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第一話 初陣 Ⅳ

 寝室を出ると、すぐ傍に騎士団長は立っていた。色々なことを中で話していたため、立って待つには長い時間が掛かっていたはずだが、この騎士団長はずっと、ここで女王を護衛していたのだと考えると、申し訳ない気にはなるが、それよりも今は、確かめたいことがあった。


「聞いてました?」

「いや」

「聞こえてましたよね、絶対」

「この部屋の扉と壁は、陛下の安全のために丈夫で厚く作られている。中の声を聴くには扉に穴でも開けなければ不可能だ。万が一中で陛下にもしものことがあった時、悲鳴などでそれに気づくことができないのが難点ではあるがな」

「そっ、そうなんですか・・・・・」


 やはり真面目過ぎるのではないだろうかと思ったが、騎士団長という、人の上に立つ責任ある役職である以上、それが当然なんだろうと理解した。

 あれだけ叫んだり泣いたりしてしまったのだから、会話は丸聞こえだと思った。聞かれていたら正直恥ずかしいと覚悟していたが、聞こえていなかったらしいので、杞憂だったようだ。

 しかし未だに、この女性が騎士団長だとは信じられない。若い女性が騎士で、しかも団長などという展開は、それこそ漫画か小説での話だろう。本当にそれ相応の実力なのか否か全くわからないが、周りの兵士たちが、彼女に素直に従っているのを考えると、見かけによらず相当な実力、または統率力があるのかも知れない。

 初めて会った時から感情を読めず、表情はいつも鉄仮面で、強面堅物人間かと思っていたが、自分が相手だから、そういった態度なのかも知れない。

 普段はもっと気さくなのかも知れないし、皆に頼られる姉御肌の女性なのかも知れない。髪は綺麗な美しい銀髪で、自身の白くもなく黒くもない、至って標準の肌色とは違う褐色の肌に、その長い銀髪は一層引き立っている。胸当てより覗く胸も大きく、それでいて綺麗な形を整えており、大人の女性の魅力と言うものを、感じずにはいられない。

 もしこの女性が自分の姉であったなら、他の同年代女性など眼中に無くなるだろうと思うのは、やはり異常であろうか。いやいや、皆必ずこんな女性との淫らな妄想に耽るに違いない。賭けてもいい。


「騎士になった時、私は女であることを捨てた」

「はい?」

「貴様の考える私は女らしいかもしれないが、騎士である私はもう女ではない。憶えておけ」

「っ?!?!?!」


 またまた考えていたことが読まれてしまったのか。恐るべし、騎士団長の読心術。

 そうは言われても、こんな女性を意識しないようにすることなど無理な話で、こんな姉さんが欲しいと思うのは正常だ。そう、彼女が姉さんだと最高なのだ。年上は最高なのだ。こんなことを考えていては、また心を読まれてしまいそうだが・・・・・・。

 今といい取り調べの時といい、その読心術にはどんなタネがあるのだろうか。


「それで、貴様はこれからどうする?」


 その問いの答えは決まっている。後は実行に移すだけであり、もう後戻りできないということでもある。それでもやらなくてはならない。

 彼女のため、帝国のため、そして自分自身のために、選択した道を突き進み続ける。望む未来をこの手に掴むのだ。


「オーデル王国を叩き潰すために戦います。勝算はないですけどね」

「そうか」

「驚かないんですね。普通はそんなあっさり了解しないですよ」

「貴様がどんな選択をしようと、陛下に害をなさない限りは問題ではない。それに戦力は少しでも欲しいところだ」

「ははっ、騎士団長殿も戦う気満々だったわけですか。こいつは心強いですよ」


 騎士団長だけではない。ここまで他の騎士や兵士たちを見てきたが、皆目の前の絶望に屈しようとしていたが、諦めたくはないという印象を受けた。まだ士気はあるように見えたし、追い詰められてるというのに、命令系統も生きている。迫る理不尽に皆抗いたいのだ。

 ただ、その力がなく勝利の希望もないため、戦うことを放棄しようとしている。彼らは決して、征服されるのを望んでなどいないし、抗えるものなら抗い、守りたいものを守りたいはずだ。

 ならば、まずしなければならないのは、この騎士団長を筆頭に、騎士と兵士たちを奮い立たせ、戦う意思に火をつけなければならない。このままでは戦いにすらならないからだ。

 だからこそ、彼女が戦う意思を示したことは本当に心強いし、何より上に立つ者の戦意がなければ、下の者たちは付いて来ない。戦意があるのは、戦力であることを意味している。

 まずは上々だが、この先どれほどの戦力が集まるのだろうか。目先の課題だ。心配とも言える。

 勝ち目のない戦争の下準備は、もう始まっている。


「ところで貴様を何と呼べばいい」

「俺の名前ですか?」

「まだ聞いていなかったからな。何と呼べばいいんだ」

「そういえば言ってなかったですね。俺のことは---------」






「本当にそれでよろしいのですか・・・・・」

「はい。女王陛下はここで紅茶を楽しんでいてください。俺がその間に全て片づけておきますから」


 寝室を出る直前、不安交じりの複雑な表情を浮かべる女王に呼び止められ、扉へと向かう歩みを止める。

 今しがた、降伏を考えている女王の前で、その考えとは真逆の徹底抗戦を説いたのだ。呼び止めるのは当然であるし、不安になるのもわかる。


「貴方は帝国とは無関係の人間です。それでも戦ってくださるのですか?」

「戦いますよ。敵を完膚なきまでに叩き潰して二度と立ち直れない程にね。それに俺はもう、帝国とは無関係の人間ではないですから」


 帝国の人間を助け、女王に会うことになって、その心情を知った以上、それはもう帝国と無関係の人間ではない。だが、関係者となったから、国家存亡の危機のため戦うのではない。

 全てはユリーシア女王陛下のためであり、それ以外のことは、今どうでもいいことだ。

 彼女がこれからも生き続けられるように、この国と民を助けるのだ。ここで彼女だけを助けるために、二人で帝国を脱出したとしても、か弱い彼女が、安心かつ幸福に暮らせる場所を見つけるのは難しいだろう。女王という責任の重みはあるが、国の主として何不自由ない暮らしをさせるのが、一番良いことだ。

 そのためには、国と民ごとまとめて助けるしかないのだ。

 勿論必勝の策があるわけでも、勝てるという絶対の自信があるわけでもなく、ただ勝たなければならないという、鋼の意思だけしかないこの状況で、一体どうやって敵国を倒すというのかと言う問いが、自分の頭の中で繰り返される。

 何も考えていないというのが答えであり、彼女の前で、あたかも大丈夫なように振舞うのは、不安にさせないためだ。

 しかし、それは殆ど効果がないようだ。彼女を不安にさせてしまう、自分の無力さに腹が立つ。

 わかっているのだ、無謀であるということが。この男に任せてしまっても良いのかと、不安に思っているのだ。

 ここでオーデルを攻撃して敗北した場合、ヴァスティナ国民が戦後どのような扱いを受けるか・・・・・。大人しく降伏せずに戦えば、攻撃されたことを理由に、どのような不利な条件を呑まされるかわからない。極端に言えば、ヴァスティナ国民全員を奴隷にすると言われても逆らえないのだ。

 故に彼女は不安なのだ。本当なら無謀な賭けとしか言えないこの選択を、全力で止めなければならないというのが女王の考えだ。だが、生きたいと願う少女の思いが、それを拒んでいるからこそ、戦わないで欲しいと言うことができない。

 それはわかっているし、自身の選択が、身勝手なものであることもわかっているが、それでも、今は彼女が自分にとっての全てなのだ。

 会って間もないのに、このように思うのは不思議なことだ。初めて会った時から、どうにも惹きつけられる存在で、何故か特別彼女を意識してしまう。まだ十四歳の少女が女王だったからだろうか。それとも、少女の美しい容姿に魅せられたからか。

 どれも理由の一つだが、最も大きな理由は、彼女は唯一自分を理解してくれる人間なのだと思ったことだ。何もかもに怒り、恨み、妬み、不安になって最後は絶望し、全てがどうでもよくなった弱い自分を、唯一理解してくれるのだと思ったのだ。

 その人間性に特別な感情を抱いたのだろう。


「俺は貴女のことが・・・・・・どうやら好きになってしまった」

「えっ?!」

「だから必ず守ります。俺の命を賭けて」


 女王ユリーシアと言っても、まだ少女なのだ。いきなり男から好きなどと告白されたら、驚くに決まっている。その真っ白な肌が、恥ずかしさのあまり朱に染まった女王は、年相応の少女と、何も変わらないように見える。

 心底驚いたのか、顔はさくらんぼのように朱に染まり、体が震えている。とても恥ずかしく、緊張しているのがわかった。その慌てぶりはとても可愛いく、純情さを感じさせる。

 冗談で言ったわけではないが、とても悪いことをした気持ちになった。

 こんなところを城の関係者に見られたら、捕まって牢獄にぶちこまれるかも知れない。今考えると、女王陛下にとんでもない無礼を働いたのがわかる。もう会ってから随分と無礼を働いているから、色々と理性がおかしくなってしまったのかも知れない。

 しかし、この気持ちに嘘はない。


「恋愛とかではなく、貴女という人間に惚れました。だから命を賭けさせてください。必ず貴女の願いを叶えて見せますから」

「私は貴方が命を賭ける価値などない人間です・・・・・」

「そんなことないです。俺にとっては自分の命よりも大切に感じてます」


 もう行かなければならない。行く先は死地になるだろう。

 それでも全てを賭けて、ユリーシアを守るのだ。


「そろそろ行きます。吉報を待っていてください」

「旅人様!私は---------」

「宗一郎です」

「えっ・・・・」

「俺の名前は長門宗一郎。親しい奴には宗一と呼ばれていました」

「・・・・・・それが貴方の名前なのですね」

「はい。では俺は行きます。ユリーシア陛下のために」


 扉を開けて、女王の寝室を後にする宗一郎の背中を、ユリーシアは見ることができない。

 その背中を呼び止め引き留めたいのに、声を上げることができない。

 背中が見えないのは目が見えないため。だが、声を上げ、無謀なことを止めさせようと、呼び止めることができなかったのは、彼に感じたものがあったためだ。

 それは、彼女が見えたものの場景に映っていた、見たことのない男に似ているという直感。場景は辺り一面が炎に包まれ、周りでは多くの人間が殺しあっている中、男は背中を見せて立っていた。その服は、誰のかもわからない血で染められており、どれだけの人間を手にかけたかはわからない。

 その男の顔は、背中を向けていたためにわからなかったが、ただ、そんな狂気の状態の彼を、不思議と恐ろしいとは思わなかった。その時感じたものと同じものを、宗一郎から感じ取ったのだ。

 それ故なのか、彼のことを特別に感じてしまっている。

 絶望していた目の前に突如現れた、希望とも言えない一人の男に、ユリーシアは祈ることしかできなかった。


「私はどうなっても構わない。でもせめて、宗一郎様だけは・・・・・・」

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