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第五十二話 あなたを愛して⋯⋯Ⅲ

 熾烈な戦いを繰り広げる、ブラド公国攻略戦。ヴァスティナ帝国国防軍第二軍と、戦略的重要拠点であるこの地を守備するジエーデル軍の戦闘は、第二軍が戦局を優勢に進めていた。

 既に第二軍は、次々とジエーデル軍防衛線の突破に成功し、最終防衛線に到達している。ここを突破すれば、ブラド公国内への進攻が成功し、この戦いに勝利を収める事ができるのだ。勝利を目前にした帝国国防軍の士気は高く、突破は最早時間の問題であった。


 その戦いの最中、未だ決着の見えない激戦が、この戦場で繰り広げられている。それはヴァスティナ帝国側の最強戦力と、ジエーデル側の最強戦力による、互いの武を懸けた決戦であった。

 両軍の決着の事など忘れ、炎槍レイナ・ミカヅキと雷剣クリスティアーノ・レッドフォードは、ジエーデル軍が誇る英雄フェイロンとユーシュエンとの戦いに、全神経を集中させて戦っている。


「⋯⋯⋯この程度でもう限界なのか、破廉恥剣士。疲れたのなら休んでいろ」

「お前こそへばってんじゃねぇのか、槍女。あんなババアにいいようにされやがって⋯⋯⋯」


 背中合わせで戦う二人。レイナとクリス、それぞれの眼前には、ユーシュエンとフェイロンの姿がある。老いているにもかかわらず、一切の疲労を感じさせない老体二人と対照的に、苦戦を強いられ続けているレイナとクリスは、かなりの疲労を蓄積させていた。

 フェイロンの足技によって右腕を痛め、左手に剣を握り戦うクリス。口では喧嘩し合いながらも、炎魔法を駆使してクリスを助け、体力を消耗させ続けているレイナ。両者共に、戦いの中で老体二人の格闘技をその身に受け、全身苦痛に襲われながらも、倒れる事なく得物を構え続けている。


「破廉恥剣士。今まで拳法使いと戦ったことはあるか?」

「何度かあるが、ここまでの使い手とやるのは初めてだ。お前の方は?」

「私も似たようなものだ。拳法にも弱点はあるだろうが、この相手にそんなものは期待できないだろう」

「はんっ! 弱点がねぇなら、こっちの技を全力で叩き込むまでだろうが」


 強がるように言って見せるクリスだったが、弱点が無いのは事実であり、そうするしかない状況だった。近接格闘戦でレイナとクリスを凌駕する、この二人の拳法使い相手に戦い続け、ほんの僅かでも隙を作り出す。

 それが例え一瞬のものであろうと、決して見逃さず、己が持てる全力の技を一点に集中し、一撃で決着を付ける。自分達の技が見切られてしまっている中、二人が勝つにはこれしかない。持久戦に持ち込めば、体力的に益々不利になる以上、いつも通りの一撃必殺にての決着こそが、今の二人には最も勝算が高いのだ。

 レイナもまたクリスと同意見で、言葉にはせずに頷いて答えた。背中越しでありながらも、レイナが同じ考えだと悟ったクリスは、舌打ちしながらも少し笑みを浮かべる。犬猿の仲であるからこそ、こういう時は互いの考えが手に取るように分かるのだ。


「⋯⋯⋯こんなところで苦戦しているようでは、いつまで経ってもヴィヴィアンヌに勝てないままだ。ヴィヴィアンヌとの修行の成果、そろそろ見せる時だぞ」

「眼帯女の方がこのジジババより強いからな。ここでやられちまったら、あいつを一生超えられねぇぜ」


 ヴィヴィアンヌの名をレイナが口にし、二人の脳裏にヴァスティナ帝国最強の存在が現れる。敵であり、味方となり、今ではレイナとクリスを鍛える師と呼べる存在。二人が超えるべき高い壁となった彼女の存在は、レイナとクリスを更なる高みへと到達させ続けている。

 ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼ。彼女を超えるまで、レイナとクリスは如何なる敵にも負けられない。それが二人の、強さを求める揺るぎない決意だ。その決意を思い出し、これが帝国のため、そして自分自身のためにも、必ず勝利しなければならない戦いだと、互いを奮い立たせる。


 二人の空気が変わり、自身の限界を超え、自分達に挑もうとしていると察した、フェイロンとユーシュエン。まだ強くなろうとする若き二人の戦士に、フェイロンとユーシュエンの興奮は抑えられなかった。

 若い頃に心を熱くさせていた闘志が、その身に復活する感覚。老いても尚尽きぬ、貪欲なまでの戦いへの欲望が、二人の老兵の心を若き戦いの日々へと蘇らせた。

 何十年振りかに味わう、今日が最後の命と悟る直感。自らの命を奪う可能性に満ちた強者に、最大限の敬意と感謝を込め、己が全力持って討ち果たす。それがフェイロンとユーシュエンの、決して揺るがぬ生き方なのである。


「⋯⋯⋯ユーシュエンや。何年経っても、戦は胸が躍るのう」

「とことん楽しませて貰いましょうかね。フェイロン」


 背中合わせのレイナとクリスを挟み、フェイロンとユーシュエンは同時に必殺の構えを取る。相手の技がどんなものか知らずとも、老兵が纏う差すように鋭い空気で、その技が非常に危険なものだと察する事は出来る。

 

「「我ら、肉体は鋼の鎧、拳は無双の神拳なり! これぞ、天を握る永劫不敗の技と知れ!」」


 身体の奥底から湧き立つ覇気のもと、二人の老兵が声を張り上げ空気を震わす。びりびりと伝わる鋭い殺気に、レイナとクリスの緊張感が一気に最高潮まで高まった。

 瞬きすらも許されない、極限の緊張が場を支配する。ほんの少しでも隙を見せたら最後、その者に命はない。仕掛ける事ができないレイナとクリスは、自らの得物を握り締め、生ける伝説による最強の技を待ち構える。


「「奥義!! 波導活殺自在拳!!」


 フェイロンとユーシュエンが同時に駆け出し、レイナとクリスとの距離を一気に詰める。神速と呼ぶに相応しい速さだが、同じく速さにはかけては自信のある二人にとって、見切れないものではない。レイナは槍を、クリスは剣をそれぞれ操り、眼前に向かって来る互いの相手に向け、得物の切っ先を振るおうとする。

 だが見切っていたのは、フェイロンとユーシュエンも同様だった。若き二人の戦士が、自慢の得物を振るうよりも早く、攻撃される前に身を翻し、それらを躱したのだ。

 そこからの二人の動きは、更に速度を増していった。上下左右関係なく、縦横無尽に周囲を駆け回る二人に、レイナとクリスは完全に翻弄されていた。右に殺気を感じて得物を振るおうとしても、そこに敵の姿はない。今度は真上に気配を感じて見上げるも、既に敵は去った後で終わる。レイナとクリスの反応よりも素早く動き回る二人は、まるで徐々に獲物を追い詰めていく狩人の様だった。

 実際彼らは、レイナとクリスを最上の獲物と考え、仕掛ける瞬間を計らいながら翻弄している。そしてこれは、フェイロンとユーシュエンによる必殺技ではなく、技を繰り出す前の前座でしかない。


「くそっ⋯⋯⋯! ちょこまかと馬鹿にしやがって!」


 自分達が追い詰められていると察し、クリスはこの状況を突破するべく、自身の雷属性魔法を発動させる。自分とレイナの周囲に雷を奔らせ、素早く動き回る老兵達に反撃を行なった。例えこの攻撃を躱されたとしても、相手が雷魔法の回避に移れば、その隙を突いて逆襲ができるのだ。

 クリスの狙い通り、フェイロンとユーシュエンは同時に回避に移った。二人は雷を避けるべく、歳の割に身軽なその身体で高く飛び上がり、レイナとクリスの頭上に現れる。二人のもとならば、雷は奔らされていないからだ。

 空中では身動きができない。このまま落下してくれば、その瞬間レイナとクリスの刃によって、一撃のもとその身を貫ける。


「もらったぜ!!」

「待て!! 罠だ!!」


 これ程の使い手が、幾ら突然の魔法攻撃を受けたからといって、こんな失敗をするはずがない。好機と見たクリスが得物を振るおうとするのを、直感で罠だと悟ったレイナが止めようとする。だが時既に遅く、フェイロンとユーシュエンはクリスに向かい、口から何かを目に見えない速さで飛ばした。

 不意を突かれたクリスは、回避も防御も間に合わない。相手の罠に気付いたレイナが、咄嗟にクリスの服を引っ張り無理矢理下がらせ、自らの身体を盾にした。


「ぐっ!? 毒針か⋯⋯⋯!?」

「槍女⋯⋯⋯!!」


 フェイロンとユーシュエンは、毒を塗った針を口に数本含んでいたのである。それをクリスに向けて一斉に放ったのだが、毒針は全てレイナの胸に突き刺さる。自分に刺さった針を見て、瞬時に毒が塗られている悟ったレイナだったが、針を抜く暇もなく老兵達が襲い掛かる。

 同時に地面に着地したフェイロンとユーシュエン。彼らはレイナとクリスを挟み撃ちにし、一糸乱れぬ連携で二人に仕掛けた。毒針を受けて隙ができたレイナと、彼女が盾になった事で体勢を崩してしまったクリスには、彼らの技を防ぐ事が出来ない。反応できた時にはもう手遅れで、二人の懐にフェイロンとユーシュエンが飛び込んでいる。


「「破ッ!!」」


 フェイロンはクリスを、ユーシュエンはレイナをそれぞれ捉え、一瞬の遅れもない同時の連続技を放つ。流れる様な拳と足技が連続で繰り出され、防御が遅れた二人の打ち付け、鋭く重い一撃が彼らの全身に激痛となって奔る。

 

「「止めッ!!」」


 容赦なく放たれた連続技に、レイナとクリスは為す術なく一方的に打たれ続けた。苦痛に血を吐き、耐え難い痛みと衝撃に意識を失いかける。絶体絶命な二人を前にして、フェイロンとユーシュエンは互いの拳を深く構え、最後の一撃を放とうとする。

 やはり同時の掛け声で、拳による神速の突きが繰り出される。最早二人に躱す余裕はなく、拳は真っ直ぐ若き戦士達の命を奪おうとしていた。

 フェイロンとユーシュエンが勝利を確信した、まさにその瞬間に二人は驚愕する。満身創痍かに思われたレイナとクリスが、二人の拳をその身に受ける直前で受け流し、止めの技を躱して見せたのだ。


「はんっ!! お前らの動き――――」

「既に見切った!!」


 相手の技が如何に強力であろうと、目にも止まらぬ神速の技であろうと、この二人には関係ない。何故なら二人は、合わせ鏡のような存在と常に競い合い、化け物と呼べる存在達に鍛えられ、数多くの強者達との死闘を繰り広げてきた。

 故にこの二人には、見切れぬ技など存在しない。それが神速を誇る技を持って、全ての敵を屠ってきた、帝国の「炎槍」と「雷剣」なのである。

 止めの一撃が湧かされた事で虚を突かれた、フェイロンとユーシュエン。その驚愕が二人に隙を生み、レイナとクリスの反撃が始まる。しかし、それぞれの得物を振るうには、相手が近過ぎる。得物の間合いの内側に飛び込まれ、レイナとクリスは得物の刃を封じられていた。

 ならば刃は必要ないと、二人は得物を迷いなく手放した。次の瞬間には、レイナが放った掌底打ちがユーシュエンの胸を打ち、クリスが振るった左の拳が、フェイロンの頬を殴り飛ばす。両者が放った一撃は、小柄な老体を衝撃で弾き飛ばしたが、二人は地面に叩き付けられる直前で手を付き、地面を飛び跳ねて一旦距離を取る。


「かっかっかっ!! 今のはちと効いたのう!」

「中々良い技を貰いましたねぇ。二十年振りに、一瞬息が止まりましたよ」


 手加減したつもりは一切なく、全力で一撃を打ち込んだにもかかわらず、フェイロンもユーシュエンも平気な顔をして再び構えを取った。

 「本当に老人か⋯⋯⋯?」と疑い始めながらも、レイナもクリスも地に捨てた己の得物を拾い上げる。そんな中、クリスを庇って毒針を受けたレイナは、自らに刺さった針を抜き、鼻に近付けて毒の匂いを嗅いだ。


「⋯⋯⋯軍隊でよく使われる痺れ毒か。こんなもの、私には効かん」

「槍女⋯⋯⋯」

「心配などらしくないぞ、破廉恥剣士。こう見えても私は、お前より頑丈なのが取り柄だ」


 即効性の毒が思ったほど効かず、フェイロンもユーシュエンも、改めて烈火式使いの強さを思い知った。かつて戦った烈火式使い達との、生死を懸けた死闘を脳裏に呼び覚まし、二人の興味は一気にレイナへと向く。


「効かぬだろうと思って光龍の坊主狙ったが、やはり烈火式は侮れんわい」

「そうですねぇ。対魔法戦を想定した訓練と、おまけに毒に耐性を付ける修行なんかも、烈火式の伝統でしたから」

「ちっ⋯⋯⋯! 含み針なんて下品な技を使いやがって」

「儂らはお主らと違って魔法は使えんからのう。飛び道具はその代わりじゃと思ってくれ」


 敵は烈火式の槍術も、光龍の剣技も知っている。だからこそ、磨き上げられたレイナとクリスの技を見切れて、相手を追い詰める事が出来るのだ。

 益々敵の厄介さを感じる中、クリスは己の失敗により、自分の身代わりでレイナが傷付いた事を、大きく悔やんでいた。レイナが毒に耐性を持っていたからいいものの、一歩間違えば、取り返しの付かない事態に陥っていたのは、言うまでもない。

 そんなクリスの心情を察して、いきなりレイナは彼の背中を掌で叩いた。何事かとクリスが彼女を見ると、レイナは凛として笑みを浮かべて見せる。


「破廉恥剣士が私の身を案じるとは、明日は嵐かそれとも雪か? 落ち込んだお前など、らしくなさ過ぎて気持ちが悪い」

「うっ、うるせぇ!! 誰がお前のことなんか心配するか! そんな毒なんかなぁ、飯食って寝ちまえばすぐに治るんだよ!」

「ふふっ⋯⋯⋯、お前の言う通りだ。ならば、そろそろこの相手とも決着を付けよう」


 レイナのお陰で調子を取り戻したクリスが、左手に握る自らの剣を目の前で構える。これはクリスが、強者と認めた相手に敬意を表したものであり、同時に己が剣と一心同体となった証でもある。今の彼の剣に迷いはなく、その瞳には溢れんばかりの闘志が燃えている。


「左手でもいけるのか?」

「当たり前だろ。剣士が利き手だけ鍛えて強くなれるかよ」

「その割には技に切れが見られないが?」

「言ってくれるじゃねぇかよ。だったら目にもの見せてやるから、文句言わず俺に合わせやがれ」

「わかった。但し、今度奢れ」

「ちっ、わかったよ。これだからお前と組むのは嫌なんだ⋯⋯⋯」


 次の激突が、レイナとクリス、フェイロンとユーシュエンの決着となる。四人ともそのつもりで、最後の勝負に打って出ようとしていた。

 全員が自分の技に全神経を集中し、呼吸すらも忘れる程だ。永遠とも感じられる時間が彼らの間で流れるも、現実にはたった数秒の後に、全員が同時に動いた。

 力強く地面を蹴って、神速の速さで敵との間合いを瞬時に縮める。レイナはユーシュエンを、クリスはフェイロンに狙いを定め、二人の老兵が技を繰り出すよりも早く、先に技を放ったのは若き戦士達だった。


「烈火式神槍術、斬滅!!」

「光龍一閃!!」


 相手を斬り裂く二人の技が、目にも止まらぬ最速の速さで振るわれた。躱せなければ即死の斬撃を、フェイロンもユーシュエンも、慌てた様子を一切見せず、紙一重でありながらも身を逸らせて躱して見せる。

 ただレイナもクリスも、初撃が躱されるのは計算の内だった。自慢の技が外れても動揺せず、二人は途切れる事なく技を放ち続け、フェイロンとユーシュエンに反撃を許さない。


「まだまだ元気があるのう! 若いだけはあるが、しかし⋯⋯⋯!」

「手数を増やしたところで、あたしらには届かないよ」


 次々と襲い掛かる刃を、掠り傷を一つ負わずに躱し、或いは受け流してしまうフェイロンとユーシュエン。反撃に移る事は出来なくとも、攻撃を回避し続ける中で、レイナとクリスが隙を見せるのを窺っている。

 それでも二人は、攻める事を止めはしなかった。自在に得物を操り、攻めて、攻めて、攻め続けた。例え、繰り出す切っ先が相手の身体を掠めもしなくとも、二人は技を振るうその手を止めない。もっと鋭く、もっと速く、相手の身に自分の技を叩き込むまで、若き二人の戦士は挑戦者となり、最強の老兵に挑む。


「今度こそもらったぜ!!」

「!」


 クリスの絶え間なき神速の斬撃を、フェイロンは全て躱し続けていた。だがここで、クリスが一瞬フェイロンの反応を上回り、彼の剣がようやく相手の身体を掠める。そのせいで体勢を崩したフェイロンに向かい、クリスは瞬時に剣を振り上げ、相手を真っ二つに斬り裂かんと振り下ろした。

 それとほぼ同時に、今度はレイナの刃が老兵を貫かんと放たれる。


「取った!!」

「!?」


 レイナもまた、ユーシュエンの反応を一瞬上回って、十文字槍の切っ先を相手の身に届かせる。ユーシュエンの首を掠め、浅いながらも傷を負わせる事ができた。これに驚き、一度距離を取ろうと後方へ跳んだユーシュエンに向け、レイナが紅蓮式の技の構えに入る。


「紅蓮式投槍術、飛槍!!」


 構えを見たユーシュエンは、相手が槍を投擲する体勢に入ったと悟る。相手を仕留める絶好の機会を見逃さず、得物を手放してでも敵を討とうとする、その思い切りの良さに、ユーシュエンは益々レイナを気に入った。

 

「面白いけど、甘いねぇ!」


 レイナは迷わず己の技を放った。全てを刺し貫く十文字の切っ先が、ユーシュエンを貫こうと飛んでいく。その狙いは、急所たる左胸だった。

 だがその一撃は、ユーシュエンの反射神経によって見切られてしまう。槍が投げられる直前、彼女は上半身を後ろに倒して、ぎりぎりのところで飛んできた槍を回避する。


 それと同時に、フェイロンを斬るべくクリスが振り下ろした斬撃は、相手にあと一歩届く事なく止められた。斬撃を見切ったフェイロンは、両の掌で刃を挟み受け止める、真剣白刃取りを披露してクリスの剣を止めたのだ。

 剣を受け止められたクリスは、得物を振るう事ができず剣技を封じられた。今度はその左腕を蹴り上げて負傷させ、クリスの剣技を完全に封じてしまおうと考えたフェイロンだったが、彼が狙った腕は剣を握ってはいなかった。

 フェイロンに剣を受け止められた瞬間、クリスは剣から左腕を手放していたのだ。剣士は抜いた剣を絶対に手放さない。ましてクリスのような誇り高い剣士が、剣を簡単に手放すわけがない。あり得ない事態に動揺したフェイロンは、次の瞬間、自分の胸が剣で貫かれた様な、強烈な衝撃を受けて吐血する。


「光龍、閃光!!」


 光龍の剣技は、刃だけに在らず。刃を収める鞘もまた、剣技の一つとして振るわれる。

 フェイロンを一撃を与えたのは、クリスが腰に差していた剣の鞘だった。フェイロンが刃を受け止めると同時に剣を手放し、瞬時に腰から鞘を抜き放って、必殺の一撃を打ち込んだのである。

 鳩尾に直撃を受け、激痛と衝撃に吐血した彼の身体は、宙を舞って後方に弾き飛ばされる。但し、拳法家であるが故か、打撃に対して強い肉体を持つフェイロンは、この程度では気絶すらさせられない。


(鞘を使うとは見事じゃ! だが、儂を倒すにはまだ足りぬ!)


 強烈な一撃を受けても尚、フェイロンの意識は健在だった。彼は胸の痛みに苦しみながらも、次の手を考え動こうとしている。

 しかし、フェイロンの意識は、空気を斬り裂き彼の眼前に迫った、一本の十文字槍の刃によって奪われた。


「フェイロン⋯⋯!!」


 ユーシュエンが悲鳴の如く叫ぶと同時に、フェイロンの額をレイナの槍が刺し貫いた。フェイロンは声を上げる事も、痛みを感じる事もなく、その命を一瞬で終えたのである。

 偶然の結果ではない。全て、レイナとクリスの連携によるものだ。二人がフェイロンとユーシュエンへ果敢に攻撃を続けたのは、二人の狙いを気付かせないためであり、どちらかが仕掛ける機会を生み出す為だった。

 戦いの最中、二人で敵を誘導し合い、レイナの技ならば仕留められると判断したクリスが、合図とばかりに技を振るう。クリスの考えを瞬時に読んだレイナは、彼を信じて紅蓮式の構えを取り、迷わず槍を投げたのだ。

 そしてクリスは、レイナが槍を投げるコースに敵を持っていくため、隠し技たる鞘の一撃を放った。長年連れ添ってきたフェイロンとユーシュエンなら兎も角、まさかそんな少しのずれも許されない連携を、打ち合わせもせずに、互いを信じるだけで実行に移すなど、あり得ない事だ。それ故に看破できず、防ぐ事が出来なかったのである。


 これでフェイロンは、レイナの槍に討たれて戦死した。残るはユーシュエンのみだが、ここで最大の危機を迎えているのは彼女ではなく、得物を失ったレイナの方だった。

 今レイナは武器を失い、ユーシュエンに対抗する事ができない。槍を失っても魔法があり、槍が無い状態での紅蓮式の技もあるが、どれもユーシュエンには見切られてしまっている。この状況をユーシュエンが見逃すはずもなく、彼女は無防備なレイナへと真っ直ぐ駆け出した。

 フェイロンの死に驚愕したものの、悲しむ間も涙を流す事もなく、ユーシュエンは戦闘を継続する。フェイロンの死は戦いの中での結果であり、互いに覚悟ができていた事である。互いの死を覚悟していたからこそ、ユーシュエンはただ勝利のために戦いを続けるのだ。


「覚悟しなさいな、お嬢ちゃん!」

「⋯⋯!」


 ユーシュエンは手刀の構えを取り、レイナとの間合いを一気に詰めていく。それでもレイナは取り乱さず。恐怖一つ感じさせない顔で、ただ共に戦う彼を信じて待っている。


「ちゃんと返せよ!!」

「!」


 クリスの叫びと同時に、ユーシュエンの横を一本の剣が掠めていく。飛んできた剣は、クリスがフェイロンの骸から奪い返した、彼の一振りだった。

 レイナは投擲されたその剣を確かに受け取ると、構わず手刀を放つユーシュエンに向かって、彼の剣で風を斬り裂き刃を振るう。

 レイナの放つ斬撃は、手刀を放ったユーシュエンの右腕を斬り落とす。苦痛に呻き、失った腕の傷口から鮮血を飛び散らせながらも、彼女は体勢を立て直すべく後ろに跳んだ。

 だがレイナは、ここで一気に片を付けるべく、必殺の一撃を放つ構えに入る。深く呼吸して集中力を高め、力強く地面を蹴って相手との間合いを一気に詰めると、急所目掛けて神速の一撃を放った。


「光龍⋯⋯、純剣っ!!」


 クリスの剣技たる、光龍の技。どんなものすら刺し貫く、最速の突きの一撃。切っ先が刺し貫いたのは、ユーシュエンの心臓だった。


「⋯⋯⋯がはっ! おっ⋯⋯、お見事⋯⋯⋯」


 息絶える直前、最後の力を振り絞ったユーシュエンが、レイナに称賛の言葉を贈る。レイナが剣を彼女の胸から引き抜くと、力を失った老兵の身体が地面に倒れ伏した。

 生ける伝説と呼ばれた二人の老兵は、ブラドの地に眠った。ジエーデルが誇る最強の猛者との戦いに勝利を収めたレイナは、フェイロンとユーシュエンに敬意を払い、彼らの死に黙祷を捧げるのだった。


「我らの未熟さ、学ばせて頂きました。永遠とわに、安らかな眠りが在らんことを⋯⋯⋯」


 最後の砦たるフェイロンとユーシュエンの戦死。そして、老兵を討ち取ったレイナによる、英雄に対する敬意の姿。一部始終を見たこの戦場のジエーデル兵は、帝国国防軍兵との戦いの手を一斉に止めた。

 最早、自分達が幾ら抵抗したところで、ジエーデル軍に勝ち目はない。それにこれ以上の足掻きは、帝国が誇る英雄との戦いに於いて、自らの責務を全うした彼らの最期を、自分達が汚してしまう。何より、英雄を討ち取ったレイナが相手に敬意を示し、彼らの力を称賛して静かな眠りを祈る姿に、ジエーデル兵は皆心を奪われたのだ。

 ジエーデル兵は武器を捨て、武装解除して帝国国防軍に投降していった。降伏した兵に対し、帝国国防軍の兵士達も敬意を払う。戦いを止めたジエーデル兵を受け入れ、彼らを丁重に連行していくのだった。

   

「帝国の兵士達よ! 彼らを決して辱めるような真似はするな! 彼らは自らが信じた将と共に雄々しく戦い、国に忠を尽くした英雄だ! 誰一人として、彼らの勇気ある降伏を汚すことは、この私が許さない!」


 フェイロンとユーシュエンは、このブラド公国を舞台とした攻防戦も、自国が始めた戦争の行く末も、先に待つのは敗北であると分かっていた。

 負けると分かっている戦争であっても、戦場で戦う兵士達は、命令のままに戦わなければならない。負けると分かっていても、死ぬと分かっていても、誰も望んでいなかった争いであったとしても、兵士に選択の余地はない。もし逆らえば、国家に反逆したという罪を被せられ、処刑されてしまう。逃げたとしても、敵に降伏したとしても、同じ結末が待っている。


 レイナには分かっていた。フェイロンとユーシュエンは、自らの命を戦場で散らせる事により、少しでも多くの若い命を救おうとしたのだと⋯⋯⋯。

 国の英雄たる二人と共に、国に忠を尽くさんと勇猛果敢に戦い、ジエーデル兵の名に恥じぬ戦いをする。結果、二人の英雄が壮絶な最期を遂げ、彼らの死を汚すまいと降伏した兵士達を、誰が責める事ができるだろう。英雄の最期を目撃し、彼らの武勇を語り継ぐ為にも生き残ろうとする兵士達を、一人として処刑できるわけがない。

 敗北を悟った戦いで、フェイロンとユーシュエンが撤退を選ばず、レイナとクリス相手に最後の決着を挑んだのは、これが真の理由だったのだ。生ける伝説だった老兵が全うした最後の責務は、戦争に敗れた祖国の復興のため、若者達に戦後を託す事であった。

 

「ジエーデルの英雄、フェイロンとユーシュエン。その名と武勇、我が槍に懸けて忘れはしない」


 帝国の軍神レイナ・ミカヅキ。彼女の名は、広くジエーデル軍にも轟いている。ジエーデルが誇る英雄へと軍神が贈る最後の言葉に、感極まって多くのジエーデル兵が涙を流すのだった。

 そんな彼女のもとに、フェイロンの骸から槍を抜いて回収したクリスが、眉間に皺を寄せて近付いていく。傍までやってきたクリスから、自らの槍を受け取ろうとするレイナだったが、彼は槍を渡そうとするも躊躇い、確かめなければならない事を口に出した。


「お前⋯⋯、どうして俺の技を使えた」

「⋯⋯文句でもあるのかと思ったが、そんなことか」

「俺に取っちゃ無視できねぇことだ。槍使いのお前が、なんで光龍を一発で使いこなせやがった」


 確かにレイナは、ユーシュエンを討つ際に光龍の剣技を使った。クリスが知る限り、これまでレイナは剣を振るう事が無ければ、彼の剣を使うのもこれが初めてであり、光龍の剣技を披露した事もない。

 つまりレイナは、実戦に於いて初めて扱う剣を振り、初めて使う技で敵を討った事になる。しかも放った技は、クリスが一番得意としている技であり、日々磨き続けている必殺の技だ。それを彼女は、クリスが認める程に、速さも鋭さも文句なしで完璧に使って見せた。

 初めての剣、初めての技で、そんな芸当が簡単にできるはずがない。納得のいく説明を聞かなければ、剣士としての誇りが己を許さないのである。

 どういう事か聞くまでは絶対に引くまいと、苛立つような顔付でクリスが詰め寄る。するとレイナは、彼の剣幕などお構いなしに、少し笑って答えて見せた。


「いつもいつも、誰がお前の相手をしている思っている?」

「!」

「破廉恥剣士の技はこの目で、この体で覚えるほど受けてきたのだぞ? お前の技の一つや二つ、私に扱えないはずがないだろう。とは言え、試したのは今日が初めてだ」

「だからって! 今まで俺の剣を触らせちゃいねぇのに、なんで一瞬で使いこなしてやがんだ!?」

「触れたことはなくとも、この剣のことはお前の次にはわかっているつもりだ。お前が私の槍をよく知るようにな」


 お互いに戦い合い続けたからこそ、互いの得物の事は誰よりもよく知っている。レイナはクリスの剣を、クリスはレイナの槍をその身で知るように、こんな関係だからこそできたのだと、彼女は言う。

 納得のいく話であると言えなくもないが、簡単に頷ける話ではなかった。何よりも納得が出来なかったのは、今レイナの右手に握られている自分の剣が、まるで彼女が元々主人であるかのように収まっている事だった。


「いつも見ていて思っていたが、やはり見事なものだな。手に取った瞬間、初めて触れたとは思えないくらいよく馴染んだ。私に素直に応えてくれたこの剣でなければ、勝利はなかっただろう」

「人の剣を勝手に気に入ってんじゃねぇよ! さっさと返しやがれ!」

「先にお前が私の槍を返せ。でなければ返さん」

「ああ、糞ったれ!! 返せばいいんだろ、返せばよぉ!!」


 いつもの様にキレながらクリスが槍を渡すと、レイナもまた彼に剣を差し出した。互いの得物が真の主のもとに戻り、互いに相棒が手に戻った安心感を覚える。ただレイナは、クリスへと戻っていった剣を、名残惜しそうに見つめてはいたが⋯⋯⋯。


「⋯⋯ったく、これだからお前と組まされるのは嫌なんだ」

「そうだ、さっきの約束を忘れるなよ。今度高級料理店で御馳走して貰うからな、クリクリパスタ・ペペロンチーノ」

「二度とその糞ふざけた名前で呼ぶんじゃねぇぞ!! 舐めたこと言ってねぇで、さっさと次を片付けに行くぞこの野郎!!」

「待て。私は兎も角、お前の右腕はまだ満足に動かせないだろう。後はイヴやエミリオに任せ、私達は陣地へ戻ろう」


 レイナにしては珍しく、戦闘の継続を選ばず、状況を冷静に見極めて後方へ下がろうとする。その理由はクリスにも容易に理解できた。戦いの決着が見えた以上、彼女には最優先で果たしたい役目があるのだ。


「アングハルトがいれば心配はないが、何が起こるかは分からない。迎えに行く準備が整い次第、すぐに閣下のもとへ向かう」


 迎えを待つリック達の身を案じ、この地での己が務めを果たしたレイナは、自らの主のために行動するべく戦場を離れる。

 ただ彼女達は、ほんの少し前に起こっていた死闘の果ての、絶望と悲劇の結末を知らずにいた。

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