第八話 ヴァスティナ連合軍 Ⅴ
その頃、ジエーデル第二侵攻軍は、突如現れた、連合軍部隊の奇襲を受けていた。
先陣を切ったのは、チャルコ国とネルス国の両騎士団。奇襲のために街道に潜み、敵侵攻軍が現れた瞬間、左右から挟み撃ちにする形で攻撃をかけた。
奇襲を受けたのに動揺はしたものの、連合軍の奇襲は想定の範囲内。直ぐに立て直し、奇襲に対して反撃に移るジエーデル軍に、両騎士団は逆に苦戦を強いられていた。
「はあああああっ!!」
チャルコ騎士団の先頭で、勇猛果敢に戦う一人の男がいる。歳は四十半ばの騎士で、チャルコ伝統のランスを武器に、強力な敵軍に対して一歩も退かず、味方を鼓舞しながら戦い続けていた。
チャルコ騎士団は実戦慣れしていないため、騎士一人一人の戦場での力は不足している。元々争いの無い国であり、最近になって軍備を拡張し始めたばかりである。彼らは戦争の素人であり、本来ならば、戦力と数えてはいけない。
軍師エミリオも、それをわかっていたが、敵軍と戦うには兵力が足りないこの状況では、彼らの戦力も貴重なものであった。あまり期待はしていないが、一戦力として前線に投入したのである。
この騎士もまた、期待されていない事は承知していた。騎士団の技量をよく知っているのだから、それは当然である。だとしてもこの騎士は、守るべき祖国のために奮闘していた。国では、この騎士の息子が、彼の帰りを心配して待っている。
国と王と、そして愛する息子を守るために、この騎士は初めての戦争で、死を恐れる事なく戦い続けるのだ。
「我らが敗北するわけにはいかん!死力を尽くして戦うのだ!!」
騎士の証である、チャルコ国伝統のランスを敵兵士に突き刺し、確実にその命を奪いながら、味方の士気を下げないよう叫ぶ。
しかし、彼の勇猛振りに反して、味方のチャルコ騎士の多くは、戦場の恐怖に怯えて、徐々に後退っている。
(やはり、我らの実力ではこれが限界か・・・・・・)
わかっていた事だが、それでも、戦わなければならない。
ここで死力を尽くさなければ、折角の奇襲が、何の意味もなかった事になる。この騎士が幾ら善戦しても、たった一人の力がなせる事は少ない。騎士団が一丸となって戦わなければ、勝利は遠い。
劣勢のチャルコ騎士団。反撃してくるジエーデル軍が、騎士団を殲滅するために、進撃を開始しようとした。だが、彼らの進撃は中止される。軍団の正面に現れた、新たな部隊の攻撃で、それどころではなくなってしまったのだ。
火薬による発砲音と爆発音。次々と倒されるジエーデル軍兵士たち。
チャルコとネルスの奇襲は、言わば陽動のようなものである。左右に気を取られている隙を突き、帝国軍部隊が奇襲をかけたのだ。これもまた、軍師エミリオの作戦の一つである。
ジエーデル軍を蹴散らして進みながら、帝国軍最強の槍が、部隊を率いて突撃。やがて彼らは、チャルコ騎士団の前にも姿を現した。
「焼き尽くせ、焔っ!!」
少女の叫び声が聞こえ、その瞬間、敵兵士たちが炎に包まれる。
炎属性による魔法攻撃。この魔法を使えるのは、連合軍の味方の中でも、一人しかいない。
「我が槍は帝国参謀長の力なり!!括目せよ!」
「野郎共行くぞ!奴らを皆殺しにしてやれ!!」
チャルコ騎士団の目の前にいたジエーデル軍を蹴散らし、その姿を現したのは、第二軍の指揮官であるレイナ・ミカズキと、帝国軍部隊を率いるヘルベルトであった。
ヘルベルトたち鉄血部隊は全員、小銃と手榴弾装備で敵軍を荒らしまわっている。その後に続く、剣や槍装備の帝国軍部隊。本当ならば、帝国軍全体に銃火器を装備させたいところであるが、未だ銃の数が揃っていない。
銃火器武装なのは、ヘルベルトとロベルトの、戦い慣れた元傭兵部隊だけだ。例外として、リックやイヴなども銃を使うが、彼らほどの完全銃火器武装ではない。
日頃の銃を使う訓練の成果を、彼らは遺憾なく発揮し、次々と敵兵を撃ち殺していく。レイナと鉄血部隊が通った後には、敵兵の死体しか残らない。圧倒的な力の差であった。
「ご無事ですか!」
「ミカヅキ殿!救援感謝致します!」
「ここは我々にお任せを。チャルコ騎士団は後退して下さい」
レイナの十文字槍が舞うように動き、その刃が敵の命を奪う。彼女の鋭く速い突きが、敵兵の心臓を刺し貫く。ヘルベルトたちが銃を撃ちまくり、先程までチャルコ騎士団が苦戦していた敵軍を、難なく片付けていってしまう。
指揮官であるレイナ自身が、最前線で己の槍を振るい、騎士団が後退できるよう、隙を作り出す。態勢を立て直すためにも、騎士団の団長が後退の指示を出そうとする。
「騎士団が後退しようとも、私はここに残ります。ミカヅキ殿、共に戦いましょう!」
「貴殿は確か、チャルコの騎士団長と共にいた・・・・・」
「私はヘリオースと申します。名乗るのは、これが初めてとなりますな」
戦闘開始前。レイナは指揮官という関係上、チャルコとネルスの両騎士団の団長と、顔を合わせて話す機会があった。その時、チャルコの騎士団長と副団長の後ろに控え、実力を持つ者が発する、独特の雰囲気を纏った者がいた。
その男こそが、今レイナの目の前にいる男。チャルコ騎士のヘリオースである。
「ヘリオース・・・・・・。まさか貴殿は」
「そうです、我が息子がお世話になりました。特に、レッドフォード殿には何とお礼を述べてよいのやら」
「破廉ち・・・・あの男に礼など不要です。どうかお気になさらず」
レイナは思い出す。チャルコで出会った、あの礼儀正しい見習い騎士の事を。あの少年と過ごした時間は短かったが、姫を助けるために奮闘した彼の勇姿を、レイナは忘れてはいない。
今、彼女の目の前にいるこの騎士は、あの少年を育ててきた父親なのだ。
「貴殿の様な尊敬に値する騎士と肩を並べ、共に戦う事ができるとは、光栄の至り」
「こちらも同じ気持ちです。武勇に長けるミカズキ殿と戦えるなど、我が身に余る光栄と言えるでしょう」
二人はそれぞれの得物を構え、共に戦う事を決意する。
眼前には、兵力差約五倍のジエーデル軍。しかし、二人は全く恐れてはいない。その姿を見たチャルコ騎士団の面々は、二人に後れを取ってはならないと、後退を止めて戦う事を決意した。
「では参りましょう。我がチャルコ騎士の技、とくとご覧あれ!」
「頼もしい限りです。ヘルベルト!私たちも負けてはいられない、このまま敵を蹴散らして進むぞ!!」
「言われなくてもわかってる。奴らは俺たちの獲物だぜ」
帝国参謀長の右腕と、銃火器武装の精鋭部隊。ヘリオースという力ある騎士と共に、敵軍団へと立ち向かう。
ジエーデル第二侵攻軍は、レイナ指揮の連合軍に苦戦し、ネルス国への侵攻どころではなくなる。戦闘は連合軍有利に進み続け、ジエーデル側は被害を拡大させるばかりであった。
レイナたちが第二侵攻軍と激突した、ほぼ同時刻。
クリス指揮下の連合軍もまた、ジエーデル軍との戦いを始めていた。ハーロン国を目指す第三侵攻軍に対し、レイナたち同様奇襲をかけ、侵攻を喰い止めている。クリスが先陣を切り、銃火器武装のロベルトたちと共に、敵軍団の前衛を撃破した。
第二、第三侵攻軍が襲撃を受け、想定以上の被害を出した。この報告を聞いた、ジエーデル軍最高指揮官のドレビン将軍は、二つの侵攻軍に、すぐさま撤退の命令を下した。
第一侵攻軍である本隊も、帝国軍の予想以上の強さに苦戦し、被害が拡大している。各前線は連合軍有利に戦局を進め、緒戦はジエーデル軍が敗北した。軍師エミリオの作戦通り、ジエーデルに大きな損害を与えたのである。だが同時に、想定外の被害以外は、名将ドレビンの予想通りである。
連合軍側は、この地域の地形を知る関係上、兵を隠しての奇襲などはやり易い。この地域にまだ不慣れなジエーデル側では、兵力で勝っていても、環境的に不利ではあった。連合軍に優秀な戦略家でもいれば、地の利を生かして攻めるのは定石。防衛態勢が万全であれば、緒戦で勝利する事は難しいだろうと、わかっていた。
緒戦は様子見である。連合軍の戦力を正確に測り、最終的に勝利を得るために。
連合軍側の主戦力は、帝国軍と王国軍残党である。周辺諸国の騎士団を加えてはいるものの、実戦経験が少な過ぎるため、主戦力には数えられない。ドレビンもそれは理解している。
予想外だったのは、帝国軍側の武勇に長ける強者と、謎の兵器の存在であった。レイナやクリスを始めとした、一騎当千の戦士たち。レイナ、クリス、ゴリオンの三人は、各前線で猛威を振るい、一人で軽く五十人以上の兵士を討ち取っていた。
これはまだいい。如何に一人の武勇が優れていようとも、数で押せば倒す事は容易だ。問題なのは、各前線で使用された兵器の存在である。
弓よりも長い射程を持ち、甲冑を簡単に貫通して兵の命を奪う。連射力も弓と段違いであり、この武器のせいで、緒戦は一方的な攻撃を受け続けた。特にレイナとクリスの軍団は、完全銃火器装備の、ヘルベルトとロベルトの両部隊が活躍し、侵攻軍後方にいた魔法兵部隊にまで損害を与えた。
魔法兵部隊が援護のために、炎属性魔法の遠距離攻撃を行なうと、両部隊は突撃して敵中を突破。魔法兵部隊を視認し、銃の射程距離まで近付くと、ひたすら銃撃を加えたのである。距離があったため、撃滅には至らなかったものの、魔法兵部隊は後退を余儀なくされた。
さらに、両部隊を撃破しようと、ジエーデル軍のいくつかの部隊が攻撃を加えたが、これらの部隊は、銃と手榴弾の集中運用による反撃で、壊滅的な損害を出してしまった。
ドレビンも予想できなかった、謎の兵器による損害。この兵器の性能を正確に把握しなければ、連合軍を突破する事はできないと、報告を受けた彼はそう考えた。
そのため、即座に全軍団へ撤退指示を出し、侵攻開始地点まで、軍を後退させたのだ。現在ジエーデル軍は、残存戦力の確認と補給作業に追われている。本隊で指揮を執っていたドレビンは配下を集め、帝国軍の戦力に対しての、作戦会議を始めていた。
一方エミリオは、緒戦の勝利に安心していたが、慢心する事はない。次の一手を打つために、新たな指示を各部隊に下していた。
勝利はしたが、彼の予想通り、ジエーデル兵は手強い存在である。実戦慣れしており、名将ドレビンの指揮は正確だ。彼我の損害は、ジエーデル側の方が大きいのだが、連合軍の損害も決して少なくない。
緒戦でのジエーデル側の戦傷者は、約千人にも上る。それに対し連合軍側の戦傷者は、約三百人。 損害の差から見れば、やはり連合軍の戦術的勝利に見える。しかし、四千人という戦力での、三百人という損害は、かなり大きなものだ。
ジエーデル軍はまだ一万四千の兵力がある。だが、連合軍の戦力は、あと三千七百人しかない。兵力的不利は変わらない。単純に計算すれば、緒戦と同じような損害の戦いを繰り返した場合、最後に勝利するのは、ジエーデル軍となる。
そのためエミリオは、この戦力差を覆す策を考える必要があった。かつて、オーデル王国軍との絶望的戦力差に対して、乾坤一擲の策を用いたリックのように、大兵力を小兵力で打ち破る策を、考えなければならなかった。
その策はもう完成している。戦いが始まる以前から、その策は動き続けているのだ。後は、時が来るのを待つのみ。エミリオ必勝の作戦は、未だドレビンに見破られてはいない。ドレビンは帝国軍の戦力対策に気を取られているためだ。これも全て、エミリオの計算通りである。
名将ドレビンと、これが初めての戦争指揮である、軍師エミリオ。
二人の戦いの勝敗が、この戦いの勝敗を分ける。




