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第五十五話 挑む者、目覚める者 Ⅶ

「⋯⋯⋯残ったのはこれだけか」

 

 掌に残る残金を見下ろすリック達一行。リックが手に乗せているのは、中身がほとんど無くなり、悲しくも軽くなってしまった財布袋である。

 

「どうする? 残りの分だと今日の晩飯代すら足りないぞ」

「そっ、そんな!?」

「どっかの脳筋が考えなしに食い過ぎるからこうなるんだ。晩飯どころか宿代も残ってねぇ」

「ふふっ⋯⋯⋯、今夜は町の外で野宿だね」

「野宿って言ったって、馬の餌代すらないんだぞ? 腹空かせた馬でどうやって馬車を引かせる気だ?」


 エステラン国を無事脱出したリック達一行は、入手した荷馬車を使って移動を続け、今はとある町で休息を取っている。

 その休息の最中、残金を確認したところで今に至る。荷馬車や旅の食料などに金を使った結果、クリスが提案した目的地まで、ここにきて残金が足りなくなったのである。


「この際、宿でも野宿でもどっちでもいいが、旅費を稼がなくちゃ移動もままならない。とは言え、こんな町で地道に稼いでたら、その内反乱軍に見つかる」

「ふふふっ⋯⋯⋯。一攫千金を狙うと見た」

「当たりだ。短時間で大きく稼げる仕事を見つけて、何とか乗り切るしかない。最悪、残ったこの全財産で賭博に懸けるという手もあるが⋯⋯⋯」

「どう考えても負ける未来しか見えねぇが、リリカ姉さんに任せればいけるかもしれねぇ⋯⋯⋯」

「お願いですリリカ様! 後で何でもしますから、どうか今夜の食費を⋯⋯⋯!」

「やれやれ、困った子達だね」


 勝負事に強いリリカならば、残りの金で一攫千金は夢ではない。リックもクリスも、何でもすると約束して後で絶対に後悔するであろうレイナも、最早リリカに懸ける選択肢かないと考え始める。

 因みにリリカは、エステランを発って暫くした後に機嫌を直し、今はいつもの状態である。妖艶な笑みを浮かべた彼女は、希望を託そうとする三人の願いに応えるかと思いきや、リックを指差して口を開く。


「こんな目に遭うのも全部リックのせいなんだから、解決策を考えて欲しいね」

「それ言われちゃうとその通りなんだけど、どうしようもなくないか? 出会った頃に四人でやった集会所でまた稼ぐって手もあるが、集会所を使うと俺達の居場所がバレそうで恐い」

「あそこには情報屋や賞金稼ぎなんかも集まるからね。でも集会所の依頼なら、一発で大きく稼げる仕事も見つかるかもしれない。リックの心配も分かるけど、今はこれが一番無難だと思うよ」


 集会所で稼ぐという案には、レイナとクリスも賛成して頷いた。どの道、四人中三人が武闘派の様な面子である。商売や博打で稼いだりするよりは、傭兵紛いの事をして稼ぐ方がやり易いからだ。

 方針を固めたリック達は、集会所を求めて早速移動を開始しようとする。すると、直ぐ傍の酒場から、肉や野菜が焼ける香ばしい匂いが漂い、特に腹を空かせたレイナの鼻を擽った。


「ああ⋯⋯⋯、この香りがなんとも⋯⋯⋯」


 腹の虫を鳴らして匂いに釣られたレイナを、呆れたクリスが服の袖を摘まんで止める。気が付けば空は茜色に染まり始めており、酒場などの食事処が調理を始める時間帯だった。

 ヴァスティナ帝国一の食いしん坊レイナが、こうして腹を空かせるのも仕方がない。相変わらずな彼女を可愛らしく思いながら、美味そうな匂いを放つ酒場にリックの視線が向いた。


「んっ? あれは⋯⋯⋯」


 酒場の前には、何やら体格の大きな男達が集まり、店の前に貼られた張り紙を眺めていた。何事かと思ったリックがその様子を観察し、張り紙の内容を読み取った彼は、いつもの企むような悪い笑みを浮かべ、今度は腹を空かせて泣きそうなレイナを見る。


「レイナ。お前の出番だ」

「?」


 きょとんとした顔でレイナがリックへと向く。彼女が見たのは、戦いで勝利を確信した時に彼が見せる、悪い癖をしたリックの顔だった。










「ギルランダイオ殿。やはり貴方は、奥様とお子さんの敵討ちが御望みでしたか」

「知っているならば話は早い。この女の利用価値は十分理解したつもりだが、俺はこの女を絶対に許すことができん」


 頭ではヴィヴィアンヌの重要性を分かっていても、その心は憎しみに囚われている。反乱軍の代表者の一人、オスカー・ギルランダイオは、ヴィヴィアンヌへの深い憎悪から、今回の反乱に加担したと言っても過言ではない。

 大陸中央に数ある国家の内の一つゲルトラットは、先の戦争に於いて、当初はジエーデル国の支配により、彼の国の味方となっていた。ゲルトラットはジエーデル軍より、ヴァスティナ帝国が侵攻した際の防衛戦力として期待され、南ローミリアからの侵攻に備えていた。

 だが、ヴァスティナ帝国がジエーデル国に宣戦を布告し、大陸中央への本格的な侵攻が開始された際、ゲルトラットはヴァスティナではなくジエーデルに対し、突如攻撃を開始したのである。

 当時、対ジエーデル戦でゲルトラット軍を指揮していたのは、将軍であるオスカーであった。ゲルトラットの攻撃には、彼の国と同盟関係にあるブラウブロワも呼応し、ザンバとジルバの両将軍がブラウブロワ軍を指揮した。

 ザンバとジルバは、オスカーとは国は違えど旧知の仲である。両国が同盟関係にあった関係で、互いが現在の地位に就く以前から交流があり、面倒見が良いオスカーは、いつの間にか二人の兄貴分のような存在となった。

 兄貴分であるオスカーが参戦するならばと、ザンバとジルバの兄弟は、自国の王の許可も得ず兵を集め、ゲルトラット軍に合流後、彼らと共に戦った。しかしそれは、オスカーもまた同じだったのである。

 ゲルトラット軍の反抗は、オスカーの独断によるものだった。彼もまた主君の許可を得ず、自分に付き従う兵を率いて、ジエーデル軍討伐に参戦したのである。

 主君を、そして自国を裏切る真似をしたオスカーの独断には、勿論理由があった。ジエーデルへの敵対の理由は、失われた彼の妻と子の存在である。

 

「先の戦争の最中、俺は妻と子を殺された。ジエーデル軍警察が俺に徹底抗戦を強いる為、妻子を人質に取ろうと無理矢理連れ出そうとして、誤って殺したと聞かされた⋯⋯⋯。だがそれは、この女が仕組んだ真っ赤な嘘だった」

「⋯⋯⋯貴方もまた、彼女によって生み出された被害者だった。彼女は指揮下の親衛隊を使って、妻子の死を軍警察の仕業に偽装して、情報操作を行なった」

「まんまと騙された俺は、怒りと憎しみに駆られてジエーデルに弓を引いた。真の敵がこの女だと知ったのは、俺にリクトビアの情報を伝えたグラーフ教会のお陰だ」


 オスカーの言う通り、彼の妻子が殺されたのは、先の戦争に於けるヴィヴィアンヌの作戦だった。ジエーデル軍の戦力を削ぎつつ、味方を増やすための裏工作だったのである。

 リックが記憶を失ったという情報は、グラーフ教会の手によってオスカーにも齎された。その際、オスカーが帝国を確実に裏切るよう、教会は独自の調査で得た真実を彼に伝えたのである。この真実を知ったオスカーは反乱を決意し、ヴィヴィアンヌと帝国への復讐のため、再び軍を率いたのであった。

 オスカーの妻子が殺された話は、先の戦争の際にザンバとジルバも聞かされていた。二人は勿論オスカーの復讐に手を貸したが、今回もそれは同じである。オスカーによって真実を聞かされ、再び復讐戦に手を貸すと約束したのが、バッテンリング兄弟参戦のきっかけだった。


「俺も軍人だ。自分が戦場で死ぬのも、国が戦火に焼かれ、大切な家族が失われることも、前の戦争の時は覚悟していた。だがこの女は、罪なき俺の家族の命を奪い、戦争に利用した卑劣な悪魔だ」


 戦いを好む残虐非道なザンバやジルバと違い、オスカーは国に忠を尽くす真面目な軍人である。そんな男を復讐の鬼と変え、国を裏切ってまでも自らの憎悪を優先させた。

 それが彼女の、ヴィヴィアンヌの罪だと言うならば、その罪は死をもって贖う他ないだろう。それ以外に、オスカーの怒りと悲しみを静める術はない。


 自分が仕掛けた裏工作の刃が、自分へと切っ先を向けて返ってくる。こんな事は、最初からヴィヴィアンヌも覚悟の上だった。覚悟していたからこそ、彼女は一切取り乱したりはせず、囚われたその身で復讐鬼オスカーと対峙する。

 復讐の刃が我が身を刺し貫こうと、彼女は自分が奪った命にも、悲しみ苦しませた者達にも、謝るつもりもなければ、贖罪するつもりも、後悔だって決してしない。ただ、自分が命の全てを捧げて尽くしたいと想う者のために、愛も情も捨て、自分自身の選択で尽くした結果だからである。

 恐れや、後悔や、謝罪の意思すらないヴィヴィアンヌの瞳が、復讐に囚われたオスカーを見据えた。その瞳に怒りが抑え切れなくなり、一歩踏み出したオスカーが、腰に差している剣に手を添えかける。


「お待ち下さいギルランダイオ殿。お気持ちは理解できますが、殺してしまうにしても、己が犯した罪の分だけ苦しめてからの方がいい。償いをさせる前に殺しては、貴方の怒りも静まりはしないでしょうからね」

「⋯⋯⋯参謀長殿が述べた利用価値の他に、どんな手で償わさせるつもりだ?」

「貴方を含め、彼女によって大勢の人々が嘆き悲しみ苦しんだ。先ずは、人々が味わった絶望の分だけでも、彼女に味合わせるべきでしょう」


 今にもヴィヴィアンヌに手を掛けようとするオスカーを、冷静に言葉によって制したエミリオが、その視線を今度はデルーザへと向けた。デルーザ本人は、やっと自分の番が回ってきたと言わんばかりに、安堵の息を吐いて下卑た笑みを浮かべる。


「いやはや⋯⋯⋯、やっと彼女を頂けますかね?」

「お待たせして申し訳ない。お約束通り、暫くの間彼女は貴方のお好きなようになさって結構です」

「この瞬間をどれだけ待ち侘びたことか⋯⋯⋯! これも、メンフィス殿に協力した甲斐があったというものです」


 ヴィヴィアンヌを裏切り、彼女の作戦を狂わせたのはエミリオだけではない。ここにいるデルーザもまた、反乱軍に協力した裏切者であった。


「デルーザ⋯⋯⋯。貴様⋯⋯⋯、私がミルアイズに来ることを漏らしたな?」

「仰る通りですよ、アイゼンリーゼ殿。貴女の行動を皆様に伝える代わりに、戦利品として貴女の体を頂く取引でして」

「下衆め⋯⋯⋯。だから貴様は好かんのだ」


 デルーザの手引きによって、反乱軍はヴィヴィアンヌ達の居所を掴み、ミルアイズへと奇襲を攻撃を仕掛けたのである。その結果、ヴィヴィアンヌの策に嵌りはしたものの、反乱軍は彼女だけでも捕らえる事が出来た。

 全ての種明かしがされた事で、デルーザはようやく望んでいた戦利品を得るに至る。これがどのような絶望を彼女に与えるのか、誰の目か見ても明らかではあるものの、嘲笑したジルバが惚けた様に口を開く。


「この豚領主に可愛がらせるのが絶望ってか? あんまり面白みがねぇな」

「その意味もありますが、デルーザ殿には彼女が言う事を聞くよう、しっかりと躾をして頂きたいのです」

「躾?」

「噂によるとデルーザ殿は、彼女くらいの若い女性を調教し、自分の奴隷にするのがお好みだとか。特に、強気な性格の女性を躾けるのが、何よりの楽しみだと聞いております」

 

 それを聞いたジルバは、下卑た笑みで納得して笑い出す。当の本人は、エミリオの暴露に動揺した様子を見せる。そしてヴィヴィアンヌは、一瞬でエミリオの考えを悟ると、舌打ちしてデルーザを睨む。

 動揺しているデルーザが、彼女の睨みに、ごくりと喉を鳴らして息を呑む。するとエミリオが、目を泳がせているデルーザに声をかけた。


「おや? デルーザ殿、どうしましたか?」

「いっ、いやはや⋯⋯⋯。まさかメンフィス殿がそれを御存知とは思わずですな⋯⋯⋯。流石の私も、人前でこう堂々と晒されてしまうのは⋯⋯⋯、そのー⋯⋯⋯」

「失礼致しました。私はただ、どんな生意気な女も従順な雌に変えると言う、貴方の手腕を知って貰うのが一番かと思いましてね」

「⋯⋯⋯買い被りですぞ、メンフィス殿。しかしまあ、アイゼンリーゼ殿が従順な雌犬に躾けられたら、情報局の保管庫は手に入ったも同然ですな」

「期待しておりますよ。手段はお任せしますが、薬物乱用などでくれぐれも壊さないように。こんな淫乱でも、価値がある内に使い潰したいのでね」


 初めは動揺していたデルーザも、エミリオの考えを理解して承諾する。話を聞いていたザンバとジルバは、それも一興だなと思い、後の愉しみが増えたと嗤って、デルーザにヴィヴィアンヌを委ねた。

 彼女への憎しみが深いオスカーは、エミリオにそう言った考えがあるのならと、湧き上がった殺意を再び押し下げる。確かに彼が言う通り、オスカーもまた彼女には、大いに苦しんで死んで欲しいと願っているため、異論はなかったからだ。


「⋯⋯⋯下衆共が。よりにもよって、この豚に引き渡すのか」

 

 囚われて以来、一番の不快感を露わにしたヴィヴィアンヌが、眼前に近付いてくるデルーザを睨み続ける。枷によって抵抗できない彼女に、舌なめずりしたデルーザが目の前に立つと、両手で彼女の胸を鷲掴みにすると、強引に揉みしだいた。


「でゅふっ、でゅふふふふふっ⋯⋯⋯! 存分に愉しませて貰いますぞ、アイゼンリーゼ殿」

「ちっ⋯⋯⋯! 貴様⋯⋯⋯、後で覚えていろ⋯⋯⋯!」

「その反抗的な態度、堪りませんなあ⋯⋯⋯。メンフィス殿、それに将軍方も。後はどうぞ、私にお任せを」


 早速調教を始めようとするデルーザに、嘲笑交じりでザンバとジルバが退散していく。二人に続いてオスカーも退室していき、最後にエミリオもまたこの部屋を後にしようと、デルーザに襲われているヴィヴィアンヌに背を向けた。


「待て!! エミリオ・メンフィス!!」


 デルーザにその身を弄ばれながらも、ヴィヴィアンヌはエミリオの名を叫ぶ。その声に彼が振り返ると、彼女は抑え切れない怒りを露わにしながら、真っ直ぐエミリオを睨んで宣言する。


「必ず貴様のもとに行き、その眼鏡を叩き割ってやる⋯⋯⋯! 覚悟しておけ⋯⋯⋯!」


 この先、例えどんな目に遭ったとしても、必ず自分のもとにやって来る。こんな状況でも尚、ヴィヴィアンヌはエミリオを止める気でいるのだ。

 それに対してエミリオは、今は無力で無様な彼女を前に微笑して、自信に満ちた宣言をして見せる。


「私の計画は完璧さ。君にだって、もう私を止められない」


 その宣言を最後に、更なる地獄を見るであろう彼女に再び背を向け、エミリオは部屋を後にした。

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