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第五十八話 そして君が私を撃つ Ⅳ

 ダナトイア国、反乱軍が拠点とする別荘のとある部屋に、少女の様な顔立ちと華奢な身体ながら、裸に剥かれた少年が横たわっていた。

 彼の名はイヴ・ベルトーチカ。反乱軍によって部隊を人質に取られ、狙撃技術を利用された彼もまた、この国にその身を囚われていた。

 家具はベッドと、鞭や拘束具等が散乱した異様な部屋で、イヴは一糸纏わぬ姿で両手を手枷に拘束され、床に倒れて身動き一つしていない。大きな怪我などはしていないものの、この部屋で彼がどんな目に遭ったのかは、汚された彼の身体を見れば一目で分かってしまう。

 倒れたイヴの前には、後片付けを言い渡された兵士が二人、下卑た笑みを浮かべて彼を見下ろしている。イヴが気絶していると思った二人は、腰のベルトにかけた剣を外すと、興奮気味で自分のズボンに手を掛ける。


「まったくジルバ様は、穴さえありゃ男も女も関係なしか」

「いいじゃねぇか。こんだけ女っぽけりゃ、俺達でも愉しめる」

「壊さなきゃ好きに使っていいからな。見張りは役得だぜ」

「違いねぇ。その辺の安い娼婦よりそそる身体してやがるからな」


 エミリオの裏切りと、彼の罠に嵌り、イヴもまた反乱軍の手中に落ちた。イヴが持つ抜群の狙撃技術を利用された後、彼をこの部屋に閉じ込め、彼の心と体を存分に弄んだ男の名は、ブラウブロワ将軍ジルバ・バッテンリングである。

 ジルバはイヴを、二つの理由で気に入っていた。一つ目は、狙撃銃という驚異的な兵器を用い、標的を遠距離から一撃で仕留める技術。もう一つは、憎悪と殺意を自分に向けるイヴを、征服して屈服させたいという欲望からくるものだった。

 この部屋にイヴを捕えてから、ジルバは暇さえあれば彼を凌辱し、満足した後は見張りの兵に後始末を命じていた。未だイヴは、ジルバの責苦を受けても屈せず、反抗的な態度を示し続けている。ここ最近のイヴの口癖は、「殺してやる」だ。

 

「にしても、気絶してちゃ面白くないな。水ぶっかけて叩き起こすか?」

「そこの鞭でぶっ叩いてやりゃあ嫌でも起きるだろ。今日こそは泣き喚かせてやる」


 完全に気を失っているらしく、イヴは倒れたままやはり動かない。相当乱暴に扱われたのか、ぐったりとして目を覚ます気配すらなかった。

 見張りの二人は、ジルバのおこぼれに与って、こんな状態のイヴですら毒牙にかけようとしていた。欲望に支配された眼差しを向け、舌なめずりして彼に手を掛けようとする。


「⋯⋯⋯おい、何だか外が騒がしくないか?」

「またどっかの阿保が馬を暴れさせたか」

「そんなんじゃなさそうだ。まさか――――」


 二人の視線がイヴから逸れ、建物の外から聞こえる喧騒に注意が向いた。外の騒がしさは、馬などの動物が暴れていたり、酒に酔った兵士の喧嘩などではなかった。聞きなれない乾いた音が、男達の悲鳴と共に連続して鳴り響いているのだ。

 乾いた音が聞こえた瞬間、気を失っていたはずのイヴが瞬時に目覚める。二人に気付かれるよりも早く、片方の見張りの股間をイヴが思いっ切り蹴り上げた。

 急所を蹴られた見張りが、声にならない悲痛な呻き声を上げ、股間を手で押さえながら床に膝を付く。反応が遅れたもう一人が、慌てて剣を抜こうとするが、腰に差していたはずの剣はそこにない。完全に油断していた彼らは、邪魔になるからとベルトから剣を外していたのだ。

 相手の目の前で高く飛び上がったイヴは、両脚の太腿で相手の顔を挟み込む。そして次の瞬間には、腰を捻る動きと共に、相手の首の骨を無理矢理捻って圧し折った。

 首捻りで一人を即死させたイヴが、死体から離れて床に転がっている剣に手を掛ける。刃を抜いた彼は、股間を蹴られて蹲ったもう一人に、憎悪を込めて剣を突き刺す。相手が息絶えるまで、何度も何度も剣を突き刺し続け、床を血の海に変えていく。

 無言で剣を突き続けたイヴが、最後に一刺し突き立てて、痙攣を起こしている相手を見下ろす。死亡したかを冷たい瞳で確かめたイヴは、不快感を露わにしてようやく声を発する。


「全員殺してやる⋯⋯⋯」


 自分に手を出した人間全員を殺すと、彼は一人静かに宣言する。身に纏う衣服がないため、ベッドのシーツを代わりに纏って部屋の扉へと向かう。

 扉に手を掛けた彼が外に出ようとすると、扉が開いた先に生きた敵の姿はなかった。代わりにあったのは、既に始末されて床に倒れる兵士達と、イヴがよく見知った自分の隊の兵士達だった。


「⋯⋯⋯遅れて申し訳ありません、隊長」

「いいから、状況を教えて」

「はい。親衛隊がここを襲撃し、我々も彼らの助けを得て脱出できました。各隊員及び、隊長の装備も回収済みです」


 シーツを羽織るイヴの姿を見て、この部屋で彼の身に何があったのか、隊員達は直ぐに理解する。自分達が捕まって人質に取られ、助けに来るのが遅れたばかりに、隊長であるイヴが地獄の様な目に遭った。自分達の不甲斐なさに歯噛みする彼らに構わず、イヴは状況の確認を優先した。

 耳慣れた発砲音が聞こえた瞬間、助けが現れたのだとイヴは気付いていた。心を殺して苦痛に耐え続け、脱出の機会を窺っていたイヴは、外の発砲音を合図に、油断していた見張りを片付けたのである。


 イヴが予想した通り、味方の救援が現れ、別荘の内外は戦場と化している。帝国国防軍親衛隊が奇襲攻撃を行ない、混乱に乗じて囚われていたイヴの部隊も脱出し、奪われていた装備も取り返した。イヴの救出を優先した部隊の一部は、建物内の敵を片付けながら、この部屋に辿り着いたのである。

 イヴの救出に来た者達以外は、建物内で敵兵の掃討を始め、現在交戦中である。外で戦う親衛隊もまた、敵を殲滅するべく重火器や火炎放射器まで用い、混乱する敵兵を皆殺しにしていた。

 救援が来た。裏切り者達への反撃も始まっている。待ちに待った時が来たと、反撃に燃える彼らの中で、静まる事のない怒気と憎悪を身に纏ったイヴが、殺意に支配された眼差しを向けて口を開いた。


「ヴィヴィアンヌちゃんと、あの屑はどこ?」










 帝国国防軍親衛隊の襲撃を受け、ブラウブロワ将軍ジルバ・バッテンリングは、別荘内の廊下を早歩きで進みながら、混乱する兵士達に怒鳴り声で命令を飛ばしていた。

 親衛隊の巧妙な奇襲攻撃に、いつまで経っても混乱が解けない兵士達が、大慌てで廊下を駆け抜けていく様を見る度、ジルバの怒りは増す一方だった。反乱計画が上手く行き過ぎて、兵士達に生まれていた油断が、この状況を作ったと言っても過言ではない。


「小賢しい奴らめ! 番犬の部隊にまだこれだけの力があったなど聞いてないぞ!」


 誰に怒鳴るわけでもなく、怒りに任せてジルバが言葉を吐き捨てる。敢えて言うなら、ジルバの文句はエミリオに向けられたものである。

 ミルアイズで殲滅した親衛隊は、戦闘面に特化した隊員であり、彼らを始末してしまえば、残るは諜報や工作に長けた隊員だけで、大した脅威にはならない。そう聞かされていたジルバだったが、彼の身に起こっている敵の奇襲は、武装した親衛隊による、圧倒的なまでの蹂躙だった。


 ダナトイアには、ブラウブロワ軍を始めとした反乱軍各国の戦力が駐屯していた。主力はリクトビアとの決戦に向かったため、この地に残った戦力は千人程度である。それを指揮しているのがジルバなのだが、彼にも慢心がなかったと言えば噓になる。

 反撃はないだろうという油断を突く形で、親衛隊による奇襲作戦は行われた。潜入した親衛隊員によって警備は処理され、馬小屋や武器庫は爆薬によって吹き飛ばされた。襲撃に気付いた兵士達が迎撃に出たが、銃器で武装した親衛隊の敵ではなく、ただ徒に死体の数を増やすだけだった。

 ヴィヴィアンヌ旗下の親衛隊は、役割に関係なく戦闘技術を叩き込まれた、精鋭中の精鋭である。反乱軍の兵士程度が敵う相手ではなく、銃火器で武装しているならば尚更だ。

 隊長を欠いた状態であっても、襲撃をかけた親衛隊の士気や連携は、何一つ衰えてはいない。たった四十人程度の兵士が、千人の敵が駐屯する国に潜入を果たし、この場所への奇襲を成功させた。少数精鋭で勝負に出た彼らに、ここが占拠されるのも時間の問題であった。


 幸い、今のところ確認できているのは、親衛隊の戦力のみである。ジルバが予想した相手の狙いは、自分達を人質に別荘を占拠する作戦だ。少数で奇襲を仕掛けてきた以上、それが一発逆転の最善策と言えるだろう。

 この場所に配置された戦力は、全体の四分の一程度である。残りの戦力も、別荘から少し離れたところに待機しているため、騒ぎを聞きつけ救援に動き出した頃だろう。

 ジルバが今すべき事は、兵士達を使ってできる限り時間を稼ぎ、自身はデルーザと共にここからの脱出だ。今はデルーザの手にある、帝国側に対する人質と一緒に脱出する必要があるが、その二人の姿が見つからない。

 苛立ちを募らせるジルバが、各部屋を探しながら、デルーザの寝室に辿り着く。他の部屋には影も形もなかった為、後はここしかないと考え、乱暴に扉を開け放って寝室に踏み込んでいく。


「デルーザ!! 貴様どこに――――」


 ジルバがその存在に気付いた時には、既に一発の銃声が鳴り響いた後だった。拳銃より放たれた弾丸が、ジルバの右脚に命中して肉を抉り、弾は一瞬で貫通してしまう。

 風穴を空けられた傷口から出血し、激痛に悶え床に倒れたジルバが、怒りと殺意に歪んだ顔を上げる。彼の視線の先にいたのは、下着姿で四つん這いになっているデルーザの背に座る、軍服を羽織って銃を構えるヴィヴィアンヌの姿だった。


「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」

「ばっ、番犬⋯⋯!? よくも貴様⋯⋯⋯!」

「片脚を撃たれたくらいで大袈裟だな。私は貴様のお陰で両脚を撃ち抜かれたんだぞ?」


 下着姿で軍服を羽織るだけの彼女が、両脚に包帯を巻いた状態で足を組んでいる。狙撃された傷はまだ癒えていないが、ヴィヴィアンヌが持つ驚異的な射撃能力は健在だった。

 気配に気付いたジルバが周りを見回すと、寝室内には既に親衛隊員が三人控えており、怪我をしているヴィヴィアンヌの護衛に当たっている。何もかも相手が先手を打っていて、人質を取っていたはずが一転し、ジルバとヴィヴィアンヌの立場は逆転してしまった。

 あまりにも相手が先を行き過ぎており、驚く程上手く出来過ぎている。自分が罠にかかったのではないかと、ジルバが直感した瞬間、不敵に笑ったヴィヴィアンヌが愉快そうに口を開いた。


「貴様達は、初めから我々に敗れ去る運命にあった。それに気付かず蜂起した時点で、どう足掻こうと貴様達に勝利はない」

「なっ、何だと⋯⋯!?」

「おかしいとは思わなかったのか? 何故私が、こんな下劣で信用ならない豚を頼ったと思う?」


 椅子代わりにしているデルーザを豚呼ばわりして、ヴィヴィアンヌは彼の尻を引っ叩いて乾いた音を鳴り響かせる。叩かれた痛みに悲鳴を上げるデルーザを、汚物を見るような目をした彼女が見下ろす。


「おい豚。いつ私が人間のように鳴いていいと言った? 豚は豚らしく鳴け」

「ぶっ、ぶひいいいいいいっ! こっ、これでよろしいでしょうか⋯⋯⋯?」

「舐めているのか貴様? 演技だったとはいえ、貴様のような下劣で醜い恥さらしが私に手を出し、簡単に許されると思っているのか?」

「ひっ、ひええええええっ!! 豚でも何でもなりますから、どうかお許しを!」


 下着一つの四つん這いで、無様に許しを請うデルーザに構わず、ヴィヴィアンヌはまた彼の尻を引っ叩いた。連続で叩かれ、尻が赤く腫れ上がろうと、彼女はデルーザを全く許さない。しかしデルーザは、叩かれる度に何度も悲鳴を上げるが、呼吸を荒くしつつも嬉しそうであった。

 そんなデルーザの姿を見ていたジルバは、使えない豚だと彼を内心罵った。だが同時に、二人のやり取りからある違和感を覚える。


「女を痛め付けるしか能のない奴だと思っていたが、勘は悪くないようだ」

「!?」

「確かにデルーザは、他国に自分の性癖部屋を造らせる程の変態だ。質が悪いのはこの豚が、躾けるよりも自分が躾けられる方が好きな変態で、それを自分の家族にまで隠していることだ」

「デルーザ、貴様⋯⋯!! 番犬を欲しがったのは躾のためだと――――」

「この私がいつ、この豚の趣味が女の躾だと言った? それは貴様らの勝手な思い込みだ」


 出血する右脚を手で押さえ、苦痛を堪えるジルバが困惑する。言われてみれば、確かにヴィヴィアンヌはデルーザがそういう男であると、一言も肯定してはいない。彼女がデルーザの手に落ちた、あの場の誰よりも、この男の事をよく知っているにも関わらずだ。

 まだ気付かないのかと言いたそうに、倒れたジルバをヴィヴィアンヌが嘲笑う。やがて彼女は我慢の限界を迎え、街に待った種明かしを始めるのだった。


「デルーザは、私が国家保安情報局時代から利用している領主だ。貴様達の反乱に勘付いていた私が、自分を裏切る可能性のある、信用のない相手のもとを頼ると思うか?」

「まっ、まさか貴様ら⋯⋯! 最初から俺達を嵌めていたのか!?」

「第四戦闘団を使い敵を殲滅する私の策が失敗した場合は、予定通りデルーザを反乱軍側に付かせ、反撃の用意をさせる手筈だった。私達の居場所がミルアイズだとデルーザに漏らさせたのも、貴様達を信用させるための仕込みだ」

「騙しやがって雌犬がああああああっ!! 豚諸共ぶっ殺して――――」


 激怒したジルバが、怒りで苦痛を麻痺させ立ち上がろうとし、ヴィヴィアンヌとデルーザに襲い掛かろうとする。それを許さないヴィヴィアンヌは、部下達が対処する間もない早撃ちを行ない、今度はジルバの左脚を撃ち抜いた。


「大人しくしていろ。次は睾丸を撃ち抜くぞ?」

「ぐううっ!! この俺が、こんな女に⋯⋯⋯!」

「貴様は簡単に殺さん。徹底的に拷問し、地獄の方が生ぬるいと思える程の絶望を与えてやる。それと豚、貴様が遅かったせいで私がこんな奴の粗末なものを咥え込まされた。貴様にも、後でたっぷりと地獄を味合わせてやる」

「はっ、はいいいいいいっ!!」


 両脚を撃ち抜かれ、身動きのできなくなったジルバが、傷口から流れ出る鮮血で床を染め上げていく。ジルバが死を覚悟する一方で、下着一つのデルーザは、彼女の説教に汗を垂らして恐怖しつつも、やはり嬉しそうではあった。

 

「どうしようもない変態め。昔私がちょっと調教してやっただけで、このざまだ。本当は女に虐められるのは趣味でないと言っていたが、満更でもなさそうなのが余計に不快だ」

「あっ、アイゼンリーゼ殿! お仕置きはもちろん承知の上ですが、親衛隊をここへ誘導した褒美は何卒!」

「デルーザああああああっ!! この襲撃も貴様の仕業かああああああっ!!」

「変態豚領主だが、私の命令には従順でな。各地に散らせておいた親衛隊各部隊に情報を流し、ここに部隊を潜入させたのもこいつだ。外は今頃、同じく情報を聞きつけた第四戦闘団の部隊が、残りの敵を掃討している頃だろう。どう足掻いたところで、貴様が助かる方法はない」


 ジルバはまだ知らないが、ダナトイアに駐屯している反乱軍各部隊は、ヴィヴィアンヌの言う通り激しい攻撃に晒されている。親衛隊の奇襲に呼応する形で、秘かにダナトイアへと接近していた、ヴァスティナ帝国国防軍第四戦闘団の機甲部隊が、反乱軍に対して砲撃を行なった。

 ダナトイアに潜入した親衛隊員からの支援を受け、敵部隊の正確な位置へと、第四戦闘団の榴弾砲が砲撃を行なう。親衛隊からの弾着観測を無線連絡で確認し、着弾点の誤差を修正して砲撃を続け、反乱軍に大打撃を与えたのである。 

 砲撃後は、ダナトイアへと強行突撃を行なった装甲車輌部隊が、混乱状態に陥っている反乱軍を蹴散らして進んだ。重機関銃が敵を将棋倒しの如く撃ち倒し、戦車砲は敵の弓兵を吹き飛ばし、前進を続ける戦車隊が逃げ遅れた敵兵を轢き殺す。

 第四戦闘団の目的は、反乱軍を殲滅しつつ、別荘を制圧する親衛隊との合流である。作戦に参加した第四戦闘団は主戦力の一部で、その兵力は四百程度ではあるが、千人程度の敵を殲滅するには十分過ぎた。 

 作戦通り、親衛隊は別荘を制圧してヴィヴィアンヌを救出し、第四戦闘団は敵部隊の撃破を順調に進めている。ヴィヴィアンヌが勝ち誇る通り、ジルバはここで終わりなのだ。


「まったく愚かな連中だ。甘言に惑わされた挙句、あの男を信じた結果がこのざまだ。貴様の兄もオスカーも、直に自分達の愚かさを知るだろう」

「兄貴と旦那に何を⋯⋯! 貴様らまさか、最初から反乱そのものを――――」


 ヴィヴィアンヌの種明かしによって、直感を働かせたジルバの脳裏に、最悪の可能性が奔った。ジルバが絶望を覚えたその時、彼の言葉を遮る形で現れたのは、慌てて部屋に駆け込んできたイヴだった。


「ヴィヴィアンヌちゃん!!」


 今にも泣き出してしまいそうな悲痛な顔で、ヴィヴィアンヌの無事を祈って彼女の名を叫ぶ。部屋の中で銃を片手に、デルーザを椅子代わりに足を組んで佇む彼女を見るや、イヴは彼女のもとに駆け出した。

 回収された自分の衣服を身に纏い、彼が愛用する狙撃銃は肩掛けされている。銃を振り乱して走る彼には、床に倒れるジルバも、無様な姿のデルーザの事すら見えていない。ただ一人、自分が撃ってしまった大切な仲間の姿しか、今の彼の瞳には映らなかった。

 感情的になり、思わずヴィヴィアンヌへと抱き付いたイヴを、彼女もまた抱きしめ返す。ヴィヴィアンヌの胸元に顔を埋めたイヴは、泣き声交じりに彼女への謝罪を繰り返す。


「ごめんね⋯⋯、ごめんねヴィヴィアンヌちゃん⋯⋯⋯! 僕があいつらに捕まったりしなきゃ、ヴィヴィアンヌちゃんを撃つなんて、こんな酷いこと⋯⋯⋯!」

「お前は自分の部下を守るために行動しただけだ。謝る必要はない」

「けれど⋯⋯⋯! 僕が撃ったせいで、ヴィヴィアンヌちゃんがあんな奴らに⋯⋯⋯!」

「私の方こそすまない。そこにいる下衆のせいで、ベルトーチカにも私と同じような目に遭わせてしまった」


 滅多見せないヴィヴィアンヌの優しい微笑みが、自分への怒りと、そして悲しみが溢れ出て止まらないイヴを慰める。泣いた子供をあやす母親の様に、聖母の微笑みと温もりがイヴを落ち着かせていった。

 だがここで、イヴの登場と彼の名を耳にしたデルーザが、突然鼻息を荒くして興奮し始める。「しまった」とヴィヴィアンヌが思った時には手遅れで、興奮が最高潮に達したデルーザは、四つん這いの状態でありながらも必死で首を動かし、イヴの姿を確認しようとしていた。


「ぬっ、ぬおおおおおおおおおっ!! そこにあの有名な無慈悲な堕天使がおられるのですか!?」

「黙っていろ!」

「ぎょおえええええええっ!! あっ、頭が割れるううううううっ!!!」


 聖母の微笑みが一転、汚物を見るような目をデルーザに向けたヴィヴィアンヌが、彼の頭を鷲掴みにすると、驚異的な握力で握り潰そうとする。激痛に悲鳴を上げるデルーザだが、彼の気合は相当なものであり、ヴィヴィアンヌに逆らって、それでもイヴを一目見ようとする。


「ヴィ、ヴィヴィアンヌちゃん⋯⋯⋯。これなに?」

「⋯⋯⋯私が使ってやっている下衆領主だ。この豚は、男娘に躾けられて調教されるのを至上の喜びとする変態でな。家族に言えない性癖を満たす為だけに、こんな国にまで来て隠れて行為に耽っているというわけだ」

「なにそれ、気持ち悪い」

「でゅふふふふふっ!! その冷たい眼差しと言葉がたまらな――――」


 あまりに気色悪いと、イヴが怯え半分で引いてしまっていると、怒りが頂点に達したヴィヴィアンヌの銃口が、デルーザの後頭部に突き付けられる。

 また口を開いたら殺すと、無言の圧力をかけられたデルーザは、彼女は本気だと察して恐怖に怯え、悲しさに涙を流して従うのだった。

  

「貴様には後で好みの男娼をくれてやる。だがベルトーチカだけは、貴様の汚らわしい趣味に付き合わさせん」

「ううっ⋯⋯⋯。あんまりで御座いますよアイゼンリーゼ殿⋯⋯⋯」


 絶対にイヴを渡さないという彼女の、鉄の様に固い意志。泣いて渋々従うデルーザとは対照的に、イヴは照れて顔を赤くしていた。

 興奮したデルーザの邪魔が入ったお陰もあって、イヴも落ち着いたところで、ヴィヴィアンヌは最後の仕上げに入る。椅子代わりのデルーザを歩かせ、イヴと共に、倒れているジルバの目の前まで来ると、再び彼女は不敵な笑みを浮かべて見せた。


「さて⋯⋯⋯、待たせたなジルバ・バッテンリング」

「ねぇ、ヴィヴィアンヌちゃん。こいつ僕に殺させて。絶対殺してやるって決めてたんだ」


 ジルバに対するイヴの憎悪は凄まじく、室内の空気を一瞬にして凍り付かせる。親衛隊員達は冷や汗を流して緊張し、ジルバですら息を呑んで恐怖していた。

 まだ辛うじて理性を残すイヴは、ジルバの利用価値を理解しているからこそ、ヴィヴィアンヌに殺しの許可を取ろうとしている。彼の怒りは尤もだと思うも、彼女の答えは変わらなかった。


「まだ殺すな。殺すのは、この下衆から反乱に関する情報を全て聞き出してからだ」

「⋯⋯⋯それまで我慢できないかも」

「今はこいつに地獄を見せるより、片付ける仕事が山ほどある。同志が付いているとはいえ、閣下の身が心配だ」


 ジルバへの憎悪に勝るものは、イヴが愛する大切な彼の存在だった。反乱が発生している今、一番の危険に晒されているのはリックである。ヴィヴィアンヌが彼を案じた言葉を口にした瞬間、イヴの感情は憎悪から切り替わった。

 今成すべきは、自分とヴィヴィアンヌを苦しめた下衆を殺す事ではなく、リックを窮地から救うために、一刻も早く反乱を鎮圧する事だ。


「⋯⋯⋯わかった、我慢する」

「安心しろベルトーチカ。こいつは後で思う存分殺させてやる。両脚を撃ち抜いてしまったが、出血多量などで楽に死なせはしない」


 ヴィヴィアンヌが目で合図すると、控えていた親衛隊員達がジルバの傍に近寄った。ジルバの両腕を掴んだ二人の親衛隊員が、苦痛に呻く彼を無理矢理引き摺って運んでいく。部屋から引き摺られるジルバは、ヴィヴィアンヌとイヴに向け、声が届かなくなるまで怒号で喚き続けた。


「貴様らだけは死んでも許さん!! 兄貴と一緒に必ず復讐してやる!! いいか、この俺が―――」


 不愉快そうに舌打ちし、ジルバの声が聞こえなくなったところで、イヴはヴィヴィアンヌへと向き直る。まだ何か言いたい事でもあるのかと、ヴィヴィアンヌは不敵な笑みを消し、瞳に悲しみを映すイヴを見つめ返す。

 するとイヴは、ヴィヴィアンヌが予想していなかった行動に出る。デルーザの背に座っていた彼女の身に腕を回し、自分の胸元で抱きかかえたのだ。

 これには流石のヴィヴィアンヌも驚きを隠せず、瞬きを繰り返してイヴの顔を見上げた。驚くヴィヴィアンヌに向け、イヴはいつものように小悪魔的な笑みを浮かべ、明るい声を彼女に聞かせる。


「脚の怪我は僕のせいだから、ヴィヴィアンヌちゃんをお姫様抱っこしようかなって♪」

「わっ、私を同志のように揶揄うな⋯⋯⋯! お前が綺麗に撃ち抜いてくれたお陰で、まったく歩けないわけではない⋯⋯⋯」 

「もう、照れちゃって~♪ 可愛いんだから♡」

「これが照れているように見えるか⋯⋯⋯?」


 目を据わらせるヴィヴィアンヌの態度を、イヴは無視して明るく笑いかけるだけだった。

 夜間の狙撃だったにもかかわらず、イヴの放った弾丸は、彼女の両脚を貫通していた。あの狙撃の瞬間、イヴの頭の中にあったのは、ヴィヴィアンヌの脚を後々後遺症など残さぬよう、骨や神経を傷付けず、弾を貫通させる事のみだった。

 結果は彼女の言葉通り、暫く歩くのに不自由がある程度で、両脚の怪我は見た目ほど大したものではない。だが、人質を取られていたからとはいえ、彼女を傷付けたのはイヴ自身だ。最小限の負傷に留める、奇跡かつ天才的な狙撃を成功させたが、謝罪の気持ちで一杯なのである。


「お願い。僕のせいでこうなっちゃったから、償いをさせて欲しいんだ」

「ベルトーチカ⋯⋯⋯」

「治るまではヴィヴィアンヌちゃんの足代わりになるからね。行きたいところに何処でも連れてくし、して欲しいことがあったら何でも言って♪」

「⋯⋯⋯仕方のない奴だ。ならば共に、あの馬鹿の眼鏡を叩き割りに行くとしよう」

「賛成、賛成! 部屋で捕まってる間ずっと、エミリオ君をぶん殴ってやりたいって思ってたんだ♪」


 この反乱に気付き、首謀者がエミリオと知った時から、ヴィヴィアンヌもイヴも、彼が何を考え行動しているか、察しは付いていた。実際にエミリオと顔を合わせ、罪を背負う彼の言葉を受け止め、考えは確信に変わった。

 裏切り者となった彼を止めなければならない。そして、反逆の道へと突き進む彼を止めるのは、仲間である自分達でなくてはならない。そうしなければ、この戦いがどんな結末を迎える事になろうとも、彼は自らの命を犠牲にしてしまう。


「情報では、閣下が率いる戦力と反乱軍が決戦に臨もうとしているそうだ。今からでは間に合わないだろうが、我々も閣下のもとへ向かうぞ」

「了解だよ! ところで、そこの変態さんはどうするの?」

「これは放っておけばいい。それよりもベルトーチカ、一つ頼みたいことがあるんだが⋯⋯⋯」


 イヴを手に入れられず、心底落ち込み項垂れているデルーザを無視し、ヴィヴィアンヌは早速頼み事を口にしようとした。

 何を頼むのかと、抱きかかえているヴィヴィアンヌの顔をイヴが見下ろす。ヴィヴィアンヌは少し躊躇するも、恥ずかしくなって顔をイヴから背け、小さな声で呟くのだった。


「⋯⋯⋯また私に、弁当を作ってくれ」

「⋯⋯⋯うん! 任せて♪」

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