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第五十八話 そして君が私を撃つ Ⅷ

「駄目だ姉御!! 全部撃ち切っちまった! 重戦車も砲弾どころか機銃弾一発残ってやしねぇ!」


 トロスクスの街の広場を最終防衛線とし、激しい抵抗を続けていた第零戦闘団の奮闘も、終わりの時がやって来た。

 小銃も拳銃も全弾撃ち切って、最後の武器は銃に取り付けた銃剣のみとなったヘルベルトが、同じく弾切れとなって拳銃の構えを解くリリカへ叫ぶ。銃火器を操る鉄血部隊は全員、ヘルベルトと同様に銃剣やナイフを抜き、最後の瞬間まで戦い続けようとしていた。

 防衛は限界を超え、半分以上の仲間が重軽傷者の有様である。鬼神の如く戦い、多くの敵を屠ったレイナとクリスでさえも、傷だらけとなり肩で息をする状態だ。

 第零戦闘団は満身創痍に陥ち、最早戦闘能力はほとんど残ってはいない。それにも関わらず、反乱軍は総力戦に移り、残る弓兵と魔法兵を全て投入し、歩兵部隊に防衛線を突破させようとしている。

 

 全軍を指揮するリリカは、弾切れの愛銃をホルスターへと収めると、空を見上げて深く息を吐いた。

 「ここまでだ」と悟り、これ以上の時間稼ぎは不可能だと判断したリリカは、最後の命令を下す必要を迫られる。命令の内容は、玉砕か撤退かの二択であった。

 完全包囲されたこの状況では撤退は不可能であり、彼女達に逃げ道はない。元々撤退など考慮していない作戦で、援軍が来なければ全滅を待つだけである。

 指揮者たるリリカの命令は、玉砕以外なかった。仮にここで全員戦死したとしても、援軍が到着すればリックの勝利に終わる。彼女はこの場で全員を犠牲にしてでも、最終的にリックが勝利できるなら、それで構わないと考えていた。

 

「⋯⋯⋯まったく。人を待たせるのが好きな男だ」


 呆れたように文句漏らすリリカが、最後の武器となるナイフを抜き、妖艶な笑みを浮かべて敵を見据える。今ここで目の前にリックが現れたなら、「遅い」と言って、彼を殴りたい衝動に駆られていた。

 ただ、エミリオやミュセイラを相手にし、一日すら持たせられなかったのは、作戦を考えたリックだけでなく、リリカ達の責任でもある。二人が振るう采配の力を甘く見たが故に、この状況を生み出してしまったからだ。

 

「逃げろ姉御!! 戦車が狙ってる!!」


 玉砕を覚悟したリリカへ、接近戦の真っ只中にあるヘルベルトが危険を叫ぶ。リリカの眼前には、防衛線の向こう側から砲口を向ける、反乱軍の最後の戦車が迫っている。

 激戦の渦中で、二両残っていた敵戦車も、最後の一両となってしまった。この一両が、重戦車の沈黙を前にして、戦車砲を向け突撃を敢行している。今まさに敵戦車は、リリカの立つ位置に向け、発砲を行なおうとする直前だった。


「リリカ様!!」

「伏せろ姉さん!!」


 戦車に一早く反応したレイナとクリスが、リリカを庇う様に彼女の前で現れる。しかし、無慈悲な敵戦車の砲口は、三人を纏めて吹き飛ばすべく、砲弾を放とうとしている。

 ヘルベルトも、盾となろうとするレイナとクリスも、鉄血部隊や烈火と光龍の兵士達も、そしてリリカ自身でさえも、死という言葉が脳裏を奔る。誰もが諦めるその光景が、反乱軍の勝利を決定付けようとしていた。

 だがそんな勝利は、この時を待っていた彼らが許さない。

 砲塔を向けて迫る敵戦車の直上から、一発の爆弾が急降下によって投下され、戦車上部の装甲を貫き爆発する。


「!」


 目を見開き驚愕するリリカ達の眼前で、最後の敵戦車は爆撃により破壊される。大炎上して沈黙する戦車の真上を、竜騎兵が舐めるように飛行して見せ、そこから上昇して再び大空へと舞い戻っていく。 

 見間違いようもない。あれはヴァスティナ帝国国防軍が有する、ローミリア大陸唯一の航空戦力、帝国国防空軍の飛行大隊である。


「リリカ様! あの竜に乗っているのは⋯⋯⋯!」

「はんっ! 空の飲んだくれ連中が助けにきやがったぜ!」

 

 リリカ達が空を見上げると、全機爆装した竜を操る竜騎兵達が、次々と爆撃を開始して、第零戦闘団に群がっていた敵を吹き飛ばしていく。帝国国防空軍の飛行大隊が、彼女達の窮地を救い、反乱軍の掃討を開始したのである。

 急降下爆撃を成功させた竜騎兵が、旋回しながらリリカ達に向け、片手を力強く掲げて見せる。それを見たリリカ達は、自分達の窮地を救ったのが、飛行大隊の隊長であるドラグノフであったと知る。

 

「おい姉御、ドラグノフの奴が⋯⋯⋯!」

「ああ、見えているよ。目立ちたがりな子だね」


 遅れてリリカの傍に駆け寄ったヘルベルトが、彼女達同様に驚きを隠せず叫ぶ。対してリリカは、初めこそ驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻し、上空を飛び回って猛威を振るう飛行大隊を、笑みを持って迎えていた。

 だが、その笑みに歓喜はない。あるのは彼女の瞳に映る憂いと、深い悲しみだった。


「どういうことだよ姉御! あいつらはエミリオに付いてたんじゃなかったのか!? これも隊長の仕込みってわけじゃないんだろ!?」

「⋯⋯⋯君達の信じたエミリオが、やっと告白してくれたのさ」

「じゃあ、やっぱりあの馬鹿は⋯⋯⋯!」

「リックといい、エミリオといい⋯⋯。女を待たせる悪い趣味があって困るよ」


 エミリオの真意が、自分達の想像した通りだと皆が確証を得た時、彼女達の胸にある感情は、彼へと向けた怒りと悲しみだった。それは裏切り者に向けたものではなく、どこまでも愚かで、どこまでも愛おしい仲間へと向ける感情だ。

 自分達の役目は果たされた。そしてこれ以上は、もう何もできる事はない。

 戦いに勝利し、上空の来援を見つめる彼女達は、勝利の美酒に酔う事もできず、自分達の無力さを思い知る事しかできなかった。










 あと一歩のところまで、第零戦闘団を追い詰めた反乱軍は、想定外の事態で大混乱に陥ってしまっている。主力の指揮を行なっているミュセイラは、矢継ぎ早に報告される耳を疑うような内容に、満足な指揮すらできず愕然としていた。

 

「どうして⋯⋯⋯、どうしてなんですの⋯⋯⋯!」


 街の後方で指揮していたミュセイラのもとにも、反乱軍の壊滅を目的とした攻撃が行なわれている。だがそれは空軍の攻撃だけではなく、リックが引き連れてきた第一戦闘団と、何と第四戦闘団も参戦したのである。

 突如現れた第四戦闘団は、第一戦闘団と別方向から攻撃に参加し、反乱軍の殲滅に向け、機甲部隊を展開させている。街に突入していた反乱軍部隊は、後方の被害を受けて急ぎ後退を始めたが、そこを狙った第一戦闘団の攻撃が猛威を振るう。

 陸と空から攻撃を受け、しかも相手は重火器で武装した二つの戦闘団だ。当然のように、歩兵も騎兵も関係なく蹴散らされ、弓兵や魔法兵も機銃掃射で討ち倒されていく。

 

 第一戦闘団の参戦は、ミュセイラにもまだ理解できる事態だった。反乱に勘付いた帝国国防軍の一部が、この地に現れる事態も、可能性の一つとして想定はしていた。現れた際の対処も考えてはいたが、まさか二つの戦闘団に挟撃されるなどは、彼女の想定を超えてしまっていた。

 何よりも、反乱軍の指揮下にあったはずの帝国国防空軍が、自分達を裏切って爆撃を行なっている。こんな事までは、ミュセイラにだって想像もできなかった事態だ。

 

(何故空軍が私達を⋯⋯⋯! それに第四戦闘団が向かってきていたなんて、こんなことあり得ない!)


 あり得ないと考えるのは、ミュセイラだからこそである。第四戦闘団の出現も、ドラグノフ達飛行大隊の裏切りも、彼女が誰より信じるエミリオは、そんな可能性を一言だって口にはしなかった。


「まさか⋯⋯⋯、先輩が本当に望んでいたのは⋯⋯⋯!」


 それが真実であったのなら、自分に与えられた役割は何か。

 全てを悟った瞬間、彼女の足は駆け出して、エミリオのもとへ向かって走る。早く彼のもとに向かわなければ、取り返しの付かない事になる。信じたくはないと、心で何度叫び続けても、彼のもとに急ぐミュセイラの足を止まらない。


「待て貴様!! 一人で逃げるつもりか!?」


 一人後方陣地へ向けて走るミュセイラに、同じく主力を指揮していたザンバが怒鳴り声を上げる。ザンバの声など耳に入らないミュセイラは、近くにいた伝令の馬を強引に借りると、大急ぎでこの場を離れようとしていた。

 状況が理解できていないザンバからすれば、ミュセイラの行動は単なる敵前逃亡にしか映らない。怒りに震えたザンバは、彼女を追いかけ殺そうとするも、混乱に陥っている配下の兵士達に阻まれ、その場から動けない。


「将軍!! 空より敵が来ます!」

「!」


 兵士の一人が危機を叫んで空を指差す。そこに映るのは、爆弾を抱えて降下を始める、三機の竜騎兵の姿だった。爆撃態勢に入る竜騎兵の目標は、三機ともザンバで間違いない。


「糞っ!! 糞共がああああああああああっ!!!」


 三機共に一斉に爆弾を投下し、ザンバ諸共周囲の敵を爆発で吹き飛ばす。

 反乱軍切っての武闘派にして、前線の指揮を任された、ブラウブロ将軍ザンバ・バッテンリングは、呆気ない最後でその生涯を終えるのだった。










「メンフィス参謀長! どういうことか説明して貰おうか!?」


 反乱軍後方陣地でも、既に状況は分かっていた。それどころかこの陣地にすら、第四戦闘団のもとで補給を済ませた空軍の一部が、容赦なく空襲を行なっている有様だ。

 爆撃に晒される陣地の中、一人笑みを浮かべて戦況を見守るエミリオの後ろから、今にも彼を殺しそうな程に殺気立ったオスカーが、怒りを込めて剣を握り締めている。

 エミリオは振り返る事なく、反乱軍主力部隊が帝国国防軍の餌食になる様を、満足そうに眺めながら答えて見せる。


「説明するまでもないことですよ。我が軍は敵の策に嵌り、この場で一気に殲滅されようとしているだけです」

「なにが敵の策だ! あの竜騎兵共は貴様の指揮下のはずだ!」

「ええ、仰る通りです。私は空軍に命じ、第四戦闘団をこの地に招き入れた。反乱に加わる貴方方を処理するためにね」


 本性を現したエミリオが、不敵な笑みと共に真の計画を露わにする。周囲が爆撃で大混乱に陥る最中、二人の間だけは周囲と独立した、緊迫の空気が流れている。


「謀ったな貴様!! 狂犬との戦いも全て茶番か!」

「そうでもありません。私は彼を本気で討とうしていましたよ。私に討たれて終わるような男であるなら、彼に取って代わろうかとも考えていました」

「なにっ⋯⋯⋯!?」

「ですが彼は、私の想像を超えて見せた。彼が少数で奇襲を仕掛けて来るなら、飛行大隊と第四戦闘団の攻撃でそれを成功させる予定でしたが、あんな援軍を引き連れて来るとは思いませんでしたね」


 愉しそうに語るエミリオの言葉が、益々オスカーの怒りを煽り、殺気を放つ彼を激怒させる。最初からこの戦いは、反乱軍が負けるよう仕組まれていたと知り、オスカーの怒りも殺意も尋常ではなかった。

 エミリオが語って見せた通り、もしもリック達が、少数精鋭による起死回生の一手を打っていたなら、始めからそれを支援する計画だった。ミュセイラと共に仕掛けた奇襲攻撃への備えを、ドラグノフ達の手で粉砕できるよう、部隊の配置などは事前に彼らへ伝えていた。

 支援の態勢を万全に整え、飛行大隊を指揮するドラグノフには、最後の仕事と称して、第四戦闘団の誘導と、反乱軍への爆撃を行なわせた。リックが危険を冒してまで、単身ジエーデル国に向かう事などせずとも、彼らの勝利は確定していたのだ。

 しかしエミリオは、この結果にとても満足している。リックが自分の想定を上回り、助けなどなくとも、勝利という名の細い糸を、自らの手で手繰り寄せた。裏切った仲間を敵にしながらも、自らの力を存分に発揮して勝利を求めるリックに、もう何も言うべき事はない。


「反乱軍の主力はここで終わりです。戦力の大半を失い、我々の反乱は無事鎮圧されるでしょう。貴方も生きて国には戻れない」

「貴様が蜂起したのは、初めからそれが目的だったのか⋯⋯⋯!」

「ヴァスティナ帝国が急速に支配を広げていけば、当然それに反発する勢力が現れる。お察しの通り私は、貴方のような反ヴァスティナ派を集結させ、残らず処理するための贄なのです」

「そのために狂犬を裏切り、番犬までも罠に嵌めたというのか!?」

「⋯⋯⋯彼女の場合、罠に嵌めたというより嵌ってくれたと言う方が正しいでしょう。ああそれと、私が彼女を嫌っていることは紛れもない真実ですから、お間違いないように」


 オスカーの脳裏を過ったのは、ダナトイアに捕えているヴィヴィアンヌの存在だ。初めから全て芝居だっと言うならば、今頃彼女が何をしているかなど、想像に難くない。間違いなく言えるのは、彼の地に残ったジルバの命はないという事だ。

 利用価値などという言葉に惑わされず、憎き仇をあの場で殺すべきだったと、オスカーは激しく後悔した。愛する家族を奪った彼女を殺す事こそが、仇討に命を懸けた反乱の動機である彼にとって、エミリオが語る真実は耐え難いものである。

 

「貴様だけは⋯⋯⋯! 我が手で必ず⋯⋯⋯!!」

「どうぞお好きなように。その手に握った剣は飾りではないのでしょう?」

「エミリオ・メンフィス!! 卑劣な裏切り者めがっ⋯⋯⋯!!」

「殺しにかかるのは自由ですが―――」


 憎悪に顔を歪めたオスカーに、ようやくエミリオが不敵な笑みと共に振り返る。湧き立つ殺意に支配されたオスカーが、剣を片手にエミリオへと斬りかかろうと地を蹴った。

 振り返ったその時、エミリオの右手には、懐より抜いた護身用の拳銃が握られている。拳銃の銃口は、真っ直ぐオスカーを捉え、引き金には指がかけられている。

 

「貴方の手で殺されるわけにはいかない」


 刹那、戦場に三発の発砲音が響き渡った。

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