表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
422/511

第五十八話 そして君が私を撃つ Ⅰ

第五十八話 そして君が私を撃つ







 軍師エミリオ・メンフィス。

 ヴァスティナ帝国の軍事を担当し、軍の頭脳として活躍した鬼才の軍師である。劣勢だった数々の戦争を帝国の勝利に導き、帝国が強大なる軍事力を得るに至るまで、その身を捧げ続けた英雄の一人だ。

 また彼は、ローミリア大陸の戦史にその名を刻み付ける、誰も予想しなかった偉業を成し遂げた。この名と偉業は、彼の遠い祖国たるホーリスローネ王国にも轟いた。

 エミリオは自らが望んだ通り、己の力を多くの人々に知らしめ、証明して見せた。自分こそが正しく、自分を笑った者達が間違っていたのだと、彼は自らの力で証明したのである。皆の反対を無視し、それなりに裕福だった家を飛び出して、遠く離れたヴァスティナという国で、自分が正しいと認めさせたのだ。

 

 だがエミリオは、いつの頃からか、自らが求めていた正しさの証明などに、あまり拘らなくなった。勿論、証明できた事が嬉しいとは思うも、想像していた以上に喜べなかったのである。彼を変えたのは、ヴァスティナ帝国で出会った人々や、大切な仲間達、そしてリックという存在だ。

 ヴァスティナで過ごした時間。激しく、辛く、悲しく、苦しくとも⋯⋯⋯、温かく、そして満ち足りた日々。あの時間の中で、自分を信じてくれた仲間達の想いと、リックが向けてくれた微笑みが、彼の夢を変えてしまった。

 新しい彼の夢、彼の望みは、リックのために大陸全土の武力統一を成し遂げること。統一を果たした後は、リックが拘り続ける、前女王ユリーシアとの約束とは何か、それを知ることだ。


 ユリーシアがリックへと残した、彼に苦しみと悲しみを与える呪縛。彼女が何を望み、彼が何故その約束のために生きようとするのか、それを教えて欲しかった。

 もうそれは、叶わぬ望みとなった。リックが自らの罪を背負い戦い続けるように、エミリオも自らの罪と向き合う時がきた。

 親友にして、戦友にして、自身が認める最強の相手。裏切り者の汚名を背負うエミリオが、ずっと待ち焦がれていた瞬間が、もうすぐやって来る。

 チェスでも机上演習でも、エミリオが全勝だった。未だかつてリックは、エミリオに勝利できた試しはないが、今回は彼が最も得意とする実戦での勝負となる。

 リックは必ず、自分の目の前に再び現れる。そう信じられるからこそ、エミリオが動かす最後の策はは⋯⋯⋯。










「メンフィス先輩?」


 一人集中していたエミリオは、ミュセイラに声をかけられるまで、彼女が現れた事に気付いていなかった。

 今エミリオがいるのは、彼専用に用意された天幕内である。椅子に腰かける彼の傍には、机の上に置かれた無線機がある。ここで彼は、ミュセイラに任せるわけにはいかない、重要な役目を果たさなくてはならない。

 はっとしてミュセイラに気付いたエミリオが、かけている眼鏡を外して眉間を指で押さえる。まだ始まっていない事を確認しつつ、彼の様子を見たミュセイラは、心配する気持ちを露わにして口を開く。


「無理はなさらないで下さいまし。お疲れでしたら、この後のこともわたくしにお任せ下さいな」

「⋯⋯⋯君こそ疲れているだろう? ここは私に任せて、宰相達が動き出すまで休むといい」

「そのことで新しい情報が入りましたので、ご報告に参りましたの」


 同じ裏切り者同士だが、エミリオと同じように、ミュセイラにも一切の躊躇いがない。仲間同士で戦う事に、全く抵抗を抱かない彼女の冷たい瞳が、報告を待ち望んでいたエミリオへと向けられる。


「リリカ宰相らはトロスクスの街に向かい、昨日の内に同地の占拠を行なったようですわ。トロスクスで我が軍を迎え撃つ算段のようですわね」

「予想通り仕掛けてきたか。他に代わった動きは?」

「街を占拠する主力以外に、別動隊の存在が確認されていますの。現在、警戒部隊がその動きを探っていますわ」

「ならば計画通り我々も動くとしよう。宰相達の狙いも読めているからね」


 エミリオとミュセイラが考えていた通り、先に仕掛けてきたのは彼女達の方だった。大胆不敵かつ、常に攻撃的な彼女達らしい行動であると言える。

 報告を受けても特に驚かず、エミリオは外していた眼鏡をかけ直す。決戦の時が訪れた事に対し、ミュセイラも覚悟が決まっているため、動揺の色は一切ない。


「作戦指揮は君に任せる。リックさえ押さえれば、私達の勝利だ」

「わかっておりますの。もう二度と、あの人を悲しませない明日のために⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯アングハルトの死は君だけの責任ではない。彼女の死に苦しむリックの心も、君が背負う必要はない」

「あの戦争で私が下した判断は、最悪の悲劇を生みましたの。私さえ判断を誤らなければ、こんな事にだってならなかった」


 先のジエーデルとの戦争において、参謀たるミュセイラが行なった作戦の結果、帝国国防軍第一戦闘団指揮官セリーヌ・アングハルトの戦死と、将軍リクトビア・フローレンスの記憶喪失を招いた。

 あの戦争は、敵も味方も必死だった。劣勢だったジエーデル軍は戦局を挽回するべく、秘かにリック暗殺を計画していた。敵軍と交戦中だった第一戦闘団参謀のミュセイラは、狂気とも思える敵の猛攻を受ける中で、勝つための判断を下したに過ぎない。

 事実、アングハルトが犠牲になったものの、帝国国防軍はジエーデル軍を打ち破り、戦いに勝利した。彼女の判断が犠牲を生んだが、その選択が間違っていたわけではない。あの時ミュセイラは、あの時彼女の作戦を受け入れたアングハルトも、その時自分達にできる最善の選択を行なった。

 結果が何であれ、ミュセイラが全ての責を負う必要はない。どんな結末だってあり得る、戦場という極限状態の中では、時に大切な仲間の命すら失われてしまう。それが戦争なのだと、頭ではミュセイラも分かってはいるが、今回ばかりは彼女の心がそれを許さない。

 

「アングハルトさんの死も、あの人の記憶が失われてしまったのも、メンフィス先輩が皆さんを裏切ってしまったのも、元を辿れば私のせいですわ。この反乱の責任は、全て私が取りますの」

「ミュセイラ⋯⋯⋯」

「悲しいお顔をなさらないで下さいまし。先輩が私に計画を打ち明けて下さった時から、あの人や、帝国の皆さんが私達に抱く憎悪は、私が受け止めると決めておりましたの」


 先の戦争で起きた悲劇は自分のせいだと、ミュセイラはずっと責任を感じ続けていた。エミリオに反乱の計画を打ち明けられた時、これこそが罪深い自分にできる、皆への贖罪だと彼女は信じた。

 ヴァスティナ帝国を、大切な仲間を、黒きドレスを喪服代わりに、憎悪を生きる糧とする少女を、この手で救うために。それこそが、ミュセイラがリックを裏切った本当の理由であると、エミリオは知っている。

 こんな彼女を巻き込み、自らの目的のために利用したのが、他でもないエミリオ自身である。野心のない、純粋な想いで自らの罪を償おうとするミュセイラに、彼の覚悟が一瞬揺らぐ。


「⋯⋯⋯これだけは、約束して欲しい」

「何ですの?」

「私達の戦いがどのような結末を迎えたとしても、君は生きて、自分が守りたいと願うもののために戦って欲しい」


 覚悟が揺らぐのは、ほんの刹那だった。

 彼女を利用した事を、エミリオは後悔しない。この先、彼女が如何なる試練に向かい合い、エミリオを憎む未来が待っていたとしてもだ。

 ミュセイラはエミリオの言葉を、「もしも自分に万が一の事があれば」という意味で受け取った。彼の想いと言葉を受け取ったミュセイラは、微笑を浮かべて言葉を返すのだった。

 

「もとより、そのつもりでしてよ。でも私、先輩を死なせる気なんか毛頭ありませんの。私達はこれからも、どこまでだって一緒ですわ」


 久方振りに見るミュセイラの微笑みが、エミリオには眩しく温かく、しかし苦しかった。

 話を終えたミュセイラは、トロスクスの街へ進軍を開始するべく、天幕を出てエミリオのもとを後にした。天幕内に一人に残ったエミリオは、改めて己の罪深さを思い知り、思わず苦笑してしまう。


(ミュセイラ、君は実直過ぎるんだ⋯⋯⋯)


 そして彼のもとに、無線機から合図が送られてくる。合図とは言っても、扉の開閉音と、数人の人間の足音が、無線機の向こう側から聞こえるだけだ。

 段取りは完璧である。予定通り始めようとしたエミリオが、不敵な笑みと共にゆっくりと口を開いた。


「御無沙汰しております、アンジェリカ陛下――――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ