第五十七話 侍従乱舞 Ⅹ
「順調そうだな、メンフィス参謀長。ザンバの奴が街を掌握するのも時間の問題だ」
トロスクスの街を攻撃する反乱軍主戦力の、更に後方に位置する陣地内。その場所でオスカー・ギルランダイオは、作戦指揮をミュセイラに一任しているエミリオに向け、満足気に言葉をかけて見せる。
参謀たるミュセイラと、将軍のザンバが指揮を執る位置から、彼らは更に後方に陣を構え、ここを本陣としている。それぞれの役割を信頼できる者に任せた二人は、反乱軍を主導する象徴として、この本陣に身を置いているのだ。
これは第零戦闘団が、指揮命令系統への奇襲を企てた際の備えでもある。数で劣る第零戦闘団が、大軍に勝利する策として、少数精鋭による指揮系統への奇襲を仕掛けたとしても、指揮系統を分けておけば崩壊を免れる。
この配置にはオスカーも賛成し、敵の奇襲を警戒して、エミリオが提案した編成に従った。但し、オスカーがこの編成と配置に賛成したのは、もう一つ裏の理由があった。
「⋯⋯⋯それはそうと、先日から竜騎兵共の姿が見えないようだが?」
「彼らには、女王アンジェリカ・ヴァスティナの輸送を任せています。今頃は捕らえた女王を、ドラグノフ達がこちら送り届けようとしている最中でしょう」
「本当に女王は捕らえられたのだろうな?」
「帝国国防軍全体が私の命令に不信感を抱き始めたようで、念のため無線封鎖をしていましてね。実を言えば捕縛が成功したのか、確実な報告は聞けていません。ですが⋯⋯⋯」
訝しむオスカーに対して、エミリオはただ不敵な笑みを浮かべて見せる。しかしその笑みは、作戦の成功と勝利を確信していた。
「私達に加担するジエーデル兵の数は多い。孤立無援の中で数も劣る以上、護衛戦力に勝機はない」
オスカーが見た、眼鏡の奥に隠れたエミリオの目は、驚く程に冷たい眼差しだった。冷酷に事を進めるエミリオの言葉を受け、オスカーはそれ以上何も聞かなかった。
だがそれは、エミリオを完全に信用したが故のものではない。主君を裏切った者など、心から信用できるはずがないからだ。
エミリオの編成に素直に従ったのは、彼を傍で監視する意味もある。もしエミリオが自分を傍へ置かなければ、オスカー自身がこの提案をするつもりだった。エミリオが万が一にも、自分達を裏切る様な素振りを見せれば、すぐさま彼を斬り伏せる用意がオスカーにはある。
保険として、ザンバの弟ジルバには、ダナトイアの防衛を任せている。エミリオがオスカー達に刃を向けた場合に備え、戦力を分散させておきたかったためだ。また、ヴァスティナ側に反乱を気付かれ、帝国国防軍による反撃が開始された際は、ダナトイアを防衛する事で、彼の地に捕えている者達を、人質として利用する事ができる。
エミリオがリックに対して万全の構えを敷く様に、オスカーもまた、彼らに対する備えは十分だった。起こした乱が大きい故に、念には念を重ねて慎重に動くオスカーであったが、杞憂であったかもしれないと思い始めてもいる。
何故ならエミリオは、本気でヴァスティナ帝国をその手中に収め、大陸の覇権を握る存在になろうとしているからだ。そんな男が、ここでオスカー達を裏切り、無用な混乱を自ら招くはずがない。
「⋯⋯⋯恐ろしい男だ。やはり参謀長殿こそが、ヴァスティナを強大な国に変えた黒幕だったか」
「黒幕などと、買い被りですよ。私がいなくとも、帝国はここまでの大国になったでしょう。真に恐るべきは――――」
言葉の途中で、エミリオ配下の兵が一人、大慌てで彼のもとに駆け込んできた。オスカーに聞かれぬよう、兵士がエミリオに耳打ちして報告を行なう。話を聞いたエミリオは、一瞬目を見開いて驚くも、直ぐに平常を取り戻してオスカーを見る。
「申し訳ありませんが、少々問題が起きたようです。暫く兵の指揮をお願いできますか?」
「いいだろう。もしや女王の件か?」
「それとは別ですが、私一人で片付く程度の問題です。では失礼いたします」
表情を崩さないエミリオが、後の事をオスカーに任せて背を向ける。立ち去ろうとするエミリオの背に向かい、その瞳に憎悪の炎を燃やしたオスカーが、殺気を放って口を開いた。
「メンフィス参謀長。あの女は⋯⋯⋯、アイゼンリーゼだけは必ず俺の手で殺させろ。俺との約束を忘れるなよ?」
「ええ、忘れていませんとも。存分に苦痛を与え、使い潰すまで利用した後は、思うがままに殺して下さい」
憎しみに囚われるオスカーの、悲劇と絶望のもとに生まれた約束。深い憎しみを抱く彼との約束は、エミリオからすれば悪魔との契約に思えた。かつての仲間の命を売る代わりに、反逆に必要な武力を借り受ける契約なのだから、真面な約束とはとても言えないだろう。
エミリオは、裏切りの汚名を被り、仲間の命を売り、冷酷非情に徹し続ける。
自らの歩みを止める事はなく、止められる人間もいない。悪魔に魂を売り、ローミリア大陸の覇権を握ろうとするエミリオに向かい、今この時、最後の障害となる存在が立ちはだかろうとしていた。
「真に恐るべきは、やはり君だったね⋯⋯⋯」
言いかけた言葉の続きを、ぽつりと独り言で漏らしてしまう。噂をすればと思いながら、様々な感情のせいで高鳴る胸を抑え、人払いした天幕に入る。そこには一台の無線機が置かれ、用意されているマイクの向こう側は、既にある人物と通信が繋がっている。
マイクに向かいを唇を近付けたエミリオは、静かに呼吸した後に、ゆっくりと口を開くのだった。
「君なのかい?」
『待たせたな、エミリオ』
その声、その言葉が、とても懐かしく感じてしまう。やはり、思った通りだったと、心が躍る。
何十年も待っていたかのような、懐かしさを覚える感覚。彼は少し戸惑うも、気付けば微笑みを零して口を開いていた。
「会いたかったよ、リック⋯⋯⋯」




