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第四十八話 鴉の名 Ⅱ

 北方の大国、ホーリスローネ王国。

 ローミリアを代表する二大国家の一角は、ローミリア大戦以来の危機を迎えていた。今や王国の国境線には、名将によって指揮されてきた精強なる軍団が、王国を陥落させる準備を着々と進めている。

 敵は本気で、ローミリアの覇権を懸けた戦争を始めた。王国を脅かす強大な敵の名は、ジエーデル国。独裁国家の軍隊による電撃戦で、緒戦から王国は敗走を重ね続け、現在の状態に至る。そのため王国内では今も、国王主導のもと対ジエーデル戦の会議が開かれていた。


 王国の主だった者達が連日会議を行なっている間、彼らはそれぞれの力を使いこなすために、今日も訓練を続けている。

 王国内にある軍の屋外訓練場。その一部を借りて、今日も彼ら異世界の勇者達は、自分達の戦う技術を上げるために、それぞれの訓練に励んでいた。


「そらっ、もういっちょ!」

「うおっ!?」


 異世界から召喚され、伝説の秘宝に選ばれし勇者となった有馬櫂斗ありまかいとは、同じく勇者ではあるがこの世界の人間である、大剣の勇者ルークと、一対一の模擬戦を行なっていた。

 櫂斗は聖剣を、ルークは大剣を操り、それぞれ自分の技術を磨くべく戦っている。ただ、やはりルークの方が実戦の経験が上であるため、櫂斗の方は開始からずっと防戦一方となっていた。軽々と自在に大剣を操るルークの重い一撃に、櫂斗の件は甲高い音共に弾かれるばかりである。


水力攻撃ハイドロポンプ!」

火炎正射ファイアーアロー!」


 一方、秘宝に選ばれた女勇者達は、それぞれの武器が持つ魔法攻撃を練習していた。

 聖槍の勇者である早水悠紀はやみゆきと、聖弓の勇者である九条真夜くじょうまやは互いに横に並び、弓の練習用に置かれていた的目掛け、水と炎の魔法を同時に放つ。

 悠紀は翳した左手から水流を、真夜は炎の矢を聖弓から放ち、二人の魔法は同時に的に命中した。狙い通り魔法が当たって、緊張を解いた二人は顔を綻ばせながら向きあった。


「やりましたね、真夜先輩!」

「貴女もね、悠紀。威力も上がったみたいだし、狙いも正確だった」

「先輩だってコントロール完璧でした。映画に出てくる百発百中の弓使いって感じでしたよ」


 勇者として異教徒討伐に参戦して以来、櫂斗達には仲間としての絆が芽生え始めていた。共に戦い、助け合う仲間同士であるからこそ、彼らはお互いの距離感を縮めたのである。

 悠紀と真夜の二人が魔法を成功させている中、選ばれし勇者最後の一人である少女は、ただ一人自らの武器の聖書と向き合っていた。


「やっぱり駄目。何も起きない⋯⋯⋯⋯」


 聖書の勇者、九条華夜くじょうかや。真夜の妹であり、選ばれし勇者達の中では最年少の彼女は、先の戦争で強大な力を発揮した。

 彼女が発動させた闇属性魔法は、敵陣地内で巨大な魔物を出現させ、多くの兵を屠り、何もかもを破壊した。それはたった一度の発動だったが、あの時彼女が召喚した怪物は、戦局を大きく左右できる程の力を持っていた事は、誰の目から見ても間違いなかった。

 その出来事をきっかけにして、ようやく華夜も秘宝の力を解放できたかに思われた。だが彼女の聖書は、あれ以来また沈黙を保ったままであり、彼女の意思に応える事はない。今日も訓練場で一人試してみるが、やはり何も起こらないのである。


 櫂斗達四人は、元の世界へと帰還するという目的のために、来るべき戦いに備えて訓練を続けている。

 異教徒討伐の活躍以来、彼らの名は改めて大陸中に広く伝えられた。特に、異教徒が召喚した戦いの神を滅した櫂斗は、「神殺し」の勇者として伝えられ、異世界召喚された勇者の力を世に知らしめる事となった。

 櫂斗達は大陸の英雄となり、その名と肩書は揺るぎないものと変わったのである。今や彼らは、王国と勇者連合の象徴であり、民にとっては大きな精神的支柱となった。その彼らが次に戦う相手こそ、今や王国を脅かす最大の敵、ジエーデル国なのである。

 だからこそ彼らは、ジエーデル国との戦いに向けて技を磨いている。異教徒討伐以来、四人の面倒を見る役目を受けたルークは、今のように櫂斗達の相手をしているのだ。

 彼らを鍛えているのはルークだけではない。まだまだ未熟な四人の勇者の教官として、王国軍から派遣された軍人がいる。訓練中の勇者達から少し離れ、彼らの様子を見ている女軍人と、その隣には勇者連合の団長たる男の姿があった。

 勇者達の教官を務めている女軍人の名は、ユーリ・ヤノフスキー。彼女の傍にいる男の名は、勇者連合団長マクシミリアン・アダムスである。


「まだまだね。特にカイト君」

「剣技はそう簡単に身に付くものではない。それはお前が一番よく分かっているだろう」

「せめてユキちゃんと互角に戦えるくらいには仕上げないと、接近戦になったら確実に殺されるわ」

「反攻作戦までに間に合うのか?」

「無理ね。魔法無しだと、精々新兵一人と戦えるってとこかしら」


 腕を組んで櫂斗の戦いぶりを見ているユーリが、その実力に厳しい評価を付ける。彼女の評価にはマクシミリアンも同じ考えであったため、別段驚く事も肩を落とす事もなく、表情すら変えなかった。

 確かに四人の勇者の力は強力である。彼らの力は、その一撃で戦局を左右できる程の力を秘めた、まさに切り札と言える武器なのだ。だがその力は伝説の秘宝が持つ力であって、彼らの実力によるものではない。それどころか彼らはまだ、この秘宝の使い方について分かっていない事が多いくらいだ。

 つまり、神殺しの英雄となったこの勇者達は、秘宝の力頼みの勇者でしかない。それは今も変わらない状態で、素の彼らの実力は、前線で戦う兵と互角かそれ以下である。聖書の力を自在に発揮できない華夜に至っては、戦力外に等しい存在なのだ。

 

「ねぇ、上は本当に反攻作戦なんてやるつもり? 勇者の力を当てにしてるんだろうけど、これじゃあ大した戦力にならないわ」

「王も臣下の連中も、あの状況下でジエーデルが仕掛けてくるとは思っていなかった。民の信頼を取り戻すには、神殺しの英雄を出すしかあるまい」

「⋯⋯⋯そうやってまた、沢山の兵が死んでいく。私が前線にいた頃と何も変わってないわね」

「相手はジエーデルが誇る名将だ。犠牲は避けられん」

「その犠牲にあの子達が含まれたら? 選ばれた勇者だからって、まだ子供なのよ」


 教官であるユーリの瞳には、四人の若き勇者達の姿が映っている。

 実戦経験も豊富で、実力も兼ね備えたルークとは違い、櫂斗達は実戦を数度経験しただけの、兵士ですらない少年少女である。これまで五体満足無事であったのは、奇跡と言ってもいい。

 異教徒討伐も危険で過酷な戦いだった。前線で戦った兵達同様に、櫂斗達もまた何度も命の危険に晒された。しかし今度の戦争は、前回以上に厳しく辛い戦いが予想される。何故なら、今度の敵は精強な軍隊を持つジエーデル国であり、最強の名将が率いているからだ。

 最早避けられない次の戦争で、どれだけの犠牲を伴うのか。豊富な実戦経験を持つユーリやマクシミリアンにだって、恐ろしくて予想もできない。数え切れない程の兵の命が失われるだけでなく、今の王国軍の軍事力では、下手をすれば敗北だってあり得るのだ。


「前線を退いて教官になったけど、私が鍛えてどれだけの兵が死なずに済んでると思う? 正解はほんの一握りよ」

「⋯⋯⋯」

「上の命令に従って、死ぬのはいつも消耗品の兵士達。私の教え子達だって、上からしたら使い捨てよ。結局、私のしてきたことって全部無駄なのよ」


 教官であるユーリが、誰よりも兵を生かそうと、誰よりも兵の命を救おうとしている事は、マクシミリアンもよく分かっている。残酷な事に彼女の奮闘も空しく、戦場で多くの兵が戦死しているのもまた事実だった。

 その原因が彼女にではなく、無策無謀で軍を戦争に駆り出す者達のせいである事も、彼は理解していた。だからこそ、かけられる言葉が見つからないのだ。


「もう一度、剣を振るう気はないのか?」

「⋯⋯⋯今の私はただの教官。戻るつもりなんてない」

「だがユーリ、次の戦は―――」

「言われなくても分かってるわよ、マックス。だから私達は、あの子達を死なせないために全力を尽くすしかないの」


 勇者連合の団長である彼を、親しみを込めてマックスと呼んでいるのは、ただ一人ユーリだけだ。長い付き合いである二人は、お互いの事をよく理解している。互いの性格や好み、戦闘に於いての実力さえもだ。

 ユーリが持つ力を知っているからこそ、次の戦いには彼女が必要なのだと、マクシミリアンは十分理解していた。実は、国王自らユーリを説得するよう頼まれてもいる。ただ彼の予想通り、ユーリの考えを変える事はできなかった。

 一度ユーリが得物片手に戦えば、前線で多くの敵を殺し、どれだけの兵が救われるか、皆知っている。だが彼女自身の考えは、皆と違っていた。

 自分の実力を活かして兵を鍛える事で、より多くの兵が戦争から帰還できるようになる。必要なのはその場で彼女が命を救う事ではなく、どんな戦場からも帰還できる精強な兵を育てる事だ。結果的にそれが、より多くの兵を救う道になるのである。


「あなただって分かってるでしょ? どれだけ私達が戦ったって、救える命には限りがある」

「⋯⋯⋯無論だ」

「だからあなただって、今は連合の団長なんてやってるんでしょ?」

「他に代わりがいなかっただけだ。お前と違って教えるのは苦手だ」

「確かに、あなたって昔から剣を操る以外のことは不器用よね」


 口では苦手と言っていても、一人でも多くの命を生かしたいという思いは、ユーリもマクシミリアンも同じである。ユーリは兵の教官としての責務を、マクシミリアンは勇者連合団長としての責務を果たすために、それぞれの立場で戦っているのだ。


「ところで団長さん。反攻作戦の指揮官、誰に決まったのか聞いた?」

「⋯⋯⋯口振りから察するに、既に知っているようだな」

「まったく、お偉方は何を考えているのかしらね。お姉さんやんなっちゃうわ」


 ユーリとマクシミリアンは、勇者達を死なせまいと決意を強く持つも、内心では怒りを通り越した呆れを覚えていた。

 勇者達が努力を続けている間、二人は同じ事を考えていた。

 次の戦争は、ホーリスローネ王国の存亡を懸けた戦いになる事実。そして、このままでは王国に勝利はないという予測である。










 ホーリスローネ王国領内に展開しているジエーデル国軍を撃破するための、王国軍による大反攻作戦。

 反攻作戦に参加する王国軍の戦力を率いるは、将軍グローブス・フェン・バートンという男である。王家に長年仕える名門バートン家の出身で、先祖代々軍人の家系である。

 歴史ある名門の出であるため、その権力と発言力は非常に大きい。その強大な力を頼りに、代々将軍として王国軍を支配し続けてきたのである。故にバートン家の人間に対しては、国王ですらも支配し切れない存在となってしまった。

 

 このバートン家の現当主たるグローブスは、自身の名誉回復のために対ジエーデル戦に臨もうとしていた。

 発端は、王国軍の名将にして「紳士将軍」の名で呼ばれる英雄、ギルバート・チェンバレンの活躍だった。ギルバートはつい最近、異教徒討伐の戦いで王国軍を指揮し、激戦を制して自軍を勝利に導いた。彼の活躍は王国軍だけでなく、討伐に参加した各国家の軍も認めるところであり、改めて大陸一の戦略家の力を思い知ったのである。

 当然この活躍は、異教徒討伐勝利の報を聞いた王国民にも、瞬く間に広く知れ渡る事となった。民は皆、ギルバートを王国軍一の英雄と讃え、紳士将軍さえいれば、ジエーデルなど恐れるに足らずと謳う程だった。

 これによりギルバートの株は鰻上りとなったわけだが、一方でグローブスの評価は年々下がる一方だった。正確には、王国内では絶大な力を持っていたバートン家の名が、着実に衰退の一途を辿っているのである。


 歴史のお陰でバートン家の名は大きな力を持っていたが、一族のほとんどは権力に胡坐をかく者達ばかりであった。弱者からは搾取し、強者を蹴落としてのし上がってきたような家である。元々、民から好かれるような存在ではなかった。

 今まではそのやり方でも上手くやってきたが、長い歴史の中で民の心が離れ続けていった結果、バートン家の力は衰退を始めたのである。今では同じ軍人や貴族の中にまで、バートン家の威光に逆らおうとする者が増えている有様だ。

 つまり、家の名に甘えていた無能者達に、終わりの時がやって来たというわけである。今はまだ、権力に綻びが生じただけと言えるが、放っておけばそれはやがて、大きな亀裂を生んで崩壊を招く。それを悟ったからこそ、グローブスは自ら動く決意をしたのである。


 グローブスの考えは、自らが国家の存亡を懸けた戦争で軍を率い、ジエーデルの名将を討って自国を救い、民の信頼を回復する事にあった。

 このためにグローブスは、当初国王がギルバートを対ジエーデル戦に当てようとしていたところを、国王を説得して自分に任せさせたのだ。

 グローブスはジエーデル軍側の情報を得ていた。今現在展開している敵戦力の陣地には、名将ドレビン・ルヒテンドルクは存在しない。彼は精鋭と共に国へ帰還しており、前線へ戻るのはまだ先なのである。これを好機と捉えたグローブスは、今こそがジエーデル軍を叩き潰す時だと考えた。

 ジエーデル国と本格的な戦争になれば、王国の宿敵たる極北の大国ゼロリアス帝国が動く危険性がある。これへの備えとして、グローブスが指名したのがギルバートだった。対ジエーデル戦に戦力が集中する最中、もしもゼロリアスが侵攻を仕掛けてきた場合、確実な防衛を約束できるのはギルバートしかいないのである。

 この提案に賛同する者は少なくなく、ジエーデルの侵攻によってゼロリアスが動く可能性が存在する以上、無視できないものであった。無論それは国王も同じであり、グローブスの思惑を察しながらも、一蹴する事はできない提案であった。

 結果、国王はギルバートにゼロリアス帝国への備えを命じ、グローブスを反攻作戦の指揮官に任命したのである。










「⋯⋯⋯というわけで御座いまして、名将ルヒテンドルクとの勝負の機会を失ってしまいました」

「ええーっ! それでお父様、ギルバートに任せなかったの!?」

「いやはや、いつか雌雄を決したいと思っていた相手なのですが、陛下もバートン将軍にああ言われては提案を呑むしかなかったのです」

「ギルバート可哀想⋯⋯⋯。お兄様だってそう思いますわよね?」


 ホーリスローネ城内の通路を歩く、御付きの者達を連れた三人の人物。一人は将軍ギルバート・チェンバレンで、後の二人は彼が仕える王族の人間である。

 名将との戦いの機会を逃したギルバートに同情するのは、王国の幼き姫君フィーネだ。美しい装飾の施された王族のドレスを纏う彼女は、大袈裟に同情して見せながら、隣にいる自分の兄へと体を向ける。

 フィーネの兄である、王国の若き第一王子アリオン・オブ・グリフィズは、彼女から逃げるようにギルバートに視線を向けた。するとギルバートは、困り果てたアリオンの様子を見て笑っていた。


「もう、お兄様ったらギルバートに冷たいですわ」

「仕方ありませんよフィーネ様。王子は先の戦いで私に散々辱められた事をまだ根に持っているのです」


 そんな事はないと抗議の視線を向けるアリオンだが、フィーネもギルバートも彼の反応を楽しんで笑っていた。揶揄われてばかりも癪ではあったが、自分ではこの二人に敵わないと身に染みているため、これ以上の訂正は早々に諦めた。

 溜め息を吐いたアリオンは切り替えて、ギルバートに聞かされた反攻作戦に付いて話題を変えようとする。


「僕のことより、ギルバートはジエーデルとの戦いをどう考えているんだ?」

「ふ~む、厳しい戦いになるでしょうな。バートン殿がどれだけ兵を集めようと、戦慣れしたジエーデル兵には太刀打ちできないでしょうからな」

「脅威なのは名将ではなく、実際に戦う兵士だと言いたいのか?」

「そうです。如何に有能な将が指揮を執ろうと、兵が付いてこなければ戦になりません。だがジエーデル軍は、名将を信頼した精強なる兵で構成された軍隊なのです」


 戦争に於いての兵の質の重要性は、アリオン自身も身に染みて理解していた。異教徒討伐の戦いで、共に戦ったジエーデル兵の精強さは、自分が率いていた王国軍の兵を凌駕していたのである。

 先の戦争でアリオンは、戦いの勝敗に最も影響するものは、作戦指揮だと考えていた。敵を倒すための有効な策を練り、打ち合わせ通り兵を動かして作戦を成功させる事が、勝利を得る近道だと考えていたのである。

 だがしかし、事前に計画した作戦を成功させるためには、指揮通りに動く兵を用意する必要がある。よく訓練された、豊富な戦闘技術と旺盛な士気を持つ、優秀な兵士によって構成された軍団。それがいて始めて、兵を手足のように操り、どんな作戦でも成功させる事ができるのである。

 異教徒討伐の際、ジエーデルを始めとした強力な軍隊を有する国家は、戦闘技術も士気も高い兵を従えていた。約一万の軍勢で討伐に参加したジエーデル軍など、投入した兵力の二倍から三倍以上の戦果を挙げていたのである。

 

 前回の戦いでの経験から、兵の質の重要性をよく理解したアリオンは、危険を感じさせるギルバートの発言に同感した。

 グローブスは大きな権力を有しているが、将軍であっても兵からは信頼されていない。只でさえ練度不足な王国軍の兵が、戦場で指揮官を信用していないとなれば、作戦そのものが成り立たなくなる。名将と決戦を行なう以前に、緒戦ですら勝てるか怪しいだろう。

 そこでグローブスは、敵軍との兵の質の差を補うべく、自分の権力を最大限発揮して兵をかき集めている。単純に、質に対して数で対抗しようという考えだ。最低でも敵軍の倍以上の兵を集め、万全の準備を整えてから反攻作戦に臨むつもりなのである。

 兵の能力差で劣っていても、数で勝ればその差は埋められる。勿論、グローブスとてジエーデル軍を甘く見ているわけではないため、数で大きく勝るためにかなりの規模の兵を集めるつもりだ。

 

「⋯⋯⋯戦いは数がものをいう。そう言ったお前でも、数で劣るはずのジエーデルの方が強いと思うのか」

「はい。ゼロリアスやヴァスティナさえいなければ、ジエーデル軍こそ大陸最強と呼べる軍隊ですからな」

「だったら、どうして父上はお前ではなくグローブスを選んだんだ。ジエーデルと戦うためには、ギルバートの力が絶対に必要じゃないか」


 どんな理由があったとしても、勝利を得るためギルバートに反攻作戦の指揮を任せるべきだ。それが分かるからこそ、グローブスを指揮官に選んだ自身の父である国王に、アリオンは我慢できず怒りを募らせる。

 如何にグローブスが真っ当な意見を口にしたとしても、国王は戦争による確実な勝利を得るための選択が必要だった。グローブスではなくギルバートを選ぶ事こそが、確実な勝利を目指す最良の選択だったのだ。その選択を誤ったのが自身の父であると知れば、怒りが湧くのは当然である。


「王子。あまり陛下を責めないで頂けますかな」

「どうして父上を庇う。作戦からお前を外したのは父上なんだぞ」

「陛下の御立場ではやむを得ない選択でした。国を統べる王ではない我らに、陛下を責められる権利はありません」

「だとしても、最初から間違っていると分かっている選択で、多くの兵の命が失われるかもしれないんだぞ。それでも父上を責めるなと言うのか」


 自らの父に怒りを覚えるアリオンの言葉は、何も間違ってはいない。実行する前から駄目な事だと分かっていてそれを選ぶのは、どう考えても愚かな行為である。何故そんな愚かな真似ができるのか、アリオンには理解できなかった。

 国王の選択によって、戦場に赴く大勢の兵の命が失われてしまうかもしれない。アリオンやギルバートに分かる事なのだから、国王自身も承知のはずである。自身が全ての責を負う覚悟は持っているのかもしれないが、その覚悟で犬死した兵の命は戻ってはこない。

 

「王子が陛下の跡を御継ぎになれば、嫌でも理解できるようになるでしょう」

「⋯⋯⋯!?」

「貴方はまだ御若い。大人の世界の醜さと愚かさを知りたければ、国を統べる王になりなさい」


 だったら、大人になどなりたくない。仮になっても、愚かな父とは違う生き方を目指す。アリオンの瞳がそう訴えるが、ギルバートはそんな彼を期待のない瞳で見つめるだけだった。

 二人が沈黙すると、退屈そうにしていたフィーネが我慢できずに口を出す。


「今お兄様がやるべきは、王への非難ではなく備えではなくて?」

「!」

「お兄様が何と言おうが、この決定は変わりはしない。もし決定に不安があるなら、今の内にできるだけのことをしなくてどうするんです」


 時々フィーネは、幼い姫とは思えない説得力のある言葉を口にする。自分の妹である彼女に諭されると、決まって何も言えなくなってしまう。年上のアリオン自身より、妹フィーネの方がよっぽど大人だと思う時は多い。

 姫とはいえ、フィーネもまたホーリスローネの王族の血を引く者だ。まだ少女であっても、一人の王族として振る舞う事を忘れず、必要であれば大人のように振る舞っても見せる。アリオンはそんな自分の妹に、時に恐ろしさすら覚える。


「ねぇ、ギルバート。困っているお兄様に知恵を授けることはできないの?」

「ふむ、難しい注文ですな」

「そうやっていつも勿体ぶるんだから。あと、お兄様にはもうちょっと優しくして」

「はーはっはっはっ! これは手厳しいですな」


 フィーネは赤ん坊の頃からギルバートによく懐き、彼が城にいる時はいつも遊んでもらっていた。赤ん坊の頃からの関係があったお陰で、フィーネにとっては祖父のような、ギルバートにとっては孫娘のような感覚なのだ。

 二人の仲が良いのはそういう理由があり、昔と変わらず、血の繋がった本当の家族のように親密な間柄である。だからこそなのか、アリオンを揶揄う時も息がぴったりなのだ。

 この流れだとまた弄られると思い、咳払いしたアリオンがギルバートに視線を送る。その目は、フィーネが口にしたように良い知恵を求めていた。


「私ばかり当てにするのは関心致しませんな」

「うっ⋯⋯⋯、そう言うな」

「やれやれ、仕方がありません。では一つ、バートン将軍には保険をかけておきましょう」

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