第五十六話 薔薇は美しく Ⅶ
神聖薔薇騎士団の援護によって、無事に隠し通路に辿り着く事ができたリック達は、案内役のノエルに誘導されながら、アーレンツから外に出るべく通路を進んでいた。
人間が一人通れるだけで、一列でしか進めない狭さだが、屈んだりする必要がない程度の高さはある。ゴリオンなら絶対に通れなかっただろうなと、そんな事を考えながら、ノエルが用意してレイナが火を付けた松明を頼りに、彼らは先を急いでいた。
先頭は松明を持つノエルが立ち、その後ろにはレイナ、リック、リリカと並んで、殿はクリスが務めている。時々クリスが、心配気に後ろを振り返る様子を察したリックが、ふと思い付いたかのようにノエルに話しかけた。
「ノエルさんって確か、うちのライガがお世話になった人ですよね。ぼろぼろにしたあいつを態々運んでくれたっていう」
「そうそう、あの時はベルナに協力を頼まれて戦ったんですよ。そう言えば正義の味方君は元気ですか?」
「もう元気過ぎるってくらい元気で困ってるんで、もしよかったら貰ってくれませんか? あいつ、ノエルさんとの戦いで自分の実力不足を反省してから猛修行して、前よりもっと丈夫でうるさくなっちゃったんですよ」
「あんなに暑苦しくてうるさいと、秒で鬱陶しく思っちゃうんで嫌です」
アーレンツ攻防戦の際、魔法少女のノエルは正義の味方仮面ライガ―こと、ライガ・イカルガと交戦した。戦いは、ライガがノエルの召喚した魔物を倒し、彼女が負けを認めたという結果だった。
その戦いで重傷を負ったライガ、帝国軍の陣地まで運んだのがノエルである。ライガを送り届けたノエルは、その場で帝国軍に降伏し、情報提供などの協力を条件に、ライガを負傷させた事を許された。
この出来事は、後にリックも報告書で確認していたため、ノエルの名を覚えていたのである。リックもノエルも、あの時の戦争で起きた事に恨みはないため、二人の会話に憎しみの感情はない。寧ろ、出会ったばかりだと言うのに、お互い気さくに話す程だ。
「そう言えば、リリー中佐がノエルさんを親友って呼んでましたけど、二人って仲良いんですね」
「幼馴染ですし、お互い頼みごとを聞き合うくらいには仲良いですよ。私みたいな魔法使いが、情報局や軍に強制的に入れられずに済んだのは、家が権力持ってて顔が利くベルナのお陰なんです。その代わり私がベルナの情報屋になって、魔法少女として活動しながら国内外の情報集めをしてますけどね」
情報屋であるというノエルの話で、リック達はベルナデットの情報の出所が彼女であった事に気付く。反乱に関する情報をベルナデットに説明して貰う際、彼女は友人が手に入れた情報だと言っていた。その友人というのがノエルだったのである。
自らを魔法少女と名乗る不思議な人物だが、帝国国防軍はおろか、アーレンツの軍上層部も知り得なかった情報を、彼女は一早く掴んでいた。そう考えると、彼女の諜報能力は高く、決して侮れない存在だと言える。
「よく反乱の情報が手に入りましたね。うちの軍ですら、エミリオの情報操作でまだ気付いてないってのに」
「ベルナに頼まれて、ヴァスティナ帝国の情報は最優先で集めていたので、そのお陰ですよ。アーレンツが負けて以来、ベルナったらそちらの雷剣さんにお熱なんです。どこで何してるかとか、どんな戦いをしただとか、挙句の果てにはご飯何食べてたかまで調べろって言う始末なんですよ」
「ほとんどストーカーじゃないですか。ちなみに、俺がノエルさんにクリスの秘密や恥ずかしい話を提供したら、その報酬は?」
「美人で男に飢えた女兵士の知り合い大勢がいるんですけど、よければ御紹介しましょうか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ノエルさんとは今後とも良いお付き合いができそうですね」
「今後ともどうぞご贔屓に♪」
すっかりノエルと意気投合してしまうリックだが、その代償として、明らかに怒っているレイナから心底睨まれてしまう。レイナの睨みには苦笑いで応え、咳払いしたリックが話しを続けようと口を開く。
「ところで、リリー中佐のことなんですが――――」
「心配ないですよ。ベルナ超強いし、軍に知り合いが大勢いて顔が利くんです。家の力もあるから、みんながベルナを守ってくれます」
それを聞いたリックは、ベルナデットに言われた話を思い出す。現れたドライア軍相手に、正門にいる同志達が時間を稼ぐと言っていたが、その同志というのが、ノエルが言う軍の知り合いという事なのだろう。
親友であるノエルが、ベルナデットを心配していない理由に納得したリックが、歩きながら顔を後ろに向ける。リリカを挟んで、ノエルの話に耳を傾けていたクリスが、不安が解消され、安堵した顔を見せていた。
リックが笑みを浮かべて見ていると、気付いたクリスが頬を少し赤くして顔を背ける。ベルナデット達は心配ないと、それが分かって安心したクリスは、もう後ろを振り返りはしなかった。
「あっ、そうだ。ヴァスティナ帝国関係で新しい情報を手に入れたんですけど、興味ありません?」
今度はノエルが、突然思い出したかのように口を開き、リック達が必ず食い付く話題を振った。そう聞くという事は、無料で教えてくれるわけではないと察しつつ、代表してリックが訪ねてみる。
「タダじゃなさそうですね。いくらですか?」
「お金だと嬉しいですけど、今回は特別大サービスです。ベルナが喜びそうな面白い情報で手を打ちましょう」
「わかりました。リリカ、出番だ」
「ふふっ、実はクリスはね、幽霊の類や恐い話が大の苦手なんだ。この前なんか宿で寝る前に恐い話を聞かせたら、一人で手洗いにも行けなくなって可愛かったよ」
「お買い上げありがとう御座います♪」
「うおおおおおおおおおいっ!! ちょっと待てお前らああああああああっ!!」
クリスの了承も得ず、彼の弱点とも言える秘密を売り、ノエルを満足させたリリカ。当然のように鬼の如く怒るクリスだったが、リリカが相手となると手も足も出ない。そしてレイナは、そんな彼に同情するどころか思わず吹き出してしまい、笑い声を必死に堪えていた。
「ギルドで聞いた話によると、エステランで会談を終えた女王アンジェリカは、今はジエーデルにいるようですよ。現ジエーデルの統治者ジークフリーデンと近々会談するんだとか」
「陛下は無事なんですね?」
「そうらしいです。たぶん、反乱にもまだ気付いてないんじゃないかと思いますよ。気付いてたら呑気に他国で会談なんてやってる場合じゃないですし」
ノエルの言う通り、もしアンジェリカが反乱に気付いていたならば、ジエーデル国から直ちに引き返して帝国を目指しつつ、全軍に反乱軍の鎮圧を命じるだろう。何より、アンジェリカがそうしなくとも、彼女を傍で守るメイド長ウルスラならば、確実にそうする。
現在のところ、アンジェリカはまだ無事らしい。これに関してはリックも安堵したが、ノエルのこの話は同時に、彼が不安を覚える事にもなった。
ジエーデル国は現在、国家元首ジークフリーデン・ムリューシュカの手によって統治されている。しかしこれは、表向きは同盟関係にある帝国の支配により、完成した統治だ。当然のように、この統治体制に不満を抱く者は多い。
敗戦後、ジエーデル国はヴァスティナ帝国の属国であるのは、誰の目から見ても明らかであった。戦後の復興支援や旧ジエーデル軍残党の討伐に加え、ジークフリーデンの統治体制を手助けしたのも帝国である。帝国の協力と支配無しに、今のジエーデル国の存在はあり得ないだろう。
だがそれは、ジエーデルという国が独立した国家ではなく、他国の傀儡になったと考え反発する者を生む。実際その通りなのだが、自国の状況や国家間の情勢を正しく見れない、祖国を守ろうと立ち上がる愛国者気取りが暴走すれば、混乱と破滅に繋がってしまう。
もしそんな者達が、帝国女王の来訪を好機と考え、彼女に刃を向けようと画策しているならば、アンジェリカの身が危ない。護衛の帝国メイド部隊がいるとはいえ、他国内で襲われれば逃げ場がない。エミリオが反乱を起こした状況であれば、尚更大きな不安がリック襲う。
「リック様⋯⋯⋯」
不安が顔に出ていたせいで、それを察したレイナがリックを見ていた。何か励ます言葉を掛けようとしているが、言葉が見付けられずに口籠ってしまう。
それが可愛らしくて、不安を抱いていたリックの心が、少し和らいだ。心配するなという言葉代わりに、リックが平気そうに笑って見せる。励まそうとするつもりが、逆に気を遣わせてしまったと思い、レイナは前に向き直って肩を落とすのだった。
「さあ皆さん。もうすぐ出口に着きますよ」
気が付けば、案内役のノエルが言う通り、松明の明かりに照らされた暗い地下通路の先に、上へ昇るための梯子が見えてくる。その梯子を昇った先には、出口の扉が用意されているのだ。
安心するにはまだ早いが、何とかアーレンツを無事脱出できた。脱出に尽力してくれた神聖薔薇騎士団が気がかりではあるが、一先ず大きな危険から逃れられた事で、状況が大分楽になった。まだ危機が完全に去ったわけではないと言え、リックも他の三人も、安心できたお陰で肩の力を幾分か抜く事ができた。
そしてリックは、自分達を襲った敵に対して、必ず報復すると誓うのだった。
「よし。ここを無事に切り抜けて、連中に必ず仕返しするぞ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯と思ってたのに、仕返しどころじゃないな」
やられた分を倍にして返すつもりだったリックの目論みは、隠し通路を出た瞬間、大勢の敵に包囲された事で脆くも崩れた。
隠し通路の出口は、今は廃村と化した場所の、とある家屋の中に存在した。通路を出たリック達が、家屋の室内から外に出ると、彼らは突然廃村の各所に潜んでいた敵に、瞬く間に包囲されてしまった。
一瞬、ノエルに謀られたかとも思われたが、一番驚いて混乱していたのは彼女であった。しかも敵は、ノエルに対しても得物の刃を向けているため、彼女に騙されたわけではないと直ぐに分かった。
囲まれたため、リック達は全周囲を警戒しながら、それぞれの得物を構えて戦闘態勢に入る。彼らを取り囲んでいる敵は、アーレンツに入国した部隊と別の隊であろう、ドライア国の兵士達であった。
「ちっ! 脱出を読まれてやがったのか!?」
「破廉恥剣士の言う通りだとすれば、連中の指揮はまさかエミリオが⋯⋯⋯!?」
「奴ならこれくらい読めても不思議はねぇな。近くで指揮を執ってるかもしれねぇぞ」
アーレンツへの逃亡や、想定よりも早過ぎる敵の襲来など、明らかにこれはリック達の動きが読まれている。こんな真似がドライア軍にできるはずはないため、彼らを指揮しているのがエミリオであるならば、レイナもクリスも納得できた。
帝国国防軍の参謀長であり、リックは勿論の事、レイナやクリスの考えも手に取る様に分かるであろうエミリオならば、全て予測できてもおかしくはない。帝国反対派による襲撃も、エミリオが仕込んでいた策の一つに違いないのだ。
「いや⋯⋯⋯、エミリオは来てないはずだ。あいつは反乱軍の総大将だから、俺を捕まえる程度のことで出張っては来ない」
レイナとクリスがエミリオを疑う中、リックは冷静に、そして静かに彼が来た事を否定する。驚愕してリックへと視線を向けるレイナとクリスだが、ある一つの可能性が脳裏を過る。
それは、現状でこそ最悪の状況である中、もっと絶望的な状況下に追い込まれる可能性だった。信じられないと疑う二人の考えと、リックの考えは同じだった。
「俺達を直ぐに発見し、ドライア軍を向かわせるだけでなく反対派に兵舎を包囲させ、俺達が脱出するのも可能性に入れて出口に兵を待機させる。ここまで徹底的に追い込む策を好んで使う参謀を、俺達は誰よりもよく知っている」
相手がリック達の考える通りの人物であるならば、エミリオと同じ予測を可能とし、こんな真似ができるのも納得できる。しかしそれは、新たな裏切り者の存在が発覚した事を意味していた。
怒りも悲しみも、憎悪も絶望もない。ただ、可能性として有り得たものの一つが、現実にその通りであったと分かり、リックはただ静かにその名を口にする。
「敵を指揮しているのは、ミュセイラだ」




