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第九話 悪魔の兵器 Ⅴ

 両軍二度目の激突。

 緒戦とは違い、この戦いでは両軍の全戦力が合流し、ジエーデル第一侵攻軍と連合軍本隊が激突した戦場で、総力戦が展開されていた。文字通り、決戦である。

 緒戦では、両軍とも軍を三つに分けていた。二度目のこの戦いでは、全軍が合流し、正面からの真っ向勝負となっている。最前線で戦っている編成は、連合軍側が帝国軍と王国軍残党であり、ジエーデル側が歩兵部隊と騎兵部隊だ。

 機動力の高い騎兵部隊を、ジエーデルは緒戦で温存していた。総力戦のため、温存していたこの戦力を投入し、その機動力を活かして、連合軍陣地へなだれ込もうとしていた騎兵部隊。迎撃したのは、帝国軍の精鋭である元傭兵部隊の面々だ。

 ヘルベルトの鉄血部隊は六十人。ロベルトの部隊は四十人である。夜間に作戦行動したのは、ロベルトの部隊全員と、鉄血部隊からヘルベルトを含めた二十人である。これに参加した者たちは、度重なる戦闘で疲労が溜まっているため、連合軍陣地での休息が必要だった。そのため迎撃に当たったのは、作戦に参加しなかった残りの人員である。

 用意された武器弾薬の残りをかき集め、ジエーデル騎兵部隊に挑んでいる。連合軍の弓兵隊と合同で、飛び道具による全力攻撃を行なっているのだ。騎兵部隊は高い機動力があり、敵軍の脅威的戦力ではあるが、連合軍は遠距離攻撃により、何とか騎兵部隊を抑えていた。

 銃撃と弓で、先頭の馬を横転させ、後続の騎兵の動きを止める。惜しみなく弾薬と矢を放つ事で、騎兵部隊の突撃を阻止し続けているのだ。しかしそれは、もうこの戦いで別の敵相手に、銃火器による攻撃が不可能になる事を意味する。

 連合軍もジエーデル軍も、出し惜しみはない。全戦力を前線に投入していた。帝国軍は最強の戦力を最前線に投入し、ジエーデル軍は全魔法兵部隊を投入している。戦況はほぼ互角だが、総力戦ではジエーデル側に分があると言える。

 単純な話、兵力差が違うからだ。ジエーデルは数で押し切ろうとしている。

 緒戦での戦いを踏まえ、連合軍の戦力を分析したジエーデル軍。主力は帝国軍と王国軍残党と理解し、それ以外は大した戦力ではないと知った。脅威だったのは帝国軍の銃火器であったが、名将ドレビンの予測では、弾数に必ず限りがあると予測されている。

 ならば、兵力差で押し切る事が、最も有効な手であると考えた、ジエーデル軍指揮官たち。その方が短期間に連合軍を打ち破れるし、効率がいいのだ。しかし当然、犠牲は大きくなる。

 有名な兵法書にもあるように、戦争は長い時間をかけてはならない。その一番の理由は、金がかかるからだ。金をかけないようにするには、多少の犠牲を顧みず、短期決戦で敵を攻めるしかない。ジエーデル軍は電撃的奇襲と、短期間による敵勢力の制圧を、基本方針にしている。犠牲がどれだけでようとも、短期間での勝利を優先しているのだ。

 最高指揮官であるドレビンが拉致された事により、現在ジエーデル軍を指揮しているのは、彼の配下の者たちである。ドレビンの様な名将ではないが、無能ではない。ジエーデル軍基本方針に従いつつ、帝国の戦力を視野に入れての総力戦だ。帝国軍はこれ以上、銃火器に頼る事はできないという、名将の予測を信じ、決戦を挑んだのである。

 正面から連合軍と戦い、数をもって叩き潰す。帝国軍の精鋭には、魔法兵部隊とカラミティルナ隊を全力投入し、確実に撃破する。単純で無策に見える、ジエーデル軍の作戦だが、下手な小細工をするよりは、この方が勝算は高いだろう。何より、名将を欠いているこの状況では、複雑な作戦を実行するのは難しい。

 連合軍を撃破し、自分たちの将軍を取り戻すために、前線で戦うジエーデル兵の士気は高い。連合軍も士気では負けておらず、両軍がぶつかり合う最前線の熱気は、後方陣地でも肌に感じられた。


「リック様、御身体の具合は如何ですか?」

「ご心配をおかけしました。斬られたり刺されたりしましたけど、問題なしです」


 戦場で両軍の決戦が行なわれている中、後方の連合軍陣地医療天幕では、ヴァスティナ帝国女王ユリーシア・ヴァスティナと、組み立て式の医療ベッドに寝かされている、手当てを受けたリックの姿があった。


「本当に心配しました。リック様が陣地から姿を消したと聞き、ウルスラたちを捜しに出そうと思ったのですから」

「申し訳ありませんでした。陛下にも、そしてエミリオにも、何と謝っていいのか・・・・・・」

「私よりもエミリオさんです。貴方が姿を消した事に気付き、全てを悟ったあの方のお気持ち。恐らく、私と同じ想いを抱いたでしょうから」


 まだ少し腫れている、エミリオに叩かれた頬に、そっと触れるリック。

 あの時の彼は、怒りを露わにしていた。それは、リックに対してと同時に、自分自身への怒りでもある。リックがヘルベルトたちに付いて行き、アングハルトの救出のため、陣地から姿を消したのだと悟ったその時、彼は顔面蒼白となっていた。

 リックの身の危険を感じての、不安と恐怖。二つの感情が一気に逆流し、エミリオは精神の安定を欠いた。彼はリックの無事を祈り、寝る事すら忘れて、一晩中帰りを待った。そうして帰って来たリックは、命に別状はなかったものの、負傷者となって帰って来た。

 この時のエミリオの心境を、言葉で表すのは難しい。ただ、この時彼は、自分に心配をかけさせたリックに怒り、そして彼を負傷させてしまった、自分への怒りがあった。その二つの怒りが、リックの頬をぶつという、理性無き行動を、彼にさせてしまったのである。

 エミリオの怒りは、リック自身もわかっていた。戻ってくれば、必ずぶたれる位はあるだろうと。エミリオを含めて、皆に心配をかけると承知で、リックはアングハルトを救いに行った。

 もう、自分の命は、自分だけのものではないとわかっている。それでも、彼女を見捨てる事など、この男には不可能であった。そんな男だからこそ、皆が彼に付き従う。


「反省していませんね」

「今回と同じような状況がまたあったら、二度とこんな勝手はしないと約束できませんから。たぶん俺は、また助けに行ってしまうと思います」


 リックは視線をユリーシアから、隣のベッドで寝ている女性に移す。全身の至るところに包帯が巻かれ、心身ともに疲れ果てて、ベッドで熟睡している女兵士。敵軍陣地からリックたちが救出に成功した、セリーヌ・アングハルトである。

 連合軍陣地に帰還したアングハルトは、すぐさま帝国軍医療班の治療を受けた。リック同様、命に別状はなかったものの、戦場での切り傷と擦り傷に打撲、拷問での負傷で、全身に怪我を負った状態であったのだ。

 拷問のせいで、精神にも傷を負った彼女は、天幕に入るなり、安心してなのか、気絶してしまう。おかげで、アングハルトの男性恐怖症が発症せず、治療に当たった医療班の男たちが、彼女に襲われる事はなかった。

 そんな彼女は、リックの隣のベッドに寝かされており、ずっと眠り続けている。話しかけても反応せず、肌をつついても全く反応しない。完全に熟睡していた。


「彼女を見捨てられなかったのは、貴方にとっての特別になってしまったからですね」

「そうです。アングハルトと出会って、ラブレターを貰って、その返事をして、一緒に街に出かけたりもしました。もう俺にとっては、大切な仲間の一人です」

「本当に、貴方は絵本の戦妃そっくりです」

「そりゃもう、なんたって俺はリクトビア・フローレンスですから」

「ふふ、絵本の戦妃はリックの様な変態ではないけどね」


 会話に入って来た、突然の来訪者。天幕の入り口に現れたのは、自称かつ事実の、美人で自由な旅人リリカである。


「リリカか。何か用か?」

「怪我の具合を見に、ね。ふふ、思ったよりも元気そうだ」

「悪かった。お前にも心配かけたな」

「それほど心配していなかったさ。私よりも、メシア団長の方がずっと気にかけていたさ」

「そうですよリック様。メシアの気持ちも考えて下さい」


 帝国騎士団長メシアもまた、リックの身を案じ続けていた。

 怪我はしていたものの、リックたちが帰還した事で、ようやく落ち着いたメシア。彼が帰還するまで、陣地内をレイナたちが、血眼で彼を捜しまわっていたが、彼女はいつも通り愛想の無い顔で、冷静のように見えた。

 しかし、ユリーシアやリリカは、それが見せかけである事を知っている。リックを信頼し、彼の師匠役となっている彼女が、心配しないわけがない。


「やっぱり、謝った方がいいですよね?」

「勿論です」

「当然だよ」

「なんて謝ったらいいか・・・・・・。エミリオにはぶたれるだけで済んだけど、メシア団長だからな。凄まじいお仕置きをされるかも・・・・・・」


 彼女を怒らせると、どんな目に合うか。彼はそれを、身をもって知っている。

 延々と模擬戦で、ぼこぼこにされる未来しか見えない。たぶん、全身打撲程度では済まないだろう。


「まあ、お仕置きも覚悟の上か。メシア団長には戦いが終わったら謝るとして、そろそろ行かないとな」

「何処へ行くというのですか?」

「エミリオに呼ばれてましてね。一緒に、この戦いの結末を見届けるんです」


 治療が済んだリックに、一度だけ会いに来ていたエミリオ。

 動けそうならば、連合軍陣地近くの高台に来てくれと頼んだのである。エミリオがその場所に、彼を呼ぶ理由。リックには見当が付いている。

 だから彼は行く。帝国の参謀長である彼は、作戦立案者の軍師と共に、この戦争の結末に、立ち会わなければならないのだ。


「リリカ、悪いけど肩貸してくれ」

「いいよ。世話の焼ける男だね」


 二人は、ユリーシアとアングハルトを残し、天幕を後にする。


「・・・・・・この戦いの結末。私も立ち会わなければなりませんね」


 一国の女王であり、連合軍の最高指揮官であるユリーシア。

 彼女には、結末を知る責任と義務がある。少女には重すぎる、とても大きな責任と義務だ。それでもユリーシアは、決して逃げ出さない。


(未来さえ・・・・見る事ができれば・・・・、私がこの力をもっと自由に使えたなら・・・・・)


 少女、ユリーシアの力。

 未来を見通す彼女の力は、彼女の意思に応えない。いつも気まぐれに、突然知りたくもないような未来を、瞼の裏側に映し出す。

 この力を自由に扱う事ができれば、戦いを簡単に制する事もできるだろう。守るべき帝国の人々が、戦いで犠牲になるのを阻止できる。

 守るべき者たちのために、力を望む。

 望むその力が、己を傷つける諸刃の剣と知りながら・・・・・・。


(もっと未来を・・・・・・、リック様のお役に立てる未来を見たい・・・・・!)


 彼女が力を望んでいる今この時も、戦場では多くの血が流されている。味方の士気を上げる以外に、彼女にできる事はただ一つ。

 どんな結末を迎えようと、連合軍全軍を指揮したという、責任を負う事だけだ。






「戦局は一進一退か」

「その様ですね将軍。ですがこの戦局は、将軍の予想通りだったのではないですか?」

「予想できたのは私だけではない。貴殿もそうであっただろう?」


 ヴァスティナ連合軍とジエーデル軍の戦い。その戦場全体を見渡す事ができる、連合軍陣地近くの高台がある。高台に上り、戦場を見渡している、二人の男がいた。

 一人は、連合軍の作戦指揮を任されている、帝国軍の軍師エミリオ・メンフィス。もう一人は、ジエーデル侵攻軍最高指揮官である、名将ドレビン・ルヒテンドルク将軍である。

 ジエーデル軍陣地から連れ去られ、エミリオと共に高台に連れて来られた彼は、見張りを付けられているものの、身体は拘束されていない。敵国の将軍が、いつ隙を窺って逃げ出すかもしれないというのに、エミリオは彼を拘束せず、彼のすぐ隣で話をしていた。


「やはり、将軍の指揮がなければ、軍は正攻法をとるしかない。いえ、そうするよう教えられているのですね」

「当然だ。私がいなければ何もできない軍隊など、戦場では何の役にも立ちはしない」


 ドレビンは理解している。

 自分の隣にいる、長髪で眼鏡をかけた軍師は、自分を排除する事で、己の策を完成させようとしているのだと。

 名将であるドレビンが、そのままジエーデル軍の指揮を執っていたのならば、自分の作戦が見破られる恐れがある。そう考えたエミリオがとった策は、名将の捕縛であった。

 敵陣地に、精鋭部隊を銃火器装備で送り込み、将軍を生きたまま捕縛する。敵陣から連れ去ってしまえば、敵軍全体を混乱させ、士気を大幅に低下させる事も可能であるからだ。

 大胆不敵なこの作戦は、両軍が激突する以前から計画されており、敵陣地までの地形などは、密かに研究されていた。情報では、名将ドレビンは陣地内を自ら見まわり、兵士たちを鼓舞する事が多いとあったため、見まわるであろう時間帯を予測し、部隊に彼を襲わせたのだ。

 エミリオの練られた計画と、ヘルベルトたちの活躍によって、見事作戦を成功させる事ができたからこそ、ドレビンはここへ連れて来られている。


「それでだ。私をどうするつもりだ?人質にはしないのか?」

「ジエーデル軍に人質は無意味です」

「よく知っているな。たとえどんな人質を取られても、敵軍を蹂躙するのをやめてはならない。全軍に徹底されている」

「ですから人質にはしません。私は将軍とお話があったため、ここへお呼び致しました」


 ドレビンを敵陣から取り除き、戦局を有利に進める。それだけが理由で、彼を拉致したわけではない。

 エミリオにはもう一つ、別の目的があった。彼が別の目的を持っていると、ドレビンも薄々気付いている。お互い、高台から戦場を見渡しながら、会話を通して、腹の探り合いをしているのだ。

 そんな二人のもとへ、まだ安静にしていなければならない、帝国軍の最高責任者が、長い金色の髪の美女に肩を貸して貰いつつ、その姿を現した。


「来たぞエミリオ。隣にいるのが将軍か?」

「そうだよ。この御方こそ、ドレビン・ルヒテンドルク将軍さ」

「ほう、もしや貴殿が帝国軍参謀長か?」

「その通りです。手荒な事をして申し訳ありませんでした。私がリクトビア・フローレンスです」


 帝国参謀長リクトビア・フローレンス。

 ジエーデルの掴んだ情報では、最近になって帝国に現れた、謎の多い人物で、帝国軍の最高責任者という事位しか、わかっていない。情報が少なく、どんな人物かまでは不明なのである。

 そのためドレビンは、帝国軍の最高責任者が、自分の予想以上に若い男であった事に、何とも驚いた様子であった。


「本当に貴殿がフローレンス参謀長なのか?」

「信じられませんよね、普通。でもまあ、事実なので」

「からかってはいないのだな?」

「勿論です将軍。彼こそ、ヴァスティナ帝国軍の支配者なのです」


 軍師が若いのにも驚いたが、同じ位若い参謀長には、冗談ではないのかと疑った。

 ドレビンには一人息子がいるのだが、目の前の二人は、息子よりも若い。そんな若さの男が、帝国全軍を指揮していると聞けば、冗談と思うのは当然の反応だ。

 しかもリックは、腕と足に傷を負った怪我人である。後方で指揮を執っているはずの参謀長が、前線に出たような負傷をしているのだ。さらに、負傷した彼に肩を貸して運んだ、戦場には似つかわしくない美女リリカ。

 こんな彼を、一体誰が、参謀長だと信じられるだろうか。


「帝国参謀長は戦場に女を連れて来るのかな。良い趣味をしている」

「ふふ、褒められたねリック」

「いや、絶対逆だろ」


 捕縛された時、縄で両手を縛られて自由を失い、頭から布袋被せられたドレビンは、連れ去られている最中、リックの声を何度か聞いていた。

 そして気が付く。この男は、大胆にも陣地に侵入した部隊の中に、確かにいたのだと。恐らく、彼の負傷はその時のものであると考える。自分が今まで戦場で見た事のない、常識外の敵将。型にはまらない、参謀長であるリックとその軍師エミリオに、ドレビンは大きな興味を抱き始めた。


「自己紹介は済んだな」

「ねぇリック、私の紹介がまだだよ?」

「後にしてくれ。始めていいぞ、エミリオ」

「わかっているよ。では将軍、早速本題に入らせて頂きます」


 役者は揃った。

 この戦いの行く末を決めるための、最重要の話し合いが、この場で行なわれようとしている。


「将軍閣下。直ちに停戦して頂きたい」

「ほう、面白いことを言う」


 二人の戦いが始まる。

 その直後、戦局が新たな動きを見せた。


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