第五十六話 薔薇は美しく Ⅲ
兵舎をコーデリアに案内されたリック達は、彼らが休めるように部屋を一つ用意した。丁度空き部屋となっていた寝室で、ベッドは二つしかなかったが、コーデリアが布団と毛布を手配してくれたお陰で、四人が休めるに十分な用意が整えられた。
本来ならば、他国からの要人としてそれなりの扱いを受け、兵のための寝室ではなく、もっと良い部屋を用意すべきなのだが、彼らの存在はまだ秘密である。リック達を匿うため、彼らの寝床を兵舎内に用意するしかなかった結果、偶然空いていた部屋を用意したのだ。
部屋を与えられたリックとリリカは、旅の疲れが出たのを理由に、早々に部屋で休みを取った。護衛のためレイナも残ろうとしたが、「ここは安全だから、クリスと一緒に遊んでこい」と二人に言われ、申し訳なく深く頭を下げた彼女は、クリスと共に帝国国防軍の軍服に着替え直してから、一緒に同行した。
兵舎内には、神聖薔薇騎士団専用の訓練場が存在する。兵舎の傍には、屋外の訓練場も存在するが、クリス達の姿を極力人目に晒さないため、今回は屋内の訓練場が選ばれた。
クリス達が訓練場に来る前から、騎士団の女剣士達が日頃と同じ訓練を行なっていた。コーデリアに連れられクリスが現れた瞬間、訓練を行なっていた彼女達の手は止まり、部屋に響き渡る黄色い悲鳴が一斉に上がった。
若く顔立ちのいい青年剣士というだけで、周りが女性のみの場では、忽ち人気者となる。ただそれだけではなく、彼女達はベルナデットに勝利したクリスの剣技を目の当たりにしており、彼に大きな憧れを抱いている。
コーデリアと同じように模擬戦を望む者もいれば、鍛えた技を見て欲しいと望む者もいる。クリスが彼女達のもとに訪れた時は、彼に指南を求める者達で溢れ返り、毎回こんな反応なのだ。
クリスはコーデリアと共に、神聖薔薇騎士団の訓練に立ち会った。訓練で剣を構え、技を放つ剣士達を見て回り、時に剣技に関する助言を与えたり、質問に答えたりと、普段の調子でありながら面倒見は良かった。
何人かと剣を交えたりもして、実力の差を彼女達に思い知らせるも、クリスは騎士団の練度が着実に上がっているのを感じた。彼女達の練度の高さには、少し離れて訓練を観察していたレイナも、瞳を輝かせて感心していた。
やがて待ち兼ねた様に、コーデリアが得物たるレイピアを腰から抜き放ち、クリスの前に対峙する。両者が刃を交えるのに、言葉は必要なかった。二人はまるで、一呼吸するかのように床を蹴って、疾風の如く互いの切っ先を重ねたのである。
「驚いたぜ。前より速くなってやがる」
「貴方だって、前より一段と切れが増している」
「この間、強い拳法家に手古摺っちまったからな。一からまた鍛え直した」
「流石ね。でも、私だって!」
一度互いの剣がぶつかり合っただけで、両者が以前よりどれだけ力を付けたのか、お互い直ぐに察する事ができる。クリスとコーデリアは、目にも留まらぬ剣戟を皆の前で披露し、訓練場に剣を重ねた甲高い音を響かせ続ける。
コーデリアが連続の五連突きを放ち、それをクリスが全て剣でいなす。すると今度は、お返しとばかりにクリスが七連突きを放って見せる。コーデリアはその全てに反応し、七連突きを華麗に躱すと、反撃して横一閃に刃を振るうが、クリスはそれも容易く躱してしまう。
両者の放つ剣は相手に掠りもしない。それだけ互いの反応速度が速く、防御と回避が素早いのだが、全力を出して挑もうとするコーデリアと違い、クリスにはまだ余力があるのは、誰の目から見ても明らかであった。
「そらっ! 受けて見な!」
「!」
下から振り上げたクリスの一閃が、コーデリアの剣を弾き飛ばす。強烈な一撃によって、彼女の手を離れたレイピアが宙を舞うかに思われたが、コーデリアは自らの得物を手放さなかった。
クリスの狙いに気付いた彼女は、手放さなかった自らの得物を、瞬時に構えようと腕を振るう。刹那、彼女の首元に構えられた刃は、クリスの切っ先を受け止めた。
「今度は放さなかったな」
「馬鹿にしないで!」
クリス必殺の神速の一撃を受け止めたコーデリアが、彼の剣を押し返して体勢を立て直す。そして今度は、レイピアの切っ先を輝かせたコーデリアが、必殺の一撃を放つべく構えに入った。
クリスが身構えった次の瞬間には、コーデリアが一瞬の内に懐に飛び込んで、得物の突きを放とうと踏み込む。前よりもずっと動きが速いが、今のクリスならばその速さも見切れる。放たれたレイピアの切っ先を受けるべく、クリスが刃を振るおうとしたその時だった。
「!?」
クリスの視界から、放たれたレイピアの切っ先も、コーデリアの姿も消え失せた。彼女を見失うと同時に、背後から近付く気配で反射的に振り返ったクリスが、襲い掛かる刃を自身の剣で受け止めた。
「くっ⋯⋯⋯!」
「惜しかったな。今のは悪くなかったぜ」
振り返り様に防御したクリスは、技を決められず悔し顔のコーデリアを捉えた。コーデリアは技を放ったあの瞬間、必殺の一撃をフェイントに使い、一瞬で上体を深く下げ、クリスの視界から自分の姿を見失わさせた。
そして背後にまわり、無防備な背中を晒すクリスに、神速の一撃を与えようとしたのである。だがこれもまた、戦いで鍛え抜かれたクリスの、驚異的な反射神経によって防がれてしまう。技が通用せず、一旦距離を取るべくコーデリアが後ろに下がろうとするも、その動きをクリスは見逃さない。
彼女が下がろうとした瞬間、神速の突きを放ったクリスの剣が、コーデリアの喉元で切っ先を止めた。
「俺の勝ちだ」
コーデリアにクリスが勝利した瞬間、騎士団の女剣士達が一斉に拍手する。激しくも美しい、二人の華麗な剣技の前に目を奪われ、感動のあまり涙を流す者もいる。
神聖薔薇騎士団の中で、次席の強さを誇るコーデリアの実力は、騎士団の彼女達が一番よく分かっている。その彼女が、これ程までの技を駆使しても越えられぬ、大陸最強の剣士を目指す者の強さ。剣に於いてどちらが強いのか、この一点のみを求めた二人の熱き戦いは、彼女達の心を大いに振るわせたのだった。
「⋯⋯⋯次は負けないわ」
「何度だって相手になってやるよ。しばらく世話になる礼だ」
また勝てなかったと、悔しさに歯噛みするコーデリアだが、何度でも挑戦を受けるクリスの笑みに、彼女からも笑みが零れる。
良いライバル関係というより、どちらかと言えば師弟関係と言えなくもない。実際コーデリアは、クリスとの初めての戦い以来、彼に影響されて速さを重視するようになった。磨かれたその速さにはクリスも驚いており、さっきの彼女の技は、昔の自分であったら躱せなかったと、本人には分かっている。
クリスは日々強くなっているが、それはコーデリアも同じである。油断していると追い抜かれると、危機感を抱かせる程の彼女の成長。自分の背を追いかけてくるコーデリアの強さに、危機感と驚愕を抱くも、内心クリスは楽しみを覚えていた。
「あと一歩だったわね、コーデリア」
「中佐⋯⋯⋯!」
いつの間にか訓練場に、書類仕事を片付けたベルナデットが立っていた。先程の戦いを見物していた彼女は、二人の更なる成長に満足しつつ、剣士としての胸の高鳴りを抑えられずにいた。
腰に差す剣を握るベルナデットは、一刻も早くクリスと手合わせしたいと、はっきり分かる程に瞳を爛々とさせている。そしてそれは、クリスも望むところであった。しかし彼と手合わせしたいのは、再戦を望むコーデリアや、騎士団の剣士達も同じである。
皆がクリスを狙う狼となって、獲物を逃すまいと彼を狙って離さない。仕方なくクリスは、今し方のコーデリアとの戦いで、「彼女達と戦ってみたい」と思い、闘志を燃え上がらせてしまったレイナに目を付ける。
「おい槍女。俺はベルナと勝負するから、代わりにコーデリア達の相手してやれ」
「⋯⋯⋯命令するなと言いたいが、本当にいいのか?」
「見てるだけじゃ退屈だろ? あいつらに本物の槍術ってやつを教えてやれ」
今日のクリスは頗る機嫌が良い。そうでなければ、遠回しにレイナ槍術を褒めるような言葉は、絶対に言わない男だ。
今日はご機嫌なクリスの気分に、レイナは素直に従った。正直レイナからすればもう我慢できず、自分から頼み込もうと思っていたのだが、クリスのお陰で手間が省けた。
「⋯⋯ってわけだ。コーデリア、槍女の面倒は任せたぜ」
「外の訓練場に行こう。人払いをしておいたから、何も気にせず戦える」
「レッドフォード!? 中佐!?」
コーデリア達を残し、二人だけで外の訓練場に移動するクリスとベルナデット。後に残されたコーデリア達は、クリスと戦いたい願望が強かっただけに、皆が肩を落としてしまう。だが彼女達は、一瞬で場の空気を変える、鋭く突き刺さる様な気配に戦慄する。
「⋯⋯⋯神聖薔薇騎士団。ここまで美しい剣技とは思わなかった」
コーデリア達は息を呑む。彼女達の目の前に立つ槍士は、先程まで抑えていた胸の高揚を解き放ち、烈火の如し赤髪をなびかせ、圧倒的な存在感を放って彼女達の前に立つ。
レイナ・ミカヅキという槍使いを、話だけならコーデリアも聞いている。ヴァスティナ帝国国防軍、精鋭槍術部隊烈火騎士団の隊長。その実力はクリスと互角と言われているが、コーデリア達はこの話を信じてはいなかった。
何故なら、アーレンツ最強の剣士にして、伝説の六剣の末裔たるベルナデットに勝利した、あのクリスと互角の実力を持つ者がいるなど、俄かには信じ難い話であったからだ。
しかし、彼女達は今日、嫌という程に思い知るであろう。帝国の軍神と謳われ、炎槍の二つ名を持つ彼女の、燃え上がる様に激しく熱い真の槍術を⋯⋯⋯。
「私は破廉恥剣士ほど甘くはない。夕食の時間までみっちりと、己が技を私で試すといい」
そう言って笑みを浮かべるレイナの瞳は、疼いて仕方がない彼女の闘志が、真っ赤に燃え上がっているように輝いていた。
用意して貰った寝室で休んでいるリックとリリカは、持って来た荷物の整理を行なっていた。レイナとクリスの分の荷物袋もリリカが整理していると、ベッドの上に腰を下ろしているリックが、壊れた銃を手にして整理の手を止めていた。
「あの子の銃⋯⋯⋯」
「セリーヌが俺を守るために命を懸けてくれた証だ。こいつのお陰で、リリカのことを、みんなのことを思い出せた⋯⋯⋯」
セリーヌ・アングハルト。愛に生き、愛する者のために死んだ、リックにとってかけがえのなかった女性。唯一残った彼女の形見は、リリカによって彼に託された。
エステラン国で記憶を取り戻して以来、この銃だけは忘れず、旅の間も肌身離さず持っていた。壊れてしまったこの銃に触れる度、失われてしまった彼女との思い出が、リックの脳裏に蘇る。
「リリカ、ありがとう。お前がこれを持っていてくれたから、セリーヌがまた俺を助けてくれた」
「お礼なんていらないよ。思い出せたのはリックの力だ」
「俺一人の力なんて無力なもんだ。いつだってみんなが助けてくれるから、思い出すのを頑張れた」
リックが言う通り、いつだって助けてくれるのは大切な仲間達と、支えてくれるリリカだった。感謝の心を込め、リリカへと微笑みかけるリック。するとリリカは、リックの隣に来て腰を下ろすと、彼が手に持つ銃にそっと触れる。
「私の代わりに、リックを守ってくれてありがとう。後のことは、私に任せて休みなさい」
「リリカ⋯⋯⋯」
「彼女は十分過ぎるくらい戦って、ずっとリックを守ってきたんだ。そろそろ休ませてあげないとね⋯⋯⋯」
愛おしそうにアングハルトの銃を撫で、彼女と過ごした日々を二人は懐かしむ。やがてリリカは、深く息を吐いて体を倒し、リックの膝に自分の頭を置くのだった。
「少し⋯⋯⋯、疲れたよ⋯⋯⋯」
「俺の膝枕なんかでいいのか?」
「甘えん坊だったリックの相手を散々したんだ。今くらい、私が甘えてもいいだろう⋯⋯⋯?」
「⋯⋯⋯わかった。好きに使え」
リックの膝を枕代わりにし、重くなった瞼に逆らえず、リリカは瞬きを繰り返す。眠そうな彼女の髪をリックが擽ると、悪戯をする彼の手をリリカが握る。
「こら⋯⋯⋯、くすぐったいじゃないか」
「お前だって、俺に似たようなことしてるだろ?」
「ふふっ⋯⋯⋯、それもそうだね。じゃあ、いい夢が見られるように⋯⋯⋯」
膝の上でリックの顔を見上げるリリカが、ある事を求めて期待を込めた顔をする。何を求められているのか、それを直ぐに察したリックは、リリカの額に顔を近付けていく。そして、彼の唇がゆっくりと、リリカの額に触れた。
彼女がそうしてくれたように、幸せな夢が見られるよう願うおまじない。唇から伝わったリックの温もりに、安心したように微笑みを浮かべたリリカが、握った彼の手を抱いて瞼を閉じた。
やがて、膝の上で目を瞑るリリカから、静かな寝息が聞こえ始める。眠りについた彼女を起こさないために、リックはその場を動かずにいた。
安心して眠るリリカの寝顔を見つめ、普段の妖艶さがない、気持ちの良さそうな彼女の顔に、思わずリックは見惚れてしまう。もう少し普段も、こんな風に可愛げがあるといいのになと思いながら、眠っているリリカに向け、リックがそっと囁きかける。
「リリカ⋯⋯⋯。いつになったら、本当の目的を教えてくれるんだ?」
彼女は何も答えない。答えられないと分かっているから、彼女に聞く事ができない目的を問うのだ。
「俺を利用したいなら、好きなだけそうすればいい。でももし、お前の本当の目的が、レイナ達を、そしてアンジェリカを傷付けるって言うなら、その時は⋯⋯⋯」
起きている彼女には、勇気がなくて聞けぬ言葉。もし問いかけて、信じたくない答えが返ってきたらと思うと、恐くて堪らないのである。
「いつか話してくれるって、信じてるから⋯⋯⋯」
微笑を浮かべたリックが、眠れるリリカに願いの言葉を送る。
再び彼女が目を覚ますまで、彼はリリカの傍を片時も離れはしなかった。
クリスとベルナデットは、外の訓練場で久しぶりに剣を交え、目にも留まらぬ激しい剣戟と共に、互いの
成長を確かめ合っていた。
本人達が気付かぬ間に、とっくに陽は暮れてしまっている。また軍務に戻るつもりだったベルナデットは、こんな時間まで戦うつもりはなかったのだが、あまりの楽しさについ時間を忘れ、気が付けば夕焼け空だったわけである。
だが、幾ら時間が経ってしまおうが、夜を迎えて相手の姿が見えなくなろうが、決着が付くまでは、両者共に剣を収めるつもりはない。クリスの剣とベルナデットの剣が、どちらがより速いのかを競い、神速の剣技をぶつけ合う。
電光石火の如くクリスの剣が襲い掛かり、反撃とばかりに、ベルナデットの細剣の切っ先が、空気を斬り裂き迎え撃つ。もう何度目か分からない、甲高い音と共にぶつかり合う両者の剣先。それは永遠に続く、美しい演武かと思われたが、決着が付くのは一瞬の出来事だった。
常人では捉えられない剣戟の中、クリスの切っ先がベルナデットの細剣を弾き、彼女へと届く。刃は彼女の左胸を突く直前で止まり、ようやく勝敗が決した。
「俺の勝ちだぜ」
「⋯⋯⋯あと一歩、届かなかったか」
六戦二勝一敗三引き分けで、今日はクリスが勝利を収めた。ベルナデットが相手ともなると、数々の戦場にて圧倒的な強さを見せつけたクリスでさえも、負けや引き分けを経験する事になる。
しかし、かつてのクリスが彼女に挑んだ際は、十回勝負で一勝できるかどうかの実力差であった。あの時のクリスは、その一勝をもぎ取って勝利を掴んだが、今の彼はそうではない。
数々の激戦と、強者との死闘。最強の兵士ヴィヴィアンヌに鍛えられ、確実にクリスは成長している。今のクリスがベルナデットに勝利できるのは、彼の成長の証であった。
ベルナデットも日々剣術の才を開花させ続けているが、やはり大陸中の強者と戦い続けているクリスの方が、得られる経験値が大きい。その差が、クリスとベルナデットの勝敗を分けていると言っても、過言ではなかった。
「やっぱり、お前が相手じゃ一瞬も気を抜けねぇぜ」
「私だって同じだ。また一段と腕を上げていて驚いた」
「俺だって驚いたぜ。前よりずっとキレが増してやがるからよ」
互いの成長を褒め合う二人だが、ベルナデットは細剣を鞘に収めながら、寂しそうに目を伏せてしまう。
「クリスが羨ましい」
「あん?」
「私には、アーレンツを守る軍人としての責務がある。ここを離れるわけにはいかない私には、己の剣を外で試す機会はない」
ライバルとして、クリスの成長を嬉しく思う反面、彼が羨ましいと考えてしまうのは変わっていない。
伝説の六剣の一人。水の剣士の血を引くベルナデットは、大陸最強の剣士の末裔という自分自身を、誇りに思っている。誇りに思うからこそ、守るべき祖国から踏み出せず、己が剣を極める事ができない我が身が、許せないと思ってしまうのだ。
クリスだって、守るべきものを持つ軍人だ。ただ彼女と違い、クリスは大陸中で剣を振るう機会を得られ、技を磨き続けている。自分だって、彼と同じでありたいと強く願うが故に、悔しい思いを口にしてしまったのだ。
「だったら、軍人なんてやめて旅にでも出ちまえ」
「それができれば―――」
「できるはずだぜ。それともお前、自分が鍛えた騎士団の連中が信用できないっていうのか?」
「!」
守るべき祖国、守るべき民があるからこそ、軍人としての務めを全うするため、国を離れるわけにはいかない。だが、所詮ベルナデット一人に出来る事は、如何に強くとも限られる。
いざ脅威が迫った時、自分一人では守り切れないかもしれない。国と民を守る更なる力を得るため、彼女が創設したのが神聖薔薇騎士団だ。そして騎士団は、例え一人だけになったとしても、守るべきものの盾として戦う守護者である。
「お前がいなくて滅ぶ国なら、遅かれ早かれそうなる運命だったってだけだ。お前一人でアーレンツを背負う必要はねぇだろ」
「⋯⋯⋯」
「コーデリア達が信頼できねぇのか?」
「そういうわけではない。ただ私は⋯⋯⋯」
「今のあいつらは、俺が初めて戦った時よりずっと強い。お前だってわかってるだろ? あいつらだっていつまでも餓鬼じゃねぇんだから、任せてやれよ」
コーデリア達を信じろというクリスの言葉が、ベルナデットの心に突き刺さり、彼女に気付かせる。信じているつもりであったが、実際はコーデリア達を信じ切れていなかったのだと気付き、自分の未熟さを彼女は思い知る。
「⋯⋯⋯確かにその通りだ。まったく、自分の愚かさには呆れてしまう」
「槍女と一緒で真面目過ぎんだよ。人生なんていつ死ぬかわかんねぇんだから、もっと好き勝手生きてみろ」
「私より若いのに、ずっと大人びたことを言うものだ。でもそうだな、一人で修行の旅に出るのも悪くはない」
今すぐには勝手もできない。だがクリスのお陰で、迷っていた自分の心に決心が付いた。
ローミリア大陸を巡る混乱が落ち着いたその時は、剣の道を極める修行に出ようと、ベルナデットは固く誓う。自分以外の六剣達と雌雄を決し、大陸最強の剣士を目指すクリスと、最強を懸けた熱き勝負を夢見て⋯⋯⋯。
「⋯⋯⋯さて、そろそろ夕食時だ。今日はここまでにしよう」
「そうだな。明日もまた相手してくれよ」
「そうしたいが、隊長として騎士団の訓練を見る責務が⋯⋯⋯」
「お前が空くまで俺が見といてやるよ。俺達がやり合ってる間は、槍女に見させときゃ大丈夫だ」
「彼女はフローレンス将軍の右腕だろう? そんな迷惑はかけられない」
「心配すんな。どうせあいつの方からやりたがる。それとも、剣士の訓練に槍使いは邪魔だったか?」
「いや、彼女ほどの使い手が見てくれるならば、寧ろありがたい」
何となく二人の関係性が分かっているため、口には出さないが、ベルナデットはレイナとも戦ってみたいと思っている。クリスから話に聞いていた以上の実力を、レイナから感じ取ったからだ。
自分以上に、レイナがクリスのライバルとして存在している。二人の様子から、それを悟ったベルナデットは、クリスの性格を考え、戦ってみたいと敢えて口にはしなかった。彼の事だから、「俺より槍女と戦いたいってか!? 俺が槍女より弱いって言いたいのかよ!」などと怒り出して、戦わせてくれないのが目に見えているからだ。
なので、クリスが見ていないところで、レイナに一勝負申し込もうと思うベルナデットだった。
「⋯⋯⋯ベルナ。迷惑ついでで悪いんだが、調べものを頼んでいいか?」
「反乱に関する追加情報なら、私の友人に既に頼んでいる」
「そっちじゃなくてよ。アーレンツなら分かるかと思って、ちょっと調べて欲しいことがある」
申し訳なさげな顔のクリスが、個人的な調べものをベルナデットに頼み込む。頷いて彼女が了承すると、クリスの脳裏に焼き付いて離れない、自分の技をたった一度でものにした、烈火のように燃える髪色をした少女の姿が映し出される。
「烈火式神槍術⋯⋯⋯。こいつが一体何なのか知りたい」




