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第五十一話 死線 Ⅲ

 時を同じくして、大陸北方の前線でも大きな動きがあった。

 ホーリスローネ王国軍とジエーデル軍によって始まった、大陸の覇権を懸けた戦争。各国を巻き込んだ現在の戦争状態を引き起こす、そのきっかけとなったこの戦争は、未だ決着が付いてはいない。

 しかし今日、膠着状態となっていたこの戦局が、大きく変化する軍事行動が発生した。ホーリスローネ王国軍と共に戦う、勇者連合の若き勇者達は、その変化の最前線に立っていたのである。


「俺が突破口を開く! 金色聖剣波ゴールドエクスプロージョン!!」


 勇者櫂斗が振り上げた聖剣が、眩い黄金の輝きを放って発光し、周囲をまるで太陽のように輝き照らす。気合の雄叫びと共に振り下ろされた聖剣から、黄金の光が斬撃となって放たれ、戦場と化した草原を駆け抜けながら敵の軍勢へと向かって行く。

 光の斬撃は衝撃波となって敵軍に直撃し、敵兵を吹き飛ばして行きながら突き進む。光が通り過ぎた後には、集まっていた兵士が薙ぎ倒された事で、一本の綺麗な道が生み出されていた。 


「ありがとよカイト! 全軍、突撃だああああああああっ!!」


 宣言通り櫂斗が突破口を開いた事で、兵を率いる勇者ルークが突撃の号令を発した。軍馬に跨り大剣を掲げたルークが、敵軍たるジエーデル兵へ向かって馬を走らせると、彼に続いて王国軍の兵士達が雄叫びと共に駆け出していく。

 大剣の勇者ルークを跨らせた馬が地を蹴り、敵味方ぶつかり合う戦場を駆けていく。軍馬と共に駆けたルークが、眼前に映った敵兵に大剣を振るい、次々と敵を斬って捨てては前進を続けた。彼に続いた味方の兵もまたその勇敢さを倣って、ある者は剣で叩き斬り、ある者は槍を突き刺し、ある者は盾で押し潰し、それぞれの得物を駆使して敵を屠っていった。

 ルーク達の突撃は止まらない。彼らが突破しようとしている先には、ジエーデル軍の新型砲陣地が存在する。これを叩き潰せば、味方の主力が敵を突破する事が可能となり、戦局が大きく変わるのである。


「見えた⋯⋯⋯!」


 振り上げた大剣で、指揮官と思われる騎乗した敵兵を、一閃のもとに斬って討ち取ったルーク。倒した敵が馬から崩れ落ちると、その視界の先に大砲陣地がはっきりと映った。

 目標を捉えたルークが、大剣を掲げて後方へと振り返る。これは彼の合図であり、この合図を目にした仲間が、振り返ったルークの視界の先から姿を現す。


「真夜先輩! あそこに⋯⋯⋯!」

「わかったわ! 火炎餓狼牙ファイアーファング!」


 猛然と戦場を駆ける二頭の軍馬。二頭に跨るは、勇者悠紀と勇者真夜である。

 ルークの合図を見つけた彼女達は、彼の先に見えた敵陣地へと攻撃を開始する。初撃を仕掛けたのは真夜で、聖弓を構えた彼女は手に炎の矢を出現させ、それを敵陣地目掛けて放って見せた。

 燃え上がる炎の矢が敵陣目掛けて突き進み、次の瞬間には炎が形を崩し、矢から狼へと瞬時にその姿を変えた。炎の狼は地面に足を付け、まるで生きているかのように地を駆けて、敵陣地へと襲い掛かった。

 狂暴な炎狼が敵兵や大砲に襲い掛かり、獲物に牙を突き立て噛み付いた瞬間、襲った何もかもを激しく燃え盛る炎で呑み込んでいく。炎狼は陣地の全てを襲い、その全てに火を付けて回っては、一層炎を燃え広がらせて炎上させた。

 それだけでは終わらない。陣地には火薬を満載にした砲弾が集められており、炎によってこれが誘爆を起こし、陣地内で大爆発を発生させた。


「思った通り、派手な花火が上がったわ」

「これなら追撃は必要ないわ。悠紀の出番を奪ってしまったわね」


 大砲陣地を攻撃する役目は、悠紀と真夜の二人に任せられていた。事前に二人が考えていた通り、炎魔法を操れる真夜の攻撃のお陰で、誘爆を引き起こした大砲陣地は吹き飛んでいた。炎と爆発があらゆるものを破壊し尽くし、生き残った敵はほとんどいない。

 悠紀の役目は真夜の援護と、敵陣地に二撃目を加える事であったが、予想以上の強力な魔法攻撃によって、その必要は無くなってしまった。


 教官ユーリに鍛えられたお陰でもある。だがそれ以上に、真夜の魔法が以前より力を増しているのだ。正確に言えば、真夜の操る聖弓が力を増していると言う方が正しい。

 櫂斗、悠紀、真夜、そして後方で三人の帰りを待つ華夜。異世界から召喚されし四人の勇者達は、伝説の秘宝に選ばれし存在である。櫂斗達四人は、この秘宝の力を操る事で、これまでの戦いで何とか生き残る事が出来た。

 その秘宝の力が、時が経つにつれて、手に入れた以前より確実に増しているのだ。真夜が使った今の技も、最近になって使えるようになったものである。これは真夜だけでなく、他の三人も同じように新たな力に目覚めている。

 四人の成長に合わせ、秘宝が段階的に力を目覚めさせているのではないか。或いは、長き眠りより目覚めた秘宝が、少しずつ力を取り戻しているとでも言うのか。いずれにしても、四人の秘宝が強力になっている事に変わりはなかった。


「真夜先輩。次はどっちに向かいます?」

「そうね⋯⋯⋯。テイラーさんが言っていたように、私達は可能な限り暴れて敵を混乱させるべきだわ」

「なら、この先にある大砲陣地も潰しちゃいましょうか。その方が味方も進みやすいと思います」

「私も賛成」


 次の方針を話し合い、的確な答えを導き出す。もう彼女達は、戦いを知らぬ少女ではなくなっていた。

 訓練と実戦を経て、悠紀と真夜は確実に実力を付けるだけでなく、兵を率いる将としての能力も身に付け始めている。それが証拠に彼女達は、最も確実に敵に打撃を与えられる方法を選び、部隊を指揮して攻撃を開始しようとしていた。

 悠紀と真夜の考えを察してルークが、遅れて馬に跨り現れた櫂斗が、二人のもとに集まる。彼女達の考えに櫂斗もルークも賛成し、次の大砲陣地へ向かうべく、指揮下の兵達に命令を飛ばした。


「櫂斗、さっきの要領でまた一発頼んだわよ」

「任せとけって。なんたって俺は、神殺しの必殺技担当だからな」

「ルーク、斬り込み役を次も頼める?」

「ああ、もちろんだ。きっちり勝ってカヤを安心させてやろうぜ。後ろに置いてきたカヤのことが心配なのはわかってるからよ」

「ありがとう⋯⋯⋯」


 お互いを信頼し合い、助け合う。若き勇者達は、最初の頃持ち合わせていなかった、戦いの中で深めた固い絆を創り上げていた。

 成長する若き勇者達に、まるで試練の如く過酷な現実と戦争が次々と襲い掛かる。それでも勇者達は、どんな困難にも逃げずに立ち向かい、今日まで生き残った。今も、そしてこれからも、勇気を持って戦う事に変わりはない。

 

「よっしゃあ! 華夜ちゃんのためにも、早速次に――――」


 勇んだ櫂斗が皆に出発を促した、その直後に爆発音が戦場に轟いた。全員が何事かと音のした方を見ると、攻撃しようとしていた敵陣地が爆発炎上し、空に向かって大きな黒煙を立ち昇らせていたのである。

 勇者達以外の何者かが、もう一つの敵大砲陣地を破壊したのだ。一体誰がやったのかと、炎上する敵陣地を見つめていると、味方と思わしき軍勢の姿と、見たことのある軍旗が掲げられた。

 その軍旗は、異教徒討伐の戦争の際、心強い援軍として王国軍を助けた、あの同盟国の軍隊だった。兵士達は皆歓喜し、悠紀や真夜も頼もしい援軍登場に思わず笑みが零れる。櫂斗に至っては、最高のタイミングで現れた熱い展開に、興奮を抑えられずルークへと叫んでしまう。


「ルーク! あれってもしかして!?」

「間違いない。あれは、オルドリッジ将軍の軍団だ!」


 ホーリスローネ王国の同盟国、ハートライト王国。

 ハートライト王国軍将軍ジェラルド・オルドリッジが、再び王国の助けに馳せ参じたのである。










 ジエーデル侵攻軍との戦いによる大敗北から、ホーリスローネ王国軍は必死な抵抗を続けつつ、各地より残存戦力を結集させて戦力の再編成を行なった。

 王国軍はマット・テイラーを新たな指揮官とし、侵攻を続けるジエーデル軍を何とか食い止め、今日まで時間を稼ぎ続けてきた。彼らの反撃が始まったのは、ジエーデル軍に対する一大反攻作戦の準備が整ったからである。


 王国軍後方陣地の天幕では、最高司令官のマットが全軍の状況を確認しつつ、的確な作戦指揮を行なっている。その最中、前線に出ていない彼のもとにも、ハートライト王国軍の参戦が知らされた。

 計画通りだと思い、マットは全軍にハートライト王国軍との共同戦線を命じると、天幕内の将兵達に一度退出を促す。マットが内密の話を始めようとしていると察し、将兵達は直ちに天幕を出ていった。マット以外誰もいなくなると、一人になった彼は、軍服の懐から魔法石がはめ込まれた指輪を取り出した。

 指にはめた指輪を口元に近付け、マットは指輪の魔法石に向かって声を発した。指輪に偽装されているが、これは魔法石を利用した一種の通信装置なのである。


「チェンバレン将軍。ご指示通り、ジエーデル軍への反撃を開始致しました」

『⋯⋯⋯ご苦労様です。戦況の方はどうですかな?』

「ハートライト王国軍を始め、同盟国の戦力が続々と合流しています。先程入った情報によれば、勇者の部隊とオルドリッジ将軍の活躍により、敵新型砲陣地の破壊に成功したようです。敵前線の突破は時間の問題かと」


 魔法石を使って話している相手は、ホーリスローネ王国将軍ギルバート・チェンバレンである。紳士将軍の二つ名を持つギルバートは、極北の大国ゼロリアス帝国への備えとして、王国と帝国との国境線にその身を置いていた。

 本来であればギルバートこそが、国家の存亡が懸かったこの戦争に、一番投入されなければならない将である。ここにいるべき彼がいないのは、一部の野心家の愚かな行動の結果だった。

 戦死した王国軍の将軍グローブスでは、ジエーデル軍に太刀打ちできず終わる未来は見えていた。そこでギルバートは、保険としてマット達を送り込んだ。グローブスには気付かれていなかったが、王国軍に従軍していたマットを始めとする若き将達は、全員ギルバートの教え子だったのである。


「終始、将軍が予測した通り進行しました。グローブスなぞに任せていたら、今頃王国はジエーデルの手に落ちていたでしょう」

『そうならずに済んだのは、私の無理な頼みを聞いてくれた貴方達のお陰ですよ。教育課程と偽って貴方達を従軍させた甲斐があったというものです』

「お役に立てて光栄です」


 王国とジエーデルの開戦から今日に至るまで、戦局はギルバートが予測していた通りとなった。グローブス率いる王国軍が必ず敗北する事も、グローブス自身が討たれる事も、その後のジエーデル軍の動きすらも、全て予測できたいたのである。

 予測可能だった理由は、相手がジエーデル軍の名将ドレビン・ルヒテンドルクであるならば、自分も似た作戦で敵の撃滅を図るからだ。唯一の誤算は、名将が再びこの戦場に現れる事なく、ジエーデル本国で死亡した事である。

 ドレビンがいなくとも、確かにジエーデル軍は強力な軍隊である。作戦指揮能力も、兵の練度も、どれを取っても大陸内では最高水準と言えるだろう。敵として戦う中でマットは、ジエーデルの軍隊が羨ましいとさえ思っていた。

 

「⋯⋯⋯もしも、ルヒテンドルクが我々の前に姿を現していたのならと思うと、絶望すら覚えます。名将無しでもこれだけ強い軍隊とは思っても見ませんでした」

『だから貴方は、邪魔になる将軍達を自然な形で始末した。違いますかな?』

「始末したわけではありません。邪魔だったので見殺しにしたのです」


 ギルバートの命令通りジエーデル軍に勝つためには、グローブス達のような存在は邪魔であった。マットは敵の策を見破りながらも、グローブスにそれを進言せず、彼らを敵に態と討たせたのである。そうすれば、自分が全軍の実権を握る事ができるからだ。

 不敵な笑みを浮かべて言ってのけたマットは、後悔など微塵もしていなかった。戦争に勝つため、邪魔な存在を処理しただけ。マットにとっては彼らの命など、職務遂行の為に必要な犠牲というだけなのである。


『⋯⋯⋯どうも私の教え子達は冷酷過ぎて困りますな。その内、私の方が貴方達に寝首を掻かれてしまうかもしれませんね』

「何を仰いますか。そんな事を企てようものなら、我々が先に消されてしまいます」

『それはいいとして。テイラー君、また私の髪型を真似ているそうですね? 尊敬もそこまでいくと私が恥ずかしい』

「良いではありませんか。実は今度、将軍と同じ鼻眼鏡を購入しようとも考えています」


 魔法石の向こうで溜め息を吐くギルバートに、マットは笑ってそう答えた。マットはギルバートを崇拝していて、将来を彼のような将軍になるべく励んでいる。このような危険な役目を引き受けたのも、全てはギルバートの頼みであったからだ。

 

『⋯⋯⋯まあいいでしょう。そちらは貴方に任せましたので、好きなようにジエーデル軍と戦いなさい。陛下にはそちらに増援を送るよう進言もしておきました』

「増援が用意できるという事は、もしや⋯⋯⋯」

『ゼロリアスとの交渉は済みました。彼の国は我らと共同戦線を張ると約束し、ジエーデル国へ宣戦を布告しました』


 ギルバートはゼロリアス帝国侵攻の備えにまわっていたが、その裏では秘かに帝国側に密書を送り、ジエーデル国に対する共同戦線を提案していた。ゼロリアス帝国にとっても、ジエーデル国は将来的に自国を脅かす存在であるからだ。

 ジエーデル国を利用すれば、かつては覇権を争った長年の宿敵たるホーリスローネ王国を、今度こそ討ち果たせる好機と言える。だがそれは、ジエーデル国を王国との戦争に勝利させ、彼の国をより強大な国力を持つ国家に変えてしまう。

 どちらがより将来的脅威かを考えた場合は、危険なのは間違いなくジエーデル国である。そして今現在、ジエーデル国からすれば大陸の覇権を奪う好機だが、各国からすればジエーデルを倒す絶好の状況と言える。今やジエーデル国は、大陸全土を敵にまわした、各国共通の敵であるからだ。

 

 ギルバートの密書はゼロリアス帝国に届けられ、内容はゼロリアス皇帝の耳にも届いた。協議の結果、皇帝はジエーデル国こそが国を脅かす敵であると宣言し、交渉に応じて共同戦線を受諾したのだ。

 ゼロリアス帝国は直ちに兵を集め、軍をジエーデル国の支配地域に侵攻させた。この動きに呼応して、ゼロリアス帝国国境線に最低限の戦力を残し、ギルバート率いる王国軍もジエーデル軍の占領地域に進軍した。

 これによってホーリスローネ王国は、宿敵ゼロリアス帝国を警戒する必要がなくなり、多くの戦力を対ジエーデル戦に投入し易くなった。交渉を成功させたギルバートは、すぐさま王国に連絡し、マットのいる前線に援軍を送るよう要請したのだ。


「これで勝利は我々のものです。援軍が到着次第、敵侵攻軍に止めを刺し、ジエーデル国への進軍を開始致します」

『可能ならば、ヴァスティナ帝国よりも先にジエーデル本国を押さえて下さい。理由は説明するまでもありませんね?』

「勿論です。ご期待に添えるよう努めます」

『では、私からは以上です。それと言っておきますが、ロイド・ルヒテンドルクは間違っても討たぬように』

「心得ております。将軍、どうかお気を付けて」


 魔法石を通じてギルバートとの話を終えたマットは、息つく暇もなく次の作戦に頭を切り替えた。ギルバートの策が成功した今、ホーリスローネ王国の本格的な反撃が開始されるからだ。

 王国軍による、ジエーデル国侵攻作戦。待っていたこの瞬間に胸を躍らせたマットが、ジエーデル軍撃滅に向けて動き出す。

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