第七話 侵略者 Ⅲ
一方その頃、城のとある通路では、一人の男が鼻歌を歌いながら、ご機嫌な様子で歩いていた。
中庭で勃発した戦いなど全く知らず、陽気に鼻歌を歌う。
ご機嫌な理由は、自分の専属メイドに、今日は叩き起こされる事がなかったからである。いつもならば、「早く起きろ変態参謀長」と怒鳴られ、殴り起こされてしまう。だが、今日の彼女はいつもと違い、普通に起こしてくれた。
そう、普通に起こしてくれたのだ。あり得ない事である。
この男、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスにとっては、普通に起こされる事が、あり得ない事なのだ。怒鳴られる、叩かれるのは当たり前。それが平常運転である。
(今日は何だか良い事ありそうだな~~~♪仕事は山積みだけど)
普段厳しく扱われるため、少し優しくされると、嬉しくて仕方がない。口を開けば変態と罵られ、命令すると舌打ちされる毎日。参謀長と専属メイドの立場が真逆で、メイドに逆らえない主人。
だからこそ、普通に起こされるという事は、彼にとって特別なのだ。
しかし、彼はまだ知らない。これが、専属メイドの策略である事を。
敢て少しだけ優しく扱い、主人を従順にさせてしまおうという考えだ。こういう時、単純でわかりやすいこの男ならば、普通に起こすだけで効果がある。そう考えたメイドの策は、大成功であった。
(メイファもようやくデレてくれたって事か。黙っていれば可愛いとか思ってたけど、黙ってなくても可愛いところあったんだな~~~♪)
知らないという事は、幸せである。
良く言えば単純。悪く言えば馬鹿。それが、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス、通称リックなのだ。
彼の知らないところで、今頃専属メイドは、これから如何に飴と鞭を使い分け、この参謀長をコントロールするか、思案している事だろう。
「・・・・・・んっ、何やってんだ?」
通路を丁度曲がった時であった。視界の先に、揉めている兵士たちの姿が映ったのは。
少しずつ近付いて、状況を確認しようと試みる。兵士たちは十人。九人が男性兵士だが、一人だけ女性兵士がいる。どうやら、この女性兵士が揉める原因となっているようだ。
(アングハルト?)
女性兵士は、彼のよく知っている人物であった。
年齢は二十歳位、訓練で日に焼けた肌に、女性にしては背が高く、肩幅も広い。体格の良さが直ぐにわかるこの女性兵士の名は、セリーヌ・アングハルトという。帝国軍第四隊所属で、かつては、ラムサスという街の警備部隊にいた女性だ。
帝国軍内では有名となっている彼女。その理由は、一か月以上前、彼女が参謀長であるリックに対して、恋文を送ったからである。彼を追いかけて帝国軍に入隊し、今では一兵士として働いているのだが、そんな彼女が起こした大胆な行動は、様々なところから語り伝えられ、帝国軍およびその他の関係者で、彼女を知らぬ者はいない。
今では、参謀長室ラブレター事件と呼ばれており、アングハルトは帝国城内で、一躍有名人となった。
そんな彼女は、九人の男性兵士たちと、何か言い争っている。とは言っても、アングハルトは口を閉じて何も語らず、一方的に男性兵士たちが、怒鳴りつけているだけだ。
「分隊の隊長がどうしてお前なんだ!新参者の分際で!」
「どんな手を使って出世したんだか。やっぱりあれか?参謀長に色仕掛けでもしたんだろうよ」
「違いねぇ。何せこいつは、参謀長に媚び売って出世したって噂だ」
「おら!何とか言ってみろよ、アングハルト分隊長殿」
浴びせられる暴言に対して、一切口を開いて反論しない彼女に、容赦ない兵士たちの言葉が続く。無視されているのかと思った兵士たちは、さらに怒りを募らせ、彼女に対しての文句を放つ。
アングハルトは帝国軍第四隊所属であり、最近、隊内の一分隊の隊長に任命された。分隊とは、約十人程の兵士で構成される部隊で、軍隊においては、最小規模の部隊の名称である。
文句を放った兵士が言う通り、彼女は帝国軍内でも新参者で、ここに来て日が浅い。そんな彼女が分隊長になれたのは、参謀長であるリックのもとに、リリカからの推薦があったためである。
つい最近、チャルコ国での政略結婚阻止のための、今考えれば本当に馬鹿らしい作戦を展開した時、アングハルトはリリカの護衛の任に就いていた。任務の途中、リリカが兵士たちに襲われそうになったところを、彼女は逆に返り討ちにして見せた。女性の身でありながら、素手によって男たちを瞬時に無力化し、護衛の任を見事成し遂げたのである。
その活躍のおかげで、彼女はリリカに大層気に入られ、出世できるよう推薦すると言われた。リリカは約束を守り、参謀長であるリックに、彼女の活躍を報告した。さらに、彼女の能力の高さも、しっかりと余す事なく報告したのだ。能力の高さについては、現場を見ていたレイナとクリスも認めた。
帝国軍の中でも、主要な三人が認めたという事で、リックは迷う事なく、彼女の階級を上げると決めたのだ。そういった経緯があって、アングハルトは分隊長の地位に就いたのである。
有能な者にはそれ相応の地位を。それがリックの方針であるのだが、兵士たちはそれが気に入らないらしい。相手がここに来て日が浅く、参謀長に愛の告白をした人物であれば尚更だ。色仕掛けしたと思われても仕方がない。
「だんまりか。ここまで言われて怒りもしねぇぞ」
「図星なんだろうよ。言い返す言葉がないんだろ」
「参謀長は帝国を救った英雄なんだぞ。そんな偉大な方に取り入ろうとするのが許せねぇ」
「そうだそうだ。俺たちは皆、参謀長に感謝してるんだ。参謀長がいなければ、今頃帝国はどうなっていたか・・・・・・」
リックはこのヴァスティナ帝国を、滅亡の危機から二度も救った。
その事を理解している、帝国軍兵士や騎士たちからすれば、まさに救国の英雄である。リックがいなければ、帝国は滅亡していただろうし、この兵士たちの家や家族が、どうなっていたかわからない。
だからこそ、帝国軍兵士の多くは、参謀長リクトビア・フローレンスに、揺ぎ無き忠誠を誓っている。彼らもリックに対し、他の兵士たちと変わらない忠誠を誓っているのだ。
(俺って意外と人望あるんだな。知らなかった)
アングハルトを責める事に熱が入り、リックが近付いているのに、未だ気付いていない兵士たち。参謀長本人が近くで話を聞いているのに、それに気付かず言葉を続ける。
兵士たちの言葉に、ついつい照れてしまうリック。純粋に尊敬されているのだから、気分がいい。
「参謀長は立派な方だ。人望厚く、知略に長け、自身も相当な実力を持っている」
「まさに、帝国の救世主だな!うちの息子なんか、大きくなったらフローレンス参謀長みたいな、立派な兵士になるって聞かないんだ」
「そうなのか。でもよ、参謀長みたいになるって事はだぞ、可愛い少女を誘拐してきたリ、皆の前で自分の性癖を暴露するって事だよな?」
「誘拐してきた少女を自分専用のメイドにしたり」
「年上の女好きかと思ったら、実は男が好きだったり」
「しかも、女王陛下にぞっこんだ。何か色んな意味で凄い人だよな・・・・・・」
「違いねぇ。帝国一・・・・・・、いや大陸一の変態と言えるかも知れないぜ?」
気分が悪くなった。勿論リックのである。
もう少し黙って、自分を褒める言葉を聞こうと思っていたが、そんな気は失せた。
「誰が大陸一の変態だ、こら。お前ら全員、ヘルベルトみたいに減給にしてやろうか」
「!!?」
「ひっ、ひいいいっ!!参謀長、いつからそこに!?」
「そんな事はどうでもいい!誰が可愛い少女を誘拐しただって?メイファは奴隷商人に捕まってたから解放しただけで、別に誘拐したわけじゃねぇぞこの野郎!!それと、俺は男好きじゃないからな!イヴは特別だけど、だからってクリスとホモホモしい事してるわけじゃねぇからな!!」
話を全て聞かれていた事が分かり、大慌てで頭を下げ、許しを請う兵士たち。
だが、リックの機嫌は直らない。
「はあ・・・・・・、今日は良い事ありそうだって思ってたのに。お前たちのせいで台無しだ」
「もっ、申し訳ありません!どうか、どうか減給だけはお許しを!!」
「えー、じゃあ俺の許しがあるまで毎日便所掃除とか」
「便所掃除ですか、毎日・・・・・・」
「嫌なの?ならやっぱり減給しか-----」
「便所掃除でお願いします」
彼らにも家族がある。減給だけは、戦場よりも恐ろしいのだ。
減給に比べれば、臭い便所掃除の方がずっとマシなのである。
「で、お前たち。アングハルトを分隊長にした俺の事が、余程気に入らないようだな」
「けっ、決してそのような事はありません!自分たちはただ、この女が分隊長に適していないと思っているだけです!」
「俺は彼女を分隊長に任命した。だがな、彼女を推薦したのはリリカなんだ。この意味がわかるな?」
「!?」
自称かつ事実の、美人で自由な旅人として、リックが参謀長になる以前から、行動を共にしてきたリリカは、帝国内で強い影響力を持っている。帝国軍所属というわけではないが、参謀長が最も信頼する女性として、その存在価値は大きい。
また、彼女は頭がよく、悪知恵も働く。帝国に来て、彼女が初めに行なったのは、城内の掌握であった。ある時は美貌を活かし、ある時は知恵を使い、瞬く間に人心を掌握していった。
結果、彼女の力は城全体に及び、陰の実力者と呼ばれるまでになった。彼女に逆らえば、帝国参謀長だけではなく、お茶飲み仲間である女王陛下までも、敵にまわす事になる。さらに彼女は、逆らった者には容赦をしない。
そんな存在であるリリカが、アングハルトの出世を推薦したというのだ。誰も文句は言えない。逆らえば、何をされるか、見当もつかないのである。
「レイナとクリスも、彼女の実力を認めているんだ。それ相応の地位に就けないと、俺が優秀な者を見分ける目がないって事になる。帝国参謀長である以上、それは問題だろ」
「お考えはわかりますが・・・・・」
「アングハルトに何か問題でもあるのか?くだらない理由で虐めてるなら、容赦はしない」
リックの言葉と目に、先程までなかった真剣さが宿る。
兵士たちに緊張が奔った。そして、すぐに兵士たちは気付く。リックは、決して虐めの類を許さない人間だと。言葉に、ほんの少しだけ怒気が混じっている。慎重に言葉を選んで返さなければ、自分たちの身が危ないと感じる。
「・・・・・・この女は協調性がないんです。いつも無口で、何を考えているかわからない」
「そんな女に命を預ける何て出来ません。指揮も出来そうにないですし、どうかお考え直しを」
「と言われてもなあ。ヘルベルトの話だと、アングハルトはラムサスの警備部隊の隊長やってたらしいんだけど。そうなんだろ?」
「はい。確かに私は、ラムサスの街で警備部隊隊長をしておりました。しかし私は、かつての部下たちを全員、あの戦いで戦死させてしまった、無能な隊長です」
あの戦いというのは、ラムサスの街を、野盗の軍団が襲撃した戦いである。数は野盗たちが圧倒的に有利であり、少数しかいなかった警備部隊は、数に押されて敗走した。アングハルトは、その警備部隊の唯一の生き残りである。
ラムサスの街の警備部隊は、街が独自の防衛力と警察力を持つために、傭兵などを雇って、作り上げた部隊であった。国が作ったわけでなく、あくまで街が独自に作り上げたものであるため、部隊規模はそもそも小さい。
アングハルトは流れ者で、その腕を買われて部隊に入隊し、彼女以上に実戦慣れした者がいなかったために、警備部隊長に任命された。元々口数が少ない女性ではあるが、部下からは信頼されていた。
そんな部下たちを死なせてしまい、自身を無能だと言うアングハルト。だが、彼女の部下が全員戦死したのは、無能な指揮官であったからではない。あの戦いは、数で圧倒的に不利な状況であった。街を防衛する事は不可能であり、生き残る事も難しかったはずである。
その事をリックは十分に理解している。ラムサスと彼女の悲劇を知っている者ならば、尚更だ。
「お前は悪くない。無能なんて事もない。わかってるんだろ、あの戦いは仕方がなかったって」
「・・・・・・・」
「頼む。分隊の指揮を執ってくれ。今は少しでも、実戦経験豊富な人材が必要なんだ」
「・・・・・・・」
「おい、参謀長が頼んでいるんだぞ!返事をしろ!」
言葉を発しない彼女に、一人の兵士が怒りを示す。兵士は乱暴に、腕を伸ばして彼女の胸倉を掴み上げた。
「っ!!!!」
その時、突然彼女は過剰な反応見せた。
目を見開き、胸倉を掴んだ兵士の腕を取り、彼女得意の格闘術をかける。兵士の足を捌き、体勢を崩させた後、床に叩きつけたのだ。その一連の動作、約一秒。
床に叩きつけられた兵士は頭を打ち、気を失っている。他の兵士たちは、彼女の突然の行動に驚き、身動き出来ないでいた。
先程まで、兵士たちに何を言われても、手を上げる事も、反論する事もなかった彼女が、胸倉を掴まれた瞬間豹変し、反撃したのだ。
「アングハルト!!」
「!!?」
リックの言葉にはっとして、自らがした事に気が付く。無我夢中で彼女は、兵士の男を一撃で倒したのだ。乱暴な扱いに腹を立てたわけではない。ただ、彼女は・・・・・・。
「アングハルト、お前・・・・・・」
リックは気付く。彼女が震えている事に。
下を向き、倒した兵士から少しずつ離れる彼女は、明らかに何かに怯えていた。
「大丈夫。もう大丈夫だから・・・・・・」
「・・・・・・!」
彼女を刺激しないよう近付き、震えている彼女の手を握る。
とても怯えていた。尋常な反応ではない。顔を見ると、何か恐ろしい目に合わされたかの様な、恐怖に怯えた表情をしていた。
「怯える必要はない。一体どうしたんだ?」
「・・・・・・参謀長」
これ以上、この場に居続けるのは良くない。そう判断したリックは、彼女の手を引いた。
「お前たちは気絶したこいつを医務室に連れて行ってくれ。任せたからな」
「ですが参謀長、この女は!」
「アングハルトは俺に任せろ。ほら、行こうか」
気絶した兵士を任せ、自身はアングハルトの手を引き、半ば無理やり彼女を連れて行く。
彼女は拒否する事もなく、黙って付き従った。
「参謀長・・・・・・どちらへ?」
「ちょっとした気分転換さ」




