第47.5話 たとえばヴァスティナ帝国の軍の将軍が駄犬と罵られて殴られるような物語 Ⅵ
それから半月後。
ヴァスティナ帝国にメシアが足を運び、半月程の時間が流れたが、彼女の姿は今もこの地にあった。
「こっ、これは⋯⋯⋯⋯⋯」
帝国騎士団の訓練場へと、マストールや護衛を連れて視察にやって来たユリーシアは、実戦を思わせる覇気で猛訓練に励む自国の騎士団の姿に、信じられず驚くばかりだった。
騎士団を指揮しているのは、あの暴れ馬を従えて騎乗しているメシアだ。訓練場で次々に命令を飛ばし、騎士団を手足の様に操っている。時に防御の陣形を取り、時には駆け出して機動力を発揮し、メシアが攻撃命令を下せば、即座に目標へ突撃を行なう。
メシアが何故、帝国騎士団の鍛える事になったのか。始まりは、メシアが巨大馬を従えたあの日、帝国騎士の能力不足を彼女が感じたからだ。
ユリーシアが馬に襲われそうになった時、即座に対応できたのはメシアだけだった。ユリーシアが盗賊に襲われた時、護衛の騎士達は実戦経験不足で劣勢を強いられた。どちらもメシアがいなければ、ユリーシアの命は失われていただろう。
騎士としての誇りはある。忠誠心も持っている。騎士団で使う装備の整備や馬の調教などは、決して怠ってはいない。だが彼らには圧倒的に、実戦経験と戦闘能力、そして何より主君の護衛能力が足りていなかったのである。
この騎士団を放っておけば、また同じ事が繰り返される。ユリーシアの身を案じたメシアは、あの日彼女に自分が騎士団を鍛えると言ったのだ。
当然ながら、メシアの言葉に誰もが驚いた。しかしユリーシアは、常人を超えた彼女の強さをその瞳で二度も目撃していたため、その場で直ぐにメシアを騎士団の教官に任命したのだ。
教官になったメシアは、次の日からヴァスティナ帝国騎士団を徹底的に鍛え直し、たった半月で帝国騎士団を変えてしまった。命令には即座に従い、どんな状況下でも戦意を失わない不屈の精神を持ち、主君を守るためならば自らの命も厭わない、まさに理想的な騎士団を目指して鍛え上げられたのである。
結果、帝国騎士団は精神面に於いて、理想の騎士団へと大きく近付いた。流石に半月で戦闘能力までは一気に向上できないが、それも時間の問題である。何故なら、教官となったメシアが騎士団に行なっている訓練は、騎士達からすれば地獄と変わりないからだ。
「あの馬も、今ではすっかり手懐けている⋯⋯⋯⋯」
騎士団の変貌ぶりもさることながら、言う事を聞かない点を除けば帝国最強の暴れ馬が、今では完全にメシアの愛馬となって、彼女をその背に乗せている。
すると、ユリーシアの視線に気が付いたメシアが、自身が跨る愛馬を操って彼女のもとに近付いてきた。ユリーシアの目の前まで来ると、普通の軍馬を一回りも二回りも上回る愛馬に跨ったまま、いつもの様に表情一つ変えず彼女を見下ろす。
「来ていたのか。何か用か?」
「ただの視察です。メシアさんの働きで騎士団が生まれ変わったと聞いたので、少し様子を見に」
「そうか」
言葉遣いもそうだが、一国の女王相手に馬上で話すなど、あってはならない事だ。ユリーシアの傍に控えていたマストールが、あまりにも無礼な態度のメシアを叱ろうとするが、それを察したユリーシアに片手で制される。
「話には聞いていたのですが、本当に見違えました。我が国の騎士団がこんなにも覇気に満ち溢れている姿は、今まで見たことがありません」
「この程度では駄目だ。戦が起これば一日と持たず全滅する」
「ふふっ⋯⋯⋯。噂通りの鬼教官はやっぱり厳しいんですね」
「鬼だと?」
「ええ。騎士達の間で、本物の鬼すら裸足で逃げ出す鬼教官と呼ばれているそうですよ」
そんな話をしていると、陣形の訓練を一通り終えた騎士団から、代表して二人の騎士がメシアのもとに駆け寄ってきた。次の命令を待って、教官であるメシアに指示を仰ぎに来たのだ。
「騎士団長! 陣形訓練終わりました!」
「騎士団長! 次の命令をお願いします!」
彼らが騎士団長と呼んで指示を求めているのは、勿論メシアの事だ。馬上のままのメシアが、二人の騎士を見下ろし、変わらない表情で口を開く。
「団長はやめろと何度言ったらわかる。私はお前達の騎士団長になった覚えはない」
「ですが! メシア団長以外に帝国騎士団の長を務められるものはいません!」
「その通りです! 団長こそ、我らを指揮するに相応しい御方です!」
教官となったメシアが訓練初日に行なったのは、突然自分達を鍛えると言った彼女に反感を抱く者達を相手とした、武器無しの素手による組手である。
その結果、たった一人で百人の騎士を組手で叩きのめし、自らの絶対的強さを示したメシアに逆らう者は、以降一人もいなくなった。それから騎士団は、彼女の強さに従う形となって、鬼と呼んでしまいたいくらい厳しい彼女の扱きに耐え、生まれ変わり始めたのである。
最初こそ反感を抱いていたが、メシアの圧倒的なまでの強さと、戦闘に対する経験や技術を見聞きし、気が付けば騎士団は、彼女になら自分達の命を預けたいと思うようになった。故に彼らは、自分達の指揮官になって欲しいが為に、彼女を騎士団長と呼ぶようになったのだ。
「それなら、いっそなってしまえばいいじゃないですか。騎士団長メシアに」
「⋯⋯⋯⋯!?」
衝撃的な言葉で口を挟んだのは、ユリーシアである。二人の騎士は喜び、マストールは驚愕のあまり一瞬倒れそうになり、メシアは驚いた後にユリーシアを睨んだ。
メシアの顔は、「騎士団長など望んでいない」と強く訴えていた。だがユリーシアはその訴えを無視し、瞳を輝かせて喜ぶ二人の騎士を見つつ、微笑を浮かべて言葉を続けた。
「メシアさんはもっと騎士団を鍛えたい。騎士団はメシアさんに指揮を執って貰いたい。だったら、メシアさんが騎士団長になってしまった方が、どちらにも都合が良いと思います」
「勝手なことを言うな。そもそも、私はこの国の騎士ではない」
「では、今日からメシアさんを我がヴァスティナ帝国の騎士に任命しましょう。これなら文句はありませんよね?」
「騎士になるつもりはない。騎士団をある程度鍛えたらこの国を出ていく」
「あれ~? メシアさん、ずっとここにいたいって言ってましたよね?」
「あれは⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯、気の迷いだ」
やはり顔色は変えないが、メシアは逃げる様にユリーシアから顔を逸らす。それを見たユリーシアは笑っていたが、傍に控えているマストールは平常ではいられない。
「お待ちを!! あまりにも勝手が過ぎますぞ!」
「いいじゃないですかマストール。メシアさんは我が国の騎士団長に相応しいと思いませんか?」
「強さだけは認めますが、こんな素性の知れない女を騎士団長に任命したとあっては――――」
「私だけでなく騎士達も賛成しているのです。騎士団が彼女を団長にと望むなら、それを叶えるのが私の為すべきことです」
「陛下⋯⋯⋯!!」
宰相であるマストールの反対を、ユリーシアが聞き入れる事はなかった。決定を揺るがさない彼女は、冗談ではなく本気でメシアをヴァスティナ帝国の騎士とし、騎士団長にしてしまおうとしている。
前代未聞の決定に驚愕する一同の視線が、ユリーシアからメシアに集中した。皆が彼女の返答を待ち、場に緊張の空気が流れる中、メシア本人は何事もなかったかのようにユリーシアから視線を外すと、再び二人の騎士に顔を向けた。
「⋯⋯⋯⋯訓練場の周囲を百周走れ。それから腕立て二百回だ」
「「!?」」
「休んでる暇はない。鬼教官らしく、これからはもっと厳しくいく」
「「は、はっ!!」」
陰で鬼教官と呼んでいる事がばれたのに気付き、二人の騎士の顔に絶望の色が浮かぶ。メシアは相変わらず無表情だったが、怒っているのは明白だった。
二人の騎士はメシアから逃げる様に、大慌てで騎士達のもとに戻っていった。可哀想な事をしてしまったと、同情の視線をユリーシアが騎士達に送っていると、次の瞬間メシアの片腕が彼女の体を抱きかかえた。
「きゃっ!?」
「陛下!?」
騎乗したまま体を横に倒し、腕を伸ばしてユリーシアの体を掴まえたメシアが、一瞬で彼女の体を抱え上げたのである。ユリーシアとマストールの悲鳴が上がった瞬間、メシアは彼女の体を自分の目の前に持ってきて、愛馬の背に彼女を跨らせた。
「とっ、突然何を⋯⋯⋯⋯!?」
「揶揄った罰だ。少し散歩に付き合ってもらう」
「まっ、まさかこの馬で⋯⋯⋯!? ですが、私を乗せたりなんかしたらまた暴れるんじゃ――――」
「心配するな」
メシア以外には従わない、この巨大馬に乗せられる恐怖。それは、実際に襲われたユリーシア自身が、一番よく知っている。
するとメシアは、殺気を放った視線で自身の愛馬を睨みつけ、静かに口を開いた。
「よく聞け。暴れたら殺す」
「!!」
たったそれだけの言葉だったが、メシアが纏う圧倒的な威圧感と殺気に、彼女の愛馬は漏らしそうになるほど恐怖し、微動だにせず緊張した。
もしも、ユリーシアを乗せた状態で彼女を振り落とそうものなら、その瞬間首を圧し折られる。自らの死の光景が脳内を過った馬は、ユリーシアを乗せた状態でもメシアに絶対服従するのだった。
「いくぞ。しっかり掴まっていろ」
「まっ、待って!? きゃっ、きゃああああああああああああっ!!!」
今までにない悲鳴を上げたユリーシアを乗せ、メシアの愛馬はまるで風の如く駆け出して行った。
メシアに拉致されたユリーシアは、帝国最速の馬の背に乗せられ、風になる感覚を十分過ぎる程に味わった。どんな馬すら追いつけないその速さは、まさに疾風の如しである。弓に射られた矢のような速さで、力強く大地を蹴って突き進むのだ。
止められるものなど誰もいない。追いつけるものなどいるはずもない。あれ程までに凶暴だった巨大馬は、メシアの命に従い、大人しくも激しく走り続けた。最初は訓練場を駆け抜け、マストールから逃げる様に訓練場を出てからは、帝国中を駆け回った。
道という道を駆け抜け、ヴァスティナ城をぐるりと一周し、騎士団の宿舎や軍の武器庫に訪れ、街に出て民の様子を見て回った。メシアがユリーシアと共に街に現れると、大勢の民が集まって来た。老若男女問わず笑顔でユリーシアを出迎え、彼女もまた笑顔を返して最近の様子を尋ねては、困っている者がいれば手を差し伸べていた。
ヴァスティナ帝国中を共に走り回り、気が付けば日も暮れ始めていた。出発地点であった訓練場にメシア達が戻ると、そこには命令を全うして疲れ果てた騎士達が、地面に突っ伏し動けなくなっていた。
訓練の終了をメシアが宣言すると、疲れて倒れた騎士達は何とか立ち上がり、ふらつきながらも訓練場を後にしていく。明日もまた、鬼教官メシアによる地獄の仕置きを覚悟していきながら⋯⋯⋯。
去っていく騎士達の背を、騎乗したままのメシアとユリーシアが見送っている。ユリーシアが彼らに同情した顔を浮かべている中、メシアは一人、沈みゆく夕陽を見つめ続けていた。
「いい国だ」
「メシアさん?」
ユリーシアが振り向くと、変わらない表情で夕陽を見つめるメシアの姿があった。夕焼けが照らすメシアの姿は、ユリーシアが思わず息を吞む程に美しい。夕陽によって一層輝くメシアの美貌に、同じ女であっても見惚れてしまっていると、再び彼女が口を開いた。
「騎士団長になってもいいが、条件がある」
「!」
「今使っている剣がそろそろ折れる。代わりの剣を用意しろ」
ユリーシアを馬に乗せて走り回ったのは、揶揄われた事への仕返しのつもりだった。そのついでに馬を走り回らせ、この馬の乗り心地や速さを確認したのである。
散歩と称した試し乗りの最中、メシアは知った。自分の目の前で馬の背に乗った少女は、その小さく華奢な体一つで、この国をよく治めているのだと。
民は皆、女王ユリーシアを愛していた。そしてユリーシアは、民に応えるべく人々の声に耳を傾け、国のために尽くそうとしている。大陸を旅してきたメシアですら、ここまで国と民のために尽くし、民に愛される支配者の姿を見た事は、今まで一度もない。
「お前はよくやっている。理想的な国の長だ」
「⋯⋯⋯⋯そんなことありません」
「だがお前は弱く危なっかしい。放ってはおけない」
目の前にいる自分よりもか弱いこの少女が、国を治める女王として君臨している。その体に多くの重責を背負う彼女に、一体どんな過去があって今に至るのか、メシアはまだ何も知らない。
出会ってから半月。彼女がユリーシアについて知っている事と言えば、花のように美しく可憐で、優しい微笑みを向けてくれる、とても女王とは思えぬ幼い少女だ。
「⋯⋯⋯また、何処かで盗賊や馬に襲われては堪らない」
「心配して下さっているんですか?」
「せっかく助けた命だ。簡単に死なれたくないだけだ」
違う。本当の気持ちはそうじゃない。
この時メシアは、自分はどうしようもない不器用で口下手な人間だと思った。ユリーシアに言われてしまった通り、器用に生きられない自分が嫌になる。そんな自分の内面さえも、自分よりずっと幼いユリーシアには悟られてしまっていた。
分かっているから、この時も彼女は、少し俯いたメシアへ微笑みを浮かべたのである。
「ふふふっ⋯⋯⋯、そういうことにしておきましょう」
「⋯⋯⋯⋯」
「でも嬉しいです。私の我儘を聞いて下さって、ありがとう御座います」
それは、本当に心の底から嬉しいと思っている、幸福に満ちた微笑みだった。誰かのために見せる微笑ではなく、自分の心のままに浮かべる微笑み。この少女に最も似合う、眩しい程に明るく可憐な表情である。
彼女には、ずっとそうであって欲しい。この世の辛さや苦しさに俯く姿より、今の姿が一番彼女に似合う。この微笑みを守るためには、一体自分に何ができるのだろう。
戦う事しか知らない。戦う事しかできない。武器の扱い方と人の殺し方しか知らないような自分にできる事と言えば、この力で彼女をあらゆる武力から守る事だけだろう。たったそれだけの事しかできないが、殆ど捨てたようなこの命で、それだけの事ができるなら⋯⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯言い忘れていたが、代わりの剣は頑丈なものを用意しておけ」
「わかりました。剣だけじゃなく、身を守る頑丈な盾も御用意しておきますね」
いつまでここにいるかは分からない。いつまで騎士を続けるかも決めていない。
ただ暫くは、女王の傍に仕える騎士として、彼女を守ってやりたい。その心に従って、この日メシアはヴァスティナ帝国の騎士団長になった。
その数日後、あれ程までに明るく元気そうに振舞っていたユリーシアは、執務中に突然倒れてしまって意識を失った。
ユリーシアが倒れたその晩。見舞いのためユリーシアの寝室に訪れたメシアは、ベッドの上で眠っている彼女の姿を見た。
倒れた彼女を介抱し、代わりに執務を取り仕切ったマストールの話によれば、日頃の疲れが出ただけだという。だがメシアは、この時マストールが嘘を付いていると見抜いていた。
「誰⋯⋯⋯⋯?」
眠っているように見えたユリーシアが、寝室に人の気配を感じて目を覚ます。暗闇の室内の中、寝たままで部屋を見回すユリーシアが、見舞いにやって来たメシアの姿を探す。
「私だ。起きていたのか」
「ああ⋯⋯⋯、メシアさんでしたか」
ユリーシアの枕元に立ち、不安な表情を浮かべている彼女にメシアが声をかけた。すると、メシアだった事に安堵してか、ユリーシアの顔から不安は消え去り、いつものように微笑みを浮かべる。
「すみません。暗いせいで誰か分からなくて⋯⋯⋯⋯」
「気にするな。それより、体の方はどうだ?」
「大分楽になりました。女王になってからというもの、体調を崩しやすくなってしまって、よく倒れてしまうんです。御心配をおかけしました」
心配かけまいと元気そうに振舞うが、顔色が悪いのはすぐに分かった。少し休んで良くはなったのかもしれないが、まだ体が辛いのは間違いない。見ているこっちの方が、胸が痛くなる。
そしてメシアは、マストールだけでなくユリーシアもまた、自分に嘘を付いている事に気付く。何かを隠そうとして、咄嗟に嘘を付いたのだ。
「私に嘘を付くな」
「⋯⋯⋯!」
「昔から人の心を読むのは得意だ。宰相もお前も、私に何を隠している?」
戦闘以外のメシアの特技は、直感による読心術である。自分自身は不器用なのに、人の心を読むのが得意というのは、何とも皮肉な話だ。ただそれでも、メシアは最後まで自分の弟の心までは、読む事が叶わなかった。
「声で私だと気付いていたな。誰が来たか見えなかったんじゃないのか?」
「⋯⋯⋯⋯」
暗闇だから分からなかったのではない。傍に近付き声をかけるまで、メシアだと気付いていなかった。あの時見せた不安な顔は、誰が部屋に入って来たか分からなかったからではない。見えなかったから不安になったのだ。
「⋯⋯⋯⋯そこまで気付いているなら、全て御話します」
覚悟を決めたユリーシアは、真剣な眼差しでメシアを見つめる。微笑みを消した彼女は、胸の中に隠してきた自分の運命を語り始めた。
「私には、特別な力があります」
「⋯⋯⋯⋯魔法が使えるのか?」
「その通りです。私の魔法は、未来を見通す力。私の意思に関係なく発動する特殊魔法です」
未来を見れる力と聞いても、メシアは動揺を見せなかった。だが彼女は、いつものように誤魔化す気のないユリーシアの様子に、内心胸騒ぎを感じていた。
「実はメシアさん、私の髪って本当は黒髪だったんですよ」
「⋯⋯⋯!?」
「強力な魔法であるせいか、この力は私の命を奪っていくんです。最初は髪の色。次は体力や肌の血色。そして光さえも⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯いつかは、私のことさえ見えなくなってしまうのか」
「ええ。それどころか、私は長くは生きられないでしょう」
隠されていた秘密は、少女が背負うには余りにも残酷な運命だった。
一体彼女が何をした。一体どんな罪を犯したというのか。そうでないなら、こんな運命は酷過ぎる。自分の命を奪い続ける魔法に怯えながら、国と民のためにその身を捧げさせるなど、この少女にさせてはならないはずだ。
「これは、私とマストールだけが知る秘密です。マストール以外に話すのは、これが初めてです」
「⋯⋯⋯⋯聞いたのは私の方だが、話してよかったのか?」
「不思議とメシアさんには、何でも話してしまいたくなるんです。おかしいですよね」
それは逆だとメシアは思う。何でも話してしまいたくなるのは、寧ろ自分の方だからだ。
今もそうだ。ユリーシアの話を聞いて、思ってしまった事が何でも口に出てしまう。
「そこまでの運命を背負いながら、お前が女王として生きる理由は何だ?」
「⋯⋯⋯私には果たしたい願いがあります。そのために私は、ヴァスティナの女王として生き続けなければならないんです」
願いが何かは分からない。だが、その願いに自らの命を懸ける覚悟を持っている事は、ユリーシアの瞳を見れば明らかだった。
これ以上問う必要はない。己の運命に絶望せず、生きる意味を胸に強く在る彼女に、自分の心が大きく動かされていくのをメシアは感じた。
「この話は忘れて下さい。これは私の我儘みたいなものですから、そんなことにメシアさんを巻き込むわけには―――」
「私のことはメシアと呼べ。ユリーシア」
「!!」
ユリーシアの傍で片膝を付いたメシアが、寝ている彼女の手を取って、手の甲に軽く口付けを行なう。それは、騎士が主君への忠誠を誓う儀式である。驚くユリーシアの手を自分の両手で優しく包み込み、決意したメシアの眼差しが彼女を見つめた。
「これよりは私が貴女様の騎士となり、戦うための剣となり、守るための盾となりましょう。我が心は、ユリーシア陛下に生涯を尽くすと約束致します」
「⋯⋯⋯⋯本当に宜しいのですか?」
「はい。後悔はありません」
瞬間、心に迷いが現れていたユリーシアに向かって、メシアが初めて微笑んだ。光が失われつつある自分の瞳でユリーシアが見たものは、美しい女神の微笑みだった。美と優しさに満ち溢れた、ほんの少しだけ向けられた微笑みが、ユリーシアの迷いを消し去っていく。
自分への同情が彼女を騎士にしてしまった。最初はそう思ったが、メシアは一時の感情に従って騎士になったわけではない。ユリーシアと共に生きたいと、そう願ったから決意したのだ。
「⋯⋯⋯⋯わかりました。今この時を持って正式に、貴女をヴァスティナ帝国騎士と認めます」
「はっ」
「帝国騎士団長メシア。これよりは帝国騎士を率い、私に仕えなさい」
「女王陛下の御心のままに」
この日を境に、メシアはヴァスティナ帝国騎士団長となってユリーシアの傍に仕え、生涯を懸けて彼女を守り続ける。
それから月日が流れ、再びユリーシアは城内で倒れてしまう。
ユリーシアが言っていた通り、目を覚ました彼女の両の瞳からは、永遠に光が失われてしまっていた。




