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第五十話 貴方には愛を、私には銃を Ⅰ

第五十話 貴方には愛を、私には銃を







 あれはヴァスティナ城の中庭で、ゴリオン隊長とユン殿の結婚式の最期を飾った、花束争奪戦の時の思い出だ。


「おめでとう御座います、アングハルトさん」

「⋯⋯⋯やった」


 次の結婚を占う恋の争奪戦。ユン殿が高く投げた花束は、まるで導かれるように私のもとへと向かってきた。私がその花束を掴んだ瞬間、これを狙っていた女性陣全員と男子一名が一斉に私を見た。全員目が血走っていたから、あの時は殺されるかと思ってしまった。

 花束を勝ち取った私を、ユン殿が微笑みを浮かべて祝ってくれていた。ただその時の私といったら、花束が意味する事に夢中で、折角祝ってくれたユン殿に直ぐお礼を言えなかった。


「あーあ、セリちゃんに取られちゃった」

「やっぱ、純愛は強ってことなんちゃう?」

「べっ、別に悔しくなんかありませんわ! ほっ、本当でしてよ!」

「花束⋯⋯⋯⋯、私の花束が⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「ちょっとリンってば大丈夫? 婚期に必死な三十路女みたいな顔になってるわよ」


 花束が欲しかった他の方々には大変申し訳ないのだが、こればっかりは譲れない。だってもし、本当にこの花束を受け取った女性が次に結婚できるんだとしたら、私はあの人と結ばれたいのだから。

 花束を持つ私の視線の先には、離れたところで私達の様子を見物している貴方がいる。私が花束を取ったと分かると、貴方は微笑しながら拍手で祝ってくれた。

 

 でも、私は知っている。その微笑みの裏に隠れる、貴方の悲しみと苦しみを⋯⋯⋯。

 本当は自分が苦しいはずなのに、私の体に刻まれた消えない傷と心の傷を思い、私を守ろうと、救おうとしてくれている。本当なら貴方こそが守られなければ、救われなければならないのに、貴方が大切にしているのはいつも自分自身ではなく私達だ。

 だから私は、軍人という立場で貴方を守ろうと戦っている。そしていつの日にか必ず、最愛の貴方を苦しめる痛みと悲しみからも救い出す。

 だからどうか、本当にその時が迎えられたらでいい。お願いだから、貴方が大切だと想ったその人を愛して欲しい。せめてもう一度だけでいいから、誰かを愛して欲しい。


「ぼーっとして、どうかしたのかい?」

「⋯⋯⋯リリカ様」


 周りが花束を取れず落ち込んでいる中で、私の想いを察したリリカ様が声をかけてくれた。貴方にはどうせ何もかもお見通しなのだから、隠し事はしない。


「私は彼を愛しています。この気持ちは変わりませんし、諦めはしない」

「そう⋯⋯⋯」

「だから見守っていて下さい。ですがもしも、私に万が一のことがあったなら⋯⋯⋯」


 私は軍人だ。覚悟はできている。

 私の都合に関わらず、死は私をこの世から連れ去ろうと誘い続ける。だから私は、これだけは最愛の彼に伝えたい⋯⋯⋯。


「ただ一言、貴方を愛してよかったと、そう伝えて下さい」

「⋯⋯⋯それは自分の言葉で伝えて欲しいけれど、わかったよ。悔いのないように、精一杯彼を愛しなさい」

「はい⋯⋯⋯!」


 そしてこの時、愛しなさいと言ってくれたリリカ様の微笑の裏に、深い悲しみの色が浮かんだように見えたのを、私は忘れない。










「各車、砲撃始め!! 敵防御陣地の破壊と同時に全車突撃せよ!」


 旧オーデル王国を北東に進軍したヴァスティナ帝国国防軍第一戦闘団は、女指揮官セリーヌ・アングハルトの命令のもと、防衛線を展開するジエーデル軍の撃破を行なっていた。 

 敵軍の攻撃に備え、ジエーデル軍はこの地に防御陣地を構築していた。この防御陣地は、従来の歩兵や騎兵を想定して作られていて、前進を阻止する柵や罠が用意され、大砲や魔法兵部隊も用意されていた。

 しかしその防御陣地も、彼女達が駆使する装甲車両と銃火器の前では、障害にすらならず次々と破壊されていった。榴弾砲や迫撃砲が陣地内を吹き飛ばしたかと思えば、今度は展開する防御柵を戦車隊の一斉射が破壊する。慌てるジエーデル兵の混乱が収まらぬ内に、アングハルトの号令を受け、戦闘車輌に乗車した精鋭達が突撃を行なう。


「勝利は我らにあり!! 私に続けええええええええっ!!」


 愛車である大型の単車に跨ったアングハルトが、機関銃片手に雄叫びを上げて単車を走らせた。空気を振動させる大きく重いエンジン音を鳴り響かせ、アングハルトは自らも最前線に向かって行く。彼女に後れを取るまいと、第一戦闘団の兵士達も気合の雄叫びと共に続いた。

 破壊された陣地の残骸を戦闘車輌が踏み越え、眼前に見えるジエーデル兵に銃撃が浴びせられる。放たれた弾丸は敵の防具を易々と貫通し、相手が立ち向かう間も逃げる間も与えず、次々と命を奪い去って屍の山を築いていった。

 先頭を突き進むアングハルトは、単車を走らせながら片手に持つ機関銃を構え、引き金を引き絞って発砲を開始する。豪快かつ容赦ない彼女の射撃によって、更に多くの敵がその身体を弾丸に貫かれ、何もできずに命を奪われていった。


「敵砲兵隊と魔法兵に注意しつつ前進せよ! 後続の部隊も遅れるな!」


 ブレーキをかけて単車を止めたアングハルトが、機関銃の弾薬が尽きるまで射撃を続け、戦車や銃撃に逃げ惑う敵を次々と仕留めていく。第一戦闘団が防御を突破した事によって、ジエーデル軍は防衛線の維持が困難と分かると、すぐさま撤退を開始した。

 この地で防衛に徹していたジエーデル軍は、帝国国防軍に対する時間稼ぎが役目である。有効な反撃を行なうべく、後方で戦力を集結させている本隊の準備が整うまで、帝国国防軍の進軍を少しでも遅らせる事が目的だ。

 それを理解しているアングハルトは、この地の防衛線の突破を急ぐと共に、戦力温存を図って早々に撤退しようとする敵軍に対しては、追撃戦を仕掛けて撃滅するつもりである。故に彼女は情け容赦なく戦い、彼女に率いられた精鋭達も、同じように苛烈な攻撃を行なっていた。


「アンジェリカ・ヴァスティナ女王陛下の名のもとに、仇敵ジエーデルを討ち果たせ!!」


 戦況は圧倒的なまでに帝国国防軍が優勢であり、勢いに乗った兵士達の士気は益々盛り上がる。

 アングハルトにとっても兵士達にとっても、これは待ち望んだ戦争である。南ローミリアを脅かし続けたあのジエーデル国を、遂に攻め滅ぼすための戦い。ジエーデル国との戦争で命を落とした者達の無念を晴らすため、死者達の思いを胸に彼女達は前進を続けるのだ。

 士気を高めた第一戦闘団の兵達は、後退するジエーデル兵を追撃するべく突撃を続ける。声を張り上げ各部隊に命令を送るアングハルトだったが、不意に背後から近付いてくる者の気配に気付き、すぐさま振り返った。


「流石、アングハルト指揮下の第一戦闘団だな。この調子なら何処よりも先にジエーデルに着きそうだ」

「ありがとう御座います、将軍閣下」


 数名の護衛を付けて現れた、ヴァスティナ帝国国防軍の最高司令官。将軍リクトビア・フローレンスことリックは、圧倒的な戦闘力でジエーデル軍を蹴散らす自軍に感嘆しつつ、第一戦闘団の指揮官であるアングハルトのもとに顔を出した。


「これなら俺が出る幕はなさそうだ。またアングハルトと一緒に暴れたかったんだけどな」

「そんな事ばかり仰っていると、アイゼンリーゼ隊長がここまで飛んできますよ」

「ほんとに飛んできそうだから恐いんだよな⋯⋯⋯」


 リックは第一戦闘団と共に行動し、ジエーデル国を目指して進軍を続けている。だがアングハルトが口にした名の少女、親衛隊隊長ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼを始めとした主だった面々の大半は、リック達とは別行動を行なっている。

 旧オーデル王国をジエーデル軍から解放した帝国国防軍は、戦力を大きく三つに分けて進軍を開始した。第一、第二、第三戦闘団と呼ばれる装甲戦力を保有する帝国国防軍は、この三つの戦闘団をそれぞれ別行動させ、三方面から進軍を行なっている。

 

 第一戦闘団の戦略目標は、帝国国防軍の主力としてジエーデル軍の各前線を突破しつつ、ジエーデル本国への到達である。

 第二戦闘団の目標は、ジエーデル軍が戦略的重要拠点として戦力を配置している地域の解放である。ジエーデル軍の侵攻によって、資源確保のために占領された各地域は、今やジエーデル国の生命線と呼べる存在となっている。これを占領から全て解放し、ジエーデル国に大打撃を与える事が狙いだ。

 第三戦闘団は第一と同じく、ジエーデル本国を目指して各前線を突破しつつ進軍する。但し、第三戦闘団は進軍の過程でジエーデル軍の支配から中小国家を解放し、その国家群を味方に付けて戦力を拡大するよう指示されている。

 この三つの戦闘団よりも先行して、ヴィヴィアンヌに率いられた親衛隊は、ジエーデル軍の占領地域に対する工作活動を既に始めている。本来であればリックの警護を担当する親衛隊がいないのは、この作戦行動によるものだ。


「それより、空軍偵察隊からの報告だと、敵は俺達の攻撃に備えて戦力を後方に集めてるらしい。第一の火力なら問題なく撃破できるだろうが、相手がジエーデル軍である以上は油断できない」

「閣下の仰る通りです。ジエーデル兵の練度はこれまで戦った敵軍の中で最も高く、我が軍と同じように士気も高い。この先待ち受ける敵主力との戦いは、今日のような一方的戦闘にはならないでしょう」

「その通りだ。それでも俺達には、頼れる作戦参謀のミュセイラがいる。あいつが作戦を立てるんだから帝国に負けはない」

「その言葉、ヴァルトハイム殿に直接お伝えしては如何でしょう。きっと喜ばれると思いますが」

「やだ。だって恥ずかしい」


 まるで子供の様な言い訳をするリックに、少し呆れ顔のアングハルトが溜め息を吐く。二人共もう子供ではないのだから、少しは大人になって欲しいという思いが、アングハルトの溜め息と共に流れ出ていった。

 

「ミュセイラもそうだが、お前の事もちゃんと頼りにしてるぞ。第一戦闘団を指揮して思う存分暴れてくれ」

「はっ! 必ずや我らでジエーデルを陥落させ、制圧した首都に帝国旗を掲げて見せます」


 アングハルトの決意に応える様に、敵軍の殲滅を目指す南ローミリア最強の兵士達が勇ましく前進する。

 それから約一時間後、戦いはヴァスティナ帝国国防軍の圧勝に終わった。

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