第六話 愛に祝福を 後編 Ⅶ
広場から脱出し、警備がいた城門を無理やり突破して、チャルコ国の外へ飛び出した、自称大陸最強にして最凶の、怪人アリミーロ。攫ったシルフィ姫を抱きかかえ、辿り着いたのは、草原のど真ん中であった。
チャルコもヴァスティナと同じように、国の周りは自然に恵まれている。特に、帝国にはない広大な草原は、まるで一面に敷かれた絨毯のようで、見る者に感動を与える。
「遅刻です、ご主人様」
「誤差の範囲内だろ。相変わらず厳しいな」
この草原で、怪人を待っていた少女がいる。メイド服に身を包み、左手には鞄を持ち、右手には一丁の拳銃を握って待っていた。
「使わなかったか?護身用に持たせた拳銃」
「はい。何も問題はありませんでした」
「悪かったな。一人で荷物運びさせて」
「いいえ。皆さん、ご主人様の馬鹿な作戦で忙しいですから、私の手伝いなどさせるわけにいきません」
ヴァスティナ帝国軍参謀長の専属メイド。少女の名はメイファである。
彼女の仕事は、しばらく身を隠さなければならないシルフィのために、必要な衣類などを運ぶ事であった。鞄の中には、用意された物が整頓して入っている。
「帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスが、こんな恥ずかしい格好して姫を誘拐。女王陛下が聞いたら泣きますね」
「・・・・・・衣装はエミリオが用意したんだよ、変装用にな」
政略結婚の式場から花嫁を攫い、王の前で純潔は頂いたと叫び、花婿の王子を挑発し、チャルコ騎士に多大な迷惑をかけた怪人の正体。
変装していても、ばれないのがおかしい。知っている人間が見たら、仮面をつけていようが一発でわかる。
リクトビア・フローレンス、通称リックは、怪人アリミーロを名乗り、この事件を引き起こした。自らが作戦を計画し、最重要な姫誘拐を自らが行なう。彼のいつもの悪い癖が出たのだ。
「おい変態、いい加減私を下ろせ」
「ご協力感謝しますシルフィ様。今下ろしますね」
抱えていたシルフィを下ろし、草原の上に立たせる。
彼女は走っていないとは言え、ずっと抱きかかえられ、揺らされていたために、表情には疲れが見えた。
そんな彼女に、メイファは予め用意していた、水筒を差し出す。
「シルフィ様、お水をどうぞ」
「ありがとう。気が利くわね」
「申し訳ありません。我が主の数々の無礼、何と謝罪してよいか」
「あんたが謝る事じゃないわ。悪いのは全部こいつなのよ」
「ご理解頂けて助かります」
「苦労してるのね、あんた。思ったんだけど、私たち、いいお茶が飲めると思うわ。今度手紙書くわね」
「私のようなメイドに・・・・・・。身に余る光栄です」
メイファの事を気に入ったシルフィ。
二人は会話が弾み、急激に仲が良くなっていく。仲が良くなっている理由が、嫌いな人物が共通している点でなければ、リックはこれを、微笑ましく見ていられるのだが・・・・・・。
「二人とも、そんなに俺のこと嫌なんですか?」
「「もちろん」」
「うう、そうきっぱり言われると辛い」
「名前で呼んでいいわよね?メイファ、もしこの変態が堪えられなかったらうちに来なさい。私の専属メイドにしてあげるから」
「感謝します。早速考えさせて頂きます」
「おいおいおいおい!?うちのメイドを勧誘しないで下さいシルフィ様!メイファも考えなくいいから!頼むから俺を捨てないでくれ!!」
リックは思う。ここまで自分は嫌われているのかと。
自分の専属メイドはツンデレなのではなく、純粋に自分が嫌いだから、普段ツンツンしている。考えたくはなかったが、どうやらこれは事実なのだ。
(イヴ、アングハルト、俺を好きだと言ってくれるお前たちが恋しい。目の前の二人が俺に冷たすぎるんだ・・・・)
どうしようもない位、イヴとアングハルトの事が恋しくなった。今会ったら、二人に泣きついてしまうかも知れない。こういう時、リックの精神は豆腐の様に脆く、立ち直りも遅いので、メイファの舌打ちが鳴った。
彼女の舌打ちで、余計に落ち込むリック。メイファだけでなくシルフィも舌打ちし、二人の少女は、嫌な顔を隠そうともしない。
「はあ・・・・・・、作戦が終わったらメシア団長に慰めて貰おう。でないと俺泣いちゃう」
リックの考えたシュタインベルガー作戦とは、チャルコとエステランの政略結婚を阻止するための、非常に馬鹿げた作戦である。
狙撃が得意なイヴは、結婚を阻止するならば、いっそ遠距離から狙撃して、王子を殺害すればいいと、最も手っ取り早い案を出した。しかし外交問題の関係上、その選択肢は実行できない。
そのためリックは、姫を誘拐して式を妨害し、政略結婚を成立させない計画を考えた。これには誰もが反対し、リックの正気を疑い、上手くいくわけないと訴えた。
何故なら、作戦は王や王子の前で姫を誘拐し、帝国へ連れて帰るというものである。友好国とは言え、王の愛娘である姫を誘拐したとあっては、チャルコとの関係は最悪のものとなり、式を妨害したとして、エステランとの関係も悪化するだろう。
後々の事を考えれば、この作戦には、問題があり過ぎるのだ。反対するのも当然である。
だからこそ、誘拐に参加する者たちは、全員変装して正体を隠す必要があった。作戦を考えた、リック自身が台本を作り、怪人アリミーロとその一味を作り出したのである。
今頃は、イヴたちがロベルトたちと戦い、帝国と怪人一味は関係がないという、事実を作っている。さらに、騎士団長のメシアにも協力して貰い、チャルコ王に怪人の存在を教えるという役目を任せた。あたかもこの怪人が、最近大陸を騒がせる、帝国の敵と思わせるために。
リック自身も、馬鹿な計画だと承知で実行した。しかし現状では、こういった方法しかないのである。式までの時間が長ければ、もっとまともな方法を考える事が出来ただろう。今回は時間が無さ過ぎたのだ。
こんな作戦、成功するわけがないと誰もが思った。たとえ上手くいったとしても、式が台無しになった責任問題を理由に、エステランがチャルコを侵略するかも知れない。
それでも、リックがこの作戦を実行したのは、メロース王子の性格を知ったのと、リリカたちにより齎された、エステラン現在の状況を知ったためだ。
「うん、早くこんな作戦終わらせよう。もう十分楽し------、目的は達成したし」
「舐めてんの?」
「ご主人様、シルフィ様に失礼です。殴りますよ?」
「この変態は殴るだけじゃ足りないわ。ねぇメイファ、根性焼きって知ってる?」
七歳の少女にあるまじき言葉。クリス曰く不良姫殿下の彼女は、仲良くなったばかりのメイファに、リックにとって都合の悪い事を教え始めた。何故都合が悪いのかと聞かれれば、今後、メイファの折檻が苛烈になる恐れがあるためだ。
内心かなり恐怖しながら、自身の専属メイドが強化されていく事を、ただ指を咥えて見ているしか出来ない。
「んっ・・・・・・?」
「どうかしましたか?」
「誰か走ってくるぞ。俺たちのところへ」
ふと、草原を振り返ったリックは、こちらへと向かって来る、一人の少年の姿を目にする。
見習い騎士の青い制服。今は使われていない旧式のランス。リックより七つも歳の離れた、姫にとって特別な存在である少年。草原を駆ける彼は、真っ直ぐに向かって来ている。全ては、奪われた姫を取り戻すために。
「うそ・・・・・・?」
「・・・・・ははっ、こいつはいい。姫を助ける騎士のお出ましだ」
体力は限界に近く、呼吸も荒い。怪人を追って走り続け、脚も限界だ。
それでも、少年は走り続ける。その目に姫を捉え、力を振り絞った。
少年の登場に、この場で最も驚いているのはシルフィだ。衝撃的で、これ以上言葉が出てこない。雷に打たれたような衝撃と驚きを、彼女が経験するのは、これで二度目となる。
一度目を、彼女は忘れた事はない。人生で初めて愛の告白をされた、あの驚きを、忘れる事などできなかった。そして今、二年の時を経て、少年と少女は再会を果たす。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・。姫は返して貰います」
「アニッシュ!!」
「助けに来たよ、シルフィ。もう大丈夫だから」
見習い騎士、アニッシュ・ヘリオースの目には、姫奪還に燃える闘志が宿る。
ここまで休みなしに走り続け、広場での戦いもあり、アニッシュは激しく消耗していた。これから姫を、奪い返さなければならないというのに、戦う力が僅かしか残っていない。
(レイナとクリスを倒してきたとは思えない。相当疲れているようだから、誰とも戦わなかったわけじゃないな。とすれば・・・・・、クリスの奴が手を抜いたか)
クリスがアニッシュに戦い方を教えていた事を、リックはイヴから聞いて知っている。
熱心に指導していた事も、アニッシュに対して思うところがあるのも知っていた。
恐らくアニッシュは、クリスと広場で戦い、何とか突破してここまで追いついたのだろう。そしてクリスは、彼相手に手を抜いたのだろうと、予想外のこの状況を推測する。
クリスが命令を無視し、アニッシュだけをここまで向かわせた。何を考え、命令よりも私情を優先したのか。
(わかってるさ。この方が絶対に面白い。そうだろクリス?)
「怪人アリミーロでしたね。姫はあなたに渡さない」
「どうして・・・・、どうしてあんたが・・・・・・」
「遅くなって本当にごめん。今すぐに、怪人の手から君を救い出す!」
ランスの切っ先をリックへと向ける。切っ先を向けられたリックは、怪人アリミーロの格好のまま、戦闘態勢に入った。
戦うつもりなのだ。見習い騎士の身でありながら、姫を助けるためだけにここまで来た、この少年と。
「ふっふっふっ、はーはっはっはっ!!見習いの身で我と戦うというのか?笑止である!いいだろう、相手をしてあげようじゃないか!我がメイドよ、姫を任せるぞ」
「ちっ・・・・、御意。姫殿下、ご無礼をお許し下さい」
気が付くと、いつの間にか仮面を装着し、咄嗟に正体を隠した、リックの優秀な専属メイド。
舌打ちしつつも、命令には従い、持っていた拳銃をシルフィに向ける。銃口は彼女の頭を捉えていた。
「姫殿下が邪魔しないように見張るのだ。我がメイド、毒舌のメイメイよ」
「ふざけた名前付けないで下さい。撃ち殺されたいんですか?」
「待ちなさいよ変態!こんなの聞いてないわ、早く私を解放しなさい!!」
「残念ですがそれは出来ません。姫を助けようとする見習い騎士との戦い。これ以上ない位の面白い演出だ」
「下衆がっ!」
「さっき言いましたよね、下衆は下衆らしくしろって。そういう事なんで、好きにやらせて貰いますよ!」
戦いを止めようとするシルフィを無視し、アニッシュ目掛け駆け出すリック。
武器は持っていない。自分の銃はメイファに渡してしまっている。そんなリックの武器は、いつも通り素手のみだ。
武器を何も持たず、真正面から突っ込んでくるリックに対して、油断はしていないが、無謀だと思うアニッシュ。如何に少年とは言っても、ランスを構える者相手に、素手で挑もうというのだ。無謀だと思わずにはいられない。
それでもだ。相手が素手だとしても、決して油断する事はしない。それがクリスの教えなのだから。
「くらうがいい、アリミーロキィィィィィィィク!!」
何やら必殺技名のようなものを叫んではいるが、ただの蹴りである。
妙に勢いがあるが、素人感のあるただの蹴り。クリスによって鍛えられたアニッシュにとって、回避するのは難しくない。難なく右に躱して、右手に持つランスの一撃を放つ。
レイナやクリスには速さで劣る、少年の必殺の一撃。それでも、放たれたランスの突きは、見習いとは思えない速さの突きである。狙いは急所を避けているが、手加減はない。
怪人アリミーロを殺すわけにはいかない。彼の正体を、アニッシュはもう知っている。クリスのような性格の男が、唯一従う相手。それこそが、アリミーロの正体であると。
だから、殺すわけにはいかない。もし殺してしまえば、確実にクリスたちの怒りを買う事になるからだ。そうなれば、チャルコとヴァスティナの全面戦争もあり得る。それだけは、避けなければならない。
「甘いな!!」
これは避けられまいと思っていたアニッシュ。
だが、身体能力と動体視力が、何故か強化されているリックにとって、この一撃は、まだ反応できる範囲内だ。体を動かし、直撃すれすれのところで躱して見せる。
躱して直ぐ、お返しとばかりに、今度は右手に拳をつくり、アニッシュの顔面目掛けて殴りかかった。攻撃を防ぐため、すぐさまランスを前に構えて盾とする。
瞬間、全力疾走する馬と激突したような、尋常ではない衝撃がアニッシュを襲う。リックの一撃に殴り飛ばされ、地面に背中を打ちつける。
「かはっ!?」
「アニッシュ!!」
シルフィの悲鳴が聞こえた。
彼女の目から見ても、強烈な一撃である。防御していなければ、間違いなくアニッシュは、一発で倒されていただろう。常人ではない威力の拳であった。
「寝てる暇はないぞ!」
「!!?」
「必殺、アリミーロかかと落としぃぃぃぃぃぃい!!」
ただのかかと落としだ。
だが、気合も勢いも凄まじい。直感でわかった。この攻撃をくらえば、確実に死ぬと。
地面に叩き付けられ、起き上がろうとした瞬間、かかとを高く振り上げ、見下ろしていたリック。起き上がるのを待たない、実に容赦のない一撃。躱すために、急いで横に体を転がす。
ぎりぎりで避けたその時、振り下ろされたかかと落としは、アニッシュが倒れていた地面を、激しい音とともに砕いてしまう。こんな事は人間に真似できない。直撃すれば間違いなく、人間の体など、簡単に砕いてしまった事だろう。
「やめなさい!やめろって言ってんのよ!アニッシュを殺す気っ!!」
「あっははははははっ!!さあ、アニッシュ君。君の力はそんなものかい?もっと見せてくれよ!」
「凄い力だ・・・・・・。でも、負けるわけにはっ!」
アニッシュは知る。これこそ、クリスが忠誠を誓う、リクトビア・フローレンスという男なのだと。
常人離れした力。大胆な考えに、それを実行する行動力。そして、一騎当千の力をもつ強者を従える、異常なカリスマ性。こんな人間を見るのは、アニッシュ自身も初めてであった。
(どうする?僕の攻撃は、恐らく簡単に躱されてしまう。それに・・・・・・、体力はもう限界だ)
満身創痍寸前のアニッシュにとって、これ以上の戦闘に勝算はない。長引けば、こちらが一方的に不利になる。
同じく走り続けたリックも、かなり消耗しているはずなのだが、アニッシュと違い、彼にはまだまだ余裕があるように見える。狂ったように笑い、楽しそうに戦っている姿を見れば、誰もがそう思う。
だが、実際はリックも、長期戦は避けたいと考えている。
理由の一つは、ここで時間をかければ、追撃部隊に追いつかれる危険性があるためだ。
(もう少し威力出せたはずなんだけどな。俺の脚も結構きてるのか)
リックは驚異的な力を持っているが、それは決して最強ではない。
今の様に、常人には真似できない攻撃を放つと、急激に体力を消耗する。地面を砕く程の拳や蹴りを放てば、かなりの体力を使い、連続でそんな攻撃をすれば、戦闘継続が著しく困難となるのだ。
普段はそんな攻撃を放った後、平気なように振舞っているが、実際身体は、いつも警告を上げている。
「やめろって言ってんのよ!!」
「いてっ!?」
二人の戦いに、我慢が出来なくなったシルフィが乱入し、後ろから飛び上がって、リックの頭を殴る。
少女の拳など、リックにとっては、さほど痛いものではないが、突然の乱入者に驚いてしまう。
「来ちゃだめだシルフィ!」
「だまりなアニッシュ!おい下衆野郎、私の騎士に手を出すんなら、私があんたを殺してやる!!私のアニッシュをこれ以上傷つけさせやしない!!」
本心を曝け出した、彼女の叫び。目からは涙を流し、悲痛に叫ぶ。
そんな彼女の泣き叫ぶ姿に、アニッシュの闘志がさらに燃え上がる。絶対に負けるわけにはいかない。必ず彼女を救い、もう泣かなくていいようにする。アニッシュの全身に、今まで以上の力が漲った。
「なあメイメイ」
「すみません、ちょっと目を離していました」
「まったく・・・・・・。仕方ない、姫殿下には少し眠っていて貰います」
そう言ったリックは、懐からイヴが使っていたものと同じ、麻酔銃専用の麻酔針を取り出す。何かに使えるかもしれないと、懐に忍ばせていたものだ。万が一、姫が暴れた時などを想定したものである。
その麻酔針を、シルフィの首筋に躊躇なく突き刺す。ちなみに、麻酔は通常よりも薄めている。
「っ?!あんた、なに・・し・・・・た・・・・」
「おやすみなさい、シルフィ様」
即効性が高い麻酔針。瞬時に眠りにつき、倒れる彼女を受け止める。
効き目は十分だ。一瞬で眠りについてしまったのだから。
「シルフィ!?」
「大丈夫さアニッシュ君。少し眠って貰っただけだから」
眠ったシルフィのもとへ、メイファが近付き、リックから彼女の身を預かる。眠ったシルフィを連れ、二人から離れた所に、彼女をやさしく寝かせた。
もう、二人の戦いを邪魔する者はいない。これで、思う存分戦う事が出来る。
「いくぞ!」
レイナやクリス程ではないが、かなりの速さで一気に距離を詰め、アニッシュ目掛け殴りかかる。 直撃を恐れ、防御を考えずに、後ろへと跳躍して回避したアニッシュ。獲物を見失い、空を切るリックの拳。だがリックは、攻撃が外れたのがわかるや否や、さらにアニッシュを追撃し、右手で彼の服を掴み、左手で騎士の証であるランスを掴む。
「捕まえたよ!!」
「しまった!」
彼を掴んだまま、自分へと勢いよく引き寄せ、その空いた腹目掛け、膝蹴りを放つ。
一瞬視界が真っ暗になるほどの、強烈な一撃。苦しむアニッシュは、ランスを握る右手の力を、一瞬だったが緩めてしまう。しかし、それはいけなかった。
クリスにも教えられている。絶対に得物を手放すなと。
リックはこれを狙っていたのだ。一瞬の隙をつき、彼の手からランスを奪い取ると、服を掴む左手で、少年の体を投げ飛ばす。
十メートルは投げ飛ばされ、受け身も取れず、地面に叩きつけられたアニッシュ。痛みに呻きながらも、急いで立ち上がり、体勢を立て直そうとする。
「おらあああああああっ!!」
次の瞬間、アニッシュは衝撃的な光景を目にする。
彼のランスを奪い取ったリックは、右手に拳をつくり、気合とともに叫ぶ。そして、鉄製のランスを全力で殴った。人間の拳でどうにかなるものではない、騎士団が過去に使っていた鉄製のランス。旧式ではあるものの、耐久性は高い。
そんなランスを、リックは気合とともに殴りつけ、真っ二つに砕いてしまったのだ。砕かれた事により、ランスの全長が半分になる。切っ先は無くなり、最早ランスとしての機能を失った、少年の騎士の証。
人間が鉄製のランスを殴り、見事粉砕するという衝撃的な光景。叩き折られたショックと、目の前で起こったありえない光景に、唖然として立ち尽くすアニッシュ。
「これは返すよ」
砕いたランスを、アニッシュへと放り投げる。無残な姿となって、少年のもとへと戻されたランスを、アニッシュは急いで拾い上げた。
「もうそのランスは使えない。勝負あったね」
「いいえ。まだです」
己の証は砕かれた。それでも、アニッシュは戦いを止めようとしない。
砕かれたランスを構える。もう、切っ先は失われているというのに・・・・・・。
(流石にやり過ぎたと思ったけど・・・・・・、まだ戦うつもりなのか)
リックにアニッシュを殺す意思はない。なるべく穏便に、そして、なるべく早く決着をつける。それがリックの狙いだ。
だからこそ、アニッシュのランスを砕いてみせた。騎士の誇りであり、証であるランスを失えば、必ず戦意喪失すると考えたのだ。彼が大切にしていたランスであったから、リック自身、砕いてしまった事に些か後悔している。
しかし、後悔する必要はなかったかも知れない。何故なら、彼の目からは闘志が消えず、戦意も失っていなかったからだ。
「まだやるのかい、その槍で?」
「シルフィを取り戻すまで、僕はあなたと戦い続けます!」
「そんなに彼女の事が好きなのかい?」
「・・・・・・はい、僕はシルフィを愛しています。だから僕はっ!」
切っ先が失われたランスを、真っ直ぐにリックへと向ける。
騎士の証が失われた事に、当然アニッシュ自身も、身を引き裂かれたような気持ちでいた。その気持ちを呑み込み、リックと対峙し続ける。まだ戦いは終わってはいない。大切な彼女を救い出すまでは。
アニッシュにとって大切なのは、ランスでも騎士の証でもない。自分が愛し続ける、シルフィただ一人。
ランスが砕かれた位で、落ち込んでなどいられないのだ。ただ、目の前の敵に、勝つ事だけを考える。
「そうか・・・・・・。なら、もう容赦はしない」
「覚悟はできています」
「楽しいよ。やはり騎士はそうでなくては!」
二人の戦いはこれからだ。
狂ったように笑う男と、見習い騎士の少年。お互い、その目に闘志を宿し、己の全力をもって対峙する。
(さて、二人はそろそろ仕上げの頃合いか。せっかく楽しくなってきたけど、こっちもそろそろ・・・・・・)




