第五話 愛に祝福を 前編 Ⅰ
第五話 愛に祝福を 前編
気が付くと、何故かベッドの上で寝ていた。目を覚ますと、天井が見える。
自分が何故ベッドで寝ていたのか、眠りにつくまで何をしていたのかも、思い出せない。一つだけわかるのは、このベッドが、自分の寝室のベッドであるということだけだ。
記憶を振り返ろうと、頭を働かせていたその時、自分の隣に人の気配を感じた。自分以外にこのベッドで、もう一人誰かが寝ている。
「起きたかリック」
声に驚き、自分の名前を呼んだ主を見る。隣で寝ていたのは、美しい長い銀髪に、褐色の肌を持つ、騎士団長メシアであった。自分の最も尊敬する女性で、色々な意味で憧れの女性でもある。
その女性が今、自分の目と鼻の先で、生まれたままの姿となっていた。詳しくわかりやすくコンパクトに言うのなら、裸であったのだ。
そう、憧れの女性が今まさに、全裸で自分と一緒に寝ていた。銀髪ロング褐色肌年上美人が自分と一緒に寝ていたというのか!?
(マジかマジかマジかマジかマジか!!俺とうとうやっちゃたのか!?)
「昨夜は気持ちよかった。だが、流石に激し過ぎたぞ。私でなければ壊れてしまう」
「!?!?!?!?!?!?!?」
「陛下には秘密だ。もちろんリリカ殿にもな。妬かれては敵わない」
「めっ、メシア団長・・・・俺・・・・」
「二人の時はメシアでいい」
そう言って、微笑みを見せる彼女に、どうしようもない程の、押さえ付けられない思いが爆発する。
この女性は、こんなにも美しい美女であっただろうか!?いや、初めから彼女は自分にとっての女神だ!!
(おっおっ、俺は彼女で童貞を卒業したというのか!?ちくしょおおおおおおおおーーーーっ!!なんで覚えていないんだよおおおおおおおっ!!)
「どうしたリック?」
「なっ、何でもないです。メシアだ-----じゃなくてメシア!」
「ん?」
「その・・・あの・・・、昨夜のように今から抱いても・・・・・・」
昨夜に行なったという、男女至高の営みを、自分は忘れてしまった。人生最大の汚点と言っても過言ではない!何をやっているんだ、俺!!
今から取り返すしかない。失った素晴らしき体験の記憶を取り戻すのだ。そのためならば何だってやってやる!
「そんなことか。私も少し疼いていたところだ。今日はお互い非番なのだから、もう少し楽しむとしよう」
(うっひょおおおおおおおおおおーーーーー!!)
何の問題もなく彼女は承諾。女性の甘い香りに魅了され、体の至る所が、興奮して堪らない。
今ならば言える。「我が生涯に、一片の悔いなし!」と、叫ぶことが出来るだろう。
だが、叫ぶ前に!
「いくぞ、リック・・・・・」
「はい・・・・・メシア・・・・」
二人は目を瞑り、互いの唇を重ねようとゆっくり----------。
ヴァスティナ帝国城、帝国軍参謀長寝室。
ここでは、一人の男が眠りについている。昨夜、遅くまで軍務に励んでいた為、今は疲れ果て、眠っている。しかし、そろそろ起こさなければ、今日の軍務に支障をきたす。
そのため、寝室の扉を開き、彼を起こそうと、寝室へと入る一人の少女がいた。十三から十四歳に見えるその少女は、メイド服にその身を包む、黒髪の美少女である。
部屋を見渡して、男を探すメイド少女。寝室のベッドに視線を向けた、彼女の見てしまったものは・・・・・・。
「うっへへへへ、うっうっ、うっへへへへへへへ・・・・・・」
ベッドの上で不気味な笑い声を上げ、下衆な笑みを浮かべている男が一人。この男こそ、メイド少女の起こしに来た存在である。
余りにも気持ち悪いため、普通に起こすのをやめようと考えた少女は、男が普段から枕元に忍ばせている、拳銃を抜き取った。銃を保持するグリップ部分ではなく、銃口部分を握りしめ、男の傍へと近寄って、銃を持った手を大きく振りかぶる。
「起きろこの変態参謀長っ!!」
「ごふっ!!?」
後頭部を思いっきり鉄製の銃で殴られ、その痛みに悶絶する。メイド少女は、容赦を知らない。
帝国でこの男に乱暴が出来る存在は、このメイド少女を含めても、そうはいないだろう。
「なっ、なんだなんだ!?」
「起きて下さい、もう朝です」
メイド少女に殴られたこの男は、ヴァスティナ帝国軍を指揮する参謀長、リクトビア・フローレンス。
帝国軍全体の実質的最高指揮官であり、この国では上から数えた方が早い程の、偉い人物だ。その男が今、一人のメイドに変態呼ばわりされて殴られた。
メイドに参謀長が殴り起こされたのである。常識的に言えば、全くもって考えられない事だろう。
「何で起こした!?今さっきまで俺は天国にいたんだぞ?俺とメシア団長の素晴らしき時間を、何で邪魔したんだよ!!」
「朝だからです。早く着替えて飯食って仕事して下さい変態野郎」
まるで汚物でも見るような目で、帝国の参謀長を睨むメイド少女。明らかに、本来の立場が逆であった。
起こされた事に不満を述べる参謀長に対し、このメイド少女は、自分の仕事を早く片付けてしまいたいという考えで、不満など一切聞く耳を持たない。
彼女はこの城の中でも特別な存在で、唯一一人の参謀長専属メイドであるのだ。主に、参謀長の身のまわりの世話をするのが仕事である。寝ていた彼を起こしに来たのも、彼女の仕事の一つだ。
「俺、一応参謀長なんだけど・・・・・・、変態とか言わないでくれ」
「事実ですから。皆知ってるので問題ないです」
「うっ・・・・・」
「さっきまでの発言を含めてメシア団長に報告されたくなかったら、早く着替えろ変態」
メイドとは思えない容赦のなさに、この少女の恐ろしさを感じずにはいられない。自らの主を起こすために、銃のグリップで殴り、変態と罵り、しかも脅迫までしてくるのだ。
メイドとは、果たしてこうであっただろうか。こんな恐ろしいメイドは、一部の人間にしか需要がないというのに・・・・・・。
「貴方みたいな変態の専属メイドであるこっちの身にもなって下さい」
「わかったわかった。着替えるからちょっと待っててくれよ、メイファ」
メイド少女の名はメイファ。
半月以上前、彼女は奴隷商人に捕まっていた。彼女をそこから解放したのは彼であり、行く当てのない彼女を、帝国まで連れてきたのである。
連れて来た時、彼女は心を閉ざし、歳不相応の暗い表情を見せていたのだが、とある事件がきっかけとなり、尚且つメイド長のお陰もあって、今ではこんなにも元気である。そして、口の悪さは天下一品だ。
ちなみにメイファとは、メイド長が名前の無い彼女に、勝手に付けた名前である。名前が無いというより、メイファが自分の名前を語ろうとしなかったため、こうなった。
「はぁ、勿体ないことしたなぁ・・・・・」
未だ忘れられない夢のことを思うと、そう思わずにはいられない。
「夢の続きを今夜見ることが出来たらいいのに」と考えながら、今日の仕事に取り掛かるため、ようやく彼は着替え始めた。
着替えを済ませて顔を洗い、髪を整え歯を磨いた後、いつもの参謀長執務室で、今日の仕事に取り掛かる。
執務室には、参謀長の頭脳と言える、軍師エミリオ・メンフィスもおり、二人はいつものように、書類の確認や今後の計画を話し合っていた。
「リック。宰相から目を通すようにと言われている書類は、これで全部だよ」
「どれどれ・・・・・」
面倒くさいという気持ちを表情に出しながら、書類の内容に、一枚一枚目を通していく。
参謀長リクトビア。愛称リックは、いつも通り面倒だと思いながらも、書類仕事を真面目にこなす。これが、この男の平常運転だ。
食堂へと向かう時間の短縮のため、専属メイドであるメイファが運んできた、簡単な朝食をとりながら、書類の確認をしている。朝食はサンドイッチと珈琲であり、仕事中に片手で食べられるようにと、考えられて用意されたものだ。
片手で書類整理をしながら、もう片方の手で、サンドイッチを掴み、口へと運ぶ。サンドイッチに挟まれている具は、ハムとチーズと野菜であり、簡単でシンプルなものだ。仕事が忙しい時などは、彼はこの執務室で食事をするのだが、その場合は食堂係が参謀長専用に、今日のようにサンドイッチと珈琲を用意する。
そのため、食べ慣れている料理なのだが、今日は少し、形や味付けが違う気がした。
「今日は誰が作ったんだ?見た目も味も違うな」
「・・・・・わっ、私が作った・・・・」
「メイファが作ったのか?」
「係りの者たちは忙しそうであったので、厨房を少し借りて自分で作りました。・・・・・不味かったのなら作り直します」
「不味くなんかないさ。作ってくれてありがとう、嬉しいよ」
素直にお礼を言うリックの言葉に、照れているのか、若干頬を赤らめるメイファ。歳が同じ位だからだろうか、その恥ずかしがる姿が、ある少女に似ていると感じた。
今頃その少女は、この国の女王としての責務を、必死に果たしているのだろう。自分が背負っているものの、何倍も多くの責任を、その小さな体に背負いながら・・・・・・。
そう思うと、自分が情けなくて仕方がなく感じる。
彼女を守ると誓ったのに、自分が彼女に守られてしまっている事実。自分の仕事をすると、このことが頭に浮かぶ。どんなに面倒だと思える仕事でも、真面目に最後まで取り組むのは、この思いがあるためだ。
そんなことを考えながら、ふとエミリオを見ると、彼はくすくすと小さな笑いを浮かべている。
「どうした?」
「相変わらず、君はその巧みな言葉で人を魅了するのだね。ふふ、いつか君が、一夫多妻な家庭を築くのではと考えたら、笑いがね」
「つまりあれか?俺が言葉巧みに将来ハーレムをつくるって言いたいのか。そりゃあいいな!早速メシア団長のところにでも-------」
「仕事しろって言ってんだろ変態。リリカ様に言いつけるぞ」
見かけによらず、意外と口が悪い専属メイドに脅迫され、部屋を飛び出そうとした足を止めて、渋々と仕事へ戻る。
十三から十四歳の少女は、こんなにも口が悪いだろうか。この子が特別なのかも知れないが、最近の年頃の女の子は多分こんなものだと、自分の中で無理やり納得する。
この歳の少女なら、これ位の口の悪さがあるだろう。難しい年頃でもあるのだ。この歳の少女とは思えない綺麗な口調を使う、我らの十四歳女王陛下こそ特別なのだろう。
専属メイドのメイファは、誰に対してもこうと言うわけではない。リックだけには、特別こうだ。理由は色々あるだろうが、一番の原因は、半月前のとある事件である。
半月前、彼女は人質に取られるという体験をしてしまった。リックを暗殺しようとした者が逃亡し、逃げまわった挙句に、偶然遭遇したメイファを人質に取ったのである。事件自体は一人の死者も出さず、無事解決したのだが、この時リックは、あるとんでも宣言をしてしまった。
その内容は、自分は男の娘属性が大好きである、と言うものだ。この性癖宣言は多くの者に知れ渡り、次の日には、城中の人間の知る事となった。人質であったメイファは、この宣言を目の前で聞いた一人で、ただ一言、「変態」と言って軽蔑したのだ。
こうした経緯から、彼女はリックを変態呼ばわりし、常に厳しい言葉をぶつける。こんな変態の専属メイドなど、御免なのだろう。
「口を閉じてれば可愛いのに・・・・・」
「何か言いましたか?」
「いえ、何でもないですメイファ様」
メイド少女に逆らえない。この国で、リックが逆らえない人物の、五本の指の一人である。自分の選んだ専属メイドであるというのに・・・・・・。
恐ろしい専属メイドに睨まれながら、やはり渋々と、仕事に取り掛かるリックであったが、誰かが執務室の扉をノックする音を聞き、執務の手が止まる。
「失礼しますぜ隊長」
「どうしたヘルベルト、何か報告か?」
「何か報告かじゃないですよ隊長。例の調査が終わったから教えに来たんですぜ」
「本当か!?」
リック配下の精鋭部隊を指揮するヘルベルトは、半月以上前に、参謀長の極秘指令を受けていた。
一応極秘の指令であるため、この場にいるエミリオとメイファを見た後、リックへと視線を送る。二人がいる中、報告しても良いのかと言う事だ。
リックは頷いてそれに答える。つまり、言ってしまっても良いと言う事だ。
「例の女ですが、名前はセリーヌ・アングハルト。元ラムサスの街警備部隊所属で、現帝国軍第四隊所属の兵士。年齢は二十歳で、出身は不明。男顔負けの身体能力らしくて、優秀な女兵士だとか」
「ほうほう。ちなみに、好きな食べ物とかは?」
「不明ですぜ。自分の事をあんまり語らないらしいんですよ。そのせいで部隊内でも浮いてるんだとか」
例の女、セリーヌ・アングハルトとは、この執務室で、リックにラブレターを送った女性である。
一介の兵士が、参謀長にラブレターを送るという、前代未聞の事態。この事態にリックは、その場に居合わせたヘルベルトに、参謀長命令で無理やり彼女を調査させていた。
「まあ、イヴの時みたいな怪しさはないな。多分問題ないですぜ隊長」
「そうか、なら良かった」
「噂のアングハルトさんかい?」
「そうそう・・・・・。って、何で知ってる!?」
「私も知っていますよ」
アングハルトラブレター事件を知っているのは、当事者であるリックと、その場に居合わせた、ヘルベルトとメシアだけである。二人に対して、他言無用と言ったはずなのだが・・・・・・。
「もしかして・・・・・・、皆知ってる?」
「知っているよ、今の話題だから」
「メイドたちの間で話題です。ラブレターが渡された日、偶然執務室の外にメイドが一人いて、話を盗み聞いていた」
「メイドさんたちから漏れたのか。それで全体に伝わったと・・・・・・」
「そう言えば、ヘルベルトさんが酔っぱらって、他の人たちに口を滑らせていました」
「ヘルベルト、お前減給」
「なっ!?」
他言無用の秘密をばらしていたと言う、専属メイドメイファの証言により、減給を言い渡されてしまったヘルベルト。落ち込むヘルベルトを気にも留めず、秘密が漏れていた事に、頭を抱えるリックであった。
ラブレターを貰った事が、多くの人間に知れるなど、一体どんな羞恥プレイだというのか。
皆知ってると言う事は、つまり配下の者から、末端の兵士に至るまで、ラブレターの事を知っているわけだ。この分だと、文官や騎士団も知っている可能性がある。
皆が知っているのを知らなかったのは、自分だけ。そう考えると、恥ずかしくて死にたくなる。
「ちなみにですが、城内では賭け事が行なわれています。相手の気持ちを受けるか受けないかの賭けです。大体が受けないに賭けています。例の宣言のせいですね」
「それマジかメイファ!?」
ますます頭が痛くなるし、とても恥ずかしい。
あの時の男の娘大好き宣言は、リックにとって、己の性癖を他人に大声でばらした、思い出したくない恥ずかしい記憶であった。あの時はこうするしかないと思い、とんでもない事を口走ってしまったのだが、実際のところ、男の娘が大好きなのかと問われれば、嫌いではないというだけだ。嫌いではないし気持ち悪いとも思わない。そんなところだ。
「それでリック、ラブレターの返事はいつなんだい?」
「今日だ」
「「「・・・・・・・」」」
「はあ、困ったな・・・・・」
ラブレターの返事の期限は、今日この日である。
恐らく今日中には、セリーヌ・アングハルトは執務室に、返事を貰いに訪れるだろう。
しかしリックは未だに、彼女への返事を、考えてはいなかったのである。




