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第四話 リクトビア・フローレンス Ⅷ

「状況は?」

「あまり良くない。誰も手が出せなくて困ってるよ」


 イヴが人質を取って数十分後、状況は一変していた。

 何故かイヴは、再び城の中庭へと移動し、人質を取ったまま、そこを動かない。そして、彼を四方八方から取り囲んで、逃がさない態勢を整える騎士と兵士たち。その中にはレイナとクリスに加え、耳の聞こえが一時的に悪くなりながらも、ゴリオンも合流し、ヘルベルトたち鉄血部隊の面々の姿もある。

 偶然騒ぎを聞きつけた、シャランドラとエミリオも合流し、先程までイヴを追い詰めていた、リリカの姿もあった。立場上、現場の指揮はエミリオが執り、今し方リックも合流したのである。

 全員がそれぞれの武器を構え、人質を取って動かないイヴに向ける。状況は刑事ドラマ宛らであった。


「人質はあの子か・・・・・・」

「あはっ♪待ってたよリック君♪♪」


 人質である少女の頭に銃口を突き付け、リックを見て笑みを浮かべる。彼はこの時を待っていたのだ。


「抵抗は無意味だって分かってるだろ?お前の命を奪ったりしないから、降参してくれないか」

「口ではそう言っても殺すんでしょ?さっき僕、リリカ姉さまに殺されかけたんだよね」

「リリカ・・・・・」

「そんな目で私を見るな。少し腹が立っていたのだから、仕方ないだろう?」

「で、僕をどうするの?狙撃でもして殺す?」


 余裕がありそうな口調ではあるが、やっていることはやけくそである。彼にはもう、逃げ場がない。


「リック君、前に出てよ。この銃には六発の弾丸がある。君を撃ち殺すのに一発、リリカ姉さまに一発、クリス君にも一発、騎士団長に一発、ついでに女王様にも一発あげて、最後は僕で終わり」

「おいリリカ、かなり恨みを買ってるみたいだけど、お前何した?」

「特に何も。銃を撃ったり挑発したりした位だね」

「・・・・・・・何か頭痛くなってきた。エミリオ、良い知恵はないか?」

「君が説得するしかない。それ以外に、この場を穏便に済ませる手はないさ」

「穏便に済ませるか、それとも人質を無視してイヴを殺すか・・・・・」


 彼の考えは決まっている。後者の考えは論外だ。

 殺さず捕えろという命令があり、人質まで取られてしまったため、有効な手段をとれない騎士と兵士たち。命令と人質を無視すれば、即座に状況を終了させられるだろう。

 しかしリックは、それを断じて許さない。皆それを理解しているため、強行策に踏み切れないのだ。


「一つ聞いていいか?」

「いいよ」

「俺とリリカはわかるが、どうしてクリスも殺したいんだ?」

「・・・・・・僕の銃撃を躱したのが気に入らなかったから」

「おいリック、こいつ殺させてくれ。一瞬で三枚におろしてやる」

「リック様とリリカ様には手は出させない。しかし、破廉恥剣士は好きにしろ」

「女装男子の前に、てめぇを三枚におろしてやるぞ、槍女」


 こんな時であるというのに、喧嘩を始めたレイナとクリス。戦う相手を完全に間違えている。

 二人はさておき、このままではイヴは、自棄になって自ら命を絶つだろう。この場で彼は、その手に持つ拳銃で、死ぬ気なのだ。

 イヴは死ぬ場所を、城の冷たい通路ではなく、綺麗な中庭と選んだ。人質を連れ、態々ここに陣取ったのは、それが理由である。


「どないすんのや?このままやとあの子死んでまうで」

「人質と心中するかも知れねぇ。ほんとに説得するんですかい隊長?」

「あの子、殺さないで欲しいだよ。説得して欲しいんだな」


 様々な声がリックに向けられる。この状況で、皆彼の決断を待っているのだ。

 しかしどんな決断しようと、リックの考えであれば従うと、皆心に決めている。それに変わりはない。

 今自分たちに出来るのは、彼の決断に対して即座に対応できるよう、常に構えることだ。


「まあ、イヴを殺す選択肢は無しだ。もちろん、人質のあの子もな」

「どうするの?そろそろ決めてよね」

「じゃあイヴ、俺と話そう。お前たち武器を下ろせ」


 イヴとの話し合いを決断したリックは、武器を構えて取り囲む騎士と兵士たちに、向けている武器を下ろさせる。当然それはレイナたちも同様だ。

 リックの身を案じ、中々武器を下ろそうとしないレイナたちであったが、彼の命令には逆らえない。渋々ではあるが、武器を下した。


「人質のその子放してくれないか?代わりにクリスを人質にしていいからさ」

「おい」

「クリス君は暴れそうだから嫌だ。でもね、この子は大人しいから好き」


 人質となっている少女は、暴れることも泣き叫ぶこともなく、ただ静かに、人質である立場を受け入れていた。この状況に全く恐怖を感じないのか、それとも状況に絶望しているためか。

 奴隷から解放した時と変わらない少女。表情は暗く、感情が死んでいる。

 リックに連れて来られた後、少女は帝国メイド長へと預けられていた。本当にこの少女を専属メイドにするかはさておき、少女の凍りついた心を溶かすには、女同士の方が良いと考え、頼りになりそうなメイド長に、彼女を預けたのだ。

 預けられた少女は、未だに何も語らず、ここへ来てからというもの、何を思ってか、夜な夜な一人で城内を出歩いていた。今日もまた、城の中をうろついていたところを、偶然イヴに遭遇して、人質にされたのである。


「わかった、じゃあそのまま聞いてくれ。お前は自分の命を犠牲にしてまで、俺を殺さないといけないのか?」

「仕事だからね、仕方ないよ」

「嘘つくな。お前は仕事のために命を捨てるような奴じゃないだろ。よく分からない国の組織に雇われてるだけで、愛国心とかもないはずだ」

「でもさ、リック君を殺さないと僕は変われないんだ」


 人質に向けていた拳銃を、殺さなければならない相手へと向ける。

 リックを殺そうとするのは独断だ。組織の人間からは、殺しの指示を受けていない。だが、潜在的脅威になる彼の命は、必ず大きな成果になるはずなのだ。

 もっとも、この状況では例え彼の命を奪えても、周りの者たちに確実に殺され、成果どころではない。最早リックを殺すのに、意味はないのだ。それは理解している。


「生きてるのが楽しいって思いたいんだ。じゃないと僕、生きてる意味がわからないから」

「普段から楽しそうにしてなかったか」

「楽しそうに振る舞ったら楽しくなるかもと思ったの。でも、やっぱり駄目だね。足りないんだよ」

「何が足りないんだ?」

「わかんない」


 イヴが何を求めているのか、この場の誰にも思い付く事はない。当の本人が分からないのだから、当然の話だ。

 しかし、理解できなくとも、今のイヴの言葉に真剣な眼差しを向け、彼のもとへと歩みを進めた男がいる。彼はイヴの気持ちに、とても共感できたのだ。故に放ってはおけない。


「それ以上進まないで、リック君」


 歩みを進めるリックへと、人質に向けていた銃口を向けるイヴ。銃口は真っ直ぐと、リックの額を狙っている。

 向けられた拳銃に動きを止め、その場で、腰のホルスターに手を伸ばしたリックは、その中に収められている拳銃を抜き取り、地面へと置いた。


「あの馬鹿!」

「危険ですリック様!」


 唯一の武器を置き、丸腰となったリック。周りの者たちに動揺が広がった。

 彼の危うい行動に、真っ先に異を唱えたレイナとクリスであったが、言うだけ無駄であることはわかっている。銃を向けられているにも拘らず、武器を持たず前に出るなど、危険極まりない。

 そんなことなど、リック自身も当然理解している。それでも彼は、無防備となることを選んだ。


「武器はもう無い。これなら近付いてもいいだろ?」

「・・・・・・なんでそこまでするの」

「お前を殺すつもりはないからだ。お前は俺を殺さなかった。兵士たちもレイナたちも殺さなかった。だったら、お前を殺さなきゃいけない理由はないんだよ」

「僕を本当に殺さないの?」

「正直に言えば、殺したくないんだ」


 リックがそう言い終わると同時に、彼に向けた銃の引き金を引き、銃弾を放つ。

 銃口は頭から逸らしていた。銃弾はリックの右腕を捉え、次の瞬間、鮮血が撒き散らされる。

 自分たちの主が撃たれたことによって、一瞬で怒りが頂点に達した周りの者たちは、イヴを殺そうと、下ろした武器を再度構えようとする。


「やめろ!!構えるな!」


 撃たれた本人であるリックは、周りに怒鳴り、その動きを制止させる。撃たれた痛みを堪えながら、左手で傷口を押さえ、イヴへと向き直った。


「痛いじゃないか・・・・・・」

「殺さないのは僕に戦力的な価値があるからでしょ。可愛いからとか嘘つかないでよ!どうせ僕のことなんか、気持ち悪い奴だって思ってるくせに!」


 再び銃撃し、今度は彼の左足を撃ち抜いた。その痛みに、倒れそうになるのを踏み止まるリック。

 右腕と左足から出血し、足元に血だまりが作られるのにも構わず、それでもイヴを殺させないよう、左手を挙げて周りを制止させる。


「俺はそんなこと思ってない、くっ・・・・・・」

「嘘つかないでって言ったよね!?次は殺しちゃうよ!!」

「俺はお前に嘘をつかない。お前を気持ち悪いとも思わない。何故なら・・・・・」


 言いかけた。言いかけて、少しだけ躊躇う。

 ここにいる誰もが、彼が何を躊躇ったのか気になった。それはイヴも同様で、彼の次の言葉を待つ。

 皆が固唾を呑んで言葉を待つ中、顔を少し赤らめながら、意を決したリックは、大きく息を吸って、口を開いた。

 この時、今日この場で、後に伝説となる参謀長宣言が発せられるなど、一体誰が予想できただろう。


「何故なら俺は、男の娘属性が大好きなんだああああああああああああっ!!!」


 声高らかに、城中に響き渡るかに思える大音量で、とんでもないことを口走った、我らが参謀長。

 イヴも周りの者たちも、男の娘属性というものを理解できない。初めて聞く言葉なのだから、当然だ。しかし、今の発言がもの凄く変態的なものなのだと、本能が全力で告げている。


「男の娘って・・・・・・なに・・・・・・・?」

「男の娘ってのはだな、男の子なのに女の子みたいに可愛い容姿の現実ではほとんど存在しない超貴重な属性だ!時に本物の女の子よりも可愛く、殺人的な破壊力を秘めた魅惑の存在なんだよ!!俺は年上お姉さん好きだが、実は隠れ男の娘好きなんだ!!」

「へっ、変態や!?ここに自分の性癖暴露する変態がおるで!?」


 シャランドラの容赦のないツッコミと、呆然とする一同。

 彼らは皆一様に思う。自分たちの主人は、こんなにも変態だったのかと・・・・・・・・。


「くふっ、ふふふふふふふ。あはっ、あははははははっ!」


 堪えきれなくなって、リックの言葉に大爆笑しているリリカ。お腹を抱え、息ができない位、笑いこけている。冗談だと思っているのだろうか。


「ふふふふ、ようやく自分の変態性癖を暴露したか。良かったね、みんなに知って貰えて」

「くそっ、やっぱりお前には気付かれてたのか!」

「当然さ。だってお前はイヴに抱きつかれた時、冗談抜きで内心喜んでいただろう?。私の目は誤魔化せないよ」


 冗談ではないようだ。一同、冗談であって欲しかったと、思っていたのに・・・・・。


「・・・・・・・・・・変態」

「うん、僕もそう思うよ人質ちゃん。リック君気持ち悪い」

「うっ・・・・・・、だから言いたくなかったんだ。でも、言わなきゃ信じて貰えなかったし・・・・・」


 「人の信用を得るために、自分の性癖を大声で暴露する奴がいるわけないだろ!」と、一同大きな声でツッコミをいれたかった。

 だが耐える。これでも一応、リックなりの説得なのだ。どんなに下らなくとも、今は彼を信じるしかない。


「これでわかっただろ。俺は嘘を言ってない」


 三発目の銃声が響いた。今度は、彼の左腕を銃弾が襲う。

 飛び散る鮮血に、三発目の銃弾による痛み。傷口からの出血も激しい。

 それでも尚、リックは倒れなかった。


「ぐっ・・・わざと外してるな・・・・・、俺を殺すんじゃなかったのか?」

「どうして・・・・、どうしてそこまでするの・・・・・・?」


 呼吸は荒く、痛みで苦しむ表情を見せながらも、イヴのもとへと歩みを進める。

 その痛々しい姿を、皆は黙って見守ることしかできない。レイナやクリスは、皮膚に爪が食い込む力で、両の手を握りしめ、飛び出しそうになるのを堪えている。ヘルベルトたちも、装備している銃で発砲しようとするのを、何とか堪えていた。冷静な表情を保っているエミリオも、内心では、胸の張り裂けそうな思いであった。

 誰もが彼の身を案じ、そして誰もが、彼を信じている。

 一歩ずつ、ゆっくりと近付く目の前の男に、これ以上進むなと言わんばかりに、四発目の銃撃。

 だが今度は命中せずに、弾丸は空を切る。外したのだ。いや、イヴの心が外させたと言うのが正しい。

 自分の銃撃により、傷つき苦しんでいるリックを見て、これ以上彼に、弾丸を撃ち込むことができなくなったのである。


「動かないでリック君!」


 五発目の銃声。銃弾は、リックの足元へと着弾する。

 もうこれ以上、苦痛を堪えるその表情を、目の前で見たくない。その気持ちが、リックの歩みを止めようとして、足元へ銃撃させたのだ。

 しかしリックは止まらない。このまま出血し続ければ、生死にかかわるというのに・・・・・・。


「止まってよリック君!このままじゃ死んじゃうよ!!」

「心配するな・・・・・」


 リックに嫌われたくないという気持ち。殺さなければならない相手を殺せない迷い。苦しむリックを見たくない気持ちが交錯し、自分がどうしたいのか、全くわからない。

 精神的に追い詰められ、混乱するイヴは、この苦しみから逃れようと、狂気の行動に出た。


「僕に近付かないでええええええっ!!」

「っ!?やめろイヴ!」


 リックへと向けていた銃口を、自らの頭へと向け、最後の弾丸を撃ち出すために、引き金を引いた。

 銃声が鳴り響く。イヴは自らの命を絶つために、最後の一発を使ったのである。

 しかし、その銃弾がイヴの頭を貫くことはなかった。


「馬鹿っ!!その銃はお前の自殺用じゃないぞ!」

「リック君・・・・・」


 引き金を引く直前、全力で駆け出しイヴへと接近し、左腕の痛みを堪えて、その銃を取り上げる。銃を取り上げるために勢い余って、イヴと少女ごと抱きしめて、無理やり取り上げたのである。

 引き金は引かれてしまったが、何とか銃口を逸らすことには成功し、イヴの自殺は阻止できた。

 阻止することはできたが、烈火の如き怒りを見せるリック。その理由は簡単だ。


「殺したくないって言っただろ!俺はお前に死んで欲しくないんだよ!!」

「どうして?どうして僕なんかのためにそこまでするの!?絶対おかしいよ!」

「おかしいかも知れないけどな、これが俺なんだ!はっきり言うぞ、お前はもう俺のものだ!!レイナもクリスもシャランドラもゴリオンもエミリオもヘルベルトたちも末端の兵士たちに至るまで、全員俺の大切な仲間たちだ!だから絶対に自殺なんてさせない!」

「僕は君を撃ったんだよ!こんなに血だって---------」

「気にするな。お前は俺のものなんだ。俺が気にするなって言ったら、気にする必要はないんだ」


 二人を抱きしめている右腕に力を入れ、さらに強く抱きしめる。それはリックの、もう何処へも行かせないという気持ちの表われであった。

 仲間には最大の慈愛を。敵には死を。

 それこそがこの男、ヴァスティナ帝国軍参謀長リックであり、ローミリア大陸に迷い込んだ一人の男、「長門宗一郎」であるのだ。

 イヴが彼に惹かれたのは、この慈愛に触れたためだ。自分を否定せずに受け入れ、大切にしてくれるその気持ちが、冷めてしまっていた心に、温もりを与えてくれた。


「イヴ・・・・・。俺はお前に-----------」


 言いかけたリックであったが、大量の出血と、イヴの自殺を阻止できた安心感から、突然気を失ってしまう。ずるりと地面に倒れ込み、完全に気を失った。

 そしてイヴは、拳銃を手離し、人質の少女も手離して、リックの傍へと座り込む。


「ずるいよ・・・・・・ほんとにずるいよ・・・・・・」


 気を失ったリック。様々な感情が溢れ出し、涙を流して顔をくしゃくしゃにするイヴ。

 皆が見守り続けた中、事態は最悪の結果にはならなかった。最後まで堪えた仲間たちは、まるで弾かれた様に動き出し、リックのもとへと駆け寄る。

 こうしてこの事件は、一人の死者も出さず、終わりを告げた。






「終わりましたね」

「はい」


 リックたちに気付かれないよう、離れた場所で見守っていた者たち。女王ユリーシアと騎士団長メシア。

 目の見えぬ代わりに、耳の良いユリーシアは、リックのとんでも宣言を含めて、全て聞いていた。


「私は決めました。やはりあの方には、この名前こそ相応しい」


 ユリーシアの腕には、一冊の絵本が抱えられている。

 彼女は確かめたかった。リックが仲間たちに、どんな思いを抱いているのかを。命を狙った仲間相手に、どんな選択をとるのかを。

 今日の出来事は、彼女に一つの決心を固めさせたのだった。


「これからは一層苦労をかけます。メシア、私に今後も力を貸してくれますか?」

「この身は御身の剣です。私の力、存分にお使い下さい」


 この日、少女は後に、大陸全土に知れ渡ることになる名前を、自分の信じた男へ与えることを決心する。

 だが彼女は、その名前がもたらす未来を、知る由もない。






 あれから一週間が経過した。

 今日はヴァスティナ城謁見の間にて、帝国内の主要な人間たちが集められている。

 女王であるユリーシアをはじめ、騎士団長メシアに宰相マストール、参謀長であるリックとその配下の者たちも加え、リリカの姿もある。多くの者がこの場に招集され、これから始まる儀式を、固唾を呑んで見守っていた。

 リックは例の事件での怪我が、まだ完治していないため、何でも作れてしまうシャランドラ試作の、木製車椅子に座っている。そして、車椅子を押しているのは、彼を傷つけた張本人である、イヴであった。

 あれからイヴは、一時的に拘束されはしたが、目覚めたリックによって、直ぐに解放された。イヴはその罪を、参謀長命令で全て許され、今は、怪我で日常生活に不便があるリックの、世話役となっている。車椅子を押しているのも、そのためだ。

 片足と両腕に包帯が巻かれている、重傷であったリックが、この場の主役である。この場で行なわれようとしているのは、正式に女王の宣言のもと、リックを帝国軍参謀長に任命する儀式であるのだ。

 今までは、様々な事情で正式な任命はされずにいた。正式に任命されずとも、参謀長として軍をまとめてはいたが、今回は、正式に任命を決意した女王により、この場が設けられたのである。

 正式に任命されなかったのは、多くの反対意見があったためである。女王を嫌う貴族たちや、文官などの者たちが、リックを参謀長と認めるのに反対していたため、正式に任命することができずにいた。

 しかし、決心した女王ユリーシアは任命を断行。騎士団長メシアの助けもあり、この場を無理やり作り出したのである。


「貴方を正式にヴァスティナ帝国軍参謀長に任命致します。これからも帝国のため、力を貸して下さいますか?」

「はい。女王陛下と帝国のため、この身を捧げます」


 謁見の間の椅子より離れ、車椅子に座るリックへと歩き出したユリーシア。メシアに手を引かれながら、目の見えない体で、ゆっくりと歩みを進める。そんな彼女の腕には、一冊の絵本が抱えられていた。

 リックの目の前まで来たユリーシアは、その本を彼へと手渡す。受け取ったリックは、本の題名を読んだ。


「戦妃リクトビア。これが・・・・・」

「以前差し上げると言った絵本です。王妃の一生が、そこに記されています」


 この場でこの本を渡したのには意味がある。絵本「戦妃リクトビア」に、彼女は願いを込めている。


「もう一つ、貴方に差し上げたいものがあります」

「参謀長任命にこの絵本。まだ何か頂けるのですか?」

「名前です。威厳ある素晴らしい名前を差し上げたいのです」


 彼女は彼に、自分が最も相応しいと思う名前を付けようとしている。尊敬する彼女のように、強く気高い存在であって欲しいという、願いを込めて・・・・・・。


「これより貴方を、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスと名付けます」


 これには宰相マストールをはじめとした文官たちが、これ以上ない程の衝撃を受けてしまった。救国の英雄とは言え、元々は流れ者のリックに、国の初代王妃の名前を付けるというのだ。尋常なことではない。

 当然マストールたちは反対だった。


「陛下!?いくら何でも------」

「これは、女王である私の絶対の決定です。反対は許しません」


 初めてであった。初めて彼女は、自らの権力で、自らの我儘を通したのだ。

 これには、彼女を昔から知るマストールも、仕える文官たちも、何も言えなくなってしまった。余りにも彼女の発言が、予想だにしなかったものであったためだ。


「陛下、この名前は貴女の尊敬する人物の名前のはずです。そんな偉大な人物の名前を・・・・・・」

「良いのです。貴方はリクトビア王妃と同じなのですから」

「えっ?」

「貴方は慈愛に満ちています。イヴさんも、この場にいる貴方の仲間たちも大切にし、多くの信頼を集めていますね。それは戦士であったリクトビア王妃と同じなのです。常に強く気高く、愛する仲間たちと共にある。私は貴方に、王妃と同じであって欲しいのです」


 この名前には、己の大切な存在であるリックに、憧れのリクトビアの様な存在でいて欲しいと願い、偉大な王妃リクトビアに、彼を守って欲しいという願いも込められている。彼の歩む道に、どんな苦境が待っていようとも、救いが必ずあるように。

 何もできず、ただ彼に縋るしかできなかった自分が、彼のために、少しでも力を与えられるようにと。


「・・・・・陛下に頂いたこの名前、大切にします」

「私はこの場で宣言します。これよりフローレンス参謀長と私は、帝国の未来のために歩みます。この国にかつての力を取り戻させ、愛する我が国を守る力を手に入れる。先のオーデル王国のように、この国を侵略しようとする国に対して、私は彼と共に戦います!そして、女王である私の決定に異を唱えることは、それが誰であろうと許さないことを、ここに宣言します!」


 小さく華奢な体で声を張り上げ、彼女はこの場の全ての者に宣言した。これこそが、彼女の決心である。

 もう誰にも彼女は止められない。彼女は女王となり初めて、絶対の決定を下したのだ。

 度肝を抜かれた全ての者たち。そしてリックは・・・・・・。


「必ず・・・、必ず陛下に応えてみせます。それが俺の務めですから」


 この日、正式にヴァスティナ帝国軍参謀長が任命された。

 任命された男の名は、リクトビア・フローレンス。帝国初代王妃と同じ名を持つ、女王ユリーシアに絶対の忠誠を誓う男。それがこの大陸へと迷い込んだ、今の彼の存在となった。






「ところでリック様」

「はい?」

「自分の性癖を皆の前で堂々と宣言するのは、参謀長としてどうかと私は思います」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい、仰る通りです」


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