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第七話 侵略者 Ⅵ

 帝国軍最高責任者が、己のやるべき仕事を思い出した頃。

 外は日が沈み始めようとしていた。そんな中、帝国軍専用会議室では、ようやく軍師エミリオの説明が終わったところである。


「-----というように、作戦と編成はこれでいく。皆、準備に取り掛かって欲しい」


 返事がない。ただの屍の様だ。・・・・・・という事は勿論なく、長い説明で皆がぐったりしているだけである。

 メシアとリリカを除く全員が、今にも気を失ってしまいそうな位、眠気に負けそうな表情をしていた。説明中、居眠りをしようとしていた者を、軍師エミリオ先生が許す事はなく、正確かつ無慈悲なチョーク投げを行なったのである。

 そのため、説明に疲れて眠ろうとしたのを、額へのチョークの直撃によって、毎度無理やり覚醒させられ、今彼らは非常に眠い。エミリオ先生は、居眠りを許さないのだ。

 だがしかし、元々忍耐力も異常に高いメシアは、この長い説明を、居眠り一つせずに全部聞いていた。そんなメシアよりも凄いのは、会議が作戦と編成の話となり、開始一時間も経たない内に、堂々と腕を組んで居眠りを始めたリリカである。

 これには、流石のエミリオ先生も手が出せない。相手はあのリリカであるし、何よりも、あまりに堂々としているため、チョークを投げる気も失せたのである。

 ちなみに、メイファの姿は今ここにない。疲れている皆のために、紅茶を淹れに行ったのである。


「ふん、だらしない者たちじゃのう」

「マストール宰相。いらしたのですか?」

「会議をしていると聞いてな。少し様子を見に来たのじゃ」


 長きに渡り帝国に仕える、歳が七十を超えた老官。政治の全てを任された、帝国の大黒柱、宰相のマストール。

 会議室の扉を開き、中の様子を確認したマストール。ぐったりとする者たちを見て、だらしないと言い、溜息までついた。

 老体でありながらも、政務を執り行ない、苦労が絶えないこの宰相。特にここ最近は、リックを中心とした帝国軍軍備拡張のせいで、忙しい毎日を送っている。


「どうじゃエミリオ。例のジエーデル国との事は」

「残念ながら戦いは避けられません。戦う以外に道はないでしょう」

「勝てるのか?」

「勝つために私が軍師を務めるのです。こんな日がいつ来てもいいように、今日まで働いてきたのですから」


 宰相も不安なのだ。

 女王に仕え、彼女を大切に思う彼からすると、再び迫り来る、帝国滅亡の危機が恐ろしい。相手が圧倒的な兵力で迫るであろう事は、軍事に明るくないマストールでも、簡単に予想出来る。

 帝国が周辺諸国と連合を組んだとしても、戦力差が違い過ぎるのだ。普通は、誰も勝てるなどと考えない。故に不安であるのだ。


「お主には期待しておる。じゃが、他の者たちはだらしないのう」

「だってー、説明長いんだもん」

「オラ、全然わからなかったんだな」

「まったく、こんな者たちに国の存亡が懸かっているとはのう・・・・・・。何故陛下は、この者たちを信用なさっているのやら」


 女王ユリーシアは、リックの事を信頼している。

 これは誰もが理解している事なのだが、彼女がリック以外の多くの者たちも同様に、深く信頼している事を、知る者は少ない。レイナもクリスも、ヘルベルトやロベルトの元傭兵部隊も、シャランドラやゴリオン、軍師のエミリオに、かつては他国の諜報員だったイヴまで、多くの者たちを信頼している。

 どんな人間にも優しく接し、平等で差別する事はない。彼女はその人間性で、決して嫌われる事なく、周りの者たちを愛していった。

 例えば、ヘルベルトは女王に対して好感を持っている。ヘルベルトだけではなく、彼の率いる元傭兵部隊の面々もまた、女王へ好感を持つ。

 ヘルベルトたち戦闘狂の人間たちは、どんな国でも忌み嫌われた。

 当然だ。彼らは戦争を求めて各地を渡り歩く、人殺しを生業とした集団である。彼らを雇った国は、その力によって勝利を手にしてきた。だが、雇った国の人間たちは、必ず彼らを恐れる。人殺しの戦闘狂の集団であるのだから、恐れ嫌うのは当然としか言えない。

 しかし、彼女だけは違った。女王ユリーシアだけは、そんな彼らを恐れる事も嫌う事もない。他の者たちと差別する事なく、変わらない優しさを向けるのだ。そんな彼女の優しさは、彼らには嬉しいものであった。

 自分たちは嫌われて当然の存在。人殺しを楽しむ最低の人間だと、自覚していたのに、盲目のあの少女は、そんな自分たちを平等に扱う。人の優しさを忘れてしまっていた彼らは、彼女のおかげで、それを思い出せた。

 だからこそ、ヘルベルトたちは彼女に好感を持ち、リックだけでなく、女王である彼女の言う事も聞く。彼女は、リックを守って欲しいと彼らに頼んだ。だから彼らは、その願いを叶えようという気持ちが強い。


「安心してくれ宰相の旦那。俺たち鉄血部隊がいるんだ、ジエーデルだかなんだか知らねぇが、負けねぇさ」

「ヘルベルト、俺も忘れてもらっては困るぞ」

「貴様らには給料を払っているのだ。しっかりと働いてもらう」


 やる気、と言うよりも殺る気と呼ぶべきか。

 彼らにとっては、久々の大きな戦いである。ここのところ、帝国周辺の治安維持や討伐任務ばかりであった彼らにとって、待ちに待った時だ。宰相に言われなくとも、存分に働くつもりである。


「ねぇ宰相、前から気になってたんだけど・・・・・・」

「何じゃ?」


 給料の話が出たため、ふと思い出した疑問を述べようとしたのは、イヴである。


「僕たちの給料も、軍の予算もそうなんだけど、帝国の財政って大丈夫なの?」

「私も気になっておりました。リック様とこの国に来て以来、我々は急速に軍備増強を進めていますが、帝国の財政に余裕はあるのですか?」

「あるわけないぜ。どっかの槍女様が、食堂でたらふく食らうからな。毎日食費で大変だろうぜ」

「貴様もよく食べるではないか!わっ、私だけのせいではない!」

「てめぇとは食う量が違うんだよ。一緒にすんな!」

「やめんか!!喧嘩なら外でやれ」


 宰相の雷が二人に対して直撃する。

 ご近所の雷親父レベルの雷を落とす、帝国一恐ろしい説教老人。彼の説教に捕まる事は、誰もが恐れる。あのリリカですら、宰相の説教は恐れるのだ。宰相マストールの説教が一度始まると、正座で最低三時間の説教は確実だ。

 びくっと肩を震わせ、両者とも喧嘩を一時中断する。あくまで一時的だ。宰相がいなくなれば、再び再開する事であろう。帝国軍最強の二人でも、宰相マストールは、リリカ並みに恐ろしいのである。


「エミリオには話したが、貴様たちは知らんだろう。少し話をしてやろうかのう」


 人生を帝国に懸け、この国の歴史を見て生きてきた、この老人は語る。






 ヴァスティナ帝国を建国した、二人の英雄。

 初代ヴァスティナ王と王妃が、この国を大きくし、ローミリア大陸南に、強大な帝国ありと言われる程の、先進国家へと成長させた。現在は小国であるが、二人が国を動かしていた時は、今の何倍も広い領土を持ち、軍事力も今以上であった。

 それが今では、南の一小国に過ぎない。理由は、帝国の衰退原因にある。

 建国当初は、この地域に元々いた貴族たちと良好な関係にあり、英雄二人の力もあって、信じられない急成長を遂げた。しかし、初代ヴァスティナ王と王妃は、歳が五十を超える前に、病でこの世を去る。

 二人の間には一人の息子がおり、その彼が次期国王となった。親であった二人と比べると、二代目ヴァスティナ王は、力ある王ではなく、人徳のある王として国を治める。そして、国家のこれ以上の成長は、他の大国を刺激すると考えた二代目ヴァスティナ王。彼は貴族たちと話し合い、国家の成長を止めた。

 この判断は正しく、帝国を危険視していた大国は、これで、ヴァスティナ帝国は将来の敵国にならないと判断し、以来この国が、侵略の危機に直面する事はなかったのである。

 国家の成長を止め、これから国内の、農業改革に乗り出そうとした矢先、彼もまた、病でこの世を去る。元々彼は体が弱く、王の責任は荷が重すぎたのだ。

 二代目までは、真に帝国の事を考え行動し、この国の繁栄と平和を願っていた。だが、三代目のヴァスティナ王は、自分の事しか考えない人物であった。

 二代目は優しい性格であったため、一人息子に対し、とても甘かった。甘やかされて育ってきた三代目の王は、基本的に我儘な子供であった。二代目が早死にしてしまい、王としての責任を、しっかりと教えられる事がなかったのである。そのため、三代目ヴァスティナ王は、自分勝手な王として振る舞い、酒と女に湯水のように金を使い、帝国の財を食い尽くしていった。

 この王に貴族たちは猛反発。王と貴族たちは対立し、以降友好関係が築かれる事はなくなった。この三代目以降の王たちも、王としては最低の者たちで、徐々に帝国は衰退していったのである。

 衰退が止まったのは、現女王ユリーシアの父親である、キメルネス・ヴァスティナが王となった時である。

 財政が危機的状況となっていた当時、キメルネスは政治の立て直しを図った。彼の奔走により、危機的状況を脱しはしたが、相変わらず貴族との関係は回復せず、帝国に、かつての力を取り戻す事は叶わなかった。

 特に、貴族たちは世代が変わり、反帝国の考えを持つ者が増えた状態だった。三代目以降の王の振る舞いが、現在までの、貴族たちとの対立を作り出してしまったのである。

 毎日政務に明け暮れ、帝国を何とか立て直してきたが、この王もまた、事故によって亡くなってしまう。志半ばでの不幸な死。多くの民が、キメルネス王の死を嘆いた。

 王が早くに亡くなり、国と民が次の王を必要としたが、この時王となる権利を持っていたのは、当時まだ十歳にも満たなかった、少女ユリーシアである。王の死で、ユリーシアは帝国のために、王となる決意を固める。彼女は父親の死からすぐに、国と民のため、ヴァスティナ帝国初の女王となった。

 キメルネスの志を継ぎ、帝国を立て直す事に、彼女も奔走する。貴族との関係は改善出来なかったが、財政難を解消し、政治も正した。ヴァスティナに対する国民の信頼も取り戻し、彼女は国を救ったのである。

 国を救うために彼女は、周辺諸国に自国の領地を与え、友好関係を築きながら資金を得た。宝物庫にあった帝国の宝も売り払い、財政立て直しの資金に充てる。さらに、キメルネスも行なっていたが、前々から予算のかかっていた、自国の軍備を出来るだけ縮小。そして、軍の縮小だけでなく、帝国内で徹底的な倹約を進めた。

 給料や食費、女王自身の生活に至るまで、とにかく節約して消費を抑える。税率を上げず、財政の見直しと倹約で立て直す。彼女は一切の贅沢を捨てたのだ。

 女王となったその日から、彼女は自由を捨て、国と民のために全力を尽くしてきた。生活は質素倹約を自ら率先して行ない、贅沢を禁じる。食生活では、高級食材などを一切口にせず、国民が食べているものと、同じものを食した。嗜好品も購入する事なく、趣味に金を使う事もない。

 そんな彼女に、城中の者たちが胸を痛めた。まだ幼い身でありながら、自分自身に厳しく生きる。彼女だけに、そんな生活をさせてはならないと、他の者たちも倹約を徹底した。国民たちも、女王の生活の事を知り、彼女を帝国の新たな王と認める。

 この時から、女王ユリーシアを中心に、帝国は一つになった。

 もう政治は乱れない。王が自分勝手に振る舞う事もなく、国民の心が、王から離れていく事もない。かつての力は失われ、小国と変わらない国家となってしまったが、女王ユリーシアの力によって、ヴァスティナは安定を取り戻した。

 そんなヴァスティナ帝国は、リックの登場で変わってしまった。彼の進める軍備増強計画。それは、とても予算のかかる計画である。リックの計画を成功させるため、女王は税を上げざる負えない。

 税率を上げれば、当然国民の反感を買ってしまう。しかし、帝国国民は税率の上昇に、文句一つ言わなかった。

 女王は国民に愛され、ほとんどの国民は、彼女の力になりたいと願っている。さらに、二度の王国との戦いで、軍備の増強が必要不可欠だと知った国民は、税の上昇は、寧ろ必要だと考えたのだ。

 女王への信頼と、将来的脅威の可能性によって、軍備に多くの予算をまわす事が出来た。これも全て、女王ユリーシアのおかげである。彼女が帝国を立て直し、国民の信頼を勝ち得たからこそ、帝国軍の今があるのだ。






「軍備もお前たちの給料も、全ては陛下のおかげなのだ。陛下がいるからこそリックがあり、貴様たちもあるのだと知れ」


 宰相マストールの口から語られた、帝国の歴史。

 この老人は、キメルネス王以前から帝国に仕え、彼の代で宰相となった。そのため、女王ユリーシアの全てを見てきたのである。彼女が自由を捨て、国と民のために尽くす姿。目が見えなくなっても尚、その姿勢は変わる事がなく、自らに鞭を打つ。見ているこちらが胸を痛めるその姿を、宰相はずっと、目に焼き付けてきた。


「宰相殿、どうして女王陛下はそこまでするのですか?」

「優しい子なのじゃ。その優しさが、己を苦しめ続けている」

「自由も贅沢も捨てた女王か・・・・・・」


 話を聞いていたレイナとクリスは、リックが忠誠を誓う女王が、どんな生き方をしてきたのかを知った。

 二人だけでなく、他の者たちも真剣に話を聞き、ヴァスティナ帝国の女王を知った。


「財政難を立て直す時、陛下は帝国の大切な宝をほとんど売り払った。その中には、思い出のある品もあったのじゃ。それでも、国と民の方が、宝よりも大切だと仰ってな」

「えっ!じゃあさ、王族のお宝って言うと王冠とか宝剣とかだよね?みんな売っちゃったの!?」

「そうじゃ。王族の威厳の象徴よりも、民が飢えてしまわないようにする事が肝要だという理由でな」

「優しすぎるで。うちには真似できんわ」


 普段の生活でも、謁見の間であっても、彼女は白いドレス姿でいる。だが、一切の装飾品を身に着ける事はない。全て売り払ってしまったからだ。そんな彼女の姿には、女王としての威厳というものを感じられない。彼女を知らない者からすれば、とても女王だとは思わない事だろう。


「これでわかったじゃろう。帝国の財政は陛下の力で成り立っている。それを決して忘れるな」

「わかっているよ宰相。私のリックは、素晴らしい人格者を主人にしているとね」

「リリカか。寝ておったのではないのか?」

「宰相が語りだした頃から起きていたよ。随分と熱心に語っていたね」


 いつの間にか目を覚ましていたリリカ。マストールの語った話は、女王のお茶友達である彼女も知っていた。何故なら、お茶の時、女王に直接聞いていたからである。

 だから彼女は、マストールがユリーシアのために行なっている、とある秘密も知っているのだ。


「聞いたよ宰相。陛下が普段飲んでいる紅茶。あれは宰相が買ってあげているのだろう?」

「待て、それは!」

「紅茶だけではない。彼女が育てている花もそうだ。全部宰相が自分の給料で買ってあげているんだよ。孫娘を可愛がるおじいさんの様にね」


 女王は給料を貰っているわけではない。寧ろ与える側である。

 とは言え、女王であるのだから、望めば大概のものは簡単に手に入るだろう。しかし彼女は、何も望まない。自分の我儘に金を使わないよう、徹底しているのだ。

 見かねたマストールは自分の給料を使い、彼女のために、様々なものを買い与えた。紅茶もお茶菓子も花も、全て宰相が与えたものである。


「他の者には内緒にしてくれと、陛下に頼んだそうだね。恥ずかしがる事もないだろうに」

「ぐっ、お主に知らぬ事はないのか・・・・・・」

「流石は宰相殿!女王陛下のためにそこまで尽くすとは」

「ただのガミガミ親父じゃないわけか。見直したぜ」

「よっ!帝国一の忠義者!!」


 宰相にとってユリーシアは、女王であるだけでなく、可愛い孫娘のような存在でもある。だから、甘やかしたいという気持ちが強い。故に、彼女に少しでも、幸せな時を過ごして貰いたいがために、自分の給料から買い与えているのだ。


「ええい、この話はここまでじゃ!エミリオ、儂は政務に戻る。リックに会ったら伝えておけ、陛下が謁見の間で話があると仰っていたとな」

「わかりました。必ず伝えておきます」


 無理やり話を中断させ、会議室を退室していくマストール。仕事を再開しようと、自分の執務室へと足を進めた、その時。


「失礼します、紅茶を淹れてまいりました」


 マストールが背を向けた、会議室の扉。聞こえてきた声は、皆のために紅茶を淹れに行っていた、専属メイドのメイファの声であった。


「なっ!?」


 メイファの声にはっとした宰相。彼は急いで振り返る。

 振り返った時には、彼女は既に、会議室の中へと入ってしまった後で、マストールがその姿を見る事は出来なかった。


「まさか・・・・、いやありえん。しかしこのお声は・・・・・・」


 呆然としたマストール。この場から彼は、しばらくの間、動く事が出来なかった。

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