第九話 悪魔の兵器 Ⅱ
気を失う前の事は、何とか思い出せた。
殴られた後頭部が痛み、体中の至るところが、痛みに悲鳴を上げている。エギルに斬られた傷や、擦り傷と切り傷も多い。傷は治療されていない、そのままの状態だ。
あの時、戦場で一人の兵士が、私を生け捕りにしろと叫んでいた。何の目的があったのかはわからない。恐らく、帝国軍の情報を得るためか、カラミティルナ隊の一人を殺した者を、普通に殺すだけでは駄目だと考えての事だろう。
だから私は、こんな場所で、縄で縛られている。気を失った私は、ジエーデル軍の捕虜となってしまったらしい。
縄は丈夫で、しっかりと結ばれている。逃げ出す事は出来そうにない。
「お目覚めかな?」
私が捕らわれている、敵軍のこの天幕の中に、数人の男たちが入って来た。
「この女兵士か。魔法もなしで、カラミティルナの一人を殺したというのは」
「はい将軍。兵たちの話によれば、相当な実力者のようです。捕まえるのも苦労したと聞きました」
「ふむ、帝国軍は猛者が多いな。魔法に頼ったカラミティルナ隊よりも、実力がありそうだ」
将軍。このジエーデル軍の指揮を執っているのは、将軍である名将ドレビン。
今、私の眼前にいるのは、敵軍の最高指揮官であるというのか。ここでこの男を討ち取れば、連合軍の勝利であるというのに、身動きができない以上、私には何もできない。
精々できる事は、帝国の情報を漏らさないよう、口を閉じている事だけだ。
「教えて貰おうか。帝国軍が使用した例の武器、あれは何だ?」
「・・・・・」
「死体を調べ、話も聞いた。大方、大砲を小型化した兵器なのだろう。ならば、弾にも限りがあるのだろう?」
名将と呼ばれるだけはある。帝国軍が使用している武器の正体を、もう突き止めているようだ。
驚きはしたが、表情に出すわけにはいかない。私が反応すれば、帝国の軍備の秘密が露見してしまう。その可能性がある以上、何を聞かれても反応してはいけない。
「やはり何も話さないか。仕方ない、後は任せる」
「お任せ下さい将軍。明日の朝までには、全て吐かせてご覧に入れます」
名将ドレビンだけが天幕を後にした。
残った者たちは、天幕の中で何やら動きまわり、様々な道具を用意している。鉄製の工具の様なものに、薬品の数々。すぐにわかった。この男たちは、私を拷問する気なのだと・・・・・・。
「おっ、こいつ怯えてやがる」
「・・・・・・!!」
自分でも気付かなかった。言われて初めて、表情が強張っているのがわかる。
拷問されるとわかり、あの時の記憶が蘇った。誰の助けも来ず、男たちに凌辱され、何もかもを汚された、あの時の忌まわしい記憶。
あの時と同じ事が、私を襲おうとしている。誰の助けも来ない。将軍が居るという事は、ここは敵軍陣地の中心だ。敵軍の本陣に、一兵士を助けようとやって来る者など、いるはずはない。
「拷問された経験があるのかもな。さっきまでだんまりだった癖に、急に反応したぞ」
「こりゃあ楽そうだ。すぐに洗いざらい吐いちまうんじゃないのか?」
「それじゃあ面白くない。せっかく器具を用意したんだから、楽しませて貰わないとな」
男たちは六人。全員拷問担当なのだろう。慣れた手つきで用意しているし、間違いない。
記憶が蘇り、恐怖が私を支配していく。体の震えが止まらず、息が苦しい。またあの時のように、弄られ汚され、絶望の中へと落とされるのか。
それでも、部下たちのためにとった行動を、後悔はしていない。私が犠牲になる事で、彼らの命を守る事ができた。
あの時とは違う。何もかも守れず、希望すら見えなかった、あの時とは・・・・・・。
部下たちは私を嫌っていた。私がいなくなった事で、今頃は喜んでいるだろう。後は、隙を見てこの者たちから刃物を奪い、自ら命を絶てば、情報を引き出されずに済む。
「よーし、手始めに服を脱がすぞ」
「俺に任せろ」
「服は破くなよ。帝国軍の軍服なら、工作員が潜入するのに使えるかもしれん」
「わかってるって。おい女、大人しく----」
「!?」
恐い。男が私の服を脱がしていく。
戦場では問題ないのだ。でも今は、男に触れられる事が、たまらなく恐ろしい。あの時以来、私は男が恐い。抵抗したいのに、縄で縛られていて身動きができない。
「相当恐がってるぞ。もしかして、男が苦手なんじゃないのか?」
「前に拷問された恐怖が忘れられないとかだろ。よくいるんだよな、そう言う奴」
男たちに取り囲まれ、容赦なく服を脱がされていく。
男たちは笑みを浮かべていた。悪巧みを考える、下衆な笑みだ。あの時の野盗の男たちと同じ、忘れたくとも忘れられない笑み。
(参謀長・・・私はもう・・・・・・)
絶望しかない。もう、私には死ぬ以外、この地獄から助かる道はない。
それでも、あの人の事を考えてしまう。あの時私を助け、帝国で再会したあの人を。一緒に街で過ごした、忘れたくない幸福な時間を。
願わくば、最後にもう一度・・・・・・。
「とりあえず、爪を二枚ぐらい剥がすか」
「最初は鞭だろ。外の奴らにも聞こえるように、大きな悲鳴上げさせようぜ」
男たちは拷問器具を握っている。彼らの浮かべる笑みが、恐ろしい。
これから再び、私にとっての地獄が始まろうとしている。
(嫌・・・・・っ!!誰か・・・・助けて・・・・・!)
ジエーデル軍第一陣地。
この陣地には現在、ジエーデル第一侵攻軍が駐留している。総指揮官である名将ドレビンの姿も、この陣地にあった。
第二と第三侵攻軍は、別地点に陣地を構築している。負傷者の手当と補給を済ませ、陣地で休息をとっているのだ。第一陣地でもそれは同じだが、ここではドレビンと幹部たちが、明日の戦闘についての、作戦会議を開いている。
第二と第三の指揮官も招集し、戦場で拘束した捕虜も、陣地内へ連れて来させた。今日の戦闘での情報を集め、如何にして連合軍を破るかを、ドレビンは休む事なく話し合っている。
「例の武器だが、矢と同じで限りがあるはずだ」
「はい将軍。帝国の工業力は低いはずです。あれが鉄の類であるのなら、大量生産されているとは思えません」
第一陣地内に、指揮官たちが集まる天幕がある。その中ではドレビンと、各軍の指揮官たちが、机に地図を広げ、帝国軍が使用した兵器について、話し合っていた。
ドレビンの考えは正解だ。帝国軍が使用した兵器は銃器である。銃は弓よりも利点が多いが、弓と同じで、弾には限りがあるものだ。これはどうしようもない弱点だが、銃を冷静に分析した名将は、その弱点を即座に理解した。
帝国軍は今回の戦闘で、二つの部隊に銃火器を装備させ、好きなだけ弾薬を使わせている。勝つためには必要な消費であり、連合軍の指揮を執っている軍師エミリオも、当然それはわかっていた。今回帝国軍が用意できた弾薬量の内、半分は緒戦で消費されている。よって、次も銃火器全力使用を許可すれば、あと一回しか戦えない。
情報通りの工業力では、これ以上あの兵器が猛威を振るう事はないと、少ない情報で予想したドレビン。彼の冷静な分析による、敵戦力の解明は、今まで多くの戦いで、勝利の要因となった。これこそ、彼が名将と呼ばれる所以の一つである。
「偵察部隊からの報告では、連合軍陣地に動きはないようです。当初予想されていた、夜襲の可能性はないでしょう」
「油断は禁物だぞ。小兵力が大兵力に勝つには、奇襲と夜襲が定石だ。陣地の警戒は怠るな」
「はい将軍」
今この時も、ヴァスティナ連合軍がどう攻めて来るのか。ドレビンの頭の中では、様々な想定が行なわれていた。彼には油断もなければ、慢心もない。
「私は陣地の見まわりに出る。兵たちが油断していないか心配なのでな」
「お供いたします将軍」
総指揮官であろうとも、ただ命令を飛ばすだけなのは、自分の性に合わないと考えているドレビンは、いつも陣地内を見まわり、兵たちを激励している。いつもの事であるから、幹部たちも彼の考えを理解し、共に陣地を見まわるのが、当たり前となっているのだ。
(さて、予定通りの作戦でいくべきか・・・・・・。どうも連合軍の作戦が引っかかる)
ドレビンは連合軍の作戦に、いくつかの違和感を感じている。
一番謎なのは、緒戦から切り札と言えるはずの武器を使い、手の内を晒した事だ。敵軍に兵器の力を知らしめ、戦意を大きく低下させようとした可能性もあるが、それが理由とは思えなかった。
その事が頭で引っかかり、自分の考えた今後の戦略に、先程から不安を感じ続けている。
(杞憂であればいいのだが・・・・・・)
この時、もしもドレビンが、軍師エミリオの事を知っていれば、杞憂かも知れないと、考えはしなかった。
仕方のない事だ。何故ならエミリオは、大陸では未だ、無名の軍師であったのだから。
エミリオの策は動き続けている。ドレビンはその策を、未だ見破れずにいた。
「獲物はいたか?」
「それっぽい奴だろ?・・・・・・あれじゃないですか隊長」
ジエーデル軍陣地周辺。
月と星の光だけの、漆黒の世界。真夜中の闇に溶け込んで、物陰に隠れている者たちがいる。木々や草むらに隠れている者たちは、およそ六十人。それぞれ武器を装備し、息を潜めて機会を窺っている。
その中の数人の男たちが、とある人物を探している。皆、本来は銃に取り付ける、ライフルスコープを覗き、陣地の松明の明かりを頼みに、目標を探していた。
探し始めて約一時間。ようやく目標を発見した男たち。スコープに映っているのは、ジエーデル侵攻軍を率いている、一人の名将である。作戦説明の時に聞いた特徴と一致し、服装も他の者たちに比べて、丁寧な装飾が施されているため、派手さがある。彼で間違いない。
「エミリオの予想的中だな。獲物は陣地内を見まわってるぞ」
「情報を元にした予測でしたっけ?まるで予知ですぜ」
「俺にはもったいない、最高の軍師だ。それじゃあ始めるとしよう。夜戦の時間だ」
隠れていた者たちが、男の言葉で動き出す。見つからないよう慎重に、身を隠しながら陣地を目指す。
「目的は獲物の確保だ。間違っても殺すなよ」
「わかってますぜ」
「なあなあ、後は任せていいやろ。うちらは別行動や」
「・・・・・・いや、俺たちも確保を支援する。これ以上、俺が我儘を言うわけにはいかない」
本当はこの作戦に、彼は参加しないはずだった。
だが、彼は頼まれてしまったのだ。どうか彼女を救って欲しいと。
彼も彼女を助けたかった。だから無理を言って、この部隊に従軍し、ここまで来てしまったのだ。作戦内容は目標の確保のみだが、一分の望みに賭けて、救出のためにやって来た。もしも機会があれば、助けを待っているであろう彼女を、救い出すために。
「なあ隊長、野郎一人捕まえるなんざ、俺らで十分だ」
「ヘルベルト?」
「だがよ、捕らわれの女を助けるなんざ、俺たちには似合わねぇ。エミリオの奴は何て言うか知らないが、これは隊長の仕事ですぜ」
「そうやで。ここまで無理言うて付いて来たんや。助け出さな、付いて来た意味がないやろ」
彼の部下たちが、背中を押してくれる。
自分の責任がある以上、一兵士のために勝手はできない。それがわかっていても、ここまで来てしまった。戦場に私情を挟んではいけない立場で、私情に突き動かされている。それでも彼の部下たちは、そんなこの男の背中を押してくれるのだ。
「・・・・・・ありがとう」
「よしてくれよ、照れるじゃねぇか」
「まあなんや、この恩はな、今度うちの発明品の実験台になってくれたらチャラにしたるで」
「はは、程々に頼む」
準備は整った。後は号令を出すのみである。
ヴァスティナ連合軍とジエーデル軍の戦いにおいて、勝敗を分ける最重要な作戦が、今この瞬間、実行されようとしているのだ。
「よし行こう。作戦開始だ」




