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第六話 愛に祝福を  後編 Ⅱ

 時を同じくして、チャルコ城内のとある一室。

 この場には、ある男によって計画された作戦を開始するため、数十人の者たちが集まっている。


「お前たち、準備はいいか?」


 計画の首謀者である男が、周りの者たちへと声をかける。

 皆の表情は、やる気に満ちてなどいない。「本当にやるのか」と言いたそうな微妙な表情を、ほとんどの者が浮かべている。


「不安です・・・・・」

「槍女に同意だぜ・・・・・・」

「なんやみんな元気あらへんなあ、うちはやる気満々やで」

「やっぱりさ、僕が狙撃で馬鹿王子殺してくる方が早いと思うよ?」

「参謀長殿も言っていただろ。今殺してしまっては厄介な事になると」


 これから彼らが行なおうとしている計画。誰が聞いても、くだらないと思う計画なのだが、一歩間違えれば両国との関係が悪化する、極めて危険な計画でもあった。

 だが、この作戦を考えた男には自信がある。自分の信頼する彼らならば、必ずや望む結果をもたらしてくれるだろうと。


「ふふ、やるからには楽しもうじゃないか。ねぇ、メシア団長?」

「私は陛下と帝国のために尽くすのみです」


 妖艶な笑みを浮かべる女性と、寡黙な表情を見せる褐色肌の女性。この二人は、今回の作戦を考えた男を、心から信頼している。故に文句はない。

 他の者たちも、文句はあっても作戦が始まれば、計画通りに行動を起こす。男を信頼しているし、男の命令に従う事は、彼らにとっての仕事でもあるのだから。


「俺は少し姫殿下のところに用がある。お前たちは、予定通り先に準備を進めてくれ」

「こうなったら腹を括るぜ。了解だ」

「私もです。この槍に懸けて、必ずや全うしてみせます」

「僕は愛しのこの銃に懸けるね。張り切っていくよ♪♪」

「うちの新兵器試してくれや。これがあれば作戦はばっちりやで!」


 皆が腹を括った。もう諦めたと言ってもいい。

 全員が気持ちを切り替えた時、一人のメイド服を着た少女が、男に近付いた。とても嫌そうな顔をしながらだ。


「本当にどうしようもない馬鹿ですね。参謀長辞任なさったら如何ですか?」

「本気でそれ考えた方がいいかな・・・・・」

「まあいいでしょう。作戦内容はどうあれ、成功と無事を祈っております、ご主人様」


 メイド少女は少しだけ、頬を赤らめている。作戦成功と男の無事を祈る言葉を口にした時、彼女は少しだけ恥ずかしがった。普段の彼女は、彼にに非常に冷たいが、極稀に男に対して、優しさを見せる時がある。

 普段優しい言葉をかけない分、いざ言葉にしようとすると、上手く言えないのだ。


「ありがとうメイファ。俺、頑張るよ」

「精々頑張って下さいご主人様」


 自分が主人であると言うのに、メイドに見下されているこの男。

 邪悪な笑みを浮かべ、危険な空気を纏うこの男は、皆に対し号令を放つ。


「これより、シュタインベルガー作戦を開始する。各部隊作戦行動に移れ」


今この瞬間、男の号令によって、作戦は開始されてしまった。

 もうこの作戦は、誰にも止められはしない。






「ほんと、何しに来たって感じよね。今更私に何の用よ?」

「シルフィ様の花嫁姿を拝見に来ました。似合ってますよ」


 チャルコ国とエステラン国。両国の間で行なわれようとしている、姫と王子の政略結婚。エステラン国はチャルコ産ワインの製造法を求め、強引に友好関係を築こうとしている。

 エステランの思惑によって、チャルコ国の姫であるシルフィは、その身を捧げなくてはならない。


「皮肉のつもり?役立たずの参謀長殿」

「もちろん花嫁姿を見に来ただけではありません。少しお話があったので参りました」


 ここは言わば、花嫁の控室である。花嫁衣装に身を包んだシルフィと、一人の男以外、ここには誰もいない。彼女が人払いをしたからである。

 彼女は純白のウエディングドレスを着て、部屋の窓から、何気なく空を眺める。この服を着た彼女は、もうすぐ自分が、嫌でも結婚するのだと思い知らされたのである。

 シルフィはこのドレスに、憧れを持っていた。綺麗で真っ白なドレスを着て、いつか私も、愛する人と結婚したいと思っていた。そんな憧れのドレスを、彼女は今まさに着ている。

 しかし、結婚相手は自分が愛してなどいない、顔も少ししか見た事のない男だ。

 相手の事など全く知らない。そんな男と、今から結婚しなくてはならない。

 そして、彼女の式を阻止するために、ヴァスティナ帝国から現れたのが、彼女と今話をしているこの男。帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスである。


「ちょうどいいわ。私も話したい事があったのよ」

「何ですか?もしかして、結婚相手の王子の事を聞きたいとか?」

「そうよ。ぶっちゃけどうなのあの男。顔を合わせただけで、会話とかしてないのよ」


 シルフィと王子メロースは、未だに一度しか、顔を合わせた事がない。お互いの事は全く知らないため、自分の結婚相手がどんな男か、一応興味があるのだ。


「正直に言っていいですか?」

「何でもいいから早く言え」

「メロース王子は最低のくそったれ野郎です。マジで調子乗ってる蛆虫以下の屑です、ゴミです、害虫以下です。外交問題にならなければ今すぐにでも殺してきます」

「滅茶苦茶言うわねあんた。そんなに糞なの?」

「存在価値がありません。俺が今まで見てきた人間の中で最も糞だと思います」


 王子について何も知らず、一体何がそこまで酷いのかを、彼女は知らない。

 ただ、目の前の男が王子の事を、凄まじい程に嫌っているというのはわかった。


「あの糞王子がメシア団長に向けた視線も、俺の部下を馬鹿にした事も許しませんよ。アニッシュ君にだって------」

「ちょっと待って!あの王子がアニッシュに何かしたの!?」


 慌てるシルフィ。アニッシュという名前を聞いた瞬間、突然彼女は取り乱したのである。

 アニッシュという少年は、彼女にとって特別な存在。幼い時の遊び相手であり、心を打ち明けられる親友であり、将来彼女の騎士となる少年なのだ。


「俺たちがこの国ついた日に、糞王子がアニッシュ君を痛めつけたんですよ。自分の鬱憤を晴らすために」

「・・・・・ぶっ殺してやる」

「手伝いますよ。その時が来たらですが」


 アニッシュはシルフィにとって、大切な存在だ。

 他人に全く興味がなかった自分の目の前に、ある日その少年は現れた。その少年以外にも、何人かの少年が彼女の前に現れたが、彼女は彼らに全く興味が湧かず、友達を作る事はなかった。

 しかし、その少年とは親友になった。たった一言がきっかけで。

 あの時、シルフィは絵を描いていた。彼女の絵を見たアニッシュは感想を述べたのだが、その感想は率直で正直な言葉であった。絵を見たアニッシュは、「絵、下手くそだね」と感想を述べ、彼女はあの時、ムキになったのを覚えている。

 そんなに下手くそだったのかと問われれば、三歳の少女の絵ならこんなものだろうという程度であった。だが、当時十歳のアニッシュは、そう言った事を理解していなかったため、つい、三歳児の絵を下手だと言ってしまったのである。


(アニッシュ・・・・・)


 あの時の出来事があったから、二人は親友になれた。

 そして、二人で過ごしたあの時間は、シルフィの大切な思い出となっている。


「やっぱり、アニッシュ君はシルフィ様と関係があったんですね」

「・・・・・・あんた知ってたの?」

「アニッシュ君と出会って話して、シルフィ様に特別な感情を抱いてるみたいだったので、もしやと思いました」

「メッシーみたいね。人の心の中が読めるの?」

「読めはしません。ただの感ですよ」


 アニッシュと一つの約束をしたシルフィ。

 騎士を目指すのなら、将来自分の騎士になれと彼女は命令した。そうなって欲しかった。誰よりも、自分の事を理解してくれる彼に、生涯騎士としての忠誠を尽くして欲しい。傍にいて欲しいのだ。

 そんな彼との約束は、もう一生、果たされる事はない。もうすぐ自分はこの国を離れ、大切な彼を痛めつけた男と、結婚しなければならないのだから・・・・・・。


「一つ聞きたいんですけど、シルフィ様にとって、アニッシュ君は大切な人間ですか?」

「・・・・・・あんた、何を企んでるの?」

「察しがいいですね。話っていうのは、もうすぐ行なわれる結婚式についてなんですよ」


 帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスは、シルフィのもう一人の親友が寄こした男である。親友である、ヴァスティナ帝国女王ユリーシアに、彼女は一通の手紙を送った。

 結婚するかも知れないという報告だけを、あの手紙に書いたのだが、ユリーシアは彼女を助けるために、この男を寄こした。手紙には、助けてくれとは書かれていない。しかしユリーシアは、彼女の望まぬ結婚を阻止しようと、行動したのだ。

 そしてこの男、通称リックは結婚阻止のために何かを企んでいる。企みを持っている事は、男の顔を見れば、すぐに理解できた。その理由は、この男が突然、邪悪な笑みを浮かべ出したからである。


「誰かに聞かれたら困るので、少々お耳を貸して頂けますか?」

「ちっ、仕方ないわね」


 シルフィに近付いたリックは、彼女の耳元で、ひそひそと声を潜めて話し出す。数分で話終わり、全て聞き終えた彼女は、驚き半分呆れ半分といった表情を見せる。


「あんた、狂ってるわね」

「よく言われます。それと、成功した場合は-----」


 再び彼女の耳元で、声を潜めて話し出す。

 この時シルフィは理解した。リックというこの男は、目的のためならば、どんな手段でも行使する人間だと。


「下衆ね」

「それもよく言われます」

「ユリユリが何であんたの事気に入ってるか理解出来ないわ。人間の屑でしょあんた」

「確かに俺は屑ですよ。正直言えば、シルフィ様がどうなろうがこの国がどうなろうが知った事ではないです。ただ、陛下があなたを助けろと俺に命じたんです。俺は陛下の望む事ならばどんな事でも叶えたい。だからここにいるんですよ」


 彼女は狂気を感じた。この男を、自分の親友の傍に置くのは危険だと、直感が訴える。

 この男を、このままユリーシアのもとに置いていては、いつか、取り返しのつかない事を招くのではないか。そういう感が、彼女の脳裏を過ぎる。


(でも、あの子はこいつを傍に置いている。参謀長にまでさせた。もしかして、あの子が何かを企んでるの?)


 純粋で心優しいユリーシア。彼女が何かを企んでいて、参謀長リックを利用しようとしているのであれば、このような危険な男を傍に置いているのにも、説明がつく。

 彼女を知る者としては、考えたくもない事ではあるが・・・・・・。


「まあいいわ。あんたの策にのってやるわよ」

「よろしくお願いします。では、俺はそろそろ行きますね」


 部屋を後にしようとするリック。扉に手をかけようとした瞬間、シルフィは彼を呼び止めるために、口を開く。


「待ちなさい」

「何か?」

「肝に銘じておきなさい。この先、ユリユリを悲しませるような事したら、あんたは私が必ず殺してやる」


 リックは何も応えなかった。応えられなかったのだ。

 この先、彼女との約束を果たそうとする限りは、何処かできっと、彼女を悲しませてしまうだろうと、わかっている。

 その事を理解しているリックにとって、シルフィの警告とも言える言葉は、己の胸に突き刺さる刃物だ。


「言いたい事はそれだけよ。早く失せろ変態野郎」

「・・・・・・それでは後ほど」


 リックは部屋を退出した。彼女以外、誰もいなくなった部屋に静寂が訪れる。

 あの男の賭けにのってしまった。そう、賭けである。

 アニッシュの事を諦めきれない自分に、あの男は、悪魔の囁きを齎したと言えるかも知れない。勝てるかどうかもわからない賭け。それでもシルフィは賭けてしまった。


(諦めなきゃ。今ならまだ・・・・・)


 そう考えたが、出来なかった。大切な彼の姿が、頭から離れない。

 最後に会って以来、二人は手紙のやりとりだけで話しをした。二人が自由に会う事は、出来なくなってしまったからである。正確には、会う事をやめたのだ。

 アニッシュは、最強の騎士になるための鍛錬で。シルフィは、いつかこの国の女王となるために。二人は約束のために、それぞれの道を歩み出した。約束を果たせるその時まで、お互いが歩んでいく道に集中しようと決め、時が来るまで、お互いに顔を合わせる事を禁止したのだ。

 手紙の中では、普段の生活の事を書いた。数学の勉強をした事、王と共に謁見の間で、他国の使者の話を聞いた事、庭に綺麗な花が咲いた事など、どれも他愛ない話である。辛い事や苦しい事があっても、手紙にその事は書かなかった。心の中を正直に打ち明けられる間柄であっても、アニッシュに心配をかけたくないという思いがあったのだ。

 顔を合わせぬまま、あれから二年の月日が流れた。そんな彼も、当然結婚の事を知っているだろう。今彼は、自分の事をどう思っているのか・・・・・・。


「裏切ってごめん・・・・・」


 誰もいないこの部屋で、ここにはいない彼へと向けて、彼女はそう呟いた。


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