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第五十五話 挑む者、目覚める者 Ⅴ

 最低限の荷物を持ち、なるべく身軽となったリック達一行は、無事城下に紛れ込む事ができた。

 エステラン城の脱出は、予想していた戦闘もなく、誰にも邪魔される事なくあっさりと抜けられた。どうやら城の兵は反乱の事を知らされておらず、リック達が外に出ようとしたら、帝国国防軍の要人が城下にお出かけという程度で考え、何事も無く外へ通してくれたのである。


 城下の裏路地に隠れ、一時休息と、次の目的地をどうするか一行は考えている。心配していた追っ手はまだ現れる気配がなく、一先ずは安全を確保できたからだ。

 彼らの持ち物は、リック達三人が軍服姿にそれぞれの得物。リリカは紅いドレス姿に拳銃と、離宮を離れる際に荷物から持ち出した金銭くらいである。他にも使えそうな物を集めたかったが、脱出を急いだためにそれくらいしか持ち出せなかった。

 戦死した仲間の銃火器や弾薬も回収したかったが、小銃などの銃器は人目に付くため避けたのである。尤も、激しい戦闘で弾薬をほとんど使い果たしていたため、持って行ってもあまり役には立たなかっただろう。無線機も回収しようとしたが、戦闘中に壊れてしまって使い物にならなくなっていた。

 おまけに、移動手段は無論徒歩であり、反乱の規模も、他に何処の誰が裏切っているか分からない以上、身の安全が保障できる場所はほとんどない。

 しかし、いつまでもエステラン国内に潜伏するわけにもいかないだろう。安全な場所に身を置き、状況を正確に把握した後、反乱の鎮圧に全力を注ぐ。反乱鎮圧のためにはまず、安全と思われる目的地を定める事が、今の彼らにとっての急務だった。


「エステランの奴らが裏切ったと思ったが、にしてはすんなり俺達を通しやがった」

「兵達の様子を見るに、裏切りは少数なのかもしれない」

「レイナの読みが正しいな。たぶん、ソフィー陛下とその側近が仕組んだで間違いない。だから傭兵なんて雇って襲わせたんだ」


 エステランが裏切ったのは間違いないが、一体誰が、どれだけの規模で裏切りを働いたのかまでは、傭兵達と戦ったレイナやクリスにも分からない。だがリックは、ここに逃げ込む途中で二人から話を聞いて、ある結論に辿り着いていた。


「恐らく、エステランは裏でエミリオに協力してる。でも万が一、反乱が失敗した時のために、自国の兵を使わないようにしたんだ。傭兵を雇って俺達を襲わせたのはエミリオのせいにして、自分達は何も知らなかったと白を切るつもりなんだろう」

「卑怯な⋯⋯⋯」

「まったくだぜ。エミリオの奴をぶっ飛ばした後で、エステランのクソ女王も叩き斬ってやる」


 裏切りへの怒りを燃やす二人とは対照的に、リックには女王ソフィーへの憎しみや怒りはなかった。

 望みを叶えなければ必要ない。ソフィーからエステランを渡された日、リックは彼女にそう告げられた。ソフィーは宣言した通り、不要になったものを処分しようとしただけだ。

 再び彼女に必要とされるには、存在価値があると彼女に思わせなくてはならない。この反乱を収められないような非力な存在では、今度は傭兵などに頼らず、自国の全軍を率いてリックの抹殺を図るだろう。

 それこそエステラン王族の血を引く、国の絶対的支配者の姿だ。そうでなくては、この国の女王とさせた意味がない。こんな状況でも尚、リックはソフィーが持つ王としての器に、寧ろ感動すら覚えていた。

 但し、ソフィーを敵と定めて怒る二人の前で、そんな話を口に出そうものなら、火薬庫に火を付けるようなものであるため、決して口には出さないリックであった。


「エステランへは後で落とし前を付けさせるとして、先ずはこれからどうするかだな。何処か安全そうな場所を思い付いた人、すぐに挙手」


 何処も誰も信用できない中で、そんな直ぐに思い付けるはずもない。誰からも意見が出ないまま、場に沈黙だけが流れてしまう。


「⋯⋯⋯槍女、なんか良い案出せよ」

「無理だ。お前こそ案を捻り出せ」

「ちっ。これだから脳筋は使えねぇ」

「失敗ばかりのださくて学ばない破廉恥に言われたくない」

「なんだとこの野郎! 俺がいつだせぇ真似したってんだ!?」

「記憶がない時の閣下に緊張して真面に話しかけれもしなかったのをもう忘れたのか?」

「ぐっ⋯⋯⋯!? それは⋯⋯⋯!」

「それでよく伝説の六剣を倒して最強の剣士になるなどと言えるものだ。吼えるのは幽霊を克服してからにでもするんだな」

「それと六剣は関係ねぇだろ!! 大体お前はな⋯⋯⋯」


 いつもの流れで口喧嘩が起き始めたが、言い返そうとしたクリスの言葉が止まる。リックとレイナが、一体どうしたのかと首を傾げていると、思い出したように口を開けたクリスが、少しだけ悩んでから言葉を発する。


「⋯⋯⋯あるぜ、安全な場所。あそこなら裏切りの心配はねぇ」

「「!?」」


 意外にも、案を出せたのはクリスだった。まさかクリスが希望を見出すと思っておらず、リックとレイナは驚いて目を見開いていた。しかしクリスは、安全な場所は思い付いたものの、そこまで無事辿り着ける保証までは思い付かなかった。


「そこに行くにしても、徒歩じゃかなりの距離があるぜ。どっかで足を調達しないとな」

「時間を掛けて反乱を長引かせたくはないからな。車が無理なら馬車か、馬が四頭は必要になるか⋯⋯⋯」

「馬車か馬は、町のどこかで商人から調達するしかないでしょう。幸い、手持ちの金銭はそれが買える分ありそうです」

「まっ、足りなきゃ最悪盗んじまえばいい。どっかの誰かさん達は、俺と初めて会った時に食い逃げかましてたからな」


 懐かしい話を持ち出すクリスに、思い出させるなと言わんばかりに、レイナが眉間に皺を寄せて彼を睨む。そんな事もあったなと苦笑いするリックが、あの時の共犯者であるリリカへと視線を向ける。

 離宮での一件以来、リリカは沈黙を続けている。普段の妖艶な笑みは一切見せず、リック達にちゃんと付いて来てはいるものの、不機嫌オーラは全開だった。

 怒ったままの彼女は、機嫌が直る気配がまるでない。今はもう懐かしい思い出話にさえ、眉一つ動かさないのである。

 本当に怒ると、彼女はこんな風になってしまうのかと、どうすれば機嫌が直るか分からない三人は、内心かなり恐怖している。正直、下手に御機嫌を取ろうとしたり謝ったりしたら、彼女に撃ち殺されそうで怖いのだ。

 触らぬ神に祟りなしのことわざ通り、そっとしておくのが妥当である。やはり、彼女の機嫌が戻るまでは何もしないでおこうと思いつつ、リックの視線はレイナとクリスに戻った。


「さて、クリスが安全な場所を思い付いてくれたはいいが⋯⋯⋯。その前に一つ、やることがあるな」

「「?」」


 リックの言う「やること」の意味が察せず、レイナとクリスは首を傾げて思考する。二人の姿を眺めて口にした彼の提案は、この二人にというより、四人全員に必要な事であった。










 手持ちの金銭を使って支度を整えた一行は、商人から移動手段を得ようと町を歩く。晴天に恵まれた昼間の町は、人々の活気で賑わっていた。逸れない様に気を付けながら、人混みに紛れて移動を続ける一行だったが、二人程不満な顔をした者がリックの後に続く。

 

「なんだよ? それしか合うのなかったんだから、もう諦めて受け入れろ」

「「⋯⋯⋯」」


 リックが言った必要な事とは、目立つ服装を着替える事だった。リック達は軍服姿で、リリカに至っては非常に目立つドレス姿である。こんな姿では、敵に見つけてくれと言っているようなものだ。そこでリック達は、あの場で最も近くにあった服屋に入り、サイズの合う全員分の服を購入し、その場で直ぐに着替えた。

 リックとリリカは、用途の違うポケットがいくつか付いた、身軽で動きやすい旅人用の衣服に、皮革の背負い鞄である。二人はこの服で満足しているが、服屋の品揃えが偶々少なく、中々サイズの合う服がなかったレイナとクリスは、仕方なく買った服装に文句しかなかった。

 さっきから不機嫌なクリスは、何処からどう見ても荒くれ者にしか見えない傭兵装備で、無駄にトゲが付いた肩当てが印象的な、子供が恐がりそうな悪党姿である。これでヘルメットでも被ろうものなら、「俺の名を言ってみろ」とでも言いそうな世紀末スタイルなのだが、本人曰く「死ぬほどださい」との事で気に入らないのである。

 レイナに至ってはクリスよりまだマシかもしれないが、彼女からすれば堪ったものではない格好である。全体的には黒を基調としたドレスで、普段の彼女ならば絶対に身に纏わないレースやフリル、おまけにリボンまで付いた、所謂ゴスロリ姿である。

 レイナの性格上、人前でドレスがそもそも恥ずかしいと言うのに、追い打ちをかけるようなこのある意味目立つ格好は、彼女にとっては公開処刑もいいところだ。

 改めてリックは、パジャマにしろこれらの服装にしろ、ローミリア大陸のよく分からないセンスに困惑した。こんな世界でどうやったらこんなものを思い付くのか、作った本人に一度会ってみたいとすら考えてしまう。

 因みに、得物が拳銃であるリックとリリカは、それらを懐に隠すのは容易だったが、レイナとクリスの得物はそうもいかず、目立たないよう布を巻き付けてある。ただ二人の場合、武器よりも着替えた服装の方が変に目立つ。それでも、正体が直ぐにばれる軍服姿よりは、幾分かマシではあるだろう。


「クリスはちょっとアレだけど、レイナは思ったより似合うじゃんか」

「恥ずかしく死にたい⋯⋯⋯」

「あの服屋、売れ残った変な服買わせやがって⋯⋯⋯。全部片付いたら店ぶっ潰してやる」

「これで変装も完璧。後は移動の足を手に入れて、レイナ用に沢山食料を買い込んどかないとな」

「⋯⋯⋯いくら私でも、こんな状況では我慢でき――――」


 説得力のない大きな腹の虫が鳴り、リック達だけでなく、音に驚いた周囲の人々の視線もレイナへと集まった。お腹を鳴らした本人は、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。横でクリスが呆れていると、泣きそうなくらい恥ずかしがったレイナが、片方の手をお腹に添えて顔を上げた。

 

「さっきの戦闘のせいで、お腹が空いてしまって⋯⋯⋯」

「こいつの燃費の悪さはどうにかなんねぇのか。お前、朝何人前食ったと思ってんだ?」

「よっ、四人前⋯⋯⋯」

「俺より食っててそれかよ。こんなでかい腹の虫鳴らされたらよ、こっちが恥ずかしいぜ」

「しょうがないな⋯⋯⋯。その辺の屋台で何か買ってやるから、もうちょっとだけ我慢してくれ」

「閣下、申し訳ありません⋯⋯⋯⋯」


 深く頭を下げてレイナが謝罪すると、ある事に気付いたリックが、再び顔を上げた彼女に向かって指をさす。


「今からその呼び方、禁止」

「!?」

「閣下なんて呼ばれてたら敵に気付かれるかもしれないだろ? クリスみたいに名前で呼べ」

「でっ、ですがそれは⋯⋯⋯!」

「拒否権無し。これ、将軍閣下様からの命令だから」


 有無を言わせないリックの命令に、レイナは従うより他ない。こういう時に限って権力を行使する、相変わらずずるい人だと思うレイナだが、そんなリックの変わらない言葉が、彼の記憶が戻った事を証明している。

 

「ほら、前みたいに名前で呼んでくれよ。大層立派な呼ばれ方されるのはヴィヴィアンヌとかで十分なんだからさ。正直、お前まで堅苦しい呼び方してくるの疲れるんだ」

「そう、言われましても⋯⋯⋯」

「呼んでくれなきゃ買い食いしないぞ? あと今日の飯、レイナだけ抜きな」

「うぐっ!? それは卑怯です!」

「忘れたのか? 俺はみんなが認める下衆野郎だぞ」


 名を呼ばれるまで一歩も譲る気がないリックに、レイナは観念するしかなかった。嬉しそうに笑みを浮かべているリックは、初めて出会ったあの頃のように、自分の名を彼女が呼んでくれるのを待ち望んでいる。

 前みたいにと、簡単な事のように彼は言う。人がどんな想いでそうしていたか、彼は知る由もない。だからレイナは、どこまでもずるくて残酷な人だと想いながら、あの頃のように⋯⋯⋯。


「リック様⋯⋯⋯。これで宜しいですか?」

「恥ずかしいから様なんて付けなくていいんだけど、まあいいや。レイナ、何でも好きなもの食わせてやるからな」


 満面の笑みで彼女へと約束したリックが、財布を握っているリリカに深々と頭を下げ、小遣いを恵んでくれと頼む。機嫌が戻らないリリカは、リックとは目も合わせずに財布から金を少し取り出し、一言も口にせず、小遣いとしてそれを手渡した。

 そんな二人の様子を眺めながら、今はもう懐かしい思い出がレイナの脳裏に蘇る。思えば、あの頃のようにこの四人で行動するのは、一体いつ以来なのだろうか。レイナは、懐かしさを覚えるこの光景が、今はとても愛おしく、そして切なく感じていた。


「リック様、か⋯⋯⋯」


 あの頃のように、自らが忠誠を誓った主の名を呼んだ。本人の前でこの名を口にしなくなったのは、メシアとユリーシアがこの世を去ってからだ。

 己を主君の道具と変えるための誓い。自分は彼の道具なのだと、己に深く言い聞かせるため、そして感情を捨てるために、彼の名を呼ぶ事をやめた。

 誓いが破られた今、レイナは一人思い悩んでいる。果たしてこれで良かったのかと、答えを出せずに悩み続ける。そんな彼女の横に立つクリスが、いつの間にかレイナの顔をじっと見ていた。


「嬉しそうだな」

「閣下⋯⋯⋯、じゃなくてリック様のことか?」

「お前のことだ。顔、にやついてるぞ」

「!?」


 クリスに指摘され、無意識に自分が笑っていた事にレイナが気付く。心中では悩んでいるはずなのに、あの頃に戻れたような気がした事が、本当は嬉しい。心に反して、彼女の顔は嬉しい気持ちを隠し切れなかったのだ。


「嬉しいならずっとそう呼んでやれ。その方がリックも気を遣わずに済む」

「別にあの方は、私に気を遣ってなんか⋯⋯⋯」

「阿保。お前が変わっちまうとな、あいつは自分のせいかもって思い悩んじまう男だろうが。俺やお前の前じゃ、気付かせないように振る舞ってるだけだ」


 クリスの言う通りだからこそ、リックは愛する者達の死に責任を感じ、今も苦しみ続けている。そういう優しい男だからこそ、彼女は無意識に、彼の優しさに甘えてしまっていた。

 

「⋯⋯⋯ったく、妬いちまうぜ」

「えっ⋯⋯⋯?」

「いっつもリックに構われやがってよ。いっそリリカ姉さんみたいな女になれりゃあ、あいつを惚れさせられんのか⋯⋯⋯」


 レイナへとリックが向ける感情を、クリスは純粋に羨ましいと思い続けている。リックに想いを寄せる彼からすれば、レイナの悩みなど贅沢なもので、彼女に対しては嫉妬すら覚える。普段なら決して口には出さないが、これは己の胸の内に留めている、クリスの正直な気持ちだった。


「発明女の奴に女体化の薬を作らせ⋯⋯⋯。ならいっそリックを女にしちまうって手も⋯⋯⋯。いや待て、そんなもんでどうこうするより、超強力な媚薬を作らせてリックに飲ませちまえば⋯⋯⋯」


 本気で考え始めたクリスの傍で、盛大な溜め息を吐くレイナ。そんな事できるはずがないだろうと思いながらも、あのシャランドラに薬を作らせようとしている時点で、もしかしたら本当に作ってしまいそうで恐ろしいとは思う。


「⋯⋯⋯まったく、仕方のない破廉恥男だ」


 こんな男でも、迷いや不安を抱えている時は、いつだって真っ直ぐな言葉で叱ってくれる。もし自分に兄がいたなら、こんな風に妹を助けてくれるものなのかと思うが、この男だけは絶対に兄にしたくはないと思う。

 ただそれでも、一時の迷いや不安を振り払う、そのきっかけをいつも与えてくれる事に、本当は感謝している。勿論クリスの前では、決して感謝の言葉など口には出さないが⋯⋯⋯。


「くだらないことを考えている場合か。それに、シャランドラにそんな薬を作らせようものなら、どんな惨劇を招くか想像できないお前でもあるまい?」

「うっ⋯⋯⋯、それもそうだな⋯⋯⋯」


 レイナの言葉で、計画の失敗が容易に想像できたクリスは、がくりと肩を落としてしまう。無論レイナは、落ち込むクリスを慰めるような真似はしない。逆に、呆れたように笑って見せるだけだ。


 それぞれの想いや願いが交差する中で、リック達一行はエステラン国からの脱出を目指す。

 果たして、この反乱の真の目的は何か。そして本当に、あのエミリオが自分達を裏切ったのか。その真実を求め、彼らは初めの頃のように、たったの四人で、激動の情勢に飛び込もうとしていた。

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