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第六話 愛に祝福を  後編 Ⅰ

第六話 愛に祝福を  後編







 夢を見ている。

 僕の目には、幼い少女が映っていた。僕はこの少女の事を、よく知っている。頭が良くて、皆の前では猫を被って接して、心を開いた者にだけは口が悪い。

 見た目と歩く姿は花の様に可愛らしいが、心の中は真っ黒で、性格は最悪。この性格の悪さは、彼女の父親ですら知らない事だ。一体誰に似たと言うのだろう。

 少女は一国の姫として生まれた。小さな国に生まれた、可愛らしいお姫様。少女の父親である国王は、娘の事を大層可愛がり、皆に自慢しない日はなかった。可愛がられて育った目の前の少女は、この時まだ五歳になったばかりで、僕とは五つ位歳が離れていた。

 そう、僕は今、昔の夢を見ている。彼女がまだ五歳で、僕がまだ十歳だった時の夢だ。


「ねぇ、アニッシュは騎士になるの?」


 少女は唐突に聞いてきた。僕はこの時、国の騎士見習いになったばかりで、彼女にはその事を伝えてなかったのだが、聡明な彼女にはお見通しだった。

 憶えている。この時僕は、彼女と遊んでいた。僕の父親が騎士であり、ある時父に連れられて、国の象徴と言える、この国の城に訪れた時。初めて訪れた城内に、内心の興奮を隠しきれなかった僕は、この時八歳になったばかり。連れて来られた理由は、当時三歳のお姫様の、遊び相手に選ばれたからだ。

 過保護な王と違って、王妃は娘の成長のためにも、友達を作って遊ぶ事が必要だと考えた。そうして、何人もの子供たちが、姫の遊び相手として連れて来られたが、彼女は誰にも心を開く事はなく、一人も友達が出来る事はなかった。

 僕は彼女の遊び相手になるため連れて来られ、一人で絵を描いて遊んでいた彼女に出会った。彼女は皆にそうであった様に、僕の事など気にも留めないで、ただ黙々と、絵を描いていただけ。こちらから何を話しかけても反応せず、明らかに僕の事を無視していた。

 そんな彼女に言った言葉がある。「絵、下手くそだね」と。


「どうなのよ。本当に騎士になるつもり?」

「うん。父さんと同じ様に、僕も立派な騎士になりたいんだ」


 彼女と初めて出会い、僕が絵を下手だと言った時、その場に居合わせた、父さんもメイドさんたちも凍りついた。三歳とは言え、一国の姫である。その姫に対して無礼であったと、今でも反省している。

 でも、予想もしなかった事が起きたのは、その時である。彼女は僕に、絵を描くのに使っていた色鉛筆を突き出した。「お前が描いてみろ」と言いたかったのか、僕に色鉛筆を渡したのだ。姫には逆らえず、仕方ないと思って、僕は紙に絵を描いてみせた。

 僕が描いてみせたのは、姫の似顔絵。絵には少し自信があって、姫の似顔絵は上手に描けたと思う。少なくとも、彼女よりは絵は上手かったと思う。

 似顔絵を見た彼女は、僕をじっと睨んでいた。その目は、「なんで私よりも上手く描けるのよ」と言っていたのを、思い出す。

 それからだ、彼女と一緒に遊ぶようになったのは。


「てっきり、画家になるんだと思ってた。騎士なんて、あんたには似合わないのに」

「そっ、そうかな・・・・・・。僕じゃあ騎士なんて無理なのかな・・・・」

「あんた、優しすぎるから。騎士になったら誰かと戦うような事もあるのよ?あんた、人を傷つけるなんて出来ないでしょ」

「でも・・・・・・、騎士になるのは僕の夢だから」


 あの出会い以来、彼女とはよく遊ぶようになった。

 その後、彼女には僕以外にも、親友と呼べる友達が出来る。とある帝国の女王と知り合い、二人は今では、手紙の遣り取りをする仲だ。僕も今では、手紙の遣り取り位でしか、彼女と話す事はない。

 あの出会いから二年間は、彼女に会いに行って、よく遊んでいた。部屋で絵を描いたり、城の中でかくれんぼをして遊んだり、彼女に恐ろしい悪戯を仕掛けられたり・・・・・。

 聡明だが、悪知恵も働く彼女に、何度酷い目に合わされたか。でも、今ではそれも大切な思い出だ。

 彼女と顔を合わせて話したのは、この時が最後。彼女が僕に、騎士になるのかと聞いた時だ。


「親父の跡を継ぐっての?代々騎士の家系だからって無理に騎士になる事ないのよ。私と違って、あんたには自由があるんだから」


 五歳だった彼女はこの時から、自由というものを渇望していた。姫に生まれてしまった彼女には、自分で人生を選択出来る自由はない。この国の将来のために、一国の姫として生きるしかないのだ。


「そうだね。僕は騎士に憧れてるけど、だからって今後の人生を、一生騎士として生きるまでの覚悟はないかな。ただ、家系がそうだからって言う理由で、目指してるだけかも知れない・・・・・・」


 幼い頃から、騎士である父親の背中を見て育った。騎士としての強さや生き様を見ていた僕は、騎士である父を、かっこいいとずっと思っている。

 騎士に興味があったのは事実だ。父親の影響と言うものである。

 特になりたいものはなく、将来に目標なんてない。そんな僕にとって、興味があった騎士と言うものは何か?僕にとっての騎士とは、自分の人生を何も考えないで選んだ、とりあえずの目標の様なものでしかない。それを僕は、将来の夢と言ってしまっている。


「ふざけてんの?もっと自分の事考えな、馬鹿アニッシュ」

「ごめん・・・・・・」

「なんかあるでしょ。騎士以外にこれになりたいとか、なんかやってこうしたいとか」


 彼女は許せないのだろう。自分よりも自由がある人間が、人生を自由に生きない事が。

 自分には、人生を選択する自由がないというのに、僕が自由を軽んじている事が許せない。彼女らしいと思う。そんな彼女だから、僕はずっと尊敬している。


「なりたいものはないけど、騎士以外にも夢はあるかな」

「なによそれ。言ってみなさいよ」


 この時僕は、不自然な程に顔を赤らめていただろう。彼女が僕の顔を見て、首をかしげていたのを思い出す。何でこいつは顔を赤くしてるんだと、彼女の顔に出ていた。

 僕はこの時言った言葉を、忘れた事はない。忘れるわけがない。今までで一番恥ずかしかった事だし、僕の人生の目標になる、そのきっかけを作った事なのだから・・・・・・。


「恥ずかしいよ」

「それで顔赤くしてるわけね。気になるわ、アニッシュが恥ずかしくて言えない夢って何よ?」


 本当は、こんな事言ってはいけなかった。

 それがわかっていて、僕はこの時言ってしまった。


「しっ、シルフィの・・・・お婿さんになりたい・・・・・」

「へえー、そうなの。私のお婿さんになるのが夢なんだ・・・・・・・・・・・」

「うっ、うん。僕、シルフィと結婚したい」

「・・・・・・・・・」


 僕は顔真っ赤にしていた。でも、僕以上に、彼女は顔を真っ赤にしている。顔を真っ赤にして、反応がない彼女。

 忘れられるものか。このとても恥ずかしがった彼女の、今まで誰にも見せた事のない、可愛い顔を忘れるなんて出来なかった。


「あっあっあっあっ、あんたなに言ってるのよ!?冗談?冗談でしょ!?私と結婚したいですって!!」

「冗談なもんか!僕は本気なんだ」

「・・・・・・あんたがここまで馬鹿だったとは思わなかったわ。私王族よ?あんたは平民。私たちが結婚なんて出来るわけないでしょ」

「絶対に叶わない恋だよ。だから僕の夢なんだ」


 言ってしまった。隠してきた本当の気持ちを。

 初めて会った時は、彼女の事を生意気な子だと思った。三歳にしては可愛げがないし、全く喋らなかったからだ。遊んでいる内に、少しずつ彼女とは仲が良くなり、会話をするようになった。この時もまだ、恋を感じてはいない。恋を感じるより先に思ったのは、「なんて性格の悪い幼女なんだ」だった。

 五歳になると、口の悪さはさらに磨きがかかった、普通ならば、こんな少女は嫌だと思う事だろう。そう思える程に、彼女は性格も口も、五歳のくせに悪かったのだ。

 そんな彼女に恋をしてしまった理由。それは、悪い人間の見本のような彼女に、尊敬の念を抱いたからである。


「私のどこがいいのよ!?こんな性格も何もかも最悪の私の何が良いの。私、あんたに何かした?」

「何もしてないよ。僕と違って、強く気高く生きようとするところ。自由を求めるところとか、気が付いたら尊敬してたんだ。シルフィを尊敬するようになって、いつも君だけの事を考えていたらいつの間にか・・・・・・好きになってたんだ」

「!?!?!?!?」


 この時の言葉を夢の中でもう一度聞くと、穴があったら入りたい気分になる。

 昔から父親に、丁寧な言葉遣いを心掛けろと言われ、十歳の言葉遣いではない話し方をしていた。今思えば、かなり歳不相応で、ませていた台詞を言ったと思う。

 でも、言葉遣いは何であれ、本心を話したのは事実だった。彼女は大層混乱していた。


「・・・・・・私たちは結ばれない。それはわかってるわよね?」

「うん。でも、僕は君が好きなんだ」

「あんたの気持ちはわかったわ。・・・・・・・・・私も嫌いじゃないから」

「えっ?今なんて言ったの?」

「っ!?だーかーらー、私もアニッシュのこと嫌いじゃないって言ってんの!!」


 嬉しかった。彼女が僕の事を嫌いではないと言ってくれた、その言葉だけでも嬉しかった。

 好きな人に嫌いではないと言われる。だからと言って、好きと言われたわけではない。それでも、嫌われていなという事は、僕にとって嬉しい言葉だった。


「嬉しいな。シルフィに嫌われてないってわかって、ほっとした」

「ふん、嫌いじゃないってだけなんだから」


 この時、彼女はある事を思い付いた。そして、彼女が思い付いた事こそ、僕の何もかもを変えてしまう。


「良い事思い付いたわ」

「どんな事?」

「あんたはそのまま騎士を目指しなさい。そして、チャルコ国最強の騎士になるのよ」

「ぼっ、僕が最強の騎士に!?」

「そうよ。アニッシュは私が好きなんでしょ?だったら騎士になって私を守ってよ。私のために生涯忠誠を尽くすの。いくらあんたが馬鹿でも、これなら出来るわよね」


 僕はこの時慌てふためいた。あまりにも突拍子のない命令であったからだ。

 五歳の少女に命令される十歳の少年。姫と平民の関係でなかったら、何とも滑稽な話だっただろう。滑稽に見えるかも知れないが、彼女は真剣で本気だった。本気で、将来自分に忠を尽くせと命令したのだ。

 僕は慌てていたが、この時心を決めた。好きな彼女のために一生を捧げると、馬鹿らしくとも素晴らしい選択をする。


「私は姫の立場での結婚はしない。政略結婚なんか論外よ。私は自分が認めた相手とだけ結婚するから。だからアニッシュ、あんたが最強の騎士になって、生涯私に忠を尽くすと誓うなら・・・・・」

「その時は?」

「私はあんたと結婚してあげる。周りは全部黙らせるから、何も心配しないで、あんたは私のために騎士を目指すのよ。わかった?」


 彼女は僕の前で、初めて微笑んで見せる。この時の微笑みは、まるでおとぎ話の天使の様に、綺麗で優しいものだった。

 絶対に僕は忘れない。この時の言葉も微笑みも、彼女との思い出全部を、僕は決して忘れない。

 大好きな彼女が言ったのだ。僕に将来の目標と夢をくれた少女は、今でもこの時の事を、憶えているのだろうか。

 憶えていて欲しい。僕が一日たりとも忘れなかった、あの日の約束を・・・・・・。


「アニッシュ、あんたならなれるわ。だってあんたは、私の唯一無二の騎士なんだから」






 夢から覚めて、現実に引き戻された。

 自室の窓から朝日が差し込み、その光によって目を覚ます。ベッドの上から体を起こし、先程まで見ていた夢を思い出した。

 二年前、最後に彼女と直接会って話した、あの日。当時十歳だった自分と、五歳だった彼女との約束。

 あの時二人は、一つの約束を交わした。現在は騎士見習いの、アニッシュ・ヘリオース。アニッシュは彼女に願われて、騎士を目指している。

 現在の彼女は、チャルコ国の姫殿下、シルフィ・スレイドルフ。彼女はこの国の姫として、今日までその責務を、投げ出す事はなかった。


「シルフィ・・・・・」


 彼女の名を呟く。自分がこの世界で、最も愛する彼女の名を。

 懐かしい夢をアニッシュは見た。彼が本気で騎士を目指すようになった、そのきっかけの出来事を、夢で見た。何故、今になってこんな夢を見たのか。その理由は、今日執り行なわれる、儀式に関係している。


(約束、守れなかったよ・・・・・・)


 彼女との約束のため、騎士になろうと今日まで、努力の限りを尽くし、辛く厳しい毎日を過ごしてきたアニッシュ。同年代の友達と遊ぶ時間さえ、鍛練に費やし、寝る間も惜しんで、騎士になるための勉強もしてきた。騎士になるために今日まで、許される全ての時間を、彼女との約束のために使ってきた。

 真面目過ぎるアニッシュは、周りの騎士見習いたちから奇異の目で見られ、いつしか彼らから無視されるようになった。あまりにも必死な彼を、周りの見習いたちは、誰一人として理解せず、気持ち悪がったのである。

 周りから孤立しながらも、アニッシュは全てを懸けていた。彼には周りなど関係なく、ただシルフィのために、全力で生きていただけなのだ。

 だが、そんな生き方は終わりを迎える。騎士になる目標も失われた。

 何故なら、彼女はこの国を去ってしまうのだから・・・・・・。


(ごめん、シルフィ・・・・・)


 今日、チャルコ国の姫、シルフィは結婚する。相手はエステラン国の王子だ。

 アニッシュにとって二人の結婚は、人生で初めて経験する、絶望と言えた。


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