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第五十話 貴方には愛を、私には銃を Ⅳ

 そして現在、ヴァスティナ帝国が開始したジエーデル国への軍事侵攻は、当初の作戦通り進行していた。 

 作戦名「ワルキューレ」の発動と共に、旧オーデル王国の解放と軍事拠点化を始め、それが完了すると共に三つの戦闘団が三方面から侵攻を行なった。

 リックとアングハルト率いる第一戦闘団は、ジエーデル軍の防衛線力を次々と突破し、順調にジエーデル本国へと向かって進軍を続けた。第二戦闘団も目標のブラド公国まで迫り、数日中の内には攻撃が開始できる。

 第三戦闘団も各地の解放を予定通り進め、リリカ主導で軍事同盟締結の交渉が行われた。この各戦闘団の軍事行動を大きく助けているのは、帝国国防空軍の航空戦力である。帝国国防軍が誇る切り札のドラグノフ飛行大隊は、各戦闘団の要請に応じて偵察や攻撃を行ない、帝国国防軍の進軍を助けていた。

 

 これに対してジエーデル軍は、遅滞戦闘を繰り返しながら前線を縮小し、後方で戦力の再編成を行ないつつ、帝国国防軍に対する反撃を行なおうとしていた。

 ジエーデル軍は、帝国国防軍が投入している兵器群の力を身を持って知っている。前線の兵士達はこの兵器群を、総じて悪魔の兵器と呼んで恐れているのだ。そのため彼らは、損害を増すだけの無意味な戦闘は避け、反撃のための時間稼ぎに徹していた。

 ジエーデル軍の狙いは、自分達にとって少しでも有利な戦場に敵を誘導し、戦力を集中して撃破するものである。勿論、この狙いは偵察部隊からの情報収集もあり、帝国国防軍は既に敵の動きを察知している。


 それを承知で進軍を続ける帝国国防軍と、迎え撃つ準備を進めるジエーデル軍。

 各前線で迫る両軍決戦の瞬間。それに勝利できるかが、この戦争の勝敗を分ける転換点になるのは間違いなかった。










 ヴァスティナ帝国とジエーデル軍の戦闘が続く中、大陸北方で戦い続けるホーリスローネ王国軍は、劣勢となりながらも粘り強い抵抗を続けていた。

 

「真夜先輩! そっち行きました!」

「わかったわ! 火炎正射ファイアーアロー!」


 北方の最前線にて、聖槍の勇者悠紀と聖弓の勇者真夜は、王国軍の兵士達と共にジエーデル軍と激しい戦いを繰り広げていた。

 草原で戦う両軍は、歩兵が剣や槍を操りぶつかり合う中、互いの切り札を出し合って勝負を挑んでいる。王国軍の切り札は勿論、勇者たる彼女達二人である。対してジエーデル側の切り札は、特殊魔法兵部隊カラミティルナ隊の一人だった。


「はっ、外した!?」

「こいつちょこまかと、ってぎゃああああああああっ!! こっちに来たあああああああっ!!!」


 彼女達は今、勇者となってこれまでにない最大の試練を前にしていた。相手はカラミティルナ隊の特殊魔法兵で、自分の姿形を生き物に変える変身魔法の使い手だった。変身魔法というだけならそれほど脅威となる存在ではないのだが、問題なのは相手が変身している生き物であった。


「どうして異世界でまでゴキに追われなきゃならないのよおおおおおおおおおおっ!!!!」


 相手は昆虫に変身できる魔法の使い手だった。そして今、敵が変身しているのは昆虫界きっての生命力を持つ害虫、「ゴキブリ」であった。

 その大きさ、約二メートル。通常よりも巨大なクロゴキブリに変身した魔法兵が、地面を高速移動しながら悠紀へと迫る。因みに悠紀はゴキブリが大の苦手であるため、自分を追いかけてくるゴキブリに逃げ回る事しかできなかった。


「きゃああああああっ!! めっちゃカサカサ動いてるううううううっ!!」

「おっ、落ち着くのよ悠紀! 貴女の水魔法なら上手く逃げれるわ!」

「そっ、そっか! 水流戦道ウォーターロード!!」


 悠紀の声に聖槍が応え、水魔法によって彼女の足元に水が生み出される。湧き出続ける水が彼女を乗せて、空に水の道を生み出し滑るように移動させていく。波に乗った彼女が空中へと逃げ、迫り来る巨大ゴキブリと一気に距離を開いた。

 するとゴキブリは、地面を高速移動するのをピタリと止め、背中を開いて羽を広げて見せた。羽を高速で羽ばたかせたゴキブリは、悠紀を追って空に向かい飛翔するのだった。


「うぎゃあああああああああっ!!! なんで飛べるのよおおおおおおお!?!?!?」


 地面を這うのも速ければ、空を飛ぶのも速かった。高速飛行を始めた巨大ゴキブリが、悠紀だけに狙いを定めて一気に距離を縮めてくるのだ。こんな光景、ゴキブリが苦手でなくても悪夢の光景だろう。

 普段の強気は何処行ってしまったのか、完全にゴキブリに戦意喪失状態の悠紀は、空中で泣き叫びながら必死に逃げ回っている。だが、空中機動でもゴキブリの方が上手であり、悠紀との距離は確実に詰まっていった。


「悠紀、今助ける!」


 上空を見上げていた真夜は、再び聖弓を構えて炎魔法を発動する。弓弦を引き絞った彼女の手に、魔法によって生み出された、燃え上がる炎の矢が出現する。空を飛ぶ敵の姿を捉えた彼女は、深呼吸した後狙いを定め、訓練した新たな技を実戦で試そうとしていた。

 

業火誘導正射ヘルファイア!」


 掛け声と共に放たれた炎の矢。狙いを定められたゴキブリは、自分に向かってくる矢の存在に気付くと、すぐさま回避運動を始めた。

 所詮矢など、真っ直ぐしか飛ばない単純な武器である。そう思い躱そうとしたゴキブリだったが、彼女の放つ矢は空中で軌道を変更し、回避しているゴキブリを追尾していった。

 驚いた頃には時既に遅く、自動追尾した炎の矢がゴキブリに突き刺さり、炎がまるで業火の如く燃え盛ってゴキブリを火だるまに変えてしまった。燃える火の玉と変わったゴキブリは、力を失い地面に向かって墜落を始める。


「よかった⋯⋯⋯。ちゃんと当たった」


 開戦前、訓練中に真夜は新しい技を解放させた。その技は、狙いを定めた相手を何処までも追いかけ射止める、言わばミサイルのような技だった。

 実戦で使うのはこれが初めてで、今まで使わなかったのは、通常の矢に比べて体力と集中力を大きく消耗するからだ。しかしその威力と命中精度は絶大で、今も空中を高速移動する敵を一撃で仕留めた程だ。

 技の成功に真夜が安堵していると、水に乗って空中から地面に戻って来た悠紀が、泣きながら彼女の胸に抱き付いた。


「せんぱああああああああああいっ!!! 怖かったよおおおおおおおおっ!!!」

「よしよし、もう怖くないから安心しなさい」


 余程ゴキブリが駄目なのか、ここまで取り乱した悠紀を見るのは、真夜も初めてだった。だがしかし、只でさえゴキブリを苦手とする人間が、二メートルの巨大ゴキブリに追い回されれば、これくらい取り乱しても仕方ないだろう。

 

「それにしてもあの敵、どうしてゴキブリになんかに⋯⋯⋯」

「どうだっていいですよおおおおおおっ!! もう思い出したくもないいいいいいいっ!!」


 真夜の疑問はある意味尤もだったが、悠紀があまりにも泣き喚くものだから、それ以上深く考えるのを止めた。

 一応、あの特殊魔法兵は他の昆虫にも変身でき、ゴキブリ形態で敵との距離を一気に詰め、カマキリなどの肉食系に変身して相手を食い殺す戦術を仕掛けていたのだ。その前に真夜の攻撃が仕留めたからよかったが、あのままでは悠紀が巨大昆虫に食べられるという、どこぞのモンスターパニック映画状態となっていただろう。


 この特殊魔法兵は、ジエーデル本国から送り込まれた増援の一部である。いよいよ前線に特殊魔法兵が投入されるという事は、ジエーデル軍が本腰を入れた証拠でもあった。

 既に別の前線では、聖剣の勇者櫂斗と大剣の勇者ルークが、カラミティルナ隊の一部と交戦し、どうにか撃破していた。今や勇者達一行は、敵魔法兵戦力に対する切り札となっており、王国軍の戦闘に大きく貢献していたのである。


(敵も強力な戦力をぶつけてきている。増援のせいで兵力も増えているらしいし、これからはもっと厳しい戦いになるわね⋯⋯⋯)


 王国軍はジエーデル軍に、少しずつだが確実に反撃を開始している。だがそれでも、キーファードの戦いで大敗北を喫してからの劣勢は、簡単には覆らない。

 こちらがそんな状況下であっても、ジエーデル軍は戦力を増強して攻撃を仕掛けてくる。兵力も練度も士気も不足している王国軍に、これ以上の善戦は厳しいと言わざる負えなかった。


(弱気になっては駄目ね。華夜のため、そして悠紀やみんなのためにも、今は頑張らないと)


 真夜が悲しみに暮れ絶望していた時、彼女に絶望と戦えと教えてくれた女兵士の言葉が蘇る。絶望なんて似合わないと言ってくれた彼女の微笑みは、一生忘れない。

 自分を救ってくれた恩人の言葉を胸に、真夜は前を向いて戦い続ける。

 大切な者を守るために。そして、大切な者達と共に元の世界へと帰還するために⋯⋯⋯。










 戦っているのは王国の勇者達ばかりではない。北方から遠く離れた大陸中央でも、ジエーデルの宿敵だった国家が牙を剥いた。

 今やヴァスティナ帝国の傀儡となった国家、エステラン国。長年ジエーデル国と戦争を続け、帝国の傀儡となってからは暗黙の休戦状態だったエステラン国が、この機に乗じてジエーデル国に宣戦を布告したのである。

 ヴァスティナ帝国の要請と支援を受けたエステラン国軍の先鋒は、約六千の兵力で奇襲攻撃を行なった。この部隊は、エステラン国軍の中でも実戦経験豊富な精鋭を集めている。

 ジエーデル軍は帝国との前線に戦力を割いているため、手薄になった防衛線が存在している。そこをこの精鋭部隊で奇襲し突破する事で、後続の本隊を前進させるのだ。

 

 長年敵対していたジエーデル国相手に、エステラン国がこれ程の好機を持って攻撃できる機会など、未だかつて存在しない。大陸中央を舞台に、エステランとジエーデルの国境線では、どちらも一歩も譲らない激戦が繰り広げられていた。


「おらおらおらっ!! 全員食い殺してやるぜ、ジエーデルの糞共が!!」


 両軍の兵がぶつかり合う乱戦の中、人の姿ではない獣の如し存在が、目に付いたジエーデル兵に次々と襲い掛かり、その鋭き牙と爪で瞬く間に兵の命を奪っていく。素早い動きで戦場を駆け回り、単独で暴れまわるその獣は、全身が灰色の体毛で覆われた狼男だった。

 

「ウオーーーーーーン!! 誰も生きて帰れると思うな!」


 昂る感情のままに咆哮し、その牙と爪を敵の血で真っ赤に染め上げていきながら、もっと多くの敵の命を、もっと多くの敵の血を求め、その人狼は乱戦の中で暴れ続ける。

 彼の名は、ディラン・ベルナール。エステラン国軍特殊魔法兵部隊、サーペント隊の獣化魔法の使い手にして、「人狼ディラン」の異名を持つ兵士である。ジエーデル軍相手に猛威を振るう、残忍で狂暴な狼男であると言われ、戦場ではジエーデルの兵士から大いに恐れられている存在だ。


「指揮官はどいつだ!? 全員まとめて首を喰い千切ってやる!」


 ディランは人狼に変身を遂げる事で、自身の身体能力を大きく向上させる。変身している間は、単純な力も足の速さも人間を遥かに凌駕する。向上した能力を活かして彼が行なう戦い方は、敵指揮官の排除だ。

 前線部隊の隊長から、全軍を指揮する最高司令官まで、兵を指揮する命令系統を排除しまくるのが、ディランが得意とする戦法だ。これによって敵の指揮能力を奪い、敵軍全体を混乱に追い込んだ後、味方に総攻撃を行なわせて撃破するのが狙いである。

 

 戦場で人狼と化したディランは、特にジエーデル軍を敵にした場合、情けも容赦も一切かけずに皆殺しにする。時には降伏した兵も、その場で食い殺してしまう程だ。

 ジエーデル軍に対してだけは、何処までも残忍になれるのには理由があった。かつて彼は、同じく軍人であった自分の父と弟を、ジエーデルとの戦争で失っていたのである。大切な家族を失った日から、ディランはジエーデル軍に復讐を誓い、常に憎き敵の血を求めて最前線に現れ、大勢のジエーデル兵の命を奪い続けたのだ。

 それこそが、ジエーデル軍が恐れる最大の恐怖の対象となった男、ディラン・ベルナールの憎悪と怒りの戦争である。


「やっとお前らを皆殺しにできるぞ!! これだけでもヴァスティナの言いなりになった甲斐があったってもんだ!」


 目の前の兵の首を食い千切り、別の兵の腹を爪で掻っ捌き、倒れた兵の顔を踏み潰し、襲い掛かって来た兵の頭にかぶり付いて嚙み砕く。

 復讐を誓った敵を、いよいよ滅ぼせる好機がやって来た。待ちに待ち続けたこの瞬間に、歓喜の興奮が収まらないディランは、自国を傀儡とするヴァスティナ帝国に感謝しながら、上機嫌に敵を殺しまわっている。

 ディランの活躍によって敵軍に穴ができると、その隙を逃さないエステランの精鋭達が突撃を敢行し、更に多くのジエーデル兵を仕留めていった。戦局は確実に、エステラン国軍優勢に傾いたのである。


「行くぞ野郎共!! 我らが女王ソフィー・ア・エステラン陛下の名の下に、ジエーデル軍を殲滅しろ!!」


 指揮官でありながら、最前線で自らも戦うディランの号令に、エステラン国軍の兵が雄叫びと共に総攻撃に打って出た。

 後にこの戦いは、長きに渡る戦いの歴史上、エステラン国軍がジエーデル軍に対し攻勢を仕掛け、初めて勝利を収める瞬間となるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 銃火器も好きですが、ファンタジー戦闘マニアの私は魔法戦闘も大好物なのでとても興味深い戦いでした。 とくに変身魔法で生物の姿をスイッチしていく戦闘は目から鱗でした! [一言] もちろん帝国…
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