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第五十六話 薔薇は美しく Ⅷ

 アーレンツ正門から入国したドライア軍の中に、帝国国防軍参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムの姿はあった。表向きの目的は、アーレンツに逃げ込み潜伏している、旧ジエーデル軍警察の将校を捕縛するという名目である。

 実際にそんな者が潜伏しているはずもなく、彼女達の目的はリクトビア・フローレンスの捕縛が目的だった。既に、帝国反対派の動きが原因となり、神聖薔薇騎士団がリクトビアを匿い、軍上層部にも報告せずにいた事は知られている。これがドライア軍の目的であるのは、アーレンツ側も勘付いていた。

 アーレンツの政府や軍上層部も、帝国内で起きた反乱の情報を未だ掴んでいなかった。だがミュセイラが指揮するドライア軍の存在や、帝国反対派の行動によって、帝国で何かがあった事だけは分かっている。

 その鍵を握るのがリクトビアであるのだが、アーレンツ側が気付いた時には既に遅く、彼はこの国を脱出した後であった。ミュセイラ達に協力すべきか否か、アーレンツ側の判断が遅れていたために、ドライア軍は半ば強引に入国を果たし、表向きの軍事行動を開始した。

 その結果、ドライア軍は帝国反対派と協力する形で、リクトビアを匿っていた神聖薔薇騎士団と戦闘を開始した。先行した三百のドライア兵が、数で劣る騎士団の女性剣士達と刃を交えたのである。先に報告でそれを聞いていたミュセイラが、本隊を指揮して現地に赴くと、先行した部隊は劣勢に立たされていた。


 残っていた帝国反対派の戦力は壊滅。先行したドライア兵三百の部隊は、半数以上が神聖薔薇騎士団の刃に倒れていた。

 騎士団の女性剣士達は傷付きながらも、誰一人戦死せず剣を握り構えている。中には重傷な剣士もいるが、軽傷な兵がそれを支え、この先を一歩も通さないという気迫を放ち、壁となってドライア兵を牽制していた。

 最も恐るべきは、騎士団の先頭に立って剣を構える、ほぼ無傷な二人の剣士である。神聖薔薇騎士団隊長ベルナデット・リリーと、副隊長コーデリア・アッシュホードの二人が、勇猛果敢に戦う剣士達と共に、先行部隊を完全に足止めしたのだ。

 ベルナデット一人で七十人以上の兵を斬り伏せ、コーデリアは三十人以上をその剣で刺し貫いた。それでも尚、二人は疲労の色を見せず、まだまだ戦える姿をドライア兵に見せていた。

 対して先行部隊は、半数以上の戦力を失った事で、一旦攻撃の手を止めて、騎士団と睨み合う状態となっていた。このまま戦っても被害が増すばかりと考え、本隊を待って仕掛けずにいたのである。

 

 現場に到着したミュセイラは、神聖薔薇騎士団の予想以上の力に、自分の想定不足を思い知らされた。ドライア軍の練度が不足していたわけでも、戦力不足だったわけでもない。単純に、相手がこちらの想定を超える戦闘力を有していた結果なのだ。

 もしミュセイラが、騎士団の戦闘能力を正しく知り得ていたならば、作戦に変更を加えて修正していただろう。それが出来ていれば、現在発生している犠牲を半数以下に抑える事も可能だった。己の想定の甘さに反省しつつ、ミュセイラは先行部隊が対峙している騎士団の前に歩み出た。

 

「話には聞いておりますわ。貴女が神聖薔薇騎士団隊長ベルナデット・リリーさん。階級は中佐で宜しかったですわね? わたくしはヴァスティナ帝国国防軍参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムと申しますの」


 自ら名乗り出たミュセイラは、彼女達の健闘を称えて首を垂れる。相手に礼を尽くすミュセイラの姿に、ベルナデットもまた構えていた細剣を下ろし、頭を上げた彼女に応えて見せた。


「如何にも、私がベルナデットだ。貴官らの目的を聞こう」

「単刀直入に申しますの。貴女方が匿っている人物を我々に引き渡して欲しいですわ。もし逃亡した後であるならば、どうか道を空けて欲しいんですの」


 騎士団が兵舎を飛び出し迎え撃っている時点で、リクトビア達はもうここにはいないと、ミュセイラは直ぐに察する事ができた。籠城ではなく迎撃を選択しているという事は、騎士団は時間稼ぎのために戦っているのだと、容易に想像できたからだ。

 現に、兵舎を包囲していたはずの帝国反対派は、包囲を崩され壊滅している。残った兵も、彼女達の力を恐れて多くが撤退した後だ。更には、ドライア軍が放った元アーレンツ情報局のババラが、騎士団に討たれて屍を晒している。

 

 何故、反乱軍がリクトビアを発見できたのか。それは移動中だったリクトビア達を、反乱軍の偵察隊が発見し、その移動経路を予測したからである。

 リクトビア達がアーレンツへと向かっていると予想したエミリオは、捕縛の任をミュセイラに命じ、彼女にドライア軍の一隊を指揮させた。アーレンツにいると予想した時点で、ミュセイラはクリスと神聖薔薇騎士団の関係性を思い出し、彼らが逃げ込むならばそこだと判断したのである。

 ミュセイラの予想は全て当たっており、騎士団の口から確認を取るまでもない。彼女達が自分達と戦っているのが、何よりの証拠なのである。

 

「大人しくこちらの指示に従ってくれさえすれば、これ以上戦闘を続けることも、アーレンツ政府に抗議することも致しませんわ。中佐の賢明な判断に期待致しますの」

「貴官らは強引に我が国へ押し入り、正当な手続きも調査もなく我らを疑い刃を向けた。此度の件、こちらも相応の対応をさせて頂く」

「それが貴女方の返答なんですのね」

「どう受け取るかは、貴官の判断に任せよう」


 両者一歩も引く気がなく、ミュセイラ率いるドライア軍も、ベルナデット指揮下の神聖薔薇騎士団も、互いに得物を向け合い睨み合いを続ける。指揮者たる二人が戦闘を命じれば、再び両者は激しい戦闘を繰り広げるだろう。

 このまま戦えば、数で勝るドライア軍が最終的な勝利を得る。しかしその勝利を得るためには、多くの犠牲を覚悟しなくてはならない。ミュセイラは犠牲を考え、ベルナデットは騎士団の壊滅を悟り、どちらも号令を下せずにいた。

 その状況を変えたのは、騎士団に迫るアーレンツ国防軍の部隊だった。帝国反対派の増援かと一瞬疑われたが、彼らに騎士団と敵対する意思はなく、寧ろ騎士団の盾になろうとして、ドライア軍との間に割って入るのだった。

 その数は約三百だが、これは先行して駆け付けた部隊に過ぎない。騎士団を救うべく、続々と戦力が駆け付けようとしている。先行した三百の兵を率いるのは、ベルナデットの同志の一人たる部隊長であった。


「両軍共に剣を収めよ! これ以上の戦闘行為は重大な内政干渉である!」


 軍馬に跨る部隊長の男は、両軍を引かせるべく高らかに叫び、指揮下の隊を戦闘態勢に入らせる。その刃は勿論ドライア軍を向いており、相手が攻撃に出ないよう牽制した。

 

「リリー中佐、剣を引いて頂きたい。これは将軍からの御命令です」

「了解した」

「ヴァルトハイム参謀殿。そちらも直ちに軍を退いて頂きたい」

「⋯⋯⋯」


 部隊長の男の指示にベルナデットが従ったのを受け、副隊長であるコーデリアも騎士団の女性剣士達も、全員剣を収めた。対してミュセイラ率いるドライア軍は、素直に指示に従わず、その場で戦闘態勢を崩さず沈黙する。

 一触即発の緊張感の中、両軍の間を張り詰めた空気が支配する。やがて、沈黙を続けていたミュセイラが、固く閉ざしていた口をゆっくりと開けるのだった。


「伝説の六剣の末裔、リリー家の次期当主なだけありますわ。私達がここへ来るよりも早く、リリー家の力で手を打っていたわけですわね」

「⋯⋯⋯」

「アーレンツ国防軍が騎士団の味方をするのであれば、今の私達に勝ち目はありませんわね。ここは大人しく退かせて頂きますの」


 ミュセイラが宣言した通り、ドライア兵は武器を収めて戦闘態勢を解除する。兵を率いてこの場から立ち去ろうと、一人背を向けたミュセイラ。歩を進めた彼女の背に、鋭い眼光を向けたベルナデットが、怒りにもとれる表情で口を開いた。


「待て、ミュセイラ・ヴァルトハイム」

「⋯⋯⋯何か御座いまして?」


 ベルナデットに呼び止められたミュセイラが、一切の感情を表に出さず振り返る。その姿を見たベルナデットは、もう何を言っても無駄なのだと理解しつつも、彼女へと問う。


「共に戦った仲間を裏切ってまで、貴官が成し得ようとするものは何だ」

「⋯⋯⋯貴女には関係ないですわ。では皆様、御機嫌よう」


 ベルナデットの問いかけに答えず、ミュセイラは彼女達のもとを去っていった。ドライア兵を引き連れたミュセイラは、用が無くなったアーレンツからの撤退を進める。既に彼女は思考を切り替え、アーレンツの外に出たであろうリクトビアらが、今頃は策に嵌っていると予想していた。


(将軍⋯⋯⋯。貴方が何処へ逃げようと、私が何度でも先回りして差し上げますわ)


 かつて、リクトビア救出のため帝国メイド部隊のリンドウが、アーレンツに関する情報をもたらした際、元情報局員だった彼女が知る限りの隠し通路の場所が、情報として提供された。

 その情報を頼りに、リクトビア達が通路を使用して脱出する可能性を考え、知る限りの全ての出口に、予め兵を待機させたのである。もしも、正面からドライア兵に挑み突破を試みた際には、彼らをアーレンツの外に釣り出し、待機させている伏兵をもって捕えるつもりでもあった。

 ミュセイラは二重三重に策を張り、相手がどう動いても対処できるように備えた。本気で彼らを捕えようとするミュセイラの作戦には、一切の情けや容赦はなく、彼らを敵としてしか見ていない。


(貴方はもう何も思い出さなくていい。何もしなくていいんですの。貴方が守ろうとした帝国の未来は、メンフィス先輩と私が守りますわ)


 自分の信念に従い、仲間である者達に刃を向けようと、裏切り者の烙印を押されようとも、ミュセイラは自らが選択した道を歩んでいく。

 己の手を仲間の血で染め上げたとしても、それが正しい事なのだと信じて⋯⋯⋯。守りたい者達の未来を掴む事を、彼女は選んだ。

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