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第六十四話 三国事変 Ⅰ

第六十四話 三国事変







 アバランチアを舞台に繰り広げられている、正体不明の勢力と三大国による軍事衝突。夜の市街戦が繰り広げられているこの地で、逃げ惑う群衆を掻き分け、戦場へと急ぐ一人の剣士がいた。

 彼の名はクリスティアーノ・レッドフォード。ヴァスティナ帝国最強の剣士にして、「雷剣」の二つ名を持つ影の剣士の末裔だ。

 伝説の六剣の一人、勇者連合団長マクシミリアンとの決闘が受けられず、むしゃくしゃした心を鎮めようと一人街を散歩していたクリスは、偶然見かけた逃げ惑う人々から、大劇場で戦闘が行なわれているのを聞いた。

 大劇場にはアンジェリカがいる。自分のいる場所が劇場に近いと知ったクリスは、彼女を守るため急行した。一旦屋敷に戻るべきかと考えもしたが、戻っている時間的余裕はないと考えた。それに、これだけの騒ぎになっているなら、既に軍全体が事態を察知していると考えたためでもある。

 

 大劇場へと急ぐクリスは、この苛立ちを謎の敵にぶつけるつもりでいる。相手が誰なのかは分からないが、今そんな事はどうでもいい。誰であれ、この鬱憤を解消できるなら、何者が相手でも別に構わなかった。

 勿論、女王であるアンジェリカを助けたいという使命感はある。頭ではそれを理解していながらも、六剣との決着を待ち侘びていたクリスの体は、力の捌け口を求めていた。

 そんなクリスの状態を悟ってか、意外な人物が彼のもとに敵として姿を現す。


「見つけたぞ、クリスティアーノ!!」

「!?」


 少年は、雷を纏い突如クリスの前に現れた。瞬時に現れクリスの行く手を塞ぎ、少年は自身の身体に纏わせた雷を発光させ続ける。剣を握るその少年の顔を、クリスは戦場で見覚えがあった。


「お前、雷の剣士の餓鬼じゃねぇか」

「探したんだぜクリスティアーノ! あの時の借りを返させてもらうからな!」


 金茶色の髪と八重歯が特徴的な少年の名は、グレイ・ライトニング。伝説の六剣の一人、雷の剣士の末裔である。

 クリスとグレイの出会いは、異教徒討伐の戦場であった。戦いを楽しんでいたグレイをクリスが圧倒し、六剣の一人相手に彼が勝利した。

 グレイはこの敗北で、今まで感じた事のない最大級の屈辱を味わった。再戦を固く誓っていたグレイは、今度こそクリスに勝つため、彼にとっての決戦の地アバランチアまでやって来たのである。


「急いでんだから邪魔すんじゃねぇ。雑魚に構ってる暇は―——」

「舐めんな!!」


 帯電した状態のグレイが激昂し、その身に纏った雷を激しく輝かせる。大きく地を蹴ったグレイが、左手に握る雷龍の爪で作られた剣と共に、クリスのもとへと瞬時に距離を詰める。

 電光石火の如きその動きは、クリスが初めて戦った時以上に速く、また鋭い。クリスがグレイの姿を捉えた時には、雷龍の剣の切っ先が眼前に迫っていた。

 クリスはその切っ先に反応し、自身の剣を振るってグレイの刃を弾く。反撃しようとしたクリスが剣を振るおうとするが、グレイの姿は既にそこになく、代わりに背後からの殺気が襲い来る。

 またも瞬時に動き、グレイに背後を取られたクリスは、振り向き様で迫る刃を再び剣で弾き返す。二度の攻撃を防がれたグレイは、一旦クリスから距離を取り、確かな手応えを感じて唇を吊り上げていた。

 

「どうよ、クリスティアーノ? 俺の剣は見切れるか?」

「⋯⋯⋯ちょっとはやるようになったな。才能頼みだった餓鬼にしちゃ、悪くない上達ぶりだ」


 グレイにとって今のは挨拶代わりである。クリスを挑発し、彼の闘争心を煽るための攻撃だった。本気のクリスと戦って勝利しなければ、グレイの再戦は果たされないからだ。

 勿論クリスも、これが自分を焚き付ける挑発なのは百も承知である。己の務めを優先するならば、ここでグレイの相手をせず、アンジェリカの救援に駆け付けるべきだ。

 ただ、アンジェリカの護衛には、帝国メイド部隊を始めとする十分な戦力が付いている。自分が向かわずとも、恐らくアンジェリカは安全だ。ならばここで、腕を上げたグレイの相手をしても問題ないのではないかと、悪いと思いながら考えてしまった。


「いいぜ、相手してやる。かかってきな!」

「そうでなくちゃ! 今日こそ絶対ぶっ殺してやるぜ!!」


 心底楽しそうに笑ったグレイが、再び地を蹴って駆け出した。電光石火の動きで左右にステップを切り、フェイントを重ねてクリスを翻弄しようとする。

 対するクリスはその場から一歩も動かず、懐に飛び込んできたグレイの動きを見切っていた。目の前に現れたグレイに剣を振るおうとするが、次の瞬間には彼の身体が眼前から消えた。素早い動きでクリスの左側にまわったグレイが、笑み浮かべて斬りかかる。

 グレイの姿を見失い、反応ができないかと思われたクリスだったが、彼もまた神速の斬撃でグレイに応戦する。両者の剣がぶつかり合い、甲高い音を鳴り響かせて火花を散らした。

 互いの剣が重なり、両者の顔が近付く。グレイは八重歯を見せて笑い、クリスもまた機嫌良く笑みを浮かべていた。


「無駄な動きが無くなった分、前より速いじゃねぇか! どこで修行してきた!?」

「お前に負けてからはゼロリアスに行ったんだ! あそこにいる強い奴ら相手にしてたら、あの時よりずっと強くなれた!」

「ゼロリアスだと!? まさかこの騒ぎ、ゼロリアスの連中の仕業か!」

「一応俺はゼロリアス側だけどさ、俺達だけが騒ぎの原因じゃないみたいだぜ!」


 グレイの話を信じるならば、事態はクリスが考えていたよりも複雑である。もしこれがゼロリアスと、彼の国に同調する国家の策謀であるとするなら、各国要人を狙った襲撃事件では収まらない。

 やはり先を急ぐべきだと判断したクリスだが、グレイは以前に比べ実力を上げている。侮って押し通ろうとしても、簡単にはいかないだろう。

 故にクリスは決して相手を侮らず、グレイを剣士の少年としてではなく、伝説の六剣の末裔として扱い、自身の剣技を打ち込む。


「見切れるもんなら見切ってみやがれ!」

「⋯⋯!」


 相手の剣を押し返したクリスが、グレイ目掛けて神速の剣技を放つ。光龍の牙で作られたクリスの剣が、無数の切っ先となってグレイに襲い掛かる。

 グレイは相手の連続突きに正面から立ち向かい、自身の剣技による連続突きで応戦した。クリスとグレイの剣が目にも留まらぬ速さで激しくぶつかり、無数の火花を散らして壮絶な剣戟を披露する。

 六剣の末裔と、影の剣士の末裔が、ローミリア最強の剣士の名をかけて戦う。両者一歩も譲らず、戦いは互角かと思われたが、剣はクリスの方が速い。


「そらよ!!」

「くっ!」


 連続突きの勝負は、突きの速さでクリスが勝った。彼の剣に押し負け、グレイが防戦一方になった瞬間、クリスが仕掛ける。

 突きを防ぎ続ける事に注意を奪われたグレイの視界から、突然クリスが消える。クリスを見失い、慌てて彼の姿を探したグレイは、足元から感じた殺気で危険を悟った。

 反射的に身を引いたグレイの鼻先を、剣の切っ先が空を切って通過する。身を引いていなければ、今ので深く顔を斬られて絶命していたであろう。

 斬撃を躱し、急いでクリスの姿を探すべく下を見たグレイだが、既にそこに彼の姿はない。すると今度は、グレイの右手側に気配が現れる。グレイが視線を向けた瞬間には、クリスの放った拳が自分に迫っていた。

 グレイは右腕を盾にして拳を受けるも、クリスの重い一撃に殴り飛ばされてしまう。体勢を崩して地面に叩き付けられるグレイだが、隙を見せぬよう直ぐに起き上がり、次の攻撃に備えて構える。その間、左手に握っている剣は一瞬たりとも手放さなかった。


「今度は放さなかったな」

「馬鹿にするな! べっ、別にお前に言われたから放さなかったわけじゃない!」

「はんっ! 生意気言うんじゃねぇよ」


 以前戦った時よりも、確かに強くなっている。動きや速さだけでなく、剣士としての基本も、攻撃に対する反応も、クリスが関心する程だ。

 それならばと、クリスは必殺の一撃を放つべく、戦いを続けようとするグレイへと剣を構えた。


「強くなったことを証明したけりゃ、死ぬ気で防いでみやがれ!」

「!!」


 宣言通り、クリスが得物と共に駆け出した。真っ直ぐに、そして弾丸の様に速い彼の動きに、身構えていたグレイは興奮と恐怖を同時に感じていた。

 この神速の如き剣技こそが、自分を圧倒した相手。これを倒すために己を鍛え、次こそ打ち破るべく頭の中で何度も受けた技を思い返してきた。

 しかしこれは、グレイの記憶にあるものより、更に速くなっている。待ち望んだこの速さに勝とうとする興奮と、命を失うかもしれないという恐怖が、グレイの本能を刺激した。


「光龍一閃!!」


 神速の動きで懐に入り、グレイの目の前に現れたクリスが放つは、光龍の剣技。振るわれた横一線の斬撃が空を裂き、グレイを斬る寸前のところで、彼の剣が盾となって刃を受け止めた。

 間髪入れずにクリスが次々と斬撃を繰り出すも、グレイはその全てを見切るかのように剣を割り込ませ、光龍の剣技を全て受けきって見せた。

 自身の技が通じなかったと、普通ならばここで驚愕するところではあるが、クリスは終始冷静であった。故に彼は、今の防御がグレイにとって容易なものだったわけでなく、呼吸もできない程の集中力を発揮しての、必死な防御であったと察する。


「ほらよ!」

「⋯⋯!」


 グレイの消耗をクリスは見逃さない。技の全てを見切り、集中力を一瞬欠いたグレイの隙を付いて、腰に差していた鞘を抜き放ったクリスが、鞘の先を相手の腹部に打ち込んだ。

 クリスの右手に握られた剣ばかりに気を取られ、左手と鞘は無警戒だったグレイは、腹部に重い一撃を受け、苦痛に呻き声を上げて地面に倒れ伏した。それでも剣は手放さず、再び立ち上がろうと顔を上げるが、眼前には剣の切っ先が突き付けられていた。


「光龍閃光。俺の勝ちだ」

「はあ⋯⋯はあ⋯⋯⋯、この俺が、またこんなにあっさり⋯⋯⋯」


 勝敗は決した。グレイは確かに成長していたが、クリスもまた以前よりも確実に力を付けている。武を競い合うレイナの存在と、最強の壁ヴィヴィアンヌ、ジエーデル軍最強の拳法家など、強敵との戦いの数々が、クリスをより強く鍛え上げたのだ。

 記憶の中のクリスが相手であれば、超えられたと感じていたグレイも、今の彼には敵わない。グレイが追いついたと思っていた相手は、より高みへと歩みを進めていたのである。


「前よりずっと強くなってたぜ。本気で打ち込んだが、掠りもしなかった。俺もまだまだ修行が足りねぇな」

「ちっ、ちくしょう⋯⋯! 全然ダメだったじゃんか⋯⋯⋯」

「へこたれてんじゃねぇ。お前が負けたのは体力不足だ。技も集中も反応も大したもんだが、あの程度でバテちまうようじゃ意味がない」


 グレイの最大の強みは、その六剣の末裔たる剣技の才と若さだ。今まではこの二つが彼の強みとなって、戦いでは無敗だったグレイだが、クリスのような圧倒的な実力者が相手では、それだけでは通用しない。

 今までクリスが強敵に勝ってこられたのは、己の剣技だけでなく、どんな相手とも戦える肉体を作ってきたからだ。集中を維持するための体力と、何度技を受けても尚戦い続けられる打たれ強さが、最終的にクリスに勝利をもたらした。

 グレイは強くなっているが、まだまだ体作りができていなかった。格上であるクリスと戦うためには、今以上の基礎体力を身に付けなければ、勝機は得られない。

 

「ただまあ⋯⋯⋯、魔法に頼らず剣で決着付けようとしたところは褒めてやる。挑発のために雷纏わなくても、こんだけやれるようになってりゃ相手してやるさ」

「うっ、うるさい! 次こそは絶対必ず死んでもお前をぶっ殺してやる!!」

「ああ、また出直してこい。いつでも相手になってやるぜ、グレイ」


 グレイを倒したクリスは、彼の実力を認め、再戦の申し入れも受け入れた。初めて戦った時と打って変わり、強敵を得た事で機嫌を良くしたクリスの笑みに、グレイは呆気に取られてしまっていた。

 兎も角、襲撃者のグレイを倒したクリスは、再び先を急ごうとする。グレイが言った通りであるならば、この騒ぎはゼロリアス帝国などによる陰謀の可能性が高い。ならばアンジェリカを守るだけでなく、リックとの合流も急ぐべきである。

 時間を取られた分、騒ぎに関する情報を得たクリスは、劇場に急ぐべく駆け出そうとする。その彼の足を止めたのは、行く手からゆっくりと近付いてくる、一頭の白馬の存在であった。


「六剣の末裔相手に戦いの基本を教えるだなんて、クリスちゃんも成長したみたいで嬉しいわ」

「メアリ⋯⋯?」


 白馬に乗って現れた、騎士制服姿の男装の麗人。クリスと同じ金色の髪をしたその女性は、自身の弟の成長を見て、愛おしそうに彼を見つめている。

 クリスと同じ影の剣士の末裔にして、彼の姉、メアリデーテ・レッドフォード。愛馬に跨り、先を急ごうとするクリスの前に現れたメアリは、馬を降りて彼に歩み寄っていった。


「こんなとこで何してやがる? 街の騒ぎは気付いてんだろ?」

「ええ、もちろん。クリスちゃんに会いたくて、ずっと探していたの」


 メアリの様子が何処かおかしい。自分に会いに来たというが、騒ぎを聞きつけて弟の身が心配になり、こうして探しに来たなら話も分かるが、彼女の纏う空気は怪しさを帯びていた。

 何かが引っ掛かっているクリスは、以前にもこんなメアリを見た事があったのを思い出す。記憶の奥に眠る、自分の両親が家と共に燃えて失われた日。その日の朝に顔を合わせたメアリは、今と同じ空気を纏っていた。

 

「⋯⋯おい、まさか本当に会いに来ただけなんて言わねぇよな」

「もう、またお姉ちゃんを呼び捨てにして。小さい頃みたいに、メアリお姉ちゃんって呼んでくれないの?」

「誤魔化すな。もしかして、お前も六剣の末裔に用があるのか?」

「そこにいる雷の剣士と、勇者連合の闇の剣士のこと? 六剣なんてどうでもいいの。私が会いたいのは、アナタだけよ」


 不穏なメアリに警戒しろと、クリスの本能が叫ぶ。その本能に従うのが僅かに遅れ、身構えもせずにいたクリスの視界から、突然彼女の姿が消える。

 消えたメアリの姿を見つけるより早く、気が付けばクリスの喉元に、月明かりを浴びて輝く切っ先が突き付けられていた。少しでも動けば首を串刺しにされる緊張感の中で、息を呑むクリスにメアリの冷たい瞳がせせら笑う。


「あら、駄目じゃない。大好きなお姉ちゃんだからって、油断したら死ぬのよ?」

「メアリ⋯⋯⋯、なに考えてやがる⋯⋯!」

「なにって、大好きなクリスちゃんのことだけよ。私はクリスちゃんと、互いの剣技を懸けた真剣な殺し合いがしたいの」


 メアリの言葉が冗談ではないと、突き付けられた彼女の剣がクリスへ語る。信じたくないという彼の思いが、剣を振ろうとするクリスの手を震えさせてしまう。

 

「⋯⋯こんな覚悟で最強の剣士なんて目指すつもり?」

「くっ⋯⋯! 舐めるんじゃねぇ!!」


 自ら震えを怒りによって静め、眼前のメアリに向かいクリスが剣を振るう。しかしその斬撃は空を切るのみで、クリスの視界からメアリの姿は消え失せていた。

 慌てて彼女の姿を目で探し、気配を読もうとするクリス。だがメアリは、クリスが自身の気配を感じるより先に、真横から彼の足を払った。

 体勢を崩されたクリスが背中から倒れ込む。地面に背を打つかに思われたが、クリスの体はメアリに軽々と抱きかかえられ、彼女の腕の中にあった。


「う~ん、やっぱり可愛い~♡ クリスちゃんはお姉ちゃんの抱っこ、小っちゃい頃から好きだったわよね」

「⋯⋯っ!」


 腕の中にあるクリスの顔を見下ろし、愛する弟との思い出に浸るメアリが微笑を浮かべる。自分の顔をメアリに見下ろされているクリスは、この屈辱的な状態に顔を真っ赤にして怒り、彼女の腕から脱出しようと暴れ出した。

 メアリはこれを拒まず、暴れるクリスを簡単に解放する。脱出したクリスは直ぐにメアリから距離を取り、再び剣を構えて追撃を警戒した。


「馬鹿にしやがって⋯⋯! いつまでも餓鬼扱いすんな!」

「だって~、クリスちゃんは変わらず可愛いんだもの。そんなに言うなら、もっとカッコいいところ見せて」

「上等じゃねぇか!! どういうつもりか知らねぇが、ぶった切って白状させてやる!」


 まずはその下に見た笑みを止めさせるべく、クリス必殺の一撃が放たれようとする。力強く地を蹴り、瞬時にメアリとの距離を詰め、光龍の剣技による最速の一撃が輝きを放つ。

 一筋の神速の剣突きが、笑みを浮かべるメアリを貫かんとする。だがクリスの剣は、刺し貫く直前でメアリの振るった剣に刃を弾かれてしまう。この瞬間クリスは、剣を弾かれたその力を利用し、身体と剣をまるで円を描くように回転させた。

 回し蹴りのような遠心力の要領で、円を描いたクリスが横一閃の斬撃をメアリに振るう。最初の一撃は囮であり、本命はこの一撃であったのだが、彼の剣技がメアリに届く事はなかった。


「ざんね~ん♡」

「!?」


 クリスの剣を見切り、その技すら読んでいたメアリは、振り返り様に剣を振ろうとした彼の背に回り込んでいた。剣を握るクリスの右手を自身の右手で掴み、剣を持ち換えた左腕は彼の背から胸にまわし、刃を彼の首筋に近付ける。

 容易くクリスを背後から拘束したメアリは、やはり余裕の笑みを崩さず、彼の身動きを封じた状態で耳元に囁きかける。


「光龍純剣からの一閃。美しい剣技だったけれど、その美しさ故に読み易い」

「俺の技が、こんなあっさり⋯⋯!」

「光龍は私が教えたんだから、見切れるに決まってるじゃない」


 驚愕するクリスの耳元で、メアリは不敵な笑みを浮かべ、愛おしそうに彼の首元に軽く口付けする。クリスは自分の技が全く通用しなかった事実に大きな衝撃を受けているが、メアリはそんな彼が可愛くて仕方がなく、興奮で頬を朱に染め尚も囁く。


「光龍の剣技全てを極めた私に、クリスちゃんの剣は届かない」


 残酷な現実を囁き終えた刹那、クリスの首筋にあったメアリの剣が離れる。左手で巧みに剣を操り、瞬時に向きを変えた彼女の切っ先は、クリスの左腿に刺し込まれるのだった。

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