第六話 愛に祝福を 後編 Ⅳ
等々、チャルコとエステランの二国による、政略結婚が執り行なわれた。
式場である神殿には、主役である王子と姫を含め、現チャルコ王とその側近たち、王子の従者たちも、当然ながら出席している。神殿の内と外は、騎士団が警備のために堅め、式場の外には見物のために、多くの国民が詰めかけていた。
チャルコ国のほぼ全ての重要人物が集まる中、この場には、肝心な人間が一人足りない。それは、チャルコ王妃である。彼女は所用があったため、一か月以上前にこの国を離れたままであった。そのため、今回の政略結婚の事など、全く知らないのである。
(噂の王妃を見てみたかったが、いないとは残念だ。こんな田舎にまで来たかいがない)
式の主役であるメロース王子は、美しいと評判の、チャルコ王妃の事を考えながら、淡々と式をこなしていた。自らが今から結婚する相手、シルフィ姫の事など、最初から眼中にはない。
彼は父であるエステラン王に命じられ、チャルコ国の姫との結婚のために、この地に訪れた。式の日である今日まで、彼はチャルコ周辺の草原や森林で狩りを楽しみ、この日を緊張など微塵もせずに、待っていたのである。
彼にとって、この結婚は特に重要な事ではない。父の命令に従い、政治の道具にされ、好きでもない相手と結婚する。いつかこうなる事を、彼自身よく理解していた。何故ならば、それが自分の生まれた理由だと、知っていたからである。
父親であるエステラン王に利用される事も、政略結婚をしなければならない事も、彼にとって不満はない。自分は王子であり、大きな権力を持っているからである。
王子であるメロースは、地位も権力も生まれながらに持っており、平民が羨む程の財を持つ。彼が望んだものは、幼い時から何でも手に入った。玩具だろうが宝石だろうが、何でもである。
やがて、彼が大人へと成長していくと、高級な珍味や極上の酒も、気に入った女ですら欲しいままであった。全てが自分の思いのままにいく。気に入らない者がいれば、自分の一存で罰する事ができ、逆らう者は、全て取り除く事が可能だ。
そんな横暴と言える自由を、メロースはこの上なく愛していた。何もかもが、自らの思いのままであるのだから、不満などあろうはずがないのだ。
この自由を謳歌するには、王である父に逆らわないという、絶対条件がある。父に見限られれば、それは自由の終わりを意味するからだ。だからこそ、今まで会って話した事もない相手と、突然結婚しろと命令されても、一切の不満も延べずに承諾した。
(それにしても、本当に七歳の少女と結婚とは)
メロースの隣には、結婚相手であるシルフィ姫が立つ。
彼女とは、未だに会話すらしていない。メロース自身、特にしたいとも思わないし、彼女自身もそうであるからだ。彼女の事を全く知らないメロースではあるが、一言も話そうとしない彼女を見ると、自分は嫌われているのだと気付く。
(まあいい。国に連れ帰ったら、早速私好みに調教してやろう)
これまでメロースは、その権力を振りまわし、気に入った女性を何人も、自分の側室としていた。時には兵士たちを使い、無理やり民家などから女性を連れて来させ、自分が満足いくまで楽しんだら、後は捨ててしまう。
王子のそういった趣味は有名で、国の中で知らぬ者はいない。王子に気に入られた女性は、城の中で徹底的に辱められ、王子の手によって犯される。今までも調教という名目で、多くの女性をその毒牙にかけてきた。
シルフィはメロースの趣味ではないが、彼の考え方からすれば、生意気な少女は躾けなければ気が済まない。今から楽しみを覚え、舌なめずりしたくなる衝動を堪える。
(式も順調だ。予想されていた帝国の妨害もない)
今回の結婚に、ヴァスティナ帝国が関与してくる可能性を、本国の軍上層部はメロースに警告した。帝国はチャルコ国と友好関係にあり、チャルコ王が今回の事で、帝国女王に助けを求める可能性が、予想されたためである。
実際に、帝国の人間はここに現れた。表向きは軍事顧問という名目であるが、妨害工作のために訪れた事は明白であり、メロース自身も警戒はしていた。
だが、何も起こらなかった。帝国はチャルコを見捨てたのだと、メロースはそう判断したのである。
帝国の妨害もない以上、後は式を手早く済ませて、国に帰るのみであった。
進行役たちが式を進め、残るは、誓いの言葉を口にするのみである。
「メロース王子」
「何でしょうシルフィ姫?まだ式の途中ですよ」
式が終盤に差しかかった頃、周りには聞こえない声で、彼女が言葉を発する。
「王子がこの国に到着した日。一人の見習い騎士と戦ったと聞きましたが・・・・・」
「見習い騎士?ああ、あの才能の欠片もなさそうな少年ですか」
唐突に、式とは全く関係ない事を聞くシルフィ。
彼女が何を言いたいのか、メロースには全く理解出来なかった。
「あの哀れな少年が何か?」
「・・・・・・いえ、少し安心しただけです」
「はい?」
「あなたがあの男の言う通りの人間の様なので、これから起こる事に、同情する必要はないと」
彼女はメロースに、初めて笑った顔を見せる。しかし、彼女の笑みは明らかに歪んでいた。
メロースは気付かなかったが、その笑みは、彼が女性を調教する時に見せるものと、少しだけ似ている。
そして、突然それは神殿に現れた。
「その結婚ちょっと待ったああああああああああっ!!!」
神殿の入り口である大きな扉が、突然の轟音とともに無理やり開かれる。
開かれた扉の先には、右足を前に突き出した、一人の男が立っていた。男は、開くのに数人の男の力が必要な、この扉を、たった一発の蹴りによって、無理やり蹴破ったのだ。
唖然とする式場の人々。警備の騎士たちですら、呆然と立ち尽くす。
突然式に乱入したこの男は、場の空気に構わず、神殿の中へと進んでいく。男が式の主役である二人の前まで進むと、ようやく動き出す事が出来た警備の騎士たち。騎士たちは男を取り囲み、メロースの従者たちは、王子を守ろうと盾になる。
「ふっふっふっ、お初にお目にかかりますシルフィ姫殿下!」
男は、とんでもなく派手な格好をしている。
とにかく、白一色という言葉に尽きる。どこで購入したのかも予想できない、真っ白な制服。丁度その制服は、軍隊の正装に似ている。さらには、真っ白な制服上下に身を包み、白の革靴に白の手袋。頭には、これまた真っ白なシルクハットを被っている。
一番特徴的なのは、男の顔に装着されている仮面だ。それは、仮面舞踏会で使われる物によく似ており、上から顔の半分以上を覆い隠している。その仮面のおかげで、男が何者なのか、全くわからない周りの人々。
いや、正直正体はバレバレと言ってもいいのだが・・・・・・。
「何者だ貴様!ここは神聖な------」
「静まるがいい騎士たちよ!そして聞くがいい!我が名は、怪人アリミーロ!!大陸を又にかける、最強にして最凶の女性愛好家である!!」
声を大にして、自らを怪人と名乗る、どう見ても人間なこの男。
王子も王も騎士たちも、突然乱入してきた侵入者、もとい珍入者に混乱していた。意味不明な事を口走っている、意味不明な格好の怪人アリミーロ。大陸を又にかけていると言うが、誰もこの男の事を知らない。噂で聞いた事もない。
「聞くのだチャルコ王よ!我がここに参上したのは、そこにいるシルフィ姫殿下を手に入れるためである」
「なっ、なんだと!?」
「我は大陸一の女性愛好家である。この美しき少女を我のハーレムに加えたく思い、式に乱入させてもらった。王よ、お前の女は我のもの、我の女は我のものであるぞ!はーはっはっはっ!!」
高らかに笑う正体不明の怪人。
王の愛娘を狙う明らかな変態に対し、剣を抜き放つ警備の騎士たち。従者たちにより、メロースの手にも剣が握られている。この場で戦えるもの全員が、珍入者に対して武器を構えた。
「無駄無駄無駄!そのような武器で我を止める事はできぬ!!」
男は何処からともなく何かを取り出した。男が取り出したその物には、針金のような一つのピンが取り付いている。ピンに指をかけ、勢いよくそれを引き抜く。
「見るがいい我の力を!必殺、アリミーロマジック!!」
男は手に持っていた物を足元に落とす。一つではなく、同じものを複数だ。すると、足元に落とされたそれは、突然かつ勢いよく白い煙を噴き出した。瞬時に周りが煙に包まれ、誰も何も見えなくなる。
「狼狽えるな!あの男はどこに消えた!」
「何も見えないぞ!何だこの煙は!」
混乱する騎士たちの喧騒。場内は騒然となり、混乱を極める。
突然の連続に、誰もが落ち着くという事を忘れてしまったこの状況。メロースも混乱していた。
先程までは全て順調であったはずなのに、たった一人の変人のせいで、何もかもぶち壊しにされてしまったのである。
「どうなっている!この煙は何事だ!?」
苛立ちを隠しきれないメロース。普段の余裕は消え失せている。
次第に煙は晴れていき、視界が確保されていく。気が付けば、彼の隣にいたはずのシルフィの姿は、何処にもない。純白の花嫁衣装に身を包んだ少女は、影も形も無くなっていた。
「はーはっはっはっ!!どこを見ている、我はここだぞ!!」
高笑いが神殿の外より聞こえる。いつの間にか男は、神殿の外に脱出し、その腕には、式のもう片方の主役が抱きかかえられていた。慌てて外に飛び出す、王や騎士たちが目にしたのは・・・・・。
「シルフィ!」
「王よ、愛娘は確かに頂戴したぞ。姫殿下の純潔は、この怪人アリミーロが頂いた!」
「貴様のような奴に娘は渡さん!誰でもよい、奴を捕まえるのだ!」
「ふっふっふっ、この国の騎士たちに我を捕まえられるかな?それと、エステランの腰抜け王子よ!」
「腰抜けだと!?私を腰抜けだと愚弄するか!」
「腰抜けであろう!貴様の結婚相手の姫を攫ったというのに、自分の力で取り返そうともしない。この国の騎士任せである貴様は、腰抜け以上の何者でもない!」
神殿の外には、多くの国民が集まっている。状況が読めないでいる国民たちの前で、男はメロースの事を名指しし、腰抜けだと大声で馬鹿にした。
百や二百は軽く超える大勢の前で、一国の王子が腰抜けと言われたのだ。メロースも黙ってはいられない。
「駄目騎士も腰抜け王子も我の敵ではない。見るがいいチャルコ国民たちよ、姫殿下は怪人アリミーロのものであるぞ!では、さらば!!」
式場より姫を攫い、彼女を抱きかかえて走り去っていく、謎の男。
男は怪人アリミーロと名乗り、群衆をかき分けて逃げ出す。慌ててその後を追うチャルコ騎士たちと、腰抜けと馬鹿にされ、怒り心頭のメロース王子。
「一体奴は何者なのだ・・・・・」
愛娘が正体不明の男に攫われ、騎士たちに追撃を命じる、チャルコ王アグネス・スレイドルフは、突然起こったこの事件に、未だ混乱している。
「あれは怪人アリミーロです」
「騎士団長殿!いつからここに!?」
気が付けば、先程まで式場にはいなかった、ヴァスティナ帝国騎士団長メシアが、王に近付いていた。
何故彼女がここにいるのか、今はどうでもいい。重要なのは、彼女があの男を知っているという事である。
「怪人アリミーロ。あの怪人は最近帝国内でも目撃されたと聞きます。他の国でも目撃されているとかいないとか」
「なっ、なんと!?」
「噂では、大陸中の女性を我がものにしようと、しているとかいないとか」
怪人アリミーロという男の事について、その情報は曖昧である。
真剣な表情で語っているのだから、彼女の言う事は事実なのだろうと王は思う。だが、王は知らない。彼女が真剣な表情なのは、いつもの事だ。
「・・・・・・しかし、あの男どこかで---------」
「怪人アリミーロです」
「声もどこかで聞き覚えが------」
「怪人アリミーロです」
「・・・・・・・」
「あれは怪人アリミーロです。どこかで見たことも、声に聞き覚えもありません」
無理やりにでも、あの男を怪人アリミーロにしたいのか。彼女からは、何か必死めいたものを感じてしまう。気のせいではない。まるで何かを隠しているような・・・・・・。
「王よ、事態は一刻を争います。急ぎあの怪人を捕らえなければ」
「うっ、うむ。騎士団長殿言う通りだ」
メシアの言う事は最もである。怪人アリミーロと名乗る男は、まだ七歳の姫の、純潔を頂いたと言ったのだ。父親として、その発言は黙ってはいられないアグネス。幼い娘の純潔を守るため、騎士たちに追撃の指示を出し、自らも急いで男の後を追う。
後を追った王の背中を見送るメシア。その時、彼女の視界に一人の少年が映った。
「シルフィ・・・・・」
少年は青に染まった制服を身に纏い、その右手には、騎士が扱うランスを持つ。
メシアはこの少年を知っている。そう、彼はメロース王子と戦い、己の実力を発揮できないまま敗れた、あの時の見習い騎士であった。
「どうした少年。何を迷う」
見習い騎士の少年アニッシュ。彼は今も、迷い続けていた。
「メシア騎士団長・・・・・・、僕は・・・・・・」
「姫はあの怪人に連れ去られた。ならば、すべき事は決まっている」
「でも僕は・・・・・!」
「姫を守るのは騎士の役目だ。見習い騎士であろうとも、それは同じだと私は思う。少年がランスを持つのは、守りたい者がいるからではないのか」
「!!」
その言葉で、少年は何かが吹っ切れた。何が吹っ切れたのかは、メシアにはわからない。彼女がわかったのは、少年に迷いがあったという事だけである。
アニッシュはランスを握りしめ、王や騎士たちと同じように、連れ去られた姫の後を追う。
全力で、ただ真っ直ぐに、彼の愛する彼女のもとへと・・・・・・。
(似ている。だが、彼はリックのようにはならない)
守りたいものがあるという共通点。リックとアニッシュは、そこが共通している。
リックは、女王陛下のために全てを尽くし、アニッシュもまた、シルフィのために尽くそうとしている。二人は似ているのだが、メシアから見れば、決定的な違いがあった。
(リックにとって陛下は光だ。そして、かけがえのない存在でもある)
それが、リックにとっての女王ユリーシアだ。その事をメシアは、よく知っている。
(少年にとって、シルフィ様は愛しい存在。少年はあの方と添い遂げようとしているのか・・・・・)
リックが何故、アニッシュが気になっているのか。彼女には、その答えがわかっている。
少年アニッシュの事が眩しいのだ。ただ真っ直ぐに、愛する者のために生き、人生を全力で生きていこうとする彼が眩しく、そして羨ましかった。
しかし、リックは彼を妬む事はない。アニッシュが困難に打ち勝ち、その先にある、求めたものを手に入れて、精一杯人生を生きて欲しいと願う。
決して、一度は何もかもを諦めた、自分の様になって欲しくはない。自分の堕ちてしまった道を、彼に歩んで欲しくないと、妬むどころか心配している。
リックの気持ちを理解するメシアだが、それでもアニッシュの気持ちだけは、どうしても理解が出来ない。
「愛か・・・・・・。私にはわからない」
何故ならば、彼女には、愛というものが理解出来ないのだから・・・・・・。




