第47.5話 たとえばヴァスティナ帝国の軍の将軍が駄犬と罵られて殴られるような物語 Ⅶ
瞳が闇しか映し出さなくとも、ユリーシアの傍にはメシアがいた。何も見えなくなった彼女の手を引いて、傍で守り続けてくれる、白銀の女騎士。その忠誠は揺ぎなく、どんな時でも彼女を守り、支え続けた。
そして彼女達は、ヴァスティナという国を治める日々の中で、多くの運命的な出会いを経験する事になる。
その日は、稀にみる嵐の日だった。
南ローミリアを襲った嵐の一日。帝国近くの川が氾濫し、周辺の村を洪水が襲った。ユリーシアは彼らを助けるため人手を集め、村人を救うために自らも現地へ赴いた。
傍には勿論、彼女を守るためにメシアがいた。ユリーシアはメシアに守られながら陣頭指揮を執り、災害の恐怖に震える人々を勇気付け、多くの人命を救った。
救助の最中、この日ユリーシアは何処からか流されてきた、深い傷を負う一人の女を助けた。メシアの力を借りて助け出したその女は、何者かと戦った形跡のある、刺し傷を負った長い髪の女だった。
「しっかりして下さい!! メシア、急いで手当を!」
「はっ」
気を失っている女へと必死に呼びかけ、何としても助けようとしている。強風と大雨の中、傷付いた女の体を抱きかかえ、ユリーシアは彼女を守ろうとした。
そんな彼女の思いが届いたのか、気を失っていた女が目を覚まし、弱り切った瞳でユリーシアを見つめる。
「⋯⋯⋯⋯あなた⋯⋯⋯は⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「もう安心して下さい。私が必ず貴女を救います」
力のない弱り切った声を発し、自分を呼ぶ声に目を覚ました彼女が見たものは、死へ向かう自分を天国へと誘う天使だった。純白のドレスを身に纏う、瞳を見せない真っ白な長髪の少女。死を覚悟していたこの女には、そんなユリーシアが神秘的な存在に見えたのだ。
「⋯⋯⋯わた⋯し⋯⋯は⋯⋯⋯⋯⋯、死ぬ⋯⋯⋯の⋯⋯か⋯⋯⋯?」
白百合のように美しいこの天使に看取られるなら、悪くない最期だと、この時女はそう思っていた。
だがユリーシアは、彼女の死を望まず、死を許さなかった。
「⋯⋯⋯⋯貴女、お名前は?」
「⋯⋯⋯ウル⋯⋯ス⋯⋯ラ⋯⋯⋯⋯」
「ウルスラさん、私は絶対に貴女を死なせません。だから諦めないで」
懸命に自分を生かそうとする少女の言葉を聞いた瞬間、女は力尽きてまた意識を失った。
それから五日後、女はヴァスティナ城内で意識を取り戻した。命を救われたこの女が、後に女王ユリーシアに絶対の忠誠を誓う最強のメイド長になるとは、この時はまだ誰も知らない。
「陛下!! その女から離れて!」
それは、月明かりがヴァスティナ城の中庭を照らす、満月の夜だった。
中庭の中心で両膝を付き、一人のメイドの頭を膝に乗せるユリーシアに向かって、少し離れた別のメイドが悲鳴交じりに叫ぶ。
ユリーシアが膝を貸しているメイドは、見た目は幼い少女であった。両手には鉄の線を操るための特殊な武器を装着しているため、どう見てもユリーシアの身が危険だが、幸いそのメイドは意識を失っている。激しい戦闘を行なった後であるため、身に纏うメイド服はぼろぼろに破れてしまっていた。
「こいつ、よくも陛下を殺そうと⋯⋯⋯! リン!!」
「わかってる! 今度は絶対に逃がさない!!」
気絶しているメイドに敵意を剝き出しにして、ユリーシアを守るために得物を構える二人のメイド。一人はメイド服に仕込んでいたナイフを抜き、もう一人は両手に鉤爪を装着している。どちらも殺気を放ち、ユリーシアがメイドから離れた瞬間、直ぐに襲い掛かる状態だった。
この二人が戦闘態勢で警戒する通り、幼い見た目のこのメイドは、非常に危険な存在である。高い戦闘能力を持つこの二人が、本気を出さなければ危険な程の相手。それが今、守るべく主君ユリーシアの命を危険に晒しているのだ。
「メイド長!! メシア様も!! 早くその女から陛下を遠ざけて!」
鉤爪を装備したメイドが、ユリーシアの傍に控える二人に向かって叫ぶ。その二人とは、ユリーシアを守るため駆け付けた、騎士団長メシアと、メイド長ウルスラだった。
そして、気絶しているこのメイドと激闘を繰り広げ、最終的に気絶させたのはウルスラである。メシアの次に強いあのウルスラでさえ、腕や脚に傷を負い、身に纏うメイド服の所々が破れてしまっていた。
「リンドウ。ラフレシア。落ち着きなさい」
「「!」」
殺気立つ状況の中、ユリーシアだけがこのメイドに敵意を向けず、彼女を守ろうとしていた。命の危機に陥ったにも関わらず、気を失っている彼女の頬を撫で、いつもと変わらない微笑を浮かべて見せている。
「貴女の名前は、アマリリスです」
自分の膝で眠るメイドに、ユリーシアは花の名前を授けた。つまりそれは、彼女を正式にヴァスティナ帝国のメイドと認め、傍に仕えさせる事を意味している。
驚愕した二人のメイドが断固反対しようとしたが、ユリーシアは彼女達の反対意思を無視し、一人悲しい瞳で佇むウルスラを見上げた。
「ウルスラ」
「⋯⋯⋯⋯はい、陛下」
「私の意思はわかったでしょう? 後は貴女が決めなさい」
ウルスラには迷いがあった。ユリーシアの言葉に従い、本当に彼女を許してよいのかと⋯⋯⋯。
皆が警戒する通り、ユリーシアにとって彼女は危険な存在だ。このまま彼女を生かしておけば、またユリーシアの命が脅かされるかもしれない。それなのに命の危機に陥った当の本人は、彼女を生かせというのだ。
自分達が何よりも優先すべきは、帝国女王の身の安全である。そのために自分は存在し、彼女達二人も存在している。それが分かっているのに、ウルスラもまた彼女を生かしたかった。
「陛下、私は⋯⋯⋯⋯」
「貴女と出会った、あの嵐の日と同じです。私は絶対に彼女を死なせません」
「⋯⋯⋯⋯!」
脳裏に蘇るのは、瀕死だった自分を死から救い出してくれた、運命の出会いの瞬間。あの時と同じように、ユリーシアは自分を殺そうとした相手でさえ、救おうとしてくれている。
ならばウルスラに、もう迷いはない。
「リンドウ、ラフレシア、よく聞きなさい」
「「!」」
「今よりこの子はアマリリス。帝国メイド部隊、フラワー部隊の一員とします」
帝国メイド部隊フラワー部隊、三人目の花の戦士。それがアマリリスの開花だった。
時が経つに連れて、ユリーシアの体は日に日に弱くなっていった。
しかしユリーシアは、瞳から光を奪われ、生きる力さえ奪われていきながらも、強く生き続けた。そんな彼女を支え続けたのが、メシアを始めとした者達との出会いである。
ある者は彼女に救われ、ある者は彼女を救うため、またある者は彼女を愛したため。生涯の忠誠を誓って仕えるそれぞれの理由は違っても、守りたいという思いは皆同じだった。だからこそ彼女は、絶望に沈むことなく生き続けることができた。
その出会いと幸福な日々を、メシアはユリーシアの傍でずっと見てきた。
帝国の存亡を懸けた戦いが始まる日の、二人にとっての運命の出会いでさえも⋯⋯⋯⋯。
「オーデル王国の侵攻速度からすると、我が国への到達は明日になるでしょう」
「そうですか⋯⋯⋯。人々の避難の方は?」
「遅れています。民は皆、陛下が戦うというならば自分達も国のために戦うと」
南ローミリアの小国として、ヴァスティナ帝国は平和な日々を送っていた。女王ユリーシアは国と民のために尽くして善政を敷き、その甲斐あって国は安定し、人々の暮らしに不自由はなかった。
だが、大陸全土に広がりつつある戦いの火は、この国を見過ごしはしなかった。平和な日々を突如破壊したのは、大国オーデル王国の侵略行為だったのである。
かつては強大な力を有していたヴァスティナ帝国も、今は小規模の戦力しか有していない。侵攻を開始したオーデル王国の大軍に、真正面から対抗できる力などありはしなかった。
「我が国と王国による戦闘で、罪のない民を犠牲にはできません」
「だからといって、王国の要求通り陛下が命を差し出してはなりません」
「⋯⋯⋯」
謁見の間にて玉座に腰かけるユリーシアは、傍に控えるメシアの口から状況を確認していた。
戦争か、降伏か。どちらか一つの選択をこの国は迫られている。戦争を選べば大勢の命が犠牲になるだろう。逆に降伏を選べば皆の命は助かるが、代償はユリーシア自身の命である。
メシア達の選択は、勿論徹底抗戦だった。ユリーシアが何と言おうと、彼女の命を守るべく、最後の瞬間まで戦う覚悟だ。
「メイド長は急ぎ各地をまわって様々な戦力を集め、メイド部隊も陛下のための最低限の護衛を残し、戦いに向けての準備を進めています。最悪の場合に備え、陛下の脱出のための準備にも取り掛かっているのです」
「わかっています。民も彼女達も私のために、たった一つしかない命を捧げてくれている⋯⋯⋯⋯」
「どれだけの犠牲を払うことになろうと、降伏はありえません。この国は貴女の存在が全てです」
メシアの心には、自分でも抑えきれない怒りの炎が燃え上がっていた。ここまでの怒りを覚えるのは彼女自身初めてのことで、少し戸惑ってさえもいる。
ユリーシアを悲しませ、彼女に自らの命を絶たせようとするオーデルという侵略者が、殺したいほど許せなかったのだ。それはメシアだけなく、ユリーシアに忠誠を誓う全ての者が同じ気持ちである。故に彼女達は、絶望的と言える戦力差を前にした戦争であっても一切諦めず、今できる事を全力でやっている。
また、あの穏やかな日々へと帰り、ユリーシアの微笑みを取り戻すために⋯⋯⋯。
「そろそろ、偵察に出た兵が戻る頃です。これで敵の編成や規模が分かれば、今後の作戦も練りやすくなるでしょう」
メシア達の命懸けの覚悟は、ユリーシア自身よく理解している。相変わらず顔や言葉には出さないが、メシアが敵に抱く怒りの感情は、ユリーシアも肌で感じている。
それならばと、迷いを振り払い、一つの覚悟を決めたユリーシアは、自らも運命を選択した。
「メシア。直接話を聞きたいので、偵察に帰還した者達をここへ」
「では、帰還次第直ちに城へ向かうよう手配を――――」
「いいえ。彼らを貴女が出迎え、私のもとへ来るよう命じなさい」
「⋯⋯⋯⋯?」
相手の心を読むのが得意なメシアでも、ユリーシアの言葉の真意は直ぐに分からなかった。偵察が持ち帰る情報の重要性は高いが、それを態々メシアに連れて来させる理由はない。手近な兵に命令して、ここへ来るよう命令を伝えさせれば済む話だ。
ユリーシアが意味もなく、このような不思議な命令を出す人間でない事は、メシアもよく知っている。この命令に必ず意味があると考えたメシアは、もしやと悟って彼女の耳元に顔を寄せ、他の誰にも聞こえぬように囁いた。
「まさか、また未来が見えて⋯⋯⋯⋯?」
「ええ。ですが、この戦いの行く末までは⋯⋯⋯⋯」
「私が行くことで、一体何が起きるというのですか?」
メシアが気付かぬ間に、またもユリーシアの力は彼女の命を奪って、先の未来を見通させていた。これから何が起きるかを知っているからこそ、ユリーシアは彼女に命じたのである。
この戦いの結末までは見ていない。それならば、自分が行く事で一体どんな運命が動き出すというのか、メシアが知りたがるのも当然である。ただ、ユリーシアはそれを教える気はなく、微笑を浮かべて見せて口を開いた。
「秘密です」
「⋯⋯⋯⋯」
目が見えなくとも、今のメシアがどんな顔をしているかは想像が付く。自分の口に人差し指を当て、少し意地悪く笑って見せたユリーシアは、眉に皺を寄せているだろうメシアに向かって言葉を続けた。
「私を信じて。貴女にとって、きっと良い出会いが待っていますよ」
「⋯⋯⋯⋯わかりました」
この天使のような小悪魔は、決して嘘は言わない。彼女がそういうならばと、溜め息交じりに息を吐いたメシアは、ユリーシアの傍を離れ、謁見の間を後にした。
そして彼女の言う通り、メシアはある一人の男と運命の出会いを果たす。
この絶望的な状況を打破し、ユリーシアとメシアの運命を大きく動かしていく、最愛の存在に⋯⋯⋯⋯。
侵略者の脅威を二度も打ち払い、遂には大陸中央の強国の力までも跳ね除けたヴァスティナ帝国に、恐れていた運命が容赦なく少女を襲った。
再び平和を取り戻したかに見えたが、女王ユリーシアを苦しめるあの力が彼女を蝕み、その平和に影を落とす。未来を見る魔法によって、城下で突如倒れたユリーシアは、それから二度と政務に復帰できなかった。
「そうですか⋯⋯⋯。リック様とそこまで⋯⋯⋯⋯⋯」
「陛下に断りも得ず、私はリックの家族になると誓いました」
「ふふっ⋯⋯⋯。あのメシアが、やっと恋を知った⋯⋯⋯⋯」
女王の寝室には、ベッドで力なく横たわるユリーシアと、傍にはメシアが付いていた。二人だけの大切な話がしたいと察したメイド達は、一時的に寝室から退出している。今ここには、ユリーシアとメシアの二人だけだ。
リクトビア・フローレンス。親しい者達は彼をリックと呼ぶ。この二つの名を彼に与えたのは、ユリーシアとメシアだ。彼女達にとってリックは、自分達を救い出さんと戦う救世主であり、大切な存在である。
そんなリックを、メシアは心から愛した。自分の愛に気付いた彼女は、抑えられない胸の内をリックに明かし、家族になりたいと告白したのである。メシアを愛していたリックは、彼女の告白を受け入れ、ようやく二人は結ばれた。
それが昨晩の出来事である。次の日メシアがそれを最初に報告したのは、寝室で看病を受けながら休んでいたユリーシアであり、今に至るのだった。
「リック様のことだから、きっと泣いて喜んでいたんでしょうね⋯⋯⋯⋯」
「泣いていました。でもそんなところが―――――」
「愛おしい、でしょう⋯⋯⋯?」
「はい⋯⋯⋯」
リックはユリーシアにとっても、かけがえのない最愛の存在だ。二人だけの約束を結び、強い絆で結ばれた愛し合う存在。そんな事はメシアにだって分かっている。そのリックを、彼女から奪ってしまったという罪悪感があったからこそ、今メシアはここにいるのだ。
憎まれるのは覚悟してきた。だが、そんな覚悟など最初から必要なかったのである。
メシアがリックと結ばれた事を、誰よりも祝福したのはユリーシアだったのだから⋯⋯⋯⋯。
「おめでとう、メシア⋯⋯⋯。貴女がリック様と結ばれて、まるで自分のことのように嬉しいです⋯⋯⋯⋯」
「ありがとう、御座います⋯⋯⋯⋯」
「嬉しくないの⋯⋯⋯⋯?」
「嬉しいですが⋯⋯⋯⋯、陛下がこのような時に勝手を⋯⋯⋯⋯⋯」
「気にしないで⋯⋯⋯。メシアは私にとって、大切な家族なんですから⋯⋯⋯⋯。結ばれた家族を祝福するのは当然です⋯⋯⋯」
「私が、家族⋯⋯⋯⋯?」
ヴァスティナ帝国の騎士となり、騎士団の団長となって、女王ユリーシアに忠誠を誓った。常にユリーシアの傍で彼女を守護し、彼女の傍で平和と戦い、出会いや別れを経験してきた。それらは全て主従の関係であったからで、血の繋がった家族だったからではない。
それでもユリーシアは、メシアを自分の家族だと思ってくれている。既にこの世を去った彼女の両親や、親代わりと言えた今は亡きマストールと同じように、己の剣である騎士を家族と呼ぶ。
「⋯⋯⋯⋯メシアと過ごしてきた日々は、本当に温かくて幸せでした。初めて姉ができたみたいで、嬉しかった⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯確かに貴女は、私からすれば妹のようなものだった。だから守りたいと、そう思って私は貴女の騎士になったのかもしれない」
「ふふふっ⋯⋯⋯、メシアお姉ちゃんって呼んでいい⋯⋯⋯?」
「揶揄うな。まったく、変わらないなお前は⋯⋯⋯⋯」
果たして自分は、本当に彼女の姉になれていたのだろうか。寡黙で不器用で愛想がないことは、彼女自身よく分かっている。
家族と呼ばれて戸惑ったが、そう呼んでくれるのは嬉しかった。だが、家族として彼女にしてあげられた事は、何もなかったのではないかと思う。
ユリーシアからすれば、メシアは十分に優しい姉だった。
お茶や花の手入れに付き合ってくれたし、寒い夜はベッドで一緒に寝てくれた。瞳から光が失われてからは、頼めば寝る前に本を読み聞かせてもくれた。政務に疲れて机で寝てしまった時は、起こさないように気を付けて寝室まで運んでくれた。
愛想はなく、滅多に笑いもしなかったが、ユリーシアに対しては甘々な姉である。そして、女王ではなく歳相応の少女として、彼女が人前で甘えられるのはメシアだけだった。
メシアとの出会いがあったからこそ、今日までユリーシアは残酷な運命に屈せず、懸命に生きる事ができた。ユリーシアとの出会いがあったからこそ、自分が故郷を離れた本当の理由に気付き、メシアは愛を知る事ができた。
全てはあの瞬間、ユリーシアの命を助けたメシアとの出会いから始まった。幼き女王を救ったのは、メシアという名の救世主。あの出会いがなければ、何も始まりはしなかっただろう。
「ユリーシア。お前と出会えたおかげで、私は大切な妹と愛する男を得た」
「⋯⋯⋯⋯!」
「私が騎士になったのは同情だけが理由ではない。私はお前に、人の心の強さと美しさを見たからだ」
初めての出会い。騎士になると決めた日。生涯の忠誠を誓った瞬間。
メシアを決意させた全てのきっかけは、常に彼女の心を揺り動かした、ユリーシアの生き方だった。
「お前と共に歩めれば、私の心に眠るものを知れると思った。お陰で私は、リックを愛することで心の幸せと温もりを知った」
「メシア⋯⋯⋯⋯」
「こんなに心が満ち足りている感覚は初めてだ。私を救ってくれて、ありがとう」
心から深い感謝を込めて、一番彼女に伝えたかった言葉を告げると、メシアはゆっくりと微笑んだ。ユリーシアが一度だけ見た、美しい女神の微笑が再び彼女に向けられている。するとユリーシアは、見えずともメシアが微笑んでいるのを悟り、ゆっくりと腕を上げて彼女の体に触れると、感触を頼りに手を彼女の頬まで運ぶ。
「せめて、もう一度だけ⋯⋯⋯⋯。貴女の微笑む顔が見たい⋯⋯⋯⋯⋯」
「ユリーシア⋯⋯⋯」
弱り切った彼女の手が、微笑みを浮かべるメシアの顔に触れていく。その手を取って優しく抱いたメシアは、刻一刻と死へと向かう少女に生きる力を与える。
「頼む、生きてくれ。生きて、私とリックの家族になって欲しい」
「そんなの変ですよ⋯⋯⋯。だって私は―――」
「私もリックも、お前無しの人生はあり得ない。だから、どんな形でもいいから、リックと家族になってくれ」
「⋯⋯⋯⋯わかりました。メシアとリック様が戻ったら、一緒にその話をしましょう」
メシアとリックの二人は明日、ジエーデル軍の動向を警戒するべく出撃する。メシアと約束したユリーシアは、彼女を安心させようと、いつもの様に微笑んで見せた。しかしその微笑みは、満開の花のような輝きは失われていた。
「この小さな命の灯が消えてしまうまでは、メシア達のために生き続けます⋯⋯⋯⋯。でも、覚悟はしておいて欲しい⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「私の命が燃え尽きてしまったら⋯⋯⋯⋯、私の代わりにリック様を守って⋯⋯⋯⋯」
それがユリーシアの、最後の望みであった。
そして、メシアの答えは決まっている。
「我が命と忠誠に懸けて、必ず守ります」
「ありがとう⋯⋯⋯⋯。私の救世主⋯⋯⋯⋯」
その後、女王ユリーシア・ヴァスティナと騎士団長メシアは、愛する者を残して共にこの世を去った。
女王ユリーシアが眠る墓の傍には、忠臣であったメシアも眠っている。最後までユリーシアへの忠誠を貫き、女王の命を全うしたメシアの墓標には、彼女の忠義と慈愛を讃えた言葉が記されていた。
「白百合の女王を守護せし、真の帝国騎士」と⋯⋯⋯⋯。
~終~




