第八話 ヴァスティナ連合軍 Ⅱ
答えが出なかったため、他の者たちと、相談する事にした二人。
今は昼時、ここは食堂。多くの者たちが食事をする中、とある席では、いつもの面子が集まっている。帝国軍幹部たちが集まる食堂の一角。他の兵士たちは暗黙の了解で、用事がない限り、その一角には近付かない。
何故ならそれは、彼らに対しての敬意があるためだ。
「と言うわけで、リック君の心が病んじゃう前に、僕たちが何とかしないといけないの!」
執務室でのリックの姿を説明し終え、ここに集まる者たちに相談するイヴ。
食事をとっているのは、レイナとクリスを始め、シャランドラ、ゴリオン、エミリオ、ヘルベルトの六人。食事をしながら、自分たちの主の悩みについて、相談を始めていた。
「病んじゃうも何も、隊長は最初から頭がいってるから大丈夫だろ」
「そうだけど!そうなんだけどこのまま放っておけないでしょ!?」
正直、相談が始まって早々、良い意見が出そうな雰囲気ではない。こればかりは、本人の問題である。
女王への病気的な忠誠心は帝国一。彼女のためには手段を選ばず、彼女の敵には容赦がない。そんなリックが、女王の出撃に対して、とてつもない不安を抱えている。戦場に出れば危険は多く、彼女の身にもしもが起こる可能性は、十分あるのだ。
万が一にも、彼女が戦死するような事でもあれば、間違いなくリックは壊れてしまう。それほどの彼女への執着心。誰もがそれを理解しているが故に、女王が失われてしまう事を恐れている。
「誰か良い考えない?そうだ!レイナちゃんがリック君の前で裸になれば-----」
「こっ、断る!!私を恥ずかしさで殺す気かっ!?」
「えー、やったら一発で元気出ると思うよ。主に下半身がね♪」
「わっわっ、私よりもリリカ様の方が向いている!」
「だっていないんだもん。宰相さんの看病してるから」
今ここに、リリカの姿はない。
彼女は今、体調を崩して床に伏せっている、宰相マストールの看病の最中である。老齢であるし、ここ最近の政務への無理が堪えたのだろう。あのリリカが、看病などする人間には見えないが、慣れた手つきで宰相を労わっていたのを、イヴ自身も確認している。
「だからね、レイナちゃんがやるしかないんだよ。一緒に騎士団長と戦った仲じゃん、お願い♪♪」
「・・・・・・私を身代わりにした者が何を言う」
レイナは忘れてはいなかった。騎士団長メシアとリリカが激突した戦いに、イヴとシャランドラと共に参戦した時、仲間だと思っていた者に、身代わりにされた事を。
彼女から顔を逸らし、口笛を吹いて誤魔化そうとするイヴだが、レイナはあの時の事を、ずっと根に持っているのだ。
「仕方ねぇぜ。こうなりゃ俺が一肌脱いで-----」
「やめろ気持ち悪い」
「逆効果だからやめて」
「誰もクリスの裸なんか見たくないで。絶対リック嫌がるやろ」
女性陣三人。いや、女性二人と男の娘一人に、全力で却下される。
自分の裸で何とかしようと考えるクリスに、三人の厳しい言葉。
「じゃあお前ら!他に何か良い手があんのかよ、ああん!?」
「少なくとも貴様の意見は却下だ!」
「喧嘩売ってんのか!?上等だ脳筋槍女、表出やがれ!!」
「今日こそは我が槍の錆にしてくれる!その勝負、受けて立つ!!」
「喧嘩しないで二人とも!!もう、どうしてこの二人はこんなにも喧嘩馬鹿なの!?」
「しょうがないでイヴっち。この二人はな、こういう動物なんや」
レイナとクリスのいつも通りの喧嘩。それを合図にして盛り上がる、食事の席。
これは毎度の事であり、その度に周りの食堂利用者は、「ああ、また始まった・・・・・・」と思うのだ。
喧嘩に夢中なレイナとクリス。やりたかった相談会が中断され、流石にキレるイヴ。いつもの事だから仕方ないと、呆れた後、二人を無視して食事を進める、シャランドラとエミリオとヘルベルト。喧嘩は良くないと思い、オロオロとしているゴリオン。
いつもならばこんな時、リックかリリカが現れ、事態は大体収拾される。が、今日に限っては、いつもと違う人物が食堂に現れた。
メイドを数名引き連れて、純白のドレスに身を包む、一人の少女が、この食堂に足を踏み入れる。純白のドレスに劣らない、真っ白の長い髪に、透き通るような白い肌。幻想的な美しさを感じさせるが、それと同時に、儚さも感じさせる少女。
盲目の女王ユリーシア・ヴァスティナが、騎士や兵士たちの利用する食堂に、その姿を現したのだ。
「へっ、陛下!?」
「どうして陛下がこんなところに!?」
周りの者たちが驚き、全員急いでその場に膝をつき、臣下の礼を取る。
メイドの一人に手を引かれ、食堂の中を進むユリーシア。彼女たちが向かうのは、レイナとクリスが喧嘩を繰り広げる食事の席。
「ユリユリやん、どうしたん?」
「ほんとだ。ユリユリもご飯?」
((((((ユリユリっ!!!!??))))))
十四歳の少女ではあるが、仮にも一国の主である。そんな彼女をユリユリなどと呼ぶ、帝国軍の幹部二人。周りの者たちは驚愕し、声を大にして叫んでしまいそうになったのを、何とか堪えた。
「お食事中申し訳ありません。実は、どうしても皆さんにお願いしたい事がありまして・・・・・・」
彼女は、自分に仕える身の者たちへ頭を下げ、頼み事をするために、態々この場まで足を運んだ。
しかも、ユリユリなどと呼ばれた事を気にする様子もなく、まして怒る様子もない。器が大きいのか、それとも威厳というものを知らないのか。
こういったところもまた、彼女の魅力の一つと言えるだろう。
「此度の戦争。どうかリック様を守って頂きたいのです」
「陛下、それは言われるまでもありません」
「そうだぜ、俺はリックに忠誠を誓ってんだ。守るのは当然だぜ」
女王である彼女が言わなくとも、リックの両腕であるレイナとクリスからすれば、守るのは当然であり、絶対であり、義務である。
二人だけではない。この席にいる者は全員、リックへの絶対の忠誠心がある。言われるまでもなく、守るつもりなのだ。
「参謀長を守って欲しいと言うためだけに、この場まで来られたのですか?」
「いえ、それだけではありません。もう一つ、お願いしたい事があります」
「りっ、リックを守ること以外のお願いなんだか?」
「はい。私は、皆さんにも死んで欲しくはありません。この場にいる全ての人間に告げます。どうか、必ず生き残って下さい」
この席の人間だけではない。彼女は、食堂にいる全ての者に、死ぬなと命令した。
戦場に出るという事は、死に近くなる事を意味する。死ぬなとは無理な命令だ。どんな戦場であろうと、死ぬ時は死ぬのだから。
「皆さんの中で、一人でも誰かが命を落とせば、きっとリック様は嘆き悲しみます。もしかしたら、心が壊れてしまうかも知れない。リック様のためにも、皆さんには絶対に生き残って欲しいのです」
彼女の言った事は正しい。
リックを大切に思う彼女は、彼の事をよく理解している。自分が仲間と認めた者を、家族のように思い、絶対の信頼を向ける。それが彼の、最大の弱点という事もだ。
仲間の死は、己の死以上のもの。絆が深いレイナやクリスが死ねば、リックは自分を支える、大きな絆を失う事になる。支えを失った彼の心は、粉々に砕け散ってしまう事だろう。それはつまり、人格すら壊れてしまう事を意味する。
「リック様のためだけではありません。私は皆さんを愛しています。帝国の未来のため、リック様のため、そして私自身のために、どうか生き残って欲しい・・・・・・!」
彼女は再び頭を下げる。
彼女の言葉と姿に嘘偽りはない。この場の誰もが、それを感じ取る。
「レイナさん」
「はい」
「真面目で努力家、礼儀正しく可愛らしい。リック様やリリカさんがいつも仰っていますよ。しかし、そんな貴女を私は見る事が叶いません。一度、その可愛らしいお姿を見てみたいものです」
「!?」
そんな事を言われると思っておらず、驚きと恥ずかしさのあまり、赤面するレイナ。
「クリスさん」
「なっ、何だよ」
「チャルコでの事は聞きました。とてもお優しい方なのですね。貴方のような、素晴らしい人物が帝国にいてくれるなんて、とても嬉しいです」
「なっなっ、何言ってやがるんだ!?」
いつものクリスらしくない、必死に照れ隠しする反応。
「ヘルベルトさん」
「おっおう、何ですかい陛下?」
「先日は、貴方だけでなく、他の皆さんにもお世話になりました。お花の手入れを手伝って下さって、本当に助かりました。私のような非力な者を助けて下さる貴方は、花のような綺麗な心を持っているのですね」
「いやいやいや!!俺が花!?」
戦争に飢えた戦争中毒者が、綺麗な心を持っていますねと言われれば、どう反応していいか困る。
「シャランドラさん、イヴさん」
「なんや?」
「僕たちも?」
「お二人の明るい姿には、私自身いつも元気づけられます。その明るく元気な姿は、まさに帝国の太陽と言えるでしょう。私も見習いたいものです」
「「たっ、太陽!?」」
言葉にするのも恥ずかしい事を、普通に言ってのけるユリーシア。これには二人も、何と言ってよいかがわからない。
「ゴリオンさん、エミリオさん」
「なんだな?」
「はい、陛下」
「ゴリオンさんの評判は私の耳にも入っています。多くの民の助けを買って出ているそうですね。エミリオさんには帝国の未来のために、日々苦労をかけています。お二人には、何とお礼を言ってよいか・・・・・・」
彼女はリックだけでなく、その配下の者たちの事も、よく知っている。
その目で見る事は叶わなくとも、様々な者たちから、話を聞いているのだ。
「ここにいる皆さんも、そして全ての帝国の民も、私にとってはかけがえのない存在です。ですから、決して命を粗末にしないで下さい。これは女王としての命令と、私自身の願いです・・・・・・!」
美しく、そして儚い。
少女が必死に言葉を放つ。この場の誰よりも若く、誰よりも権力のある彼女が、その小さな体から、必死に頼んでいるのだ。
誰もが女王ユリーシアに忠誠を誓っている。それは彼女が、どんな人間にも平等で、どんな人間にも優しく、どんな人間であろうと、愛してくれるが故。
女王ではなく、リックに忠誠を誓っているレイナたち。だが、彼女たちは思う。女王ユリーシアもまた、自分たちが守らなければならない、大切な存在だと。
「陛下。我らはリック様に忠誠を誓う兵です。ですが此度の戦、我らはあなたを必ず守り抜く事を約束します。敵兵が放つ矢の一本だろうと、決してあなたに向かわせはしない」
代表としてレイナが宣言し、他の者たちも膝をついて、忠誠の証を立てる。
自分たちの主が絶対の忠誠を誓うこの存在に、改めて敬意を示したのだ。
「感謝します、皆さん」
「任せてくれなんだな。オラが皆を守るだよ」
「私も負けてはいられないね」
ゴリオンとエミリオが一層のやる気を見せ、他の者たちもまた、戦いへの気持ちを固める。女王にここまで言って貰って、敗れて死ぬわけにはいかない。その気持ちが、皆の士気を向上させている。
「後はリックやな。不安解消してくれんと、指揮に影響でてまうで」
「そうだね。いっそ、ユリユリに何とかして貰った方がいいかも」
そう。後の問題はリックである。ユリーシアの口から彼に言葉をかければ、彼の心の不安を取り除けるかも知れない。
彼女の存在は、リックにとって、それだけ大きな存在なのだ。
「心配ありません。既に、私以上に適任な者が、リック様と話しをしているでしょうから」
女王以上の適任者。その言葉を聞き、レイナたちは二人の人物を思い描く。
ただし、一人は忙しい。となれば、残るのは彼にとって特別な、あの女性しかいない。
「だから心配する必要はありません。私たちは、信じて待っていればいいのです」
「リック」
「・・・・・・メシア団長」
参謀長執務室。昼食も取りに行こうとせず、執務室の机で項垂れていたリックの前に、褐色の肌を持つ、長い銀髪の美しい女性が現れる。
彼女は真っ直ぐリックを目指し、椅子に座る、彼の机の前で立ち止まった。
「私は陛下に忠誠を誓う騎士だ。陛下を守護する事こそ私の使命。しかし、私一人では心許ない」
「そんなことは-----」
「陛下を守りきるためには、お前が必要だ。私とお前、二人であの方を守るのだ」
「・・・・!!」
今のリックの不安に対して、彼女は直球で訴える。
帝国最強の騎士であるメシアが入れば、女王の護衛として、これほど心強い人間はいない。当然リックも、そう考えていた。だが、メシア本人は、自分一人だけでは無理だと言う。
共に戦おうと、二人で陛下を守ろうと、彼女の言葉にリックは目が覚めた。いや、本当はわかっていたのだ。わかっていても、大切なもの失う恐怖を考えると、どうしても不安を消せなかった。
こんな気持ちのままではいけない。こんな姿を、あの少女には見せてはいけないのだ。リックの不安は、この先も消える事はないだろう。それでも彼は、その不安と向き合い、戦わなければならない。
それをメシアは、リックに気付かせてくれた。
(本当に・・・・本当にあなたは・・・・・・)
女神。そう呼ぶのが正しいか。
この世界で、リックを救い続けてきたメシアは、彼にとって、まさに女神と呼べる存在だ。一生彼女には頭が上がらないと、そう感じずにはいられない。
「やっぱりメシア団長は俺にとって・・・・、俺だけじゃなく陛下にとってもメシアなんですね」
「・・・・・一つ聞きたい」
「はい?」
「それはどういう意味なんだ?」
リックの言いたかった事を、彼女は理解出来ていない。素でわからないらしく、首をかしげて聞いている。そんな彼女が可笑しくて、つい吹き出して笑ってしまった。
「陛下もそうだった」
「えっ?」
「私が陛下と初めて出会った時、あの方は命の危険に晒されていた。偶然通りかかった私は彼女を救い、その時名前を尋ねられた。私が自分の名前を教えると、陛下は笑ったのだ。丁度、今のお前のようにな」
「なるほど・・・・・・」
ユリーシアが笑ったのも無理はない。
自分が彼女の立場であっても、同じように笑っただろうと、リックは思う。ユリーシアは、メシアという名前の意味を知っていたのだ。だから、笑わずにはいられなかった。
「メシア団長は、自分の名前の意味を知らないんですね」
「どういう事だ?」
「メシアって言う名前はですね、救世主って言う意味なんですよ」
「救世主・・・・・・だと?」
やはり知らなかったようだ。
メシアとは、救世主という意味を持つ言葉。救世主の名を持つ女性が、少女の命を救い、自分はメシアという名前だと語ったのだ。何の冗談かと思うだろう。命を救ってくれた救世主と呼べる女性が、本当に救世主であったというのだから、笑ってしまうのも無理はない。
「てっきり、知ってるものだと思ってましたよ。俺も初めて名前を聞かされた時は、どう反応していいか困ったものです」
「そうだったのか・・・・。ふふ、ふふふふ・・・・・・」
笑っている。あのメシアが笑ったのだ。
いつも寡黙で笑いもしない彼女が、笑っている。リリカのような妖艶な笑みではなく、女神のような美しい微笑み。リックはその微笑みに目を奪われ、視線を外せない。
「どうしたリック、何かおかしかったか?」
「・・・・・・メシア団長!」
突然椅子から立ち上がり、メシアの傍まで近付いたリックは、有無を言わさず彼女を抱きしめた。
彼女の豊満な胸に顔を埋め、その体に両腕をまわす。完全にリックは、理性が飛んだのだ。
「許して下さい・・・・・、でももう我慢が出来なくて・・・・・・」
「そうか、私は構わない。それでお前の気持ちが安らぐのならばな」
胸元に埋まっている、彼の頭を左手で撫で、右手で抱きしめ返すメシア。その姿は救世主でなく、まさに女神。女神に抱かれ、安らぎを得る男。
騎士となり、女を捨てた彼女は、彼だけにここまでの優しさを見せる。その理由は誰も知らないが、誰が見ても、リックが彼女の特別であるのは明白だ。
(ああ・・・・・・凄く落ち着く・・・・・・、しばらくこのままでいたい。今日は誰も邪魔しに来ないだろう。皆今頃は食堂だろうしな。・・・・・恐怖と不安が消えていく感じだ・・・・・、しかもいい匂いがする・・・・)
リックにとっては、この上なく幸せなひと時。
前はヘルベルトに邪魔をされてしまったが、執務室に用事を持って現れそうな人物は、全員食堂にいるのだ。食堂にいないリリカも、今は宰相の看病をしていると、リックも聞いている。この時間を邪魔する者は、誰一人として今現在存在しな-------。
「参謀長殿、部隊編成の件で確認が-------」
「「・・・・・・・・・」」
忘れていた。本当に忘れてしまっていたのだ。この男の存在を。
真面目に仕事し、確認のために部屋を訪れたのは、ヘルベルトの戦友である元傭兵のロベルトである。この男の失敗は二つ。食堂にいなかった事と、部屋をノックし忘れた事だ。
「・・・・・・・・ロベルト」
「・・・・・はい」
「絞首刑か銃殺刑、好きな方を選べ」
「どうか慈悲を」
「これが俺の最大限の慈悲だ」




