第九話 悪魔の兵器 Ⅰ
第九話 悪魔の兵器
(ここは・・・・・・?)
見慣れない場所だった。
どうやら私は、気を失っていたらしい。どれだけの時間眠っていたのか、ここがどこなのかもわからない。
立ち上がろうとしたが、足に何かが巻き付いている。両腕も同様だ。身動きが出来ず、地面に寝かされている。
目線を足の方へ向ける。縄で両足が縛られているのが確認できた。この感覚的に、両腕は後ろで縛られているようだ。
辺りを見ると、私は天幕の中に一人でいるらしい。天幕の外からは、人の声が聞こえる。
何故、こんなところにいるのか?どうして、縄で縛られているのか?
(まさか・・・・ここは・・・・・・)
私の頭の中で、一つの可能性が浮かび上がる。
手足を縄で縛られ、体中が痛む。気を失う前、私は戦場にいた。だが今、私の目の前に、あの時の戦場の光景はない。
「また・・・・私は・・・・・・」
状況が読めてきた。そして思い出した。
気を失う前、戦場で何があったのかを・・・・・・。
今から数時間前。
へスカル国領内で戦っている二つの勢力。侵略者ジエーデル軍と、彼らに抗うヴァスティナ連合軍が、この地で激しい戦いを繰り広げた。
その戦いの中で、ハーロン国へと向かう、ジエーデル第三侵攻軍を迎撃した、連合軍第三軍。指揮官はクリスティアーノ・レッドフォード。ヴァスティナ帝国軍所属の、雷属性魔法を操る剣士である。
帝国軍、ハーロン騎士団、ケルディウス騎士団、ビオーレ騎士団の、四つが集まって出来たのが、この軍団の編成だ。軍団は第三侵攻軍に奇襲をかけ、ここでの戦闘が始まった。
騎士団連合が待ち伏せをし、左右から奇襲をかける。敵が奇襲に混乱しているところを、帝国軍の精鋭が、正面から攻撃をかける作戦だった。奇襲は上手くいき、敵軍団は少しの間混乱した。混乱から立ち直る前に、クリスたち帝国軍が攻撃をかけ、敵軍団を突き崩していった。
全て作戦通りで、戦況は常に連合軍有利となっていた。ジエーデル全軍に撤退の命令が出るまで、連合軍は攻め続けたのである。
だが、問題が起きたのは、ジエーデル軍が撤退を始めた時である。
騎士団連合のいくつかの部隊が、さらなる戦果を挙げるために、命令されていない追撃戦を開始したのだ。
後方の連合軍陣地で作戦指揮をする、軍師エミリオ・メンフィスから、敵軍が撤退した場合、追撃する必要はないと命令されていたクリス。当然、勝手な行動をした一部の部隊に対し、報告を受けたクリスは苛立ちを覚え、どう対応するかを思考した。
「くそっ、馬鹿共が!追撃はしねぇ、後退するぞ!」
追撃戦を仕掛けた部隊に駆られ、他の部隊も追撃を始めないよう、すぐさま後退の指示を出す。指揮官の命令により、連合軍は後退を始めた。
「良いのかクリス。追撃をかけた者たちはどうする?」
「ほっとけ!・・・・・・って言いてぇけどな、あれでも一応戦力だ。俺が行って連れ戻す」
連合軍は、兵力差で敵軍と大きな差がある。そのため、一部隊であろうとも、貴重な戦力なのだ。
この戦いに勝利するためには、これ以上、戦力差を出すわけにはいかない。よってクリスは、指揮官でありながら、単独で追撃部隊を連れ戻すと決めた。
元々彼自身、軍団の指揮官として、兵士たちに命令を下すというのは、性に合わないと思っている。己の武を懸けて、一兵士として戦う方がいい。その方が向いていると、戦いの最中ずっと思っていた。
「後の指揮はロベルトに任す。俺はもう少し暴れてくるぜ!」
「勝手な事を言うな。指揮官一人を危険に晒すわけにはいかん」
「他の奴らには任せられねぇ。お前らの部隊は弾薬切れだろうが。なら、俺が行くしかねぇんだよ!」
ヴァスティナ帝国軍、馬の骨部隊隊長ロベルトの制止を聞かず、剣を片手に、敵軍を追いかけようとしているクリス。
ロベルトが止めようとするのも当然だ。常に先頭で戦い、剣術と魔法を駆使して戦い続けたクリスは、体力的に余裕がない。よって、これ以上戦わせるわけにはいかない。単独で行かせるなど論外だ。
クリス自身も、体力の限界は承知の上である。だが、愛する男に勝利を捧げるためには、ここで戦わないわけにはいかない。その思いが、この青年を突き動かしている。
指揮権をロベルトに委譲し、今すぐ部隊を連れ戻そうとするクリスを、何とか思い留まらせようと、ロベルトが必死に説得する。
そんな時、この状況を見た一人の兵士が、二人のもとに歩み出た。
「私が行きます」
「はぁ!?」
「追撃した部隊を連れ戻します。レッドフォード隊長、許可を!」
追撃部隊を連れ戻す任を、この兵士は自ら志願して見せる。
兵士は女性だった。クリスもロベルトも、彼女の事は知っている。帝国軍の女性兵士、セリーヌ・アングハルトだ。
彼女は、帝国軍第四隊所属の分隊長であり、自らの部下を率いて任務を志願する。分隊長である彼女を含め、分隊の人数は十人。たった十人で何ができるのだと、そう言いたげなクリス。
そんな彼を見ても、彼女の決意は揺らがない。危険な任務だと理解しているが、指揮官であるクリスに行かせるわけにはいかないと、彼女は一歩も退く様子は無かった。
「私の部隊は余力を残しています。この場で最も適任であると考えます」
「クリス、アングハルトの言う通りだぞ。この分隊と、他に何分隊か集め、連れ戻させるべきだ」
アングハルトと一部の分隊は、帝国軍部隊の比較的後方にいたため、敵との戦闘が少なかった。疲労が少なく、体力にも余裕がある。クリスが単独で向かうよりも、彼女たちに任す方が適任だろう。
頭では、それを理解しているクリスであったが、志願しているのがアングハルトであるために、命令を下す事ができない。
(こいつはあいつにとって・・・・・、もしこいつに何かあったら・・・・・・)
これが犬猿の仲である、帝国軍の槍士レイナ・ミカズキであったなら、「早く連れ戻しに行け脳筋槍女っ!!」とでも命令しただろう。だが、彼女はある男にとって、特別な存在になってしまった女性だ。
この任務は危険を伴なう。ジエーデル軍兵士は手強く、撤退を一時中断して、反撃に移る可能性もある。彼女の実力は中々のものではあるが、少数の部隊では、やはり危険が大きい。
「レッドフォード隊長!事態は一刻を争います。どうか命令を!」
戦場において、私情は捨てるべきだ。
クリスの今考えている懸念は、ほとんど私情である。ならば指揮官として、私情を捨てさり、最善の選択を取らなければならない。
「・・・・・・命令だ、追撃にいった馬鹿共を連れ帰って来い。ただし!許可なしでの戦死は許さねぇ、わかったな!」
「了解っ!!」
かくして、アングハルトの分隊は命令を受け、行動を開始したのである。
敵軍の撤退を見て、功を焦り追撃をかけた、一部の騎士団部隊。彼らは、戦闘のせいで頭に血が上り、冷静さを失っている。命令を聞く事なく、独自の判断で敵軍を追撃した。当然ながら、クリスの後退命令など無視している。
追撃をかけた部隊は小規模で、後先をまるで考えてはいなかった。撤退していたジエーデル軍は、追撃部隊を迎撃するため、一部が殿として立ちはだかる。
殿部隊は精鋭で、追撃部隊よりも数が多い。作戦も陣形も無く、ただ突撃した追撃部隊は、敵軍の手痛い反撃を受ける事になったのだ。
これにより、騎士たちは苦戦し、殿部隊に逆に追い詰められる形となり、包囲殲滅されようとしていた。そんな状況下で、何とか間に合った、アングハルト分隊と他複数の分隊。彼女たちは、騎士たちを救出するために、殿部隊へ攻撃を開始した。
「突撃する!!うおおおおおーーーーっ!!」
右手に剣を、左手に槍を持ち、腰には二本の短剣を差しているアングハルト。帝国軍の戦闘服の上に、鉄製の防具を、胸や腰、腕や足に装備し、多くの武器を所持して突撃する。
彼女の部下たちや、他の分隊の兵士たちも、それぞれの武器を所持して、突撃を開始。彼女たちの戦闘は、今ここで開始されたのである。
正直な話、アングハルトの部下たちは、隊長である彼女の事を良く思っていない。現に彼らは、前に一度彼女と揉めている。あの時の事はまだ解決しておらず、アングハルトと部下たちの関係は、未だ改善されていない。
しかし、ここは戦場だ。そして彼らは今、重要で危険な任務をクリスから任された。
国と家族を愛し、帝国女王に忠誠を誓っている彼らは、連れ戻す役目をクリスにさせたくはなかった。クリスを単独で向かわせ、彼の身に何かあったなら、連合軍は大損害を被る事になる。一騎当千とも言える彼の力は、この戦争になくてはならない力だ。
愛するものと、忠誠を誓う者のために、ここでクリスを失うわけにはいかない。自分たちの命よりも、彼の方が大切だと考えた。だからこそ、彼らはアングハルトの志願には、賛成であったのである。
アングハルトを嫌う気持ちは消えないが、帝国のためを思えば、今はいがみ合っている場合ではない。よってこの戦いの間は、彼女の命令に従おうと考えている。
とりあえず一丸となっている、アングハルト分隊。分隊全員が突撃し、騎士たちを包囲しようとしている敵軍へ、攻撃を加えた。
アングハルトは敵に肉薄し、右手に持った剣で斬りかかる。目の前の戦いに夢中で、彼女の接近に気付くのが一瞬遅れ、対応する事ができなかった敵兵士。次の瞬間には、剣で胸を切り裂かれ、大量の血を流す。それだけでは終わらず、確実に仕留めるために、彼女は左手の槍で、敵兵士の心臓を刺し貫いた。
先陣を切った彼女に負けまいと、部下たちも雄叫びを上げ、気合と共に襲いかかる。他の分隊も後に続き、騎士たちの救出のために戦う。
「おお!救援か!?」
「助かった、これでまだ戦えるぞ!」
勝手に追撃をかけた騎士たちは、アングハルトたちの登場に、士気を取り戻す。敵軍の反撃のせいで、大きく士気を低下させ、劣勢であった騎士たちに気力が戻る。
皆が後退を考えず、殿を突破して、追撃を再開しようと戦う。救出にきた部隊が、自分たちを連れ戻しに来たという事を、全く理解していないのである。
そんな騎士たちのもとに、敵を突破して、合流を果たしたアングハルト分隊。
救援に喜び、感謝の言葉を叫ぶ騎士たち。
「救援感謝する!共に奴らを追撃す------」
「だまれっ!!勝手な事を言うな!」
騎士の声を遮り、アングハルトの怒声が放たれた。
驚く騎士たちと、彼女の部下たち。戦場という、様々な声が混ざり合い、一人の叫び声など響きにくいこの場で、彼女の声は、はっきりと騎士たちに届いた。
「勝手な追撃のせいで、私の部下も他の分隊も危険に晒されている!貴様たちが命令を聞かなければ、軍全体に悪影響が出る!追撃命令はない、我が軍は後退命令が出ているんだぞ!!」
「だっ、だが、敵軍を追撃すれば更なる損害を与えられる!」
「命令は後退だ!!レッドフォード隊長の命令に従え!」
普段の彼女からは想像もできない。他国の騎士たちに向かい、声の限り怒鳴りつける。
口数は少なく、職務以外の事は何も話さない。そんな彼女が堂々と、声を荒げて怒鳴っている。命令を伝えるだけでなく、自らの思いものせて、騎士たちへと叫ぶ。
「貴様たちが追撃するつもりであろうと、私は命令通り行動させてもらう。無理やり引っ張ってでも後退させるぞ!」
敵軍の殿部隊によって、次々と討ち取られる味方。連合騎士団の一部の部隊の、独断による勝手な行動で、追撃に出た騎士たちと、救出に来た帝国軍兵士に、戦死者が出る。
戦況は不利であり、これ以上の戦闘は、こちらが全滅するだけだ。周りを見まわし、その事にようやく気が付いた騎士たちは、冷静さを取り戻し、アングハルトの言葉に従った。
「・・・・・・わかった、命令に従い後退する」
「私が時間を稼ぐ。その隙に後退を!」
追撃部隊の騎士たちは、急いで後退し始める。彼らを逃がすまいと、殿部隊が突撃を開始。両者の間に立ち塞がったのは、アングハルトとその部下たちだ。他の分隊もまた、彼女と同じように後退支援に出た。
アングハルトたちと、ジエーデル軍がぶつかり合う。剣と槍を武器に、敵兵士を次々と討ち取っていくアングハルト。彼女の力は、レイナやクリス程ではないが、一人で複数相手に圧倒している。敵の斬撃を躱し、槍で敵兵士の胸を突き刺す。自分に向けて放たれた矢を、剣で叩き落して防ぐ。
この場において、彼女以上の力を持った者はいない。ジエーデル兵士たちは、次々と兵の命を奪っていく、たった一人の女兵士相手に苦戦を強いられていた。
「はああああーーーーっ!!」
槍を突き出してきた敵を蹴り上げ、剣で切り裂き命を奪う。討ち取った兵士を退かし、その後ろの敵兵へと槍を突き刺す。側面から襲いかかる敵兵には、攻撃を躱して剣で叩き切る。
戦場で己の武を存分に振るい、容赦なく敵を討つ。彼女の戦い方に技はない。剣も槍も使えるというだけで、専門というわけではないのである。女兵士である彼女の特技は、戦う事だ。戦い方は、体に染みついている。
レイナは槍が、クリスは剣が、イヴは銃が自分の相棒だ。だがアングハルトには、相棒と呼べる武器はない。彼女にとって、武器は戦う道具であり、敵が殺せれば何でもいいのだ。よって、三人のように、武器を極めるという事はなく、当然、型や技を身につけない。
唯一、型や技を持つのは、彼女の徒手格闘術だ。レイナとクリスも感心し、その格闘術は、強力な彼女だけの武器である。
そんな事など知らない、一人の敵兵士が、自らの味方の屍を踏み越え、アングハルトの槍を、剣で斬り落として見せた。一人で複数と戦い、十人以上の敵兵を討ち取った彼女であったが、前も横も多くの敵だ。数で押されれば、どうしても隙ができてしまう。その隙を突かれて、左手の槍を失った。
槍を失っても、彼女が慌てる事はない。叩き切られた槍を即座に捨て、その敵兵の顔面へと拳をぶつける。殴られた衝撃で怯んだ兵士へ、腰に差していた短剣を瞬時に抜いて、その喉元を刺し貫く。
まだまだ、彼女の武は止まらない。
「あと少しの辛抱だ!騎士たちが後退し終えたら、我々も退くぞ!!」
隊長であるアングハルト自身が先頭に立ち、周りを鼓舞して奮戦する。
そんな彼女の姿に、分隊の者たちは士気を上げていく。この先へ一人も通すものかと、声を張り上げ武器を振るった。アングハルトを嫌う、分隊の部下たちも、彼女に負けまいと、敵兵へ全力で立ち向かっている。皆が一丸となって、後退支援のために戦っていた。
あと少し。そう、あと少しで後退が完了する。騎士たちの後退が終われば、自分たちの役目も終わるのだ。
だが、それを許さぬ者がいた。
「どきな。こいつらは俺が殺してやるよ」
殿部隊の後方から、一人の男が現れた。
男は兵士たちに命令し、アングハルトたちから兵を遠ざける。兵士たちが命令に即座に従い、男のために戦いの場を用意した。男は一人、アングハルトたちの前に立つ。
「何者だ?」
「随分と兵どもをやってくれたな。俺様が直々に殺してやるよ!」
男は二十代位で、両耳にいくつかピアスを付けている。防具は一切付けておらず、装備は、右手に鉈の様な刃物を持つだけ。ジエーデル軍兵士が着る軍服は纏わず、スラム街のゴロツキの様な、如何にも野蛮風な服を身に着けていた。
「俺様はエギルだ。カラミティルナの一人って言えばわかんだろ?」
戦闘開始前。帝国軍は作戦説明で、敵戦力についての情報を得ていた。
カラミティルナとは、ジエーデル軍精鋭特殊魔法兵部隊の名称である。通常の魔法兵部隊と違うのは、彼らが基本の属性魔法を使わない点だ。
所謂、特殊魔法というものだが、これは火・水・雷・風・光・闇の六つの属性魔法とは違う、希少な魔法を指す。
現れたエギルという男は、カラミティルナの一員。つまり、特殊な魔法を使用する、敵にした場合、極めて厄介な可能性が高い存在なのである。
「さあて、俺様が出てきたからにはお前らは皆殺し決定だ。特にそこの女!」
「・・・・!」
「お前は簡単には殺さねぇ。じわじわと切り刻んで殺してやるよ。俺様は女の悲鳴が大好きなんでな!」
見た目だけでなく中身も下衆な、エギルと名乗るこの男。
噂によると、カラミティルナ隊は冷酷な者たちが多いらしい。良い評判よりも、悪い評判の方が多いのである。
ある噂では、カラミティルナ隊は総統命令により、侵攻した国の民衆を大量虐殺したという。たった数人のカラミティルナ隊が、何百人もの民衆を殺し、屍の山を築いたと言われている。
この男の下衆さを見れば、その噂も間違いではなさそうだ。
「俺様の力を見せてやる!ひゃはははははっ!!」
笑い声を上げると同時に、エギルの身体に異変が起こる。
足元からすうっと、男の身体が消えていったのだ。下半身が完全に消えてなくなると、今度は上半身も見えなくなっていく。
直感で、危険を感じたアングハルトは、持っていた短剣をエギルへと投げつける。男の魔法攻撃はもう始まっていた。噂のカラミティルナと聞いて、様子を窺っていたが、敵の攻撃が来るとわかり、先手を打って彼女が短剣を投げる。
エギルの頭部目掛けて投げられた短剣。だが、彼女の投げた短剣は、何故か頭部に命中せず、そのまま貫通していったのだ。いや、貫通という言葉は正しくない。正確には、通り抜けてしまったという方が正しいだろう。短剣は何事もなかったかのように、エギルの頭部を通り抜け、その後、男の姿は完全に消え去ってしまった。
「消えた・・・・?」
すると突然、他の分隊から悲鳴が上がる。急いでそちら見ると、分隊の兵士一人が胸を斬られ、血を流して倒れていた。さらにそこには、いつの間にか現れた、消えたはずのエギルの姿が。
仲間の一人が、現れたエギルを剣で斬る。しかし、その斬撃は全く効果がなかった。仲間が斬った瞬間、エギルの身体が消滅し、消えてなくなったのである。
さらに、別の仲間が悲鳴を上げる。胸を切り裂かれ、絶命した兵と、やはり不敵に笑うエギルの姿。得物である鉈の様な刃物を持ち、二人目の仲間を襲ったのだ。
気が付けば、周りには何人ものエギルの姿あった。エギルという男は、ただ一人のはずだが、同じ姿の男が何人も立っている。どう見ても異常な光景だ。
アングハルトの部下たちも、他の分隊の兵士たちも、この異常な光景に恐怖している。その恐怖をついて、一人また一人と、仲間たちがエギルに襲われた。
こんな状況下であっても、アングハルトは冷静であった。そして、襲って来た何人ものエギルの姿を見て、アングハルトは違和感を覚える。その瞬間、ある可能性が彼女の頭をよぎったのだ。
「幻覚か」
「よく見破ったな、女!そう、これが俺様の幻覚魔法だ!」
消えたエギルの姿。何人もの同じ人物。これらは全て、この男の幻覚だ。
エギルの魔法は、相手を惑わす幻覚を見せる魔法で、幻覚に混乱している者を、一人ずつ殺していく。幻覚を逃れる術はなく、発動の瞬間も一瞬だ。アングハルトたちの前に姿を現した時には、既に彼は、この魔法を発動していたのである。
「どうやって見破った?」
「その刃物だ。兵士をそれで襲ったのであれば、血がこびりついているはず。だが、現れた貴様の刃物には、何もついてはいなかった」
味方を襲ったエギルの幻覚は、本人同様刃物を携帯している。
襲われた仲間の傍へと、姿を現したエギルの刃物には、何も付着しておらず、使用された形跡がなかった。その違和感に気が付いた彼女は、今見せられている光景が、まやかしのものであると理解したのである。
「俺様の魔法を見破るとは大したもんだ。だがよ、見破ったところで俺様の攻撃を躱せるのか!」
「っ!!」
幻覚のエギルたちが、アングハルトに一斉に襲いかかる。彼女はどれが本物かわからず、とにかく襲って来た者を、片っ端から剣で斬りつけていく。しかし、どのエギルも偽物で、斬った瞬間消滅してしまう。
見事に幻覚に惑わされていると、彼女の足元に殺気の感覚。躱そうと思ったが、間に合わなかった。本物のエギルと刃物が一瞬現れ、彼女の足を斬りつける。
「ぐっ!!」
「分隊長!」
部下たちの悲鳴の様な叫び。斬りつけられた箇所は、右足の大腿で、そう深い傷ではないが、出血している。
恐らくこの男は、敵を幻覚で惑わし、隙を見つけて切り刻んでいく。こういった戦術を得意としているのだ。
この程度の怪我など、彼女からすれば大した事はない。だが、突然襲いかかるエギルに対して、有効な手段がとれない以上、このままでは彼女に勝ち目はない。
不利な状況下ではあるが、それでも彼女は冷静さを保っている。如何にして本物のエギルを仕留めるか、冷静に敵を分析していた。先程までの攻撃を思い返し、男の弱点を探っているのだ。
(もしかすれば・・・・・・。試す価値はある)
思考した結果、ある事に気が付いたアングハルト。
可能性を試すため、目を瞑り、集中力を高めていく。
「ひゃはははっ!目なんか瞑って、もう諦めちまったのか?」
下品な笑い声を上げる、エギルの幻覚たち。
アングハルトが降参したと思い、またも幻覚たちを使って、一斉に襲いかかった。四方八方からの同時攻撃。本物のエギルはこの中にいるが、どれが本物かわからない以上、反撃する事も、躱す事もできない。
「死にやがれ!!」
「・・・・・・そこかっ!!」
一瞬で振り向いたアングハルトは、右手に握った剣で、背後から襲いかかって来たエギルを、横一閃で斬り捨てる。剣は男の身体を切り裂き、派手に鮮血が飛び散った。
血を流してその場に倒れるエギル。倒れた瞬間、襲いかかってきていた他のエギルたちは、一瞬の内に消滅した。血を流して倒れた者が本物であり、それ以外は幻覚であったのである。本物であるエギルがやられた事により、幻覚が解除され、偽物は消え去った。
「ごほっ!!・・・なっ・・なぜだ・・・・・!?」
まだ息があるエギル。
彼の表情は苦痛に歪んでいた。それと同時に、何故自分の魔法が破られたのか、全くわからないでいる。
「貴様の幻覚は視覚を支配するものだ。よって、目に頼る事はできない」
「そっ・・・それだけで・・・・!!」
「無論それだけではない。貴様の幻覚は殺気を隠す事ができていない。幻覚に殺気はないが、本体である貴様は殺気を放つ。その殺気を読み、斬ったまでだ」
エギルの幻覚魔法は、相手の視覚を支配する力を持っている。
視覚を支配し、自分の思うままの幻覚を見せる事ができるのだ。そのため、幻覚に実体はなく、あくまで相手を惑わすものでしかない。
幻覚魔法が視覚を支配するものだと気付き、目を瞑る事によって、幻覚に惑わされないようにした。その状態で彼女は、相手が殺気を放つのを待っていたのだ。
先程斬りつけられた時、エギルの殺気を感じたアングハルト。周りの幻覚からは、全く殺気を感じる事はなく、突如として現れたエギルに関しては、はっきりと殺気を感じた。
それで理解できたのである。殺気を放つのは、本物だけだと。
殺気を読み、即座に反応できれば、この幻覚魔法を破る事ができる。結果は見事に成功だった。
斬られた傷は深く、大量の出血とともに死んでいく、カラミティルナ隊のエギル。味方からは称賛の声を貰い、敵からは恐れられるアングハルト。
魔法など使えない、ただの一般兵士が、ジエーデル軍精鋭カラミティルナ隊の一人を、簡単に討ち取ってしまったのだ。多くのジエーデル兵士が、エギルの勝利を確信していただけに、この衝撃は大きい。
(この隙に後退しよう。今なら敵も動けない)
衝撃を受け、立ち尽くしているジエーデル軍兵士たち。撤退するならば、今しかない。
分隊全員に撤退指示を出そうとする。作戦は成功したと、この時アングハルトをはじめ、分隊の全員は誰もがそう思った。
ジエーデル魔法兵部隊による、炎属性魔法攻撃が飛来するまでは・・・・・・。
「避けろっ!!」
炎の塊が、自分たちに向かってきているのに気付き、一早く回避の指示を出したアングハルトだったが、少し遅かった。炎は数人の味方に直撃し、燃え盛ってその命を奪う。
敵軍殿部隊の中には、少数の魔法兵部隊が混じっていた。エギルが戦死したのを見て、このまま撤退を許すわけにはいかないと、魔法攻撃をかけたのである。魔法兵部隊の攻撃によって、我へと帰るジエーデル兵。アングハルトたちを逃がすまいと、武器を構え直し、再び襲いかかろうとしている。
「お前たちは撤退しろ!ここは私が食い止める」
部下たちには撤退の指示を出し、自らはここに残って、敵の魔法兵部隊を排除するため、突撃を行なおとしているアングハルト。一人で戦うなど無謀過ぎる。
「無茶だ!一人でどうにかなる数じゃない」
「あの魔法兵部隊がいては撤退が困難だ。誰かが囮になる必要がある」
「だからって、あんた一人をおいていけるかよ!」
「これは命令だ!もう二度と、私は部下を死なせはしない!!」
止める部下たちの言葉を聞かず、剣を片手に一人で突撃。敵兵士を斬り捨てて行きながら、魔法兵部隊を狙う。
守れなかったあの時の記憶が蘇り、彼女を奮い立たせる。もう二度と、仲間を失うわけにはいかない。たとえ部下たちが、自分の事を嫌っているとしても、彼らを守るために命を懸ける。
「隊長っ!!」
「行け!私に構うな!!」
彼女をおいては行けない。
だが、戦いによって傷ついた仲間たちがいる。彼らの事を考えれば、すぐにこの場を離れなければならない。特に、エギルに最初に襲われた兵士は、傷口からかなり出血している。このままでは命に係わるだろう。迷ってる時間はなかった。
アングハルト分隊の者たちと、他の全ての分隊の者たちは、傷ついた仲間たちを運び、戦場を撤退していく。己の無力さを呪いながら、戦い続ける彼女の背中を見つめる兵士たち。
(そうだ。それでいい・・・・・・)
離れていく仲間たち。それを確認したアングハルト。
仲間たちの撤退に安心し、眼前の敵に立ち向かう。圧倒的な数の前に、剣を弾かれ、抜いた短剣で立ち向かうも、限界だった。後ろから数人に羽交い絞めにされ、身動きがとれなくなる。そんな彼女に、容赦ないジエーデル兵士の暴力。顔を殴られ、腹を蹴られ、とにかく痛めつけられた。
アングハルトが大勢の敵に囲まれ、襲われる様を、逃げながら見ている事しかできない。部下たちは悔しさを噛み締めながら、戦場を後にした。
「・・・・・!!」
部下たちが見えなくなり、彼女の戦いは終わった。守り抜けた事に、安堵の表情を見せるアングハルト。
次の瞬間、後頭部を武器で殴られた彼女は、その場で意識を失った。




