第五十八話 そして君が私を撃つ Ⅶ
そして現在。
ジエーデル国を飛び出したリックは今、トロスクスの街とは別の方角から、エミリオら反乱軍に狙いを定めていた。
リックの眼前には、遠方にて展開する反乱軍の陣営が見える。大型二輪車に跨り、サイドカーには第一戦闘団から調達した無線機を乗せ、エミリオとの会話を終えたリックは、愛車のハンドルを握った。
彼の背後からは、後を追ってきた第一戦闘団の各部隊が、続々と集まってきている。先行するのは足の速い戦闘車輌群で、後続には戦車隊などが続いていた。
「エミリオ、そこで大人しくしてろよ⋯⋯⋯」
ジエーデルを出る前、再び第一戦闘団の駐屯地に向かったリックは、そこで各部隊に出撃命令を飛ばし、二輪車の燃料も補給して、一人先に戦地へと向かった。
リックも第一戦闘団も、ジエーデル国からここまで、昼夜問わず全速力で走り続けた結果、ぎりぎりのところで戦いに間に合ったのである。途中脱落した隊もあったが、それでも三千以上の戦力が集結できた。重火器で武装された第一戦闘団の精鋭が三千も集まれば、一万以上の敵を蹴散らすには十分過ぎる。
勝つための準備が整い、リックは高らかに二輪車の駆動音を鳴り響かせる。戦いを前に昂る彼らの感情を、かつてのアングハルトの愛車が代弁するかのように、轟音が空気を大きく震わせた。
部隊の集結が終わり、リックはようやく動き出す。先程までのエミリオとの会話は、戦力の合流を待つだけでなく、彼の注意を自分へと向けておくためのものであった。
急がなければ、取り返しの付かない事になる。本来ならば後続の戦車隊も待って仕掛けるべきだが、焦るリックは後続を待たず、現有戦力持って勝負に出る事を決断した。
「反乱軍を殲滅し、指揮者エミリオ・メンフィスを捕縛しろ!! 全軍、突撃っ!!」
突撃の号令をかけ、自ら先陣を切って愛車を走らせるリック。
彼の脳裏には、トロスクスの街を占拠する前日の記憶が蘇っていた。
「俺達は援軍を呼びに向かうと見せかけ、エミリオがいる本陣に少数精鋭で奇襲を仕掛ける」
いつもの悪い癖を出し、邪悪な笑みを浮かべて作戦を語るリックだったが、彼の言葉を信じる者はいなかった。リリカ達はそれが嘘だと知っており、本当の計画は既に頭の中に入っている。
「⋯⋯⋯という風に見せかけて、本当に援軍を呼びに行くのがこっち作戦だからな。囮部隊がヴィヴィアンヌ達の救出に動くよう見せかければ、まさか俺が単独でジエーデルに向かうなんて思わないさ」
改めて作戦を語るリックに向けられるのは、レイナとクリスからの不安の表情だった。リックの作戦は敵の裏の裏をかくというものだが、子供だましの様な真似が通用しない相手だからこそ、やはり不安が捨てきれないのである。
「大丈夫だって。エミリオとミュセイラは、俺達が陛下の居場所を掴んでるってまだ気付いてない。陛下を人質にされる前に救出し、ついでに第一戦闘団へ合流できれば一石二鳥だ」
「けどなあリック。アングハルトが使ってた乗り物でジエーデルまで行って、援軍を連れて戻ってくるなんてほんとにできんのか? 援軍が遅れたらこっちは持たねぇぞ」
「距離的には休まず走ればぎりぎり間に合う。後は運次第だな」
「はんっ。 結局は運頼みかよ」
「今までだって運頼みなところは沢山あった。今度だって乗り越えてやるさ」
最大最強の敵を前にしたリック達の作戦は、陽動と時間稼ぎ、そして援軍到着を待っての反撃という流れで構成されている。
まず囮部隊が動き、ジエーデル国とは別方面へ向かうよう移動させる。反乱軍の警戒網が囮に注意を向けた隙に、リックは単独でジエーデルへと向かう。警戒網が囮に気を取られさえすれば、馬より速いアングハルトの愛車の速度で抜けられる。
駆動音や姿が目立つ問題もあったが、ジエーデル国へと向かう街道は、普段から帝国国防軍の機甲部隊や、偵察などの軽車輌が走行している。敢えて堂々と街道を走り、警戒を抜ける狙いがあった。
同時に、リリカ率いる主戦力は、トロスクスの街を占拠した後、反乱軍を同地に集結させる。反乱軍との決戦を挑むよう見せかけ、敵を一か所に集めると同時に、時間稼ぎをするのが目的だ。
こうなるとエミリオやミュセイラは、決戦は陽動に過ぎず、真の狙いは援軍による反撃だと読むが、それが罠だと考える。記憶を取り戻しているはずのリックや、主戦力を率いるリリカ達は、攻撃的な性格を持って戦う者達だからだ。
リックは仲間を救うよう見せかけ、必ず奇襲攻撃を仕掛けてくる。反乱軍の裏をかくと同時に、最短で反乱鎮圧を目指すならば、これしか選択がないからだ。
最短に拘るのは、反乱が長引けば、北の二大国が動く可能性が高いからである。また、反乱が続けば他の仲間達も危険に晒し、リックが命を懸けて守るアンジェリカの身も危ない。それを阻止する手段は、今の彼らにとってこの作戦しかないはずなのだ。
だがエミリオとミュセイラには、二つの誤算がある。一つはアングハルトが残した大型二輪車の存在。もう一つは、リック達はエステラン国で、魔法少女ノエルからアンジェリカの所在を掴んでいる事だ。
アンジェリカがジエーデル国にいるならば、リックが何よりも優先するのは、彼女の安全の確保である。アンジェリカを反乱の魔の手から守らずして、反攻に転ずるなどリックにはできない。
それに、彼女を救った後に現状の報告を行なえれば、女王の命令として反乱軍を討伐できる。首謀者がエミリオである以上、彼を討つとなれば、兵達が動揺や疑心暗鬼に陥る可能性がある。
しかし女王アンジェリカの命であるならば、全軍が討伐の命令を躊躇なく実行する。兵士達が誰の隊の誰の指揮下であったとしても、本当の指揮命令系統の頂点はリックではなく、帝国女王であるからだ。
エミリオやミュセイラが、そして仮にリックが反乱を起こしたとしても、アンジェリカが討伐を命じれば、その命に従い敵を討つのが、女王に忠誠を誓う帝国国防軍の役目である。リックがジエーデルに向かえば、アンジェリカの救出と、第一戦闘団との合流に加え、女王からの討伐命令という、絶対の大義名分を得る事ができるのだ。
問題なのは、第一戦闘団は元々ミュセイラの指揮下にあった事だ。
リック達が積極的に各戦闘団に接触を図らなかったのは、反乱軍の包囲網を警戒していたからだけでなく、他に誰が裏切っているかが、この時の彼らには分からなかったからである。もし第一戦闘団と合流した際に、第一の中にも反乱に加担する部隊がいれば、リック達は窮地に陥ってしまう。
他の戦闘団にも同じ事が言えるが、第一と第二の戦闘団は、ミュセイラとエミリオの指揮下にあった以上、特に危険であると言えた。それでも第一との合流を目指すのは、アンジェリカの安全確保の優先と、彼女の討伐命令を求めての賭けだ。女王からの大義名分を得れば、仮に第一に反乱者達がいても、逆賊になる事を恐れ、反乱の意志を挫ける狙いもある。
「きっとあの二人なら騙されてくれる。特にミュセイラは、良い意味でも悪い意味でも真面目で固いから、奇襲作戦が俺達の手だって思い込む。もし俺がジエーデルに向かう途中で捕捉されても、アングハルトの愛車なら簡単に振り切れるだろう。連中がこっちの作戦に気付いた時には、何もかも手遅れだから心配は要らない」
この作戦は、多くの信頼と運に左右されている。運が悪ければ、敗北するのはリック達だ。元々単純な知恵比べで勝てないのだから、彼らが運に頼るのは必然だった。
勿論、運を掴むだけでも勝利はない。リックの信じる仲間達が、エミリオとミュセイラを打倒するため、思惑通り動いてくれなければ、作戦は失敗に終わる。
反乱軍に捕らわれた仲間達が、自分達の手で拘束を破り反攻に出る。反乱軍の主力と戦う者達が、援軍が到着するまで一秒でも長く持ち堪える。女王を護衛する者達が、リックが駆け付けるまで彼女を守り抜く。
そして何より、エミリオとミュセイラが、リックを信じて策を巡らすように、彼もまた二人を信じていた。
「二人が俺達の手の内を知り尽くしていても、俺達だってあの二人の手は全部知ってる。散々後手にまわされた分、一回くらいは騙して見せるさ」




