第六話 愛に祝福を 後編 Ⅵ
聞かされた計画通りなら、私はこの国を、しばらく離れる事になる。
私を抱きかかえて走る男。こいつの話に乗ってしまい、式場からわざと捕まってやったけど、どうもこの男、遊んでいるようにしか見えない。格好も言動もふざけているし、台本がどうのとか言っている時点で、絶対に遊んでいる。
(確かチャルコを離れて・・・・・、ほんとに大丈夫なのかしら)
城門から外に出た後は、予め用意しているらしい隠れ家に行く。隠れ家でしばらく過ごし、軍事顧問としてチャルコに来ている帝国軍が、なるべく早く帝国へと帰国する。その帰国途中で、隠れ家から私を回収し、帝国まで連れて帰るらしい。
私がチャルコからいなくなれば、あの糞王子と結婚しなくて済む。結婚しなければ、チャルコとエステランの友好関係は築けない。
つまり、式を行なわせないようにするのが、この変態変人変質者の企みだ。式が挙げられなければ、私にとってもこいつにとっても都合がいい。本当に、単純で馬鹿な計画だ。
私は親友のもとへと旅立つ。事態が解決するまで、非公式かつ秘密裏に。式を挙げる必要が無くなるその日まで。それまでは、祖国とのしばしの別れとなる。愛する者をこの地に残して・・・・・。
(ねぇアニッシュ、こんな私を好きでいてくれる。あなたを置いていく、私なんかを・・・・・・)
式を挙げなくて済む日など、本当に訪れるのだろうか。本当にそんな夢みたいな日が。
もしかしたら、一生このまま・・・・・・。
「すみません、シルフィ様」
「何で謝るのよ・・・・・・」
謝られたくはない。
親友が寄こしたこの男。この男もまた、私を利用しようとしている。それが、私の親友のためになると信じてだ。それでも、こいつは迷いがあるのだろう。今更何を迷うというのか。
「俺は・・・・・」
「最低よね、あんた」
「うっ・・・・」
「最低だし下衆だし馬鹿だし、極めつけは変態だし。もうね、汚らわしい」
「そこまで言いますか!」
こいつが好かれる理由がわからない。きっと、一生私にはわからないだろう。
「未だに迷ってるところも気に入らないわ。迷う必要なんてないのよ。下衆は下衆らしく、迷わず突き進みなさい」
「下衆らしくですか・・・・・・」
「でないと、あんたはこの先もずっと迷い続けるわ。そして、一人で苦しみ続ける」
私も人の事は言えない。未だに迷っているのは、私自身だ。
「わかってはいるんですけどね」
一生苦しみ続ける。こいつはそういう道を選択したんだから。
私も同じ。こいつと結局は同じだ。
(そうよ。これで良かったんだわ。私じゃなくて、もっとあなたを大切にしてくれる人と結ばれればいいのよ。私みたいに離れていかない、置いてもいかない、添い遂げてくれる人を好きになりなさい)
最愛のアニッシュさえ幸せになればいい。私の事なんか忘れてしまえばいい。
どうせ子供の約束だ。迷う事はない、アニッシュのために、迷いを断ち切ればいい。
「・・・・・・あれ?」
気が付けば、私は泣いていた。
物心ついてから、一度も泣いた事のない私が。
瞳から涙のしずくが流れ、頬を伝っていく。熱く悲しい涙が、私の心に訴えかけている。本当に、それでいいのかと。
(やっぱり・・・・私は・・・・・・!)
涙の理由はわかっている。
私を好きだと言ってくれた、私だけの騎士。この先彼が私を忘れ、私以外と添い遂げる事になったらと思うと、どうしても流れる涙を止める事が出来ない。
(私、どうすればいいのよ・・・・・。アニッシュ・・・・・!)
怪人アリミーロを逃がし、広場にて時間を稼いでいる二人の戦士。
イエロータイツこと、クリスティアーノ・レッドフォードは、作戦計画にはなかった敵と戦闘していた。
いや、誰が予想出来ただろうか。十二歳の見習い騎士の少年が、姫の奪還のために、こうして立ち向かってくるなど。
「はああああああああっ!!せいっ!!」
「ちっ!」
とても十二歳の少年の技とは思えない、連続のランスの突きを、剣で受け流して躱すクリス。
見習い騎士の少年アニッシュは、己の技の全てを懸けて、実力が格上であるクリスに、戦いを挑んでいる。無論、アニッシュは戦っている相手が、自分を鍛えてくれたクリスだと、まだ知らない。クリスが仮面をつけているため、その顔がわからないからだ。
しかし、戦闘を開始して数分、使っている剣と動きや癖から、アニッシュは、戦っている相手の正体に気付き始めていた。
「この技!まさか!?」
「喋ってる暇があんのか。おらっ!」
クリスはアニッシュのランスを剣で弾き、反撃のために斬りかかる。一閃を躱し、続けて放たれた剣の鋭い突きを、アニッシュはランスを盾にして、何とか受け止めた。
アニッシュが放つランスの突きよりも、圧倒的に速く、鋭く正確な一突き。一瞬でも反応が遅れていれば、今頃アニッシュの胸は、刺し貫かれていただろう。
「ぐっ!!」
しかもその一撃は、信じられないほど重い一撃だった。
一度体勢を立て直すため、急いで後ろに退いて距離を取る。一撃を防いだといっても、次もまた防げるとは限らない。
(この一撃、やっぱりこの人は!)
アニッシュはこの技をよく知っている。
ここ数日、自分を鍛えてくれた存在の、必殺の剣技。格好がおかしく、仮面をつけてはいるものの、相手の正体がわかったアニッシュは、何故彼が敵になっているのかを考える。
(どうしてクリスティアーノさんが。それに正体を隠してまで・・・・・・。まさか、姫を攫ったのは・・・!)
「考え事してる暇があんのかよ!随分と余裕じゃねぇか!!」
「っ!?」
距離は十分に取ったはずだった。にもかかわらず、一瞬でその距離を詰められ、彼の間合いで、再び斬りつけられる。ランスを前に出し、次々と繰り出される斬撃を、防御に集中してなんとか防ぐ。
クリスの攻撃は、確実にアニッシュを殺しにかかっていた。模擬戦で戦っていた時とは違う。
「破廉恥剣士!いつまでその少年の相手をしているつもりだ!!」
「うるせぇぞ!てめぇは黙って騎士共と遊んでやがれ!!」
時間稼ぎの役目の一人、レッドガールことレイナ・ミカズキは、先程から一人で、チャルコ騎士団の相手をしていた。クリスがアニッシュと戦い、二人が戦いに夢中な隙に、レイナを倒して突破しよとしている、チャルコ騎士たちを倒しているのだ。
彼女にとって、チャルコ騎士団など実力的には対した事はない。何人集まろうが、烏合の衆でしかないのだ。だが、一人で彼らを殺さず無力化し、先へ行かせないよう戦うのは難しい。
普段、あまり使わない魔法も駆使し、どうにか突破を防いでいるレイナであったが、流石の彼女も、一人では手を焼いていた。だからこそ、クリスには早く、こちらの戦線に復帰して欲しいのである。
しかし、肝心のクリスは、アニッシュとの戦いに夢中である。その気になれば、見習い騎士の彼など、簡単に倒す事が出来るはずだ。クリスの実力を、誰よりも理解している彼女からすれば、「何を遊んでいるのだ破廉恥剣士!!」と言いたい事だろう。
「おらおらおら!!さっきの威勢はどうした!」
アニッシュが守るのを苦手とする所を、正確に狙い、攻撃を繰り出す。足元であったり頭上であったりと、彼にとって守り難い所を、剣技で徹底的に攻めている。
何度かの模擬戦で、クリスはアニッシュの戦い方や癖を、知り尽くしていた。勿論、その弱点もである。
弱点を攻撃され、完全に追い込まれていくアニッシュに、容赦なく斬撃を放ち続けるクリス。戦っている騎士たちの中には、アニッシュの奮闘を見守っている者もいた。騎士たちが瞬時に無力化されていく中で、ただ一人、見習い騎士のこの少年は、未だ倒れず戦っている。
そんなアニッシュの事を、ついには応援し始める騎士たちも現れた。
(集中しないと!余計な事を考えたら、確実にやられる!)
「そんなんで姫を助けられんのか。ちっとは遊べるかと思ったが、拍子抜けだぜ」
徐々に斬撃の速度が上がっていくクリスに対し、徐々に斬撃に反応出来なくなっていくアニッシュ。
このままでは確実に押し切られ、敗北は必至である。
「ほらどうした!お前の本気はそんなもんかよ!見せてみやがれ、お前の覚悟を!!」
その言葉に、アニッシュは連れ去られてしまった、姫の事を思い出す。最愛の、そして生涯を懸けて守ると誓った彼女の事。彼女の笑顔を、あの口の悪さも、何もかもを守りたいと。
ランスを握る手に力を込めて、今度はアニッシュが、クリスの斬撃を弾いてみせる。体勢を崩したように見えた彼に対し、アニッシュはお返しの突きを、彼の胸目掛けて打ち込んだ。
だが、その攻撃は空を切るだけに終わる。
体勢を崩したかに見えたクリスであったが、実はそう見せただけで、後ろに跳躍して簡単に避けてしまう。アニッシュの突き攻撃など、彼の予測の範疇であったのだ。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ・・・・・!」
「息上がってるな。自慢の体力と腕力はどうした?」
見習いの身であるアニッシュは、未だ技の類を持っているわけではない。ランスも、基本的には突く事しか出来ず、それ以上の事は、まだ教えられていないのだ。
そんな彼は、早く一人前になるため、日々の鍛練で、特に体力と腕力を鍛えていた。体力は騎士であろうが兵士であろうが、必須である。腕力は、鉄製のランスを振り続けるために、どうしても必要な力であった。
基本的な身体強化を欠かさなかった彼には、他の見習い騎士たちにはない、強靭な体が出来上がっている。しかし、今目の前にいる相手には、身体能力だけでは絶対に勝てない。全ての能力でアニッシュは、剣士クリスティアーノに劣っているのだ。
クリスを倒す事は出来ない。それはわかっている。
彼を退け、急いで先へと向かわなければならないアニッシュにとって、倒す事が出来ない相手を、どう突破すればいいのか。考えと焦りが、彼の頭で渦を巻く。
「これ以上俺とやったら体力使い切るぜ。それでもいいのか?」
クリスの挑発。先程からずっとそうだ。
戦いながら彼は、アニッシュに対して、執拗に挑発の言葉をぶつけている。
「少しは頭使えよな。そこの脳筋槍女みたいに、筋肉でもの考えるようになっちまうぜ」
「馬鹿にするな破廉恥剣士!何のつもりだ!」
「俺を倒すつもりか?百年早いんだよガキが!てめぇ程度の奴が、この俺に勝てるわけはねぇんだ」
勝てるわけがない。まったくその通りで、反論のしようもない事実だ。
ならば。そう、勝てないならばどうすればいい・・・・・・。
(そうか!)
ある事に気が付き、考えを行動に移そうとしたアニッシュは、回れ右で、彼の後ろにいた騎士たちのもとへと駆け寄った。そして、騎士の一人からランスを一本奪い取り、クリスのもとへと戻って、得物を構える。
両手にそれぞれランスを持ち、言うなれば二刀流状態になったアニッシュ。
周りで彼を見守っていた騎士や、広場にいた人々も、彼が何をしようとしているのか読めずにいる。
右手には彼のランス。左手には騎士から奪い取ったランスを持つ。とは言え、二刀流になったところで、クリス相手に有利になるわけではない。その事はアニッシュ自身も、当然理解している。
「いきます!!」
その言葉とともに、脚に力を入れ、地面を蹴って駆け出す。ランスを前に構え、その切っ先は、クリスへと向けられている。直撃すれば強力であろうこの突撃。いや、これは突進というのが相応しい。
クリスはこの突進に正面から構えず、横に躱して仕舞おうと考えた。こんな突進など、回避自体は容易い。だが、回避させる事がアニッシュの狙いだと、この時クリスは直感で考える。自身を倒すのではなく、この勢いで突破しようとしているのだと。
このまま左右どちらかに回避すれば、その勢いのまま、アニッシュは先へと走り去っていくだろう。かと言って、十二歳とは思えない腕力を持つ、ランスを構えたアニッシュの突進を、正面から受け止めるのは骨が折れる。
「考えが単純だぜ。こいつがあるのを忘れたか!」
正面から剣で受け止めるのではなく、回避する選択肢も選べない。ならば、取るべき手は一つだ。
「逝っちまいな!雷光!!」
クリスが剣を突出し、雷属性の魔法を前面に展開する。何本もの雷が召喚され、それがクリスの目の前に、壁の様に広がった。展開されたのは、まさに雷の壁だ。
触れれば体に電流が奔り、即座に相手を無力化させる。この雷の壁で、クリスはアニッシュ渾身の突進を防ごうとしている。誰もがアニッシュの敗北を悟った。雷相手に生身の人間が、無事でいられるわけがないからだ。
雷が眼前に出現し、打つ手なしに見えたアニッシュだが、彼はランスを構えたまま走り続ける。傍から見れば無謀な突撃である。それでも彼は、突撃を止めない。
「はあっ!!」
そのまま突撃するかに思えたアニッシュだったが、彼は騎士から奪い取ったランスを、構えを解いて、クリスへと投げつけた。投げられたランスはクリスを目指したが、雷の魔法の前に着弾し、切っ先は地面に突き刺さる。
そして、突き刺さった槍を目指し、十分助走をつけたアニッシュが跳躍。高く飛んだアニッシュは、突き刺さったランスを足場にし、さらに高く跳躍した。
雷もクリスも、まるで鳥になったように、高く飛んで跳び越える。
アニッシュはクリスを見下ろし、クリスは頭上を跳び越えていくアニッシュを見上げる。一瞬だが、両者は目が合った。
「やれば出来るじゃねぇか」
「えっ・・・・・・」
クリスを跳び越えたアニッシュは、彼の後方に着地し、そのまま全力疾走で駈け出していく。振り返る事もなく、ただ前だけを見つめて。
ランスを構えて突撃したのは、クリスならば回避せず、正面から魔法を使用し、相手をすると思ったからだ。跳び越える策を隠しつつ、無謀な突撃をするかのように見せて、結果は見事に成功した。
勝てないならば倒す必要はない。目的は姫を救う事であって、目の前の二人を倒す事ではないのだ。
クリスの言葉により、その事を思い出す事が出来た。彼の言葉が、アニッシュに突破の考えを閃かせたのだ。
「ちっ、抜けられちまったぜ」
「破廉恥剣士、貴様・・・・・・」
「ガキを一人通しちまった。後で説教されるな、こりゃあ」
と言っているにも関わらず、クリスの機嫌は良くなっている。表情ではわからない。レイナだからこそわかる、クリスの変化だ。
「・・・・・・まあいい。あの少年ならばな」
「何だよ。文句あるんじゃねぇのか?」
「あるに決まっている。だが今は、そんな事を言っている場合ではない。これ以上誰も通さなければな」
クリスに視線も向けず、目の前の騎士たちに集中するレイナ。一見不機嫌なように見えるが、クリスの見えない所で、ほんの一瞬だけ微笑を浮かべた。
彼女も内心機嫌がいい。少年が果敢に挑み、ただ真っ直ぐに、姫のもとへと駆ける姿。その姿が、彼女にはとても輝いて見えた。見習い騎士が見せた、騎士の誇りと勇気。そして、姫を救おうという忠誠心。
とても良いものが見れたと、彼女は内心、熱き思いが湧き上がる。
「ようやく遊びは終わったか。次は私が、お前の相手をしようじゃないか」
満を持して、と言うべきか。
アニッシュとの戦いが終わったクリスに対し、事の行方を傍観していたメロースが、前に出る。
この手で、自分を侮辱した男を切り伏せようと、剣を構えた。彼の従者たちも、主を守るため戦おうとする。だがメロースは、従者たちを軽く手を上げて制した。
「この程度の男など、私一人で十分だ。先程の少年との戦いで、大分消耗しているだろうしな」
苛立っているメロースからすれば、自分の手で粛正したいという気持ちがある。そして、自分の面子のためにも、ここで一人で戦って勝利した方が、自分の力と才能を証明出来るのだ。
相手を手負いの獲物だと思っている。じわじわとなぶり殺しに出来る、獲物だと。
それが慢心であると気付かないまま・・・・・・。
「さあ、始めようじゃないか。エステランの王子であるこの私が-------」
「ぐだぐだと前置きが長いんだよ、糞王子が。さっさとかかってきやがれ」
「・・・・・・私を愚弄するのもいい加減にしろよ、この三流剣士が!!私の剣技と魔法でその身を----」
「うるせぇ」
メロースは油断していた。油断していたために、一瞬クリスを見失う。
気が付けば、クリスが剣の届く距離まで詰めていた。瞬間移動かと思ってしまう、一瞬の移動。電光石火と言える、クリスの得意とする技だ。
メロースが構えていた剣を、自身の剣で、下から弾き飛ばす。剣は宙に舞い上がり、メロースの背後に突き刺さる。
「なっ!?」
「拾ってこいよ。待っててやる」
「貴様っ!!」
剣を拾いに行かず、至近距離にいるクリスに対し、即座に魔法攻撃で反撃しようとする。メロースの頭上に、光輝く小さな球がいくつも現れ、それがクリスへと襲いかかった。
これは、光属性魔法の攻撃の一種である。光球を出現させ、狙った方向へと放つ。直撃すれば、相手に激痛を与える事が出来るのである。
放たれた光球の速度は、銃の弾丸ほどではないが、かなりの速さを誇る。この距離ならば避けられないと思ったメロースだったが、どういう動体視力をしているのか、クリスには意図も容易く全弾躱された。最小限の動きで、その場からあまり動かず、綺麗に全ての光球を回避する。
しかもクリスは、見た事もない突然の魔法攻撃であっても、眉一つ動かさず、全て躱して見せたのだ。
「ばかなっ!」
「もう終わりかよ。光の魔法も大した事はねぇ」
魔法が外れた事に動揺し、慌てて背後に突き刺さる剣へと駆けだす。クリスに背を向け、急いで剣を地面から引き抜こうとした瞬間、背後から尻を蹴られ、激しく地面に転倒したメロース。
彼を後ろから蹴ったのは、勿論クリスである。
「二つ、間違ってる」
「ぐっ!?」
「一つ目、どんな相手でも油断するな。二つ目、戦ってる時は絶対に背を向けるな。こんなもんは基本中の基本だぜ」
無様だった。
クリスは本気を出していない。そんな彼に、メロースは剣を弾かれ、自慢の魔法を躱され、おまけに尻を蹴られて転ばされた。今までの人生で、この王子は、これ以上の屈辱を味わった事がない。
「この程度で俺に挑むなんざ、蟻が竜に挑むようなもんだぜ。これなら、アニッシュの方がまだ歯応えあるな」
「許さん!許さんぞ貴様っ!」
メロースは急いで立ち上がり、屈辱と怒りに顔を真っ赤にしながら、剣を引き抜いてクリスへと斬りかかる。その姿には、最早気品も何もない。
当然だが、メロースの斬撃は簡単に躱される。クリスにとっては、メロースの斬撃など、止まっているように見えるのだ。躱すのは容易い。
「王子!」
「貴様たちは手を出すな!!」
「いいのか?従者たちもまとめて相手してやるぞ」
「ふざけるなよ!私があんな見習い騎士に劣っているだと?あんな雑魚に!」
メロースは完全に冷静さを欠いている。
この場にはチャルコの騎士や、周りにはチャルコの国民もいるというのに、一国の王子が、絶対に見せてはならない振る舞いを見せた。
「こんな田舎の弱小騎士団の見習い騎士だぞ?それに私は、あいつを完膚なきまでに叩き伏せた!私があのような凡人に劣るわけがない!!」
冷静さを欠き、喚き散らすメロースを、従者たちが落ち着かせようと近寄るが、彼は従者たちを乱暴に振り払い、尚も醜態を晒し続ける。
「そうだとも、きっとそうだ。少し調子が悪いだけなのだ。でなければ、あの騎士の資格すらない凡人に劣るわけがないんだ!」
自分の才能を信じて疑わないメロース。彼はアニッシュを侮辱する事を止めない。
それが、二人の戦士の心に、激しい怒りの炎を燃え上がらせてしまった。
「槍女。こいつは-----」
「今回は貴様に譲る」
「お前・・・・・・、いいのか?」
「私の気が変わらない内に、早く仕留めてしまえ」
レイナは烈火の如き怒りを燃え上がらせている。あの歳であれ程の実力は、並大抵のものではない。恐らくは、血の滲む様な鍛練を日々積んでいると、武術家である彼女には察する事が出来る。そんな少年の努力を、この王子は、騎士の資格すらない凡人と罵ったのだ。
確かにアニッシュは凡人かも知れない。それでも、クリスが認める程、彼は奮闘した。称賛こそされるべきであり、罵られる事は決してあってはならない。
一人の戦士として、彼が侮辱された事に、怒りの炎を燃やしているのだ。
それでも、王子を黙らせるのを譲ったのは、自分以上にクリスが怒りを燃やしている。そう感じ取る事が出来たからである。
「礼は言わねぇぞ」
「礼などいらない。貴様のなら尚更だ」
「ちっ、可愛げのねぇ女だぜ」
短い間であったが、アニッシュはクリスが鍛えた。
先程の戦いで、彼がクリス相手に奮闘できたのは、彼の動きに慣れはじめていたからだけではない。クリスが稽古をつけ、アニッシュに足りない技術を、厳しく指導したからだ。
未熟なところも彼の弱点も、全て教えた。アニッシュは確実に成長している。このままいけば、彼はいい騎士になるだろうと、クリスも認めたのだ。
そんな自分の認めた少年が、目の前の糞王子に侮辱された。クリス自身、怒りが頂点に達している。
「おい糞王子。俺は本気を出さねぇ」
「なにっ!?」
「てめえ程度の小物に本気を出すまでもねぇ。なにせ・・・・・・」
そう言って、またも一瞬でメロースとの距離を詰め、横に一閃斬りかかる。
しかし、今度は流石のメロースも対応し、自身の剣で一閃を受け止めた。だが、受け止めたはいいものの、その次に繰り出された、蹴りまでは防ぐ事が出来ない。もろに腹を蹴られ、強烈な痛みに耐えきれず、その場に蹲り腹を抱えるメロース。蹴られた衝撃で吐きそうなのか、苦しそうに呻いている。
「なにせ、俺が本気出したら、てめぇの首はとっくに落ちてる」
「かはっ!!」
「ほら立てよ。まだ動けるだろうが」
「ぐっ・・・・!」
よろよろと立ち上がるメロース。その様は、生まれたての小鹿の様である。
クリスの言った事は事実だ。本気を出せば、メロースなど、一瞬で首をはねる事は容易である。それをしないのは、殺してはならないと、命令されているからだ。
ここでメロースを、己の怒りに任せて殺せば、チャルコ国が、王子死亡の責任を取らなければならない。場合によっては、戦端が開かれてしまうかも知れない。だからこそ、今は殺してはいけないのだ。
「こんなはずではなかった・・・・・・。くっ、貴様たちさえいなければ!」
「そいつはご愁傷様だぜ」
「国に戻ったら父上に軍を動かすよう進言してやる!この国ごと貴様を焼き払ってやるぞ!どうせこんな弱小国など、シュタインベルガーだけしか価値がないのだからな!!」
チャルコに対する暴言。それは、たとえエステラン国の王子であっても、この場で言ってはならない言葉であった。チャルコの国民たちが、姫の結婚相手の本音を知ってしまうからだ。
作戦通りの展開。いや、予想以上に上手くいっている。
王子がこの広場で、怒り狂って喚き散らす。全ては、作戦を考えたあの男の手の中だ。
「喚く元気はあるのかよ。腰抜け野郎」
「だっ、だまれ!!」
魔法攻撃を使えばいいのだが、怒りに我を忘れ、冷静ではないメロースは、敵わない剣の腕だけで、クリスを倒そうとする。がむしゃらに剣を振りまわしし、斬撃は全て、クリスの剣に受け流された。
「冷静さが足りねぇ」
「!?」
「根性もねぇ、気品もねぇ、剣は大振りで隙だらけ。教えてやる、何よりてめぇには・・・・・・」
「だまれ!だまれだまれだまれ!!」
「速さが足りねぇ!!」
神速にして必殺、目にも止まらぬ最速の一撃が、メロースの剣へと一閃。
剣と剣がぶつかり合った瞬間、綺麗に切り落とされたメロースの剣。剣が剣を切り落とすという、常人にはとても真似出来ない技。圧倒的なクリスの剣技に、誰もがメロースの死を予感した。
「王子!」
「待て、貴様たちの相手はこの私だ」
手を出すなと命令されたが、この状況では手を出さない方が問題だ。王子の従者たちは戦闘態勢に入り、クリスを倒すために駆け出す。
だが、そんな彼らの前に立ち塞がるのは、十文字槍と炎の魔法を操るレイナだ。彼女はクリスとメロースの戦いに、他の誰も介入させないよう、従者たちの前に立ち塞がる。
「従者は私がやる」
「一人も近付けるなよ」
「言われなくともわかっている。馬鹿にしているのか」
もしも、ここに二人を知る者がいれば、誰もが驚く事だろう。
二人の喧嘩が、今だけはあまりにも平和なのだ。
「糞王子、俺が今からたっぷり相手をしてやる。てめぇが二度と調子乗った事が言えねぇくらい、徹底的にな。覚悟はできたか、おい!!」
クリスの剣に雷が纏う。凄まじい光を放ち、稲妻が暴れ狂う。
その様は、クリスの怒りを体現しているかの様であった。
「いくぜ。精々死なねぇよう、神にでも祈っとけ!」




