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第五十二話 あなたを愛して⋯⋯Ⅵ

 ジエーデル国が開戦の狼煙を上げ、ホーリスローネ王国への侵攻から始まった戦争。始めはジエーデルとホーリスローネとの戦争だったが、後にヴァスティナ帝国やエステラン国、遂にはゼロリアス帝国までもが宣戦を布告し、大陸中央全体が戦場と変わった。

 この戦争で戦死した兵士や、戦渦に巻き込まれて命を落とした人々の数は、正確には数えられていない。あまりにも多くの命が失われ、数えるのを諦めてしまったからだ。

 ボーゼアスの乱から今回の戦争にかけて、戦いによる犠牲者の規模は、ローミリア大戦以来最大のものではないかと予想されている。それだけの犠牲を払いながらも、ジエーデル国に敵対した各国は勝利を収め、この凄惨な戦争を終わらせた。


 ジエーデル本国を制圧したロイド率いる反乱軍は、大義の象徴たるカンジェルマン・ムリューシュカ将軍の娘を、新たな国の統治者に据えた。これに反対する兵や国民は少なく済み、彼女を統治者に据えた反乱軍は、軍部や軍警察の制圧及び、各国への停戦交渉に向けた動きを進めている。

 総統バルザックは既にこの世を去ったが、彼はこの戦争を終わらせる前に自殺した。軍警察長官ハインリヒ・バウアーは、全軍に戦闘停止命令を発したものの、彼もまた停戦までは行わなかった。その結果、各地では様々な混乱が発生している。

 命令が届き、敗北を認め降伏する部隊がいれば、捕虜になるのを恐れ逃亡する部隊もでた。特に、旧支配体制下で暴虐の限りを尽くした軍の将兵や、大勢の人間を虐殺してきた軍警察の人間などは、粛清されるのを恐れて逃亡や亡命に走るのが多かった。中には、残存戦力をまとめ上げ、未だ抵抗を試みる者達もいた。

 ジエーデル本国を中心に、多くの戦力が戦闘を停止して退却、もしくは降伏していったが、粛清を恐れる者達や、総統バルザックを信奉する者達が、大陸各地で抵抗を続けてはいる。但し、彼らは新しいジエーデル国にとっては、逆賊と定められた。そのため彼らジエーデル軍残党は、戻るべき国を失った兵となり、補給路も断たれて孤立している。

 国の新たな支配者となったカンジェルマンの娘は、名将の息子ロイドを軍部の新しい長官に任命した。彼女がロイドに与えた最初の命令は、戦闘を停止しない逆賊の討伐であった。国の命令に歯向かう軍隊を粛清する事が、各国に戦争責任を問われるジエーデル国が行なう、関係修復の第一歩となるのだ。

 新しい体制下で再動を始めたジエーデル国は、自国始めてしまった戦争の完全なる終結に向け、国内の四割を占領したヴァスティナ帝国と、様々な問題解決に向け協力する。帝国だけでなく、北方から進軍を続け、ジエーデルまで目前に迫ったホーリスローネ王国等の各国軍とも、戦争終結のための交渉を始めていた。

 

 ジエーデル国の敗戦により、大陸の勢力図は大きく変化した。支配地域は各国の軍に解放されるか占領され、特にゼロリアス帝国などは、侵攻した領土を全て支配下におき、自国の領土に変えてしまった。ジエーデルとの戦争を利用し、最初から国力の増加を図っていたのである。

 ジエーデル国が支配していた大陸中央は、まるで切り分けられるかの如く、様々な国の領土に分かれていった。支配から解放され、再び独立した国家に戻った国もあれば、支配者が変わっただけの国もある。それだけでは終わらず、旧ジエーデル領を奪い取った中小国家が、国境を巡って既に対立を始めてすらいる。

 大陸中央から始まった大戦争は、確かに終結へと向かっているだろう。だが結局、戦争の後にはまた戦争が始まるのが人の歴史であり、今のローミリア大陸もそうやって生まれた。ジエーデルとの戦いは終わっても、大陸中央を巡る各国の戦いは、まだ暫く続くと予想されている。

 そして、どの国よりもジエーデル国との戦争を望み、自国の持てる力を全て結集し戦ったヴァスティナ帝国は、ジエーデル国内の一部と、旧ジエーデル領の要所ブラド公国を手中に収めた。宿敵に勝利した帝国国防軍の主戦力は現在、占領した各領土に軍を置き、激戦で受けた戦いの傷を癒しているのだった。










 ブラド公国を陥落させた帝国国防軍は、公国内に軍を置いて制圧を完了させ、降伏したジエーデル軍の将兵や、彼らに協力したブラド公国の戦力を捕虜とした。

 今やブラド公国は、ヴァスティナ帝国の支配下にあり、帝国国防軍第二戦闘団を始め、各地から合流した戦力は、大陸中央に新たな軍事拠点を得るに至った。今後ブラド公国は、ヴァスティナ帝国と同盟を結び、大陸全土の武力統一に向けた要所として、帝国国防軍のために機能していく事だろう。

 

 そのブラド公国内の宮殿に、今は帝国国防軍の主だった将達が集まっている。公国内にまるで象徴の如く聳え立つ、君主が住まう雄大煌びやかな宮殿。今やそこは帝国国防軍の制圧され、彼らの本拠地として利用されている。

 宮殿内部のとある一室。そこは本来客間であるのだが、今は帝国国防軍を代表する者達が集まり、内密の話し合いの場として使われていた。


「⋯⋯それで、リックの容体はどうなんだ?」


 豪華な家具が並び、装飾も施された優美な室内だが、口を開いたクリスを始め、部屋に集まっている者達の表情は、深い悲しみに暮れていた。彼の他にはレイナとイヴ、そして合流した第三戦闘団からシャランドラが集まっている。それ以外の者達は、クリス達同様に悲しみを抱きながらも、自らの務めを果たしに行動している。


「⋯⋯リリカ姉様が付きっ切りで看病してる。全身の怪我も、折れた腕と脚もちゃんと治るって聞いてるけど、まだ意識が戻らないんだって」


 いつも明るい笑顔を皆に向けるイヴが答えるが、今の彼が浮かべるのは悲しみに満ちた瞳だった。ソファに座るイヴの傍では、今にも泣き出してしまいそうなシャランドラが、膝を抱えて俯いている。

 

「そうか⋯⋯。あいつが助け出されて、もう結構経つっていうのに⋯⋯」


 第一戦闘団の参謀ミュセイラの作戦で、地図にも載っていなかった村に身を隠していたリック達。彼らの回収に一番乗りしたのは、準備をしていたレイナ達ではなく、親衛隊隊長ヴィヴィアンヌが率いる部隊だった。

 急ぎ到着した彼女達は、現地の状況に大きな衝撃を受けた。敵勢力に襲撃された形跡と、破壊された家屋に、沢山の村人の死体。呼びかけても生き残りはおらず、更に捜索を続けた彼女達は、帝国国防軍の兵士の死体と、原形を留めていない者が多かったが、敵部隊思われる者達の死体も発見した。

 ここで何が起こったのか、考えるのは容易だった。最悪の可能性を脳裏に映しながらも、必死に捜索を続けたヴィヴィアンヌは、重傷を負いながらも生き残ったリックを発見したのである。

 悲鳴を上げて彼に駆け寄った彼女は、彼の名を何度も何度も叫び続け、急いで応急処置を済ませた。その後、第二戦闘団と合流するべく、急ぎブラド公国を目指して車輌を走らせ、レイナ達に合流したのである。

 幸い、ブラド公国はジエーデル国の占領下だった事もあり、医療技術が他国よりも進んでいた。そのお陰でリックは一命を取り留めたが、救出されて既に三週間以上が経つものの、未だ意識は戻らずに眠り続けている。


 リックが敵に襲撃されて重傷を負った情報は、秘かに第三戦闘団に身を置いていたリリカに知らされた。ジエーデル国との戦いの終わりを確認した彼女は、第三戦闘団をジエーデル本国へは向かわせず、ブラド公国へと急行させた。

 リリカ以外の、シャランドラを始めとするリックの仲間達は、何か大変な事態が起こった事だけは察していた。それが簡単には話せない重大な事態だと悟り、シャランドラ達はリリカを問い詰めず、酷い胸騒ぎを堪えてブラド公国までやってきた。

 そこで彼女達は初めて、何が起きたのかを聞かされた。それからリリカは、一人付きっ切りで眠るリックの傍に寄り添い、彼の看病を続けている。

 リックは宮殿内で治療を受け、病室代わりの寝室で絶対安静の面会謝絶となっている。クリス達が彼の容体を知れるのは、偶に水を汲みに行くなどで部屋を出る、リリカの口からのみである。面会謝絶の理由は、これ以上外部にリックの状態を漏らさないためと、彼が目覚めたとき、ある事実を告げる役目を、皆の代わりにやるとリリカ自身が望んだからだ。

 

「⋯⋯仮に意識が戻ったとしても、閣下の心はメシア団長の時のように――――」

「黙れよ槍女! リックはお前が思うほど弱くねぇ! だってあいつは、こうなる事だってもう覚悟ができてんだ!」


 俯き目を伏せるレイナの言葉に、怒りを露わにしてクリスが声を荒げる。大丈夫だと、己の心ではそう思っているクリスだが、最愛の存在を失ってしまったあの時のリックの姿は、今でもはっきりと覚えている。

 あの時と同じ事が、再び彼の身に起きてしまった。そうさせないためにも戦っている自分達は、また何もできなかった。無力感と絶望感を振り払うように、一人声を荒げて怒りを露わにするクリスだが、そんな彼にシャランドラは冷たい瞳を向けて口を開いた


「⋯⋯じゃあ、クリスは言えるんか?」

「⋯⋯!」

「助けに行った時、リックだけが生き残ってたって⋯⋯⋯。リックを守ろうとして、リックもうちらも大好きやったセリっちが死んだって⋯⋯⋯! クリスはそう言えるんか!?」


 我慢できずに感情のまま叫び、抑え切れずに涙を溢れさせたシャランドラを、傍にいたイヴが強く抱きしめた。イヴの胸の中でシャランドラは堪らず泣き出し、静まり返った部屋の中で、彼女の嗚咽だけが響き渡る。

 ヴィヴィアンヌ達が駆け付けた時、村の生存者はたったの一人だけだった。それがリックであり、彼女達の必死の捜索にも関わらず、彼以外の生き残りは発見されなかった。

 リックを守るために戦ったセリーヌ・アングハルトは、生きている姿も遺体も見つからない。だがヴィヴィアンヌは、大きな爆発があったと思われる一帯と、吹き飛んで粉々になった人間と巨大な魔物の肉片を見つけた。その肉片が彼女だと分かった理由は、肉片に付いていた彼女の軍服の切れ端と、彼女が大切にしていた銃器が現場に落ちていたからである。


「⋯⋯今だけは、リリカ様に任せよう」


 何も言えなくなってしまったクリスに、痛いほど彼の気持ちが分かるレイナが口を開く。仲間である皆が、そして何よりもリックが愛していた彼女の死を、彼に告げなくてはならない。それがどれだけ苦しく辛いものであるかは、レイナが一番よく分かっている。


「私達にできるのは、アングハルトに代わって閣下を守る事だけだ。それだけが、命を賭して閣下を守り抜いた彼女に、私達ができる弔いだ」

「⋯⋯⋯言われなくても、分かってんだよ畜生」


 起きた悲劇は巻き戻せない。これから自分達がすべき事を考え、彼女の意志を継いで戦う。

 それが愛に生き、愛に死んだセリーヌ・アングハルトへの、仲間達ができる弔いとなるのだ。










 病室代わりの寝室で、いつものように静かに眠り続けるリックの傍には、献身的に看病を続けるリリカの姿がある。宰相としての最低限の公務は果たしつつ、後の事は他の者達に任せ、彼の傍を離れずにいた。

 寝室のベッドで眠るリックの寝顔を見つめ、リリカは彼の頬にそっと触れる。全身に包帯が巻かれ、折れた右腕と左脚は固定された状態だが、彼の頬からは確かな温かさを感じる。また戦いで死にかけ、ここへ運び込まれた時は虫の息だったと言われているが、それでも彼は命を繋ぎ止めた。

 何が起きたのかは知っている。リックを守るために、大勢の人間が犠牲となり、彼を愛し続けたセリーヌ・アングハルトも命を散らせた。

 ゴリオンの結婚式の最中、彼女が告げた遺言がリリカの脳裏に蘇る。果たして彼女は、愛する彼に自分の想いを告げる事ができたのだろうか。そんな事ばかり考えてしまって、リリカの顔にも憂いが浮かぶ。

 

 だが彼女が命を賭して守り抜いたからこそ、リックは今もこうして生き続けている。彼女がいなければ、今ここにリックの姿はなく、この頬から伝わる温もりも失われていた。

 皆、彼女に感謝しているからこそ、その死を悼んで涙を流す。もう二度と、あの勇ましく、そして可愛らしい彼女には会えない。もう二度と、リリカ達が愛した彼女に触れることはできない。自分達が他者の命を奪うのと同じく、奪われた大切な命は、二度と戻っては来ないのである。

 命を奪い奪われて、それでも戦いを止めはしない。これはリックが望んだ結果であり、彼と共に歩む道を選んだ者達の結果なのだ。

 そうだと分かっていても、望んだ事だとしても、大切な命を失った痛みと悲しみは、何度経験しても胸が張り裂ける。それでもリリカは、流された鮮血の道筋に足を置き、決して歩みを止めはしない。


「んっ⋯⋯⋯」

「!」


 待っていた瞬間が訪れる。長い眠りから、傷付き苦しんだ彼が目覚めようとしている。

 重い瞼を開けようとするリックに気付き、リリカは直ぐに憂いの顔を消し去って、いつもの様に微笑みを浮かべて彼の目覚めを待つ。

 寝室の窓から差し込む陽の光を受け、眩しそうに目を開けたリックを、微笑むリリカが優しく迎えた。寝惚け眼のリックは、知らない部屋の光景に思わず声を発する。


「こっ⋯⋯、ここは⋯⋯⋯?」

「ブラド公国宮殿の寝室だよ。重傷だったリックをヴィヴィアンヌが助けたのさ」


 リリカが簡単に説明するも、混乱しているのか、リックは身体の怪我も忘れ、ベッドから起き上がろうと上体起こす。当然全身から激痛が奔り、堪らず悶えて声を上げてしまう。そんな彼を直ぐにリリカが支え、やれやれと言わんばかりの表情で笑う。


「まったく⋯⋯⋯。ぼろ雑巾みたいな状態なのだから、身体を大事にしなさい」

「⋯⋯⋯」

「おかえり、リック。みんな、リックが起きるのを待っていたんだよ?」


 ずっと眠り続けていたせいか、彼は寝ぼけたような顔でリリカを見つめている。三週間以上も意識を失っていたのだから、無理もないだろう。

 しかし、こんな状態の彼に、アングハルトの死を告げるのがリリカの役目だ。もしかしたら、彼はアングハルトの死の瞬間を見ているのかもしれない。そうであったとしても、彼女が死んだ現実を伝えなければ、再び彼は前に進めないだろう。

 

 覚悟はできている。これは自分にしかできない事で、自分の役割であるとよく分かっている。伝えなくてはならない悲劇を、目覚めたばかりの彼にリリカは語ろうとする。

 だが彼女は、口を開こうとした直前で言葉を止めてしまう。伝えようとした彼の様子に、何処か違和感を覚えたからだ。寝惚けているというより、彼はまるで戸惑っている様子だったのである。

 そして彼は、戸惑い混乱した瞳をリリカに向け、ゆっくりと口を開くのだった。


「あなたは⋯⋯⋯、だれ⋯⋯⋯?」

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