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第五十五話 挑む者、目覚める者 Ⅰ

第五十五話 挑む者、目覚める者







 参謀長エミリオ・メンフィスのもとに、参謀ミュセイラ・ヴァルトハイムが面会を求めに現れたのは、反乱が起こる丁度一月前の事であった。

 オーデル王国にいる彼に会うため、強い風と大雨が吹き荒れる嵐の夜に、彼女は一台の車輛に乗って現れた。雨のせいで濡れた軍服や髪に構わず、オーデル城に到着するなり彼女は、深夜に内密の会議を行なっていたエミリオのもとへ向かった。

 突然のミュセイラの来訪を知ったエミリオは、会議を一時中断して、執務室で待たせていたミュセイラと、久し振りに顔を合わせる。

 エミリオは日頃の軍務のせいもあり、少し疲れの色を見せてしまっていたが、ミュセイラの方はもっと酷い顔をしていた。軍務の疲れというより、どちらかと言えば精神的なものなのか、瞳は充血し、顔は窶れてしまっている。

 

「ミュセイラ、一体どうしたというんだい? こんな嵐の日に、しかもそんな姿で⋯⋯⋯」

「メンフィス先輩⋯⋯⋯」


 一先ず、濡れ鼠な彼女のために清潔な布を渡し、暖炉に薪をくべて部屋の温度を上げる。出来れば濡れた服を着替えさせたかったが、彼女はそんな暇はないと言って、濡れた髪や服を布で拭き、エミリオと話す事を優先した。

 

「それで、今夜君が来た目的は何かな? 護衛の車輛も付けずにたった一台で来たそうだけど、随分慌てていたようだね」

「⋯⋯⋯突然押しかけるような真似をして御免なさいですの。でもわたくし、どうしてもメンフィス先輩に相談したくて」


 吹き荒れる嵐の風が部屋の窓を叩き、暖炉の炎が薪を燃やしながら音を立てる。エミリオとミュセイラの二人しかいないこの部屋で、言葉を躊躇う彼女の沈黙が、執務室に静けさをもたらす。やがて彼女は意を決し、震える声で言葉を発する。


「メンフィス先輩は、将軍が目指す大陸全土統一に、どんな意味があると思っていますの?」

「意味⋯⋯⋯?」

「将軍は武力を行使しての統一を目指していますわ。けれどもそのために、大勢の人が殺し合って、数え切れない人が死にましたの。そうまでして手に入れた勝利や統一に、どれだけの価値があると思えますの?」


 ミュセイラが将軍と呼ぶのは、ヴァスティナ帝国国防軍将軍リクトビア・フローレンスである。

 これまでミュセイラは、ローミリア大陸統一を図る彼に従い、軍を指揮して数々の戦いを勝利に導いた。その実力は参謀長のエミリオに匹敵し、ミュセイラは彼から絶大な信頼を得ている参謀でもある。

 ただ、彼女には一つの迷いがあった。エステラン国、アーレンツ、そしてジエーデル国との戦争の中で、ミュセイラは戦場の真実と、戦後の真実を見た。本や話の中で見聞きするのとは違う、本物の戦争の光景と感触は、彼女の心を大きく揺さぶったのである。

 ミュセイラはリックに、自分の生きる理由と、自分の力を試す場所を求め、ヴァスティナ帝国の軍師となった。ある意味彼女もまた、リックが目指すローミリア大陸統一という、前人未到の野望に魅了されてしまった一人なのである。


「アーレンツの戦争の後も、ジエーデルとの戦争の後もそうでしたの。私達の身勝手で救われた命もあるでしょうが、失われた命はもっと多かったですわ」

「君の言う通りだ。私達は敵として立ちはだかる軍隊を相手にしているが、その戦いは常に、罪なき大勢の人々を巻き込んでしまう」

「わかっていて――――」

「わかっているからこそ、止まるわけにはいかないのさ。ボーゼアスの乱で異教徒と称した人間達を、私と君の立てた作戦でどれだけ殺したのか、忘れたわけではないだろう?」


 エミリオの言う通り、ボーゼアスの乱と呼ばれる異教徒との戦争で、最も多くの敵を殺したのはヴァスティナ帝国であると言われている。この戦争で本格的にかつ組織的に運用された、銃火器の数々と機甲戦力に加え、航空戦力までもを投入し、戦場を一方的な殺戮の場に変えてしまった事が原因だ。

 それら新兵器を駆使し、異教徒を撃滅する作戦を立案したのは、ここにいるエミリオとミュセイラである。戦争した国の犠牲が見過ごせないなら、あの時殺した異教徒達の事はどうなのだと、エミリオは彼女に問う。


 ボーゼアスの乱でミュセイラは、大軍であった異教徒への勝利を目指すと共に、これから先運用していく事になる、帝国製新兵器群の試験運用も兼ねて、作戦を実行に移した。作戦を計画する間も、それらを実行に移す瞬間も、大勢の命が失われる威力を持つ作戦だと、初めから彼女は知っていた。

 あの戦いで彼女は、人命よりも、自軍の勝利と、自分の能力の証明と、新しい戦争の誕生を優先した。エミリオと同じく、ミュセイラもまた、自分達の軍隊が戦場を蹂躙し尽くし、空でさえも支配する様を、その目で見たかったのである。


 もしエミリオが、今ミュセイラに問うたのと同じ事を訊かれたら、「必要であったからそうしたまで」と答えるだろう。彼はあの戦いに、一切の躊躇いも後悔もなく、足を止めるつもりはないからだ。

 だがミュセイラには彼ほどの覚悟はなく、その問いに俯き沈黙してしまう。ボーゼアスの乱での勝利と、新しい戦争の幕開けに深く酔いしれていたのは、今ここで迷う彼女だと、エミリオは気付いていたのだ。気付いていたからこそ、敢えて図星を突いたのである。


「⋯⋯⋯ミュセイラ、君が迷うのも無理はないだろう。私だって、リックが変わってしまって迷いが生まれた」

「⋯⋯⋯!」

「私も君と同じだ。ボーゼアスの乱で帝国は、これまでの常識を覆す新しい戦争を創造した。あの時私の胸がどれだけ感動と興奮に躍ったか、君なら分かるはずだ。そしてそれは、大陸全土統一を夢見るリックも同じだった」


 但し、エミリオやミュセイラと同じように、自分達が手に入れた究極の力に心振るわせたリックは、今はもういない。エミリオ達が忠誠を誓う今のリックは、自分達と過ごした時間も、戦いの日々も、己の目指した野望さえも、何もかもを忘れてしまった別人なのだ。

 エミリオの迷いを察したミュセイラだったが、彼にかけるべき言葉を見つけられずにいた。エミリオもまた、ミュセイラとは違う形で大きく迷っている。迷い苦しむ彼にかける言葉は見つからなかったが、道を指し示す事が彼女にはできた。


「⋯⋯⋯私達は、変わらなくてはならないと思いますの」

「変わる⋯⋯⋯?」

「戦争が、その犠牲が⋯⋯⋯、あの人の心を壊してしまったんですわ。もう十分じゃありませんの。大陸全土を力で手に入れずとも、私達は彼の大国に並ぶ⋯⋯⋯、いいえ、それ以上の力を手に入れたんですから」


 ミュセイラが何を考え、参謀長であるエミリオのもとに相談へ訪れたのか。これだけ言われれば、彼女の目的はもう分かってしまう。

 これ以上の悲劇を防ぐため、ミュセイラが出した結論は、リックの野望を止める事だ。記憶を失った今ならば、彼の考えを改めさせる事も可能だろう。野望の阻止を決めた彼女は、リックと、今の彼であろうとも従う仲間達への説得を、エミリオにも協力して欲しいと考えているのだ。


「メンフィス先輩、どうか私に力を貸して下さいですの。先輩が一緒に将軍を説得して下されば、きっと皆さんも――――」

「駄目だ」


 きっぱりと言い切るエミリオに、思わずミュセイラは息を呑む。簡単に首を縦に振ってくれるとは思っていなかったが、いざ目の前にして言われると、予想していても驚いてしまう。

 ミュセイラの考えは、下手をすれば反逆行為に値するものだ。今のリックは兎も角、彼の野望に付き従っている者達からすれば、ミュセイラの考えは裏切りにも等しい。彼女の考えを受け入れてしまったら、自分達が今まで行なってきた事は、全て無意味と変わってしまうからだ。

 何のために大勢殺し、何のために仲間の屍を踏み越え、何のために敗北の許されぬ戦いで、勝利を続けてきたのか。リックの野望成就のために戦ってきた者達は、多大な犠牲を払い続けたからこそ、容易には受け入れないだろう。

 エミリオとて、野望成就の為に戦ってきた一人だ。ミュセイラとて同じである。だからこそ彼女は、エミリオならば最初は必ず拒否すると考えていた。実際彼は拒否したが、その理由はミュセイラが予想していたものとは、大きく異なっていたのである。


「必要なのは説得ではないんだよ、ミュセイラ。私達が行なうべきは、滅びの道を回避する選択だ」

「選択、ですの⋯⋯⋯?」

「既に私は選択を終えた。私が決めた選択に対してどうするかは、君自身の意志で決めて欲しい」

 

 困惑するミュセイラには、エミリオの真意が分からなかった。するとエミリオは彼女を連れ、執務室を後にして別の部屋に案内する。彼女が案内された部屋、先程までエミリオが、内密の会議を行なっていた部屋だった。

 案内された部屋の扉を開き、ミュセイラは言われるがまま、彼に従い部屋に足を踏み入れる。部屋に入るなり彼女は、会議の席に付く面々を見て驚愕する。


「せっ、先輩⋯⋯⋯! もしかしてこの方々は!?」

「察しの通り、大陸中央の各国代表者達だ。但し、ここにいるのはヴァスティナ帝国の支配を良しとしない、反ヴァスティナの考えを持った方々だけどね」

 

 瞬間、ミュセイラはエミリオの選択を、最悪の形で理解した。

 この時ミュセイラは、眼鏡を指で軽く持ち上げる、不敵な笑みを浮かべた彼の計画が、もう止められない状態なのだと悟るのだった。


「ミュセイラ。私は彼らと共に、帝国の狂犬リクトビア・フローレンスを打倒する」










 そして時間は戻り、反ヴァスティナを掲げて蜂起した各国軍が、ミルアイズを襲撃した翌日。

 エステラン国女王ソフィー・ア・エステランは、午前中に行われる貴族達との挨拶で、謁見の間の玉座に腰を下ろし、貴族達の到着を静かに待っていた。

 女王たる彼女の傍には、いつものように側近のコレットが控えている。だが今日の彼女は、普段と違って緊張しており、ソフィーの傍で時々彼女に視線を向けては、終始落ち着かない様子であった。

 そんなコレットの様子を察してか、玉座に座るソフィーの眼前で、一人の女が妖艶な笑みを浮かべて腰をくねらせている。玉座のソフィーは、不敬な女の態度を特に気にせず、ただ一言、今現在発生している出来事の報告を求めた。


「ザビーネ、離宮の方はどうなっているの?」

「順調ですわ。陛下が謁見を済ませる頃には、傭兵連中が離宮を制圧し終えます」


 女の名はザビーネ・エントーヴェン。かつては、亡き第二王子メロースに仕えていた、元サーペント隊の一人である。

 メロースがヴァスティナ帝国に敗北した際、ザビーネは当時の帝国軍に捕らえられ、後にエステラン国に引き渡された。メロースの処刑後、戦闘で壊滅したサーペント隊の生き残りであった彼女は、メロース配下時の罪を問われたものの、軍の再建に戦力が必要と判断され、ソフィーによって罪を免れた。

 以来彼女はソフィーに仕え、彼女に忠誠を誓っている。その後、策略家としての有能さを買われたザビーネは、軍事面に於けるソフィーの相談役となったのである。

 今回も、ザビーネがソフィーの代わり策を講じ、実行に移した計画である。今頃城の離宮では、エステランの兵が誰も手を出さぬまま、リクトビアの護衛部隊と傭兵部隊が、熾烈な戦いを繰り広げている。


「よくやったわ。成功の暁には褒美を取らせましょうか」

「では、狂犬の金髪剣士を頂きたいです。それが無理なら、貴族向けの質の良い奴隷をまた何人か」

「ついこの前もあげたじゃない。ヴァスティナは奴隷禁止の法を同盟国にも広めようとしてるのよ? 仕入れるのも楽じゃないってわかってるのかしら?」

「うふふっ⋯⋯⋯、わかってるから陛下にお願いしてるんですよ」


 ザビーネが求めるのは、自分の玩具に出来る男の事を指す。より正確に言えば、戦場で掴まえた捕虜や奴隷の中で気に入った男を集め、調教し、飼い犬のように従順な下僕にする事だ。

 メロース配下の頃は、今以上に好き勝手に下僕集めをしていたのだが、彼が処刑された後は、それが原因で処罰されそうになった。ソフィーに仕えてからは流石に自重を覚えたが、彼女に許される範囲では今も認められている。これもソフィーが、ザビーネを有用と判断したお陰だ。

 因みに、ザビーネが金髪剣士ことクリスの身を欲しているのは、自分が帝国の捕虜となり、危うく処罰されそうになった原因であるからだ。つまりは、その時の復讐がしたいのである。

 

 始まりは、エステラン国の女王たるソフィーのもとに、グラーフ教会より密書が届けられ、ある重大な情報がもたらされた事に始まる。

 密書の送り主、グラーフ教会大司教は、傀儡となっているエステラン国女王ならば、必ずや行動を起こすと考えていた。情報を受け取ったソフィーは、慎重に事の次第を静観していたが、後に彼女のもとに、反ヴァスティナ勢力が接触を図ったのである。

 帝国の狂犬リクトビア・フローレンスに対する反乱。確実にそれが実行されると知ったソフィーは、反ヴァスティナ派への協力を約束し、ザビーネにこの件を一任した。ザビーネは、反乱が失敗した際の対応も考慮し、もしも自国にリクトビアが現れた時のみ、実行に移す策を用意しておいたのである。

 

「⋯⋯⋯それにしても、あれだけ沢山の傭兵を、この短時間でよく集められたものね」

「大変でしたのよ。知り合いの貴族やギルドにも働きかけて、高い賞金で搔き集めましたもの。紹介料や前金で少々経費が嵩みましたけど」

「許すわ。もしそれで財が不足したら、税を上げて埋め合わせるもの」

「うふっ⋯⋯⋯、恐ろしい人。でもそこが堪らなくいい♡」


 自国の民を苦しめる手段を、顔色一つ変えず平然と口にする。考え方は亡き王子達とは違うだろうが、やはり彼女もまた、エステラン王族の血を引く人間なのだとザビーネは思う。そう言うとソフィーの機嫌が悪くなるため、思うだけに留めて口にはしない。何故ならソフィーは、自身に流れるエステランの血を、永遠に憎み続けて生きていくからだ。

 

「狂犬を捕らえて引き渡せたら、ザビーネが使った分の財を帝国に支払わさせるもいいわね。コレット、反乱の状況はどうなっているのかしら?」

「⋯⋯⋯反乱を企てた各国の軍勢はミルアイズへと出兵。昨日にも戦闘は始まったものと思われますが、戦況についてはまだ何も」

「ミルアイズの戦力を片付ければ、狂犬を守れるものはいなくなる。聞かされていた計画通り順調な滑り出しね」

「ですが陛下。万が一狂犬を取り逃がし、我が国と反抗勢力との繋がりを知られれば、狂犬は必ず私達にも牙を剥くでしょう。順調とは言え、気は抜けません」


 緊張するコレットが言葉にした通り、もしリクトビアをここで取り逃がし、彼の手によって反乱が鎮圧されてしまったら、裏切ったエステラン国は粛清の対象にされるだろう。

 かつてはエステラン国の方が、ヴァスティナ帝国の軍事力を大きく上回っていたが、今は帝国の方が圧倒的な軍事力を有している。再び帝国と戦争となれば、エステラン国にまず勝ち目はない。リクトビアを裏切ったソフィーは、彼の手によって処刑された王子達のように、人々の目の前で処刑されるだろう。

 ソフィーの身を案じるあまり、どんなに計画が順調であろうと、気が抜けない時間をコレットは過ごしている。本音を言えば、そもそも反乱になど加担して欲しくもなかったのだ。だがソフィーは、自分の身を案じてくれるコレットの気持ちを知りつつも、己の死すら恐れずリクトビアへと刃を向けた。


「⋯⋯⋯こんな反乱に足踏みする程度の男なら、もういらない」

「⋯⋯⋯」

「反乱の刃に倒れるか、それとも歯向かう者達を残らず討ち果たし、私さえも始末しに来るか⋯⋯⋯。何れにせよ、反乱の首謀者が自分の忠臣である以上、あの男にとっては辛い戦いになるでしょうね」


 今のリクトビアがどんな状態であるのか、そんなものは関係ない。例え信じた仲間が敵となり、自分に刃を向けたのだとしても、それすらも己が手で討ち果たし、修羅の道を突き進む。それこそソフィーがリクトビアに求める姿。それこそが、自分を支配する価値を持った唯一の存在。


「私とあの男は共犯者。自分だけ先に解放されようなんて、そんな裏切りは許さない」


 女王ソフィー・ア・エステランは、抑えられない憎悪を言葉にし、この場にいない裏切者へと向けて口にした。

 彼女にとってこの反逆は、先に自分を裏切った者への罰であり、そして試練なのだ。

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