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第五十六話 薔薇は美しく Ⅵ

「貴様らが狂犬を匿っているのは既に調べが付いている! 大人しく我々に引き渡せ!」


 神聖薔薇騎士団の兵舎を取り囲んだ、帝国反対派の兵士達。兵は皆、完全武装の状態で兵舎を包囲し、中にいるリクトビアらの逃亡を阻止しようとしている。

 それに対抗するべく、兵舎正面入り口には騎士団の女性剣士達が集結し、彼女達の先頭には副隊長のコーデリアが立つ。腰に差した剣に手をかけ、いつでも刀身を抜き放てるよう構えた彼女は、眼前で群がる敵が先に仕掛けるまで、己の得物は抜かずにいる。

 これは、軍内部で勃発した武力衝突一歩手前の状況である。相手が帝国反対派であろうと、同じアーレンツ国防軍の兵士であるのは変わらない。味方同士で争うのは、可能ならば避けたいと思うのは当然だ。

 理由はそれだけではない。上層部にも報告せず、独断でリクトビア達を匿っていたのは、他でもない神聖薔薇騎士団である。現状、帝国反対派はリクトビアの保護を理由に兵を動かしているため、正義は寧ろ彼らにある。

 もし先に騎士団の方から仕掛ければ、独断行動と反逆行為を疑われ、軍紀違反で最悪重罪となるだろう。これ以上事態を悪化させないためには、手を出すならば敵の方でなくてはならい。敵もそれは承知しているため、兵舎を取り囲んで動かないのはそのためだ。

 

(中佐はこれがわかっていたから、将軍のことを報告しなかった。でも、こんなに早く反対派に知れるなんてあり得ない)


 アーレンツ内にはリクトビアを敵視する者達がいる。それが分かっていたからこそ、ベルナデットはリクトビアの存在を秘匿し、騎士団の兵舎内で匿った。存在が気付かれぬよう手は打ってあり、騎士団の者達にも口外禁止を徹底していた。

 何れ気付かれるのも想定はしていたが、ここまで早いのは想定外である。初めはコーデリアも情報漏れを疑ったが、それにしては手際が良過ぎるように思えた。


(恐らく、反対派とは違う別の敵が、将軍の居場所を伝えたに違いない。まさか、反乱軍の手は既にこの国にまで及んでいたというの⋯⋯⋯!?)


 コーデリアの予想が正しければ、帝国反対派にリクトビアの居場所を伝えたのは、反乱軍という事になる。どうやってリクトビアの居場所を突き止めたのかは不明だが、この対応から察するに、リクトビア達がこの国に逃げ込む前から、反対派と反乱軍は繋がっていた可能性が高い。

 その繋がり気付けていれば、もっと早く彼らを脱出させていただろう。反対派に包囲され、反乱軍の尖兵までも現れた以上、気付くのが遅すぎたと、彼らに謝罪する事しかできない。

 彼らを守るつもりが、逆に危険に晒してしまっていた。この失態は、自らの剣で挽回すると誓ったコーデリアは、例え相手が自国の兵であろうとも、剣を抜いて戦う覚悟だ。


「直ちにこの場を立ち去れ! ここを神聖薔薇騎士団の兵舎と知って武器を向けるつもりか!」


 騎士団を代表し、コーデリアが声を張り上げ抗議する。当然、彼女による抗議程度で引き下がる事はなく、反対派の将兵は武器を構え、次々に怒声を浴びせかける。


「嘘を吐くな! 侵略者に国を明け渡した売国奴め!」

「祖国を帝国に売り払うだけでなく、祖国を破滅に導いた狂犬を庇うなど恥を知れ!」

「そもそも女が騎士を名乗るのが間違いなのだ! 祖国への忠誠を捨てた尻軽共め!」


 これが敵の挑発であるのは、誰の目から見ても明らかである。コーデリアもそれを理解しているため、剣を抜き放って戦うような真似はしない。

 だが彼女は、誇り高い薔薇の騎士である。国への忠誠を疑われるなど、本当は我慢ならない。挑発に乗らないために、今すぐにでも彼らの言葉を撤回させたい思いを必死に抑え、剣にかけた手を強く握りしめる。


「何が売国奴よ!! 帝国に逆らえもしないヘタレ共!」

「口では何とだって言えるでしょうよ! そもそもこの国を腐敗させたのは、情報局に大人しく従ってたあんたらのせいでしょうが!」

「寧ろ情報局の支配から祖国を解放してくれたのは、あんた達が否定する帝国でしょう!? ってか、戦争になった原因だって情報局の奴らのせいじゃない!」

「祖国への忠誠を捨てたとか、あんた達みたいな無能な馬鹿に言われたくないわ! 私達はいついかなる時であっても、国と民を守る薔薇の騎士よ!」


 コーデリアは一言も言い返せなかった。しかし、彼女の部下たる騎士団の女性剣士達は、彼女の分まで声を大にして、これでもかと反対派に喧嘩を売った。

 続々と兵舎前に集まった女性剣士達が、誇り高いコーデリアの気持ちを察し、彼女の代わりとなって暴言に暴言で返す。驚いたコーデリアが部下達を見ると、彼女達は皆頼もしい笑みと共に、覚悟を決めた目で戦闘態勢に入っていた。


「貴方達⋯⋯⋯。本当にいいのね?」

「私達は神聖なる薔薇の守護騎士。愛する国と民、そして救いを求める全ての者のために、私達の剣はここにあります」

「副隊長が一人で戦うつもりなの、気付かないと思いました? 私達を庇おうなんて考えないでください」

「私達を尻軽呼ばわりするあんな童貞野郎共なんて、味方じゃなくて女の敵です。命令されなくてもぶった切ってやりますよ」

「それより副隊長。ここでレッドフォード様を御助けできれば、絶対好感度上がりますわ。愛しのレッドフォード様の心を掴むためにも、負けられませんわね」


 味方同士による戦いも、軍上層部すらも恐れぬ、誇りを胸に戦おうとする守護騎士達。頼もしく、そして美しい彼女達の姿に、コーデリアの胸が熱くなる。

 もう、あんな醜い連中の暴言など、何も感じない。今彼女の胸の内にあるのは、同じ志を持つ者達と共に戦える喜びと、愛する者のために戦う闘志だ。


「ありがとう、薔薇の騎士達よ⋯⋯⋯。聞け! 我らに刃を向けし愚か者達よ! お前達の戦いに大義はない!」


 共に戦おうとする彼女達に応え、毅然として声を発したコーデリアの言葉が、反対派の将兵を一瞬動揺させる。剣や槍、弓や弩まで持ち出して武装する大勢の兵が、強い意志を持って叫ぶコーデリア一人に怯んだ。


「大義は我らにあり!! 我ら神聖薔薇騎士団は、お前達の様な卑怯者に決して臆したりはしない!」


 はっきりと、そして堂々と宣言したコーデリアに対し、反対派の将兵は怒りに燃えた。その中の一人が、指揮官の命令を待たず、怒りに我を忘れて構えていた弩の引き金を引き、コーデリアに向かって矢を放ってしまう。

 矢は目にも留まらぬ速さで、真っ直ぐ彼女に向かって飛んでいく。刹那、コーデリアは放たれた矢の動きを見切り、神速の如し速さで剣を抜き放ち、得物たるレイピアでその矢を斬り落とした。

 一瞬で矢を防いだ彼女は、自らを狙って矢を放った兵を睨み付ける。兵は彼女を恐れ、怯んで後退ってしまう。他の兵も、自分達の目では全く捉えられなかった、彼女の見事な剣捌きに驚愕し、同時に恐怖を覚えた。


「やはり卑怯者だな! 不意打ちで騎士を討とうなど、恥知らずめ!」


 この瞬間、正義は神聖薔薇騎士団に傾いた。先に手を出したのは反対派であり、しかもそれは飛び道具による卑怯な不意打ちである。

 戦う大義名分を得た騎士団は、全員抜刀した。コーデリアはレイピアの切っ先を敵に向け、剣を構えて命令を下す。


「敵は一兵たりとも兵舎に入れるな! 交戦を許可する!」

 

 そう命じて先陣を切ったのは、やはりコーデリアであった。弾かれたように地を駆け、一瞬にして敵兵の懐に飛び込んだ彼女が、レイピアの切っ先を輝かせ、神速の突き技を放つ。反応ができなかった兵士は、何もできぬまま胸を刺し貫かれ、その場に倒れ伏す。

 混乱する周囲の敵に対して、足を止めずに次々と斬りかかったコーデリアが、一人で敵を一撃のもとに討ち取っていく。その姿はまるでクリスの様であり、剣の速さや剣技は、彼に勝るとも劣らない。


「死にたくなければ失せなさい! 逃げる者の命までは奪わない!」


 華麗な剣捌きのもと、敵の包囲に穴を開けようと猛進するコーデリア。戦い続ける彼女のもとに、部下達も兵舎の守りを残しつつ参戦する。

 神聖薔薇騎士団の練度は、反対派の想像を遥かに超えており、コーデリアはおろか、他の剣士達すらも止められない。向かって行けば瞬時に斬り伏せられ、兵の屍が地面を埋め尽くす勢いである。


 それもそのはずである。元々アーレンツは中立国であり、本格的な実戦を経験する機会は、歴史的に見ても少なかった。アーレンツに於いての主戦力は、今は無い国家保安情報局であり、国を守るはずの国防軍は今も尚、組織の腐敗と練度不足が問題視されていた。

 そこでベルナデット、国と民を守る精鋭部隊を求め、神聖薔薇騎士団を創設した。外敵からの侵略に対し、祖国と国民の盾となるべき力。そしていつか起こり得る、情報局に対する民の反乱が起きた際、民を守る盾となり、剣となる力。ベルナデットが創り上げたのは、来るべき時に備えたアーレンツ最強の部隊なのだ。

 今や神聖薔薇騎士団は、大きな実戦を経験すると共に、クリスらの協力もあって、目覚ましい成長を遂げた。その力は、情報局崩壊後も組織の腐敗から立ち直れていない、国防軍の兵士程度など敵にすらならない程である。

 

「副隊長! 後ろは気にせず行っちゃってください!」

「こんな連中、光龍騎士団の剣士達に比べたら雑魚ね! 数だけの寄せ集めだわ!」

「ああん! こいつら全員ぶっ飛ばしてレッドフォード様に褒めてもらいたいわ!」


 数の上では、兵舎を取り囲む反対派の将兵数百人に対し、兵舎正面に展開する騎士団の剣士達は数十人。数的有利なのは反対派だが、所詮彼らは国防軍の兵士で、指揮系統が統一できていない烏合の衆である。

 この程度では騎士団の足を止める事など出来ず、コーデリア達は群れた敵兵の中を突き進む。遂にはコーデリアの剣が、兵舎正面の敵指揮官を一撃のもと討ち取って、敵兵を大混乱に陥れる。

 あまりにも呆気なかったが、これは騎士団が強すぎた結果であった。敵指揮官を排除した事で、統率が完全に崩壊した敵の包囲に穴が開く。ベルナデットに受けた命令通り、脱出のための突破口を開いたコーデリアは、脱出路を部下達に確保させ、自らは周囲の敵を牽制する。


 思った以上に手応えがなく、国防軍の練度不足を改めて思い知る騎士団だったが、彼女達に慢心や油断はない。次に敵が何を仕掛けてくるかを警戒し、脱出路の確保に全力を尽くす。残った敵の兵は、下手に手を出しても犬死するだけだと理解し、騎士団に武器を向けたまま動けずにいた。

 今が好機と考えたコーデリアは、クリス達が兵舎を出てくるの待つ。まだかと焦るコーデリアが、突如殺気を感じ、直感的に剣を振るう。振るわれた剣は、コーデリアに襲撃をかけた敵の剣とぶつかり合う。相手は反対派の雑兵ではなく、彼女が見た事のある人物であった。


「情報局のババラ・グレルコビッチ!? 生きていたというの!」

「少しばかり腕を上げたようだなコーデリア・アッシュホード。無い才能でよくやったと褒めておこう」


 コーデリア同様にレイピアを使う、元国家保安情報局特別処理実行部隊の隊長の一人、ババラ・グレルコビッチ。情報局時代と同じ軍服を纏い、長髪を後ろで束ねたこの男は、ぎらついた瞳でコーデリアを見ては、剣を振るいながら思い出したように言葉を続ける。


「前よりは力を付けたようだが、お前の剣は変わらんな。直線的で読み易い」

「そういう貴方は汚くて美しくない剣ね! 今だってこんな不意打ちを⋯⋯⋯!」

「どんな手を使おうと勝てばいい。それが戦いというものだ」

「だとしても、私は貴方の剣が嫌い!」


 両者のレイピアが目まぐるしく交錯し、甲高い音を響かせ続け、激しく打ち合い続ける。挨拶代わりの斬撃を終え、一旦コーデリアから距離を取ったババラは、剣を構えたまま冷笑する。


「馬鹿らしい騎士道精神だな。そんなもので戦いに勝てるなら苦労はしない」

「貴方みたいな考え方の冷酷非道な情報局が、この国でずっと人々を苦しめてきた。だから情報局は滅び、貴方達は人々の手によって裁かれた」

「帝国との戦争時、敗北を悟った俺はこの国を脱出した。お陰で死刑台に立たずに済んだが、お前達のせいでかつての同僚はみんな死んだよ」

「あの戦争で死んだとばかり思っていたのに、まさか生きていたなんてね。でも安心しなさい。貴方への裁きは、この私の手で下すわ」


 アーレンツ攻略戦後、ほとんどの元情報局員は人々に罪を問われ、極刑を言い渡された者も大勢いた。冷酷で残虐な特別処理実行部隊の生き残りも、極刑となり処刑された。

 ババラのように、自分達が処刑されるのを恐れ、アーレンツを秘かに脱出していた者は少なくない。ババラは一度捨てた祖国に舞い戻り、今は自分の腕を必要とする雇い主の為、この戦場に現れたのだ。


「ほう、面白いことを言えるようになったな。剣で俺に一度たりとも勝てなかったのを忘れたか?」

「忘れていないから、貴方だってすぐにわかった。ここに現れたということは、新しい巣はドライアということね」

「よく分かったな、褒めてやる。ドライアに亡命して生き永らえたわけだが、憎き帝国で反乱が起こったと聞いてな。それで協力している」


 戦後、ドライアに亡命を果たしたババラは、国の汚れ仕事を請け負う工作員として、秘かに暗躍し続けていた。そうして今日まで生き延び、帝国に対して蜂起した反乱軍に協力するべく、ドライアの兵と共にかつての祖国に戻ったのである。

 隠し通路を抜け、単独で国内に侵入を果たしたババラは、脱出を考えるリクトビアらを奇襲するべく、ここへ現れた。だが、帝国反対派が予想以上に使えなかったせいで、脱出路を確保したコーデリア達の排除を優先したのだ。

 

 ババラには絶対的な自信があった。彼が言う通り、コーデリアは一度も、剣の勝負でババラに勝てた事はない。六剣の末裔たるベルナデットを除けば、ババラはアーレンツで一番の剣の使い手であり、彼女に次ぐ実力者なのである。

 それ故の自信が、コーデリアに勝つのを容易いと思わせている。しかし、コーデリアが自分より格下であると見つつも、ババラの剣に隙は無い。予想外の強敵を前に、コーデリアは相手から決して目を逸らさず、剣を構えたまま深呼吸する。


「⋯⋯⋯昔の私じゃない。貴方が相手であっても負けないわ」

「やめておけ。お前には剣の才能がないんだよ。才がないから、どこまで鍛えようとそれがお前の限界だ」

「なら試してみなさい。貴方の剣で、私を討てるかどうかを」


 才能という言葉に敏感に反応するはずのコーデリアが、大した反応も見せず取り乱さない。挑発のつもりだったババラは、剣の腕だけでなく、精神面も成長した彼女の姿に、少し驚かされる。

 

「だったら試してやろう。本気でいくぞ」


 瞬間、先に仕掛けたのはババラであった。距離を詰めたババラがレイピアを振るい、高速の連続突きを放って襲い掛かる。コーデリアはその全てを見切り、レイピアの刃で連続突きを弾いて防ぐ。今度はコーデリアが剣を横一閃に振るい、その切っ先がババラを襲う。

 ババラは上体を後ろに逸らして躱すと、必殺の一撃を放とうと突きの構えに入る。「来る」と、コーデリアが身構えた次の瞬間には、彼女の目の前にババラの切っ先が迫っていた。


「無駄よ!」


 触れる寸前で切っ先を躱したコーデリアが、剣を振り上げ一閃を放つ。ババラは後ろに跳躍してそれを躱すが、彼の軍服には浅い切れ込みが入っていた。

 

「掠りとはいえ、俺に一撃いれたか」

「昔の私とは違う。貴方を超えるために、我武者羅に挑み続けたあの頃とはね」

「ならば次の俺の一撃、お前に見切れるかな?」


 戦いを愉しんでいるババラが、不敵に笑って構える。先程と同じ突きの構えだが、彼の纏う空気が変わった。

 構えは同じでも、放たれようとしている技が違う。未だ体験した事のない技が、自分に向かって放たれようとしている。張り詰めた緊張感がコーデリアを襲う中、剣を構え続ける。

 剣士ババラは、自分が今まで一度たりとも勝てなかった相手。その相手が、未だかつて自分に披露しなかった技を、本気で放とうとしている。これはババラが、コーデリアの成長を認めた証であった。

 超えなければならない相手の本気が、自分を刺し貫かんと構えられている。あまりの緊張に息を呑み、額から汗が零れる。体が強張り、剣を握る手にも余計な力が入ってしまう。


『才能あるぜ、お前』


 不意に脳裏に蘇った、自分が認める最強の剣士の言葉。神速の美しい剣技を持って敵を討つ、大陸最強の剣士を目指し戦う男が、自分を負かしたあの時言ってくれた言葉。

 剣の才能がないと言われ続け、それでも必死に努力してここまできた自分に、彼だけが才能があると言ってくれた。それがどれだけ嬉しかったか、彼にはきっとわからないだろう。

 

(ありがとう、レッドフォード⋯⋯⋯)


 自分が認める最強の剣士から、剣の才があると言われたのだ。例え一度も勝てなかった相手と言えど、恐れる事はない。そう思った瞬間、強張っていた体は一気に解れ、手に込められていた余計な力も抜けていく。

 緊張が和らいだコーデリアが、かつてない集中力を発揮して、神経を研ぎ澄ます。身に纏う空気が変わった彼女に、ババラは一瞬驚かされたものの、技の構えは解かなかった。相手がどれだけ成長してようと、自らの剣に敗北は無いと信じて疑わず、ババラは動いた。


「いくぞ!!」


 地面を強く蹴り、ババラは瞬時にコーデリアの間合いへと飛び込む。その動きを見ても微動だにしない彼女は、剣を構えたままババラを全く恐れていない。

 それでも構わず、ババラは目にも留まらぬ速さで、レイピアの突きを放つ。技を見切ったコーデリアが、レイピアの刃でババラの剣を弾くが、次の瞬間、彼女の目の前で彼の剣は消えた。

 正確には消えたのではなく、剣が後ろに引かれ、ババラは再び突きの体勢に入っていたのだ。彼のレイピアが再び突きを放ち、コーデリアの左胸を刺し貫こうとする。反応が一瞬遅れたコーデリアだったが、彼女は剣を大きく振るう事で、ババラの二度目の突きを弾き返す。

 二度に渡る相手の突きを防いだコーデリアが、その瞳にババラを捉える。瞳を見開いて驚愕した彼女が見たのは、またも突きの構えに入るババラだった。


 受けた側から見れば、まるで三度の突きが同時に放たれたかのように錯覚する程の、光速三段突きである。ババラは、相手の剣に自分の剣を弾かせながら剣を引き、再び構えに入るという高度な技を用い、相手に反撃や回避の余裕を与えない。

 初撃と二撃目を防いだものの、自分の顔面目掛けて放たれた三撃目には、剣での防御が間に合わない。防御の選択を捨てたコーデリアは、放たれた光速の突きの一撃を、首を横に倒して回避しようとした。

 刹那、コーデリアの左頬に鋭い痛みが奔る。だがその痛みには一切構わず、得物たるレイピアを握る彼女の腕は、必殺の一撃を放つ構えに入っていた。

 驚愕したババラが、彼女の突きが来ると悟り、切っ先を躱すべく回避行動を行なおうとする。しかし、次の瞬間コーデリアが放った必殺の一撃は、ババラの想像を遥かに超える速さで迫り、彼の胸を刺し貫くのだった。


「ぐぅ!? 馬鹿な⋯⋯⋯!」

「もう貴方の知っている私ではないわ。これで終わりよ」


 一撃で正確に急所を貫かれたババラが、苦痛に呻いて地面に倒れ伏す。傷口から出血し、流れ出た鮮血で血だまりを作りながら、己の剣が彼女に追い抜かれた事を認めた。


「一人で相手取るには⋯⋯⋯、荷が重かったか⋯⋯⋯⋯⋯」


 その言葉を最後に、ババラは息を引き取った。彼に勝利したコーデリアは、勝利の喜びに浸る余裕がなく、集中力が一気に途切れ、その場でふらつき倒れそうになる。


「よっと⋯⋯⋯。おい、大丈夫か?」

「!?」


 後ろに倒れそうになったコーデリアを、腕で抱いて受け止めたのはクリスだった。自分の顔を覗き込むクリスの顔が近く、疲労を露わにしていたコーデリアの顔が、一気に赤くなって慌て顔になる。


「れっ、レッドフォード!? 貴方どうして――――」

「あん? お前がぶっ倒れるから受け止めてやったんだろうが」

「こっ、こんなことされなくても、私は大丈夫よ!」 

「そうか? 野郎を倒すのに集中しすぎて、ふらつくぐらい疲れたんだろ」


 クリスの指摘は図星だった。

 ババラが技を放ったあの瞬間、コーデリアの集中力は限界を超え、成長の壁を打ち破った。彼女は三段全ての突きを見切り、ババラの反応を超える一撃を放ったのである。強敵たるババラとの戦いがきっかけとなり、コーデリアの力は大きく成長したのだ。

 ただ、限界を突破して研ぎ澄まされた集中力の負担は大きく、神経が付いていかずに疲労が押し寄せた。そのせいで倒れそうになり、気付いたクリスが彼女を受け止めたのである。

 よく見れば、クリスだけでなくリック達や、それにベルナデットもこの場に到着していた。羞恥に悶えたコーデリアは、自分の体に鞭打って、慌ててクリスの腕を離れる。背を向けた彼女の頬は、まだ赤いままだった。


「思ったより元気そうだな。それとさっきの一撃、綺麗だったぜ」

「⋯⋯⋯あっ、ありがとう」


 クリス達がこの場に到着した時には、コーデリアとババラが勝負にでた瞬間だった。ババラの攻撃を見切り、コーデリアが放った一撃を見たクリスは、実戦の中で腕を上げた彼女の成長が、まるで自分の事のように嬉しいと感じていた。

 普段ならばあり得ない素直なクリスの感想に、コーデリアは彼の顔が見れずにいた。今振り返ってしまったら、静まらない朱に染まった顔を、彼に見られてしまうからだ。


「そっ、それよりも、脱出できるよう道は開けておいたわ。早く行きなさい」

「助かったぜ。この借りは必ず返す」


 騎士団の女性剣士達が維持している包囲の穴。そこを通れば、リック達が目指す隠し通路の入り口まで直ぐである。指揮官の戦死やババラの敗北を目にし、残った反対派の兵は何もできず、騎士団の兵と睨み合う事しかできないままだ。

 状況を悟ったクリスとリック達は、彼女達が開いた道を通ろうとする。だが彼らを阻むべく、想定よりも早く新手の敵が来襲した。


「見つけた!! あれがリクトビアだ!」


 騎士団の兵舎を目指し、正門を突破したと思われるドライアの兵が、大挙して押し寄せてきたのである。相手は騎士団の数を軽く超えており、彼女達に危機が迫る。この場を離れようとしていたクリスが、剣に手を掛け迎撃しようとするが、それを制したのはコーデリアであった。


「ドライア軍は私達が抑える。だから貴方は早く逃げて」

「数が多すぎる! お前らだけに任せておけるかよ!」

「貴方の為すべきことを思い出して! 貴方が守るのは私達じゃないはずよ!」

「!」


 コーデリアの言葉を受けたクリスが、自分が守るべき存在へと視線を向ける。彼女達の身を案じ、共に戦おうとしたクリスの気持ちを理解しつつ、彼を見つめるリックは首を横に振った。

 ここは彼女達に任せるしかない。そうする事しかできないクリスは、大きく舌打ちして毒突いた。


「安心しろクリス。我が神聖薔薇騎士団が、あの程度の敵に負けると思うのか?」


 いつの間にかクリスに歩み寄っていたベルナデットが、自らの剣を抜き、彼とコーデリアの前に立って背を向ける。見れば、ドライア軍の中で先頭を走る、特に足の速い五人の兵が急接近してきていた。

 一番槍を目指し、槍の切っ先をベルナデットに向けて突撃する兵士達。ベルナデットが敵に向かって地を駆けた、その後一瞬の出来事であった。

 彼女は敵の間を瞬時に通り抜け、五人の後ろに立っていた。何もされなかったと感じた兵士達が立ち止まり、理解できずにベルナデットへと振り返る。


「貴官らは、既に死んでいる」


 死を宣告したベルナデットの言葉通り、五人の兵士達は突然血を吐き出し、胸から出血して全員倒れ伏した。

 クリスとコーデリアは見た。兵士達が全く反応できない神速の技で、相手が胸を刺し貫かれていた事にさえ気付かせず、全員を仕留めたベルナデットの剣技を⋯⋯⋯。

 

「ドライアの兵に私は討てない。私を倒せるのは、クリスだけだ」

「ベルナ⋯⋯⋯」

「己の務めを果たしなさい。そして生きて、また私のもとへ戻ってきて」


 生きての再会を望むベルナデットに、クリスは頷いて答えた。それに満足した彼女は、向かって来るドライアの兵に向けて剣を構える。ベルナデットの剣技に驚愕したドライア軍は、流石に突撃の足を一旦止めて警戒していた。

 好機と悟り、クリスはこの場を彼女達に任せ、脱出しようとするリック達の後を追おうとした。しかしそんな彼の腕を掴み、足を止めさせたのはコーデリアであった。


「待ちなさい! 最後にこれだけは確認させて!」

「なんだ!? 急いでんだから早くしろ!」

「そっ、その⋯⋯⋯。ミカヅキさんとは、どうなの⋯⋯⋯?」

「どうってお前⋯⋯⋯、何がだよ」

「だっ、だから!! 彼女とは恋人同士なのかって聞きたいのよ!」

「冗談じゃねぇ!! 俺があんな面倒な女好きになるわけねぇだろうが!」

「そっ、それじゃあ! 二人はなんでもない関係なのね!?」

「当たり前だ! さっさと手を放せ!」


 掴まれていたクリスの手が解放され、急いで彼は走り去っていく。リック達と合流したクリスは、先頭をノエルが走り案内される形で、騎士団が開いた脱出路を通りながら、コーデリア達から遠ざかっていく。

 急な別れとなってしまい、騎士団の女性剣士達は、脱出を急ぐクリス達に次々と別れの言葉を贈った。


「レッドフォードさまあああああっ!! ずっとここにいらしてえええええっ!!」

「今度は光龍騎士団の殿方と御一緒にいらしてください!」

「行かないでレッドフォード様!! 結婚してええええええええっ!!」

「また遊びに来てくださいねー!」

「もう私、リリカ様なしじゃ生きていけないわー!!」

「フローレンス様!! また私を抱いてええええええっ!!」

「おいいいいいいいっ!! リック!! リリカ姉さんも!! いつの間にあいつらに手出しやがった!?」

「ふふっ、初々しくて可愛かったからつい魔が差してね」

「同じく。言っとくけど、ちょっと抱いてキスしただけだからな」

「だあああああああああっ!!! 二度とここには連れて来ねぇからな!!」


 別れ際に知りたくなかった衝撃の事実を知り、怒り叫ぶクリスによるお馴染みの言葉が飛ぶ。包囲を抜けたクリス達の背に向かい、最後に騎士団の女性剣士達が全員、声を揃えて別れを叫んだ。


「「「「レイナさまあああああっ!!! お元気でえええええええっ!!!」」」」


 その声を聞いたレイナが振り返り、自らの得物たる十文字槍を高く掲げ、彼女達の別れの言葉に応えて見せた。その反応を見た彼女達から、戦場にいるとは思えぬ程の黄色い悲鳴が飛ぶ。呆れた顔でレイナを見たクリスが、少し嬉しそうな彼女に溜息を吐く。


「たった数日で阿保ほど懐かれやがって⋯⋯⋯。お前、あいつらに変な薬でも飲ませたんじゃねぇだろうな?」

「私をシャランドラと一緒にするな。彼女達の訓練に付き合い、槍使いとの戦い方やお前の話を教えていたら、いつの間にか良くしてもらっていただけだ」

「おいリック。こいつには男も女も関係なく惑わす変なものでも出てんじゃねぇのか? 槍女と一緒だといつもこれだ」

「俺にもわからん。ノエルさんはどう思いますか?」

「ここで私に振る!? 急に言われても⋯⋯⋯。うーん、まあ可愛い人だなとは思いますよ」


 騎士団の黄色い悲鳴に見送られ、魔法少女ノエルと共に急ぐ、リック達の脱出劇が始まるのだった。










「行ったわね⋯⋯⋯」

「はい、中佐」


 走り去っていくクリス達の背を見送った、ベルナデットとコーデリア。彼らが無事にここを離れたのを確認すると、再び眼前に広がる敵に向き直る。


「コーデリア」

「なんでしょうか?」

「貴女、とても嬉しそうね」

「!」


 これから敵を前に戦うというのに、コーデリアは無意識に頬を緩ませた、嬉しい気持ちでいっぱいの笑顔を浮かべていた。それをベルナデットに指摘され、慌てた彼女は大袈裟に咳払いしつつ、表情と気持ちを切り替えて戦いに臨む。


「あのババラ・グレルコビッチでさえ貴女は超えて見せた。あの一撃、本当に見事だったわ」

「ありがとう御座います。ですが、まだまだレッドフォードの剣を超えるには至りません」

「そうね。貴女も私も、クリスの剣に魅せられたからこそ、ここに立っている。再戦のためにも、私達が彼を守る」

「私も同じ気持ちです」


 周りには帝国反対派の兵士達。迫り来るはドライ国軍の部隊。圧倒的な戦力差を前に、ベルナデットのもとに集結した、神聖薔薇騎士団の全女性剣士達が、ベルナデットとコーデリアの後ろに並び立つ。


「中尉」

「⋯⋯⋯薔薇は美しく、情熱の色に染まり咲き誇らん。この薔薇に触れる邪悪なる者は、我が棘の裁きを受けると心得よ」


 騎士団の剣士達が、コーデリアの声に従うようにして、一斉に胸の前で剣を構えた。自分達が戦おうとしている圧倒的戦力差を前にしても、彼女達は誰一人臆する事なく、戦う覚悟と誇りを胸に剣を握るのだった。


「我ら、誇り高き守護騎士、神聖薔薇騎士団!! 守護騎士達よ、身命を賭して咲き誇れ!」

「「「「見事散りゆくその時まで、我らの命は、薔薇の守護騎士様へ捧げます」」」」


 守護騎士たる彼女達を率いるは、薔薇の守護騎士と呼ばれる金色の髪をなびかせた、美しい女剣士。隊長、ベルナデット・リリーは細剣を高く掲げ、眼前に見える敵に向け切っ先を振り下ろす。


「守護騎士達よ、我に続け!」


 声高らかに命じたベルナデットが駆け出し、コーデリアや剣士達が彼女に続く。女達に負けられないと、足を止めていたドライア軍や反対派もまた、彼女達を迎え撃つべく駆け出す。

 そして、クリス達が目的地に辿り着くまでの間、ベルナデットと騎士団は、一人足りとも敵の突破を許さなかったのである。

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