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第五話 愛に祝福を  前編 Ⅱ

 午前中に書類仕事を片付けたリックは、午後になって、女王陛下に呼び出された。

 朝から女王は、自分の執務室で政務に励み、今は少し休息をとっている。その休息の時間を利用して、女王は彼を呼び出した。

 休息の時間であっても、彼女はこのように別の案件に取り掛かる。女王に忠誠を誓う者たちは全員、そんな彼女の身を常に案じている。

 この国の女王は、休息の時間でさえも、己の守るべき国と民のために尽くしているのだ。


「陛下、ご用件は何でしょうか?」


 執務室にはいつも通り、女王である少女ユリーシアとメイドたち。そして今日は、騎士団長であるメシアがいた。

 この場に呼び出され、参上したリックは、呼び出された理由など全く知らない。知らされていないし、思い当たることもないため、内心緊張しながら、彼女の言葉を待った。


「お忙しいのに申し訳ありません。実は、お願いがあるのです」

「陛下ほど忙しくありませんよ。それで、お願いとは何ですか?」

「貴方にはもう一度、チャルコ国に行って欲しいのです」


 小国のチャルコ国。リックはとある用事で、一度だけ行った事がある国だ。

 小さな国であり、ヴァスティナ帝国とは友好関係の国家である。小国であり王国であるチャルコは、王制ではあるものの民主的で、比較的平和な国だ。

 だが最近は、周辺の治安維持強化のために、小規模ながらも、軍備拡張を進めている。

 しかし、そんな変化があっただけだ。それがどうして、再びチャルコへと向かわなければならないのか?

 その理由は、お願いをした本人である、ユリーシアの口から告げられた。


「チャルコにいる、私の友人を救って欲しいのです」

「チャルコに友人ですか?初耳です」

「陛下、友人とはシルフィ様ですね」


 メシアの口にした、シルフィという名前。以前チャルコに行く前、リックはいくつか下調べをしたのだが、その時の記憶が正しければ、シルフィとはチャルコ国の姫の名前である。

 彼は名前と姫と言う事しか知らなかったため、まさかユリーシアの友人であったとは、思っても見なかった。

 メシアはシルフィをよく知っているらしく、彼女の言葉に、ユリーシアは頷いて答える。そしてユリーシアは、執務室の机から、二枚の手紙を取り出した。


「こちらの手紙は、私の友人であるシルフィから。もう一枚は、彼女の父である現チャルコ王からです。今朝、私のもとに届けられました」

「何と書かれているんですか?」

「シルフィの手紙には、近々結婚するかも知れないと書かれていました」

「普通ならおめでたい話ですよね」


 他国のお姫様が結婚する。リックの言う通り、おめでたい話ではあるはずだ。

 しかし、俯くユリーシアの表情を見る限り、祝いを述べようなどという雰囲気ではない。この結婚には、何かがあるとすぐに察した。


「この結婚は政略結婚です。チャルコ国を欲する、エステラン国との政略結婚なのです」

「なるほど・・・・・・」


 政略結婚をする価値が、小国チャルコにあるのだろうか?その事について、リックは思考を巡らす。

 チャルコを調べていた時、何か気になる事があったはずだ。帝国の周辺諸国故、友好関係にあるチャルコ国。小国であるこの国に、政略的な価値が、何かあっただろうかと。


「もしかして、酒ですか?」

「そうです。チャルコは大陸でも有名なお酒を作っています。上質な味を持つチャルコのワインは、大陸中で好まれているのです」


 前にリックが調べた時、チャルコ産ワインは、この帝国でも飲まれている、上質で高級な酒であると知った。彼女の言う通り、酒好きの間では、チャルコ産ワインを知らない者など、存在しないとまで言われている。

 ワインの名前はシュタインベルガーと言う。この名前ばかり有名で、チャルコ国を知らない者も多いらしい。

 小国チャルコはその小さな領地で、上質なワインを年に少量作っている。領地が広ければ、ワインのための農園を広げる事も出来るのだが、小さな国であるため、それは叶わない。

 少量しか作られていない、上質なワインであるため、いつしか高級品となってしまったこれは、大陸中では高値で取引されているのだ。

 帝国は友好の証として、毎年シュタインベルガーが送られているため、簡単に手に入るのだが、実際買おうとすれば、凄まじい額となる。一般兵士の月の給料では、絶対に手に入らない代物だ。


「そのエステランっていう国は、ワインで大儲けを狙っているわけですか」

「エステラン国は、我が帝国よりも大きな国です。チャルコ国を少し北に行くと、エステランの領地があります。エステランは自国の領地を使って、チャルコ産ワインを大量に作るつもりなのでしょう」


 少量しか作れない関係上、輸出される量が少ないために、高級な商品である。その酒を、自国の広い領土で大量に作り出せば、莫大な利益を得られるかも知れない。

 エステランの狙いはその利益で間違いなく、この政略結婚は、友好関係を築き上げるための布石である。


「そしてこちらが、チャルコ王からの手紙になります。手紙には、シルフィを助けて欲しいと書かれておりました」


 詳しく聞くと、今回の政略結婚に、王は反対であるらしい。愛娘であるシルフィを、嫁などに出したくないらしく、まして政略結婚など論外であるのだ。シルフィは年齢的にまだ幼く、とても結婚など出来る歳ではないらしい。

 これらの理由で、王は結婚に反対であるのだが、エステラン国は強引に事を進めているのだという。本来ならば、王は断固拒否したいのであるが、相手は小国チャルコよりも大きな国である。下手に拒否すれば、自国を脅かす外交問題に発展し兼ねない。

 万が一、外交の最終手段である、「戦争」に発展すれば、チャルコは三日と持たず、敗走する事だろう。エステランの軍事力が、どれ程のものかリックは知らないが、チャルコの小規模な軍事力は知っている。

 帝国周辺諸国的に考えても、チャルコは弱小の軍事力しか、持ち合わせてはいないのだ。

 そんなチャルコが、軍事の抑止力を行使出来るわけがない。そのため王は、結婚を断固拒否する事が出来ないのだ。

 しかもチャルコは、一年前に災害に見舞われた事があるという。地震により、城下や農作物に打撃を受け、帝国を始めとした友好国に、復興支援を受けていた。その時、チャルコを最も支援したのがエステランであり、言わば借りを作りっぱなしなのである。

 この時エステランは、チャルコへの貸しを作るために、復興支援を行なった。全ては、こういう時を狙っての事である。その時の災害時復興支援の事もあるために、王は拒否出来ないでいるのだ。

 しかし、愛娘を政略に利用したくない王は、どうにかして、この結婚を阻止したい。その気持ちから、愛娘シルフィと親しいユリーシアに、こうして手紙を送ったのだという。

 一方シルフィの手紙には、自分が結婚するかも知れないと言う事のみが記されていた。結婚の報告のみで、その結婚の事については、何も記されていない。


「王は結婚に反対ですか・・・・・。そのシルフィ姫っていくつ何ですか?」

「今年で七歳になります」

「なっ、七歳!?七歳で結婚ですか!?」


 姫の歳は七歳だが、政略結婚に利用される。

 リックは思う。自分が王の立場だったなら、やはり結婚には反対だろう。王にとって、愛娘ならば尚更だ。


「今までの話をまとめると、陛下のお願いって言うのは、この政略結婚の阻止なんですね」

「その通りです。私の友人であるシルフィを救って下さい。これは、貴方にしか頼めない私の我儘です」






 女王との話を済ませたリックは、兵士たちを使って、配下の主要面子を集めさせた。

 広い参謀長執務室にはリックの他に、参謀長の両腕であるレイナとクリス、参謀長の頭脳であるエミリオと、発明家シャランドラ、精鋭の鉄血部隊を率いるヘルベルトに、巨体剛腕鉄壁のゴリオン、銃の扱いは帝国一のイヴ、そして誰も逆らえない、自称かつ事実の美人で自由な旅人リリカ。

 騎士団長のメシアも呼ばれ、皆に飲み物を出すために、専属メイド少女メイファの姿もある。主な面子が集まったこの部屋では、先程のチャルコ国とエステラン国の、政略結婚について話されていた。


「さて、エミリオ先生。今回のために、帝国周辺諸国の事について教えてくれ」

「先生ではないけどね。皆のためにも、話すとしようか」


 リックの命を受け、眼鏡を上げて、如何にも先生のように振舞いながら、帝国と周辺諸国が記された地図を、執務室の机の上に広げるエミリオ。口ではああ言いながらも、先生と呼ばれる事が嬉しいらしい。

 今回の女王の頼みを、リックは当然承諾した。彼女に絶対の忠誠を誓うリックにとって、彼女の頼みを聞かないなど、たとえ天変地異が起きようともありえない。

 チャルコ国へは、二日後に出発する事が決まり、連れて行く従者を決める等、やらなければならない事が多いのだが、その前に、チャルコとエステランについて知るため、こうした場を設けたのだ。

 皆を集めたのも、これからは帝国周辺諸国状況を、知っておいて貰わなければならないと、彼自身が考えたためである。騎士団長メシアに関しては、周辺諸国の事に一定の知識があるため、講師の一人としてここへ呼んだ。ある種の勉強会であるこの場は、この中で、最も学があるエミリオ先生によって、今開かれる。


「まずは基本的な事から。このローミリア大陸の南に位置する唯一の帝国は、私たちのヴァスティナ帝国。その周辺には、友好的な関係であるチャルコを始めとした、いくつかの小国があるのだけれど・・・・・、リック君、周辺諸国を全部言ってみてくれないかな?」

「了解だエミリオ先生。チャルコの他には、ネルス、へスカル、ハーロン、ケルディウス、ビオーレの五つの小国がある」

「良く出来ました。これらの小国全ての中心にあるのがヴァスティナで、六つの小国と友好関係を築いている。オーデル王国が二度目の侵攻をした時に、帝国を支援してくれていたのは、これらの国だった」


 ヴァスティナ帝国と大国オーデル王国は、二度の戦争を経験した。どちらも結果的には、ヴァスティナ帝国の勝利で終わったのだが、一次と二次の戦いでは、勝利の要因に全くの違いがある。

 業火戦争と呼ばれた第一次の戦いの時、大国に恐れを抱いていた周辺諸国は、帝国を助ける事が出来なかった。王国を嫌う国もあったのだが、軍事力も経済力も違う大国相手に、正面から戦いを挑む事など出来るはずもなく、黙って帝国が侵攻されるのを静観していた。

 しかし戦争は、圧倒的不利の帝国の勝利で終わった。この結果が、第二次の戦いに影響を与える。

 二度目の王国の侵攻を帝国が受けた時、帝国周辺諸国は、王国の侵略に断固抵抗すると決めたのだ。小国が大国の侵略を退けたという結果に、抵抗の闘志を燃やした周辺諸国は、侵略を良しとせず、様々な形で帝国を支援した。

 チャルコのように、軍事力の小さな国は、戦闘するために必要な食料等の物資を送り、軍事力のある国は、帝国と共に戦うため出兵する。業火戦争以上に豊富な物資と、多くの戦力が集まった帝国は、メシアを総指揮官として、必死に防衛戦を展開したのである。

 戦争の結果は、リックたちの活躍で、またも帝国の勝利に終わったが、この時周辺諸国の支援が無ければ、リックたちが活躍する前に、帝国は滅亡していたかも知れない。


「ちゃんと勉強してるんだな、我らのフローレンス参謀長殿は」

「クリス、その呼び方でからかうなよ」

「では、次はクリス君に聞くとしようか。エステラン国とはどんな国かな?」

「行った事ないから詳しくないけどよぉ、オーデル王国と比べたら対したことない国だ。小国以上大国未満ってところか」

「そう、エステラン国は中規模の王制国家だね。それでも、経済力や軍事力は帝国以上さ。情報によると、エステランは深刻な財政難に陥ってる。それが今回の政略結婚の理由さ」


 財政難のエステランにとって、目と鼻の先にあるチャルコは、まさに金のなる木に映るのだろう。 チャルコ産ワインで一儲け出来れば、財政難を立て直すチャンスがある。

 それが、政略結婚を強引に推し進める理由である。エステランも必至というわけだ。


「小国チャルコのすぐ北にはエステラン。チャルコ産ワインの製造法を得て、自国の大きな領地で、大量生産しようとしているわけだけれど、シュタインベルガーについて、詳しい人はいるかな?」


 エミリオの問いに対して、皆の反応は、首を横に振るだけである。

 その酒についての知識はないし、高級なワイン故に、誰も飲んだことがない。答える事など、出来るわけがないのだ。

 ただ一人を除いて・・・・・・。


「メシア団長は飲んだ事があるんですか?」

「毎年帝国に送られてくる、そのうちの一本を陛下から頂いているのでな」


 女王ユリーシアが帝国で最も信頼しているのは、リックを除くと、騎士団長メシアと宰相マストールである。その二人には、日々の働きへの感謝として、女王直々にこのワインが贈られるのだ。

 それ故に、シュタインベルガーの味を知っているメシア。ちなみに宰相マストールは、このワインが大好物であり、毎年楽しみにしている。


「さて、ここでそのシュタインベルガーを試飲するとしよう」


 リックが指を鳴らすと、専属メイドであるメイファが、一本のワインと人数分のグラスを用意した。

 人数分のグラスにワインが少量注がれ、そのグラスが全員に配られる。

 見た目は赤ワインなシュタインベルガー。果実の上品な香りを嗅ぎ、皆がそのワインに口をつけた。


「うっ、美味い!こんなワイン飲んだ事ねぇぞ!」

「美味しい・・・・・・」

「やべぇぞ隊長、こんなん飲んじまったらそこら辺のワインが飲めねぇ」

「ワインなんか初めて飲んだで。こんなに美味いんかいな」

「オラも、初めて飲んだんだな・・・・・」


 皆が一口飲んだだけで大絶賛する。酒の味を知っている者たちは、その上品な香りと、深みのある果汁の味わいに魅了された。酒場で売っている赤ワインが霞む程の、濃厚なシュタインベルガーは、高級ワインというだけある、芸術的逸品だ。

 酒の味を知らなかったリックも、その芸術的な味に舌を巻く。


「酒ってこんなに美味いもんだったのか・・・・。知らなかった・・・・・・」

「これが特別なだけだと思うよ。私も、こんなワインは初めてさ」


 常識的な事だが、酒はアルコールの入った飲み物である。その独特のアルコールで、小さな子供や初めて酒を飲んだ者の多くは、酒を不味いと感じてしまうものなのだが、このワインにはそれがない。

 確かに、アルコールの独特の匂いや味を感じるが、それが気にならなくなる程、濃厚な果汁の香りと味が、舌を魅了してしまう。

 チャルコ産ワイン「シュタインベルガー」は、この香りと味により、大陸中で愛されているのだ。

 もっとも、高級品故に金持ちしか買えないのが難点ではあるが、このワインのためならば、いくらでも出すという者は大勢いる。


「ねぇリック君。このワイン確かに美味しいんだけど、高級品だって言ってたよね?」

「そうだぞイヴ。そうそう手に入るもんじゃない」

「じゃあ、僕たちが飲んだこれはどこから持ってきたの?」

「ああこれか。リリカに頼んで宰相の部屋からくすねてきた」


 しれっと言ってのける。

 驚愕の入手先に、一同リックを凝視した。帝国の大黒柱である宰相マストールの部屋から、高級ワインを盗んできたと言うのだ。しかもこのワインは、マストールの大好物であるのに・・・・・・。

 自分たちの飲んだものが、盗みだされた物であった事を知った一同。知らずに飲んでしまったために、盗みの共犯になってしまった事を知る。

 その事実に平気な顔をしているのは、騎士団長メシアとリリカ、そしてただ一人、この場でワインを飲んでいないメイファだけであった。盗んだ張本人のくせに、ワインを楽しんでいるリリカのもとへ、衝撃を受けた一同が詰め寄る。


「ほう、これは中々のものだ」

「リリカ様、宰相の部屋から盗み出したとは・・・・」

「事実だよ。私も噂に聞くシュタインベルガーが飲んでみたくてね。宰相が大切にしていた物を、少しばかり拝借してきたのさ」

「返す気ないだろあんた!」

「心配するなクリス。代わりの物を置いてきたから問題ないよ。酒屋で売っていた酒、ホルスタインヘルガー、一本八百九十ベルをね」

「思いっきりパチモンやで!安物のそんなんで誤魔化しきれるわけないやろ!!」


 自称美人で自由な旅人リリカは、ここ最近、自分の暇つぶしのために、宰相の仕事に付き合っている。

 宰相と仕事をしている関係上、会話をする内に、彼がシュタインベルガー好きだと知ったリリカは、高級品と言われるそれを、飲んでみたくなった。そして今日、リックからの頼みによって、盗み出すことを決め、こうして用意したと言うわけである。


「盗んだのは私だが、主犯はリックだよ。そしてここにいる皆は、このワインを飲んだ。つまり共犯者と言うわけだね」


 彼女の言った、共犯者という言葉。全員がこれを飲む事によって、一蓮托生の関係を作り出した。

 盗んだのは彼女だが、全員が飲んでしまった以上、宰相に問い詰められても、正直には答えられない。彼女がやったと言えば、飲んでしまった全員のことをばらされてしまう。

 そうなれば、激怒する宰相のお説教をくらうのは、共犯者である全員だ。


「ではリック、残りのワインは貰っていくよ」

「そういう約束だからな。メイファ、渡してくれ」


 残りのワインをメイファから受け取り、グラスに注いで飲み始める。素晴らしい味と香りにご満悦なリリカ。

 自らの欲求を満たすためなら、周りの者たちをも利用する。これこそ、彼女の恐ろしさだ。


「まったく、盗んで来たとは驚きだよ」

「これでばれても大丈夫だ。皆飲んだから、誰も俺が主犯だなんて言えないだろ」

「とんだ策士だね。飲んでしまったものは仕方がないし、そろそろ話を進めようか」

「頼む、エミリオ先生」


 未だ納得していない者たちを無視し、本題に入ろうとするエミリオとリック。

 本題とは、何故帝国が、チャルコとエステランの政略結婚に介入しなければならないかだ。勿論、女王が友人を助けたいと言う理由や、チャルコ王の願いと言う理由もある。

 しかし、帝国軍が動かなければならない理由はない。いくら女王の願いと言っても、それは個人的な我儘である。リックはそれでいいとしても、他の者たちを納得させるには、女王の願いだけでは足りないのだ。


「エステランがチャルコと政略結婚を果たし、財政難を解消するだけでなく、大きな力を持ったらどうなるか。レイナ君、わかるかな?」

「・・・・・とっても困る、ですか?」

「これだから脳筋は困るぜ。脳筋だから考えることを知らねぇ」

「ぐっ、ならば貴様はわかると言うのか」

「・・・・・帝国が困る、だろ?」

「確かにそうだけど、もっと具体的に言って欲しいかな・・・・・・」


 困る以外全くわかっていない、参謀長の両腕であるレイナとクリス。

 こんなことで今後大丈夫なのかと、内心不安を覚えるリックだった。だがしかし、リック配下の中でこの問いに答えられる者など・・・・・・。


「つまり、帝国とその周辺諸国の脅威になるかもって事でしょ。エステランが大国になったら、オーデルみたいに侵略してくるかも知れないし」

「その通り。その将来的な驚異の阻止が必要なんだ」


 問いに答えられたのは、女の子にしか見えない容姿の男の子、イヴである。

 エステラン国には、ヴァスティナ帝国とその周辺諸国を支配する野心があった。しかし今までは、大国オーデル王国の存在があったため、軍を起こして、侵略する事が出来ずにいたのである。

 オーデル王国はエステラン国の近くに位置する。この大国も、昔から南の豊かなこの地方を、我が物とする野心を持っていた。

 下手に手を出せば、オーデルの野心の妨げとして、軍事力に圧倒的差がある王国との、全面戦争もあり得る。その危険があったために、今までは、この地方に干渉出来ずにいた。

 だがオーデル王国は最近、自国の立て直しのために帝国を侵略しようとして、二度も敗北を喫した。しかも、王国の主である王と、次期国王の王子まで失ったのだ。これにより王国は急速に弱体化し、現在は風前の灯火である。

 この隙をついて、エステランはまず、チャルコへと目を付けた。この国を我が物として財政を立て直し、いずれは、この地方全体を手中に収めて大国となる。それこそが、エステラン国の真の狙いだ。


「それと、リックの戦略では、いずれエステランを攻略するつもりだ。その時、今以上の軍事力を持っていたら、攻略が大変になると言うのも、今回政略結婚を阻止したい理由なのさ」


 リックの思い描く軍事戦略では、周辺諸国との関係を強固にし、ヴァスティナ帝国を中心とした、ローミリア大陸南の強力な勢力を築き上げる。そのためには、周辺の敵を掃討しなくてはならない。

 ヴァスティナ帝国にとっての仮想敵国は現在、オーデル王国とエステラン国である。前者のオーデルは、急速に弱体化しているため問題ないが、後者の、帝国以上の軍事力を持つエステランを排除しなければ、この地方を統一して、帝国を中心とした勢力を築く事は出来ない。

 ただでさえ、帝国以上の軍事力を持つ国に、これ以上の戦力が増えては、攻略時に苦戦は必至だ。そうならないためにも、エステランが強大になる可能性は、少しでも排除しなくてはならない。

 これこそが、帝国軍の動かなければならない理由である。

 女王ユリーシアは、エステランの成長が、リックにとって都合の悪い事だと理解していた。自分の願いだけでなく、帝国全体の事を考えて、彼女はリックに託したのだ。


「レイナとクリスは鍛錬だけじゃなくて勉強もするように。少しはイヴを見習えよ」

「はい・・・・」

「ちっ・・・・」

「と言うわけで、この政略結婚は帝国のためにも断固阻止だ。二日後に俺はチャルコへと向かうんだが、その時の供を今決める」


 執務室での勉強会だけでなく、この場に皆を集めたのは、チャルコへと向かうための、従者を決める意味もあった。


「まず、今回はメシア団長が一緒に来てくれる。シルフィ姫と面識があって、チャルコ国に詳しいからだ」

「陛下に許可はとっている。いざという時は、私を頼れ」

「ありがとうございます。次に、クリスとイヴは俺の護衛だ。頼むぞ」

「任せろ。脳筋槍女よりも、完璧に護衛は果たすぜ」

「僕も護衛なんだね。任せてよ♪♪」


 女王の頼みを聞いた後、メシアはリックの一団への、同行を希望した。理由はリックが述べた通り、シルフィ姫と面識があり、チャルコ国に詳しいためだ。

 リックとリリカとレイナは、チャルコへと行った事があり、数日滞在した経験がある。しかし、チャルコの知識は乏しい。帝国に存在する、チャルコ国についての資料程度の知識しかないためだ。

 だが、女王の護衛で、何度かチャルコを訪れた事のあるメシアは、この場の誰よりも、チャルコについて詳しい知識を持つ。

 そのためメシアは、彼を補佐するために、同行を希望したのだ。

 女王ユリーシアはこれを許可。かくして、リックは初めて、メシアと共に、帝国の外へ出る事となった。

 護衛をクリスとイヴに選んだのにも、理由はある。

 彼自身が暗殺されかけ、銃撃による負傷を受けた事件。イヴによる暗殺未遂事件によって、リックは最近まで、車椅子での生活を余儀なくされていた。

 重傷ではあったのだが、医者も驚く、驚異の自然治癒力により、日常生活が送れるまでに、一応回復したリックであったが、激しい運動などは、医者に厳しく止められている。まだ万全の状態ではないリックにとって、万が一襲撃者が現れた時は、対処が出来ない。

 そこで護衛が必要なのだが、今回は自分の左腕とも言うべき、クリスを選んだ。レイナでも良かったが、彼女には前回護衛を頼んだため、拗ねられないために、今回はクリスを選択した。

 そして、自分が負傷する原因を作ったイヴを選んだのは、チャルコで出会ったからである。チャルコにいた彼ならば、メシア同様に、チャルコに詳しいかも知れないと考えての事だ。


「この二人と、ロベルトの傭兵部隊を連れて行く。ヘルベルト、準備するよう伝えておいてくれ」

「了解ですぜ。それはいいんですけど、隊長がいない間、俺らは何をすりゃあいいんですかい?」

「ヘルベルトたちには、周辺の治安維持に取り組んで貰う。野盗だろうが山賊だろうが泥棒だろうが関係ない。徹底的に駆除しろ。もちろん、奴隷商人も例外じゃなくな」


 ロベルトとは、チャルコで雇われていた、傭兵部隊の隊長で、とある一つの傭兵部隊を指揮していた。彼らを取り込んだリックは、自身の精鋭部隊に、ロベルトたちを加え、実戦経験豊富な戦力を増強したのである。

 ロベルトたちを同行させるのも、イヴと同様に、チャルコにいたのが理由である。何かあった時は、その国の事をよく知る人間がいた方が、何かと都合が良いと考える、彼の万が一を考えての判断だ。

 帝国に残す、ヘルベルトたち鉄血部隊の面々には、未だに帝国周辺からその姿を消さない、野盗などの小規模勢力の対処を任せた。帝国の地盤を盤石にするため必要不可欠な、治安維持を強化するためである。


「レイナは軍を出撃できるよう、準備させておいてくれ。チャルコとエステランが万が一緊張状態になったら、いつでも出兵できるようにな」

「はい!お任せ下さいリック様」


 同行出来ない事と、クリスにからかわれた事で、悔しさに満ちた表情をしていたレイナであったが、忠誠を誓うリックからの命令には、素直に従う。真面目な性格である彼女ならば、この任を必ずや全うしてくれる。そう考えての判断だ。

 チャルコ王が愛娘可愛さに、政略結婚を無理に拒否する可能性もある。そうなったら、エステランとの関係悪化は避けられない。即戦争に発展する、無視出来ない可能性もある。

 その時は、友好国であるチャルコを支援するという名目で、帝国軍を出兵する事が出来るのだ。現状の戦力で、どこまでやれるかは不明だが、友好国の支援という大義名分はある。

 この大義名分を上手く使えば、他の友好国の支援を受けられるかも知れない。

 帝国周辺諸国は、オーデルやエステランを快く思っていないため、共に戦ってくれる可能性は十分ある。対エステラン戦の戦力が集まれば、勝利の可能性も見えてくる。だからこそ、いざという時に迅速に行動できるよう、軍を準備させるのだ。


「ゴリオンには城の防衛を任せる。敵が攻めてきたら女王と国を守り抜け。どうだ、出来るか?」

「まかせてくれなんだな。オラ、がんばるんだな」

「シャランドラは引き続き兵器開発を進めろ。例の機関も含めてな」

「了解やで。まあ任せてくれや」

「エミリオには帝国軍全体の指揮を任せる。大変だが、頼めるか?」

「大丈夫だよ。君が戻ってくるまで、帝国軍は私が預かる」


 そして最後に・・・・・。


「リリカ、陛下の傍にいてくれ。彼女の不安を、少しでも和らげて欲しい」

「ふふ、わかっているよ。彼女の体調も含めて、気を付けるさ」


 配下の者全てに指示を出したリックは、最後に女王の事を、リリカに任せた。

 彼が忠誠を誓った相手、女王ユリーシアの体調は思わしくない。元々の体の弱さと、政務の苦労で、このところ具合が悪いのだ。

 それを心配するリックは、女王のお茶飲み仲間であるリリカに、彼女を守って欲しいと頼む。

 頼まれるまでもなく、リリカも彼女の事を心配している。たとえ頼まれなかったとしても、彼女を守るつもりであった。特別ユリーシアに優しいリリカならば、彼女を守ってくれると、彼は信じたのだ。


「それとメイファ。お前は専属メイドとして、俺に同行してくれ」

「ちっ・・・・・・、わかりました」

「今舌打ちしただろ。そんなに嫌なのか・・・・・・」

「変態野郎との旅を喜ぶ馬鹿メイドがいるのなら教えて欲しいですね。わかりますか、私の気持ち?」


 こうして、指示を出された部下たちは、皆それぞれの準備のために、執務室を後にする。

 執務室に残ったのは、今日最後の大仕事が残るリックと、専属メイドのメイファのみ。部下ではないメシアやリリカも、執務室を後にしたため、本当にこの部屋には、リックとメイファの二人しかいない。


「後は、今日一番の難題をどうするかだな・・・・・・」


 リックにとっての、今日最後の大仕事。

 それは帝国内での話題、セリーヌ・アングハルトへの、ラブレターの返事である。

 帝国内の誰もが気になっている、この事件の行方や如何に・・・・・・。


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