地獄絵図と化した。阿鼻叫喚の負傷者たちと、逃げ惑う兵士たち。連合軍陣地の方向から飛来する、この謎の物体を、戦場に立つジエーデル兵全員が恐怖する。
物体は、後方の魔法兵部隊も襲う。前線を押し上げるため、魔法支援攻撃をかけようと前進していた彼らにも、容赦なく物体が襲いかかる。爆発は魔法兵を吹き飛ばし、彼らの部隊を壊滅させていく。
ある意味では平等に、爆発は前線のジエーデル兵士全てを襲っていた。
一方的で、圧倒的なこの攻撃。連合軍の魔法攻撃と考えた者もいたが、それは間違いだ。
「神の業だ!人間に、こんな事できるはずがない!!」
神の力だと叫ぶ兵士がいた。
無論、神などという、空想の産物による力でもない。しかし、知らない者からすれば、これは天からの裁きに映るのだろう。
この攻撃の正体は、連合軍陣地に存在する。
昨日は使用されず、この時のために温存されていた力が、この日初めて、猛威を振るったのである。
「どんどん撃つんや、大盤振る舞いやで!!」
空気を震わせる爆音と、大地を揺り動かす振動。
耳を塞ぎたくなるこの音の正体は、鋼鉄製の大型砲である。
「装填よしっ!!」
「撃てぇっ!!」
兵士たちが忙しく動きまわり、この大砲を運用している。
シャランドラが設計し、エミリオが予算を用意して、完成させた大砲。この大砲をリックは、榴弾砲と呼んだ。
榴弾砲とは火砲の事であり、遠距離の目標を砲撃する事が可能な兵器である。
シャランドラを筆頭に、多くの技術者たちが集まり、その英知を結集して完成にこぎつけた。いや、まだまだ未完成の代物である。この榴弾砲には、設計上の欠陥部分がいくつもある。
組み立て式のこの榴弾砲は、全長約十メートルの長さを誇る、比較的大型の火砲だ。分解された部品は荷車で運ばれ、連合軍陣地構築時に組み立てが行なわれた。運用試験すら満足に行なわれていなかったが、この戦争に勝利するためには、榴弾砲が必要不可欠だったのである。
榴弾砲の設計はシャランドラが行なった。まだ彼女が、帝国ではなく隠れ里に住んでいた時、大陸の北では、大砲と呼ばれる兵器が、戦力として使用されている事を知った。大砲は火薬を使用し、鉄球を打ち出す程度のものであるが、旅の商人からこの事を聞いた彼女は、最強の大砲を、自分の力で作り上げたいと考えた。
その日から彼女は、大砲の設計図を描き始めた。大陸の北で使用されている様なものでなく、竜すら倒してしまえる様な、超大型砲の開発。彼女の技術屋としての心に、火が点いたのだ。
思考錯誤を繰り返し、設計図が完成したまでは良いものの、開発には至らなかった。理由は簡単で、里にはそんな大砲を開発するだけの鉄も、開発のための資金もなかったからだ。だから彼女は諦めた。
しかしリックとの出会いが、忘れ去られようとしていた設計図に、開発の機会を与えた。シャランドラたちにリックが開発を頼んだのは、実戦配備されている銃や爆弾だけではない。この榴弾砲もまた、リックからの頼みで開発が進んでいたのである。
実戦はもっと先になるはずであったが、ジエーデルの侵攻とエミリオの要請で、無理やりこの戦場に引っ張り出された。完成度は六割といったところで、いつ故障してもおかしくはない。それでもシャランドラは、兵たちに砲撃を続けるよう命令する。
「シャランドラ殿!三番の砲が異常を起こしています!」
「四番砲も悲鳴を上げています!」
「気にするんやない!こうなったらやけくそやで!!」
用意できた榴弾砲は全部で四つ。その内の二つは、何やら嫌な音を立てて不調を訴えている。
未完成であったために、数発発砲しただけで故障してしまったのだ。それでも、砲撃を止めてはならない。
連合軍陣地の高台から、弾着観測結果の報告を伝えに来た兵により、砲撃地点の修正が行なわれる。つまり、砲撃は続行である。
(こりゃあもたんで・・・・・・、弾もすぐに無くなってまうわ)
装填手が砲弾を運び、榴弾砲に装填が行なわれる。着弾点の誤差を修正し、ジエーデル軍目掛け砲撃。砲弾は確実に敵軍団に対し、多大な損害を出していた。
だがこのまま砲撃を続ければ、用意された砲弾備蓄はあっという間に底をつく。砲弾が無くなる前に、榴弾砲自体が故障する恐れもある。
砲弾は、榴弾という種類のものであり、これは火薬の爆発力を活かし、敵軍を殺傷する兵器だ。爆発力と飛び散る砲弾の破片による殺傷を目的とし、榴弾砲の代表的砲弾と言えるだろう。
この砲弾も未完成であり、砲弾の数も少ない。まだ生産数が多くなく、試作品を急遽かき集めたに過ぎないのだ。よって、この砲撃が続けられる時間は、決して長くない。
それまでに軍師エミリオが、何らかの策を講じなければ、連合軍に勝利はない。
「砲撃の成果はどうや!?」
「敵軍の魔法兵部隊は壊滅!前線部隊にも被害を与えております!」
「シャランドラ殿!!四番砲から煙が!」
「なんやて!?よっしゃ、うちが面倒見たる!!」
指示を出しつつ、砲の故障にも対処しているシャランドラ。発明の天才である彼女の誇りに懸けて、全弾撃ち切るまでは、砲撃を止めさせないと誓っている。
榴弾砲が轟音とともに砲弾を撃ち出し、砲弾は放物線を描いて戦場へと向かっていく。弾着と同時に敵兵を吹き飛ばし、砲撃で戦場を穴だらけに変えていった。
シャランドラは満足している。自分の設計は間違っておらず、理論通りに榴弾砲が砲弾で敵を吹き飛ばす。課題も多く、砲は壊れる寸前だが、それでも彼女は嬉しかった。何故ならば、自分の発明は画期的で、誰にも真似できないからだ。
これも全てリックのおかげ。彼との出会いが、彼女の秘められた才能を開花させた。リックのためにも、彼女はこの榴弾砲を必ず完成させようと決意する。彼女は、リックの喜ぶ顔が見たいのだ。
(砲は絶対うちが完成させたるで。そうやな、魔法動力機関を完成させて、砲と合体させるのおもろいかも。いちいち牽引しなくて済むように、砲が自分で動けるようにするとか・・・・・・)
この時彼女が考えたアイデアは、この世界の人間には、思いもよらない画期的なものである。やはり彼女は天才で、大陸一の発明家である。
シャランドラのアイデアは、自走砲と呼ばれる兵器の開発を意味するが、そんな事など知る由もなく、彼女は未来の発明案に胸を躍らせていたのだった。




