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第五十一話 死線 Ⅴ

「見つかってないだろうな?」

「馬鹿にすんなよおっさん。言われた通りバレずに一人殺してきた」


 村を囲む森の中。薄暗い空と木陰に隠れ、五人が気付かれないよう潜んでいる。五人と、その内の一人が運んできた骸が一体。木陰に運び込まれたその死体に、全員の視線が集まっている。


「こんな朝早くから家畜小屋の様子なんか見に来なけりゃ、オレっちに殺されることもなかったろうにね。殺すのは一瞬だったけど、こいつ重くって運んでくる方が面倒だった」

「運の無い女だ。おい小娘、ご注文の死体だぞ」


 青白い肌をした紫の髪をした青年は、自分が運んだ既に息絶えた女の死体を、忌々し気に足で踏み付ける。対して彼らのリーダー格である男は、その様子に眉一つ動かさず、死体を求めていた少女を呼ぶ。

 少女は縮毛の茶色い髪と、目元に薄っすらと浮かぶ隈が特徴的である。呼ばれた少女は死体に近付くと、満足気に笑みを浮かべた。新しい玩具を買って貰えた子供の様に、それは無邪気な笑みであった。

 死体を与えられた少女は、男と青年に会釈で返す。声を出さないのは隠れているからではなく、声を発する事が出来ないからだ。それを見た青年が、少女を気持ち悪いものを見るような不快な目で眺める。


「元々気味の悪い餓鬼だと思ってたけど、喋らないと余計不気味」

「ねぇ、紫頭。姉さんの悪口言うと殺すよ?」


 少女を気持ち悪がる青年に、少女の弟が殺意を剥き出して睨みつける。癖毛の茶髪な少年が少女の傍に立ち、彼女の手を握って青年に殺意を向け続ける。

 その殺意が気に入らず、青年も不快そうに睨み返す。今ここで味方同士の殺し合いを勃発させそうな空気の中、仲間の最後の一人が大きな欠伸をして頭をかく。


「殺し合うなら仕事片付けた後でやんな。眠れなくて苛々してんだから、やかましくするならアタイがぶっ殺す」


 その女は五人の中で最も喧嘩っ早く、一番の戦闘狂である。怒らせると手が付けられなくなるのが目に見えているため、一触即発だった二人は渋々喧嘩の矛を収める。

 女はピンクの長髪で、長い前髪を乱暴にかき上げると、刃物のように鋭い眼光を露わにし、不機嫌な顔を隠さず男を睨む。だが男はそんな彼女に怯えも見せず、普段と変わらぬ様子で彼女に接する。


「随分眠そうだな。欲求不満か?」

「このクソオヤジが! アンタが夜通しアタイらを連れまわしたせいじゃないのさ!」

「連れまわしたとは人聞きが悪いな。給料分の仕事をさせただけだろう?」

「これで狂犬の野郎がいなかったら、腹いせにアンタを殺してやるから! 覚悟しとくんだね!」


 怯えたように肩を竦める男だったが、顔や態度は全く彼女を恐れてなどいなかった。女はそれが益々癇に障ったが、その怒りは村の連中にぶつける事にした。

 女が一先ず怒りを抑えたところで、この部隊の隊長たる男、元アーレンツ国家保安情報局員ミッターは、待ち望んだ作戦開始の瞬間に胸を躍らせる。


「よく聞け餓鬼共。作戦通り村を鳥籠に閉じ込めたら、好きなように遊んで来い。間違ってもリクトビアだけは殺すな」

「アタイらが加減できると思ってんのかい? 狂犬が暴れたらどうすんのさ」

「逃げられるくらいなら殺せ。抵抗するようなら、動けなくなるまで死なない程度に玩具にしていいぞ」


 ミッタ―以外の四人は、人殺しに快楽を覚える最悪の殺戮者達である。ミッターの命令を守るつもりがあるのなら、四人は村にいるものを残らず殺し尽くし、最後に残ったリクトビアを死よりも残酷な目に合わせるくらい平気でやる。

 これから始まる殺戮の宴に、四人は興奮のあまり邪悪な笑みを浮かべた。唾液を垂らす血に飢えた狂暴な怪物達を、ミッターは満を持して野に放つのだった。










 アングハルト達が乗って来た二輪車と輸送車輌は、彼女の家の裏に隠されている。もしも遠距離から車輛が発見されれば、自分達の存在を敵に教えてしまう事になるため、なるべく目立たない位置に車輌を停めさせたのだ。

 自身の二輪車から銃と弾薬を回収し、報告にあった重火器を輸送車の荷台から降ろしていると、その異変は前触れもなく発生した。

 不図、空に何かの気配を感じ、アングハルトが頭上を見上げる。彼女の目に映ったものは、言葉にし難い不思議な光景であった。


「空が⋯⋯⋯、波打っている⋯⋯⋯?」


 彼女の頭上というより、村の真上でこの現象は発生していた。水面の揺らぎに似たその不思議な光景は、真上で何度も波を打っては、村全体に広がっていく。まるで、歪んだ空から生まれた波が、この村を覆っていくかのように⋯⋯⋯。


(この現象⋯⋯⋯、まさか特殊魔法!?)


 特殊魔法の仕業だと判断したのは、戦いの中で培われた彼女の直感によるものである。敵の襲撃を察知したアングハルトは、急いで持てるだけの装備を身に付け駆け出した。

 重武装ながらもすぐさま家の玄関前に辿り着き、慌ててドアを開いてリックが眠る部屋を目指す。部屋の前に着き、ドアを殴り壊さんばかりの勢いで開ける。部屋に入った彼女の目の前には、毛布を被ってぐっすり眠っているリックの姿があった。


「無事で良かった⋯⋯⋯」


 一先ずリックの無事を確認したアングハルトは、一旦深呼吸して冷静さを取り戻すと、眠っている彼の体を揺すって起こそうと試みる。しかし、薬の副作用で大分深い眠りについているため、とても起きそうにはなかった。

 万が一の事を考えれば、リックを目覚めさせておく必要がある。ここは強引にでも起こそうと考えたアングハルトだったが、そうする直前で思い付いて手を止めた。

 

「ここで下手に起こすよりは⋯⋯⋯」


 今のリックの体調は万全ではなく、飲ませた薬もよく効いている。それに、先の戦闘で両脚を負傷したばかりだ。ここで起こしても、自らの足で自由に動く事は難しいだろう。

 車輌に乗せて脱出を強行する手もあるが、現状はまだ敵の規模も状況も把握できていない。しかし敵側の方も、こちらの正確な位置や戦力はまだ知らないはずだ。

 態々特殊魔法を使うという事は、狙いはリックで間違いない。彼を拿捕、或いは暗殺を目的とした特殊部隊の可能性は高いと言える。そうでなければ、こんな地図にも載っていない村を襲撃するなど、今のジエーデル軍の状況的に考え難いからだ。

 敵の目的は、リックを無力化する事によって、ヴァスティナ帝国国防軍の指揮系統の頂点を潰す事である。上手く利用できれば、劣勢に傾いた帝国との戦争に、逆転の一手を講じる事も可能になるからだ。ならば今すべき事は、リックを少しでも安全な場所に避難させる事だろう。


 行動を切り替えたアングハルトは、眠ったままのリックを両腕で抱きかかえた。腕の中で寝息を立てているリックを見て、彼女は優しく微笑む。絶対に守ると誓った愛するこの男だけは、命に代えても守る覚悟だ。


「リクトビア⋯⋯⋯。私に勇気を分けて」


 眠っている今ならば、勇気がなくて躊躇っていた事ができる。深い眠りから目覚めぬリックの唇に、彼女はゆっくりと自分の唇を重ねた。

 愛する男の唇を奪うのを、ずっと夢見てきた。愛おし過ぎて、永遠に唇を重ねていたいとさえ思ってしまうが、それは許されない。名残惜しいと感じる気持ちを抑え、彼女は口付けを解いた。

 もしも、これが最後の思い出になってしまっても、悔いはない。これで何の後悔もなく、命を懸けて戦う事ができる。


 愛する者を腕に抱き、自らを奮い立たせたアングハルトは、リックを運んで寝室から移動する。真っ直ぐ彼女が向かったのは、この家の台所であった。台所には両親が残してくれた、隠すのに打って付けの仕掛けが存在しているのだ。

 台所に到着したアングハルトは、一旦リックを床に寝かせると、剥がれる様に作られている床板の一部を外すと、中の紐を掴んで引っ張った。紐を引くと同時に床板が動き、床下の収納が露わになる。これは両親が食料の保管や、いざという時の隠れ場所に作ってくれた、小さな地下倉庫のようなものだ。

 人が一人、やっと入れそうな狭さだが、アングハルトはこの床下の倉庫にリックを寝かせる。凍えぬよう彼の上着を体にかけてやり、銃などの装備品も傍に置いておく。空気穴は空いているため、このまま床板を元のように被せても問題はない。


「大人しく眠っていて。すぐ片付けて戻ってくるわ」


 最後にリックの寝顔を見つめ、彼女は床板を静かに閉じた。










「隊長! 将軍閣下は!?」

「今はまだ動かせない。私の家を中心に防衛線を張り、敵を一兵たりとも通すな」


 重装備のアングハルトが家を出ると、既に家の前には彼女の部下が完全装備状態で待機していた。九人の部隊員の内、四名の姿が無かったが、命令を受けずとも偵察に出ている事は直ぐに分かった。

 今は兎に角、これが本当に敵の襲撃であるのか、そして敵の正体と規模を探る事が先決だ。特に村上空で発生しているこの異様な現象は、早急に正体を調べる必要があるだろう。


「四人偵察に出しました。二人一組で周囲の探索をさせています」

「村の様子はどうか?」

「静かすぎます。敵の襲撃にしちゃあ、こいつはおかしいですぜ」


 部下達は全員同じ考えであり、アングハルトもまた彼らと同じ考えである。敵が何らかの魔法を発動した後にしては、攻撃と思われる事態が何一つ発生していないのだ。それでも彼女の部下達は、最上級の警戒態勢で周囲を警戒している。

 アングハルトが指揮下で最も信頼している、精鋭中の精鋭九人。彼らを信頼している大きな理由は、自分がヴァスティナ帝国軍の分隊長になって以来、分隊で共に戦い続けてきた仲間であるからだ。

 初めは彼らに快く思われてはいなかったが、実戦を通じてお互いを理解し合い、数々の激戦を経験しながらも、誰一人死なずに生き延びてきた。アングハルトにとっては彼らこそ、最も古くからの頼れる親友と呼べる。だからこそ、この最重要任務に彼らを選んだ。

 

「隊長。やはりここは、車輛で無理矢理にでも脱出を図るべきでは?」

「敵の情報が不足し過ぎている。その手段は状況を確認できてからだが、いつでも走らせられるようにしておけ」

「隊長! 偵察にやった連中が戻ってきました!」


 部下の一人が指差した先に、偵察に出ていた二組の内の一つが戻ってくる。皆のもとへと急ぐ二人の部隊員は、報告のためすぐにアングハルトの目の前にやってきた。

 

「上空の波を追って村の端まで行ってみました。そしたら見えない壁みたいなのに阻まれ、おまけに周囲も壁に覆われてしまっていて、村の外に出られなくなっています」

「見えない壁⋯⋯⋯。破壊はできそうか?」

「殴っても蹴っても銃でぶっ叩いても、びくともしませんでした。ありゃあバズーカでも無理そうです」

「⋯⋯⋯どうやら私達は、敵の術中に嵌ったようだな」


 上空に出現した現象の正体は、アングハルト達を村に閉じ込める結界と見て間違いない。破壊不可能な壁に囲まれたとあっては、車輛による強行突破も危険すぎる。

 こうなれば、この状況を打破する手段は三つである。一つは敵の殲滅。二つはこの魔法を操る術者の撃破と脱出。三つは味方が救援に来るまで持ち堪える。このどれか三つの選択肢となるが、一番成功確率の手段が高いのは二つ目である。

 魔法攻撃は多くの場合、術者を無力化すれば解除される。術者を発見次第撃破し、リックを車輛に乗せて脱出する。現状では、これが一番現実的な手段と言えるだろう。


 偵察からの報告を受け、アングハルトは直ちに行動を開始する。部下達も全員、リックを敵の手から守るため、覚悟して彼女の命令を待つ。

 頼もしき我が戦友達。初めの頃は自分と最悪の関係だった彼らが、今はかけがえのない存在に変わっている。


「敵の狙いは将軍閣下で間違いない。よって我が部隊は、この村からの脱出を図る。四人はここで閣下の護衛だ。残りは私と攻撃に向かう。攻撃目標は、敵特殊魔法―――」


 瞬間、彼女の声を遮るようにして、悲鳴と銃声が響き渡った。それを皮切りに、村人達の悲鳴や絶叫が次々と上がって、発砲音も激しさを増していった。

 

「音はあっちからです! あそこには偵察に出した二人が!」


 音から察するに、偵察隊は敵に遭遇したとみて間違いない。

 部下が指差す方向を確認したアングハルトは、三人の部下を連れて駆け出した。愛するリクトビアを守るため、故郷を戦場と変える事になろうと⋯⋯⋯。

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