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第八話 ヴァスティナ連合軍 Ⅵ

「お疲れ様。暑い中、本当によくやってくれたね」

「もう汗びっしょりだ。お前もご苦労だったな、エミリオの指揮のおかげで、緒戦は勝てたよ」


 今日の戦いは終わり、両軍とも、後方陣地へと後退した。

 連合軍陣地では、先程まで最前線で戦っていたリックと、戦闘の指揮を執り続けていたエミリオが、今日の健闘を称えあっている。


「夏は戦争する季節じゃないな。戦場だと風呂に入れないし」

「我慢するしかないね。そんな事よりも、君に怪我はなかったのかい?最前線で戦っていたから、ずっと心配していたんだよ」

「まあ擦り傷程度かな。俺の事より、ゴリオンたちは大丈夫だったのか?レイナとクリスたちも、怪我してないか心配だ」

「皆無事だよ。ゴリオンは軽い火傷と擦り傷ぐらいで、あの二人も大きな怪我はないと、報告を受けているから」


 安堵の息を吐くリックを見て、エミリオは思う。

 やはり彼は、仲間の身の方が、自分より優先なのだと。本来ならば、帝国軍全軍の最高指揮官である己の身を、誰よりも優先に考えて貰わなければ、軍全体としては困る。リックに何かあれば、それは軍の、いや帝国全体の崩壊を招くかも知れない。

 この先、オーデルやジエーデルのように、帝国の領土を狙う国家が現れた場合、リック無しでそれらを退ける事は不可能だろう。最早帝国は、彼を失うわけにはいかないのだ。

 そして、エミリオたちからすれば、大切な主人に最前線で戦って欲しくはない。彼が傷つく姿は見たくないし、もし万が一の事があったなら、自分たちは生きる意味を見失う。


「皆無事ならよかった。女王陛下の様子は?」

「先程、ようやくお休みになられたよ。戦闘の最中は、ずっと兵たちを鼓舞していてね。その疲れが出たんだよ」

「警備体制は万全だったのか?メシア団長たちがいたから、問題なかっただろうけど・・・・・・」

「矢の一本だって飛んで来なかったさ。騎士団長とメイド長が、視線で人を殺しそうな程、目を光らせていてね。常時最上級警戒態勢だったよ」

「帝国最強のメシア団長と、特殊訓練を受けた元女兵士のメイド長がいれば、たとえ敵の暗殺者が来ても、返り討ちにできるからな。本当に二人は心強い」


 帝国メイド長。またの名を、帝国侍従長とも呼ばれる。

 メイド長の名前はウルスラ。歳が四十代半ばの彼女は、最初からこの国のメイドだったわけではない。最初はただ、各地を放浪していた元軍人であった。偶然帝国へ訪れた彼女を、ユリーシアとメシアが見かけ、色々あって城で雇う事になったのである。

 最初はメイド仕事に戸惑ってはいたものの、彼女は皆の予想以上に早く仕事に慣れ、気が付けば、完璧にこなしてしまうまでになっていた。そんな彼女が次に行なったのは、ユリーシアを守るための、メイド集めである。

 メシアが協力し、放浪していた者や、旅をしていた者に声をかけ、帝国のメイドとして働かないかと誘った。誘ったというよりは、半ば強引に城へと連行し、メイドとして働かせたのだ。最初は嫌々やっていた彼女たちであったが、女王の人柄と優しさを知り、今ではユリーシアを絶対の主人と定め、メイド仕事に精を出している。

 その結果ウルスラは、集めたメイドたちを統率するメイド長へと就任。帝国のメイドたちは、彼女の支配下に置かれる形となった。

 そんな彼女は、元々北の大国の女兵士であったという。しかも、少数精鋭の特殊部隊出身で、その実力は、ヘルベルトやロベルトに匹敵する。彼女が集めた者たちも、元は軍の兵士や傭兵であった者たちであり、メイドなどやった事のない者たちだ。

 ウルスラ率いるメイドたちは、実は、メイド仕事よりも戦闘が専門で、鉄血部隊に匹敵する戦闘力を持った、戦闘メイド部隊なのである。

 最近になって、その事をメシアから聞き、戦地での陛下の身の回りの世話と警護を、直接ウルスラに頼み込んだリック。頼まれるまでもなくその気だった彼女は、再び戦場に戻る事にも躊躇いはなく、メイド服に身を包み、仕事用具をまとめ、武器を手に取った。

 そんな彼女は、他のメイドたちも引き連れ、連合軍陣地でメシアと共に、常に女王の身辺警護に務める。女王の身が心配だったリックも、帝国騎士団とメイド部隊のおかげで、幾分か安心する事が出来たのである。


「陛下なら心配いらないさ。後は、彼女の身に危険が及ばないよう、私たちが勝利を収めるだけさ」

「そうだな。ところでエミリオ」

「どうかしたかい?」

「肩に力、入り過ぎてるだろ」


 図星だった。

 リックの指摘で、ぎくりとした表情を、一瞬だけ見せたエミリオ。気付かれないよう隠していたつもりだったが、全てお見通しであったとわかり、観念して白状する。


「君には敵わないよ」

「いくら隠したってわかるさ、これが初めての大規模指揮だもんな。緊張しない奴はいない」

「その通りだよ。君に全軍を任され、帝国の存亡を懸けた戦いの指揮を執らなければならない。野盗討伐の時とは比べものにならない位、緊張してしまう」


 これまでエミリオは、軍師として戦場で指揮を執った事は、ほとんどない。野盗討伐の際に指揮を執った事はあるものの、四千もの軍勢を任された事はないのである。

 この戦いは、エミリオにとって初の、軍師の力の見せどころである。しかも、帝国の命運が懸かった重要な戦いだ。彼の肩には、戦闘の勝敗だけでなく、帝国の命運という責任までのしかかっている。この場に立って指揮を執るだけでも、精神的に堪えるものがあるのだ。


「私はね・・・・・・とても怖いんだ」

「指揮者としての責任が、だろ?」

「・・・・・・皆の命は私が預かっている。私が采配を間違えば、君たちを失ってしまう。そう考えると、恐ろしくて堪らない」


 これが戦場であり、戦場で軍師をやる以上、乗り越えなければならない責任だと思い知る。エミリオ自身、頭ではわかっていたつもりでも、戦場の空気を知って、その恐ろしさを味わった。

 今日の采配は間違っていなかったか。犠牲をもっと減らす事は出来なかったのか。そう考えだすときりがない。

 戦闘が始まる前から、彼の頭の中では、思考が渦巻いていた。考えてもどうしようもない。そう理解していても、考えてしまう。エミリオは今日、責任と恐怖に襲われながら、ずっと指揮を執っていたのである。


「君は凄いね。私と違って、責任に恐怖していない」

「そう見えるか?」

「駄目だね私は。こんな事では、これから先も軍師としてやっていけないよ・・・・・・」


 彼が表情を曇らせ、弱気さを見せるのは初めてだ。

 兵士たちに動揺を与えないよう、普段通りを貫いていたが、リックだけには隠せないと、己の心情を打ち明ける。今、二人の近くには誰もいない。二人が作戦について話し合っているのを、傍にいて邪魔してはならないと思い、皆が近付かないようしているためだ。

 近くに兵がいないならば、この気持ちを話しても問題はない。そう考えてリックに話す。

 エミリオの正直な気持ちを知り、彼の苦痛を理解した。責任に苦しむ彼を見たリックは、何故かそっと、右手を差し出す。


「・・・・・エミリオ、俺の手を握ってみてくれ」

「えっ・・・・?」


 出された右手は、何の変哲もない、リックのいつもの右手だ。リックが何を言いたいのかわからず、少し考えてみるが、彼の意図はわからない。

 ともかく、リックの言う通りにして、差し出された右手を、自分の右手で握ってみる。


「・・・・・リック!?」

「驚いたろ。俺もお前と同じなんだ」


 すぐにはわからなかった。リックの右手を握った瞬間は、小さくて、よくわからなかったのだ。

 彼の手は小さく震えていた。触らなければわからない程の、小さな震え。


「俺も恐い・・・・、戦いの時はいつもこうだ。戦ってる最中は恐怖が麻痺してるんだけど、始まる前と終わった後は震えが止まらない」

「一体どうして・・・・・」

「戦う前はな、死が怖いんだよ。自分が死ぬのも怖いけど、仲間が死ぬのはもっと怖い。終わった後も安心できないんだ。俺が無力なばっかりに、皆が無駄に傷ついたと思うと、怖くて堪らない。今日はよくても、次は俺の無力さで、皆を殺してしまうかも知れない。それが怖いんだ」


 リックの恐怖。それは、大切な者たちを失う事だ。

 それだけが、彼が恐怖を感じる事だと、今までエミリオはそう思っていた。

 戦いの場では常に先頭に立ち、兵士たちと共に戦う参謀長。死など恐れず、戦いを楽しんでいるように狂い笑う。その振る舞いは、仲間を死なせたくない気持ちと、死の恐怖を振り払おうとする、二つの気持ちの表れなのだ。

 戦いが終わった後は、その結果に苦しむ。参謀長としての自分の判断や指揮。そのせいで死んだ仲間の事を考えてしまうと、後悔の気持ちに襲われる。


「私よりも、君の方がずっと苦しんでいるんだね・・・・・・」

「別に、張り合ってるわけじゃないけどな。ただ、俺でも常に恐怖を感じてるんだから、お前が初めての大規模指揮で恐いと思うのは当然さ。だから、軍師失格なんて事はない」

「リック・・・・・・」

「俺は、お前が最高の軍師だって信じてる。緊張しなくていい、もし間違えても、俺が何とかするから、自信もって俺たちをこき使ってくれ」


 そう言って笑うリックを見て、エミリオも吹き出して笑う。

 曇った表情は消え、緊張も少しずつ解けていく。


「ふふ、ふふふっ。やっぱり君には敵わない」

「ははは、どうだ参ったか」


 いつもの調子を取り戻したエミリオ。

 リックのおかげで、ようやく肩の力が抜ける。このところは、作戦の事を考え過ぎて、心に余裕を持つ事ができなかった。あまり眠る事もできず、シャランドラから薬を貰い、どうにか睡眠を得る始末だ。

 この気持ちを誰かに打ち明け、不安を軽くしようかとも考えた。しかし、作戦を指揮する軍師として、周りに不安を与えてはならないと思い、打ち明けるのを躊躇したのだ。

 だが今は、初めからリックに相談するべきだったと思う。そうすれば、苦しむ必要などなかったのだから。

 だから今、ずっと謝りたかった事を、この場で告白する。


「私は、君に謝らなければならない」

「何をだ?」

「陛下が戦場に出ると言った時、私は手間が省けたと思ったんだ。本当は私が説得して、陛下を戦場に出そうと思っていたんだよ」


 謁見の間での出来事が思い出される。

 ヴァスティナ連合軍の最高指揮官として、この戦場に赴くと宣言したユリーシア。彼女は自分の意思で、赴くと決めたのだ。

 しかしエミリオは、元々彼女を戦場に連れ出すつもりであった。女王自らの出陣となれば、全軍の士気は大幅に上昇する。女王に忠義が厚い者たちは、死を恐れず戦うだろう。彼女が戦場に出れば、当然、武装警備部隊であるヴァスティナ騎士団も、女王の護衛として、ほぼ全ての部隊が従軍する。

 戦場に女王を連れ出せば、女王を危険に晒す事にはなるが、勝利のために必須なものが揃う。

 だからあの時、エミリオは内心歓喜していた。女王を説得する必要が無くなったからだ。

 リックの気持ちは理解していたが、作戦に必要な関係上、女王の決意に反対はできなかった。それを今、彼は謝っている。


「その事か・・・・・・。気にするな、もしも俺が軍師の立場だったら、きっと同じ事をしたはずだ」

「本当に済まなかった。約束するよ、陛下の身は何があっても守り抜く。そして、この戦いに必ず勝利すると誓う」


 その決意はリックのために。

 何故ならエミリオは、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスの、ただ一人の軍師なのだから。


「参謀長!!参謀長はどこに居られますか!!」


 突然、リックを呼ぶ叫び声が聞こえ、声のする方へ向いた二人。

 見ると、九人の兵士たちがリックを探していた。口々に参謀長と呼び、必死な様子である。何か問題が発生したのかと、二人はすぐに兵士たちに近付き、話を聞こうとする。

 九人の兵士たちには見覚えがあった。帝国軍所属の兵士で、彼らの所属は・・・・・・。


「お前たちは、第四隊アングハルトの分隊の・・・・・・」

「さっ、参謀長!?お願いです参謀長!どうか、どうか・・・・・!!」


 リックの姿を見つけ、九人全員が泣きつくように、その場に膝をつく。彼らは皆、戦闘服をぼろぼろにし、擦り傷や切り傷が多い。顔は汗と砂にまみれ、呼吸が荒い。

 そんな彼らは、何かを必死に訴えようとしている。彼らは冷静さを失っているため、何を言おうとしているのか、まるでわからない。


「落ち着け!お前たちはアングハルトの分隊だよな?分隊長のアングハルトはどうした!?」

「あの女は・・・・!いや、分隊長は・・・・!!」


 彼らは帝国軍第四隊所属、セリーヌ・アングハルトが隊長を務める、通称アングハルト分隊の兵士たちである。

 しかし、隊長である彼女の姿がない。隊長以外の全員は、こうして目の前にいるというのに、彼女だけがいないのだ。

 アングハルトがいない事に気が付き、リックの表情が大きく変わる。最悪の可能性が頭をよぎり、声を荒げてしまう。


「何があったか教えろ!!アングハルトは今どこにいる!?」

「お願いです!俺たちは何でもします、だから隊長をっ!隊長を助けて下さい!!」


 帝国参謀長に恋文を送った、あの女性の身に何かがあった。

 部下である彼らは、必死に彼女を助けてくれと懇願し、リックの表情には恐怖が表れる。

 彼の恐れていた事が起きてしまった。それは、大切な仲間の危機である。






 ヴァスティナ連合軍とジエーデル軍が激突し、緒戦は連合の勝利に終わった。その勝利の報は、未だ帝国には届いていない。

 連合の勝利を願い、誰もが祈っている。そんな中、城では一人の老人が、病み上がりの体をおして、ある人物を探していた。

 老人の名はマストール。帝国宰相である彼は、戦場に出る事はなかった。マストール自身は、女王を心配し、従軍する気持ちはあったが、直前で体調を崩した事と、女王の代わりに帝国を守るためという理由で、国で帰り待つ選択をしたのである。

 そんなこの老人は、体調がある程度回復するや否や、ある事を確かめるために、城の通路歩いていた。彼は、どうしてもあの人物に会い、真意を確かめなければならない。

 マストールが訪れたのは、城のとある一室。今は誰も使っていないが、この一室は、思い出深い部屋である。マストールにとっても、ユリーシアにとっても、そして・・・・・・。


「やはり・・・・・ここに居られましたか・・・・・・」


 部屋に到着し、扉を開けて中に入ると、そこには、予想通りの人物が立っていた。

 窓から外に手を合わせ、目を閉じ、祈りを捧げる少女。メイド服に身を包む彼女は、真剣に祈っている。だが、部屋の中へ足を運び、声をかけたマストールに反応し、祈りを止めて、彼を見た少女。


「不安になるとこの部屋に来てしまう。変わっておられませんな・・・・・」

「マストール・・・・・・」


 探していた人物。それは、帝国参謀長専属メイド、メイファであった。

 ここで彼女は、大切な者たちの無事を祈り、皆の帰りを待っている。


「何故です、どうしてお会いにならないのですか・・・・・」

「・・・・・・」

「陛下は望んでおりますぞ・・・・!たとえ、もう見る事が叶わなくとも、そのお声をずっと待っているのです!」


 メイファは何も答えない。部屋にはマストールの声だけが響く。病み上がりの辛い身でありながら、声を上げて必死に訴える。

 今では、宰相であるマストールしか知らない、この国の闇。その闇には、この老人一生の後悔があった。

 そして、老人の目の前に立つこの少女は、彼が再会を夢にまで見た、大切な存在。


「どうか、お会いになって下さい。どうか・・・どうか・・・・・・!」

「もう・・・・私は・・・・・・」


 帝国の命運を懸けた戦いが、へスカル国領内で行なわれている。

 そして、帝国の将来を左右しかねない真実。リックたちの関知しない所で、この国の秘密が関係する、とても重要な事が動く。

 この部屋での出会いと話は、誰も知らない。これは、誰にも知られてはいけないのだ。






 へスカル国で戦争が起こっている。

 大陸全体で見れば、小さな出来事。だが、この出来事をきっかけに、ローミリア大陸を代表するいくつもの国家が、それぞれの野心のために動き出す。

 小さな戦争は、より大きなものになろうとしている。

 この世界の大陸全体が、何十年振りかに動き出す。もう、この歯車は止められない。


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