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第五十八話 そして君が私を撃つ Ⅲ

『⋯⋯⋯いつから、俺の記憶が戻ってるって気付いてた?』

「気付いたというより、君なら必ず目覚めると思っていただけさ。宰相達の危機を前にして、君が黙っていられるわけがないだろう?」

『もっと優しい起こし方はなかったのか? お陰でリリカに引っ叩かれたんだぞ』

「君はもっと、皆に叩かれるくらい怒られるべきだ。傷だらけで戻って来る度、私が君を何度殴りたくなったか教えようか?」


 リックとエミリオは無線機を使い、いつもと変わらない調子で会話を続けている。その様子は、とても二つの勢力に分かれて戦っている総大将同士には見えず、会話は落ち着いていて、二人の間に敵意は感じられない。

 天幕内で無線機を前に、久し振りにリックと話すエミリオは、嬉しさに笑みを零していた。またこうしてリックと話ができ、笑って冗談が言い合えるのが、何よりも嬉しくて堪らないのである。

 話をしているリックも、顔は見えずとも楽しげだった。エミリオの半分以上本気な冗談に、彼もまた嬉しそうに笑い声を聞かせている。お互い、久し振りの再会で話したい事は山ほどあるが、先に本題へと切り込んだのはリックの方だった。


『⋯⋯⋯なあ、エミリオ。俺との勝負は楽しいか?』

「楽しいよ⋯⋯⋯。君と戦える日が本当に来るなんて夢みたいだ」

『本気で俺に勝つつもりか? この反乱を成功させて、お前が大陸の覇権を握るっていうのか?』

「無論、本気さ。私が君に勝てないとでも?」

『俺じゃお前に勝てないから困ってるんだよ。おまけにミュセイラまで相手にさせやがって、殺す気満々過ぎるだろ』


 リックの言葉に嘘はない。エミリオとミュセイラが、戦争において圧倒的にリックを凌駕しているのは、彼自身が最もよく理解している。

 ヴァスティナ帝国が誇る二大軍師は、数と力によってのみ戦争の勝敗が決まるわけではないと証明し続けた、大陸の戦史に名を刻むを資格を持つ英雄だ。この鬼才の軍師二人を相手にして、凡人であるリックが敵う筈もない。

 その事を一番分かっている本人は、言葉では勝てないとまで言って見せるものの、声や言葉には慌てた様子や、悲観した様子は感じられない。彼の言葉の裏側に隠れた心にあるのは、深い悲しみと胸を裂く痛みだ。


『ミュセイラまで巻き込んだお前が、俺を片付けて何をするつもりなのか、そろそろ教えてくれ』

「君を片付けるなんてとんでもない。一部を除いて、君を含めた仲間達を殺す気なんて毛頭ないさ」

『じゃあ俺を捕まえて終わる気か? その後はどうする?」

「君が目指した大陸全土の武力統一を、この私の手で成し遂げる。ヴァスティナ帝国をローミリアの長として、争いのない平和な世界を実現して見せよう」


 ヴァスティナ帝国をローミリア大陸全体の支配者として、国家間同士のあらゆる戦争を排除し、恒久平和を大陸にもたらす。この考えは今のミュセイラが目指す、平和な世界の実現となる。

 ヴァスティナ帝国を自らの手で導き、大陸全土を統一した後に、新しい世界の構築を目指す。これに逆らえる国家は、武力統一した後では存在しない。帝国は南ローミリアだけでなく、全ローミリアの盟主となって、一大同盟を築き上げる事になるだろう。それを統治し、支配者として導く存在が、ヴァスティナ帝国女王となるのだ。

 

「女王アンジェリカを統治者として、ローミリア大陸をこの手に握る。私は飽くまで軍事の面で彼女を支えるだけだから、彼女を傀儡にして大陸の支配をするつもりなんてない。ローミリアを統べるのは、善政で国を治めるアンジェリカ陛下の役目だからね」

『⋯⋯⋯俺に代わって大陸を統一するだけが、本当にお前の望みなのか?』

「私のではなく、これが君の望みでもあるはずだよ」

『⋯⋯⋯!』


 リックがローミリア大陸の統一に拘るのは、亡き女王ユリーシアとの約束があるからだ。エミリオが知る限り、ユリーシアはリックに大陸全土の武力統一を望み、二人は約束を交わしたという。何故彼女がそれを望み、リックへと託したのか、誰も理由は知らないままである。

 唯一理由を知るのは、約束を交わし合った本人であるリックだけだ。あの心優しいユリーシアが、一体何故武力統一による大陸支配を望んだのか、誰にも想像できない。生前のユリーシアを知っていれば、尚の事理由など分かるはずもなかった。

 エミリオの語る野望は、確かにリックが望んでいる統一という点は果たされる。そしてエミリオは、リックがユリーシアと交わした約束というものを予想し、二人が本当に望んでいるものを言い当てようとしている。


「君がユリーシア陛下と約束したのは、統一という手段で大陸全土に平和をもたらし、ヴァスティナ帝国とその民を守ること。二度と、オーデルやエステラン、ジエーデルなどの脅威に晒される事のない、真の平和の実現。それが、命を懸けて君が果たそうとする彼女との約束だ」


 ユリーシアは争いを好まない、心優しく慈愛に満ちた、まさに天使の様な存在だった。そのユリーシアが、大国オーデル王国の侵略行為や、エステラン並びにジエーデルの侵攻を経験し、どんな想いで立ち向かったか。

 あの儚く華奢な少女が、女王という責務と重圧の中で、国と民を守るために精一杯尽くした。だが彼女の献身があっても、戦争によって多くの命が失われ、二度と彼らは戻らなかった。

 もし彼女が、オーデル王国との戦争を経て、もう二度と争いによって人の命が奪われない、絶対的な平和を望んだとしたら。彼女が愛した帝国の民や、亡き宰相マストール、メシア、ウルスラ達メイド部隊の事を守りたいと願っていたのだとしたら、大陸全土の統一を思い付きもするだろう。


「武力による統一を提案したのは君なんだろう? 戦乱だらけの大陸で統一を目指すには、力を持って組み伏せるしかないからね。しかも君は、絶望的だったオーデルとの戦争に、奇跡を起こして勝利をもたらした救国の英雄だ。そんな君の提案ならば、ユリーシア陛下だって賭けてみたくもなったはずさ」


 エミリオが予想して見せた約束の内容など、彼でなくとも、リックとユリーシアの事を知る者達からすれば、多くが似たような考えに至るだろう。

 分からないのは、ユリーシア亡き今でもその約束を叶えようとして、武力統一という手段を急ぐ理由だ。

 順調に事を動かせば、ヴァスティナ帝国はあと数年もしない内に、大陸の覇権を握れるだろう。北の二大大国を降す事も夢ではない。降す事ができなくとも、二大国が手を出せない国力を有し、事実上の支配者に君臨する事も可能だろう。

 それが叶っただけで、ユリーシアが望んだはずの平和が手に入る。しかしリックは、全ての国々を力で従わせる道を選んだ。彼が武力統一に拘り、統一を急ぐ理由だけが、エミリオにも予想できない。

 

「どうだいリック? 君には、ユリーシア陛下が望んだ平和な世界を統べて貰いたいんだ。アンジェリカ陛下と君の二人なら、ローミリア大陸を治める資格がある。そのために私は君を――――」

『⋯⋯⋯お前はユリーシアのことを、何もわかってない』

「!?」


 沈黙していたリックが、ようやく静かに口を開いた。エミリオの語る話を否定するリックだが、彼の言葉からは、先程まではなかった小さな怒りと、亡き彼女を想う寂しさが感じ取れた。


『お前や、みんなが思う程、ユリーシアはよくできた良い子じゃない。彼女はもっと自分勝手で我儘な女の子だった。メシアはそれを知っていたから、俺が彼女との約束を果たそうとするのを止めなかった』

「⋯⋯⋯何を言っているんだい。彼女は一体、君に何を願ったというんだ」

『お前が知る必要はない。どうしても知りたいなら、俺を捕まえて吐かせてみるんだな』


 どうあっても話す気がないリックは、断固として抵抗する姿勢を崩さず、エミリオを全く恐れず挑発する。それならばとエミリオも、決着を望む彼の言葉を鼻で笑う。

 二人の間には、最早戦う以外の選択肢はない。どちらかが力尽きて倒れるまで、二人の戦争は終わらないのだ。


「自分でも言っていただろう? 君は私に勝てない」

『どうかな? 百回、いや千回に一回だけでも勝てるって言うなら、その一回をここで持ってくるだけだ』

「意気込みは素晴らしいが、君達の作戦はお見通しだ。業火戦争の時の様な奇襲攻撃は、私に通用しない」

『本陣への奇襲対策は万全ってか? そいつは結構、こっちの予想通りだ』


 寡兵であるリック達が勝つ手段は、エミリオを討つ一発逆転の策のみだ。対するエミリオは、彼らがどんな方向から奇襲を仕掛けても対応できるよう、兵の配置は万全である。勿論リックも、エミリオならばこの程度は予測できると、最初から読めていた。

 だが読めてるからと言って、これ以外に作戦がなければ、待ち構えている敵に突っ込んでいくしかない。無謀に挑むつもりかと思われたリックだが、彼が選んだのは、かつて自分が成し遂げた奇跡の再現などではなかった。


『俺達の反撃は始まってる。お前をぶん殴りたくて堪らない奴らが、お前の完璧をぶっ壊す』

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