第五十六話 薔薇は美しく Ⅰ
第五十六話 薔薇は美しく
街道を進む一台の荷馬車。二頭の馬に牽引された荷車には、四人の人影と荷が載せられている。
荷馬車が目指すその先には、一つの国と、聳え立つ巨大な正門と、数人の兵が門を警備している様子が見える。当然ながら、門を守る兵士達からも、正門を目指す荷馬車の接近は確認できた。
恐らくは、旅の行商人や何かだと予想しながらも、与えられている警備の仕事を真面目にこなす兵士達は、所定の手順通り門の前で馬車を止める。昼間、門は基本開かれた状態ではあるが、入国を希望する者は全て、門番たる彼らが確認する事になっているからだ。
接近する荷馬車を、二人の兵士が前に出て止まるよう命令する。馬の手綱を握っていたのは、旅人姿の一人の男である。男の後ろには、ドレス姿の三人の女性が荷馬車の中で座っていた。一人はゴスロリドレスの赤い髪をした少女で、後の二人は金色の長髪が特徴的な、色白の美しい女性であった。
「おい、入国の目的は?」
兵士の一人が、御者をしている男に尋ねる。御者の男は愛想よく笑い、兵士の問いに臆せず答えた。
「これはこれは門番の方々、ご機嫌うるわしゅう。私達はしがない職探しの旅をしている者です。実は今日、この国のとある娼館で採用面接がありまして、自慢の嬢共々こうして参上した次第です、はい」
御者の話を聞いた兵士は、少し怪訝な顔をし、改めて荷馬車に乗る女達に視線を移した。長い金髪の二人の内、胸の大きな美女の方は、兵士達に微笑んで誘惑する。もう一人は何やら不機嫌そうであり、御者の背中を睨み付けていた。
赤い髪をしたゴスロリの少女は、終始恥ずかしそうに頬を赤くし、顔を見られまいと、兵士の視線から逃げる様に顔を逸らしている。三人とも、それぞれ個性的ではあるが、三人の内二人はあまり娼婦に向いていない様に見えた。
怪しんでいる兵の様子に、御者の男は軽く咳払いすると、声を潜める様にして兵士に語り掛けた。
「⋯⋯⋯無事面接に受かりましたら、今晩はうんとおもてなしさせて頂きますよ」
「なに? それはほんとか?」
「ええ、もちろん。お好みの娘がいれば、御指名の方を承りましょう」
警備担当の兵とはいえ、所詮は男。そう誘われては弱く、荷馬車に集まった兵士達の視線は、三人の女達に釘付けとなった。
「おい、お前どの子にするよ?」
「やっぱりあの胸のでけぇ女だろ。あんないい女、滅多にお目にかかれないぜ」
「俺はあの赤い髪の子だな。恥ずかしがって可愛いじゃねぇか」
「じゃあ俺はあっちの気の強そうな女にする。ああいう女をひいひい言わせるのが堪んねぇんだよな」
女達に盛り上がる兵士達は機嫌を良くし、不審に感じたのも忘れて御者と手続きを済ませると、あっさりと荷馬車を通してしまった。
この間、御者役を睨んでいた女が、終始眉間にこれでもかと皺を寄せ、不機嫌オーラ全開だったのは言うまでもない。
「なんとか無事入れたな。みんなご苦労様」
入国できた荷馬車を走らせ、彼らは目的地に向かうべく街中を進む。荷馬車に乗っている三人の女達は、無事入国できた事で、御者役の男にそれぞれ言いたい事をぶつけた。
「ふふっ、これでまた貸し一つだよ」
「恥ずかし過ぎてもう死にたい⋯⋯⋯」
「あの糞兵士! なにがひいひい言わせてやるのがいいだ!? 首ぶち刎ねて野郎をひいひい言わせてやる!」
「いやお前、首刎ねたらひいひいも何も言えないだろ? バレなくて良かったことをまず喜べよ」
四人は御者役の作戦で入国できたものの、その方法については約二名の反感を買っていた。作戦というの至極単純で、御者と娼婦に化けて門番を誤魔化し入国するというものだ。問題なのはその娼婦に化けるという点で、特に、娼婦に化けるため女装して化粧までさせられた娼婦役は、もう我慢の限界を超えていた。
「おいリック! なんだってこんな格好しなくちゃいけねぇんだよ!? 槍女とリリカ姉さんがいれば十分だろうが!」
「もしアーレンツまで裏切ってたら、逃げた俺達の情報が広まってるかもしれないだろ? 男二人女二人だと怪しまれるだろうから、お前を女役にすれば情報と違うから誤魔化せる」
「だったらお前が女装する手もあっただろうが!」
「嫌だ。だって恥ずかしいし、俺の女装なんかじゃ直ぐにバレるだろ? お前の方が顔立ちも良いし、女装するなら俺より適任だ」
御者役に徹していたリックが、女装姿でキレるクリスに説明するも、彼の機嫌は全く直らない。娼婦役にノリノリだったリリカは兎も角、羞恥に落ち込むレイナの機嫌も直らないままだ。
「男女比を変えたかったってんなら、槍女を男装させるって手もあったんじゃねぇのか!?」
「駄目だ。だって可哀想だろ」
「槍女に甘過ぎんだよ!! おい槍女! お前がそんなだから俺がこんな恥ずかしい真似させられんだぞ!?」
「⋯⋯⋯人の気も知らないで」
「ああん!?」
「恥ずかしかったのは無論だが⋯⋯⋯。お前が私よりずっと女らしいのに落ち込む⋯⋯⋯」
レイナが隅で膝を抱えて落ち込む理由に、リックとリリカも納得する。長い金髪はカツラのお陰なのだが、ドレスを着て化粧までしたクリスの女装は、元の顔立ちが整っているせいもあってか、やたら似合っていて色っぽい。
ぱっと見た感じでは、ドレスが似合う長髪のかっこいい美女風で、兵士達が騙されるのも無理はない。だがしかし、声まではどうにもできないため、あの場ではバレない様に口は一切閉ざさせていた。
「レイナのお墨付き貰えて良かったな。エステランでリリカみたいな女になりたいって言ってたから、態々金髪のカツラまで買ってやった甲斐があった」
「あれ聞いてたのかよ!?」
「このためにリリカなんか、前の町でノリノリでドレス買ってたぞ。まさかお前が女装に目覚めてたなんて思わなくて、気付いてやれなくてごめん」
「だああああああああっ!! んなわけねぇだろうがよおおおおおおおおっ!!」
落ち込むレイナと興奮するクリスに、リックとリリカの二人は愉しんで、意地悪気に笑って見せるだけだった。
そうこうしている内に、彼らを乗せた荷馬車は、この状況下でクリスが唯一信用できる者のもとへ辿り着く。




