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第五話 愛に祝福を  前編 Ⅳ

 今日も朝が来た。少年の朝は早い。

 毎日の習慣によって、いつもと同じ、朝早い時間に目を覚ました少年は、部屋の窓から差し込む、日差しを浴びる。

 起床した少年は、すぐにベッドを整え、服を着替えて支度する。鏡のある洗面所で顔洗い、髪を少し整え、とある物を部屋から持ち出して、家を出た。

 少年の住む家には庭がある。動きまわれる程の広さがある庭で、少年は日課の朝稽古に励む。相手を突き刺す事に特化した、自分の相棒。この国の騎士の証、ランスを持ち、ひたすら突く練習を繰り返す。

 少年の小さな体に反して、その槍は大きい。ランスは長い武器であるため、少年よりも大きいのは仕方がないが、それを差し引いて考えても、少年の体に、そのランスは合ってはいなかった。

 当然である。何故ならその槍は、元々少年の物ではなかったのだから。


「六十一、六十二、六十三、六十四」


 素早く、そして鋭く、ランスの突きを放ち続ける。放った回数を、声に出して数えながら、少年は真剣そのものだ。

 少年の名は、アニッシュ・ヘリオース。チャルコ国の見習い騎士で、現在十二歳の少年である。

 父親はチャルコ国の騎士であり、母親はアニッシュが幼い時に亡くなっていた。今では、この家に父親と二人で住み、彼は父親の様な、立派な騎士を目指している。

 いつかは、国と王に仕える騎士となるため、朝の稽古や日々の鍛錬も怠らない。忙しい父親に代わり、家の家事全般もこなしながら、アニッシュは今日も努力する。この努力が、いつか必ず実ると信じて。

 素振り、腕立て、腹筋、背筋、スクワットなど、いつものメニューを終えて、家の中へと戻り、朝食をとった。勿論、朝食は自分で用意したものだ。

 騎士の職務のために、昨日から父親は家にいない。だから用意したのは、自分の分だけである。自国の姫と、隣国のエステラン国王子の結婚。今日、結婚相手である王子がこの国に現れる。そのため、城の警備計画などで忙しい父親は、城に泊まり込みで、職務に務めているのだ。

 城にはアニッシュも呼ばれている。人手が足りないらしく、雑務を手伝うためだ。朝食を済ませて準備を整え、城に向かうため家を出る。自分の分身とも言える、ランスを持って。


「行って来ます」


 母親との思い出ある家に挨拶し、アニッシュは城を目指す。

 青を基調とした、見習い騎士専用制服に身を包むアニッシュは、道行く人に挨拶をしながら、城への道のりを急ぐ。急がなければならないわけではないが、早めに行って、城の訓練場を利用し、鍛練しようと考えているためだ。

 少しでも時間があるのなら、その分は鍛錬にあてようとする考えで、他の見習い騎士の誰よりも、彼は努力している。

 父親の様に強く、正義感ある立派な騎士を目指す。全ては、自分の誓いのために・・・・・・。


「なぁなぁ、もう城なんか行かずに俺とデートしようぜ。せっかく今は、目障りな脳筋槍女もいねぇんだし」

「ねぇねぇ、クリス君なんかほっといて、僕とデートしようよ♪♪」

「お前らここに何しに来たかわかってる!?ていうか痛い!腕を引っ張るな!!」


 アニッシュが城へと急いでいると、道の真ん中で、何やら揉めている三人と遭遇した。

 二人の男と、自分の事を僕と呼ぶ少女。叫んでいる男の右腕を、顔立ちの良い金髪の青年が引っ張り、左腕を、桃色の髪をショートで整えた少女が引っ張る。

 青年は腰に剣を差しているため、旅人か、どこかの騎士か何かだと思われる。桃色の髪に、星形の髪飾りを付けている少女は、可愛らしいメイドの格好をしていた。二人は力いっぱい、叫ぶ男の腕を引っ張っている。

 そんな二人が、デートの相手として奪い合っているこの男。痛がっている男も二人もそうだが、この国では見た事のない人間だ。

 一体何者なのだろうか?


「あのー、お二人とも、とりあえず落ち着いてはどうですか?引っ張られて痛がっていますし・・・・」


 声をかけてしまった。腕を引っ張られて、悲鳴を上げている男を救うため、声をかけずにはいられなかったのだ。正義感の強いアニッシュは、その性格上、この現場を見過す事が出来なかったのである。


「何だお前?邪魔すると容赦しねぇぞ」

「脅すな馬鹿!ごめんな、こいつ口が悪いんだ」

「いえ、僕は気にしませんから。ところで、大丈夫ですか?」

「あんまり大丈夫じゃないな。これじゃあチャルコ城に向かえないし」


 どうやらこの男は、城に用があるらしい。青年とメイド少女を連れて、一体城に何用だと言うのか。


「城に用事ですか?」

「そうなんだよ。この二人が街を見てまわりたいって言うから、乗ってきた馬車降りたんだけど、急にデートしたいとか言うから困ってたんだ」

「デート・・・・・・ですか?そちらのメイドさんならわかるのですが、その方は・・・・」

「この馬鹿の事は気にしないでくれ、勝手に言ってるだけだから」


 メイド少女だけでなく、男にもデートに誘われる気持ちは、どんなものなのだろう。アニッシュは思う、「自分なら遠慮したい」と。


「城に用事があるのならご案内しますよ。僕も用があるので」

「用だと?そのランス・・・・・・、てめぇ騎士見習いか」

「はい。僕はアニッシュ・ヘリオースと言います。チャルコ騎士団の騎士見習いです」






 色々あってアニッシュは、この三人を連れて、城を目指していた。

 三人に街を紹介しながら、城を目指すアニッシュは、宛ら旅行ガイドの様だった。三人は時々、彼に質問などをしながら、歩みを進めている。

 アニッシュが名前を名乗った後、三人も名前を名乗った。青年の名はクリスティアーノ。メイド少女はイヴ。そして、二人を従えている様に見える男の名は、リックと言う。

 親切心からアニッシュは、城に用事があると言うリックたちに、道案内を買って出た。彼らが何者かはわからないが、悪い人間ではなさそうだと、そう判断したからだ。


「へぇー、お父さんが騎士なんだ。アニッシュ君もお父さんみたいな騎士を目指してるんだね♪」

「そうです。と言っても、僕はまだまだ未熟者ですが」

「なぁ見習い、そのランス元々お前のじゃないだろ。お前の体格に合ってねぇし、形が古い」

「わかるのですか?これは元々、騎士だった祖父の物です。祖父が死ぬ間際に僕に託し、今では僕の大切な騎士の証なんです」


 クリスティアーノはアニッシュのランスを観察し、その大きさや形から、旧式のランスだと判断した。

 アニッシュのランスは、何十年以上も前に作られたもので、この国では当時、この型のものが主流であり、彼の祖父は、騎士の一人としてこれを使っていたのだ。今では別の型のものが主流となったため、このランスは使われていない。

 アニッシュが知る限り、この型のランスはもう、これ一本しか現存していないと言う話だ。


「珍しいランスだな。いい武器だ、手入れもちゃんとやってある」

「ありがとうございます、クリスティアーノさん。このランスを褒められた事ないので嬉しいです」

「珍しい事もあるもんだな。クリスが他人を褒めるなんて」

「ほんとほんと、いつもなら、てきとーにあだ名付けて馬鹿にするのに」


 リックとイヴはかなり驚いている。そんなにも珍しいのだろうか。

 普段のクリスティアーノを知らない、アニッシュにとっては、全くもってわからない話だ。確かに、口の悪い人ではあるが、容姿のせいか気品を感じる。歩き方にも隙がなく、良いところの出身を思わせた。


「ところでアニッシュ君、一つ聞きたいんだけど」

「はい?」

「チャルコのシルフィ姫が結婚するって話、君はどう思ってるんだ?」

「・・・・・・シルフィ姫の事ですか」


 彼女の事はよく知っている。シルフィ・スレイドルフ姫は、チャルコ王アグネス・スレイドルフの一人娘だ。

 現在七歳の彼女とは、昔よく遊んでいた。歳が五歳も離れていたが、幼い彼女の遊び相手として、一緒に遊んだものだ。シルフィ姫はアニッシュだけには心を開き、幼い時は、いつも一緒にいた。

 共に過ごしたあの日々を、忘れた事はなく、アニッシュにとっては、大切な思い出だ。彼女がどう思っているのかはわからないが・・・・・・。


「結婚相手はあのエステラン国の王子です。・・・・・・きっと幸せになる事でしょう」

「それが政略結婚だとしても?」

「僕には政治の事はわかりません。でも、この国より大きなエステランなら、何不自由ない優雅な暮らしが出来るはずです。・・・・・・それはきっと、姫にとって良い事だと思います」


 そうだ。姫にとっては、これが一番良い。

 愛娘を可愛がる王の気持ちもわかるが、この国より大きな国で、裕福な人生を送る方が幸せだ。どんなものでも手に入るし、きっと不自由しない。


「君は反対みたいだね。姫の結婚」

「そんなことありません!僕は結婚に賛成です」

「嘘が下手だ。俺たちだけじゃなくて、自分も騙して大変だな。まあ、君の立場じゃ反対なんて言えないもんな」


 リックというこの男には、アニッシュが必死に隠そうとしている、気持ちが読まれてしまう。

 結婚には反対だ。まして政略結婚など論外。アニッシュはチャルコ王アグネスと、同じ気持ちである。この結婚には彼女の意思は関係ない。彼女が嫌がろうとも、会った事もない男と、結婚しなくてはならないのだ。

 自分の知っているシルフィ姫なら、こんな結婚は絶対に嫌がる。姫は自分の自由が束縛される事を嫌い、自分が姫と言う立場である事を、いつも嫌がっていた。

 最後に姫と会ったのは、彼女が五歳の時。アニッシュは十歳だった。あの時も彼女は、自由を欲していた。


「僕は・・・・・」

「姫に対して特別な気持ちがあるのか?自分の気持ちと立場に、苦しんでいるのがわかるよ」

「特別な気持ち・・・・・」

「ははは、たぶん君と俺は少しだけ似てるよ。だからかな、何となく君の気持ちがわかるんだ」


 笑い出すリックに、何もかも見透かされた気分だった。実際、見透かされてしまったと言える。

 姫に対しての特別な感情。それは、友達と言うものとは全く違う。

 他人に対して、あまり心を開かない彼女は、自分にだけ心を開いて、共に遊んだ。アニッシュとシルフィ姫は友達とは違う、もっと特別な関係だった。

 お互いの事を、最もよく知る者同士であり、正直な気持ちを話せる、唯一の存在だった。

 自分の知っている彼女は、幼い少女だったが、精神面だけは、自分よりもずっと大人で、いつも情けなかった自分は怒られた。そんな彼女には、自分の父親にすら話した事のない、悩みや不安を打ち明けていたものだ。

 リックの言う通り、シルフィ姫は特別な存在である。

 そんな彼女が、嫌々結婚に行かされるのだと思うと、心が蝕まれる気分だ。黙ってはいられない。


「おっ、城に着いたぞリック」

「帝国よりも小さいよね、このお城。まっ、当たり前か」


 気が付けば、城の城門前まで来ていた。

 イヴは帝国という言葉を口にし、チャルコの城が小さいと評価する。帝国と言えば、チャルコ周辺諸国では、一つしか存在しない。


「・・・・・あなたたちは、一体?」

「俺たちはヴァスティナ帝国軍の人間だ。俺の名前はリクトビア・フローレンス。ヴァスティナ帝国軍の参謀長をやってる」


 これがアニッシュの運命の出会いとなった。帝国参謀長であるこの男と、見習い騎士であるアニッシュ。

 両者の出会いが、この先もたらすものとは・・・・・・。


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