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第五十話 貴方には愛を、私には銃を Ⅴ

 ジエーデル国に対して次々と兵を挙げる各国によって、ジエーデル国は未だかつてない苦戦を強いられていた。

 広大となった領土を維持する事は諦め、占領地域から次々と撤退したジエーデル軍は、前線を縮小する事で迎撃に当たっている。ジエーデル軍の動きは迅速で、可能な限り前線の縮小を行なって兵力を集結させ、伸び切ってしまっていた補給線も整理した。

 絶対国防圏を敷いたジエーデル軍の防備は固く、北方でホーリスローネ王国軍に勝利するまでの間、各国軍の突破を許さない絶対の意思を持って防衛している。


 この絶対国防圏構築は、本国による総統バルザックからの命令だった。本国の方針としては、多少占領地域を捨てる事になっても、ブラド公国を始めとした必要最低限の地域さえ確保できれば、前線の縮小は問題ではないという判断だった。

 それより問題なのは、大陸中央前線の戦局ではなく、ジエーデル国内で発生しようとしていたクーデターである。但しこれは、ジエーデル軍警察長官ハインリヒが既に手を打ち、今現在も反乱分子の逮捕に全力を注いでいた。


「御気分はどうですかな、外交官殿」


 ジエーデル国内に建設された、軍警察が管理する特別収容施設にハインリヒの姿はあった。ハインリヒがいるのは、収容施設内にある重要人物専用の牢獄の前である。鉄格子を挟んだ牢獄の中には、国家反逆を企てた最重要容疑者として捕らわれている男の姿があった。

 軍警察に逮捕され、収容施設に投獄された男の名は、セドリック・ホーキンス。総統バルザックの下でその手腕を振るった、ジエーデルを代表する外交官だった彼は、今や国家に反逆する敵として捕らわれていた。


「⋯⋯⋯バウアー長官自らとは驚きました。私のもとに来たところで、長官の興味をそそる様な話は聞けませんよ」

「御心配なく。例え貴方が何も話さずとも、反逆者達は全員捕らえた後に処理しますので」

「⋯⋯⋯」


 セドリックは国内のレジスタンスと協力し、総統バルザック打倒のためのクーデター計画に参加していた。しかし彼らの計画は、名将ドレビン・ルヒテンドルクの死により、計画の実行は不可能になったのである。

 ドレビンの死を知ったセドリックは、自分達の計画が既に漏れていた事に気付いた。すぐさま彼は身を隠そうと動いたが、自宅から外に出たところで軍警察に逮捕され、この収容施設に連行されたのである。

 

「外交官殿の反逆に、総統閣下は非常に心を痛めておりました。我が国の英雄ルヒテンドルク将軍が亡くなって間もないというのに、貴方がこんな愚かな計画に加担していたとは残念でなりません」

「抜け抜けと平気で嘘を吐かないで貰いたい。将軍は病死などではなく、お前達に殺されたんだ」

「殺したなどと人聞きの悪い。将軍は己の罪を認め、名誉と誇りのために自ら命を絶ったのです」


 名将ドレビン・ルヒテンドルクの死が、公式発表通り病死ではないという事など、セドリックには直ぐに分かる。何故ならドレビンは、仮病を使って計画実行の機会を待ち、それを提案したのがセドリック自身だったからである。

 ドレビンが死んだとなれば、それは病のせいではなく殺された以外にないのだ。バルザック打倒のための彼らの計画は、実行する前に失敗したのである。

 そこでセドリックは、計画の失敗を悟って身を隠そうとした。国内に潜伏している反抗勢力と合流し、新たな計画を立てて再起を図るためにである。ここで捕まりさえしなければ、反抗勢力に合流した後にセドリックは、バルザックの正体に関する情報を提供してくれた、ある国に再び協力を求めるつもりだった。


「ホーキンス外交官、将軍が死んだのは貴方の責任です。貴方がヴァスティナの思惑に乗せられ、総統閣下への反逆など企てなければ、こんな事にはならなかった」

「!」


 自分達の企てだけでなく、ハインリヒはセドリックの協力者さえも見抜いていた。思わず目を見開いて驚くセドリックに向け、不敵な笑みを浮かべるハインリヒは、驚愕する彼の反応を楽しんでいる。

 この瞬間セドリックは、自分の目の前に立つ最大の脅威が、想像していた以上の危険な存在である事に気付く。どんなリスクを冒してでも、先にこの男を殺しておくべきだったと、後悔せずにはいられなかった。


「裏切り者のハンス・シュトライプは死亡したが、奴の死体を回収したのはヴァスティナ帝国だった。帝国は死の間際のハンスから、外交官殿も受け取った例の情報を手に入れたのでしょう。ボーゼアスの乱の後、貴方にヴァスティナ帝国側から秘密裏の接触があった事は、既に調べが付いている」

「そこまで知っていて私を泳がせていたのは、反抗勢力を根絶やしにするためか⋯⋯⋯!」

「如何にも、その通り。尤も、貴方や将軍が総統閣下の政策に批判的なのは口にせずとも気付いていたので、常にある程度監視はしていたのですよ。そんな事など露知らず、貴方は接触を図って来た帝国の工作員から情報を受け取り、将軍を国家反逆の計画に巻き込んでしまった」


 セドリックは最大限の注意を払い、軍警察から疑いの目を掛けられぬよう行動していたつもりだった。だがまさか、最初から監視されていたとは知らず、セドリックはドレビンに全てを明かした日の夜を思い出す。

 きっとあの夜も、軍警察の者達に監視され続けていたのだろう。軽率な自分の行動が、ドレビンとその妻ルクレアまでもを死なせてしまったのだと知り、あまりの恐怖と後悔で絶叫してしまう。その姿を眺めるハインリヒは心底嬉しそうに下衆な笑みを浮かべ、壊れゆくセドリックの様子を楽しんでいた。

 

 セドリックの脳裏に浮かぶのは、打倒バルザックへの戦いが始まった日から今日までの記憶だった。

 古い友人からの手紙が届き、何事かと思い指定された日時と場所に従って行ってみれば、現れた相手はヴァスティナの工作員だった。工作員は彼に指定の場所を伝えて去り、後にその場所に行ってみると、そこにはバルザックの正体に関する資料が用意されていた。

 驚愕したセドリックはその資料を読み終えると、直ぐに資料を燃やして始末し、暫く考えに考えた。これを知った自分は、今何をすべきなのか。これから何をしなくてはいけないのかと、一人苦しみ考え抜いた末に出した結論が、国を救う事だった。

 ジエーデルを救うにはバルザックを倒す以外に道はない。結論を出したセドリックは反抗勢力に接触を図り、ドレビンへの協力も求めたのである。例えそれがヴァスティナ帝国の思惑の上だろうと、国を救うためなら構わなかった。


「私が⋯⋯⋯! 私がやってきたことは⋯⋯⋯、こんなはずじゃ⋯⋯⋯⋯!!」

「やれやれ、身に過ぎた事を仕出かそうとするからこうなる。では外交官殿、私は別の用事ついでに会いに来ただけですので、これにて失礼」


 ハインリヒはセドリックを尋問しに来たわけでも何でもなく、ただ彼を絶望させて愉悦を得るため訪れただけに過ぎない。ついでの用事を済ませたハインリヒは、絶望に打ちひしがれるセドリックを置いて、平然とこの場を立ち去ろうとした。


「待て!! ハインリヒ・バウアー⋯⋯⋯!」

「何でしょう?」


 立ち去ろうとするハインリヒの足を止めたのは、鉄格子を掴みながら叫んだセドリックの声だった。ハインリヒが振り返ると、憎悪を込めたセドリックの目が彼を睨みつけ、鉄格子越しに抑え切れない殺意を向けていた。


「貴様もバルザックの正体を知っているはずだ!! それでも尚、バルザックに従う理由は何だ!?」


 怒りに震えるセドリックの叫びに、ハインリヒは鼻で笑って答えて見せるのだった。


「簡単なことです。独裁者バルザックの演じる舞台が、この世で一番面白いからですよ」


 最後にそう言い残して、ハインリヒはセドリックのもとを立ち去った。

 そしてこれ以降、二度と二人が顔を合わせる事はなかった。










 特別収容施設の所長室に足を運んだハインリヒは、ノックをした後に扉を開けて部屋に入った。そこで彼を待っていたのは、この収容施設の管理を担当している所長の男と、椅子に腰かけるもう一人の男だった。

 所長の男は、ハインリヒを見て急ぎ席から立ち上がり、彼に向って敬礼を行なう。一方もう一人の男の方は、口に咥えた葉巻に火を付ける最中で、敬礼どころか椅子から立ち上がる事すらしなかった。


「総統万歳!!」

「総統万歳。楽にしてくれて構いませんよ」

「はっ!」


 この特別収容施設は、軍警察が主導で設立した施設であり、所長や施設関係者の多くは軍警察の所属である。所長という立場であっても、軍警察長官のハインリヒは絶対の上官なのだ。

 しかし、この部屋にいるもう一人の男は、軍警察の所属でもなければ施設関係者でもない。自分の上官でもない相手には、敬礼も何も全くするつもりなどないのだ。そもそもこの男は、ジエーデル国の人間ですらないのである。


「両手の具合は如何ですか?」

「悪くはない。ジエーデルの技術者の腕は優秀だな」


 葉巻を吹かした男は、ハインリヒに向けて自身の両手を動かして見せる。肌の色をしているが、よく見れば男の両手は作り物の義手であった。男が義手の使い心地を満足気に披露すると、ハインリヒは不敵な笑みと共に、男の目の前にある椅子に腰かけた。


「新しい両手の具合が良いようで何よりです。それでは早速、ミッター殿には大陸中央前線にて極秘作戦の指揮を任せます」

「話は聞いた。そのお陰で俺はこの施設から出られるのだろう?」

「作戦成功の暁には、貴方に軍警察実働部隊指揮官の地位を御用意致しましょう。そうなれば貴方も立派なジエーデル国民です」


 男の名はミッター。かつては、アーレンツ国家保安情報局特別処理実行部隊の隊長だった男である。

 アーレンツとヴァスティナ帝国の戦争の際、ミッターは戦闘中に負傷して両手を失った。ミッターは良き部下のお陰で戦争を生き残り、アーレンツの敗北を悟って祖国を脱出したのだ。

 アーレンツから脱出したミッターは、自分達を捕らえるべく動いていた軍警察に、自ら接触を図った。軍警察に大人しく投降したミッターは、自分の持つ様々な情報を手土産に、身の安全を保障させるべくハインリヒと交渉した。

 交渉の結果、ミッターはこの収容施設に送られはしたが、その待遇は捕虜扱いではなかった。尋問等は行われず、施設外には出られなかったものの、施設内でのある程度の自由を許され、独房も高級将校用のものであった。ハインリヒに提供した情報のお陰で、ミッターはアーレンツの生き残りでありながらも、今日まで生存を許されたのだ。


「その作戦の前に、俺個人としてはヴァスティナの槍使いをこの手で殺したいところではあるがな。奴のせいでゲオルグも部下達も全員殺された。皆の仇を取るまでは簡単に死ねん」

「それもまた、作戦の成功報酬に付け加えましょう。復讐のための機会を用意致しますよ」

「感謝する。それで、俺の任務はドレビン・ルヒテンドルクの息子の始末だったか?」

「その通りですが、殺すのは息子だけではありません。彼が秘かに保護しようとしている、ムリューシュカ将軍の忘れ形見もです」

「ほう⋯⋯⋯、そんな者がいたとはな」

 

 情報局時代の血が騒ぐのか、ミッターは任務内容を興味深そうに聞いてる。ミッターが特に興味を持っているのは、ドレビンの息子ロイド・ルヒテンドルクではなく、もう一人の殺害対象についてだった。


「将軍の一家は全員逮捕して処刑したはずでした。我々が逮捕する前に、家に火を放って自殺した者達もいたのですが――――」

「当ててやろう。死を偽装して逃げ延びた者がいたのだろう?」

「流石は元国家保安情報局員ですね。お恥ずかしながら仰る通り、将軍の娘が国外へ逃亡していたのが最近になって判明したのです」


 国を救う希望の御旗だった、亡きカンジェルマン・ムリューシュカ将軍。彼はハインリヒら軍警察の手によって処刑され、関係者も全員殺されたはずだった。たった一人、ムリューシュカ家長女を除いて⋯⋯⋯。

 カンジェルマンの娘は、自分に偽装した死体を用意して死んだと見せかけ、秘かに国外へと脱出していた。その娘を、バルザックに反逆したロイドが保護しようとしている。ロイドの目的は娘を担ぎ上げ、反逆の大義名分を得る事なのだ。

 

 生き残ったカンジェルマンの娘は、再びバルザックへと反旗を翻す希望となる。それを阻止すべくハインリヒは行動し、暗殺に長けた精鋭であるミッターに任務を与えたのだ。

 自分の部下ではなくミッターを使う理由は、娘が生きていた情報の漏洩を防ぐためでもある。いざとなれば使い捨てに出来るという理由もあるが、ミッターは元国家保安情報局のエリートで、実戦経験も暗殺技術も随一である。ミッターならば少数で敵軍に潜入し、目標を確実に始末できるからこそ任せたのだ。

 それにハインリヒは、ミッターが持つヴァスティナ帝国への強い憎しみを気に入っていた。強い憎しみは人間を動かす良い原動力となり、これまで以上の力を発揮させると知っているからだ。

 

「ロイド・ルヒテンドルクは部隊を率い、今はその行方を眩ませています。彼は打倒軍警察を掲げる事で、各地の部隊を味方に付けて交戦を避け、姿を隠しながらも確実に進軍を続けているようなのです」

「考えたな。バルザックを倒すとなれば、兵の多くは恐れて耳を傾けないだろうが、軍内部でも嫌われている軍警察の打倒を掲げるなら、話は変わってくる。バルザックに刃を向ければ国家への反逆だが、軍警察に対してなら、国を憂いて決起した勢力と軍警察の武力衝突という体になる」

「悲しい事に我々を嫌う軍人は多い。最悪の場合、我々の存在を目障りに思う軍部が、ロイドの反乱軍に手を貸す可能性も有り得ます。それを阻止できなければ、軍警察は反乱軍に敗れ、私も貴方も仲良く破滅です」


 ロイドは自らの部隊を率い、バルザックに対して決起した。だがその戦力は決して多くはなく、真面に戦っては勝ち目はない。そこでロイドは、決起の大義名分と戦力を得るために行動し、ハインリヒとミッターが話した通りに行動している。

 ハインリヒにとって厄介なのは、軍警察の打倒を掲げるロイドに協力する部隊が現れ始め、ロイドの居所が分からなくなってしまった事である。彼を見つけるには、大陸中央を隅々まで知り尽くす、元情報局員の力が必要不可欠なのだ。

 速やかにロイドと、反乱の御旗となるカンジェルマンの娘を殺さなければ、反乱軍の勢いは増すばかりで取り返しが付かなくなる。この暗殺作戦のために、ハインリヒはミッターだけでなく、この収容施設に収監された危険人物達までも解き放とうとしていた。


「任務遂行のため貴方には、この収容施設に入れられた問題児達を戦力として預けます。どれもこれも命令無視の常習犯で暴れ者ですが、貴方なら手懐けられると信じていますよ」

「使いものになるのか?」

「性格や忠誠心に問題ありですが、実力だけで言えばジエーデル軍の切り札です。それは保障しますよ」

「ふんっ、面白い。言っておくが、無傷で返せる保障はないぞ?」

「ご安心を。どうせ引き取り手はありませんので、全員戦死しても構いません」


 任務を受けたミッターは、ハインリヒ直属の少数精鋭特殊部隊として独自の行動を始め、対象の暗殺へと向かう事になる。久しぶりの実戦に血が滾るミッターだが、ここでハインリヒが何かを企む怪しき笑みを浮かべ、早速任務に向かおうと椅子を立った彼を片手で制した。


「実は、もう一つ頼みたい仕事がありましてね」

「人使いが荒い男だと言いたいが、どうせ拒否権はないんだ。それで頼みとは?」

「貴方にも無関係ではない仕事です。ロイドの始末より先に、まずはこちらを片付けて貰いますよ」


 何でもない仕事のように平然と命令しているが、どうせ厄介事なのだろうとミッターは予想していた。

 しかし、彼はまだ知らない。ハインリヒの最優先の頼みというのが、自分をこれ以上ない程に興奮させる仕事であった事に⋯⋯⋯。


「貴方の成功に我が国の未来が懸かっています。期待していますよ、ミッター殿」

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