第五話 愛に祝福を 前編 Ⅲ
「失礼します」
予定通り、参謀長執務室にセリーヌ・アングハルトが現れた。皆がいなくなって、三十分後のことである。
メイファは別の仕事を片付けると言って、彼女が現れる少し前に退出している。気を遣ったのだと思いたいが、彼女の場合、それは無い。
「アングハルトは参謀長に用件あり、参りました」
「わかってる。これだろ?」
執務室の机からラブレターを取り出し、彼女へと見せる。
執務用の椅子に座り、机に向かって仕事をしていたリックは、この瞬間を、びくびくしながら待っていた。
「アングハルトはラブレターの返事を聞きに参りました」
「・・・・・・言わなきゃだめ?」
「はい」
もう腹を括る。返事をしなければならないのだから。
ラブレターに書かれていた文章を思い出す。短い文章で「あなたの事を愛しています。どうか私とお付き合いして下さい」と書かれ、返事を聞きに来る期限も、ちゃんと記されていた。
今までの人生で、こんなものを貰った経験のないリックとって、恋文とはまさに、未知なる手紙だ。正直、嬉しいを通り越して恐ろしい。しかも、もっと恐ろしい事に、送った本人は今、目の前にいる。
「あのー、そのー、俺たちまだ、お互いの事何も知らないし・・・・・」
「関係ないと私は考えます」
「あっ・・・そうですか・・・・・・」
「・・・・・・」
「わかった、返事をするぞ。ラブレターをくれたのも、俺を好いてくれるのも嬉しいけど、お前の気持ちには応えられない」
別に、彼女が好みでないとか、そう言う話ではない。
歳は自分と同じ位で、髪はショート。日焼けによって、褐色に染まる肌の女性。帝国軍兵士の軍服に身を包む上からも、女性にしては体格が良いのが分かる。身長は高く、肩幅も広い。兵士である彼女は、普段からの鍛練を怠っていないのだろう。
正直な話をすると、リック的には、割と好みの女性だ。
だが、彼女の気持ちには応えられない。応えてはいけないのだ。
「俺にはやらなければならない事がある。それも、命懸けだ。いつ死ぬかわからない俺は、誰かと付き合えない」
参謀長の職務は忙しく、彼女と付き合う暇はないだろう。そういう理由も勿論ある。
しかし大きな理由は、いつ死ぬかもわからない自分と付き合えば、相手を傷つけてしまうからだ。
リックは戦いになると、最前線に出る。参謀長という地位である以上、当然命は狙われる。死の危険が常に付き纏うリックは、いつ死んでもおかしくはない。もしも誰かと付き合い、お互いが深い仲となってしまえば、自分が死んだ時、相手を悲しませる事になる。
だからこそ、彼女の気持ちには応えてはいけないのだ。未亡人製造機予備軍の自分は、心からの恋愛をしてはいけない。彼はそう考えていた。
それに、彼には・・・・・・・。
「わかりました。軍務の邪魔をして申し訳ありません」
「意外とあっさりだな。・・・・・・気持ちに応えられなくてすまない」
彼女の表情や態度は変わらなかった。ふられたというのに、執務室に入って来た時と同じだ。
恐らく、メシアやレイナと同じで、真面目な性格なのだろう。そして、メシアの様に感情を表に出さない人間だ。もしかすれば、内心相当落ち込んでいるのかも知れないし、実は最初から結果を予想していたため、見た目通り、そう落ち込んでいないのかも知れない。
「落ち込んでいなかったら、それはそれで少し残念」と、内心そう思うリックであった。
「どうして俺にラブレターなんだ?うちにはクリスやエミリオみたいな良い男がいるだろ。・・・・・・クリスは顔だけは良い男だけどな」
「参謀長に救って頂いたあの日から、私は参謀長の事が頭から離れません。気が付けば私はヴァスティナ帝国軍に志願し、参謀長への恋文を書いていました。自分でもわからないこの熱い気持ちは恋ではと思い、それを確かめるため、私はここへ来ました」
つまり彼女は、容姿端麗のクリスやエミリオは眼中になく、リックへと抱く思いを確かめるために、恋文まで書いたのだと言う。
(何て言ったらいいんだろう・・・・・・。直球馬鹿?情熱馬鹿?)
驚くべき事に彼女は、リックに抱く思いの正体が、恋であるかどうかもわからないらしい。かなり困った女性だ。
しかし、レイナの様に、真面目で不器用な人間が嫌いではないリックは、次第に彼女が気になってしまった。
自分を追いかけここまで辿り着き、ラブレターまで渡す情熱と勇気。彼女が面白くて仕方がない。面白いと言っても、笑えると言う意味ではないが。
「お前はこれからどうするんだ?」
「私は参謀長に忠誠を誓います。帝国軍の一兵卒として、参謀長と帝国のために働く所存です」
「いいのかそれで?今ならまだ引き返せるぞ」
「構いません」
きっぱりと言い放った彼女の眼は、迷いの一切ない真っ直ぐな眼であった。
参謀長に忠誠を誓うと言うのも冗談などではない。彼女は本気だ。本気の忠誠を誓おうとしている。
「アングハルトは用件終わり、帰ります」
目的を果たした彼女は一礼し、執務室を後にしようと、振り返って背中を向ける。扉に手をかけようとした瞬間、リックは彼女を呼び止めた。
「アングハルト、一つだけ言わせてくれ」
「はっ」
「俺なんかの事を好きになってくれて、本当にありがとう」
彼女は何も言わなかった。
二日後。
予定通り、リックたち一行は帝国を出発し、現在は馬車の荷台に乗って、チャルコ国への道程を進んでいた。今のところ移動は順調である。天気は晴天で、気温はぽかぽかと温かい。何も問題がない、チャルコ国への旅は、何もかも順調だ。
リックとメシアを中心に、護衛はクリスとイヴ、専属メイドのメイファ、そしてロベルト率いる傭兵部隊。リックたちは人員輸送用の馬車に乗っている。馬車を操っているのは、傭兵部隊の男たちだ。
リックたちを含めると、四十人程のこの一団は、表向きは軍事顧問と言う名目で、チャルコ国へと向かっている。流石に 政略結婚阻止の一団と言うわけにはいかない。阻止こそ真の目的だが、隠す必要がある関係上、表向きは、軍事顧問で通さなくてはならないのだ。
軍事顧問として来て欲しいと言うのは、チャルコ王の手紙に記されていた。小規模ながら、軍備の増強を図っているチャルコが、友好国の帝国に軍事顧問の派遣を頼む事は、おかしい事では無いからである。もしも、エステラン側に真の目的を悟られても、表向きこの理由があれば、しらを切れるのだ。
帝国の軍師エミリオ曰く、「政略結婚の時期に軍事顧問派遣要請と言う時点で、エステラン側に悟られる危険性は十分ある。いや、気付かない方がおかしい」と言う事だが、他に妙案が浮かぶわけでもないため、とりあえず王の提案に従った。
そう言うわけで、軍事顧問の名目でチャルコへと向かう一行だったが、彼らは緊張感の欠片もなく、馬車の上で雑談している。
二頭の馬で牽引するこの馬車は、荷物を載せると、一両の定員は八人だ。この馬車が全部で五両あり、一列になって街道を進んでいた。護衛の観点から、リックたちの乗る馬車は中央で、ここにはリックの他に、メシアたちも乗っている。メイファとロベルトも乗っており、馬車の中では雑談が盛り上がっていた。
「参謀長殿はどの地方の出身なんだ?」
「うーん、どの地方と言われてもなぁ・・・・・・。ずっとずっと遠いところとしか言えないな」
参謀長配下であっても、誰も知らないリックの出身。ふと疑問に思ったロベルトが、リック本人に聞いてみる。彼がこの質問を受けるのは、これが初めてではない。皆が疑問に思っている事だ。
しかし彼は、誰かにそれを聞かれた時、適当にはぐらかして終わらせる。今回も同じだ。
「僕は東の方の出身じゃないかなって思うよ。なんとなくだけど」
(間違ってはないな。極東って呼ばれてる国の出身ではあるし)
「実は天上の人間だったりしてな。驚異の身体能力と自然治癒は、人間らしくねぇ」
「おいクリス、お前は俺を神か悪魔かと勘違いしてるのか。勘弁してくれ、これでも人間だから・・・・・・」
リック自身も実感している、その驚異的身体能力と自然治癒を指摘され、メシアを除くこの場の誰もが思う。実は、人間の皮を被った何かなのではと。
そう思ってしまう位、リックの力は常識的ではない。出身が気になってしまうのも、彼の非常識さ故である。
「ご主人様」
「なんだメイファ?」
「あなたは人間ではありません。変態です」
「・・・・・・・あってるけど言わないでくれ。落ち込むから」
ずーんと言う効果音が聞こえそうな程、専属メイドの言葉に落ち込みを見せるリック。彼を精神的に追い詰められるのは、帝国内でリリカをとメイファ位だ。
そんなリックを無視して、雑談を再開する配下たち。雑談の内容は、イヴとメイファの事についてだ。
「しっかし、お前ら仲いいな。人質にした奴とされた奴の仲なのによぉ」
「まあね、あの時のことは仲直りしたもん。僕とメイファちゃんは、今では仲良しの友達なんだから♪♪」
イヴとメイファは隣同士で馬車に座っている。クリスの言う通り、半月前の暗殺未遂事件では、加害者と被害者であった。
クリスたちは知らないが、あの事件から一週間後、イヴはメイファに会いに行き、人質にした事を謝罪した。深く深く頭を下げて、必死に謝罪するイヴに対し、「もう済んだ事だからいい」とメイファは答えた。
それがきっかけとなってか、今では友達の間柄であり、お互い暇な時は、仲良くお喋りをしたりしている。主に話す内容はリックについてで、イヴは専属メイドであるメイファに、彼が普段何をしているのかや、好きなものや嫌いなものは何かなどを聞く。そしてメイファは、リックへの不満をイヴに聞かせるのだ。
リックの事を知ろうと、情報を聞き出すイヴと、愚痴をぶつけるメイファ。何故この二人が仲良くなれたのかは不明だが、一つだけ言える事がある。二人を繋げているのは、やはりリックと言う存在だ。
「クリス様もレイナ様と仲良くなってはどうです?」
「けっ、誰があんな奴と」
「メイファちゃんの言う通りだよ。ロベルトさんもそう思うでしょ?」
「毎度喧嘩されては敵わんからな。どうにかして欲しい」
今度は、クリスとレイナの仲についての話題が始まる。見るからに嫌そうな顔をするクリスに、レイナの良いところを語って聞かせるイヴ。
「賑やかだな」
「すいませんメシア団長。俺の部下がうるさくしてしまって」
「怒ってはいない。ただ・・・・・・」
「どうかしました?」
「お前は良い仲間を持ったと思っただけだ。これならばもう、私の助けはいらないだろう」
いつもと同じ、真剣な表情であると言うのに、彼女の顔には、一瞬寂しさが見えた気がした。メシアにとってリックは、ある意味教え子と言えるだろう。だが、今のリックには多くの仲間たちがいる。
参謀長配下の軍師エミリオが、チャルコとエステラン情勢を教えていたように、最早自分の助けがいらない事に、寂しさを感じたのかも知れない。
「メシア団長は、俺にとってずっと先生ですよ。そんな寂しい事言わないで下さい」
「そうか」
リックにとってメシアは、憧れの女性だ。そんな彼女が、自分から離れてしまうのではと思ったリックは、離れたくない思いで、こう言ったのだ。
その気持ちを察してなのか、彼女はそれ以上何も言わず、日頃の疲れが出たのか、目を瞑ったメシア。彼女が眠ろうとしていると察したリックたちは、彼女の眠りを妨げないよう、声量を押さえて話始める。
(ずっと先生か・・・・・)
リックたちは気付かなかったが、メシアは眠りにつきながら、少しだけ微笑んでいた。
(しかしいつかは・・・・・・)
いつかはリックも離れていく。
そのことを理解しながらも、彼女は口に出さず、深い眠りについたのだった。




