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第五話 愛に祝福を  前編 Ⅵ

 王との極秘会談の結果、結婚は一週間後という事が伝えられた。

 結婚式をチャルコで挙げた後、姫はエステラン側に迎えられる事になる。これは、人質と言ってもいい。

 万が一チャルコが逆らえば、姫を人質として、言う事を聞かせる。姫をエステランに迎える事で、チャルコ側が逆らえない体制を構築する気なのだ。

 エステラン側との話し合いで、王は、何とか一週間という時間を作り出した。エステラン側は、三日後に式を挙げようとしていたが、式を阻止したい王は、阻止計画を立てるための、時間を作ろうと交渉したのだ。

 一週間後と言う提案は、当然エステラン側に拒否されたが、王は秘策を使った。メロース王子の趣味が、狩猟であると言う事を、噂で聞いていた王は、この国の中で、狩猟に適した場を、いくつか紹介したのである。

 式の日まで、狩猟を楽しんではどうかと提案した王。メロース王子はこの提案に賛成し、結婚式は一週間後となった。

 だが、一週間と言う時間を稼いだものの、王もリックたちも、今のところ、有効な手段を持ち合わせていない。式の日までに、如何にして政略結婚を阻止するか。意見がいくつか出されはしたが、結局、どれも有効な手段ではなく、話し合いは平行線となってしまった。

 二時間程の話し合いの末、今日は何も進展しないまま終わったのだが、王はリックに、一つ頼み事をした。その内容とは、シルフィ姫がリックに会いたいらしく、会ってやって欲しいと言うものであった。


「そう言えば、シルフィ姫ってどんな子なんですか?」

「聡明な方だ。陛下の唯一の親友で、よく手紙のやりとりをしている」


 シルフィ姫の待つ部屋へと向かう途中、リックはこの中で、唯一姫のことを知るメシアに、姫の事を聞いてみる。部屋へと向かっているのは、リックとメシアの他に、護衛のクリスとイヴ、そして何故か、メイファが付いて来た。

 メイファが付いて来た理由は、「変態ご主人様が七歳の幼女を誘拐しようとしないか監視するためです」、と言う事らしい。

 ちなみにではあるが、ロベルトは姫に興味がないと言って、付いて来なかった。今頃は、帝国軍事顧問のために用意された部屋で、仲間たちと飲み会でもやっているのだろう。


「お姫様とか憧れるよね。フリフリのドレスとか着て、みんなに命令できて、僕もなってみたいなぁー」

「イヴさん、男の子は姫にはなれません。なれるなら王子です」

「でもまあ、イヴの容姿なら姫になれそうだよな。体を調べられない限りはばれないし」

「何言ってやがる。服の中に銃と爆弾仕込んだ女装男子が姫とか嫌だろ」


 そんな会話をしながら、今回の最重要人物が待つ、部屋の前に辿り着く。部屋の前には護衛の騎士が二人立ち、リックたちの到着を確認すると、部屋の扉をノックして、中で待つ姫に到着を告げた。

 少し待つと、扉が内側から開かれる。扉を開いたのは、世話係のメイドであった。

 メイドに部屋へと通されたリックたちは、そこで、チャルコ国唯一の姫を目にする。


「貴方がフローレンス参謀長ですね。初めまして、私がシルフィ・スレイドルフです」


 チャルコの未来を担う、七歳の少女。肩の上までに切り揃えられた、茶色がかった髪。綺麗な青い瞳と、純情さを感じさせる用な表情。一国の姫と言うだけある、十分な美しさを備えた少女である。 服装は姫らしく、フリフリとしたドレスを着こなし、絵本などで見る、姫のイメージそのものであった。


「お前たちは下がりなさい。フローレンス参謀長と、御付の方々だけに話があります」


 彼女が部屋にいたメイド数人に命令すると、メイドたちはすぐに、部屋を退出する。

 部屋にはリックたちと、シルフィだけが残る。クリスとイヴは、部屋を警護していた騎士たちが、メイドたちと共に、部屋を離れていくのを扉越しに感じ取った。余程、他の人間に聞かれたくない話なのか。

 今この部屋に、チャルコ側の人間は姫一人。護衛の騎士まで下がらせて、一体何を話すと言うのだろうか?


(政略結婚の事なのは明白だけど・・・・・・。結婚に不満があるのを、他に知られたくないと言う事か)


 これは姫の責任だ。姫が結婚に不満がある事を、他に知られれば、多くの者たちに、動揺を与える可能性がある。

 姫には、この国を担う責任がある。その姫が、私情で政略結婚に不満を抱けば、国を担う責任を放棄したと思われてしまう。

 そう思われてしまわないためにも、メイドと騎士たちを、完全にこの部屋より遠ざけたのだろう。


「これでこの部屋には、私と貴方方しかおりません」

「そうなりますね、姫殿下」

「・・・・・・・・・・・はあ~、疲れた」

「えっ?」


 先程までは、美しい絵本のお姫様そのもの。

 しかし今は・・・・・・。


「ったく肩こるのよねぇ~。だから堅っ苦しいの嫌なのよ」

「あのー・・・・・・、姫殿下?」

「うるさい。私の事はシルフィ様と言え、変態下衆野郎」


 先程までのお姫様オーラは何処へ消えたのか・・・・・・、目の前の少女は部屋の椅子にどんと座り込み、脚を組んでリックたちを見まわした。

 その目と態度は、まさにドS女王様と呼ぶのが相応しい。


「シルフィ様、お久しぶりで御座います」

「メッシー、おひさー」

「めっ、メッシー!?」


 騎士団長メシアの事を、メッシーと呼ぶシルフィ。お互い知った仲らしいが、あまりにも馴れ馴れしい。と言うよりも、帝国最強の騎士をあだ名で呼ぶこのお姫様の、いや、現在のこの態度も含めて、一体何処が聡明だと言うのか・・・・・・。


「この前さあ、ユリユリから手紙きたんだけど、あの子元気してる?」

「はい。近頃は体調を崩されておりますが、毎日忙しくとも、楽しそうに過ごされております」

「ふーん、それは何よりね。で、あんたがユリユリお気にのリック様なわけね」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!ユリユリって、まさかユリーシア陛下の事ですか!?」

「ユリーシアだからユリユリ。何か問題ある?」


 問題ありに決まってると、咄嗟に叫んでしまうところ必死に堪えた。目の前にいるのは、こんなのでも一国の姫君であるのだ。

 彼女の態度の豹変に、クリスたちも唖然としている。普段通りにしているのは、メシアだけだ。


「おいおいどうなってやがる、こんな奴がほんとにチャルコの姫なのかよ」

「僕、こんなお姫様嫌だ・・・・・」

「二重人格・・・・・・ではないですよね」


 二重人格ではないかと疑う、唖然としているメイファの気持ちも、わからなくはない。

 最初の出会いと今では、あまりにも差があり過ぎるのだ。


「まあいいわ、お前たちを呼んだのには理由があるの。時間が惜しいから、単刀直入に言うわね」

「色々いきなりぶっ飛ばし過ぎですよ姫殿下!!」

「シ・ル・フィ・さ・ま、って呼べって言ったろボケが」

「ごっ、ごめんなさい・・・・・・」

(俺のリックがやられた!?)

(僕のリック君が七歳の女の子に負けた!?)


 一言で表すならば不良。七歳の不良お姫様が、この場の主導権を完全に握っている。

 ヴァスティナ帝国の方が、チャルコより大きい国で、本来であれば、彼女がこのような態度を取る事など許されない。・・・・・・はずなのだが、この少女には、他を圧倒する威圧感があり、何故か逆らえないのである。

 生まれながら人の上に立つ、帝王の素質が、この少女にあると言うのだろうか。


「参謀長、あんた私と結婚しなさい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・冗談ですよね」

「二度も言わせるな殺すぞ。結婚しろ、わかったな?」


 リックは思う。

 いや、メシアを除けば、この場の誰もが思った事だろう。


(陛下・・・・・・、友達はもっとちゃんと選んだ方がいいです・・・・・)






 初日は色々あり過ぎてしまった。

 見習い騎士との出会い、王との謁見、性格最悪の屑王子の登場、王との内密な話し合いに、とどめの一撃は不良姫殿下の命令である。たった一日で、これだけのイベントがあった。

 疲れ切ってしまったリックは、食事を済ませた後、一日の疲れを取るために、大浴場を訪れていた。体を洗い、今まさに、湯船へと浸かるところである。


「はあ~~~、湯が体にしみわたる・・・・・・」

「あははっ、おじいちゃんみたい。よっぽど疲れたんだね」


 リックたちのために用意された浴場は、普段は限られた者しか使用を許されない、豪華で広々とした、城の浴場である。この浴場には今、リックだけでなく、クリスとイヴも共に入っていた。

 護衛と言う理由もあるが、二人の場合それだけではない。


「ほんと勘弁して欲しいぜ、あの不良姫殿下様はよう」

「いきなり結婚はないよね。あの王子といくら結婚したくないからってさ」


 政略結婚などしたくない彼女は、帝国参謀長であるリックとの、結婚を図った。

 王子と式を挙げる前に、先に結婚してしまえば、手が出せないと考えての命令だったのである。帝国とチャルコは友好国であるし、友好関係強化のために、その国の代表的人物同士が結婚する事に、問題はない。どうしても結婚を嫌がる彼女は、形だけの結婚を、リックとしてしまおうと考えたのだ。

 しかし、王子が来てしまった以上、ここでそのような無理が、通るはずもない。それがわかっていたリックは、勿論その命令に対して、全力で異を唱えた。

 シルフィに対して、必死にその命令が如何に無理なものかを説明し、どうにか諦めては貰えたのだが、彼女はご立腹となってしまい、その後は大変であった。


「あんな理由でリックと結婚なんか許さねぇ。こいつは俺の男だぜ」

「気持ち悪いからやめてくれ。俺は女が好きなんだ」

「じゃあ僕と結婚しようよ。クリス君と違って、僕は見た目女の子だから」


 女の子の容姿をもつ、狙撃が得意な男の子は、リックへと迫る。

 まるで女の子の様に、体にタオルを巻いて、胸と下を隠している。これでは、本当に男なのかと疑ってしまうが、確かにイヴは男の子だ。いや、正確には、男の娘と言う方が正しいか。


「どっちかと結婚しろって言われたら、イヴだな」

「やったー!僕の勝ちだね♪♪」

「何で俺じゃねぇんだ!負けちまっただろ!」

「当然だ、イヴの方が可愛いし。と言うか、何で勝負になってるんだよ」


 湯船に浸かる三人。

 風呂で疲れを癒しながら、シルフィ姫との会話を思い出す。

 クリス以上に口が悪いシルフィは、ユリーシアとの手紙にの遣り取りで、リックたちの事を知っていたらしい。リックを変態呼ばわりしたのも、彼の性癖が手紙に記されていたからだ。クリスやイヴの事も知っていて、帝国にこれまで起こった事も、理解していた。

 三年前、シルフィは帝国に訪れた事があり、そこでユリーシアと出会った。それ以来二人は、親友と言える間柄となったらしい。その後、お互い手紙の遣り取りをする仲となり、ユリーシアはよく、政務などをシルフィに相談する事もあるのだとか。

 メシア曰く、聡明な子と言うのは事実なようだ。聡明な子と言う割りには、口が悪くて突拍子もない事を言ってきたのだが・・・・・・。


「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「なになに、結婚式の相談?」

「違う、メイファの事を聞きたいんだよ。お前仲いいだろ」


 専属メイドのメイファには謎が多い。まず、メイファと言う名前は、帝国メイド長が付けた名前であり、本名ではないし、出身なども不明である。今回彼女をリックが同行させたのは、専属メイドだからと言う理由だけでなく、少しでも彼女の事を知ろうと、考えたためだ。


「どんな事聞きたい?」

「そうだな・・・・、仕事で悩みを抱えてたりしてないか?メイド仕事なんて初めてだろうから、何かと苦労してるんじゃないのか?」

「悩みとかはないみたいだよ。仕事の方は苦労してるみたいだけど、最近少し慣れたって言ってたかな」

「他にはないか。どんな些細な事でもいいんだ」

「そう言えばメイファちゃん、なんか女王陛下や宰相を避けてるみたいなんだよね。この前二人で城の中を歩いてた時、僕が宰相を見かけて声をかけようとしたら、なんでかメイファちゃん、物陰に隠れちゃったんだ」

「隠れた?陛下と会ってもか?」

「うん、メイド長も不思議がってたよ」


 あの二人が、メイファに何かしたとは思えない。

 心優しいユリーシアが、彼女に害をなすような事をするはずがなく、マストール宰相も、そのような事をする人間ではないと、リックを始めとした、誰もが理解している。

 二人が何かを彼女にして、そのせいで彼女が二人を避けているとは考え難く、彼女自身が、何かの理由で二人を避けているとしか思えない。少なくとも、帝国の人間であればそう考える。


「一つ気になる事があるな、あの口悪メイド」

「なんだクリス?って、口悪メイドってメイファの事かよ・・・・」

「あいつ、不良姫殿下に興味津々だったぜ。お前は気付かなかったみたいだけどな」


 リックは気付かなかったが、彼の後ろに控えていたメイファは、姫殿下シルフィを、じっくり観察していた。

 クリスはその事に気付いていたが、何故彼女が、姫に興味があったのかまではわからない。胸の内を語らない彼女は、未だに謎だらけだ。


「そうか、あの姫に興味津々・・・・。二人ともどう思う?」

「知るかよ。俺は興味ねぇ」

「僕は興味あるかな。リック君も知りたいみたいだし、ちょっと調べてみるね」


 まったく彼女に興味がないクリスと、彼女を調べる事を決めたイヴ。

 しかし、イヴがメイファを調べると言う事は、親友である人間の情報を、隠れて集めると言う事だ。それが彼女にとって、他人に知られたくない事であろうと、イヴは調べると言っている。


「いいのか、メイファはお前の親友だろ?俺が知りたいからって、無理に調べる必要はない」

「気にしないで。僕はね、リック君の力になりたいの。僕の大切なリック君のね」


 一度は、リックを殺そうとしたイヴ。

 だが今では、ヴァスティナ帝国軍参謀長配下の一人だ。元は、男を騙して金を稼ぎ、よく知らない諜報機関の下っ端工作員として働いていたが、その生活を全て捨てて、今はリックのもとに身を寄せる。

 その理由をリックは知らない。イヴが起こした事件の後、レイナやクリスなどは、彼を牢へ入れるべきだと訴えた。しかしリックがそれを許さず、イヴに対しての拘束はすぐに解かせ、ただ一言彼に、「俺のもとで戦ってくれ」と言ったのである。

 それ以来イヴは配下の一人となり、リックの命令に従うようになった。前の様に、怪しい動きを見せる事はなく、リックの傍を離れようとはしない。レイナやクリスと同じで、忠実な配下の一人となった。


「君は僕の大切な主なんだよ。僕を自由にしていい、ただ一人だけの存在。あの夜、僕は君に堕とされちゃったんだからね」

「俺、お前になんかしたか?」

「僕の事、大切だって言ってくれた。本当は、男の娘属性なんてもの大好きでもないくせにね」

「・・・・気付いてたのか」

「リリカ姉さまは、リック君に合わせてあんな事言ってたけど、二人が僕を説得しようとしてたのは、わかってたから」


 リックはあの夜嘘をついた。男の娘属性が好きだと宣言したが、実際はそう言うわけではない。イヴを説得しようとして、恥ずかしさを堪えて、あんな事を言ったのである。

 今考えれば、もっとマシな言葉があったのではと思えてならない。しかし、あの時はこれしか思いつかなかった彼は、今でもあの時の発言を後悔している。


「嘘をついて悪かったな」

「別にその事はいいの。それよりもさ、僕の事大切にしてよね♪♪」


 イヴはリックへと抱きつき、体を密着させて離れない。慌てるリックの事などお構いなしだ。


「風呂場でイチャイチャしやがって」

「そう言うならイヴを引き離してくれよ!このままだと一線越えちまう」

「越えちゃおうよ僕と。僕の大切な変態参謀長様♪」


 抱きついたイヴは笑っている。楽しそうに、心から笑っていた。

 彼は見つけたのだ。自分を大切にしてくれる存在、そして、自分の大切な存在を。レイナやクリスの様に、イヴもまた、彼に惹かれてしまった。

 だからこそ守らなければならない。リクトビア・フローレンスと言う、大切な存在を。


「殺そうとして、ほんとにごめんね」


 リックの耳元でそう呟く。幸せそうな微笑みを浮かべながら。

 大浴場でのイチャイチャはしばらく続き、のぼせ上がる寸前まで、風呂に入っていた。その後、明日の打ち合わせを皆と簡単に済ませ、リックたちは眠りについたのである。

 こうしてチャルコ国での一日目は、何も手を打てないまま、終了したのだった。


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