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第七話 侵略者 Ⅴ

「アングハルト、昼飯と飲み物買って来たぞ。一緒に食べよう」


 ヴァスティナ帝国城下。

 ジエーデル国の脅威が噂として広まり、国民の多くは不安に思っている。それでも、国民たちは女王を信じ、変わらない日々を送っていた。

 そんな城下で気分転換をと、アングハルトを誘って城を出たリックは、呑気に昼食を用意する。城での出来事以来、何処かうわの空の彼女。街の風景を見つめ、心ここに在らずの状態だ。


「お腹空いてるだろ?これはお前の分な」


 そう言ってリックが手渡したのは、近くにあったパン屋で売っていたコッペパンと、木のカップに注がれた林檎のジュースである。この二つで、お値段は二百ベル。金を出したのは勿論リックだ。

 コッペパンを選んだのは、店の主人に勧められたから。ジュースも同様である。

 パンを手に取ったアングハルトは、流石に遠慮する。手に取ってしまったが、軍の最高責任者が一兵士に、食べ物を奢ったという事であるから、誰でも、本当に食べて良いのか不安になる。


「遠慮するな」

「しかし・・・・・・」

「これは俺のお詫びなんだ。食べてくれないか?」


 頭を下げるリックに、彼女は動揺を隠せない。

 一介の兵士に、軍の最高責任者が頭を下げるなど、普通ならあり得ない事だ。それが、彼女の目の前で起こっている。しかも、何故彼が謝罪しているのか、彼女にはその理由が、全くわからないのだ。


「軍内部でああいう事が起きないよう、兵士たちには徹底していたはずなんだが・・・・・・。実際は、お前を苦しめてしまった。本当にすまないと思っている」

「・・・・・・参謀長」

「殴りたかったら殴っていい。俺が不用意にお前を出世させたばかりに、こんな事になってしまったんだ。恨んでくれて構わない」

「私は・・・・恨む事など・・・・・」

「・・・・・・って、こんな言い方はずるいか。これじゃあ謝罪にならないな」


 自分の配慮が足りないばかりに、彼女に苦しい思いをさせたと、リックは深く反省している。どうしても謝りたいのだ。

 虐めというものを、彼は決して許す事はない。特に、己の分も弁えず、調子に乗って、自分より弱い者を虐げる、最低の人間。そんな人間を、女王の武器である帝国軍に、絶対に存在させるわけにはいかない。

 その考えがあるからこそ、自らの指揮する軍で虐めが発生し、彼女を傷つけてしまった事が許せない。自分自身が許せないのだ。


「・・・・・・参謀長は悪くありません。全て私の責任です」

「いや、俺が-----」

「私に愛想が無いせいです。自らの愛想のなさが招いた結果です」

「愛想がないって自分で言うんだな。自覚あるのか?」

「はい」


 正直に答えてくれたのだが、愛想が無いとわかっているのなら、どうにかしようと考えないのかと、この時リックは思ってしまった。

 とは言え、彼女のような真面目一直線な女性は、他人と他愛無い話をしたり、友達を作る事が苦手なのかも知れない。実際彼女は、帝国内で友達と呼べる者がおらず、特に、軍内部では孤立している。


「愛想がないか。愛想なんかなくても、俺は好きだぞ。お前みたいな年上の女性」

「どういう事ですか?」

「メシア団長みたいで、かっこいい。仕事に生きる大人の女性って感じがして、綺麗だなって思う」

「私は、参謀長より年上なのですか?」

「ヘルベルトから聞いたんだけど、確か二十歳だろ?俺は十九歳だから、一つ上だな」


 彼女はメシアによく似ている。主に見た目や雰囲気がだ。

 メシアは天然ものの褐色肌だが、彼女も日に焼けて、肌は小麦色をしている。おまけに寡黙で真面目、冗談の一つも言わなさそうな、リックからすると年上の女性だ。

 憧れの女性がメシアであるリックからすれば、アングハルトは好みの女性となる。好みの女性から恋文を貰ったというのに、その気持ちを断りはしたのだが・・・・・・。


「こうやって二人で街にいると、何かデートみたいだな。気分転換にと思ったんだけど」

「・・・・・・申し訳ありません。私が部下に手を出さなければ・・・・・・」

「どうして、あの時怯えていたんだ?いや、聞くまでもないか」

「・・・・・・」

「怖いんだろ、男が」


 あの時、彼女は何かに怯えていた。

 男の兵士に胸倉を掴まれ、その瞬間豹変。兵士の体を床に叩きつけ、気絶させてしまった。怒って手を上げたのではなく、己の身を守るための攻撃。リックにはそう見えた。

 彼の感は正しい。何故なら、彼女には忘れる事の出来ない、苦痛の記憶があるのだ。


「戦いの時は問題ありません。ですが・・・・・・」

「無理に言わなくていい」

「怖いんです、男に触れられるのが・・・・・・。思い出してしまうから」


 帝国に来る前、ラムサスの街を襲った野盗との戦いで、アングハルトは部下だけでなく、自分の清い体も失った。野盗たちに捕まり、凌辱と拷問の限りを尽くされ、精神が崩壊する一歩手前まで追い詰められた。

 凌辱によって処女を散らされ、拷問によって肉体を弄られた彼女は、野盗たちに恐怖を抱いた。それと同時に、プライドも何もかもをずたずたに引き裂かれ、あの時、何度死にたいと思った事か。

 男に触れられたあの瞬間、彼女の脳裏に、あの時の記憶が蘇ってしまったのだ。

 手足を縄で縛られ、無理やり男たちの慰みものにされた事。吐かせる情報など無いのに、自身の苦しむ様を楽しむため、拷問と称して痛めつけられた、苦痛の記憶。

 この記憶が、今では彼女のトラウマとして、自分自身を苦しめ続けている。


「だから咄嗟に手を出したのか。自分の身を、男の手から守るために。でも、俺がお前の手を握った時は平気だったよな?」

「それは・・・・・・」


 怯える彼女の手を取り、街まで連れて来たのはリックである。

 手を握った時も、引っ張って連れて来た時も、あの兵士のように、彼が倒される事はなかった。

 彼女が男に恐怖を抱いており、触れられた瞬間、防衛本能が働くというのならば、今頃リックは彼女の格闘術を喰らい、気絶している事だろう。だが、そんな事にはならず、今はこうして二人だけで話をしている。

 リックは思う。間違いなく彼女は、男性恐怖症に陥ってしまい、自らを苦しめているのだと。そして、これを如何にかする事は出来ない。

 彼女の記憶を消せるのならば、あの時の苦痛を忘れさせる事は出来るだろう。恐らく、それだけでは駄目だ。あの時の苦痛は、彼女の体が覚えてしまっている。体が忘れない限り、この重い病は治る事がないだろう。

 そんな、重症である彼女に触れて、何故リックが平気だったのか。


「参謀長は・・・・・・、男ではありませんから」

「・・・・・・・・・・・・・俺、いつから女になったんだ」


 衝撃的な発言であった。

 リックは正真正銘、男にあるべきものも、ちゃんと付いている、生物学的にも男で間違いない。にもかかわらず、冗談を言いそうにない、目の前の女性は、リックの事を男ではないと言った。

 これに衝撃を受けない男はいないだろう。


「前言を撤回します。参謀長はただの男ではないと、そう言いたかったのです」

「よっ、よかった・・・・・・、自分でも気付かない内に、俺が女になっちまったのかと思ったぞ」

「参謀長は、私を地獄から救い出してくれました。一度は諦めた命を救い、今私があるのは、あなたがいたからです。ただの男ではない、特別な存在と言えます」

「助けたって言っても、あれは偶然だ。お前の存在は知らなかったし、救出したのが俺だったのも偶々だ。別に、他の奴が助けたら、お前はそいつを、特別な存在だと感じたんじゃないのか?」


 リックの言う事は事実だ。

 野盗を討伐するためラムサスの街に進軍し、帝国周辺の治安維持のために戦った。人命救助は二の次で、最優先だったのは、野盗集団の殲滅。それを行なった結果、街の生き残りを救出出来たに過ぎない。

 戦場と化したあの街で、偶々民家の地下室に人の気配を感じ、そこに偶然野盗がいて、アングハルトが新たな拷問をされようとしていた直前だっただけだ。リックではない別の誰かが、偶然発見して救出したかも知れない。本当に、彼が救出したのは偶然だ。

 そう教えても、彼女はリックの言葉に対して、首を横に振る。否定したのだ。


「優しさです」

「え?」

「参謀長からは優しさを感じます。助けて頂いたあの時も、そして今も。私を優しさのぬくもりで包んでくれる」

「俺は別に、優しくなんか・・・・・・」


 彼の事を優しいと言った人間がいる。

 彼女以外にそう言ったのは、女王ユリーシアだ。初めて女王であった彼女と出会い、二人きりで話をした時。彼女は彼を 優しい人間だと言った。

 その時リックは否定し、自分は優しい人間などではないと語る。今もそうだ。

 優しい人間などではない。優しいならば、こんな生き方などしていない。

 そう考えているにも関わらず、ユリーシアもメシアも、優しい人間だと言って聞かない。


「優しい方です。私にとってあなたは・・・・・・、救世主ですから」

「救世主・・・・・・」


 命を助けられた彼女からすれば、助けてくれた人物を、救世主と思えるのだろう。これは一時的なものだと、時が経てば目が覚めるものだと、リックはそう考えた。

 救世主などという綺麗な存在ではない。忠誠を誓う女王のために、どんな残虐な事にも手を染めてきた。時には味方の命を犠牲にし、邪魔するものは容赦なく潰す。自分の手によって、どれだけの人間を死に追いやったか、数える事も出来ない。

 そんな人間が、偶然人を助ける事が出来ただけ。それだけなのに、アングハルトにとってリックという存在は、救世主と呼べる絶対の存在なのだ。

 断じて救世主などではない。救世主というのは、女王という責任を背負う、あの少女の事を指す。リックにとっても、そして、全ての者たちにとっても・・・・・・。


「失礼しました。分を弁えず、参謀長を困らせる発言をしてしまいました」

「いや・・・・・・、問題ないさ。それよりパン食べないのか?もしかして嫌いだった?」

「いえ。頂きます」


 口を開き、パンに噛り付いて一口。女性ならば、手でむしりながら食べるものかと思ったが、アングハルトは男の食べ方と変わらない。見た目通り、男顔負けと言うべきか。


「おいしい・・・・・」

「よかった。足りなかったら言ってくれ、他にも美味いもの買ってくるから。レイナみたいに胃袋無限大だと困るけどな」


 先程から元気がなかったが、お腹は空いていたらしい。買ってきたパンは、すぐに彼女の口の中へと消えてしまい、林檎のジュースも、一気飲みによって失せた。

 相当お腹が空いているのだろうと思い、自分の分も彼女へと手渡したリック。彼女は拒みはしたが、空腹と美味しいパンには勝てなかったらしい。遠慮しつつも受け取って、頬張っていく。

 男を落とすには、まず胃袋からというが、その逆もある。ここでそれが証明されたのではないだろうか。

 アングハルトもまた、レイナたち同様、よく食べる人間だという事がわかった。彼女については、まだまだわからない事が多い。自分の事を語らないせいだ。

 わかっているのは、兵士として優秀である事。格闘術に優れる事。過去のトラウマで男性恐怖症であるという事。食欲旺盛であるという事。そして、名前がセリーヌという、可愛らしい名前という事である。

 少し呼んでみたくなり、彼女を名前で呼んでみる事にした。


「なあセリーヌ」

「んっぐ!?!?!?!?」


 彼女の反応は尋常ではなかった。いや、恐らく彼女にとっては、不意打ちだったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような、尋常ではない驚き。そのせいでパンを喉に詰まらせる。

 苦しそうに悶えるアングハルト。これにはリックも驚き、慌てて自分の林檎ジュースを彼女に与え、背中をさすってやった。彼女はジュースを貰い、急いで口に流し込んで、詰まらせたものを飲み込んでいく。

 ちょっとしたハプニングが起こってしまった。ただ、名前を呼んだだけだというのに。


「すまん!何かよくわからないけど、とりあえずごめん!悪気はなかったんだ。まさか名前を呼んだだけでこんな事になるなんて・・・・・」

「ごほっごほっ、いっいえ、私が過剰に反応してしまっただけですから・・・・・・」

「一体どうしたんだ?もしかして、名前を呼ばれるのが嫌いだったとか」


 少しずつ落ち着きを取り戻し、呼吸を整える。

 その姿を見て、ハプニングを招いた本人は、ほっと胸を撫で下ろす。もう少しで自分の部下を、食べ物を喉に詰まらせ、窒息死させるところであった。窒息死は言い過ぎかも知れないが、喉にものを詰まらせると、場合によっては死ぬ事もあるので、無事で良かったと思わずにはいられない。詰まらせたのが、自分のせいなら尚更だ。


「・・・・・・恥ずかしいんです」

「セリーヌっていう名前がか?綺麗で可愛い名前だから、別に恥ずかしがる事なんか・・・・・・。あっ、何となくわかったぞ」


 自分の名前を好きだと答える人間よりも、嫌いだと答える者の方が多い事だろう。

 名前というのは付けられ方次第で、子供の頃に嫌な思い出を作るものだ。所謂キラキラネームなど付けられればば、必ず名前でからかわれるし、非常に困る。

 恐らく彼女は、普段から寡黙で男勝りであるのが、子供の時からなのだろう。見た目に反して可愛らしい名前であるから、周りの友達にからかわれたに違いない。

 過去の経験から、名前で呼ばれるのが苦手なのかも知れないと、そう考える。しかし、パンを喉に詰まらせる程の反応は、流石に驚き過ぎなのではないかと思う。


(ちょっと遊んでみるか)


 変態と呼ばれ、下衆とも呼ばれるリックに、悪戯心が生まれてしまった。

 セリーヌと呼ばれて、他にどんな反応を見せるのか、とても興味が湧いたのだ。


「セリーヌ」

「!?」

「可愛いなあセリーヌ。ほんと可愛い。今のセリーヌを見たら、多分リリカは放ってはおかないぞ」

「!!!!?」

「セリーヌか。良い名前だよな、セリーヌ。綺麗で可愛くて清楚な感じがなんとも------」


 名前を呼び続け、慌てふためく彼女を見て楽しんでいたのだが、少しやり過ぎた。

 俯いて顔を見せようとしなくなり、反応が無くなってしまう。やり過ぎたと内心反省しつつ、彼女の表情を覗いてみようと、少し屈んでみる。

 一体どうしたのだろう?参謀長に忠誠を誓うと言っていたが、流石の彼女も、主に対して怒りを覚えたのだろうか。そんな事を考えながら、ゆっくりと覗き込んで見る。


「・・・・・・ごめん、俺が全部悪かった」


 この時、セリーヌ・アングハルトがどんな表情だったのか。

 それはリックの脳内だけに保管され、誰にも話さないと誓う。どんな表情をしていたのか、リックだけの秘密にしたのだ。秘密にするほどの表情とは、一体どのようなものだったのか?

 彼女の名誉のためにも、これは封印される。やり過ぎは良くないと、そう思ったのである。


「よしよし、もうからかったりしないから」

「・・・・・・・・・・・・・はい」


 頭を撫でてやりながら、慰め謝るリック。

 その後、二人は街を少し散策し、何度か食べ物を買っては食していった。お詫びの印として、全部奢ると宣言したリックが、食欲旺盛な彼女によって、最終的には非常に後悔する事になる。

 これがリックとアングハルトの、初めてのデートとなった。






「参謀長、質問があります」

「何だ?」

「参謀長は本日非番なのでありますか?」

「・・・・やばい・・・・・エミリオに怒られる・・・・」


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