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第五十話 貴方には愛を、私には銃を Ⅸ

 墓前に立つアングハルトは、両親と何年振りかの再会となる。この村を出て兵士になってから、たったの一度も故郷に帰る事もなく、二人の墓石を見るのも本当に久しぶりの事だった。

 別に、死んだ両親の事や、故郷を避けていたわけではない。村の外に出て兵士となり、ラムサスの街での一件があった後、己の心に突き動かされるままヴァスティナ帝国の兵士となって、多忙な日々で故郷に帰る余裕も機会もなかったからだ。

 

 両親が残した家の庭に、二人の墓は並んで立てられている。生前彼女の母が、死ぬ時は夫の傍に埋めて欲しいと願っていたからだ。彼女の父が亡くなった後も、母親が愛した男は父だけで、村の男に言い寄られても再婚はしなかった。

 母は、生涯でたった一人だけを愛してこの世を去った。愛する男は夫一筋だった自分の母親の生き様に、アングハルトは自らの恋心を重ねる。たった一人に人生全ての愛を捧げた母の生き方が、今の自分と同じだと思えてならないのだ。

 やはり、親と子は似るのだろうか。愛してしまった人を深く愛し、愛する人しか見えなくなる。そう、今だって⋯⋯⋯。


「アングハルト」

「!」


 両親との思い出に浸っていたアングハルトに、左手で杖を突きながら近付いたリックが声をかけた。声に振り向いたアングハルトが、怪我人であるリックに慌てて手を貸そうとするも、リックは軽く右手を上げて彼女を制した。

 

「両脚に矢が刺さったが、全然歩けないわけじゃない。みんな大袈裟なんだよ」

「しかし⋯⋯⋯!」

「俺が無駄に丈夫なのは知ってるだろ? 大した怪我じゃない」


 杖はビーンに用意して貰い、それの支えを活かしてリックは歩を進める。怪我のせいで自然な足運びとはいかないが、自分の足でちゃんと移動はできていた。

 アングハルトは墓前に立ったまま、心配した顔でリックの姿を見つめている。そんな彼女の傍に辿り着いたリックは、少し疲れて彼女の肩に寄り掛かった。


「閣下⋯⋯⋯!」

「ごめん⋯⋯⋯、疲れたから肩貸して」

「⋯⋯⋯まったく、貴方という人は」


 寄りかかるリックの身体に腕を回し、アングハルトが優しく抱き寄せる。二人が見つめる先には、アングハルトの愛する両親の墓石が立つ。


「アングハルトの⋯⋯⋯、セリーヌのお父さんお母さん。俺が彼女の上官の、リクトビア・フローレンスです」


 頭を下げたリックが二人に挨拶すると、アングハルトは頬を少し赤らめて緊張した。リックに名前で呼ばれたのが恥ずかしかったのもあるが、それ以上にこの状況が、愛し合う二人が両親に挨拶しに来たように思えたからだ。

 

「娘さんは優秀で立派な帝国軍人です。その頼もしさに甘え、娘さんを帰郷させずにいた事、軍を代表して謝罪致します」

「待って下さい! 私は別に――――」

「俺の力が足りないばっかりに、セリーヌの身体を傷物にしてしまった。それなのに俺は彼女を守るどころか、逆に彼女に守られてばっかりで⋯⋯⋯、本当になんて謝罪したら良いか分かりません」

「閣下⋯⋯⋯」


 アングハルトの故郷に行くと決まった時、リックは胸の内で秘かに覚悟していた。その覚悟とは、アングハルトの身体を傷物にしてしまった事を彼女の両親に咎められた際、最悪殺される覚悟だった。

 覚悟を決めてきたからこそ、例え相手がこの世を去った故人であろうとも、関係なく正直に話して謝罪する。それが彼女の命を預かる身となった、将としての彼の責務だった。


「でも聞いて下さい。ついこの前までセリーヌは男性恐怖症で、触れられるとすぐ男をぶん投げていたんですが、俺とのデートでようやく投げるのを我慢できたんです。身体の傷は残ったままですが、心の傷は大分癒えてきたんですよ」

「かっ、閣下! その話は――――」

「俺は彼女が大好きです。俺が彼女をトラウマから救います。だからどうか、セリーヌが過去の恐怖を克服できるように、見守っていて下さい」

「!!」


 亡き彼女の両親に願いを込め、リックは目を瞑り静かに祈りを捧げた。

 すると突然、アングハルトの肩にその身を預けていたリックは、強い力で彼女に抱きしめられた。何事かと驚いたリックが、彼女の胸に埋もれた自分の顔を上げて目を見開く。顔を上げた彼の瞳に映ったのは、涙を浮かべて微笑むアングハルトの顔だった。


「嬉しい⋯⋯⋯。嬉し過ぎて、ずっと貴方を抱きしめていたい⋯⋯⋯」

「あっ、アングハルト⋯⋯⋯?」


 きょとんとしたリックの顔を見て、益々彼が愛おしくなり、胸の内の想いが溢れ出て止まらなくなる。抱きしめるだけじゃなく、今この場で押し倒して、その唇を奪いたいとさえ考えてしまう。

 大好きと言ってくれた。救うとも言ってくれた。ただ彼の言う好きとは愛ではなく、大切な仲間に向けた感情だ。頭ではそれを分かっていても、高鳴る胸のこの衝動は抑えれられなかった。


「リクトビア。私も貴方が大好き⋯⋯⋯」


 互いの息遣いが伝わる距離で、アングハルトの胸の想いが言葉となって口に出された。改めて面と向かって言われると、どう返答して良いか分からず混乱状態のリックは、羞恥に悶えて頬を真っ赤に染めていた。

 

 今この瞬間だけでもいい。今だけは彼を独り占めにしたい。彼が愛した者達も、彼を愛する者達からも、愛おしい彼を奪って独占したい。

 己の欲望が一気に込み上げるが、アングハルトはその欲望を抑え、リックを抱擁から解放する。瞳いっぱいに溜めた涙を指で拭い去ると、まだ顔を赤くして困惑している彼に微笑みかけた。


「⋯⋯⋯やっと貴方を抱けた」

「⋯⋯⋯!」

「アーレンツとの戦争の時、捕らわれていた貴方を助け出したなら、その時は思いっ切り貴方を抱きしめると決めていたんです」


 そう告白したアングハルトが、今度はリックの身体を両腕で抱きかかえた。完全にお姫様抱っこの状態に、リックは終始困惑状態となっていた。


「ばっ、馬鹿! こんな格好恥ずかしいだろ!」

「脚を怪我しているですからご自愛ください。部屋に戻って、そろそろ夕食の支度に取り掛かりましょう」

「ああ、もうそんな時間か⋯⋯⋯、じゃなくて!!」

「今後は私により一層守って貰うことにすると、デートの時に言ってましたよね。貴方の願いを実践しているだけです」


 「確かにそうは言ったけど⋯⋯⋯」と思うリックだったが、結局は観念して大人しく彼女にされるがままとなった。

 ただ、姫を助ける王子様気分で自分を抱きかかえる、嬉しそうなアングハルトの顔を見ていたら、悪くない気分だと思うのだった。










 私にとって、腕の中に抱きかかえる最愛の貴方は、闇の中から私を救い出してくれた騎士であり、絶対に守りたいと誓った愛おしい姫のような存在。

 優しくて温かい貴方には、血生臭い戦いの日々も、愛する者を奪われた復讐の炎も、失われた者達の想いを背負う苦しみも、何もいらない。

 貴方が私に向けてくれた、あの清らかなで愛に満ちた微笑みは、片時も忘れたことはない。でも、貴方の胸を貫いた深い悲しみと絶望、そして苦痛と怒りが、貴方から愛する心を奪ってしまった。

 

 リクトビア。優しい貴方には殺し合いなんて似合わない。敵を殺すための銃なんて、貴方には必要ない。

 貴方には、失くしてしまった愛を取り戻して欲しい。そして私が、貴方の代わりに銃を取る。

 









 夕焼け空の下、見晴らしの良い崖上に立つ一人の男がいた。男は口に火を付けた葉巻を咥え、崖上から見える風景を眺めながら、嬉し気に一服を味わっている。葉巻を咥えた男の背後で、男よりも若い四人の男女が、その一服が終わるのを退屈そうに眺めていた。


「ねぇ、おじさん。その臭いの、いつまで吸ってんのさ」


 四人の男女の内、二人はまだ十歳前後の子供である。子供の内の一人は男の子で、地面に寝転がっているその少年は、美味そうに葉巻を吸う男に文句を漏らした。


「この上物を、一瞬で吸い切れるその辺の安煙草と一緒にするな。美味い葉巻ってのはな、こう味わって吸うものだ」


 葉巻の楽しみ方を知らない少年に、男はにやりと笑みを浮かべて振り向いた。少年は「知らないよそんなの」とまた文句を口にし、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 もう一人の子供は女の子で、退屈気な少年のためにオレンジの皮を剥いてやっていた。少女が皮を剥き終わったオレンジを差し出すと、少年は嬉しそうにそれを受け取って頬張った。

 男はその光景を眺め、「まだまだ子供だな」と鼻で笑う。するとそんな男に、今度は残りの二人が我慢できずに文句を言い始めた。


「おい、おっさん。アタイ野宿は御免だよ。今日こそは宿で寝たいんだから、こんなところで道草食ってると承知しないからね」

「同意。おっさんのせいでここ三日、ずっと森の中で寝泊まりだ。これだったら収容施設にいた方がマシだったね」


 子供二人よりは歳が上だが、まだまだ若い二人の男女。共に十代後半といったところだが、変わらず葉巻を吸うこの男にとっては、いくつだろうと全員餓鬼同然だった。

 男が連れているこの四人は、今回の仕事のために戦力として用意された、軍では厄介者扱いの問題児達である。問題児とはいえ実力は保障されているが、実戦経験豊富な精鋭を求めた男からすれば、餓鬼のお守は御免だというのが本音であった。

 

「どいつもこいつも、人をおじさんだのおっさんだのと言いやがって。収容施設から自由になりたいなら、上官である俺にもっと敬意を払うことだな」


 この四人の問題児は、今回の任務を成功させた暁には自由が約束されている。この仕事を無事に終えれば、監獄同然だった収容施設に戻らずに済むのだ。普段ならば、例え上官であろうが長官であろうが、大人しく従う事のないこの四人が、男の言う事を聞いて行動している理由はそれだ。

 言う事を聞いているのは、この男自身も同じである。男もまた、自分の新しい飼い主の命令に従っている。でなければ、生意気な四人の子供を連れて任務など、不安要素しかないため御免だからだ。

 自分は使い捨ての駒にされているのだと、この男自身もよく分かっている。だが同時に、これが新しい飼い主からの試験という事も理解していた。この試験に合格すれば、最早帰るべき国も組織も失ったこの男に、新しい地位が約束されているのだ。

 

 以前までなら、こんな生意気な部下は扱き倒してしまうところなのだが、今はそんな時間がない。新しい飼い主の待つ国が戦争に敗北する前に、一刻も早く、戦局を変える大きな一手を打たなくてはならないのだ。

 その一手を打つために、男は一服しながら連絡を待ち続けている。そしてようやく、男のもとに次の行動を決めるための最新情報がもたらされた。


「⋯⋯⋯来たか」


 男の右耳には、宝石が付いたピアスが付けられている。このピアスの宝石は通信用の魔法石であり、魔法石の魔力によって、遠距離から情報を伝え合う事を可能にしているのだ。


「⋯⋯⋯了解した。また動きがあれば連絡しろ」


 通信を終えた男は、不敵な笑みを浮かべて葉巻を掴むと、咥えていたそれを躊躇なく捨てて四人へと振り返った。


「移動するぞ餓鬼共。楽しい仕事の時間だ」


 男のもとに届いた連絡は、ジエーデル国を発ってからの四日間、待ち侘びていた情報だった。ようやく目標を捉えた男は、本来の仕事とは別に依頼された、追加の仕事を片付けることができる。


「ヴァスティナ帝国軍の主力に動きがあった。将軍リクトビア・フローレンス戦死の報を傍受したようだ。ジエーデル軍はこの状況を利用し、混乱する帝国軍に総攻撃を仕掛ける」

「なんだ、そいつが死んだってんならアタイらの仕事は終わりじゃないか」

「考えが甘いな。この情報は帝国軍の張った罠に違いない。連中はジエーデル軍を待ち構え、自分達に有利な戦場で決着を付ける気だ」

「どうしてわかるのさ?」

「勘だ」


 男は答えに呆れる四人だったが、勿論ただの勘などではない。これまで培ってきた分析能力や、長年の経験の数々が、その答えを導き出したのである。

 

「狂犬はまだ生きている。下手に姿を見せれば作戦を看破されるだろうからな。帝国軍第一軍の内部ではなく、何処かで身を隠しているはずだ」

「身を隠すって何処にさ? それが分からなきゃ行先も決められやしない」

「恐らく、帝国軍の第二軍に近い地点だ。狂犬はその場を動かず、味方の回収を待って隠れているんだろう」

「っで、その地点ってのは?」


 男の脳内では、既に向かうべき場所は決定していた。そこに必ず目標がいると読み、現地への最短距離の計算も済ませている。計算通りであれば、明日の日の出までには到着するはずだ。


「この近くに、地図にも載っていない小さな村がある。俺が奴ならそこに隠れる」


 大陸中央はこの男にとって庭みたいなものだ。何処にどんな国があり、どんな政治体制でどれだけの戦力を保有しているのかも分かれば、その国の国民性に至るまで頭に入っている。地図に載っていない村の存在も、大陸中央に関しては全て把握済みだ。

 何故ならこの男は、かつては大陸中央に君臨した情報大国が誇る、悪名高き諜報機関の生き残りなのだから⋯⋯⋯。


「計画通り狂犬を捕獲するぞ。最悪殺しても構わんが、ハインリヒやバルザックに気に入られたいなら殺さず捕まえろ」


 ジエーデル軍警察長官ハインリヒ・バウアーの命令は、ヴァスティナ帝国国防軍の最高司令官リクトビア・フローレンスの捕縛である。ハインリヒはリクトビアを手にする事で、劣勢を強いられている戦局を覆そうとしているのだ。

 そしてこの男、ハインリヒからその任務を受けた、元アーレンツ国家保安情報局所属のミッターは、自らの復讐を果たすべくリクトビアの命を狙っている。

 

「リクトビア以外は好きに殺して構わない。思う存分遊んでいいぞ」


 特殊魔法兵部隊カラミティルナ隊所属の、最凶最悪の問題児達。そんなこの四人がミッターに従っているのは、自分達の好きにやらせてくれるからだ。

 

 それぞれの思惑と欲望のために、五人は行動を開始する。

 ミッター率いる凶悪なる狂人達は、研ぎ澄ました邪悪なる牙をリクトビアへ突き立てようとしていた。

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