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第五話 愛に祝福を  前編 Ⅶ

 二日目。

 軍事顧問としてこの地に訪れたリックたちは、表向きの仕事をこなす必要がある。

 リックとメシアは王との謁見に向かい、イヴとメイファは、メイド兼護衛として二人に付いている。そしてクリスとロベルトたちは、チャルコ騎士団の訓練に付き合っていた。

 見習い騎士の者たちも含め、演習場では合同の教練が行なわれている。ロベルトたちに比べれば、実戦経験の浅い未熟な騎士たち。彼らの日頃からの訓練を観察し、駄目な部分や改善が必要な部分を、ロベルトたちは意外にも、丁寧に教えていた。

 元々ロベルトたちは、短い期間ではあったがこの国にいて、騎士団とは面識がある。面識があり、互いを少しだが理解しているため、特に衝突もなく、教練は順調であった。

 しかし、順調ではあるのだが、ただ一人、この場で嫌々教練に付き合っている者がいる。


(なんだってこの俺がガキのお守りなんだよ・・・・・・)


 ロベルトたちは、チャルコ騎士団の訓練を見ている。そしてクリスは、チャルコの見習い騎士の面倒を見ていた。見習い騎士の事を見て欲しいと、チャルコの騎士団長に頼まれたリックは、その役をクリスに一任したのである。

 理由は簡単で、クリスの性格では、騎士たちと衝突しかねないと思い、見習い騎士の少年たち相手ならば、喧嘩など起こす事はないだろうと考えた、リックの判断だ。


(めんどくせぇ・・・・・・)


 クリスの目の前には、見習い騎士の少年たちが集まっている。

 少年たちは、チャルコの見習い騎士の証である武器、騎士用のランスを持つ。チャルコ騎士団の特徴は、伝統として、ランスが主武装という点だ。帝国騎士団は剣や槍が主武装なのに対し、こちらはランスで統一されている。

 ランスで統一されているのは、チャルコ建国の歴史の中で、初代チャルコ王が騎士団の武器をランスと定め、それが受け継がれてきたのが理由だ。

 教える側のクリスは、ランスを使った事がない。勿論ロベルトたちもである。

 彼らがチャルコ騎士に教えられるのは、実戦での動き位だ。実戦経験が全くないチャルコ騎士団は、実戦と言うものを知らない。そんな騎士たちに、実戦経験豊富な元傭兵のロベルトたちは、経験から学んだ、実戦での動き方を教えている。立ち回りや、複数人相手の戦闘の仕方などを教え、実戦で使えるように、彼らの訓練を見ているのである。


「しょうがねぇ。おいガキども、俺は説明が苦手だ。敵の倒し方を実際に見せてやるから、目ん玉開いてしっかり見てろ」


 そう言うとクリスは、見習い騎士の中から三人を選び出し、彼らにランスを構えるよう言った。


「お前ら三人、俺が相手してやる。本気でこい」


 見習い騎士の少年三人と、クリスの模擬戦が始まった。少年たちは、突然の模擬戦に戸惑いながらも、それぞれのランスを構える。

 クリスも自分の剣を腰より抜き、いつもの構えに入る。構えたクリスの隙を窺う少年たちであったが、目の前の剣士に、隙は全くない。やがて、隙を窺うのをやめた少年の一人が、一気に距離を詰めて、クリスへと迫った。

 ランスをクリスへと突き出した少年であったが、その攻撃は彼の剣技によって弾かれる。剣でランスをいなし、少年の攻撃を回避した後、ランスを握っている少年の手の甲に、剣の柄を叩きつけた。叩きつけられた痛みによって、少年はランスを地に落とす。

 一人が速攻で無力かされ、残りの二人が驚いた隙を付き、今度はクリスが、先程の少年以上の速さで、一気に二人との距離を詰める。慌てて反撃しようと、ランスを突き出した少年たちであったが、狙いも定まっていない、その攻撃が通る事はなく、容易く躱されてしまう。

 躱したクリスは、一人目の少年にしたのと同じ様に、剣の柄をランスを握る手に叩きつける。叩きつけられた痛みにランスを落とし、一人目と同じように、無力化されてしまった残りの二人。


「次だ。今度はそこの三人、構えやがれ」


 模擬戦を観戦していた見習い騎士たちの中から、今度は別の三人を選択し、先程と同じ様に、ランスを構えさせる。

 速攻で倒された三人を見て、クリスが相当な腕の剣士だと知った少年たちは、一層集中してランスを構えた。

 またも三対一の状況だ。三人の少年たちはこちらから手を出さず、クリスから仕掛けてくるのを待っている。自分たちから仕掛けても、きっと返り討ちに合うだろうと言う判断だ。


「来ねぇのか?なら、しょうがねぇな」


 剣を構えているクリス。面倒くさいと言う表情を見せながらも、全く彼に隙はない。


「驚いて小便ちびんなよ」


 クリスがそう言った瞬間、ランスを構える少年たちの目の前に、突然それは現れた。

 何もない空間に、突然電気が生み出され、まるで火花の様に、ばちばちと発光したのだ。目の前で光った電気に驚き、クリスへの注意が一瞬逸れる。

 隙をついたクリスは、俊足の速さをもって、一気に距離を詰めた瞬間、三人のランスを次々と剣で弾き飛ばす宙をも舞う少年たちのランス。またも、速攻で少年たちを無力化したクリス。それを見ていた周りの見習い騎士たちから、クリスへの感嘆の声が上がる。


「目の前の敵が魔法を使ってこないとも限らねぇ。敵と相対したら常に警戒を怠るな。それと、油断もするんじゃねぇぞ。油断して死ぬのは、てめぇ自身って事を忘れるな」


 見習い騎士全員の、クリスを見る目が変わった。先程までは、「どうしてこんなやる気のない男が自分たちの講師なのか?」と言う、疑問と納得のいかない気持ちが、顔に表れていたのだが、今は、素晴らしい剣技を見せた彼に対して、尊敬の眼差しを送っている。

 見習い騎士の少年たちから見ても、クリスの剣技は、圧倒的で素晴らしいものだった。


「いいか、一度しか言わねぇぞ。油断をするな、警戒を忘れるな、あとは敵から絶対目を離すなだ。よく覚えとけ」


 少年たちから、大きな声で返事が返ってくる。

 この二回の模擬戦の後、クリスは彼らに、一対一の模擬戦をするよう命令し、少年たちの勝負を見てまわった。クリスは自分が駄目だと思うと、口は悪いが注意をして、少年たちの講師をよく務めている。


(めんどくせぇが、脳筋槍女よりはマシだな。こいつらの方が素直に言う事聞きやがる)


 ここにはいない、犬猿の仲の相手の事を考える。

 少年たちのランスを見て、帝国軍の十文字槍使いの少女レイナを思い出したのだ。顔を合わせば喧嘩が絶えず、未だに決着のつかない、自分と互角に戦う相手。今のクリスの目標の一つは、彼女との決着を必ずつける事である。

 そんな事を考えながら、少年たちを見てまわっていると、一人の見習い騎士が、彼に近付いて来た。その少年の事を、クリスは覚えている。


「クリスティアーノさん」

「お前、確かアニッシュだったな。何の用だよ?」


 見習い騎士アニッシュ・ヘリオース。彼もこの場に、見習い騎士の一人として参加していた。

 昨日の怪我はまだ治りきっていないはずだが、彼はこの訓練を、休まず参加していたのだ。青を基調とした、見習い騎士専用制服に身を包んでいるため、見た目ではわからないが、恐らく服の裏側には、昨日の傷跡が残っているのだろう。

 見習いであろうと、彼も騎士だ。そんな騎士を、自分の鬱憤を晴らすために痛めつけた、あの王子を、クリスは一人の剣士として絶対に許せない。アニッシュを見ると、彼は昨日の怒りを、思い出さずにはいられなかった。


「こんな事を頼める立場ではないのですが・・・・・・。どうしても、お願いしたい事があります」

「なんだよ、面倒な事じゃないだろうな?」

「僕と、一対一の模擬戦をやって頂けませんか」


 一人前の騎士に早く近付きたいのか。それとも、自分の腕に自信があるのか。

 クリスはアニッシュの頼みを断ろうとした。理由は、自分と彼の実力差は離れ過ぎているためだ。 昨日の王子とアニッシュの戦いを見ていたクリスは、本調子ではなかったとしても、彼の技術や能力を、ある程度把握していた。

 そこから自分との実力差を考えれば、勝負にはならないと分かる。アニッシュも、それはわかっているはずだ。

 模擬戦をやったとしても、自分が相手では、彼の糧になる事はないと判断したのだ。しかも、クリスは剣士であり、ランスの事で、教えられる事はほとんど無い。

 だから断ろうと考え、彼に駄目だと言ってやろうとした、その時・・・・・・。


(なんだ、こいつ・・・・)


 彼の眼には、他の少年たちにはない、何かが宿っていた。気迫とも言えるし、怒りにも見える。言葉にするのが難しい何か。

 クリスは思う。まるで、死に急いでいるような目だと・・・・・。


「お願いします!僕に稽古をつけてください!!」


 アニッシュは頭を深く下げて、クリスへと頼む。

 周りで模擬戦をしていた他の少年たちが、何事かと二人に注目し始める。


(ちっ、厄介な事になりやがった)


 隠さず舌打ちする。

 やがてクリスは、断るのをやめた。






 一方その頃、リックたちのいないヴァスティナ帝国では、荷物をまとめ、荷車に乗った二人が帝国を出発しようとしていた。


「では、リックの事を頼むよ」

「言われるまでもない」


 軍師エミリオは槍士レイナに、とある物資を託した。その物資が、リックの助けになると考えた、彼の独断である。

 荷車にはシャランドラも乗っている。物資と二人を乗せたこの荷車は、シャランドラ試作の、ある発明が搭載されており、彼女は調整や制御も含めて、同行するのだ。


「準備完了や!いつでも出れるで」

「・・・・・・本当に大丈夫なんだろうな」

「まかしてくれやレイナっち!この試作魔法動力機関があれば、チャルコなんて速攻着けるで!」


 荷車には、まだ試作段階の魔法動力機関が搭載されている。この動力機関が荷車の車輪を回し、馬などの牽引なしで、前に進めると言うわけだ。

 レイナには、この動力機関の仕組みなどは全くわからない。しかし、シャランドラの事はよく知っている。

 彼女のとんでも発明品が、如何に信用できないのかも・・・・・・。


(不安だ・・・・・・。私は無事に辿り着けるのだろうか)


 自分の主人のもとへと、すぐにでも馳せ参じたいレイナ。だが、彼女の発明品に頼って、無事に辿り着けるのかが、不安で仕方ないのである。


「よかったよ、まだ出発していなかったんだね」

「リリカ様!?一体どうしたと言うのですか」


 レイナが不安を感じていると、二人の乗る荷車を目指し、小走りに一人の女性が向かって来た。自称かつ事実の、美人で自由な旅人リリカである。荷車に辿り着き、何の断りもなく、その中へと彼女は乗り込んだ。


「どうしたんですかリリカさん?まるで、何かから逃げている様に見えますが」

「察しがいいねエミリオ。あれが宰相にばれてしまったのさ」

「まさか、全部ですか?」

「宰相がゴリオンに詰め寄って、全部吐かせたようだ。やはりホルスタインヘルガーでは駄目だったね」

「わかりきってた事やんか!あれでばれん方がおかしいで!」


 どうやら、盗み出したシュタインヘルガーの事が、被害者である宰相に知られてしまったようだ。

 宰相の怒りから逃げようと、帝国を発つ二人に、彼女は同行しようとしている。


「それと、私の護衛としてあの子も連れて行く」

「あの子?」


 リリカともう一人、レイナよりも少し歳が上であろう女性が、荷車まで走ってくる。帝国軍の制服に身を包み、腰には一本の剣を差していた。


「逃げる途中で出会ってね。可愛かったから連れてきてしまったよ」

「可愛かったからって・・・・・、そんな理由で」


 騎士団長のメシアとは違う、日々の鍛錬によって日に焼けた肌。身長も女性にしては高く、服の上からでも、鍛えられているこ事がわかる、体格の良さ。


(この女性・・・・どこかで・・・・)


 レイナはこの女性を知っている。だが思い出せない。

 どこかで見た事があるのは、間違いないのだが・・・・・・。


「ほら皆、早く出発しよう。ぐずぐずしていると、怒りに燃えた宰相が来てしまう」

「了解や姉御!ほな、魔法動力機関起動!!」


 凄まじい騒音だった。シャランドラが荷車に取り付けられているレバーを引くと、空気が激しく震動し、聞いた事のない、爆音の様な激しい音が鳴り響く。

 ぎゃりぎゃりと激しい機械音が聞こえ、荷車自体も小刻みに震動している。

 この動力機関を搭載し、荷物も積まなければならない関係上、この荷車は、通常よりも大型に設計されたものだ。元々は、魔法動力機関の試運転用に作られ、数日後には試験運用をするはずであった。

 しかし、エミリオがリックへの支援物資を送ると提案したため、それを聞いたシャランドラは、動力機関のテストには最適だと考え、この荷車を用意した。

 こうして今回、試験運用も兼ねての、物資輸送の旅が計画された。そしてこの瞬間、シャランドラが技術の粋を結集して設計した魔法動力機関は、今まさに起動したのである。


「よっしゃあああああ!!こいつは絶対いけるで!」

「・・・・・不安だ」


 リリカが護衛として連れてきた女性も、急いで荷車へと乗り込む。寡黙な女性らしく、特に言葉を発しない。

 全員が荷車に乗り込むと、エミリオが歩み寄ってきた。


「皆さん、彼の事をよろしくお願いします」

「ふふ、任されたよ。では行こうか諸君、出発だよ!」

「ほいきた、機関最大!全速前進や!!」


 荷車は、凄まじい騒音を上げて動き出した。

 目指すはチャルコ国。シャランドラ恐怖の発明品に乗る旅が、レイナの不安もお構いなしに、始まってしまった






「はあっ!せいっ!はああああああっ!!」


 帝国をレイナたちが出発して、数時間が経過した。彼女たちが向かっている事など、当然だが全く知らないクリスは、チャルコ国演習場にて、一人の見習い騎士と模擬戦をしている。


「大振り過ぎんだよ!!」

「っ!?」


 見習い騎士の少年アニッシュ。そして剣士クリスティアーノ。

 二人は模擬戦で、激しくぶつかり合っていた。アニッシュのランスの鋭い突きを、簡単に躱して反撃するクリス。ランスを剣で弾き飛ばし、アニッシュの制服の襟を掴んで投げ飛ばす。

 地面に叩きつけれたアニッシュであったが、疲労と痛みに堪えながら、立ち上がろうとする。

 これで何度目かわからない。これが何戦目なのかも忘れてしまった。クリスはアニッシュを負かし続け、その度にこの少年は立ち上って、ランスを手に、再び戦いを挑む。それがもう、何回も何回も繰り返されているのだ。


「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・・」

「立つんじゃねぇ!何度やっても無駄だ!」

「はあ、はあ、・・・・もう一度・・・お願いします!」


 アニッシュに模擬戦を頼まれたクリスは、他の見習い騎士の訓練の面倒を見て、全員が演習場からいなくなった後に、彼との模擬戦を始めた。

 決着は一瞬でついた。当然クリスの勝利である。

 しかし、アニッシュは再戦を希望した。彼は何度もクリスに挑んでは負け、その度に立ち上がる。何度もそれを繰り返して、気が付けば日も暮れてしまった。

 アニッシュ自身はもう限界である。疲労困憊で、目の焦点も合っていない。足もふらつき、ランスを握る手に力もなく、いつ倒れてもおかしくなかった。


「てめぇ、なんでそこまでする。何がお前を立ち上がらせる。これ以上は無駄だってわかってんだろうが!」

「はあ、はあ、・・・・・すみません」

「謝るんならもう俺に挑むな!いい加減にしやがれ馬鹿野郎!」


 クリスにはわからない。何故、彼がここまで自分を酷使し続けるのか。

 それがわからないために、クリスは腹が立って仕方がない。まだ十二歳の少年である、彼の執念。騎士を目指す彼には、目指すその先に、何か大切なものがあるのを察した。その大切なもののために、彼は戦っているのだ。

 その大切なものとは何か。そこまでする価値があるのか。


(イライラするぜ。ガキがなんだってこんなになってまで戦おうとする)


 子供は子供らしくしていろと、それがクリスの考えだ。

 だが、眼前の少年は、クリスの考えに反している。他の見習い騎士の少年たちとは全く違う、騎士になるために、人生を懸けたこの執念。己の限界を超えるため、クリスに勝利しようとする。


「僕は・・・・僕は絶対に・・・・・・」


 アニッシュの意識が遠退いていくのがわかる。

 彼は自分の気持ちを、無意識の内に、口に出し始めた。


「絶対に騎士になって・・・・・・一生・・・・お守りします」

「お前・・・・・・」

「・・・シル・・・・フィ・・・ひ・・・・め・・・・」


 アニッシュはようやく倒れて、そのまま意識を失ってしまった。

 気を失ってしまった彼に近付き、その体を抱き起す。少年の体は自分よりも小さく、まだ子供である事が、よくわかる。こんな小さな体で、彼が守ろうとしている存在。

 騎士になる事で、少年は大切な何かを、生涯を懸けて守ろうとしている。大切な何かとは、薄れゆく意識の中で、途切れ途切れに呟いた、この国の姫殿下の名前が答えとなる。


「お前の守りたい奴は、あの不良姫殿下ってわけか・・・・」

「・・・・・・・・」


 リックも言っていた。アニッシュは姫に対して、特別な感情を持っていると。

 それは間違いない。この国の騎士となって、シルフィ姫を守る。それこそが彼の、騎士を目指す最大の理由なのだ。

 彼にとって姫が、どんな存在なのかはわからない。ただ、彼女の事を守りたいと言う、気持ちは伝わった。

 しかし、守りたい存在である彼女は、いずれ・・・・・・。


「わかってるだろ、あの姫はもうすぐ結婚するんだよ。くそったれの王子の嫁としてな」

「・・・・・・・」

「そんで姫はエステランに行っちまう。お前の大切なものは離れちまうんだぞ」


 アニッシュがシルフィに、どんな感情を持っているのかはわからない。だが、それが何であろうとも、彼にとって不幸になる想いだろう。

 彼の望む未来に、恐らく彼女はいない。現に今、彼女はこの国を離れようとしている。彼女の意思に反してだ。


「それでも騎士になるつもりかよ、お前は」


 溜め息をつく。つかずにはいられなかった。


(ガキがここまでやって・・・・・、結局報われないのかよ)


 抱きかかえたアニッシュを医務室に運ぼうと、城へと戻っていくクリス。珍しく、少しやり過ぎたなと反省しつつ、治療のために城へと急ぐ。彼のランスも回収して。


「クリスくーん、こんなところで何やって------、あっ、アニッシュ君!?」

「女装男子か。丁度いいぜ、お前も運ぶの手伝え」

「まさか、アニッシュ君をいじめたんじゃないよね。もしそうなら・・・・・・」

「ざけんな、俺がそんな面倒な事するかよ。こいつが悪いんだ」


 偶然クリスを見つけて、話しかけてきたイヴであったが、抱きかかえられているアニッシュの存在を見て驚く。気を失った、ぼろぼろの彼を見て、クリスが彼を痛めつけたのだと思ったイヴは、仕込みメイド服の中から、銃を抜こうとする。

 イヴはアニッシュの事を気に入っている。その彼が痛めつけられたのが、我慢出来ないのだろう。


「模擬戦して何度も挑んできやがったんだ。気を失うまでな」

「そうなの?」

「物騒なもん出そうとすんじゃねぇ。それで、てめぇはこんなところで何やってんだ?」

「リック君がクリス君を呼んで来いってさ。なんかね、良い考えが浮かんだんだって」

「良い考え?」


 リックの良い考えは、ろくなものではない。イヴよりも長い付き合いのクリスは、その事をよく知っている。嫌な予感しかしないのだ。


「リック君ね、結婚阻止の計画考えてたんだけど、中々良い考え思いつかなかったの。どうやったら結婚式を行なわせないように出来るかってね」

「まあ、いまんとこ良い手はないからな」

「それでね、僕が言ったの。いっそ結婚式の日に雷でも落ちて、式が中止になっちゃえば良いのにって言ったの。だってさ、式の日に毎回そう言う事が起これば、結婚なんて出来ないでしょ?」

「馬鹿かよ。そんな都合の良い事が毎回起こるわけねぇだろうが」

「リック君にも同じ様な事言われたんだけどね、そしたら急に何か閃いたみたいなの。部屋で楽しそうに笑いながら、作戦考え始めたの」


 イヴの言葉は、リックの頭に、作戦を考えるきっかけを与えたらしい。

 笑いながら計画していると言う事は、恐らくいつもの、悪い癖が出ているに違いない。今頃は、邪悪な笑みを浮かべて、思考を巡らせている事だろう。


「こりゃあやばいな」

「僕もそう思う。絶対とんでもない事やらされる」


 二人の不安は的中する事になる。

 それはとても大胆で、とても馬鹿らしく、とても恥ずかしい、本当にそんな事をやるのかと、耳を疑ってしまう、とんでもない計画が練られようとしていた。






 結婚式まであと五日。

 チャルコ国とエステラン国の政略結婚に待ち受ける、帝国参謀長の計画が、どんな結果を招くのか。

 この時はまだ、誰も知らない。


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